この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究レポートで明示的に引用されている最高品質の医学的エビデンスのみに基づいています。以下は、参照された実際の情報源の一部と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- Aesthetic Surgery Journal (2016年の系統的レビュー): 本稿における「ビタミンEの単独使用は傷跡の外観に有意な利益をもたらすという十分な証拠はない」という中心的な結論は、Tanaydin氏らによるこの包括的な系統的レビューに基づいています3。
- Dermatologic Surgery (1999年の臨床試験): ビタミンE塗布が効果を示さないだけでなく、33%の症例で接触皮膚炎を引き起こしたという重要な知見は、Baumann氏とSpencer氏によるこの画期的な二重盲検無作為化比較試験から得られたものです5。
- 日本皮膚科学会・日本形成外科学会 (診療ガイドライン): 日本の専門家がビタミンEを傷跡治療として推奨していないという事実は、これらの学会が発行する公式な診療ガイドラインの調査に基づいています67。
- 国際的な瘢痕管理ガイドライン: シリコーンジェル・シートが傷跡治療の「ゴールドスタンダード」であるという推奨は、複数の国際的なコンセンサスガイドラインに基づいています8。
要点まとめ
- 効果の証拠は不十分: 国際的な質の高い研究(系統的レビュー)において、ビタミンEを単独で塗布することが傷跡の外観を有意に改善するという十分な科学的根拠は存在しないと結論付けられています3。
- 悪化のリスク: ビタミンEの塗布は効果がないばかりか、3人に1人という高い確率で接触皮膚炎(かぶれ)を引き起こす可能性があり、かえって傷跡の治癒を妨げる恐れがあります5。
- 専門家は非推奨: 日本皮膚科学会や日本形成外科学会などが作成する公式な診療ガイドラインでは、傷跡治療の選択肢としてビタミンEは一切推奨されていません67。
- 科学的代替案: 傷跡ケアの第一選択肢は、有効性が証明されているシリコーンジェル・シート療法です8。また、治癒初期の適切な創傷ケア(湿潤療法)と徹底した紫外線対策が、傷跡を最小限に抑える鍵となります9。
科学的根拠の徹底検証:ビタミンEの傷跡への効果は証明されているか?
医学の世界では、ある治療法が「効く」と結論付けるために、厳格なルールが存在します。個人の体験談や専門家個人の意見よりも、客観的なデータに基づいた研究結果が重視されます。その中でも、最も信頼性が高いとされるのが「系統的レビュー(システマティック・レビュー)」や「無作為化比較試験(RCT)」です10。この章では、これらの質の高い科学的根拠に基づき、ビタミンEの傷跡への効果を検証します。
世界的コンセンサス:系統的レビューが示す「不十分な証拠」
まず理解すべきは、医学研究のヒエラルキーです。一個人の「効いた」という体験談は、科学的証拠としては最も低いレベルに位置します。なぜなら、その効果が本当にその治療によるものなのか、あるいは自然に治っただけなのか区別がつかないからです10。これに対し、複数の信頼できる研究結果を網羅的に収集し、統計学的な手法を用いて統合・評価する系統的レビューは、エビデンスのピラミッドの頂点に位置し、最も信頼性の高い結論を導き出すとされています。
傷跡に対するビタミンEの効果について、まさにこの系統的レビューが存在します。2016年に権威ある医学雑誌『Aesthetic Surgery Journal』に掲載された、Tanaydin氏らによる研究がそれです3。研究者らは、Cochrane、Medline、PubMedといった主要な医学論文データベースを、国際的な基準(PRISMA-Pプロトコル)に則って徹底的に検索しました3。
その結果は、ビタミンEの効果を信じてきた人々にとっては衝撃的なものでした。1951年から2016年までの65年間に発表された膨大な論文の中から、信頼できる研究デザイン(前向き研究)を持つものは、わずか6本しか見つからなかったのです11。長年にわたり広く使われてきた治療法であるにもかかわらず、その効果を真剣に検証しようとした質の高い研究がこれほどまでに少ないという事実は、それ自体が重要な意味を持ちます。もしビタミンEに本当に有望な効果があれば、科学界はもっと多くの大規模な研究を行っているはずです。この「質の高い研究の欠如」こそが、その効果が疑わしいことの裏返しと言えるでしょう。
さらに、そのわずか6本の研究内容を分析した結果は、決して芳しいものではありませんでした。
- 3本の研究では、ビタミンEを単独で使用しても、傷跡の外観に有意な改善は見られませんでした3。
