はじめに
出血熱と腎機能障害を併発させるハンタウイルス感染症(以下、本記事では「ハンタウイルス感染症」と呼びます)は、ネズミなどのげっ歯類が媒介するウイルスに起因する深刻な病気です。日本ではあまり一般的ではないものの、海外では古くから報告例があり、ときに死亡リスクを伴うことが知られています。特にハンタウイルスによる出血熱と腎症候群(Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome, HFRS)は、血小板減少や血管の透過性亢進といった出血傾向に加えて、急性の腎不全を来す点が特徴とされています。本記事では、このハンタウイルス感染症の概要・症状・感染経路・治療法・予防策などを詳しく解説し、最新の信頼できる研究の見解を交えながら、理解を深めていただくことを目的としています。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本稿は日本の読者に向けて作成しており、国内の衛生状況や生活環境に合った観点も踏まえつつ解説します。また、最新の国際的研究をもとに、ハンタウイルス感染症の注意点や実用的な対策を詳しく紹介し、国内外の情報を総合的にまとめました。長文ではありますが、知識を体系的に整理し、安心と安全のために必要な情報をしっかりとお伝えしていきます。
専門家への相談
本疾患に関しては、世界保健機関(WHO)や各種国際機関、さらに国内外の公衆衛生当局などが情報提供を行っています。これらの公的機関はエビデンスに基づいたガイドラインを提供しており、信頼度が高いとされています。さらに、医療機関でも感染症内科や腎臓内科の専門家が対応しています。海外では厚みのある研究が蓄積されている一方、日本における報告は稀とされていますが、獣医学や公衆衛生学の分野で研究を行う機関・大学病院などが国内での発生状況や予防法を調査・分析中です。万が一、疑わしい症状に気づいた場合は、速やかに医療従事者へ相談し、指示を仰ぐことが重要になります。
ハンタウイルス感染症(出血熱と腎症候群)とは
ハンタウイルスはBunyaviridae科に属するウイルスの一群で、主にネズミをはじめとするげっ歯類が保有宿主となります。これらのウイルスはげっ歯類の排泄物(尿・糞・唾液)を介して環境中に広がり、人間がそれらに接触・吸入することで感染リスクが生じます。海外ではHantaanウイルスやDobravaウイルス、Puumalaウイルス、Seoulウイルスなど複数の型が報告されており、ヒトでの発症様式は多様ですが、中でも出血症状と急性腎不全が合併するHFRS(Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome)がよく知られています。
近年、中国やロシア、ヨーロッパ諸国などでは流行が散発的に報告されるケースがあり、日本においては海外渡航歴のある症例や実験研究施設などでの感染リスクへの注意喚起が行われています。特に近年の公衆衛生学的研究では、ネズミの生息環境とヒトの生活圏が交差する地域で発生リスクが高いとされています。日本国内の清潔な都市環境では稀といわれますが、自然豊かな地域の一部では注意が必要かもしれません。
症状と臨床経過
ハンタウイルス感染症の潜伏期間は通常1~2週間程度とされていますが、最長で8週間ほど報告された例もあります。感染初期は高熱、激しい頭痛、全身の倦怠感、腹痛、嘔気など、インフルエンザ様の症状を呈します。さらに下記のような段階的経過をたどることが多いとされています。
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初期症状期
突然の発熱、悪寒、頭痛、腰痛、腹部痛など。発熱は39℃以上に達することもあり、全身の倦怠感が強い場合が多いです。顔面紅潮、結膜充血(目の充血)、皮疹(発疹)などが生じることもあります。 -
低血圧・出血傾向期
ウイルスの作用や免疫応答の影響で、血圧が急激に下がる(低血圧、ショック)ことや、血管の透過性亢進が起こり、出血傾向がみられる場合があります。重症例では血小板の著しい減少や血管内皮障害によって皮下出血、粘膜出血が生じます。 -
腎機能障害期
腎臓の機能が急激に低下し、尿量減少や体液貯留(浮腫)のほか、電解質異常が表面化することがあります。患者によっては透析が必要になるほど腎機能が低下し、重症化する場合があります。 -
回復期
適切な治療と supportive care(症状に合わせた補助療法)が行われると、徐々に腎機能が回復し、血圧や血小板数も安定していきます。ただし回復には数週間から数か月かかる例も報告されており、長期的なフォローが必要とされることがあります。
国内外の複数の研究によれば(例:Hemorrhagic Fever Renal Syndrome [NCBI, 2023年参照]; WHOの報告など)、HantaanウイルスやDobravaウイルスでの感染はより重症化傾向にある一方、SeoulウイルスやPuumalaウイルスは比較的軽症のHFRSを起こす傾向があるとの見解があります。ただし、これらはあくまで傾向であり、ウイルス株ごとの病原性や宿主の免疫状態、地域の衛生環境なども発症・重症化リスクに影響するとされています。
感染経路
ハンタウイルスは主にげっ歯類との接触や、げっ歯類の排泄物から立ちのぼるエアロゾルの吸入によって感染します。具体的には以下のような経路が指摘されています。
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ネズミの排泄物(尿・糞・唾液)によるエアロゾル
排泄物が乾燥し、粉じん化したものを吸い込むことで感染する可能性があります。農作業や山林での作業、野外活動の際に、ネズミが巣を作るような場所を掃除したり掘り起こしたりすると、エアロゾルを吸い込むリスクが上がります。 -
排泄物との直接接触
