クロストリジウム・パーフリンジェンス食中毒:カレーに潜む「隠れた敵」の全貌と効果的な予防策
感染症

クロストリジウム・パーフリンジェンス食中毒:カレーに潜む「隠れた敵」の全貌と効果的な予防策

日本の多くの家庭の食文化において、大鍋でじっくり煮込んだカレーやシチュー、スープをコンロの上で一晩冷ます光景は、ごく当たり前のものとなっています。多くの人々が「一晩置く」ことで、翌日には味がより深く、美味しくなると信じています1。しかし、この一見無害に思える習慣の裏には、ほとんどの人が予期しない食の安全に関わる危険が潜んでいます。それは、危険な細菌を「培養」するという行為に他なりません。

その犯人の学名は「クロストリジウム・パーフリンジェンス」であり、日本では一般的に「ウェルシュ菌」として知られています。この菌は食中毒の主要な原因の一つであり、特に一度に数百人規模で発生する集団食中毒事件を引き起こすことで知られています2。その流行度や危険性はサルモネラ菌や大腸菌に決して劣らないにもかかわらず、ウェルシュ菌は食品の味や見た目を変化させないため、「隠れた敵」と言えます3。危険は腐敗した食品からではなく、私たちが安全だと信じ込んでいる調理・保存過程そのものから生じるのです。

本稿では、クロストリジウム・パーフリンジェンスによる食中毒について、包括的かつ詳細な解説を提供します。日本の厚生労働省、農林水産省、そしてアメリカ疾病予防管理センター(CDC)といった権威ある保健機関の科学的研究や指針に基づき、細菌の性質、発病の仕組みから、具体的かつ効果的な予防策までを徹底的に分析します。私たちの目標は、読者の皆様が自身と家族の健康を自信を持って守るために必要な知識を身につけ、毎回の食事が真に完全で安全な喜びとなるようにすることです。


この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針への直接的な関連性のみが含まれています。

  • 複数の研究機関(農林水産省、東京都保健医療局など): この記事における「ウェルシュ菌が嫌気性環境と特定の温度域で急増する」という指針は、出典資料に引用されている複数の研究機関が公表した研究報告に基づいています14
  • 厚生労働省: この記事における「大規模調理施設での集団発生事例と統計」に関する記述は、厚生労働省が公表した統計データおよび報告書に基づいています5
  • 食品安全委員会: この記事における「ウェルシュ菌の生物学的特性(芽胞形成、耐熱性)と毒素産生メカニズム」に関する解説は、食品安全委員会が発行したファクトシートに基づいています6
  • アメリカ疾病予防管理センター(CDC): この記事における「米国での発生状況、症状、および具体的な予防策(特に2時間以内の冷却)」に関する指針は、CDCが公表したガイドラインに基づいています7
  • 神奈川県衛生研究所: この記事における「ウェルシュ菌の芽胞が100℃で1~6時間の加熱に耐える」という具体的な耐熱性に関するデータは、同研究所の報告に基づいています8

要点まとめ

  • ウェルシュ菌(クロストリジウム・パーフリンジェンス)は、カレーやシチューなど大鍋で調理する煮込み料理で発生しやすい食中毒の原因菌です。
  • この菌は熱に強い「芽胞」を形成するため、通常の加熱調理では死滅しません。調理後に食品がゆっくり冷める過程で、酸素の少ない環境を好み、特に43℃~47℃の「危険温度帯」で爆発的に増殖します。
  • 主な症状は激しい腹痛と水様性の下痢で、通常は食後6~24時間で発症します。発熱や嘔吐は稀です。
  • 最も重要な予防策は「迅速な冷却」です。調理後は速やかに小分けにして冷蔵・冷凍し、危険温度帯に留まる時間を最小限にすることが不可欠です。
  • 再加熱する際は、中心部まで75℃以上になるよう、よくかき混ぜながら十分に加熱することが重要です。

第II部:犯人の肖像 – クロストリジウム・パーフリンジェンス菌の探求

効果的な対策を講じるためには、まず敵を正しく理解することが不可欠です。クロストリジウム・パーフリンジェンスは特異な生物学的特性を持っており、それ故に予測が困難な食中毒原因菌となっています。

2.1. クロストリジウム・パーフリンジェンスとは何か?

