【科学的根拠に基づく】不妊治療のすべて:原因検査から保険適用、最新の生殖補助医療までを専門医が徹底解説
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【科学的根拠に基づく】不妊治療のすべて:原因検査から保険適用、最新の生殖補助医療までを専門医が徹底解説

不妊は、多くのカップルが直面する可能性のある医学的な課題です。しかし、いつ、どのような行動を起こすべきか、どのような治療選択肢があるのか、そして費用はどの程度かかるのか、多くの疑問や不安を抱えている方も少なくないでしょう。この記事では、JHO(JAPANESEHEALTH.ORG)編集委員会が、世界保健機関(WHO)や日本生殖医学会(JSRM)などの権威ある情報源に基づき、不妊症の定義から、最新の治療法、2022年に大きく変更された公的保険制度、そして精神的なサポート体制に至るまで、現在利用可能な最も信頼性の高い情報を包括的に解説します。読者の皆様が正確な知識を得て、ご自身にとって最善の選択をするための一助となることを目指します。

この記事の科学的根拠

この記事は、ご提供いただいた研究報告書に明示的に引用されている、最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、参照された情報源とその医学的指針への関連性をまとめたものです。

  • 世界保健機関(WHO)/ こども家庭庁 / 厚生労働省: 不妊症の国際的な定義、公衆衛生上の統計、および日本の公的保険制度や助成金に関する指針は、これらの公的機関が公開する情報に基づいています1212
  • 日本生殖医学会(JSRM): 日本における不妊治療の基準となる「生殖医療ガイドライン」の策定機関です。保険適用の対象となる治療法や技術の多くは、このガイドラインに準拠しており、本記事の医学的記述の根幹をなしています1622
  • 日本産科婦人科学会(JSOG): 日本国内の体外受精などの生殖補助医療(ART)に関する最も信頼性の高い公式統計「ARTデータブック」を毎年発行しています。国内の治療成績に関するデータは、この情報源に基づいています1820
  • 米国生殖医学会(ASRM) / 米国疾病予防管理センター(CDC): 不妊症の定義や受診を考慮すべきタイミングに関して、国際的に広く受け入れられている指針を提供しており、本記事でも参考にしています34

要点まとめ

  • 不妊症は、避妊せずに1年以上妊娠しない状態を指す医学的な疾患です。35歳以上の女性の場合は、6ヶ月が受診を検討する目安となります13
  • 2022年4月より、体外受精や顕微授精を含む多くの不妊治療が公的医療保険の適用対象となり、経済的負担が軽減されましたが、年齢や回数に制限があります612
  • 不妊の原因は男女双方にある可能性があり、原因の約半数に男性が関与するとされています。そのため、カップルで検査・治療に取り組むことが非常に重要です34
  • 治療は、タイミング法や人工授精などの一般不妊治療から、体外受精などの生殖補助医療(ART)へと段階的に進める「ステップアップ方式」が一般的です16
  • 精神的な負担や仕事との両立など、治療には多面的な課題が伴います。専門のカウンセラーやNPO法人などのサポート体制を活用することが助けになります2730

不妊症の定義:グローバル基準と日本の文脈

不妊治療を理解する第一歩は、「不妊症」を正しく定義することから始まります。世界保健機関(WHO)は、不妊症を「定期的な避妊のない性交渉を12ヶ月以上続けても臨床的に妊娠に至らない、男女いずれかの生殖器系の疾患」と定義しています1。これは、不妊が決して珍しいことではなく、世界的に約6組に1組のカップルが経験する医学的な状態であることを示しています2

臨床現場では、この定義は年齢要因を考慮してより具体的に適用されます。米国生殖医学会(ASRM)や米国疾病予防管理センター(CDC)は、女性が35歳以上の場合、妊娠能力の低下が加速することを踏まえ、専門家への相談を開始するまでの期間を「6ヶ月」に短縮することを推奨しています34。実際に、あるデータによれば、日本の女性の妊孕性(妊娠する力)は35歳で約30%、40歳で約70%の確率で低下するともいわれており5、早期の行動が重要となります。

