デング熱の症状・潜伏期間から治療・予防法まで徹底解説|日本の感染リスクと最新ワクチン情報(2025年版)
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デング熱の症状・潜伏期間から治療・予防法まで徹底解説|日本の感染リスクと最新ワクチン情報(2025年版)

近年、世界中で感染の拡大が報告されているデング熱。かつては遠い熱帯地域の病気と考えられていましたが、2014年には東京で国内感染が発生し、日本においても決して「対岸の火事」ではないことが示されました。海外渡航の機会が増える中、ご自身やご家族を守るためには、デング熱に関する正確で最新の医学知識が不可欠です。JAPANESEHEALTH.ORG編集部では、この重要な課題に対し、世界保健機関(WHO)や日本の国立感染症研究所などの最高権威機関の情報を基に、デング熱の全てを網羅した包括的なガイドを作成しました。この記事を読めば、初期症状の見分け方から、特に注意すべき危険な時期、正しい治療法、そして日本人にとって最も関心の高い国内のリスクと最新のワクチン事情まで、命を守るために必要な知識の全てを得ることができます。

この記事の科学的根拠

この記事は、提供された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。

  • 国立感染症研究所 (NIID) / 厚生労働省 (MHLW): 日本国内における診断基準、治療の指針、国内感染のリスクや媒介蚊に関する記述は、日本の公衆衛生を司るこれらの機関が発行する公式ガイドラインや情報に基づいています12
  • 世界保健機関 (WHO) / 米国疾病予防管理センター (CDC): デング熱の国際的な症例定義、病期(発熱期、危険期、回復期)、警告サイン、治療原則に関する記述は、これらの国際的な最高権威機関の最新ファクトシートやガイドラインに準拠しています34
  • 学術論文: 潜伏期間の統計的推定値や、重症化のメカニズムである「抗体依存性増強(ADE)」に関する専門的な解説は、査読付きの科学学術論文に基づいています56
  • 武田薬品工業株式会社: 最新のデング熱ワクチン「キューデンガ」に関する情報は、開発元である製薬会社の公式発表を一次情報源としています7

この記事の要点

本記事は、デング熱に関する最新かつ包括的な医学情報を提供します。特に以下の点を正確に理解することが重要です。

  • デング熱は蚊が媒介するウイルス感染症で、近年世界的に流行が拡大しています。日本国内でも海外からの輸入症例が毎年報告され、2014年には国内での感染拡大も発生しました。国内感染の危険性はゼロではありません8
  • 主な症状は突然の高熱、激しい頭痛、関節痛、発疹です。特に注意すべきは、熱が下がり始める「クリティカルフェーズ(危険期)」に、ショックや出血などを伴う重症型に移行する危険性がある点です4
  • デング熱に特異的な治療薬(抗ウイルス薬)はありません9。治療は安静と水分補給、症状を和らげる対症療法が中心です。解熱鎮痛剤を使用する場合は「アセトアミノフェン」を選び、イブプロフェンやアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は出血の危険性を高めるため絶対に避けてください9
  • 2025年7月現在、武田薬品工業が開発したワクチン「キューデンガ」が海外の一部地域で承認されていますが、日本では未承認です。そのため、海外渡航前に日本国内でこのワクチンを接種することはできません10

1. デング熱とは? – 世界と日本をおびやかす感染症

デング熱は、デングウイルスを持つ蚊(主にネッタイシマカやヒトスジシマカ)に刺されることによって感染する急性熱性感染症です。

1.1. デングウイルスの正体

デングウイルスには、血清学的に区別される4つの型(1型、2型、3型、4型)が存在します11。一度いずれかの型に感染すると、その型に対しては生涯にわたる免疫を獲得しますが、他の型のウイルスに対する免疫は獲得できません。そのため、理論上は生涯で4回デング熱に感染する可能性があります。そして、異なる型のウイルスに二度目に感染(二次感染)した場合、重症化する危険性が高まることが知られています6

1.2. 世界的な流行状況(2024-2025年)

世界保健機関(WHO)によると、デング熱は世界で最も急速に拡大している蚊媒介感染症であり、世界の人口の約半数が危険に晒されています3。特に2024年から2025年にかけては、中南米や東南アジアを中心に歴史的な大流行が報告されており、WHOは世界レベルで高い公衆衛生上の脅威であると警告しています12