- 残りの3本の研究では改善が報告されましたが、そのうち2本はビタミンEを他の成分と組み合わせた併用療法であり、1本は白人の子供を対象とした単独療法でした312。
これらの結果を総合的に評価し、研究者たちは極めて慎重な結論を下しました。
「外用ビタミンEの単独療法が傷跡の外観に有意な有益効果をもたらし、その広範な使用を正当化するだけの十分な証拠は、現時点では存在しない」3。
これは、世界中の専門家が参照する質の高いレビューが示した、現時点でのグローバル・コンセンサスです。ビタミンEの傷跡への効果は、科学的には「証明されていない」のです。
決定的だった臨床試験:効果がないばかりか、悪化の可能性も
系統的レビューが「証拠不十分」という結論に至った背景には、決定的とも言える質の高い臨床試験の存在があります。それが、1999年に医学雑誌『Dermatologic Surgery』に発表されたBaumann氏とSpencer氏による二重盲検無作為化比較試験(Double-Blind Randomized Controlled Trial)です5。
この研究デザインは、治療効果を検証する上で極めて信頼性が高いものです。その巧みな方法を理解することは、なぜ個人の体験談よりも科学的エビデンスが重要なのかを理解する助けとなります。
研究方法5:
- 対象者:皮膚がんの手術を受けた15名の患者。
- ユニークな工夫:各患者の術後の傷跡を、真ん中で半分に分けました。
- 比較:片方の半分には、一般的な保湿剤(Aquaphor)を塗布。もう片方の半分には、その保湿剤にビタミンEを混ぜたものを塗布しました。
- 二重盲検:どちらがビタミンE入りで、どちらがただの保湿剤か、患者本人にも、評価する医師にも知らされませんでした。これにより、思い込み(プラセボ効果)による評価の偏りを完全に排除できます。
この研究デザインの優れた点は、各患者が自分自身の「比較対象(コントロール)」となることです。人によって肌質や治癒能力は異なりますが、同じ人物の同じ傷跡で比較するため、それらの個人差の影響を受けずに、純粋なビタミンEの効果だけを評価できるのです。
そして、その結果は驚くべきものでした。
- 90%のケースにおいて、ビタミンEを塗布した側は、ただの保湿剤を塗布した側と比較して、傷跡の外観に何の効果も示さないか、むしろ悪化させました5。
- 一部のケースでは、医師も患者も、ビタミンEを塗っていない「ただの保湿剤側」の方が、明らかに見た目が良いと判断しました13。
この研究が明らかにしたのは、ビタミンEが傷跡改善に効果がないという事実だけではありません。人々が「ビタミンEクリームで傷跡が良くなった」と感じる場合、その効果はビタミンE自体によるものではなく、クリームを塗るという「保湿」や「マッサージ」といった行為そのものによる可能性が高いことを示唆しています14。有効成分が入っていないただの保湿剤でさえ、同等かそれ以上の結果をもたらしたのですから。
この研究は、ビタミンEの傷跡への効果を否定する、極めて強力なエビデンスとして、今日でも多くの専門家によって引用されています15。
併用療法における限定的な可能性と、その解釈
ここで、一部の読者は疑問に思うかもしれません。「系統的レビューでは、併用療法で効果があった研究もあるのでは?」と。その通りです。前述の2016年の系統的レビューでは、ビタミンEをシリコーンジェルなどと組み合わせて使用した2つの研究で、肯定的な結果が報告されたことが記載されています3。
この事実を正直に提示することは、科学的な誠実さを保つ上で重要です。しかし、この結果を「だからビタミンEは効くのだ」と解釈するのは、典型的な誤りです。これは、製品のマーケティングなどで巧みに利用される論理のすり替えであり、科学リテラシーを持つ消費者として見抜く必要があります。
考えてみてください。もし「A(効果が証明されている薬)とB(効果が不明な物質)を一緒に使ったら、A単独よりも少し良かった」という結果が出た場合、その改善がBのおかげだと断定できるでしょうか?できません。
ビタミンEとシリコーンの併用療法も同様です。後の章で詳しく解説しますが、シリコーンジェルやシートは、それ自体が傷跡治療の「ゴールドスタンダード(世界標準)」として、多くの科学的根拠に裏付けられた第一選択の治療法です8。一方で、ビタミンEの単独使用には、これまで見てきたように有効な証拠がありません3。
したがって、併用療法で観察された限定的な効果は、主としてシリコーンという実績のある治療法によるものであり、ビタミンEがそれに有益な効果を上乗せしたと結論付けることはできません。むしろ、効果が証明されていない成分を追加することで、次の章で述べるような不要なリスクを増やすだけの可能性も考慮すべきです。
科学的根拠の検証をまとめると、結論は明白です。ビタミンEが傷跡を改善するという主張は、質の高い医学研究によって裏付けられておらず、「神話」の域を出ないと言わざるを得ません。
