この記事の科学的根拠
本記事は、ご提供いただいた研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、本記事で提示される医学的指導に直接関連する主要な情報源を記載します。
- 日本皮膚科学会(JDA): 本記事における診断基準、重症度分類、プロアクティブ療法、ステロイド外用薬のランク付け、JAK阻害薬の使用に関するガイダンスなど、治療の根幹をなす推奨事項の多くは、日本皮膚科学会が発行した「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」(2016年、2021年、2024年版)に基づいています567。
- SOLO 1 & SOLO 2 試験: デュピルマブの有効性に関する記述は、医学雑誌『New England Journal of Medicine』に掲載された、この画期的な生物学的製剤の有効性と安全性を確立した二つの第3相国際共同治験の結果に基づいています8。
- JADE MONO-1 試験: 経口JAK阻害薬アブロシチニブの有効性に関するデータは、ファイザー社が発表した第3相臨床試験の結果から引用しており、経口薬による迅速な症状改善の可能性を示しています9。
- 厚生労働省(MHLW)の調査: 日本におけるアトピー性皮膚炎の患者数や年代別有病率などの疫学データは、厚生労働省が実施した「患者調査」や大学職員を対象とした調査などの公的統計に基づいています123。
要点まとめ
- 複雑な病態の理解:アトピー性皮膚炎は、単なるアレルギーではなく、「皮膚バリア機能異常」「免疫系の調節異常」「痒みと掻破の悪循環」という3つの要因が絡み合う複雑な疾患です。
- 治療の基本はスキンケア:全ての治療の土台となるのは、正しい洗浄と保湿によるスキンケア、そして症状がないように見える時期にも定期的に薬を塗る「プロアクティブ療法」です。
- 治療薬の革命的進歩:塗り薬から、炎症の根本原因を狙い撃ちする「生物学的製剤(注射薬)」や、炎症と痒みの信号を素早くブロックする「JAK阻害薬(飲み薬)」まで、治療選択肢は劇的に増加しました。
- 個別化治療の時代へ:画一的な治療ではなく、症状の重症度、痒みの強さ、ライフスタイル、そして患者さん自身の治療目標に合わせて、最適な治療法を選択する「個別化医療」が重要です。
- 希望は現実のものに:適切な治療と管理を組み合わせることで、アトピー性皮膚炎は「寛解(症状が落ち着いた状態)」を維持できる疾患へと変化しています。専門家と協力し、諦めないことが大切です。
アトピー性皮膚炎とは何か?科学的背景の深掘り
アトピー性皮膚炎の理解は、かつての「アレルギー体質」という単純な概念から大きく進化しました。現代の医学では、この疾患は主に3つの相互に関連する要素、すなわち「三本柱」によって成り立つと考えられています5。これらの柱を理解することは、なぜ保湿が重要なのか、そして新しい治療薬がどのように効くのかを知る上で不可欠です。
第1の柱:皮膚バリア機能異常
これはアトピー性皮膚炎の最も根本的な欠陥と考えられています10。健康な皮膚は、体内の水分が逃げるのを防ぎ、外部からの刺激物やアレルゲン(アレルギーの原因物質)の侵入を防ぐ「バリア」として機能します。しかし、アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚では、このバリアが生まれつき、また後天的に脆弱になっています。
遺伝的要因として、皮膚のバリア機能に重要な役割を果たす「フィラグリン」というタンパク質の遺伝子変異がよく知られています11。この変異があると、皮膚は水分を保つ力が弱まり、慢性的な乾燥肌(ドライスキン)になります。その結果、皮膚の水分が蒸発しやすくなる(経皮水分蒸散量の増加)だけでなく、ダニ、花粉、細菌といった外部の刺激物が容易に皮膚の内部に侵入してしまいます12。この侵入が引き金となり、次の柱である免疫系の過剰反応が起こるのです。
第2の柱:免疫系の調節異常
