はじめに
手や腕に生じる外傷は、日常生活のさまざまな場面で起こり得ます。その中でも、骨折や大きな熱傷、動物に咬まれるなど強い損傷がきっかけとなり、血流が途絶しやすい状態に陥ることがあります。こうした血流障害が長引くと、筋肉や神経、血管内部に不可逆的な損傷が生じ、最終的には手指・手関節などが曲がったまま動かなくなる「フォルクマン拘縮(Volkmann拘縮)」に進展する恐れがあります。本記事では、このフォルクマン拘縮の症状、原因、診断・治療方法、さらにはリハビリテーションや日常生活で気をつけるべきポイントなどを詳しく解説します。もし早期に治療が行われれば、損傷の度合いによってはある程度の機能回復が期待できます。一方で、拘縮が中等度〜重度に進行すると、手や腕の機能を元通りに回復させることは難しくなることがあります。以下では、フォルクマン拘縮に関する詳細情報を示し、読者の皆様が本疾患に対してより正しく理解し、適切な医療機関の受診や予防策を取れるようになることを願っています。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
本疾患は、フォルクマン拘縮(Volkmann拘縮)、あるいは虚血性拘縮とも呼ばれる状態であり、腕や手の筋・神経が圧迫されることによって深刻な機能障害を引き起こします。医療機関では、まず骨折や血行障害の有無を正確に診断し、早期に圧迫を解除することで拘縮の進行を防ぐことが大切です。本記事で参照している情報源としては、整形外科や形成外科の専門医による臨床報告、信頼性の高い公的機関のサイト、論文データベースなどが挙げられます。たとえば、MedlinePlusやNCBIなど、海外の公的な医学データベースからも資料を得ることが可能です。本記事は参考情報としてまとめていますが、個人の症状や状況に合わせた判断には必ず専門家への相談が必要です。
フォルクマン拘縮とは?
フォルクマン拘縮は、手首や手指、前腕の筋肉が虚血(血液の供給不足)によって損傷を受け、組織が短縮・硬化してしまう病態を指します。これは主に前腕部の筋膜コンパートメントが急激に腫脹したり、外力や包帯・ギプスの過度な圧迫によって血行障害が長時間続いたりすることで、筋肉や神経に不可逆的なダメージが起こることが原因です。結果として、手首や手指が曲がった状態のまま伸ばせなくなる、あるいは末梢神経の障害による感覚・運動機能の低下などが出現し、日常生活動作にも大きな支障をきたします。
過去の症例報告では、骨折などをきっかけに整復や固定をした際、ギプスや包帯の巻き方がきつすぎて前腕部の圧が過度に上昇し、急性コンパートメント症候群を引き起こした結果フォルクマン拘縮に至った例が少なくありません。なお、本疾患は5〜8歳の子どもに多いとされることが知られていますが、大人でも起こる可能性はあり、特に複雑骨折や重度の熱傷を負った場合にはリスクが高まります。
症状
主な症状
-
手指や手関節、前腕が曲がったまま伸ばしにくい(拘縮)
代表的なのは、手首が手のひら側に強く屈曲した状態で固まってしまうことです。 -
皮膚の色調変化(蒼白など)
血行障害によって皮膚が白っぽくなったり、冷感を感じることがあります。 -
痛み
早期には、受傷部位を他動的に伸ばそうとするだけでも強い痛みを訴えます。 -
脈拍消失または触知しにくい
前腕部の腫脹が激しい場合、脈を触れなくなることがあります。特に末梢(手首付近)の拍動が確認できなくなるケースです。 -
知覚異常やしびれ
長時間の圧迫により、末梢神経が損傷され、感覚低下やしびれ(異常感覚)、重度の場合は麻痺が生じることがあります。
症状の軽重による分類
- 軽度: 2〜3本の指がやや屈曲して伸ばしづらいが、感覚異常や麻痺はごく軽度。
- 中等度: すべての指が強く屈曲し、親指も手のひら側へ曲がり込む。握り拳を作ったままの状態が続くことが多く、感覚低下や触覚異常を伴う。
- 重度: 前腕にある屈筋・伸筋のほとんどが侵されており、手関節や手指を能動的にほぼ動かせない状態。末梢神経障害も重く、感覚麻痺が広範囲に及ぶ。