1.3. 日本におけるデング熱のリスク – 「対岸の火事」ではない理由

日本国内で報告されるデング熱患者のほとんどは、流行地域からの帰国者・入国者です(輸入症例)。しかし、国内での感染拡大の危険性が無いわけではありません。

【国内感染事例】2014年、東京・代々木公園で何が起きたか

2014年8月、海外渡航歴のない人がデング熱と診断されたことをきっかけに、東京の代々木公園を中心として160人を超える国内感染事例が確認されました8。これは、海外で感染した人が帰国後、国内に生息する**ヒトスジシマカ**に刺され、その蚊が他の人を刺すことで感染が広がったものです。この事例は、日本国内にデング熱を媒介する能力のある蚊が広く生息しており、輸入症例をきっかけに国内流行が起こりうることを明確に示しました。

日本の媒介蚊:ヒトスジシマカ

日本におけるデング熱の主な媒介蚊はヒトスジシマカです。この蚊は、日本のほぼ全土(北海道を除く)に生息しており、活動が活発になるのは**概ね5月中旬から10月下旬**です13。これが、日本国内における具体的な「デング熱の危険性がある季節」となります。


2. デング熱の症状と経過 – 「熱が下がってから」が最も危険

デング熱の臨床経過は特徴的で、3つの時期に分けられます。特に、多くの人が回復に向かうと誤解しがちな「解熱期」にこそ、最大の危険が潜んでいます。

2.1. 潜伏期間と初期症状(発熱期)

ウイルスを持つ蚊に刺されてから症状が出るまでの潜伏期間は、研究によれば平均5.9日、一般的には3日から7日(範囲2〜14日)です514。症状は突然現れます。

  • 突然の38℃以上の高熱
  • 激しい頭痛、特に目の奥の痛み(眼窩痛)
  • 関節痛、筋肉痛、骨の痛み(英語では”Break-bone fever”とも呼ばれるほどの痛み)
  • 発疹(熱が出てから3〜4日後に現れることが多い)
  • 食欲不振、吐き気、嘔吐

2.2. 【要注意】重症化への警告サイン(Warning Signs)

熱が下がり始める時期に、以下の「警告サイン」が一つでも見られた場合は、重症型デング熱へ移行する可能性があり、直ちに医療機関を受診する必要があります34

  • 激しい腹痛、またはお腹を押すと痛む
  • 持続する嘔吐(24時間に3回以上)
  • 鼻や歯茎からの出血
  • 血を吐く、便に血が混じる(黒色便)
  • ぐったりして元気がない、または逆に落ち着きがない
  • 皮膚が冷たく湿っぽくなる

2.3. 【最重要】クリティカルフェーズ(危険期)とは?

デング熱の経過で最も警戒すべき「クリティカルフェーズ(危険期)」は、多くの場合、発症から3〜7日後、熱が下がり始めて「治りかけだ」と油断しがちな時期にやってきます4。この時期は通常24〜48時間続きます。この期間に、血管から血液の液体成分(血漿)が漏れ出す「血漿漏出」が起こり、血圧が急激に低下してショック状態(デングショック症候群)に陥ったり、重い出血(デング出血熱)を引き起こしたりすることがあります。

2.4. 【専門的解説】なぜ二次感染で重症化しやすいのか? – 抗体依存性増強(ADE)

異なる型のデングウイルスに二度目に感染すると、なぜ重症化しやすいのでしょうか。その鍵を握るのが**「抗体依存性増強(ADE: Antibody-Dependent Enhancement)」**という免疫現象です615

  1. 一度目の感染で、体はそのウイルス型に対する抗体を作ります。
  2. その後、異なる型のウイルスが体内に侵入すると、一度目の感染で作られた抗体が、新しいウイルスに結合はするものの、完全に無力化することができません。
  3. この「中途半端に結合したウイルスと抗体の複合体」が、かえってウイルスが免疫細胞に侵入するのを手助けしてしまいます。
  4. 結果として、免疫細胞内でウイルスが爆発的に増殖し、過剰な免疫反応が引き起こされ、血漿漏出などの重篤な症状につながると考えられています。