アトピー性皮膚炎の炎症は、主に「2型炎症」と呼ばれる特定の免疫反応が過剰に働くことで引き起こされます13。健康な状態では、免疫系は体を守るために働きますが、アトピー性皮膚炎ではこのシステムが誤作動を起こし、自分の体を攻撃してしまうのです。
この2型炎症の中心的な役割を担うのが、「インターロイキン(IL)」という物質群です。特に**IL-4**と**IL-13**は、炎症を引き起こす「司令塔」のような存在です13。これらはアレルギー反応に関わるIgE抗体の産生を促し、皮膚のバリア機能をさらに低下させることで、炎症を悪化させます。また、**IL-31**は「痒みサイトカイン」とも呼ばれ、皮膚の神経を直接刺激して、アトピー性皮膚炎特有の耐えがたい痒みを引き起こす主要な原因物質です1415。近年登場した新しい治療薬の多くは、これらの特定のインターロイキンを狙い撃ちすることで、高い効果を発揮します。
第3の柱:痒みと掻破の悪循環
アトピー性皮膚炎における痒みは、単なる症状ではなく、病態そのものを悪化させる中心的な要素です16。「痒いから掻く、掻くと皮膚のバリアが壊れてさらに炎症が悪化し、もっと痒くなる」という悪循環、すなわち「イッチ・スクラッチ・サイクル」が形成されます14。
掻くという行為は一時的に痒みを和らげますが、物理的に皮膚を傷つけ、バリア機能を破壊します。傷ついた皮膚からはさらに炎症を引き起こす物質が放出され、免疫細胞が集まり、炎症が増強されます。そして、強まった炎症がIL-31などの痒み物質をさらに産生し、痒みがエスカレートするという、抜け出すことの難しいサイクルに陥ってしまうのです17。この悪循環を断ち切ることが、治療における極めて重要な目標となります。
日本における診断と現状
日本におけるアトピー性皮膚炎の診断と重症度の評価は、日本皮膚科学会(JDA)が策定した診療ガイドラインに準拠して、一貫した基準で行われます。
診断基準
JDAのガイドラインによれば、アトピー性皮膚炎の診断は、以下の3つの基本項目を全て満たすことによって確定されます10。
- 瘙痒(かゆみ):これは必須の症状です。
- 特徴的な皮疹と分布:湿疹の見た目や現れる場所が、年齢に応じて特徴的であること。例えば、乳児期には顔や頭、手足の伸ばす側に、幼児期以降は肘や膝の裏などのくびれ部分に現れやすい傾向があります。
- 慢性・反復性の経過:症状が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、長期間続くこと(乳児では2ヵ月以上、それ以外では6ヵ月以上が目安)。
本人や家族が他のアレルギー疾患(気管支喘息、アレルギー性鼻炎など)を持っていたり、IgE抗体を作りやすい体質である「アトピー素因」は診断の参考になりますが、必須ではありません56。
重症度の評価
適切な治療法を選択するため、重症度を正確に評価することが重要です。JDAは、皮疹の面積と炎症の強さに基づいて、重症度を以下の4段階に分類しています5。
- 軽症:面積にかかわらず、軽度の皮疹(軽い赤み、カサカサ)のみ。
- 中等症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%未満。
- 重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%以上30%未満。
- 最重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の30%以上。
これらに加え、血液検査によって病気の活動性を客観的に評価することもあります。特に血清TARC値は、短期的な病気の勢いを敏感に反映する優れた指標として、日本のガイドラインで重視されています5。
日本の疫学データ:増え続ける患者と社会への影響
日本の疫学データは、アトピー性皮膚炎がもはや個人の問題ではなく、社会全体で取り組むべき公衆衛生上の大きな課題であることを示しています。厚生労働省の調査によると、患者数は増加の一途をたどり、2020年の調査では約125万人に達すると推定されています1。これは、ストレス18、食生活の変化19、生活環境の変化20など、現代社会の要因が病気の発症や維持に深く関わっていることを示唆しています。