安全性の検証:見過ごされがちな副作用と過剰摂取のリスク
ある治療法を評価する際、有効性と同じくらい重要なのが安全性です。「効果がない」だけであればまだしも、「害がある」のであれば、その使用は積極的に避けるべきです。ビタミンEに関しては、残念ながらこの安全性の面でも重大な懸念が指摘されています。
塗布による最大のリスク:接触皮膚炎(かぶれ)
ビタミンEを傷跡に塗ることの最大のリスクは、接触皮膚炎(アレルギー性のかぶれ)です3。
前章で紹介した、決定的とも言えるBaumann氏とSpencer氏の研究では、参加者の実に33%(3人に1人)が、ビタミンEを塗布した側の皮膚に接触皮膚炎を発症したと報告されています5。これは極めて高い発生率です。
症状としては、かゆみ、赤み、発疹などが挙げられます3。ある症例報告では、女性が姉妹の助言でビタミンEカプセルの中身を傷跡に塗り続けたところ、6週間後にその部位が痒みを伴う水疱性の皮膚炎になり、かえって傷跡が広がってしまったと記録されています16。
ここで最も皮肉なのは、傷跡をきれいに治すために行っている行為が、まさに傷跡を汚くする原因になりかねないという点です。肥厚性瘢痕やケロイド、あるいは傷跡の色素沈着といった望ましくない結果は、創傷治癒過程における過剰な「炎症」が引き金となります。ビタミンEによる接触皮膚炎は、この有害な炎症を自ら引き起こしてしまう行為に他なりません。
つまり、ビタミンEの塗布は、「効果が証明されていない」というだけでなく、「3分の1の確率で、傷跡の見た目を悪化させる可能性のある皮膚炎を引き起こす」という、リスクがリターンを明らかに上回る行為なのです5。この事実だけでも、専門家が手術後の傷跡へのビタミンE塗布を推奨しない十分な理由となります。
サプリメントの危険性:日本の基準と過剰摂取のリスク
「塗るのがダメなら、飲めばいいのでは?」と考える人もいるかもしれません。体の中から治癒をサポートするという考え方です17。確かに、ビタミンEは体の機能を維持するために不可欠な栄養素であり、重度の熱傷患者など、特定の状況下ではその補給が治癒を助ける可能性が研究されています18。
しかし、一般的な傷跡の改善を目的として、健康な人がサプリメントでビタミンEを過剰に摂取することには、深刻な健康リスクが伴います。特に日本では、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」において、健康障害リスクがないとみなされる習慣的な摂取量の上限として「耐容上限量」を明確に定めています19。
高用量のビタミンEサプリメントの摂取には、以下のようなリスクが指摘されています。
- 出血リスクの増大:ビタミンEは血液凝固を阻害する作用があるため、特に抗凝固薬(ワーファリンなど)や抗血小板薬を服用している人が高用量のビタミンEを摂取すると、出血のリスクが著しく高まる可能性があります20。
- 特定のがんリスクの増加:ある大規模な臨床試験では、1日あたり400 IU(国際単位)のビタミンEサプリメントを摂取した男性で、前立腺がんのリスクが上昇したことが報告されています21。
- 死亡リスクの上昇:心疾患など特定の持病を持つ人が高用量のビタミンEを摂取した場合、全死亡リスクが高まる可能性を示唆する研究も存在します20。
- 他の薬剤との相互作用:化学療法薬やコレステロール低下薬(スタチン)など、特定の医薬品の効果に影響を与える可能性があります20。
通常の食事からビタミンEを摂取している限り、過剰摂取になる心配はほとんどありません。問題となるのは、安易なサプリメントの使用です。以下に、厚生労働省が定める日本人成人のビタミンE(α-トコフェロール)の耐容上限量を示します。市販のサプリメントを利用する際は、この数値を超えないよう細心の注意が必要です。
年齢 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
18~29歳 | 850 | 650 |
30~49歳 | 900 | 700 |
50~64歳 | 850 | 700 |
65~74歳 | 850 | 650 |
75歳以上 | 750 | 650 |
出典:厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」より作成22 |
結論として、一般的な傷跡の改善を期待してビタミンEサプリメントを高用量で摂取することは、その有効性が証明されていない一方で、明確な健康リスクを伴います。特に持病がある方や他の薬を服用中の方は、自己判断での摂取は絶対に避け、必ず医師や薬剤師に相談してください。
日本の診療ガイドラインの結論:専門家はビタミンEを推奨していない
これまで、国際的な科学論文に基づき、ビタミンEの傷跡への効果と安全性を検証してきました。では、日本の医療現場における専門家の総意はどうなっているのでしょうか?