さらに、近年の定義はより包括的になっています。2023年にASRMが更新した定義では、同性カップルや独身者など、医学的介入なしでは妊娠が成立しない人々も不妊症の枠組みに含まれるようになりました7。これは、妊娠を望むすべての人が適切な医療を受けられるべきであるという考え方を反映しています。日本の現行の保険制度では婚姻関係(事実婚を含む)が前提となっていますが8、第三者から精子や卵子の提供を受ける生殖補助医療に関する倫理的な議論とともに、こうした世界的な潮流を理解することは非常に重要です9

権威性と信頼性の基盤:日本の主要機関

日本の不妊治療は、複数の専門機関が連携し、科学的根拠に基づいて制度が構築されています。これらの機関の役割を理解することは、情報の信頼性を見極める上で役立ちます。例えば、厚生労働省やこども家庭庁が定める保険適用のルールは、日本生殖医学会(JSRM)が作成する「生殖医療ガイドライン」を基準にしています17。このガイドラインは、日本産科婦人科学会(JSOG)などに所属する専門家たちの合意に基づいており22、ガイドラインに沿った治療の結果はJSOGによって「ARTデータブック」として集計・公開され、次のガイドライン改訂のための貴重な資料となります18。このサイクルが、日本の生殖医療の品質と安全性を支えているのです。

表1: 日本の不妊治療における主要な権威機関とその役割
組織名 正式名称 役割と重要性
厚労省 / こども家庭庁 厚生労働省 / こども家庭庁 保険制度、助成金、公衆衛生施策を策定する政府機関。費用や制度に関する最終的な情報源12
JSOG 公益社団法人日本産科婦人科学会 日本の産科婦人科医が所属する中心的な学会。国内の生殖補助医療(ART)に関する公式統計「ARTデータブック」を毎年発行18
JSRM 一般社団法人日本生殖医学会 生殖医療分野の主要な学術団体。「生殖医療ガイドライン」を発行し、保険適用の治療基準の根拠を提供。専門医の認定も行う16
JISART 日本生殖補助医療標準化機関 加盟施設に対して第三者的な審査・認証を行う自主管理機関。JISART認証は高い品質管理基準の証とされる26
NPO法人Fine 特定非営利活動法人Fine 不妊体験者による、体験者のための国内有数のNPO法人。ピアカウンセリングや情報提供、啓発活動を通じて当事者を支援27

不妊治療への道のり:検査から治療のステップ

不妊治療は、原因を特定するための検査から始まり、個々の状況に応じて段階的に進められます。ここでは、その標準的な道のりについて解説します。

最初のステップ:受診のタイミングと初診の流れ

前述の通り、35歳未満であれば1年間、35歳以上であれば6ヶ月間、避妊せずに性交渉を持っても妊娠に至らない場合が、医療機関を受診する一つの目安です4。初診では、まず詳しい問診(既往歴、月経周期、生活習慣など)が行われ、今後の検査計画について説明がなされます。不妊はカップルの問題であるため、この最初の段階からパートナーと一緒に受診することが、その後のプロセスを円滑に進める上で非常に重要です30

不妊の基本検査:原因を探る

不妊の原因を特定するために、男女それぞれに標準的な検査が行われます。

  • 女性側の検査: ホルモンバランスを調べるための血液検査、卵巣の予備能(AMH検査など)や子宮の状態を観察する超音波検査、そして卵管が正常に通っているかを確認する子宮卵管造影検査(HSG)などが基本となります30
  • 男性側の検査: 最も基本的かつ重要な検査は精液検査です30。この検査では、精液の量、精子の濃度、運動率、正常な形態を持つ精子の割合などを評価します。これらの値はWHOが定める基準値と比較されます16。不妊原因の約半分には男性側も関与しているとされており34、女性側の検査と並行して早期に精液検査を受けることが、効率的な原因究明への近道です。

これらの基本検査に加え、必要に応じて性交後試験(ヒューナーテスト)や免疫学的検査なども行われることがあります30

一般不妊治療(ステップアップ方式)