特に重要な変化は、アトピー性皮膚炎の「成人化」です21。かつての「子供の病気」というイメージは覆され、現在では労働力の中核をなす20代で10.2%、30代で8.3%という高い有病率が報告されています3。この世代が罹患することは、個人のQOL低下にとどまらず、欠勤(absenteeism)や、出勤していても生産性が上がらない状態(presenteeism)22を通じて、日本経済全体に大きな損失をもたらしています。ある2019年の研究では、成人アトピー性皮膚炎患者に関連する年間総疾病費用は、直接的な医療費や自己治療費、そして生産性損失による間接費用を含め、約3兆円にも上ると推計されています23。これは、効果的な治療への投資が、単に個人の健康を改善するだけでなく、社会経済的にも大きな利益をもたらす可能性があることを示しています24。
指標 | 統計データ | 情報源/年 |
---|---|---|
総患者数(推定) | 125万人 | 厚生労働省「患者調査」20201 |
20代の有病率 | 10.2% | 厚生労働省 大学職員調査3 |
30代の有病率 | 8.3% | 厚生労働省 大学職員調査3 |
成人における重症度分布 – 軽症 | 80.1% | 複数大学職員調査6 |
成人における重症度分布 – 中等症 | 17.7% | 複数大学職員調査6 |
成人における重症度分布 – 重症/最重症 | 2.1% | 複数大学職員調査6 |
【治療法10選】科学的根拠に基づくアトピー性皮膚炎の管理戦略
アトピー性皮膚炎の治療は、一つの方法だけで完結するものではありません。日本皮膚科学会のガイドラインが示すように、「薬物療法」「スキンケア」「悪化要因の対策」の三本柱を組み合わせた総合的なアプローチが基本となります12。ここでは、その基本から最新の治療まで、10の確立された方法を詳細に解説します。
治療の土台:スキンケアとプロアクティブ療法
1. スキンケア(洗浄と保湿)
スキンケアは、全ての治療法の効果を最大限に引き出すための、最も重要で基本的な柱です。目的は、皮膚のバリア機能を修復し、維持することです。
- 洗浄:汗や汚れ、アレルゲンを優しく洗い流すことが目的です。熱すぎるお湯は避け、石鹸をよく泡立てて、手で優しく洗います25。タオルでゴシゴシこするのは厳禁です。
- 保湿:保湿剤は、失われた皮膚の水分と油分を補い、バリア機能を回復させます。入浴後5分以内に、まだ皮膚が潤っているうちにたっぷりと全身に塗るのが最も効果的です26。近年、健康な乳児への予防的な保湿剤塗布がアトピー性皮膚炎の発症を予防する効果は限定的であることが大規模な研究で示されましたが26、既に発症している患者さんにとっては、保湿が治療の根幹であることに変わりはありません。
2. プロアクティブ療法
これは、慢性的なアトピー性皮膚炎の管理における考え方の大きな転換です27。
- 定義:症状が悪化したときだけ薬を塗る「リアクティブ療法」とは対照的に、プロアクティブ療法では、皮膚がきれいに見える状態になっても、再発しやすい部位に週に2回など、定期的に抗炎症薬(ステロイド外用薬やタクロリムス軟膏など)を塗り続けます28。
- 科学的根拠:このアプローチは、見た目には治っているように見えても皮膚の内部に燻っている「潜在的な炎症(subclinical inflammation)」をコントロールすることを目的としています29。この微細な炎症を抑え続けることで、再燃(症状のぶり返し)を防ぎ、長期的に安定した状態を維持できます30。日本皮膚科学会のガイドラインでも、再発を繰り返す患者さんに対して強く推奨されています31。
段階 | 抗炎症外用薬の使用 | 保湿剤の使用 | 目標 |
---|---|---|---|
急性増悪期 | 毎日(1〜2回) | 毎日(複数回) | 速やかな炎症の抑制 |
寛解導入期 | 1日おきなど徐々に減量 | 毎日(複数回) | 皮疹のない状態(寛解)の達成 |
寛解維持期 | 週2回(例:週末) | 毎日(複数回) | 再燃予防 |