医療の世界では、各疾患に対して最も標準的で推奨される治療法をまとめた「診療ガイドライン」というものが、専門の学会によって作成されています。これは、その分野のトップエキスパート達が最新の科学的根拠を網羅的に吟味し、議論を重ねて作り上げる、いわば「医師のための教科書」です。もしある治療法が本当に有効で安全ならば、必ずこのガイドラインに掲載されます。
そこで私たちは、傷跡(瘢痕)治療に関連する日本の主要な診療ガイドラインを徹底的に調査しました。対象としたのは、日本皮膚科学会、日本形成外科学会、そして日本創傷外科学会が作成・監修したガイドラインです6。
その結果は、極めて明確でした。
日本の主要な診療ガイドラインにおいて、肥厚性瘢痕やケロイドを含むいかなる傷跡の治療法としても、ビタミンEの使用は推奨されていません。
具体的に見ていきましょう。
- 日本皮膚科学会「尋常性痤瘡(ニキビ)・酒皶治療ガイドライン2023年版」6: このガイドラインでは、ニキビ治療におけるビタミン剤の内服について触れられており、ビタミンEが過酸化脂質を抑制する作用機序を持つ可能性に言及しています。しかし、その上で「ビタミン薬内服を推奨する十分な根拠はない」と明確に結論付けています6。さらに重要なのは、ニキビ跡(痤瘡瘢痕)の治療に関する項目です。ここでは、萎縮性瘢痕(クレーター)や肥厚性瘢痕に対して、ステロイド局所注射、ヒアルロン酸などの充填剤、ケミカルピーリングといった治療法が選択肢として挙げられていますが、この中にビタミンEに関する記述は一切ありません6。
- 日本創傷外科学会・日本形成外科学会などのガイドライン723: これらの学会が示す肥厚性瘢痕やケロイドの治療法リストは非常に詳細です。内服薬(トラニラスト)、外用薬(ステロイド軟膏、ヘパリン類似物質)、貼り薬(ステロイドテープ)、圧迫・固定療法(シリコーン製品を含む)、ステロイド注射、外科手術、放射線治療など、多岐にわたる選択肢が科学的根拠と共に示されています7。しかし、これらの包括的な治療法のリストの中に、ビタミンE(トコフェロール)は含まれていません7。
この「ガイドラインに記載がない」という事実は、単なる記載漏れではありません。これは、日本の皮膚科および形成外科領域の専門家集団が、世界中のエビデンスを評価した結果、「ビタミンEは傷跡治療の選択肢として推奨するに値しない」と判断したことを意味します。これは、個々の研究結果よりもさらに重い、「専門家集団のコンセンサス」という形での否定的な評価です。
したがって、日本の読者にとっての結論はこれ以上なく明確です。「あなたがインターネット広告や口コミでビタミンE製品を見かけたとしても、日本の医師を導くための公式な指針では、その使用は推奨されていない」という事実を、ぜひ知っておいてください。
科学が認める最善の傷跡ケア:本当に効果的な予防と治療法
ビタミンE神話を解体した今、私たちは建設的なステップに進む必要があります。では、科学的根拠に基づいた、本当に効果が期待できる傷跡ケアとは何でしょうか。この章では、専門家が推奨する最善の予防法と治療法を具体的に解説します。
予防に勝る治療なし:正しい初期創傷ケアと紫外線対策
最も美しい傷跡とは、「そもそも目立たない傷跡」です。そして、それを実現するための最大の鍵は、傷ができてから治癒するまでの初期段階のケアにあります。
- 湿潤療法(モイストヒーリング)の実践:
かつては「傷は消毒して乾かす」のが常識でしたが、現在では「傷はきれいに洗い、潤いを保って治す」という湿潤療法が、科学的根拠のある標準的な治療法となっています9。これは日本皮膚科学会のガイドラインにも記載されている考え方です9。傷口から出てくる透明な液体(浸出液)には、皮膚の細胞を再生させるための様々な成長因子が豊富に含まれています。この貴重な液体を乾燥させずに、ハイドロコロイド素材の絆創膏などで適切に保護することで、皮膚は自己修復能力を最大限に発揮し、より早く、きれいに治癒します9。傷跡を最小限に抑えるための第一歩は、この正しい初期対応から始まります。 - 徹底した紫外線対策の重要性:
傷が上皮化し、一見治ったように見えても、ケアは終わりではありません。傷が治ってから半年~1年ほどの、傷跡に赤みが残っている時期を「未熟性瘢痕」と呼びます24。この時期の皮膚は非常にデリケートで、外部からの刺激、特に紫外線に対して極めて脆弱です24。なぜ紫外線対策がそれほど重要なのでしょうか?それは、紫外線が炎症後色素沈着(PIH)の最大の原因だからです25。未熟な傷跡が紫外線を浴びると、皮膚のメラノサイトが過剰に刺激され、メラニン色素を大量に生成してしまいます。その結果、傷跡が茶色や黒ずんだ色になり、何年も消えずに残ってしまうのです26。これを防ぐための具体的な方法は以下の通りです。- UVカットテープ:顔や露出部など、日焼け止めを塗り直すのが難しい部位には、紫外線を97%以上カットする医療用テープ(例:エアウォールUVなど)を貼ることが非常に効果的です24。
- 日焼け止め:SPF30、PA++以上の性能を持つ日焼け止めを、傷跡にこまめに塗り直すことが基本です10。
- 物理的な遮光:衣服、帽子、日傘などで物理的に紫外線を遮断することも重要です。
傷跡の「形」だけでなく「色」も、その見た目を大きく左右します。徹底した紫外線対策は、不要な色素沈着を防ぎ、傷跡を目立たなくするための最も簡単で効果的な方法の一つです。
世界標準の第一選択肢:シリコーンジェル・シート療法
傷が閉じた後の積極的なケアとして、現在、国際的な診療ガイドラインで「ゴールドスタンダード(世界標準)」かつ「第一選択の非侵襲的治療法」として推奨されているのが、シリコーンジェルおよびシリコーンシートによる治療です8。
なぜシリコーンは効くのか?その作用機序
ビタミンEが「抗酸化作用」という化学的な効果を期待されながらも失敗したのに対し、シリコーンが効果を発揮する理由は、その物理的な作用にあります。
- 密閉と保湿:シリコーンジェルやシートは、傷跡の表面を薄い膜で覆います。これにより、皮膚からの水分蒸散(TEWL)が抑えられ、角質層の水分量が高まります27。
- 線維芽細胞の正常化:傷跡が過剰に盛り上がる(肥厚性瘢痕やケロイド)のは、線維芽細胞がコラーゲンを過剰に産生するためです。皮膚が十分に保湿された正常な環境に保たれると、この線維芽細胞の活動が穏やかになり、コラーゲンの産生が正常化します。その結果、硬く盛り上がった傷跡が、徐々に平らで柔らかくなっていきます27。
- 物理的保護:衣類との摩擦など、外部からの物理的な刺激からデリケートな傷跡を保護する役割も果たします28。
このように、シリコーン療法は「皮膚が本来持つ治癒能力を最大限に引き出すための最適な環境を物理的に作り出す」という、非常に合理的で科学的なアプローチなのです。
日本における実践ガイド
シリコーン製品は、その有効性から多くの臨床研究で効果が確認されています29。日本で利用する際のポイントは以下の通りです。
- 種類:
- 使い方:
- 傷が完全に閉じ、乾燥した状態の清潔な皮膚に使用します。
- 1日12時間以上、できれば24時間連続して使用することが推奨されます。
- 効果を実感するためには、最低でも2~3ヶ月の継続使用が必要です30。
- 入手方法:シリコーン製品は世界標準の治療法ですが、日本では多くが保険適用外となっており、ドラッグストアなどでは入手しにくい場合があります。主に医療機関での購入や、インターネット通販などを通じて入手することになります31。
難治性瘢痕に対する専門的治療
セルフケアだけでは改善が難しい、より重度の肥厚性瘢痕やケロイド、あるいはひきつれ(瘢痕拘縮)や凹み(萎縮性瘢痕)に対しては、皮膚科や形成外科でさらに専門的な治療を受けることができます。
- ステロイド注射・テープ:盛り上がった傷跡(肥厚性瘢痕・ケロイド)の炎症とコラーゲンの過剰増殖を抑え、平らにする効果があります。日本のガイドラインでも推奨されている標準的な治療法です6。
- レーザー治療:傷跡の赤み(血管作動性レーザー)や、表面の凹凸(フラクショナルレーザー)を改善するのに有効です32。
- 外科的治療(手術):ひきつれが強い場合や、非常に目立つ傷跡の形を整えるために行われます。ケロイドの場合は再発を防ぐため、術後の放射線治療などを組み合わせることが不可欠です7。