手指や皮膚の傷口、粘膜(目、鼻、口など)を介した接触感染も報告されています。汚染された物品を触れたあと、そのまま口や鼻に触れると感染が成立する可能性があります。 -
ネズミに咬まれる
ネズミに咬まれた際にウイルスが侵入しうるケースも稀に報告されています。 -
ヒトからヒトへの感染
ハンタウイルスの一部の型では、患者から他のヒトへ感染が成立する可能性は極めて低いと考えられています。ただし、海外のごく一部のハンタウイルスでは人から人への感染報告もわずかながらあり、完全に否定はできません。
ハイリスク群
報告例をもとにすると、以下のような要因や状況下にいる人は相対的にハンタウイルス感染症のリスクが高いと考えられています。
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農林業や野外活動を頻繁に行う人
山間部や畑など、ネズミの生息数が多い環境で作業する場合、エアロゾルや排泄物との接触リスクが上がります。 -
倉庫や農家の納屋などを掃除する機会が多い人
ネズミが巣を作っている場所を掃除したり、古い物品を移動させたりするとき、埃とともにウイルスが舞い上がりやすくなります。 -
20~60代の成人
一般的に、15歳以下の子どもは軽症で済む例が多いと報告されていますが、働き盛りの年齢層は野外作業や旅行などの機会が多いため、感染リスクが相対的に上がるといわれています。
ただし、何歳であれ、ハンタウイルスに暴露すれば発症の可能性はあります。高齢者や基礎疾患を持つ人、免疫機能が低下している方は重症化しやすいと考えられ、さらに注意が必要です。
診断
医療機関では臨床症状、血液検査、免疫学的検査などを総合して診断が行われます。特に血清学的検査(抗体価の測定)やウイルスRNAの検出(RT-PCR法)、抗原検出などが用いられ、ハンタウイルスに特異的な抗体や遺伝子配列の有無を確認します。また、重症度に応じて腎機能(クレアチニン、尿素窒素など)や血液学的所見(血小板、赤血球、白血球、凝固機能)を評価し、出血傾向やショックリスクを早期に把握することが重要です。
治療法
ハンタウイルス感染症、特にHFRS(出血熱と腎症候群)の確立された特効薬は存在しません。早期に投与することで症状の進行を抑える可能性が指摘されている抗ウイルス薬(リバビリンなど)があるものの、通常の臨床現場では支持療法(symptomatic treatment)が中心となります。
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十分な水分・電解質補給
発熱や嘔吐、腎機能障害による電解質異常が起こりやすいため、点滴や経口補水などで適切に補うことが重要です。 -
血圧管理
低血圧やショック症状が見られる場合には、昇圧剤の投与や輸液管理によって血圧を一定に保つ必要があります。 -
透析療法
急性腎不全が高度に進行した場合や、電解質異常が重篤な場合には透析が検討されます。これは浮腫や尿量減少が顕著なケースなどで生命維持に不可欠な手段となります。 -
二次感染予防
感染症は全身状態が悪化すると他の細菌感染を併発しやすいため、感染管理や必要に応じた抗菌薬投与で重症化を防ぎます。
米国疾病予防管理センター(CDC)の見解や複数の研究によれば、強い免疫応答によって臓器障害が増幅されるとの報告もあり、症状の進行を予測して早めの集中治療管理が推奨されています。
予防策
ハンタウイルス感染症に対するワクチンは、限られた地域で開発・承認例があるとされますが、日本では一般的に広く利用できるワクチンはありません。そのため、日常で取り入れやすい以下の予防策が推奨されます。
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ネズミとの接触を避ける
住環境を清潔に保ち、ネズミが侵入しにくいように侵入口を塞ぐなどの対策を行います。特に倉庫や農家の納屋、古い小屋の掃除をする際は、事前に十分換気を行い、マスクや手袋を着用することが大切です。 -
埃の舞い上がりを最小限に
ネズミの排泄物があるかもしれない場所を掃除する際は、乾いたほうきで掃くよりも水で湿らせた雑巾で拭き取るなど、埃やエアロゾルが舞いにくい方法を選ぶと感染リスクが減る可能性があります。 -
野外活動やキャンプ時の注意
草むらや木陰に長時間座ったり寝そべったりすると、ネズミの巣や排泄物に接触するリスクが生じます。テントは平坦かつ風通しの良い場所に設営し、地面と直接触れる部分を最小限にするなど、環境への配慮を行いましょう。 -
海外旅行先での注意
ハンタウイルスが流行している地域に赴く場合、現地の公衆衛生情報をよく確認し、野外や田舎地域での行動に気をつけることが望ましいです。特に流行地で野外活動を行う際は、マスクと手袋の使用など防御策を徹底しましょう。
最新の研究と知見
近年(過去4年以内)発表された研究としては、中国をはじめとするアジア各地域で行われた疫学調査や、ヨーロッパでの遺伝子解析によるウイルス株の特徴把握などが挙げられます。たとえば2021年に学術雑誌Virusesに掲載された大規模レビュー(Gu, S.H.ら, 2021, Viruses, 13(8):1649, doi:10.3390/v13081649)では、ハンタウイルスの環境中での存在や発生要因について分析が行われ、ネズミの活動期や気候変動が発生リスクに密接に関与すると報告されています。特に温暖化による冬期のネズミ個体数増加が、春先や秋口の集団発生に影響を与える可能性が示唆されました。
また、2022年に学術誌Infectious Diseases of Povertyに掲載された研究(Li, Y.ら, 2022, 11(1):56, doi:10.1186/s40249-022-00960-5)では、中国の農村部でのHFRS発症リスク因子を系統的に検証しており、農作業環境や住居の構造、衛生認識の違いなどが重要なリスク要素となっているとの結論が示されています。これらの知見は日本でも山間部や農村部、あるいは海外渡航時の衛生対策にも応用可能と考えられ、国内の専門家からも注意喚起の声が出ています。