最終目標 | 必要な時のみ | 毎日(複数回) | スキンケアのみでの維持 |
炎症を抑える塗り薬:選択肢の広がり
3. ステロイド外用薬(TCS)
ステロイド外用薬は、アトピー性皮膚炎の炎症と痒みを抑えるための最も基本的で効果的な薬です25。日本では強さによって5段階に分類されており(最も強い、非常に強い、強い、普通、弱い)32、年齢、部位、重症度に応じて適切な強さのものが選択されます。近年のガイドラインでは、弱いランクの薬を長期間使うよりも、十分な強さの薬で短期間にしっかりと炎症を抑え込むことの重要性が強調されています32。
適正な使用量を測る目安として「フィンガーチップユニット(FTU)」が用いられます。これは、大人の人差し指の第一関節までチューブから薬を絞り出した量(約0.5g)で、大人の手のひら2枚分の面積に塗る量に相当します32。医師の指導のもと、このFTUを用いて適量を守って使用すれば、全身性の副作用の心配はほとんどありません25。「ステロイド恐怖症」から自己判断で薬を中断することは、かえって症状を悪化させる原因となります。
4. タクロリムス軟膏(カルシニューリン阻害薬)
顔や首、陰部など、皮膚が薄くデリケートな部位の治療や、長期的な寛解維持に適した非ステロイド性の塗り薬です33。ステロイドとは異なる作用機序で炎症を抑えるため、ステロイドで懸念される皮膚が薄くなるなどの副作用がありません27。そのため、プロアクティブ療法にも理想的な薬剤とされています29。使い始めにヒリヒリとした刺激感を感じることがありますが、多くは皮膚の状態が改善するにつれて軽減します10。
5. PDE4阻害薬・JAK阻害薬・AhR作動薬(新しい非ステロイド性外用薬)
近年、新しい作用機序を持つ非ステロイド性の塗り薬が次々と登場し、治療の選択肢がさらに広がっています。
- ジファミラスト軟膏(PDE4阻害薬, モイゼルト®):炎症細胞内の情報伝達を調整することで炎症を抑える、軽症から中等症向けの新しい選択肢です29。
- デルゴシチニブ軟膏(JAK阻害薬, コレクチム®):炎症を引き起こす様々なサイトカインの信号を細胞内でブロックする、全く新しいタイプの塗り薬です。生後6ヵ月の乳児から使用できる点が大きな特徴です34。
- タピナロフクリーム(AhR作動薬, ブイタマ®):皮膚の免疫機能を調整する受容体(AhR)に作用する、最新の非ステロイド性外用薬です35。
全身療法の大革命:中等症から重症の患者さんへ
従来の治療では十分にコントロールできなかった中等症から重症のアトピー性皮膚炎に対して、2018年以降、治療法は劇的な進歩を遂げました。病気の原因に直接アプローチする新しい全身療法(注射薬・飲み薬)が登場したのです。
6. 生物学的製剤(IL-4/IL-13阻害薬):デュピルマブ、トラロキヌマブなど
生物学的製剤は、2型炎症の中心的な司令塔であるIL-4とIL-13の働きを特異的にブロックする注射薬です13。
- デュピルマブ(デュピクセント®):2018年に日本で承認された最初の生物学的製剤で、アトピー性皮膚炎治療のパラダイムシフトをもたらしました36。IL-4とIL-13の両方の受容体を阻害することで、炎症と痒みを根本から強力に抑制します13。大規模臨床試験(SOLO 1 & SOLO 2)では、投与16週で患者の約37%が「皮疹が消失またはほぼ消失」し、痒みも早期から持続的に改善することが示されました83738。生後6ヵ月から使用可能です39。
- トラロキヌマブ(アドトラーザ®)、レブリキズマブ(イブグリース®):これらはIL-13のみを選択的に阻害する薬剤で、治療選択肢をさらに広げています1334。
7. 生物学的製剤(IL-31受容体阻害薬):ネモリズマブ
アトピー性皮膚炎の中でも特に「痒み」が極めて強い患者さんにとって画期的な選択肢となるのが、この注射薬です。
- ネモリズマブ(ミチーガ®):「痒みサイトカイン」IL-31の信号をブロックすることに特化した、世界初の薬剤です40。皮疹の重症度以上に痒みが生活の質を著しく低下させている場合に、非常に高い効果が期待できます41。日本の臨床試験では、16週間で痒みのスコアがプラセボ群の-21.4%に対し、-42.8%と有意に低下しました14。