クロストリジウム・パーフリンジェンスは、グラム陽性の桿菌(棒状の細菌)です6。その最も顕著な特徴は、嫌気性細菌であることで、これは酸素が少ない、あるいは全くない環境で活発に増殖することを意味します9。この特性が、なぜ深鍋で調理される濃厚な煮込み料理が彼らにとって理想的な増殖環境となるのかを解き明かす鍵となります。

この細菌は自然界に広く存在しています。土壌、下水、そして健康な人間や動物の腸内にも見られます6。このように広範に存在するということは、農場から食卓までの食品供給網からこの細菌を完全に排除することは、ほぼ不可能に近い課題であることを示唆しています10。したがって、予防の焦点は完全な排除ではなく、その増殖を制御することに置かれます。

2.2. 「鎧」としての芽胞:驚異的な生存兵器

クロストリジウム・パーフリンジェンスが持つ最も恐るべき能力の一つが、芽胞(がほう)を形成する能力です11。高温や乾燥といった不利な環境条件に遭遇すると、この細菌は「休眠状態」に移行し、自身を非常に強固な保護殻で包み込みます。この「鎧」は、彼らに驚異的な耐熱性を与えます。

通常の病原性細菌の多くが沸騰温度(100℃)で死滅するのに対し、ウェルシュ菌の芽胞は1時間から6時間の連続的な煮沸後も生き残ることが可能です8。これは、カレーやスープが何時間も丹念に煮込まれた後でさえ、芽胞が食品中に生存し続ける可能性があることを意味します。

料理が冷やされ、温度が「危険な領域」(50~55℃以下)に下がると、これらの芽胞は「発芽」します。保護殻から脱出し、再び栄養細胞の形態に戻り、栄養豊富で酸素の少ない料理の中で、驚異的な速さで増殖を開始するのです1

2.3. エンテロトキシン:病気の直接的な原因

ウェルシュ菌による発病メカニズムは「生体内毒素型」と呼ばれるもので、他の多くの食中毒とは異なる概念です。病気は、食品中にあらかじめ存在する毒素を摂取することによって引き起こされるわけではありません。その代わりに、大量の生きた細菌細胞(通常は食品1グラムあたり10万個以上)を含む食品を摂取した際に発症します12

これらの細菌が胃を通過し、小腸の好都合な環境に到達すると、増殖を続けます。この過程で、特に新たな芽胞を形成する準備段階において、「クロストリジウム・パーフリンジェンス・エンテロトキシン(CPE)」と呼ばれる強力な毒素を産生し、放出します6。CPE毒素は腸の粘膜を覆う細胞を直接攻撃し、細胞膜に孔を開けることで体液やイオンの漏出を引き起こし、激しい下痢や腹部の痙攣といった典型的な症状をもたらします613

なお、ウェルシュ菌は産生する毒素の種類に基づいていくつかの型(A型からE型)に分類されますが、ヒトの食中毒事例は、CPE毒素を産生する能力を持つA型の菌株によってほぼ常に引き起こされています6

第III部:食中毒のメカニズム – なぜカレー、シチュー、集団給食は危険なのか?

