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タンポン使用のリスクとトキシックショック症候群(TSS):科学的根拠に基づく包括的分析

トキシックショック症候群(TSS)は、細菌が産生する毒素によって引き起こされる、急速に進行し生命を脅かす可能性のある急性疾患です1。この症候群は、主に黄色ブドウ球菌によるものと、A群溶血性レンサ球菌によるものの二つに大別されます。両者は臨床的に似ていますが、その発生機序と疫学的背景には重要な違いが存在します23

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の公衆衛生上の緊急課題: 近年急増している劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)に関する日本産科婦人科学会(JSOG)の緊急通達と、厚生労働省(MHLW)の指針を最優先の根拠としています45
  • 国際的な医学的コンセンサス: TSSの病態生理と診断基準に関する包括的な医学文献レビューに基づき、科学的正確性を担保しています2

要点まとめ

  • タンポンの使用に伴うトキシックショック症候群(TSS)のリスクは稀ですが実在し、一つのタンポンを8時間以上使用しないなど、正しい使い方を厳守することで管理可能です15
  • 現在、日本国内ではタンポン使用とは直接関連しない、A群溶血性レンサ球菌による「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)」が過去に例のない規模で急増しており、より緊急性の高い公衆衛生上の脅威となっています9
  • 月経カップにもTSSのリスクは存在し、吸水ショーツにはTSSとは異なる皮膚トラブルや感染症のリスクが伴います。絶対的に安全な製品はなく、各製品のリスクを理解し、自身で管理できるものを選択することが重要です2226

第1部:毒素性ショック症候群(TSS)の仕組みとは?

「トキシックショック症候群」という言葉を聞いて、その詳しい仕組みが分からず、漠然とした不安を感じるかもしれません。その気持ちは、とてもよく分かります。この病気がなぜこれほど急速に悪化するのか、そのメカニズムは複雑に思えますよね。科学的には、この病気の中心には「スーパー抗原」と呼ばれる特殊な細菌毒素が存在します。スーパー抗原の働きは、まるで通常の手続きを無視して数千の扉を同時に開けるマスターキーのようなものです。この「マスターキー」が免疫システムという都市の警備体制を迂回し、一斉に警報を鳴らすことで、制御不能な「サイトカインストーム」という大混乱を引き起こすのです2

この過剰な免疫反応の結果、高熱、急激な血圧低下、そして多臓器不全といった、TSS特有の劇的な症状が現れます3。特に、原因毒素に対する抗体をまだ持っていない若年層は、この「警備体制の弱点」を突かれやすく、発症リスクが相対的に高くなることが指摘されています。そのため、TSSのリスクを正しく理解するには、タンポンのような外的要因だけでなく、こうした体内の免疫システムの働きを知ることが第一歩となります6

TSSは、主に二つの原因菌によって引き起こされます。一つは、歴史的にタンポンの使用と強く関連づけられてきた黄色ブドウ球菌です。月経に伴うTSSのほとんどは、この菌が産生するTSST-1という毒素が原因です7。もう一つは、A群溶血性レンサ球菌で、こちらはレンサ球菌性トキシックショック症候群(STSS)を引き起こし、致死率が非常に高いことで知られています3。近年、日本の公衆衛生において極めて重要なのが、このSTSSの動向です。特に2023年以降、日本国内でSTSSの報告数が急増しており、その背景には従来株よりも毒性が強い可能性のある「M1UK系統株」の広がりが指摘されています。この状況を受け、日本産科婦人科学会(JSOG)4や国立感染症研究所(NIID)9は、医療関係者や国民に対して強い注意喚起を行っています。

このセクションの要点

  • TSSは、細菌が産生する「スーパー抗原」という毒素が、免疫システムを暴走させることで発症します。
  • 日本では近年、タンポン使用とは直接関連しない、より致死率の高いレンサ球菌性TSS(STSS)が急増しており、公衆衛生上の大きな懸念となっています。

第2部:どのような症状が出たらTSSを疑うべきか?