8. JAK阻害薬(内服薬)
注射を好まない、あるいは注射薬で効果が不十分な患者さんに対する、強力な経口治療薬です。
- バリシチニブ(オルミエント®)、ウパダシチニブ(リンヴォック®)、アブロシチニブ(サイバインコ®):これらはJAK(ヤヌスキナーゼ)という細胞内の酵素を阻害することで、炎症や痒みに関わる多数のサイトカインの働きを広範かつ迅速に抑制する飲み薬です42。特に痒みに対する効果発現が非常に速いのが特徴です42。JADE MONO-1試験では、アブロシチニブ200mg群の62.7%が12週で皮疹の75%改善を達成しました9。
- 安全性への配慮:JAK阻害薬は効果が高い一方で、感染症や血栓症、心血管イベントなどのリスクに関する注意喚起があり、使用には専門医による慎重な患者選択と、定期的な血液検査などのモニタリングが不可欠です43。日本皮膚科学会は安全使用のための詳細なガイダンスを公開しています44。
これらの新しい全身療法の登場により、アトピー性皮膚炎の治療は「個別化医療」の時代に入りました。「つるつるの肌を目指したい」「とにかく早く痒みをなくしたい」といった患者さん一人ひとりの目標や、症状のタイプ、ライフスタイルに応じて、最適な薬剤を選択することが可能になったのです41。
薬剤名(一般名/商品名) | 分類/作用機序 | 投与方法 | 主な有効性データ(例) | 主な安全性への配慮 | 主な対象患者プロファイル |
---|---|---|---|---|---|
デュピルマブ / デュピクセント® | 抗IL-4Rα抗体 | 2週間に1回皮下注射 | 16週で約37%がIGA 0/1達成 (SOLO 1/2)8 | 結膜炎 | 広範な2型炎症を有し、長期的な炎症・痒みのコントロールが必要な患者 |
ネモリズマブ / ミチーガ® | 抗IL-31RA抗体 | 4週間に1回皮下注射 | 16週で痒みが約43%減少 (第III相試験)14 | 注射部位反応 | 皮疹以上に、極めて強い痒みが主症状である患者 |
アブロシチニブ / サイバインコ® | 経口JAK1阻害薬 | 1日1回内服 | 12週で約44%がIGA 0/1達成 (200mg, JADE MONO-1)9 | JDAガイダンスに準拠したモニタリング(感染症、血栓症等)44 | 経口薬による迅速な症状軽減を望み、注射を好まない患者 |
伝統的・補助的な治療法
9. 既存の全身療法
新しい治療法が主流となりつつありますが、従来の治療法も依然として特定の役割を担っています。
- 紫外線療法:ナローバンドUVBなどの紫外線を皮膚に照射する治療法で、広範囲の皮疹に対して炎症と痒みを抑える効果があります。週に2〜3回の通院が必要です33。
- シクロスポリン(内服薬):重症・難治例に有効な免疫抑制剤ですが、腎臓への影響や高血圧などの副作用のため、通常は重度の増悪を抑えるための短期的な使用に限られます3645。
10. 包括的な管理と患者支援
薬物療法だけに頼るのではなく、生活全体で病気と向き合うことが成功の鍵です。
- 悪化要因の除去:汗、ストレス、ウールなどの刺激性のある衣類、ハウスダスト、特定の食物など、自分にとっての悪化要因を特定し、避ける努力が重要です10。
- 食事に関する考慮事項:特定の食物アレルギーが関与する場合を除き、厳格な食事制限は一般的には推奨されません。しかし、糖分や脂肪分の多い食事が炎症を助長する可能性も指摘されており19、バランスの取れた食事が基本となります。漢方薬(例:消風散、補中益気湯)が補助的に用いられることもありますが、その有効性に関する科学的根拠はまだ限定的です46。
- 患者教育と支援体制:病気について正しく理解し、治療に主体的に参加することが、より良い治療結果につながります47。日本では、「特定非営利活動法人 日本アトピー協会(JADPA)49」や「認定特定非営利活動法人 日本アレルギー友の会」といった患者支援団体が存在し、信頼できる情報提供や患者同士の交流の場を提供しています。また、「アトピーノート」のような症状管理アプリを活用することも、日々の状態を記録し、医師とのコミュニケーションを円滑にする上で有効です51。