細菌の生物学的特性と、一般的な食品の調理・保存方法との組み合わせが「完璧な嵐」を生み出し、身近な料理を潜在的な食中毒源に変えてしまいます。

3.1. 感染経路:農場から食卓まで

ウェルシュ菌は様々な経路で厨房に侵入する可能性があります。土壌中に普遍的に存在するため、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎといった土中で育つ野菜類は、一般的な病原体の媒介物となります2。さらに、もう一つの主要な感染源は生の食肉で、牛肉、鶏肉、豚肉が含まれます。この細菌は動物の自然な腸内微生物叢の一部であるため、屠殺や加工の過程で容易に食肉を汚染する可能性があります14。研究によれば、生の食肉がウェルシュ菌に汚染されている割合はかなり高いことが示されています6

しかし、初期の段階で少数の細菌が存在すること自体は問題ではありません。真のリスクは、それらが膨大な数にまで増殖する機会を与えられたときにのみ現れます。

3.2. 温度と環境の「危険地帯」:細菌増殖の理想的な舞台

ウェルシュ菌の増殖に最適な環境は、主に三つの要因によって作り出され、これらは煮込み料理の調理・保存過程でよく見られます。

  • 嫌気性環境:カレーやスープのような濃厚でとろみのある料理を深鍋で調理すると、煮沸過程で空気が追い出され、特に鍋の底や中心部では酸素がほとんどない状態になります。これは、嫌気性細菌であるウェルシュ菌の増殖に最適な環境を作り出します1
  • 緩慢な冷却と「危険温度帯」:調理後、大きな鍋に入った食品は非常に長く熱を保持します。室温での自然冷却プロセスは、食品塊が「危険温度帯」を長時間通過することを余儀なくさせます。この温度帯は12℃から50℃と定義されており15、最も爆発的な増殖速度を示すのは43℃から47℃の範囲です8。この時間帯に、加熱調理を生き延びた芽胞が発芽し、指数関数的に増殖します。
  • 非競争的環境:長時間の加熱調理は、ウェルシュ菌の芽胞を殺すことはできませんが、他のほとんどの競合する細菌を効果的に死滅させます。これにより、ウェルシュ菌が妨げられることなく自由に増殖できる「独占的な」環境が生まれるのです1

これら三つの要因の組み合わせこそが、なぜ十分に加熱調理されたカレーの鍋を、数時間コンロの上でゆっくりと冷ますことが、微生物学的な「時限爆弾」と化すのかを説明しています。

3.3. 詳細分析:「給食病」と典型的な集団発生事例

これらの特徴から、ウェルシュ菌による食中毒はしばしば大量の食品調理と関連付けられ、「給食病(きゅうしょくびょう)」という異名で呼ばれます4。学校、病院、刑務所、工場などの産業給食施設、宴会を伴うイベント、そして大規模なレストランが最もリスクの高い場所です16

その理由は、これらの施設ではカレー、スープ、シチューといった料理を極めて大量に調理し、提供時間に間に合わせるために何時間も前に準備する必要があるためです。数十リットルものスープの鍋を迅速に冷却することは、技術的にも設備的にも大きな挑戦であり、結果として食品が危険温度帯に長時間留まることにつながります17。これは、日本を含む世界中で多くの大規模な集団食中毒事件を引き起こしてきました5

第IV部:認識と対応 – ウェルシュ菌食中毒の症状と治療

症状を早期に認識し、正しい対処法を知ることは、安全を確保し、不快感を最小限に抑えるために非常に重要です。

4.1. 典型的な兆候と症状

ウェルシュ菌食中毒の症状は、汚染された食品を摂取してから6時間から24時間以内に、かなり突然現れるのが一般的で、平均潜伏期間は約10時間です15

  • 主症状:最も顕著で、ほぼ常に見られる二つの症状は、激しい腹部の痙攣痛と水様性の下痢です3
  • 稀な症状:吐き気や鼓腸を感じる人もいます18
  • 非常に稀な症状:ウェルシュ菌食中毒を他の食中毒と区別する重要な特徴は、発熱と嘔吐が非常に稀であることです15

病気の経過は通常短く、自然に治癒します。健康な成人では、症状は通常24時間以内に軽減し、消失します19。しかし、幼児や高齢者などの感受性の高い人々にとっては、症状がより重篤になり、1週間から2週間続くこともあります19

参照しやすいように、主要な臨床的特徴を以下の表にまとめます。

表1:ウェルシュ菌食中毒の臨床的特徴の概要

特徴 詳細説明 参考文献
潜伏期間 6~24時間(平均10時間) 15
主症状 下痢(水様便)、腹部の痙攣痛 15
副症状(稀) 吐き気、鼓腸 18
非常に稀な症状 発熱、嘔吐 19
持続期間 通常24時間未満(健康な成人の場合) 19
高リスク群 小児、高齢者(症状がより重くなる可能性あり) 19

4.2. いつ医師の診察を受けるべきか?