検査で原因が特定された場合、あるいは原因が不明な場合でも、まずは身体的・経済的負担が比較的軽い治療から始めるのが一般的です。これを「ステップアップ方式」と呼びます16

  1. タイミング法: 超音波検査や尿中のホルモン(LH)検査で排卵日を正確に予測し、最も妊娠しやすい時期に性交渉のタイミングを合わせる方法です25
  2. 排卵誘発法: 排卵が不規則な場合などに、内服薬(クロミフェンなど)や注射薬(hMG、FSH製剤など)を用いて卵巣を刺激し、卵子の発育と排卵を促す治療法です。タイミング法や後述の人工授精と組み合わせて行われることも多くあります25
  3. 人工授精(AIH): 排卵のタイミングに合わせて、採取した精液から運動性の良好な精子を洗浄・濃縮し、細いカテーテルを用いて直接子宮内に注入する方法です。精子の数が少ない、運動率が低いといった軽度の男性不妊、原因不明不妊などが主な適応となります13

生殖補助医療(ART)

一般不妊治療で妊娠に至らない場合や、卵管の閉塞、重度の男性不妊など、特定の医学的適応がある場合に選択されるのが、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)に代表される生殖補助医療(ART)です。

  • 卵巣刺激: 複数の質の良い卵子を一度に育てるため、注射薬などを用いて卵巣を刺激します。患者さんの年齢や卵巣の状態に合わせて、アンタゴニスト法やショート法など、最適な刺激法(調節卵巣刺激法)が選択されます16
  • 採卵: 経腟超音波で卵胞の発育を確認しながら、腟から細い針を刺し、成熟した卵子を卵胞液ごと吸引・採取します。通常、静脈麻酔下で行われます13
  • 受精: 採卵した卵子と精子を受精させる方法には、主に2つの方法があります。
    • 体外受精(IVF): 培養皿の中で、調整した精子を卵子に振りかけ、自然に近い形で受精させる方法です13
    • 顕微授精(ICSI): 顕微鏡下で、形態や運動性が良好な精子を1つ選び、細いガラス針を用いて卵子の中に直接注入する方法です。重度の男性不妊や、過去のIVFで受精しなかった場合などに適応されます16
  • 胚培養: 受精卵は「胚」と呼ばれ、専用の培養器の中で数日間育てられます。多くの場合、着床率が最も高いとされる発生段階である「胚盤胞(ブラストシスト)」まで培養が進められます35
  • 胚移植: 良好に発育した胚を1つ選び、細く柔らかいカテーテルで子宮内に戻します。JSOGは、多胎妊娠による母子への身体的危険性を避けるため、移植する胚の数を原則として1個とするよう強く推奨しています24
  • 胚凍結: 移植しなかった良好な胚は、-196℃の液体窒素中で凍結保存(ガラス化保存法)することが可能です。これにより、次周期以降に身体的負担の少ない凍結融解胚移植を行うことができます24。近年のARTでは、ガラス化法の技術向上により、凍結融解胚移植の妊娠率が新鮮胚移植と同等かそれ以上となるケースも報告されており、全胚を一度凍結する戦略(Freeze-all)も広く採用されています36

治療法のデータ比較

患者さんが自身の状況を理解し、医師との対話を深めるために、主要な治療法の特徴を一覧にまとめました。費用は保険適用(3割負担)の場合の一般的な目安であり、医療機関や治療内容によって変動します。

表2: 主要な不妊治療法の比較
治療法 主な適応 手順の概要 保険適用の有無 費用の目安(3割負担)
タイミング法 軽度の排卵障害、原因不明不妊 超音波等で排卵日を予測し性交渉 適用あり 1周期 3,000円~20,000円程度25
人工授精(AIH) 軽度男性因子、頸管因子、性交障害 調整した精子を排卵期に子宮内へ注入 適用あり 1回 15,000円程度6
体外受精(IVF) 卵管因子、一般不妊治療不成功例など 採卵し、体外で受精させ、胚を子宮へ移植 適用あり(回数・年齢制限あり) 1周期 200,000円程度(変動あり)6
顕微授精(ICSI) 重度男性因子、受精障害 採卵し、精子を卵子に直接注入して受精 適用あり(回数・年齢制限あり) 1周期 400,000円程度(変動あり)6