突然の高熱や発疹が出て、「ただの風邪ではないかもしれない」と不安に思った経験はありませんか。TSSの初期症状はインフルエンザに非常によく似ているため、その判断に迷うのは当然のことです。しかし、TSSの進行は極めて速いため、危険なサインを見逃さないことが何よりも重要です。科学的には、TSSには「高熱」「血圧低下」「発疹」という三つの特徴的な初期症状があります。これは、いわば体が発する「最大級の警報」です。これらのサインを早期に認識し、行動に移すことが、安全を守るための鍵となります1

TSSの診断基準として世界的に用いられているのが、米国疾病予防管理センター(CDC)の基準であり、日本の基準もこれに準拠しています11。具体的には、38.9℃以上の高熱、めまいや失神を伴う血圧低下(収縮期血圧90mmHg以下)、そして日焼けのような赤い発疹(紅皮症)が主要な三徴候です7。この発疹は、1~2週間後に手のひらや足の裏の皮膚が著しく剥がれる(落屑)という特徴があります3。さらに、これらの症状に加えて、消化器(嘔吐・下痢)、筋肉(激しい痛み)、粘膜(目の充血)、腎臓、肝臓、血液(血小板の減少)など、3つ以上の臓器に障害が認められることが診断の要件となります。厚生労働省は、一般向けに「目の充血」や「唇のただれ」といった、より気づきやすいサインにも注意を払うよう呼びかけています5

受診の目安と注意すべきサイン

以下の症状が、特にタンポン使用中に複数当てはまる場合は、TSSの可能性を疑い、直ちにタンポンの使用を中止し、速やかに医療機関を受診してください。

  • 38.9℃以上の突然の高熱
  • 全身に広がる日焼けのような発疹・発赤
  • 立ちくらみ、めまい、失神(血圧低下のサイン)
  • 激しい嘔吐や下痢

第3部:タンポンとTSSリスクの科学

タンポンを使いたいけれど、TSSのリスクが怖くてためらってしまう。そのように感じるのは、決して不自然なことではありません。「タンポンは危険」という話を耳にすると、安心して使うのは難しいですよね。その背景には、1980年代に特定の高吸収性タンポンに関連してTSSが集団発生したという歴史があります3。しかし、科学が明らかにしたのは、リスクの本質がタンポンという製品そのものよりも、その「使い方」にあるということです。だからこそ、正しい知識を身につけることで、リスクを管理しながらタンポンの利便性を享受することが可能になります。例えば、長時間留置されたタンポンは、細菌が増殖するための温床となり得ます。これは、湿った環境が微生物の繁殖に適しているのと同じ原理です。産生された毒素が、腟内のごく小さな傷から体内に吸収されることで、TSSが引き起こされると考えられています13

このリスクは決して過去のものではなく、現在もタンポン使用に関連したTSS症例は日本国内で報告され続けており、注意が必要です14。リスクを最小限に抑えるための方法は、科学的根拠に基づいて明確に示されています。これは、交通ルールを守ることで事故のリスクを大幅に減らせるのと同じです。ルールを知り、それを守ることが、あなた自身の安全につながります。

今日から始められる安全なタンポン使用法

TSSのリスクを最小化するために、以下の国際的に推奨されるルールを必ず守ってください。

  • 使用は8時間以内:一つのタンポンの連続使用は最大8時間までです。特に就寝時など8時間を超える可能性がある場合は、ナプキンの使用を検討しましょう15
  • ナプキンとの交互使用:タンポンを連続して使い続けず、生理用ナプキンと交互に使うことで、リスクをさらに低減できます15
  • 適切な吸収量を選ぶ:ご自身の経血量に合わせて、必要最低限の吸収量の製品を選びましょう16
  • 清潔な手指で:タンポンを挿入する前には、必ず石けんで手指を洗い、清潔に保ちましょう17
  • 過去に発症した方は使用禁止:一度でもTSSと診断されたことがある方は、タンポンを使用してはいけません15

第4部:日本における規制と最新の疫学状況

「日本で販売されているタンポンは安全なの?」「今、TSSはどれくらい発生しているの?」こうした疑問を持つのは、ごく自然なことです。ご自身の健康に関わることだからこそ、国の制度や最新の状況を知りたいですよね。その答えを知ることで、漠然とした不安は、具体的な知識に基づく安心へと変わります。日本では、生理用タンポンは医薬品医療機器等法(薬機法)のもとで「一般医療機器」として厳しく管理されています。これは、タンポンが単なる日用品ではなく、国がその品質と安全性を監督する対象であることを意味します1819

この法律に基づき、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、すべてのタンポン製品の添付文書にTSSに関する明確な警告表示を義務付けています。これは、万が一の事態に備えて、すべての自動車にエアバッグの警告表示があるのと同じで、リスクが存在することを知らせ、安全な使い方を促すための重要な仕組みです15。一方で、現在の日本が直面しているより大きな課題は、タンポンとは無関係のSTSSの急増です。国立感染症研究所(NIID)のデータによると、STSSの報告症例数は2023年以降、過去に例のないレベルで増加し、2024年には6月時点ですでに前年の年間合計を超える977件以上に達しています9。特に、50歳未満の若年・中年層における致死率が著しく上昇しているという、極めて憂慮すべき傾向が示されています。この「データの非対称性」(STSSは全数報告義務があるが、ブドウ球菌性TSSにはない)が、TSS全体の正確な実態把握を難しくしている側面もあります11

