はじめに
心臓の右側にある弁(右房と右室の間)に生じる異常のひとつとして知られているのが三尖弁疾患です。三尖弁疾患には、三尖弁逆流、三尖弁狭窄、三尖弁閉鎖症、エプスタイン奇形などが含まれます。このうち、日常的に比較的みられる病態のひとつが三尖弁狭窄(いわゆる「三尖弁が狭くなる状態」)です。三尖弁狭窄が進行すると、血液が右房から右室へうまく送り出されなくなり、長期にわたって心臓のポンプ機能や血液の循環全体に影響を及ぼす可能性があります。本稿では、三尖弁狭窄の原因や症状、検査・診断、治療方法、さらに日常で意識すべきポイントなどを詳しく解説します。
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本記事は、心臓に関する一般的な情報と最新の知見をもとにまとめられた内容です。特に本文中で言及される症状や治療法は、米国の心臓学会や各種医療機関(たとえばCleveland Clinic, Mayo Clinicなど)の公式サイト、または医療専門誌の総説・研究論文を参考にしています。なお、記事内でご紹介する内容はあくまでも情報提供を目的としたものであり、最終的な診断・治療方針は医師による個別判断が必要です。症状が気になる場合は、速やかに循環器専門医へご相談ください。
三尖弁狭窄とは
三尖弁は、右房(心臓の右上部)と右室(心臓の右下部)の間にある弁で、右房が収縮したときに血液を右室へ送り出す重要な役割を担っています。通常、この弁は右房→右室への血流をスムーズに通し、逆戻りを防ぐため右室が収縮するときにはしっかり閉じています。ところが、何らかの原因で弁が硬化したり癒着したりして十分に開かない状態を三尖弁狭窄と呼びます。
弁が狭いままだと右室に流れ込む血液量が減少し、結果として右房に余分な血液がたまりやすくなります。長期間にわたり右房に負担がかかると、右房が拡大したり心拍リズムが乱れたりすることがあります。また、右室に入る血流量も低下するため、肺循環への血液供給が十分でなくなる場合があります。そのため、体全体の酸素供給に支障をきたす恐れがあり、放置すると心不全へ進行するリスクがあります。
三尖弁狭窄は、二尖弁(僧帽弁)や大動脈弁の病変と比べると頻度は高くないものの、他の弁膜症や感染症などと併発しやすい特徴があります。特にリウマチ熱(リウマチ熱による弁膜障害)が原因のケースでは、僧帽弁や大動脈弁も同時に障害を受けることが少なくありません。したがって、三尖弁狭窄の可能性がある場合は、単に右側の弁だけでなく心臓全体や全身状態を踏まえた検査が必要です。
近年では、三尖弁の機能不全全般に着目した研究が増え、右心系の評価・治療技術が進歩してきました。たとえば2022年に発表されたSaidら(Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery, 163(6), 2156–2167, doi:10.1016/j.jtcvs.2021.10.105)の報告では、外科的手術のみならずカテーテルを用いた低侵襲治療(カテーテルインターベンション)の有用性も議論されており、重症例の選択肢が拡大していることが示されています。このような最新の流れは日本国内においても徐々に普及しており、患者さん一人ひとりの病態に合わせた治療戦略が検討される傾向にあります。
主な症状
軽度の場合と症状のないケース
三尖弁狭窄が軽度の場合、日常生活でまったく症状が出ないことも珍しくありません。早期には本人が気づかないまま数年が経過し、他の目的で心臓検査を受けた際に偶然見つかるケースもあります。ただし、軽度であっても何らかの要因で右房負荷が増大すれば急に症状が顕著化することがあるため、注意が必要です。
代表的な症状
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呼吸困難感(特に横になったときの息苦しさ)
右室への血流障害とともに、全身からの静脈還流が滞ることで肺への血液量が不十分になり、呼吸が浅く感じられる場合があります。 -
不整脈(心房細動など)
右房拡大や負荷によって不整脈が発生し、動悸や胸部の不快感を感じることがあります。 -
胸痛や胸部違和感
血流の障害が慢性的に続くと、胸のあたりに違和感や痛みを覚えることがあります。 -
頸部の不快感
頸静脈が鬱血しやすくなるため、首のあたりが脈打つような不快感を訴える患者さんもいます。 -
腹部右上部の不快感やむかつき
右房や右室のうっ血は肝臓付近のうっ血にも波及しやすく、肝腫大や腹部の張りを起こすことがあります。 -
