中耳炎の治療と薬|急性・滲出性の症状から原因、最新ガイドラインに基づく治し方まで
耳鼻咽喉科疾患

中耳炎の治療と薬|急性・滲出性の症状から原因、最新ガイドラインに基づく治し方まで

お子さんが夜間に突然の耳の痛みで泣き出したり、ご自身の耳が長く詰まった感じがして聞こえにくさを感じたりすることはありませんか。その症状は、多くの人が経験する「中耳炎」かもしれません。中耳炎には急な痛みを伴う「急性中耳炎」と、静かに進行する「滲出性中耳炎」があり、治療方針は全く異なります。日本の最新ガイドライン(2024年/2022年)では、軽症の急性中耳炎はまず痛み止めで経過観察を、滲出性中耳炎は原則3ヶ月間様子を見ることが基本です(2)(3)。抗菌薬(抗生物質)は本当に必要な場合にのみアモキシシリンなどを適切な量で用い、自己判断での中断は決してしてはいけません。特に日本では、就学前のお子さんの約半数が一度は治療を受けるほど身近な病気です(1)。しかし、自己判断で市販薬を使用したり、放置したりすると、症状が悪化し、難聴などの後遺症につながる可能性も考えられます。この記事では、JapaneseHealth編集部が耳鼻咽喉科専門医の監修のもと、最新の科学的根拠と日本の診療ガイドラインに基づき、中耳炎に関するあらゆる疑問や不安を解消します。この記事が、あなたとご家族が中耳炎と正しく向き合い、適切な一歩を踏み出すための信頼できる情報源となることを目指しています。

この記事の信頼性について

本記事は、日本の最新の診療ガイドライン(2024年版・2022年版)および厚生労働省などの公的資料を主要な根拠としています。AI技術を用いて最新情報を効率的に収集・整理し、すべての医学的内容は耳鼻咽喉科専門医が事実確認と検証を行いました。主要な推奨事項は一次資料(原典)へリンクし、専門的な内容は患者さんやご家族向けに平易な言葉で解説しています。最終更新日は文末の更新履歴(Update Log)をご覧ください。

この記事の要点まとめ

  • 中耳炎には、急な耳の痛みと発熱が特徴の「急性中耳炎(AOM)」と、痛みはないものの聞こえにくさが生じる「滲出性中耳炎(OME)」という、二つの主要なタイプが存在します。
  • 軽症の急性中耳炎では、まず解熱鎮痛剤で痛みを管理し、注意深く経過を見ることが推奨されます。抗菌薬は、中等症以上や症状が改善しない場合にのみ開始されます(20)。
  • 滲出性中耳炎は自然治癒することが多いため、基本的には3ヶ月間の経過観察が第一選択です。難聴が30dB以上続く場合や、鼓膜に病的変化が見られる場合に、鼓膜換気チューブ留置術などの介入が検討されます(3)。
  • 抗菌薬が必要な場合の第一選択は「アモキシシリン」です。自己判断で服用を中断すると耐性菌のリスクを高めるため、処方された日数を必ず飲み切ることが極めて重要です(19)。
  • 鼓膜換気チューブを留置している場合でも、プールなどでの耳栓の常時使用は必ずしも必要ではありません。ただし、汚水は避け、最終的には主治医の指示に従うことが大切です(21)。

中耳炎とは?- 知っておくべき2つの主なタイプ

中耳炎とは、鼓膜の奥にある「中耳」という空間で炎症が起きたり、液体が溜まったりする病気の総称です。一口に中耳炎と言っても、症状、原因、そして治療法が大きく異なる二つの主要なタイプを正しく理解することが、適切な対処への第一歩となります。

急性中耳炎(AOM):急な「痛み」と「発熱」がサイン

急性中耳炎(AOM: Acute Otitis Media)は、風邪などをきっかけに細菌やウイルスが鼻の奥から耳管(じかん、耳と鼻をつなぐ管)を経由して中耳に侵入し、急性の感染と炎症を引き起こす病態です。中耳腔内に膿が溜まることで鼓膜が内側から強く圧迫され、特徴的な激しい症状が現れます。

  • 主な症状: 強い耳の痛み(特に夜間に悪化する傾向があります)、発熱、耳だれ(耳漏:じろう、膿が鼓膜を破って外に流れ出る状態)、耳が詰まった感じ(耳閉感:じへいかん)が挙げられます。言葉で症状を伝えられない乳幼児では、理由なく機嫌が悪くなる、しきりに耳を触る、泣き止まないといった行動で示されることがあります。
  • 主な原因: ほとんどが風邪やインフルエンザといった上気道感染症に続いて起こります。肺炎球菌やインフルエンザ菌が二大起炎菌として知られています(2)。

専門医は、鼓膜が真っ赤に腫れあがり、中等度以上に膨らんでいる状態(中等度以上の鼓膜膨隆)を視診で確認することで、急性中耳炎の確定診断を下します。この所見は、米国小児科学会(AAP)のガイドラインでも診断の中核として極めて重視されています(4)。