このセクションの要点

  • 日本の法律では、タンポンは安全管理が義務付けられた「一般医療機器」に分類されています。
  • 現在、日本国内ではタンポン関連TSSよりも、A群溶血性レンサ球菌によるSTSSの症例数が過去最悪のペースで急増しており、重大な公衆衛生上の問題となっています。

第5部:タンポン以外の生理用品とそのリスク

タンポンのリスクを知ると、「それなら他の製品を使えば絶対に安全なのでは?」と考えるかもしれません。多くの選択肢の中から、自分にとって最適なものを見つけたいと思うのは当然です。しかし、ここでの賢明な考え方は、「リスクがゼロの製品を探す」ことではなく、「それぞれの製品が持つ異なる種類のリスクを理解し、自分が管理できるものを選ぶ」ことです。これは、食事を選ぶ際に、ある食材のアレルギーを避けるために別の食材を選んでも、その食材が持つ別の側面(カロリーや栄養バランスなど)を考慮するのと似ています。

例えば、近年利用者が増えている月経衛生用品の安全な選択肢として、月経カップや吸水ショーツがあります。月経カップは繰り返し使え、経済的で環境にも優しいという大きな利点がありますが、タンポンと同様に長時間腟内に留置するため、TSSのリスクが伴います。そのため、PMDAは月経カップにもタンポンと同等のTSSに関する警告表示を義務付けており、8~12時間以内の使用と厳格な煮沸消毒が不可欠です2223。一方、吸水ショーツはTSSの直接的なリスクは低いものの、主な懸念は衛生面です。湿った状態での長時間着用は、皮膚のかぶれやカンジダ症といった感染症のリスクを高める可能性があります。産婦人科医は、半日(12時間)に1回程度の交換を推奨しています2627

自分に合った選択をするために

どの製品にも一長一短があります。ご自身のライフスタイルや衛生管理にかけられる手間を考慮して、最適な選択をしましょう。

タンポンや月経カップが向いている方: 活動的に過ごしたい方で、8~12時間ごとの交換と、手指や製品の厳格な衛生管理を徹底できる方。

吸水ショーツやナプキンが向いている方: 腟内に物を入れることに抵抗がある方や、より手軽な衛生管理を優先したい方。ただし、こまめな交換が皮膚トラブルを防ぐ鍵です。

よくある質問

タンポンを8時間以上使ってしまったら、必ずTSSになりますか?

必ず発症するわけではありませんが、リスクが著しく高まります。TSSは、毒素を産生する特定の細菌が体内に存在し、かつその毒素に対する抗体がない場合に発症する可能性があります。長時間使用は細菌増殖の機会を与えるため、推奨される使用時間を厳守することが非常に重要です。もし8時間を超えてしまった場合は、すぐにタンポンを抜き、自身の体調変化に注意深く気を配ってください。高熱や発疹などの初期症状が現れた場合は、直ちに医療機関を受診してください。

月経カップもTSSのリスクはありますか?

はい、あります。月経カップもタンポンと同様に長時間腟内に留置するため、TSSのリスクが伴います。日本の規制当局(PMDA)も、月経カップに対してタンポンと同等のTSSに関する警告表示を義務付けています。製品によって推奨使用時間は異なりますが、一般的に8~12時間以内の使用が推奨されています。安全のため、使用前後の煮沸消毒など、厳格な衛生管理が不可欠です。

結論

トキシックショック症候群(TSS)は、タンポン使用に関連して発生しうる、稀ではあるものの生命を脅かす重篤な疾患です。しかし、そのリスクは製品自体に内在するというよりは、8時間を超える長時間使用といった不適切な使い方によって著しく増大します。したがって、リスク管理の鍵は、添付文書に記載された安全な使用方法を厳格に遵守することにあります15。一方で、現在の日本においては、タンポン使用とは無関係なA群溶血性レンサ球菌によるSTSSの症例数が、かつてない規模で急増しているという事実が極めて重要です9。これは、TSSという言葉が内包する脅威の中で、今まさに公衆衛生上の緊急課題となっている側面です。月経カップや吸水ショーツといった代替品も、それぞれ異なる種類のリスクを伴います。月経衛生用品の選択は、単一の「完璧に安全な製品」を探すプロセスではなく、各製品のリスクとベネフィットを総合的に理解し、自身のライフスタイルに合わせて、管理可能なリスクを持つ製品を主体的に選択するプロセスであると結論付けられます。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

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