3. 診断と治療 – 知っておくべき医療の知識

3.1. 医療機関での診断方法

診断は、症状、渡航歴、そして血液検査などを総合的に判断して行われます。

  • 問診: 流行地域(特に東南アジア、南アジア、中南米など)への渡航歴の有無は、診断において極めて重要な情報です。
  • 血液検査: 白血球の減少、血小板数の減少、血液濃縮を示すヘマトクリット値の上昇が特徴的な所見です1
  • 確定診断: NS1抗原迅速検査キットや、ウイルスの遺伝子を検出するPCR法、ウイルスに対する抗体(IgM、IgG)を測定する検査などで確定診断を行います1

症状が似ているチクングニア熱やジカウイルス感染症などとの鑑別も重要です16

3.2. 治療の基本方針:特効薬はない

残念ながら、2025年現在、デングウイルスに直接作用する抗ウイルス薬は存在しません9。治療は、症状を和らげる対症療法が中心となります。

  • 安静と水分補給: 脱水を防ぐため、十分な水分(水、経口補水液、スポーツ飲料など)を摂取し、安静にすることが基本です。
  • 【最重要:薬の選び方】
    • 使用して良い薬: 高熱や痛みに対しては、アセトアミノフェンが推奨されます。
    • 絶対に避けるべき薬: **非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)**、具体的にはイブプロフェン、ロキソプロフェン、アスピリンなどは、血小板の働きを抑え、出血傾向を悪化させる危険性があるため、**自己判断で服用してはいけません9。市販の風邪薬にもこれらの成分が含まれていることがあるため、必ず成分を確認し、医師や薬剤師に相談してください。

3.3. 重症例の入院治療

警告サインが見られる場合や重症型と診断された場合は、入院による集中治療が必要です。血圧や尿量などを綿密に監視しながら、血漿漏出によって失われた水分を点滴で補う厳格な輸液管理が行われます1


4. 予防と対策 – 自分と社会を守るために

4.1. 最も重要な個人予防策:蚊に刺されない

ワクチンが国内で利用できない現在、予防は蚊に刺されない対策を徹底することに尽きます。

  • 肌の露出を避ける: 流行地域では、日中であっても長袖・長ズボンを着用する。
  • 虫除け剤の使用: DEET(ディート)やピカリジンといった有効成分を含む虫除け剤を、露出している皮膚や衣服に適切に使用する。
  • 住環境の整備: 網戸やエアコンを使用し、蚊の侵入を防ぐ。就寝時には蚊帳を利用する。

4.2. 【2025年最新情報】デング熱ワクチン(キューデンガ)の現状

武田薬品工業が開発した4価の生ワクチン「**Qdenga®(キューデンガ)**」が、2022年以降、欧州連合(EU)やブラジル、タイ、ベトナム、インドネシアなどで承認されています717

【日本人への重要情報】
2025年7月現在、このキューデンガワクチンは日本では承認されておらず、国内の医療機関で接種することはできません10。したがって、海外の流行地に渡航する前に日本国内で予防接種を受ける、という選択肢は現時点ではありません。渡航先の国によっては現地で接種が可能な場合もありますが、渡航医学の専門家と相談することが推奨されます。

4.3. 国内での対策:蚊の発生源をなくす

ヒトスジシマカは、植木鉢の受け皿や古タイヤ、空き缶などに溜まったわずかな水たまりで繁殖します。自宅や職場の周りで水が溜まる場所をなくすことが、国内での感染拡大リスクを減らすために重要です13


5. よくある質問(FAQ)

Q1: デング熱は人から人に直接うつりますか?

いいえ、うつりません。デング熱は、インフルエンザなどのように咳やくしゃみで人から人に直接感染することはありません。感染した人の血を吸った蚊が、別の人を刺すことによってのみ感染が広がります10

Q2: 一度かかったら、もう二度とかからないのでしょうか?

いいえ、かかります。デングウイルスには4つの型があり、一度感染するとその型に対する免疫は生涯続きますが、他の3つの型には感染する可能性があります。そして、二度目に異なる型に感染した場合、重症化する危険性が高まることが知られています11

Q3: デング熱が疑われる場合、何科を受診すればよいですか?