ほとんどのケースは軽度で自然治癒しますが、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の勧告に従い、以下の警告サインのいずれかが現れた場合は、直ちに医療機関を受診する必要があります20

  • 下痢または嘔吐が2日以上続く。
  • 便や尿に血液が混じる。
  • 38.9℃(華氏102°Fに相当)以上の高熱。
  • 重度の脱水症状の兆候がある場合。これには、尿がほとんど出ない、または全く出ない、口や喉がひどく乾く、立ち上がるとめまいやふらつきを感じる、などが含まれます。

4.3. 診断と医学的治療

医療現場では、初期診断は通常、臨床症状と患者の食事歴に基づいて行われます。確定診断のためには、医師は便検体を要求し、細菌またはCPE毒素の存在を検出することがあります19。集団発生時には、保健当局は感染源を特定するために、疑わしい食品サンプルも検査します21

ウェルシュ菌食中毒の主な治療法は支持療法であり、症状の緩和と合併症の予防に焦点を当てます12

  • 水分補給:これが最も重要な要素です。下痢によって失われた水分を補うため、患者には水、薄いお茶、または経口補水液などを十分に摂取することが推奨されます22
  • 抗生物質は使用しない:特に強調すべき点として、通常のウェルシュ菌による食中毒の治療において、抗生物質は推奨されず、効果もありません23。これは、病気が細菌の組織への侵入によるものではなく、細菌が分泌する毒素によって引き起こされるためです。体は自然に細菌と毒素を排出します。抗生物質の使用は、ガス壊疽のような重篤で稀な感染症の場合にのみ必要とされます21

第V部:行動計画 – 包括的な予防戦略

ウェルシュ菌食中毒の予防は、複雑な技術を必要とせず、主に食品の調理・保存過程における温度管理の基本原則を厳格に遵守することに基づいています。

5.1. 黄金律:しっかり加熱・素早く冷却・十分に再加熱

効果的な予防戦略は、細菌の病原サイクルにおける三つの重要な段階に対応する、三つの主要なステップに要約できます。

  1. しっかり加熱(やっつける):食品、特に肉や鶏肉が、内部温度が少なくとも75℃に達するまで完全に加熱されることを確認します24。このステップは、栄養細胞状態のウェルシュ菌を死滅させる効果があります。しかし、このステップでは耐熱性の芽胞を破壊できないことを常に念頭に置く必要があります。
  2. 素早く冷却(増やさない):これが最も重要でありながら、最も見過ごされがちなステップです。調理後、速やかに食品の温度を「危険地帯」(12℃から50℃)から脱出させなければなりません。CDCのガイドラインによると、残った食品は調理後2時間以内に5℃以下に冷却する必要があります7。これにより、生き残った芽胞が発芽し増殖する機会を防ぎます。
  3. 十分に再加熱(再びやっつける):保存した食品を再び食べる際は、料理のすべての部分の温度が75℃以上に達するよう、徹底的に再加熱しなければなりません23。カレーやシチューのような濃厚な料理の場合、鍋の底から均一にかき混ぜることが、熱を均等に分散させるために極めて重要です10。適切な再加熱プロセスは、保存中に増殖した可能性のある細菌細胞を死滅させると同時に、それらが産生した可能性のあるエンテロトキシンを破壊(不活化)します。この毒素は熱に比較的敏感だからです16