- その他の治療:内服薬(トラニラストなど)や、凹んだ傷跡に対するヒアルロン酸注入など、傷跡の種類や状態に応じて様々な選択肢があります7。
重要なのは、「傷跡は治らない」と諦めないことです33。セルフケアで改善が見られない場合は、ぜひ一度、皮膚科や形成外科の専門医に相談してください。あなたの傷跡に最適な、次の一手が見つかるはずです。
結論:ビタミンEと傷跡をめぐる誤解を解き、賢明な選択を
本稿では、JAPANESEHEALTH.ORGの医学専門レポートとして、「ビタミンEは傷跡に効くのか?」という長年の疑問に対し、最新かつ最も信頼性の高い科学的根拠(エビデンス)を用いて、包括的かつ決定的な回答を示してきました。
ここに、その結論を改めて明確に要約します。
- ビタミンEの傷跡への効果は科学的に証明されていない:
世界中の質の高い研究をまとめた系統的レビューは、「ビタミンEの単独使用が傷跡を改善するという十分な証拠はない」と結論付けています3。むしろ、信頼性の高い臨床試験では、効果がないばかりか、傷跡の外観を悪化させる可能性さえ示唆されています5。巷で語られる「効果」は、保湿やマッサージといった行為そのものによる可能性が高く、ビタミンE固有の作用とは考えられません。 - ビタミンEの使用には無視できないリスクが伴う:
有効性が証明されていない一方で、外用ビタミンEは3人に1人という高い確率で接触皮膚炎(かぶれ)を引き起こすリスクがあります5。これは傷跡の治癒に不可欠な「炎症の抑制」という目的に逆行する、極めて不合理な副作用です。また、サプリメントによる過剰摂取は、出血傾向の増大など、全身的な健康被害につながる恐れがあります20。 - 日本の専門家集団はビタミンEを推奨していない:
日本皮膚科学会や日本形成外科学会などが策定する、医師向けの公式な診療ガイドラインにおいて、ビタミンEは傷跡の治療法として一切推奨されていません67。これは、日本のトップエキスパート達がエビデンスを吟味した上での総意であり、極めて重い意味を持ちます。
これらの事実に基づき、私たちの最終的な見解は以下の通りです。
科学的根拠に基づき、傷跡の予防や治療を目的としたビタミンE(外用・内服)の使用は推奨されません。
では、私たちはどうすればよいのでしょうか。本稿で示した通り、科学が認める、より安全で効果的な選択肢が存在します。
- 最善の策は「予防」です。正しい初期創傷ケア(湿潤療法)と、治癒過程における徹底した紫外線対策が、将来の傷跡を最小限に抑えるための最も重要な鍵となります9。
- 第一選択の治療は「シリコーン療法」です。傷が閉じた後のケアとして、シリコーンジェルやシートを数ヶ月間継続して使用することは、肥厚性瘢痕やケロイドの発生を予防し、改善するための世界標準の治療法です8。
- 難治性の場合は「専門医への相談」です。セルフケアで改善しない傷跡も、ステロイド治療、レーザー、手術など、専門的な医療によって大きく改善する可能性があります7。
「ビタミンEが傷に良い」という考えは、長年にわたり多くの人々に信じられてきた、根強い「神話」です。しかし、科学は時に、私たちの心地よい信念に厳しい現実を突きつけます。本稿を通じて、読者の皆様がその神話から解放され、曖昧な情報に惑わされることなく、ご自身の体を守るための賢明な一歩を踏み出すための一助となれば、これに勝る喜びはありません。傷跡の悩みは一人で抱え込まず、正しい知識を武器に、必要であれば専門家と共に、最善の道を見つけてください。
よくある質問
口コミサイトで「ビタミンEクリームで傷跡が薄くなった」という体験談を見ましたが、なぜですか?
ビタミンEのサプリメントを飲むのは、傷跡に良い影響がありますか?
では、傷跡を目立たなくするために最も効果的なセルフケアは何ですか?
古い傷跡にもビタミンEは効きませんか?
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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