よくある質問
ステロイドの塗り薬は、副作用が怖いので使いたくありません。
新しい注射や飲み薬は高額だと聞きましたが、それだけの価値はあるのでしょうか?
食事制限は必要ですか?
結論
アトピー性皮膚炎は、もはや「不治の病」でも、「ただの皮膚病」でもありません。病態の解明が進み、スキンケアの重要性が再認識され、そして何よりも炎症と痒みの核心に迫る革新的な治療薬が登場した今、アトピー性皮膚炎は「適切に管理し、コントロールできる疾患」へと大きく変化しました。重要なのは、諦めずに専門医に相談し、自分に合った治療計画を立て、主体的に治療に参加することです。基礎となる日々のスキンケアから、必要に応じた最新の全身療法まで、多様な選択肢を組み合わせることで、痒みに悩まされない穏やかな日常を取り戻すことは、今や現実的な目標です。現在も、ロカチンリマブ(抗OX40抗体)のような、さらに新しい機序の薬剤開発が進んでおり34、アトピー性皮膚炎治療の未来はさらに明るいものとなるでしょう。この記事が、その希望への第一歩となることを心から願っています。
参考文献
- アトピー性皮膚炎の新薬ラッシュ!それでも120万人超の患者に「画期的」治療薬が届かない理由. ダイヤモンド・オンライン. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://diamond.jp/articles/-/344903
- 【医師監修】12年間で3.5倍にも増えている「アトピー性皮膚炎」の悩みと対処法. Yokumiru. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://yokumiru.jp/archives/column/13347
- データで見るアトピー性皮膚炎. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://atopic-dermatitis.jp/adult/learn/data.html
- アトピー性皮膚炎患者さんのQOL – SMiLE STUDY(スマイルスタディ). [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://smilestudy.jp/2021/02/26/721/
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2021. 日本アレルギー学会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.jsaweb.jp/huge/atopic_gl2021.pdf
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2024. 日本皮膚科学会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/ADGL2024.pdf
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2016 年版. 日本皮膚科学会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/atopicdermatitis_guideline.pdf
- Simpson EL, Bieber T, Guttman-Yassky E, Beck LA, Blauvelt A, Cork MJ, et al. Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis. N Engl J Med. 2016;375(24):2335-2348. doi:10.1056/NEJMoa1610020. PMID: 27690741.