5.2. 詳細な実践ガイド

上記の原則を実践に移すために、以下の具体的なガイドラインを遵守してください。

  • 調理時:
    • 食品温度計を使用して、大きな肉塊や丸ごとの鶏肉の中心温度が安全なレベルに達していることを確認します25
  • 冷却時:
    • 大きな鍋ごとコンロの上でゆっくり冷ましたり、熱いままの鍋を冷蔵庫に入れたりすることは絶対に避けてください。これは冷却を非常に遅くするだけでなく、冷蔵庫内の温度を上昇させ、他の食品にも影響を及ぼします11
    • 迅速な冷却技術を適用します:調理後すぐに、食品を多くの浅くて口の広い容器に小分けにします。これにより、空気と接触する表面積が増え、食品がはるかに速く冷えます10。日本の農林水産省による実験では、冷却開始から1時間後、浅い容器に入れたカレーは40℃以下に下がったのに対し、鍋に残ったカレーはまだ62℃であったことが示されています10
    • さらに速度を上げるために、食品容器を氷水の入ったボウルに入れ、均一にかき混ぜることもできます16
  • 保存時:
    • 温かいまま提供する必要がある場合は、食品の温度を常に60℃以上に維持する必要があります26
    • 冷蔵保存する場合、冷蔵庫の温度は5℃以下に維持されなければなりません25
  • 再加熱時:
    • 特にとろみのある料理は、細菌が隠れて生き残る可能性のある「冷たい部分」が残らないように、常によくかき混ぜてください10

知識を定着させるために、以下の実践的な行動をまとめた表が役立つでしょう。

表2:ウェルシュ菌食中毒を予防するための推奨事項と禁止事項

すべきこと(Do’s) してはいけないこと(Don’ts)
食品、特に肉や鶏肉を安全な温度(75℃以上)まで十分に加熱する。 調理済みの食品を室温で2時間以上放置する。
調理後2時間以内に残り物を迅速に冷却する。 食品を大きな深鍋のまま冷蔵庫で保存する。
煮込み料理やスープを浅い容器に小分けにして、より速く冷却する。 食品を「温かい」程度にしか再加熱しない、または均一にかき混ぜない。
食品を沸騰するまで(75℃以上)再加熱し、すべての部分が熱くなるようにする。 最初の加熱調理だけで絶対的な安全が保証されると考える。
手を清潔に洗い、調理器具や表面を衛生的に保つ。 「危険温度帯」(12℃~50℃)に関する勧告を無視する。

第VI部:公衆衛生の視点

ウェルシュ菌食中毒は、個人的な問題であるだけでなく、消費者と食品サービス提供者の双方からの注意を要する、公衆衛生上の大きな懸念事項でもあります。

6.1. 統計と重要性

統計データは、この問題の規模を明確に示しています。米国では、CDCが毎年約100万件のウェルシュ菌による食中毒が発生していると推定しています27。日本では、厚生労働省のデータによると、年間の食中毒事件数はそれほど多くない(通常20~40件)ものの、際立った特徴は1事件あたりの患者数が非常に大きいことです。平均して、1件のウェルシュ菌食中毒は60~100人に影響を及ぼす可能性があり、これは他の細菌性食中毒と比較して著しく高く、数百人、時には千人を超える集団発生事例も報告されています5

日本では年間を通じて発生する傾向がありますが、特に夏に増加します6。一方、米国では11月と12月がピークで、感謝祭やクリスマスの祝祭日の大規模な食事会で提供される七面鳥やローストビーフといった料理と関連していることが多いです21

表3:日本におけるウェルシュ菌による大規模食中毒事例の一部

場所 原因と疑われる食品 患者数 参考文献
2011 大阪府 給食施設での食事 1,037 28
2014 京都府 キーマカレー 900 28
2020 東京都 寮での食事 46 5
2023 東京都 高齢者施設の朝食(肉じゃが) 10 29
2024 山梨県 高齢者介護施設での食事 37 3

これらの数字は、食品安全の基本原則、特に温度管理が大規模な食品調理過程で遵守されない場合の深刻な結果を明確に警告しています。

6.2. 食品提供施設と法的規制の役割

レストラン、ホテル、ケータリング会社、その他の食品サービス施設は、ウェルシュ菌食中毒の集団発生を防止する上で極めて重要な役割を担っています。彼らは食品安全基準を厳格に遵守する法的および倫理的責任を負っています17