制度の理解:保険、費用、クリニック選び

治療を進める上で避けて通れないのが、費用や制度、そして医療機関の選択という現実的な問題です。ここでは、これらの課題について詳しく解説します。

2022年保険適用拡大:制度の全貌

2022年4月から、多くの不妊治療が公的医療保険の適用対象となり、患者の経済的負担は大きく変わりました612。制度を正しく理解することが、治療計画の第一歩となります。

  • 適用対象: タイミング法、人工授精、そして体外受精・顕微授精、採卵、胚培養、胚移植といったARTの基本治療が保険適用です12
  • 年齢・回数制限: 保険適用には厳格な条件があります。治療開始時点の女性の年齢が43歳未満であることが必須です12
    • 40歳未満で治療開始: 子ども1人につき通算6回まで(胚移植の回数)
    • 40歳以上43歳未満で治療開始: 子ども1人につき通算3回まで(胚移植の回数)

    この回数は、採卵ではなく「胚移植」の回数で数えられる点が重要です6。また、2022年3月以前に助成金制度を利用した治療回数は、この保険適用の回数制限には含まれません12

  • 重要なルール: 保険診療を受けるには、医師が作成した治療計画書への同意が必要です8。また、過去の治療で作成した凍結胚が残っている場合、保険診療で新たに採卵することはできず、まずその凍結胚を移植することが原則となります8

この保険適用拡大は大きな恩恵ですが、「治療の標準化と個別化のジレンマ」という課題も生んでいます。保険診療はJSRMのガイドラインに基づく「標準的な治療」が前提であり6、保険診療と保険適用外の治療(先進医療を除く)を併用する「混合診療」は原則禁止されています8。そのため、患者は「手頃な標準治療」か「高額な個別化治療」かの選択を迫られる場面があり、この点が新制度の核心的な課題となっています。

経済的負担の管理:費用と支援制度

治療費の負担を軽減するためには、公的制度を最大限に活用することが重要です。

  • 高額療養費制度: 保険診療を受ける上で最も重要な制度です。医療費の自己負担額が、1ヶ月の所得に応じた上限額を超えた場合、その超えた分が後から払い戻されます6。これにより、ARTのような高額な治療でも、最終的な自己負担を一定額に抑えることができます。
  • 先進医療: 保険適用外の治療技術のうち、国が有効性・安全性を認めた一部の技術(例:タイムラプスインキュベーター、子宮内膜受容能検査(ERA)など)は「先進医療」として、保険診療との併用が認められています1216。この場合、基礎となる保険診療部分は3割負担、先進医療の技術料は全額自己負担となります。
表3: 高額療養費制度シミュレーション(70歳未満・ART治療のモデルケース)
年収の目安 所得区分(健保) 総医療費(10割) 窓口負担額(3割) 最終的な自己負担上限額
~約370万円 区分エ 600,000円 180,000円 57,600円
約370万~約770万円 区分ウ 600,000円 180,000円 83,430円
約770万~約1,160万円 区分イ 600,000円 180,000円 169,080円
※出典44の情報を基に作成。総医療費60万円(自己負担18万円)の例。区分ウの場合の計算式: 80,100円 + (600,000円 − 267,000円) × 1% = 83,430円。