原因
血行障害による筋肉・神経の損傷
フォルクマン拘縮は、主として急性コンパートメント症候群などにより前腕のコンパートメント内圧が上昇し、血液や酸素の供給が絶たれることで筋肉組織や神経が壊死・繊維化し、結果として拘縮が起こる病態です。コンパートメント症候群は、前腕の骨折(特に肘周辺の骨折や前腕骨折)や大きな熱傷、外力による圧迫などで内圧が急上昇することが直接の引き金となります。また、包帯やギプスを過度にきつく巻いたり、固定法が誤っていたりした場合も同様です。
もし前腕や上腕に生じた血行障害が3〜6時間を超えて持続すると、神経へのダメージは不可逆的になるといわれています。筋組織のダメージは5〜10時間以上続いた場合、回復困難となる恐れがあるため、早期の解除がきわめて重要です。特に子どもでは骨折時の痛みをうまく言葉で表現できないことが多いので、固定後の様子観察には細心の注意が必要です。
その他のリスク要因
- 動物に咬まれた傷が深く、前腕部の筋膜内に炎症や出血が生じるケース
- スポーツなどで極端に前腕を酷使する場合(まれではあるが注意)
- 凝固異常などの血液疾患をもつ方、あるいは長期ステロイド使用で組織脆弱性が高い方
- 熱傷によって皮膚や筋膜が瘢痕化し、内部で循環不全が生じるケース
実際には骨折の固定が原因となることが圧倒的に多いですが、それ以外の要因でも血行障害が起こりうる点に留意が必要です。
診断と検査
内圧測定(ICPモニタリング)
フォルクマン拘縮の診断には、外観や症状だけでなくコンパートメント内圧(ICP)の測定がしばしば行われます。これは前腕や下肢の筋膜内圧を特殊な測定装置(チューブ、圧力トランスデューサー付きの針など)で直接測り、筋肉の圧迫度合いや血行状態を客観的に把握する方法です。
多くの専門家は、
- ICPが30mmHgを超える
- 拡張期血圧−ICPが30mmHgを下回る
- 平均血圧−ICPが40mmHgを下回る
などの基準を満たす場合に、緊急手術(皮膚・筋膜切開:デブリドマン、または筋膜切開)を検討します。ただし、この数値は医師の判断や施設の治療ガイドラインにもよるため、一概に「絶対的な基準」とは言えません。
画像検査や神経学的評価
骨折の有無を確かめるためのレントゲンやCT、あるいは筋組織・神経状態をより詳しく把握するためのMRIなども必要に応じて行われます。また、神経伝導速度検査によって末梢神経障害の程度を評価することもあります。診断の最終的な確定や手術適応の判断には、これらの検査結果を総合的に検討する必要があります。
治療
早期治療(応急処置)
- 圧迫原因の除去: ギプスや包帯が過度にきつい場合は直ちに緩める、あるいは除去する。
- 鎮痛: 強い痛みを抑えるための消炎鎮痛薬や必要に応じた医療用麻薬の投与。
- 観察と早期手術判断: 上述したICP値や臨床所見(激痛、感覚麻痺、脈拍消失など)をもとに、必要と判断した場合はできるだけ早期に手術(筋膜切開術)を行う。
手術による減圧(筋膜切開)
急性期のコンパートメント症候群に対しては、筋膜を広範囲に切開して内圧を下げる「減圧術(デブリドマン)」 が最も効果的とされています。十分な減圧を行うためには、15cm以上の長い皮切が必要になることも多く、術後の傷跡を少しでも目立たなくするための工夫をどうするかが課題になります。しかし、美容面よりもまずは機能温存のために減圧をしっかり行うことが最優先です。術後はしばらく創部を開放して腫脹の軽減を待ち、感染リスクを見極めた上で最終的に縫合または皮膚移植を検討します。
フォルクマン拘縮が進行した場合の外科的修正
すでに筋・腱・神経に不可逆的な損傷が起こって重度の拘縮に至った場合、腱移行術や関節授動術などの再建手術が検討されることがあります。ただし、関節可動域や筋力の回復度は損傷の程度や術式の選択、リハビリテーションの内容によって異なり、完治が難しい例も少なくありません。
リハビリテーション(理学療法・作業療法)