日本では、厚生労働省が「大量調理施設衛生管理マニュアル」を公布しており、その中には冷却プロセスに関する非常に具体的な規定が含まれています。例えば、このマニュアルは、食品が細菌の活発な増殖温度帯(20℃から50℃)をできるだけ速く、理想的には30分以内に通過して冷却されることを要求しています6

さらに、日本の食品衛生法に基づき、食中毒が疑われる事例が発生した場合、医療機関および食品事業者は、調査を実施し、病気の拡大を防ぐために、24時間以内に最寄りの保健所に報告する義務があります18

よくある質問

一晩寝かせたカレーはなぜ危険なのですか?

一晩寝かせたカレーが危険なのは、ウェルシュ菌が増殖するのに最適な条件が揃うためです。調理で加熱しても、熱に強い「芽胞」は生き残ります。カレーを大きな鍋のまま室温でゆっくり冷ますと、菌が最も活発になる「危険温度帯」(特に43℃~47℃)に長時間留まります。鍋の中は酸素も少ないため、嫌気性のウェルシュ菌が芽胞から発芽し、爆発的に増殖してしまうのです110

ウェルシュ菌は加熱で死滅しますか?

通常の活動しているウェルシュ菌は75℃以上の加熱で死滅しますが、問題は熱に非常に強い「芽胞」です。この芽胞は100℃で1時間以上加熱しても生き残ることがあります8。そのため、最初の調理で完全に安全にすることは困難です。しかし、保存後に再加熱する際は、75℃以上でしっかり加熱することで、増殖した菌を殺し、産生された毒素を不活化(破壊)することができます16

症状が出たらどうすればいいですか?抗生物質は効きますか?

主な症状は腹痛と下痢で、通常は24時間以内に自然に回復します。最も重要な対処法は、脱水症状を防ぐために水分(水、お茶、経口補水液など)を十分に補給することです22。抗生物質は、この食中毒が細菌自体ではなく細菌が産生した「毒素」によって引き起こされるため、通常は効果がなく、推奨もされません23。ただし、症状が重い場合や、高齢者・幼児、または症状が2日以上続く場合は、医師の診察を受けてください20

結論

クロストリジウム・パーフリンジェンスは「隠れた敵」ではありますが、決して無敵ではありません。詳細な分析を通じて、私たちはこの危険の本質を明確に理解することができました。それは、耐熱性の芽胞を備え、酸素の少ない温かい環境で増殖し、体内で産生される毒素を通じて病気を引き起こす、巧妙な細菌です。この組み合わせこそが、特に大量に調理される煮込み料理を潜在的なリスク源に変えているのです。

しかし、安全を確保するための鍵は、複雑で高価な対策にあるわけではありません。それは、正しい認識を持ち、「しっかり加熱、素早く冷却、十分に再加熱」という三つの黄金律を一貫して遵守することにあります。特に、食品を室温で冷ます習慣を改め、小分けにするなどの迅速な冷却技術を適用することが、この脅威を無力化するための最も重要な一歩です。

正確な科学的知識を身につけ、日々の台所で簡単な安全習慣を実践することで、私たち一人ひとりが自身と愛する人々の健康の守護者となることができます。香り高いカレーも、味わい深いシチューも、すべての食事が完全な喜びと安心をもたらすものであり続けるようにしましょう。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  27. About C. perfringens food poisoning. CDC. [参照 2025-07-29]. Available from: https://www.cdc.gov/clostridium-perfringens/about/index.html
  28. 衛生通信. 株式会社ニイタカ. [参照 2025-07-29]. Available from: https://www.niitaka.co.jp/products/uploads/eisei_201808.pdf
  29. 食中毒の発生 調布市内の高齢者施設. 東京都. [参照 2025-07-29]. Available from: https://www.spt.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/12/22/24.html
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