最良のパートナー選び:クリニックの選定方法

治療の成否や満足度を左右するクリニック選びは、極めて重要な決断です。以下のチェックリストは、多角的な視点から医療機関を客観的に比較検討するためのツールです。

表4: クリニック選定のためのチェックリスト
カテゴリー 確認すべき質問 なぜ重要か
認証・資格 JISARTの認証施設か?医師は生殖医療専門医か? 高い品質管理と倫理基準を遵守しているかを示す客観的な指標となる26
情報公開性 年齢階層別の妊娠率など、詳細な治療成績を公開しているか? 透明性の高い施設は、自院の技術力に自信があり、患者への情報提供に誠実である可能性が高い46
治療方針 自然周期や低刺激、高刺激など、どのような治療方針を主軸としているか?選択肢は豊富か? 自身の身体の状態や価値観に合った治療法を提案してくれるかを見極めるため40
費用 保険診療、自費診療、先進医療の料金体系が明確に提示されているか? 経済的な見通しを立て、安心して治療に臨むために不可欠42
サポート体制 専門のカウンセラーが在籍しているか?説明会や相談窓口は充実しているか? 治療に伴う精神的負担をケアする体制は、治療継続の鍵となる30
通院の利便性 診療時間は自身の生活様式に合っているか(夜間・土日診療の有無)?交通の便は良いか? 頻繁な通院が必要となるため、物理的な通いやすさは極めて重要46
男性不妊への対応 院内に男性不妊専門の泌尿器科医が在籍、または密な連携体制があるか? 男性側に原因が疑われる場合、カップルとして包括的な治療を受けられるかを判断する上で必須39

特定の状況と先進的トピック

ここでは、より専門的なトピックを深掘りし、読者の多様な疑問に答えます。

男性不妊:原因、診断、治療

不妊原因の約半分は男性側にもあるとされ、その理解は不可欠です。男性不妊の最も一般的な原因の一つに精索静脈瘤があり、患者の約40%に見られます34。診断は精液検査に加え、泌尿器科専門医による視診、触診、超音波検査が重要です32。治療法は、ホルモン治療などの薬物療法、精索静脈瘤に対する手術、そして精液中に精子が全く見られない無精子症の場合には、精巣から直接精子を回収する精巣内精子採取術(TESE)が行われます。TESEで採取された精子は、顕微授精(ICSI)に用いられます49

原因不明不妊と反復着床不全(RIF)

一通りの検査をしても明確な原因が見つからない「原因不明不妊」13や、良好な胚を複数回移植しても妊娠に至らない「反復着床不全(RIF)」は、患者にとって大きな精神的負担となります。このような状況に対し、さらなる原因を調べる選択肢として、子宮内膜が胚を受け入れる最適な時期を特定する子宮内膜受容能検査(ERA)や、子宮内の細菌環境を調べる子宮内フローラ検査(EMMA/ALICE)などが先進医療として提供されることがあります16

第三者提供の生殖医療と倫理的課題

早発卵巣不全や無精子症など、自身の卵子や精子での妊娠が難しい場合、第三者から提供された精子・卵子・胚を用いる治療法が存在します9。提供精子を用いた人工授精(AID)は日本でも長い歴史がありますが50、体外受精における第三者提供は、生まれた子が「出自を知る権利」をどう保障するかといった倫理的・法的な課題が残されており、JSRMなどを中心に慎重な議論が続いています9

妊孕性温存(卵子凍結)

将来の妊娠に備えて卵子を凍結保存する「妊孕性温存」への関心も高まっています。がん治療など医学的な理由だけでなく、加齢による卵子の質の低下に備える社会的(選択的)な理由で実施されることもあります。東京都のように、自治体が社会的卵子凍結への助成制度を設ける例も出てきています40。ただし、凍結した卵子を使えば必ず妊娠できるわけではなく、成功率は採卵(凍結)時の年齢に大きく依存するという事実を冷静に理解することが重要です37

心と生活のサポート:治療と向き合うために

不妊治療は、身体的な負担だけでなく、精神的、社会的、経済的な側面にも大きな影響を及ぼします。医学的な情報と同じくらい、これらの側面への配慮が重要です。

精神的負担とメンタルヘルスの管理

治療が長期化するにつれて増大するストレス、不安、焦り、喪失感は、多くの当事者が経験する「正常な反応」です30。これらの感情を一人で抱え込まず、多くのクリニックに在籍する不妊カウンセラーや臨床心理士といった専門家のサポートを積極的に利用することが推奨されます30