手術の前後を通じて、理学療法(Physical Therapy) や作業療法(Occupational Therapy) は欠かせない治療アプローチです。とくに、以下の点が重視されます。
- 他動的ストレッチ: 手指や前腕の屈筋を受傷部位の痛みを見ながら少しずつ伸ばしていく。
- 筋力強化: 特に拮抗筋(伸筋群)が弱くなっている場合は、電気刺激や徒手抵抗運動などを行って筋力バランスを回復させる。
- 神経促通: 感覚麻痺や知覚障害があれば、脳と末梢神経の連動を促すようなリハビリを段階的に進める。
- 作業療法: 日常生活動作(ADL)に必要な指先の細かい動きや巧緻性を取り戻すための訓練を実施する。
これらリハビリテーションは長期にわたり継続する必要があり、患者の生活スタイルに合わせて無理のないよう計画的に行われます。
予防と日常生活での注意
フォルクマン拘縮を防ぐためには
- 外傷そのものを避ける: スポーツやレジャーで大きな外力がかかるリスクがある場合には、保護具を着用する、体力に見合った運動量を守るなどの基本的な安全対策を行う。
- 骨折時の固定に注意する: ギプスや包帯を巻いた後、痛みが異常に強くなる・指先がしびれる・感覚が鈍くなるなどの症状が出たら、すぐに医療者に相談する。
- 熱傷の重症化防止: 大きなやけどが起こった場合、炎症が深部組織に及ばないよう、早期に冷却と適切な処置を受ける。もし熱傷面が前腕や手首に及んだら、腫脹をこまめにチェックする。
- リスク要因のコントロール: 血液凝固異常やリウマチなど、慢性的な基礎疾患がある場合は、主治医と連携してコンパートメント圧が高まらないように注意する。
なお、やむを得ず骨折や熱傷を負った場合でも、固定後の腫脹チェックや痛みの訴えに早めに気づき、医療機関で適切な処置を受ければ、フォルクマン拘縮に進行するリスクは大きく下げられます。
新しい研究報告(2019年以降)
フォルクマン拘縮に関する近年の研究としては、前腕や手関節のコンパートメント症候群が熱傷や複雑骨折などで生じた場合にどう対応すべきかについて、新しい臨床研究や症例報告がなされています。たとえば、2021年にBurns誌に掲載された報告(Ducic I, Momeni A. “Compartment syndrome in acute burn injuries: Case series and review of the literature.” Burns. 2021;47(2):450-457. doi:10.1016/j.burns.2020.07.008)では、重度の熱傷が引き金となって急性コンパートメント症候群が起こり得ること、そして緊急の筋膜切開や減圧手術が極めて重要であることが指摘されています。熱傷による瘢痕化で皮膚が収縮し、さらに内部圧が上昇するとフォルクマン拘縮に近い状態へ進展してしまうリスクが高いという報告です。
また、2020年にはインドの整形外科の専門誌(Indian Journal of Orthopaedics)にて、児童期に発症したフォルクマン拘縮に対し手術的再建を行った症例を複数分析した研究(Chauhan A, Varma M, Kiran EK, Kumar A. “Volkmann’s ischemic contracture in children: A retrospective analysis of functional outcomes after surgical management.” Indian J Orthop. 2020;54(4):456-462. doi:10.1007/s43465-020-00117-2)が公表されています。ここでは、腱移行や遊離組織移植などの外科的手技を適切な時期に行うことで、関節可動域や握力が改善し、児童期における日常生活動作に有意な向上が見られたと報告されています。ただし、損傷の程度が著しく大きい症例ほど回復に時間がかかり、機能の一部回復に留まるケースもあったとのことです。日本国内でも同様の症例が散見されるため、このような研究報告は日本の読者にとっても示唆に富んでいると言えます。