まずは、お近くの内科、小児科、または発熱外来を受診してください。その際、必ず**いつ、どの国や地域へ渡航したか**を医師に伝えてください。これが診断の最も重要な手がかりとなります。専門的な治療が必要な場合は、感染症科のある病院や、国立国際医療研究センターのような専門機関を紹介されることもあります。

Q4: 日本に住んでいて、海外旅行の経験がなくてもデング熱にかかることはありますか?

可能性は極めて低いですが、ゼロではありません。2014年に東京で起きたように、国内にいるデングウイルスを媒介する能力のあるヒトスジシマカが、海外からの帰国者(輸入症例)を刺し、その蚊が別の人を刺すことで国内感染が起こる可能性があります8

結論

デング熱は、もはや他人事ではないグローバルな感染症です。特に海外との往来が活発な現代において、正しい知識を持つことは自分自身と社会全体を守るための第一歩です。この記事の要点をまとめると、①デング熱は突然の高熱と激しい痛みで発症する、②熱が下がり始めた頃が最も危険な時期である、③治療の鍵は安静と水分補給、そして解熱剤はアセトアミノフェンを選ぶこと、④日本国内では予防ワクチンは未承認のため、何よりも蚊に刺されない対策が重要である、という点です。これらの知識を念頭に置き、特に流行地域へ渡航する際や、帰国後に疑わしい症状が出た場合は、ためらわずに医療機関に相談してください。

免責事項本記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康上の懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 国立感染症研究所. 蚊媒介感染症の診療ガイドライン(第5版) [インターネット]. 2019. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/guideline/dengue-190412.pdf
  2. 厚生労働省. デング熱について [インターネット]. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-19.html
  3. World Health Organization. Dengue and severe dengue [インターネット]. 2024. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dengue-and-severe-dengue
  4. Centers for Disease Control and Prevention. Dengue – For Health Care Providers [インターネット]. 2024. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.cdc.gov/dengue/hcp/index.html
  5. Chan M, Johansson MA. The incubation period of dengue: a systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2012;7(11):e50972. doi:10.1371/journal.pone.0050972.
  6. Katzelnick LC, Gresh L, Halloran ME, et al. Antibody-dependent enhancement of severe dengue disease in humans. Science. 2017;358(6365):929-932. doi:10.1126/science.aan6836.
  7. 武田薬品工業株式会社. QDENGA® (4価弱毒生デング熱ワクチン)の欧州連合における承認取得について [インターネット]. 2022. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2022/20221208_8357/
  8. 国立感染症研究所. IASR Vol. 36 p. 137-140: 2015年7月号 – 2014年デング熱の国内感染事例について [インターネット]. 2015. [2025年7月28日引用]. [リンク切れの可能性あり]
  9. Centers for Disease Control and Prevention. Manage Dengue | Dengue | CDC [インターネット]. 2025. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.cdc.gov/dengue/treatment/index.html
  10. 厚生労働省. デング熱に関するQ&A [インターネット]. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dengue_fever_qa.html
  11. 国立感染症研究所. デング熱とは [インターネット]. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ta/dengue.html
  12. 厚生労働省検疫所 FORTH. デング熱-世界の状況 [インターネット]. 2024. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.forth.go.jp/topics/2024/20240610_00001.html
  13. 岡山県. デング熱について [インターネット]. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.pref.okayama.jp/page/398115.html
  14. ユビー. デング熱の潜伏期間はどれくらいですか? [インターネット]. [2025年7月28日引用]. [リンク切れの可能性あり]
  15. Centers for Disease Control and Prevention. Antibody-Dependent Enhancement (ADE) [インターネット]. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.cdc.gov/dengue/training/cme/ccm/page57857.html
  16. 厚生労働省. 蚊媒介感染症の診療ガイドライン (第 2 版) [インターネット]. [2025年7月28日引用]. [リンク切れの可能性あり]
  17. ジェトロ. ベトナム保健省、武田薬品によるデング熱ワクチンを承認 [インターネット]. 2024. [2025年7月28日引用]. 入手可能: https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/06/552232337817c985.html
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