- Pfizer Presents Positive Phase 3 Data at the 28th Congress of the European Academy of Dermatology and Venereology for Abrocitinib in Moderate to Severe Atopic Dermatitis. Pfizer. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer_presents_positive_phase_3_data_at_the_28th_congress_of_the_european_academy_of_dermatology_and_venereology_for_abrocitinib_in_moderate_to_severe_atopic_dermatitis
- 日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン. 九州大学皮膚科. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.kyudai-derm.org/part/atopy/pdf/atopy2008.pdf
- Nakahara T. Quality of life in atopic dermatitis in Asian countries: a systematic review. [インターネット]. 2021 [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://d-nb.info/1242086218/34
- 『アトピー性皮膚炎』の症状・治療法【症例画像】. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://hc.mt-pharma.co.jp/hifunokoto/solution/740
- Vázquez-Herrera NE, Berbegal-de Gracia L, De-la-Cruz-Hernández S, et al. Biologic drugs, a new therapeutic paradigm in moderate-severe atopic dermatitis. Exploratory Research and Hypothesis in Medicine. 2021;6(4):226-237. doi:10.14218/ERHM.2021.00035. 全文リンク
- 世界初・日本発、アトピー性皮膚炎の「かゆみ」治療薬で患者QOLの早期改善に期待/マルホ. CareNet. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.carenet.com/news/general/carenet/55199
- 出原教授らのグループがアトピー性皮膚炎の痒みの原因を解明するとともに. 佐賀大学医学部. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.med.saga-u.ac.jp/news/20230329_2096/
- アトピー性皮膚炎治療の新時代 : 病態解明の進歩と 新規治療薬の開発. 九州大学. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/6770310/113-3_p045.pdf
- 重症アトピー性皮膚炎にたいするプロアクティブ療法について. さいとう小児科内科クリニック. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://saitoh-clinic.com/oyakudachi/a_06.html
- yokumiru.jp. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://yokumiru.jp/archives/column/13347#:~:text=5%20%E3%81%8A%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%AB-,%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%AB,%E3%81%BE%E3%81%A7%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E5%A2%97%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
- カラダの中からアトピーを改善!アトピー性皮膚炎の原因とおすすめの食べもの・生活習慣アドバイス. Kampoful Life – クラシエ. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=8449
- 大人になってからアトピーになる人増加中|大人アトピーの原因や特徴、治療方法をご紹介. ファラド皮膚科. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://falado-derm.com/column/757/
- 新薬の登場で変わる治療、向き合ってみよう『アトピー性皮膚炎』. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.comado.co.jp/5041/
- Burden of atopic dermatitis in Japanese adults: Analysis of data from the 2013 National Health and Wellness Survey. ResearchGate. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.researchgate.net/publication/322857467_Burden_of_atopic_dermatitis_in_Japanese_adults_Analysis_of_data_from_the_2013_National_Health_and_Wellness_Survey
- Ishimoto H, Inoue S. Cost of illness study for adult atopic dermatitis in Japan: A cross-sectional Web-based survey. J Dermatol. 2020;47(8):857-866. doi:10.1111/1346-8138.15421. 全文リンク
- アレルギー疾患の社会経済的便益と損失に関する研究. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2011/113121/201126029A/201126029A0003.pdf
- アトピー性皮膚炎の治療方法について. マルホ. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.maruho.co.jp/kanja/atopic/suitable/
- Atopic Dermatitis: Update on Skin-Directed Management: Clinical Report. AAP Publications. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://publications.aap.org/pediatrics/article/155/6/e2025071812/201952/Atopic-Dermatitis-Update-on-Skin-Directed
- アレルギーについて | アトピー性皮膚炎. アレルギーポータル. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://allergyportal.jp/knowledge/atopic-dermatitis/
- アトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法. いながきクリニック. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.inagakiclinic.com/atopy_proactiv.html
- アトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法について. かすがい皮膚科. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://kasugaihifuka.jp/blog/%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%94%E3%83%BC%E6%80%A7%E7%9A%AE%E8%86%9A%E7%82%8E%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E7%99%82%E6%B3%95%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