浮腫(むくみ)
血液がうまく戻らず、特に足首やすねなど下肢に水分が貯留してむくみが生じたり、腹水として腹部が膨張することもあります。 -
倦怠感・疲労感
全身への酸素供給が十分でなくなり、日常的に疲れやすく、寒い時期に手足が冷たくなるといった症状が見られることがあります。
上記以外にも、吐血や血痰といった症状を訴える方もごくまれにいます。原因不明の不調を感じる場合は、早めに医療機関で相談することをおすすめします。
主な原因
感染症・リウマチ熱などによる弁の変性
三尖弁狭窄の原因の多くは、細菌やウイルスによる感染(感染性心内膜炎)、あるいはリウマチ熱などの炎症性疾患による弁組織の損傷です。リウマチ熱は、特に過去に発症経験のある人や治療が不十分だった人では、心臓の弁膜に癒着や硬化が残りやすく、弁が狭くなる原因になります。このケースでは二尖弁や大動脈弁にも同時に病変を伴うことが多くみられます。
右心室の拡大・高血圧などの負荷
右室や右房が大きく拡張して弁の形態が引き伸ばされる場合、弁が適切に開閉できなくなることがあります。たとえば肺高血圧症のように肺血管抵抗が高まり、右室への負荷が増して大きく拡張すると、その影響で三尖弁も変形しやすくなります。
また、がん治療による胸部への放射線照射歴なども、弁組織の硬化を引き起こす場合があると報告されています。
心臓の先天性異常・その他の要因
エプスタイン奇形や先天性の弁形成不全、心腫瘍、外傷などによっても三尖弁が障害を受けることがあります。また、膠原病(全身性エリテマトーデスなど)に伴う弁膜の炎症・組織変性により、二次的に三尖弁が狭窄することもあります。
三尖弁狭窄の検査・診断
身体診察
診察時に聴診を行うと、三尖弁付近で特徴的な雑音(血液が狭い弁を通過するときに生じる乱流音)が聞こえる場合があります。同時に、頸静脈の怒張(首周りの脈打ちや腫れ)が確認されることもあります。脈拍の異常や肝臓の腫大など、全身所見を含めて総合的に評価します。
代表的な検査
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心電図(ECG)
不整脈の有無、右房・右室への負担を示唆する波形の変化などを確認します。 -
胸部X線
心臓の大きさや形状変化、肺血管の状態、胸水の有無を評価し、右房拡大の所見などを確認します。 -
心エコー(経胸壁エコー)
心エコーは弁の形状や動き、血流パターンを非侵襲的に観察できる基本検査です。三尖弁の狭窄度や血液の逆流の有無を把握するのに非常に重要です。 -
経食道心エコー(TEE)
食道にプローブを挿入して心臓を近距離から観察する方法で、胸壁からの検査よりもさらに詳細な画像が得られます。弁の形態がより正確に評価でき、外科的治療やカテーテル治療の判断材料になることがあります。 -
心臓カテーテル検査
より正確な圧力測定や血流量評価が必要な場合に実施されます。冠動脈の状態も同時に確認し、手術のリスク評価などに役立ちます。 -
核医学検査
特定の放射性同位元素を用いて心臓内の血流や組織の状態を詳しく調べることがあります。 -
MRI検査
立体的な心臓の構造や血流を評価する際に、必要に応じて実施されます。
治療方法
経過観察と内科的治療
三尖弁狭窄が軽度で症状がほぼない場合、医師は定期的な通院・心エコーなどで経過を観察する方針をとることがあります。その間、以下のような生活面の配慮や薬物治療が行われることがあります。
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生活習慣の指導
塩分や水分を控えめにし、むくみの予防に努めます。また、過度な運動を避けつつ、適度な有酸素運動を継続するよう助言を受ける場合があります。 -
利尿薬の使用
浮腫や腹水が目立つ場合には、利尿薬によって体内の余分な水分を排出し、心臓の負担を減らします。 -
抗不整脈薬・抗凝固薬
心房細動などの不整脈が生じた際には、血栓形成を抑える抗凝固薬や、心拍数をコントロールする薬が使われることがあります。 -
血管拡張薬
症状が進行して肺高血圧などを合併しやすくなった場合、血管拡張薬の処方が検討されることがあります。
外科的またはカテーテル的治療
重度の三尖弁狭窄が確認され、症状が明らかに生活の質を低下させている場合や、心不全を合併するリスクが高い場合は、外科的手術やカテーテル治療が検討されます。主な方法は以下のとおりです。