サポートを見つける:NPO法人とピアサポート

孤立感を和らげ、客観的な情報を得るために、当事者団体の活用は非常に有効です。NPO法人Fineは、不妊体験者が運営する代表的な支援団体で、同じ経験を持つ仲間と語り合うピアカウンセリングや情報提供を行っています27。また、NPO法人フォレシアは「仕事と治療の両立」支援に特化しています52

仕事と治療の両立

仕事と治療の両立は、多くの当事者が直面する大きな壁です。NPO法人Fineの調査では、治療のために働き方を変えた人が約4割にのぼり、そのうち約半数が最終的に離職に至ったという深刻なデータが報告されています54。この課題に対し、職場とのコミュニケーションを円滑にするための「不妊治療連絡カード」や、企業の支援制度、両立支援に特化したNPOの存在など、具体的な解決策を知ることが助けになります52

生活習慣と妊孕性

喫煙、過度な飲酒、肥満といった生活習慣が、男女双方の妊孕性に悪影響を及ぼす可能性があることは、WHOをはじめとする多くの機関が指摘しています1。科学的根拠に基づき、バランスの取れた食事、適度な運動、質の良い睡眠など、妊孕性を高めるために実践可能な生活習慣の改善について、具体的かつ実行しやすい形で取り組むことが推奨されます。

よくある質問

不妊治療は痛みを伴いますか?

治療の種類によります。タイミング法や人工授精は、痛みを伴うことはほとんどありません。一方、採卵は麻酔(静脈麻酔など)を使用して行われるため、処置中の痛みはありませんが、術後に下腹部痛や違和感を感じることがあります。子宮卵管造影検査(HSG)は、造影剤を注入する際に生理痛のような痛みを伴うことがあります。痛みについては個人差が大きいため、不安な点は事前に医師や看護師に相談することが重要です30

保険適用を使えば、費用はどのくらいになりますか?

自己負担は原則3割になりますが、治療内容によって大きく異なります。例えば、人工授精は1回あたり15,000円程度ですが、体外受精や顕微授精は1周期で20万円から40万円程度が目安となります6。ただし、「高額療養費制度」を利用することで、1ヶ月の自己負担額には所得に応じた上限が設けられ、上限を超えた分は後で払い戻されるため、最終的な負担額は大幅に軽減される可能性があります44

男性も一緒に受診すべきですか?

はい、強く推奨されます。不妊原因の約半分には男性が関与していると報告されています34。男性側の検査(主に精液検査)を早期に行うことで、より的確な治療方針を迅速に立てることができます。治療はカップルで取り組むべき課題であるという認識を持ち、初診時から一緒に受診することが理想的です30

治療のやめどきはどのように考えればよいですか?

治療の終結は、医学的な側面だけでなく、ご夫婦の年齢、経済的状況、精神的負担、そして人生設計などを総合的に考慮して判断する、非常に個人的でデリケートな問題です。明確な正解はありません。保険適用の回数制限を一つの区切りと考える方もいれば、身体的・精神的な限界を感じた時点を区切りとする方もいます。重要なのは、カップルで十分に話し合い、必要であれば不妊カウンセラーなどの専門家の助けを借りながら、お二人にとって納得のいく決断をすることです30