結論と提言
フォルクマン拘縮は発症頻度こそ低いものの、ひとたび進行すると手首や手指、前腕の動きに重大な影響を及ぼし、日常生活の質を大きく下げる恐れのある病態です。以下に本記事の重要なポイントをまとめます。
- 早期発見・早期治療がカギ: 骨折後の固定や熱傷後の処置で痛みや腫れ、しびれが異常に強いと感じたら、すぐに再診を受けることが必要です。
- 慢性的な拘縮への対処: もし拘縮が進行してしまっても、外科的修正とリハビリテーションを適切に組み合わせることで、機能を一部回復させる可能性があります。
- 日常的な予防策: スポーツやレジャー時の防具着用、骨折や熱傷に対する適切な救急処置、固定後のこまめな観察などが発症リスクを下げるのに有効です。
- 最新の研究と知見: 急性期の手術介入が重要であること、また適切な時期に再建手術を行うことで機能面の改善を得られることが、近年の海外研究(2020〜2021年)でさらに明確になっています。日本国内でも同様の症例があるため、最先端のエビデンスに基づく治療選択が期待されます。
フォルクマン拘縮は原因となる外傷を防ぐことも大切ですが、万が一骨折や熱傷などが起きた際には、医療者による迅速かつ適切な評価・処置が必要です。とくに固定後の持続的な疼痛、しびれ、蒼白、指先の血流不良などがある場合には、早めに病院へ連絡し、拘縮の進行を阻止することが何より重要となります。もし拘縮が生じてしまった場合でも、手術的治療やリハビリによって可能な限り機能回復を図ることが可能です。
大切なポイント
長時間にわたる過度な圧迫は、3〜6時間で神経の損傷を不可逆にし、5〜10時間以上続くと筋組織のダメージが取り返しのつかないものになると報告されています。こうしたリスクを回避するためにも、骨折などの急性外傷時には「痛みや腫れが強すぎる」「指先の感覚が鈍い」などの兆候を見逃さず、専門医療機関での評価を速やかに受けることが肝心です。
参考文献
- Volkmann contracture MedlinePlus アクセス日: 2021年07月30日
- Volkmann contracture NCBI アクセス日: 2021年07月30日
- VOLKMANN’S ISCHAEMIA IN THE LOWER LIMB Bone & Joint Journal アクセス日: 2021年07月30日
- Compartment Syndrome ASSH アクセス日: 2021年07月30日
- Biến chứng bó bột Bệnh viện Chấn thương Chỉnh hình アクセス日: 2021年07月30日
- Ducic I, Momeni A. “Compartment syndrome in acute burn injuries: Case series and review of the literature.” Burns. 2021;47(2):450-457. doi:10.1016/j.burns.2020.07.008
- Chauhan A, Varma M, Kiran EK, Kumar A. “Volkmann’s ischemic contracture in children: A retrospective analysis of functional outcomes after surgical management.” Indian J Orthop. 2020;54(4):456-462. doi:10.1007/s43465-020-00117-2
本記事は、専門的な医学的知見や海外・国内の研究、ならびに臨床現場での経験をもとにした参考情報です。実際の治療方針やリハビリテーションの手順は患者さん一人ひとりの状態によって異なります。症状が疑われる際、あるいは不安を感じる場合には必ず医師や医療の専門家にご相談ください。