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バルーン弁形成術(経皮的バルーン拡張術)
カテーテル先端に取り付けたバルーンを狭窄した弁の部分で膨らませ、癒着した弁葉を広げる方法です。弁の柔軟性が一定程度保たれている場合に有効とされています。 -
三尖弁の外科的修復
弁輪縫縮術(リングによる弁輪形成術)などによって弁を再形成し、血流をスムーズにする手術です。弁の形態に問題があるが、まだ修復が可能な症例で選択されることがあります。 -
弁置換手術
重度の損傷や石灰化が進んでおり修復が困難な場合には、人工弁(生体弁もしくは機械弁)に置換する手術が行われることがあります。特に機械弁では術後に長期の抗凝固療法が必要になるため、患者さんの年齢や基礎疾患、将来の妊娠希望の有無などを総合的に検討したうえで決定されます。
最近の海外研究(例えば2021年に“Heart, Lung and Circulation”誌で公表されたTaramassoらの総説(doi: 10.1016/j.hlc.2020.07.006))では、僧帽弁逆流などの他の弁膜症においてカテーテル治療の有用性が示唆されており、三尖弁にも適応が拡大する可能性が注目されています。ただし、三尖弁に関してはまだ適応基準や長期成績に関するデータが十分ではない部分もあり、専門医の慎重な判断が求められます。
感染性心内膜炎の予防
三尖弁狭窄やその他の弁膜症を抱えている方は、感染性心内膜炎のリスクが高まる可能性があります。感染性心内膜炎は、細菌が血流を介して心臓の内膜や弁膜に付着し、炎症や組織破壊を起こす病気です。特に手術やカテーテル治療後の弁、あるいは生来から障害のある弁は細菌が付着しやすいため、以下のような予防策が大切です。
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感染兆候がある場合は早期に受診
のどの痛みや発熱など、体に感染症が疑われる症状が出たら放置せず医師に相談します。 -
口腔ケアの徹底
虫歯や歯周病を放置していると、歯ぐきから細菌が血流に入りやすくなります。定期的に歯科を受診し、口腔内の衛生を保つことが重要です。 -
侵襲的処置前の抗生物質投与
歯科治療や内視鏡検査など、出血リスクを伴う処置の際には、あらかじめ担当医に弁膜症の既往を伝え、必要に応じて予防的に抗生物質を服用する場合があります。
日常生活での留意点(予防や進行抑制)
塩分・水分管理
浮腫や腹水の進行を防ぐために、食事では塩分を控えめにし、水分摂取量を過度に増やしすぎないよう意識します。ただし、過度な水分制限は脱水を招く恐れもあるため、医師の指示にしたがってバランスをとりましょう。
適度な運動
症状が軽度の場合、適度な運動は血行促進や筋力維持に役立ちます。ただし激しい運動や重い負荷がかかるトレーニングは、心臓に過剰なストレスを与える可能性があるため、必ず医師やリハビリ専門職から具体的な運動強度・種類について助言を受けてください。
体調の変化を見逃さない
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突然の呼吸困難や胸痛、動悸が出た場合
ただちに安静にして、症状が続くなら医療機関へ連絡します。右心不全の兆候である下肢のむくみや腹部膨満が急に強くなったときも要注意です。 -
不整脈や脈の乱れ
心房細動などが疑われる場合には、放置せず専門医を受診し、必要に応じて投薬やカテーテルアブレーションなどを検討します。
抗凝固療法を受けている場合
ワルファリンや新規経口抗凝固薬(DOAC)などの薬を服用している患者さんは、出血リスクが高まる可能性があります。頭を強打した場合や、切り傷がなかなか止まらない場合などはすぐに医療機関を受診しましょう。また、定期的に血液検査を行い、適正な薬物量・凝固能の管理が大切です。
今後の見通しと最新研究の動向
三尖弁狭窄や三尖弁逆流を含む右心系弁膜症に対する関心は、ここ数年で急速に高まっています。左心系の弁疾患(僧帽弁や大動脈弁)に比べて研究データの蓄積が遅れていたものの、近年は下記のような研究や臨床試験が活発に行われています。
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低侵襲治療への期待
欧米を中心にカテーテルインターベンションによる三尖弁修復デバイスの開発・試験が進行中です。大規模な臨床試験を通じて、患者さんへのリスクが小さい治療法が今後さらに確立される可能性があります。 -
外科的手術の長期成績