結論

不妊治療は、医学、制度、経済、そして個人の心と生活が複雑に絡み合う、長い道のりとなることがあります。しかし、この10年で治療技術は飛躍的に進歩し、2022年の保険適用拡大によって経済的なハードルも大きく下がりました。最も重要なことは、正確な情報に基づいて、ご自身の状況を客観的に理解し、信頼できる医療機関や専門家、そしてサポート団体と繋がることです。不妊は決して一人やカップルだけで抱え込む問題ではありません。この記事が、皆様が不安を乗り越え、ご自身らしい一歩を踏み出すための確かな道しるべとなれば幸いです。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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  23. 生殖医療ガイドラインゆっくり解説④ CQ3 日本産科婦人科学会の見解・会告に従う. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://ameblo.jp/matsumotoladies/entry-12747394784.html
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  25. 一般のみなさまへ – 生殖医療Q&A(旧 不妊症Q&A):Q8.不妊症の治療にはどんな方法があり、どのように行うのですか? – 一般社団法人日本生殖医学会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa08.html
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  27. NPO法人Fine 現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://j-fine.jp/
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  32. 一般のみなさまへ – 生殖医療Q&A(旧 不妊症Q&A):Q7.不妊症の検査はどこで、どんなことをするのですか? – 一般社団法人日本生殖医学会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa07.html
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  34. 日本生殖医学会、不妊治療保険適用に向け「生殖医療ガイドライン2021」を公開 – 銀座リプロ外科. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://ginzarepro.jp/column/medicine_guidelines_2021/
  35. 不妊治療に関する支援について. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www.reproduction.shinyuri-hospital.com/file/infertility_treatment.pdf
  36. ARTデータブック2022年について | 日浅レディースクリニック:不妊治療/体外受精. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://hiasalc.jp/column/363/
  37. 10人に1人がART出生:2022年ARTデータブックが示す日本の生殖医療の現状 – famione. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://famione.com/column/artdatebook2022/
  38. 不妊治療の費用総額はいくら? 保険適用・助成金・自己負担の実例付きで解説 – オカネコ. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://okane-kenko.jp/media/fertilitytreatment-cost/
  39. 東京都の不妊治療におすすめのクリニック10選|金額やステップも解説【2025年最新】. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://clinic.mynavi.jp/article/tokyo_fertility-treatment/
  40. 表参道で不妊治療・体外受精なら東京HARTクリニック|表参道徒歩7分. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://tokyo-hart.jp/
  41. 不妊治療において公的医療保険が適用される治療はどんなもの?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifeevent/792.html
  42. 体外受精料金シミュレーション | 医療法人 杏月会 空の森クリニック. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://soranomori.info/past/in-vitro-paid-fee/
  43. 保険診療価格シミュレーション | 北九州 不妊治療 – 齋藤シーサイドレディースクリニック. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://saitoivf.com/infertility_treatment/simulation
  44. 高額療養費制度について – みなとみらい夢クリニック | 不妊治療 | 体外受精. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://mm-yumeclinic.com/highmedical-costs/
  45. 高額療養費・70歳以上の外来療養にかかる年間の高額療養費・高額介護合算療養費 – 全国健康保険協会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat320/sb3170/sbb31709/1945-268/
  46. 加藤レディスクリニック:不妊治療/体外受精. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www.towako-kato.com/
  47. 新宿の高度不妊治療・人工授精(AIH)-にしたんARTクリニック新宿院. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://nishitan-art.jp/branch/shinjuku/
  48. 【銀座こうのとりレディースクリニック】有楽町・銀座の婦人科、不妊治療専門. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://ginzakounotori.com/
  49. 一般のみなさまへ – 生殖医療Q&A(旧 不妊症Q&A):Q15.男性不妊の場合の治療はどのようになるのですか? – 一般社団法人日本生殖医学会. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa15.html
  50. Q10 日本ではどの程度に不妊治療(生殖補助医療等)が普及していますか. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/sentaku/s3_1_10.html
  51. NPO法人Fine 世界不妊啓発月間 啓発イベントを今年も実施… – PR TIMES. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000076314.html
  52. NPO法人フォレシア 不妊治療と仕事の両立. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://forecia-japan.com/
  53. 特定非営利活動(NPO)法人日本不妊カウンセリング学会としての飛躍に当たって-ご挨拶. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: http://www.jsinfc.com/user_data/npogreeting.php
  54. 不妊治療患者同士の交流 | 不妊治療 京野アートクリニック高輪(東京 港区 品川). [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://ivf-kyono.com/column/post-2118/
  55. Evaluation and Treatment of Infertility – AAFP. [インターネット]. [引用日: 2025年6月27日]. 入手先: https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2015/0301/p308.html
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