おすすめの対策や注意点
本感染症を確実に予防するワクチンが広く普及していない現状では、日常生活での予防意識が何よりも重要です。そこで、最後に改めて実践的なポイントをまとめます。
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環境管理の徹底
家屋や納屋、倉庫などにネズミの巣を作らせない工夫(侵入口の封鎖、食料の密封、排泄物を速やかに処理)が大切です。 -
野外活動時の服装と防備
山間や農村、野外での仕事・キャンプをする際は、手袋・長袖・長ズボン・マスクなどを着用し、露出部分を最小限に。作業後は手洗いを徹底し、服をよく洗濯するのが望ましいです。 -
掃除方法の見直し
ホコリが立ちやすい乾いた状態で掃くのではなく、適度に湿らせて拭き取る。消毒剤を使用する場合は用法容量を守りつつ、十分に換気を行う。 -
発熱と腎機能障害のサインに注意
高熱に加え、尿量の減少やむくみ、腰痛が続くなどの症状がある場合は早めに医療機関を受診。特に野外活動があった後などは、症状を見逃さないようにしてください。
結論と提言
ハンタウイルス感染症(出血熱と腎症候群)は、ネズミなどのげっ歯類を介してウイルスがヒトに伝播し、重症化すれば出血傾向や急性腎不全に至る可能性がある疾患です。日本では発症例は稀とされているものの、旅行先や野外活動先の環境によってはリスクがあり、決して油断できる病気ではありません。特に農作業やキャンプ、倉庫・納屋の掃除などでネズミの排泄物やエアロゾルに接触する機会のある方は十分注意し、予防策を徹底することが重要です。
治療においては、有効な特効薬が確立されていないため、症状に合わせた支持療法や早期の集中管理が鍵となります。急性期には出血と腎不全への対処が極めて重要であり、重症化を防ぐためには早期発見と適切な医療介入が不可欠です。日本国内では感染報告が少ないとはいえ、海外からの患者や海外渡航歴をもつ帰国者を通してウイルスが侵入するリスクもゼロではありません。
予防の中心は、ネズミとの接触機会を減らし、もし排泄物がある場所を掃除する際は埃を舞い上げないよう工夫することです。山間部や農村部での作業が多い方、定期的に倉庫を掃除する方は特に注意を払いましょう。万が一、高熱や急な全身症状、腎障害を疑わせる症状が出現した場合は、ためらわずに医療機関を受診し、医師の診断を受けてください。
参考文献
- Hemorrhagic Fever Renal Syndrome
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK560660/ (アクセス日:2023年3月20日) - Haemorrhagic fever with renal syndrome
https://www.who.int/teams/health-product-policy-and-standards/standards-and-specifications/vaccine-standardization/hfrs (アクセス日:2023年3月20日) - Analysis of Hemorrhagic Fever With Renal Syndrome Using Wavelet Tools in Mainland China, 2004–2019
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpubh.2020.571984/full (アクセス日:2023年3月20日) - Typical clinical phases, symptoms and complications of HFRS
https://www.researchgate.net/figure/Typical-clinical-phases-symptoms-and-complications-of-HFRS_tbl1_292947676 (アクセス日:2023年3月20日) - Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome (HFRS)
https://www.cdc.gov/hantavirus/hfrs/index.html (アクセス日:2020年2月12日) - Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome (HFRS)
https://emedicine.medscape.com/article/982142-overview#showall (アクセス日:2020年2月12日) - Gu, S.H. ら (2021) “Hantaviruses in the environment and their involvement in hemorrhagic fever with renal syndrome in East Asia: A review.” Viruses, 13(8):1649, doi: 10.3390/v13081649
- Li, Y. ら (2022) “Risk factors for hemorrhagic fever with renal syndrome in rural areas, China: A systematic review and meta-analysis.” Infectious Diseases of Poverty, 11(1):56, doi: 10.1186/s40249-022-00960-5
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