三尖弁置換術や弁輪形成術の長期予後を検証する報告が増え、適応患者の選別と手術タイミングを最適化する指針が整いつつあります。 -
日本におけるエビデンスの集積
国内でも大規模レジストリー研究や学会主導の多施設研究が始まりつつあり、日本人特有の体格や合併症を踏まえた治療成績が蓄積されれば、より適切なガイドラインの整備が期待されます。
こうした研究のなかで、2023年にJournal of the American College of Cardiologyに掲載された総説(doi:10.1016/j.jacc.2021.11.013)では、三尖弁疾患が左心系の弁膜症と比較しても生命予後や生活の質に大きな影響を及ぼす可能性があると報告しています。日本人を含むアジア圏でも同様の傾向がみられるかどうかはさらなる解析が必要ですが、右心の機能が軽視できないことが改めて確認されています。
まとめと今後のケア
- 三尖弁狭窄は、三尖弁が癒着・硬化して十分に開かず、血液が右房から右室へスムーズに流れなくなる状態です。軽度であれば症状が出ずに長期間経過することもありますが、進行すると全身の血液循環に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
- 原因はリウマチ熱や感染性心内膜炎、先天性異常、肺高血圧など多岐にわたります。リウマチ性の場合には、他の弁疾患も併発していることが多く、総合的な心臓検査が必要です。
- 主な症状としては息切れ、胸痛、動悸、不整脈、首や腹部の不快感、下肢のむくみなどが挙げられます。症状が進んだ場合には心不全リスクが高まるため、早期発見・早期治療が重要です。
- 診断には心電図、胸部X線、心エコー、経食道心エコー、心臓カテーテルなどが用いられ、患者さんの状態や合併症の有無を総合的に評価します。
- 治療は軽度の場合、経過観察と薬物療法で症状コントロールを図ることが多いですが、中等度〜重度の場合にはカテーテルによるバルーン弁形成術や外科手術(弁形成術または弁置換術)が検討されます。感染性心内膜炎予防のため、歯科受診や感染対策も欠かせません。
- 日常生活では塩分や水分摂取のコントロール、適切な運動量の維持、早めの受診を心がけることが望ましいです。また、不整脈や血栓予防のために抗凝固薬を使用している場合には、出血リスクへの警戒と定期的な検査が必要です。
- 近年は三尖弁領域の研究も活発化しており、低侵襲なカテーテル治療や外科手術の長期成績、さらに日本人患者に合わせた新しい治療戦略の確立が期待されています。今後はさらなる臨床研究の進展により、患者さんの負担を軽減できる治療法がますます実用化されるでしょう。
参考文献
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https://www.umcvc.org/conditions-treatments/tricuspid-valve-disease (アクセス日: 06/06/2022) - Said SM, Kherallah R, Schaff HV. (2022) “Surgical Management of Tricuspid Valve Disease: Evolving Strategies.” The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery, 163(6), 2156–2167. doi: 10.1016/j.jtcvs.2021.10.105
- Taramasso M, Vanermen H, Maisano F, et al. (2021) “Tricuspid Regurgitation: Current and Emerging Management Strategies.” Heart Lung Circ, 30(2), 161–171. doi: 10.1016/j.hlc.2020.07.006
- (参考)Singh JP, et al. (2023) “Tricuspid Valve Disease: Current Perspectives and Evolving Management Strategies.” Journal of the American College of Cardiology, 79(2). doi: 10.1016/j.jacc.2021.11.013
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