- アトピー性皮膚炎の薬剤療法「プロアクティブ療法」. 岐阜県総合医療センター. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://plusc.project-linked.net/gifu-hp/mdc-knowledge/atopy-proactive/
- (旧版)アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021. Mindsガイドラインライブラリ. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00694/
- 『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021』が描く新しい治療戦略. CAI認定機構. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://caiweb.jp/2022/08/31/atopyguidelines2021/
- Treatment of Atopic Dermatitis. AAP. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.aap.org/en/patient-care/atopic-dermatitis/treatment-of-atopic-dermatitis/
- 【2024最新】アトピー性皮膚炎の新薬が続々登場。今後期待される治療の展望とは?. すがも・せんごく皮ふ科. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://sugamo-sengoku-hifu.jp/column/atopic-dermatitis-pipeline.html
- 【皮膚科専門医が解説】2024年アトピー治療に待望の新薬「ブイタマークリーム®」が処方スタート。その実力は?. 銀座ケイスキンクリニック. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.ks-skin.com/kireimedia/category01/post_47.html
- 治療法が大きな進歩を遂げている⁉ 「アトピー性皮膚炎」治療の最新事情. 済生会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.saiseikai.or.jp/medical/column/atopic_dermatitis/
- Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis. ReachMD. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://cdn.reachmd.com/uploads/related_-_client_provided_materials/nejm_solo1%262.pdf
- Kim AS, et al. Dupilumab treatment results in early and sustained improvements in itch in adolescents and adults with moderate to severe atopic dermatitis: Analysis of the randomized phase 3 studies SOLO 1 and SOLO 2, AD ADOL, and CHRONOS. Washington University School of Medicine. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://profiles.wustl.edu/en/publications/dupilumab-treatment-results-in-early-and-sustained-improvements-i
- デュピクセントを使用されるアトピー性皮膚炎の患者さんへ. サノフィ株式会社. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.support-allergy.com/atopy
- A Comprehensive Review of Biologics in Phase III and IV Clinical Trials for Atopic Dermatitis. J. Clin. Med. 2024;13(14):4001. doi:10.3390/jcm13144001. 全文リンク
- アトピー性皮膚炎治療薬 ~生物学的製剤の使い分け~. 任医院. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://nin-iin.com/blog-hifuka/3777.html
- Ferreira S, et al. Systematic Review on the Efficacy and Safety of Oral Janus Kinase Inhibitors for the Treatment of Atopic Dermatitis. Front Med (Lausanne). 2021;8:682547. doi:10.3389/fmed.2021.682547. 全文リンク
- Spergel JM. A Review on the Safety of Using JAK Inhibitors in Dermatology: Clinical and Laboratory Monitoring. Dermatol Ther (Heidelb). 2023;13(2):411-426. doi:10.1007/s13555-023-00880-9. 全文リンク
- アトピー性皮膚炎におけるヤヌスキナーゼ(JAK) 阻害内服薬の使用ガイダンス. 日本皮膚科学会. [インターネット]. 2022. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/JAK_AD_2022.pdf
- Atopic Dermatitis. StatPearls – NCBI Bookshelf. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK448071/
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2021. 日本東洋医学会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: http://www.jsom.or.jp/medical/ebm/cpg/pdf/Issue/TypeA/20211201.pdf
- Singleton H, et al. Educational and psychological interventions for managing atopic dermatitis (eczema). Cochrane Database Syst Rev. 2024;4(4):CD014932. doi:10.1002/14651858.CD014932.pub2. アブストラクト
- 協会の組織概要. 特定非営利活動法人日本アトピー協会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.nihonatopy.join-us.jp/profile/sosiki.html
- (NPO法人日本アトピー協会)アトピー性皮膚炎の「痒み」アンケート. 日本アレルギー協会関西支部. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://allergie-kansai.jp/publics/index/25/detail=1/b_id=44/r_id=1156/
- 認定NPO法人 日本アレルギー友の会. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: http://allergy.gr.jp/
- アトピー性皮膚炎の患者さん向け治療サポートアプリ「アトピーノート」提供開始. マルホ. [インターネット]. [引用日: 2025年7月27日]. 入手可能: https://www.maruho.co.jp/information/2019052901.html