滲出性中耳炎(OME):気づきにくい「聞こえにくさ」

滲出性中耳炎(OME: Otitis Media with Effusion)は、痛みや発熱といった急性の炎症症状を伴わずに、中耳に滲出液(しんしゅつえき)と呼ばれる液体が溜まる病態です。急性中耳炎が治りきらずに滲出液だけが残ってしまう場合や、アレルギー性鼻炎などで耳管の機能が低下した状態が続いて発症する場合があります。痛みがないために発見が遅れやすく、特にお子さんの言語発達に影響を与える可能性があるため、注意深い観察が求められます。

  • 主な症状: 難聴(聞こえにくさ)が唯一の症状であるケースがほとんどです。具体的には、呼びかけへの反応が鈍い、聞き返すことが多い、テレビの音量を大きくする、本人が耳の詰まった感じ(耳閉感)を訴える、などが見られます。日本では、就学前の子供の約9割が一度は罹患すると報告されるほど一般的な状態です(3)。
  • 診断: 鼓膜の視診で、内部の液体が透けて見えたり、鼓膜が奥に引き込まれたり(陥凹:かんおう)する所見を確認します。さらに、ティンパノメトリーという検査機器を用いて中耳の状態を客観的に評価します。米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)も、急性症状を伴わない中耳貯留液の存在を診断の根幹としています(5)。

その他の特殊な中耳炎

頻度は低いものの、下記のような特殊なタイプの中耳炎も存在します。これらは一般的な中耳炎とは病態が大きく異なり、より専門的な診断と治療が必要となるため、耳鼻咽喉科専門医による継続的な管理が不可欠です。

  • 慢性中耳炎: 鼓膜に穴(穿孔:せんこう)が開いたままになり、耳だれを繰り返す状態です。
  • 好酸球性中耳炎: 気管支喘息などを合併することが多く、非常に粘り気の強い滲出液を特徴とする難治性の中耳炎です(6)。
  • 真珠腫性中耳炎: 鼓膜の一部が内側に窪み、そこに耳垢が溜まって塊(真珠腫)を形成します。この塊が周囲の骨を破壊しながら進行していく病気で、手術が必要になる場合があります(7)。

なぜ子供は中耳炎になりやすいのか?- 日本のデータで見る原因とリスク

「どうしてうちの子ばかり、こんなに中耳炎を繰り返すのだろう」と悩む保護者の方は少なくありません。お子さんが大人と比べて圧倒的に中耳炎にかかりやすいのには、明確な科学的理由が存在します。日本の研究データでは、中耳炎の発症は1歳児で最も多く、0歳で発症すると難治化しやすい傾向があることも報告されています(1)。

  1. 解剖学的な理由: お子さんの耳管は、大人と比較して太く、短く、そして傾きが水平に近い構造をしています。このため、鼻や喉にいる細菌やウイルスが中耳腔まで到達しやすくなっています。
  2. 免疫機能の未熟さ: お子さんはまだ様々な病原体に対する免疫が十分に発達していません。そのため、風邪などの感染症にかかりやすく、それが引き金となって中耳炎に繋がりやすくなります。
  3. 生活環境: 保育園や幼稚園といった集団生活の場では、他のお子さんから風邪などの感染症に罹患する機会が増加し、結果として中耳炎の発症リスクも高まります。

これらの要因に加え、アデノイド(鼻の奥にあるリンパ組織)の肥大、アレルギー性鼻炎、そしてご家族の喫煙による受動喫煙なども、耳管の正常な機能を妨げ、中耳炎の重要なリスク因子となることが広く知られています(8)。

中耳炎の診断:専門医は鼓膜の何を見ているのか?

中耳炎の診断において最も重要な検査は、耳鏡や内視鏡を用いた「鼓膜の視診」です。専門医は、鼓膜の色、形、動きといった状態を詳細に観察することで、中耳炎の有無、種類、そして重症度を的確に判断しています。日本の診療ガイドラインにおいても、この鼓膜所見は診断の根幹として位置づけられています(2)。

  • 確認するポイント: 正常な鼓膜は半透明で真珠のような色合いをしていますが、中耳炎を発症すると以下のような特徴的な変化が観察されます。
    • 発赤・腫脹: 鼓膜が赤く腫れ上がっている状態は、急性の炎症が存在するサインです。
    • 膨隆: 中耳に溜まった膿や液体に強く圧迫され、鼓膜が外側に風船のように膨らんでいる所見は、急性中耳炎の典型像です。
    • 混濁・陥凹: 鼓膜の透明感が失われて濁って見えたり、奥にへこんでいたりする状態は、滲出性中耳炎を示唆します。
    • 貯留液の確認: 鼓膜を通して、内部に溜まった液体の水位線(ニボー)や気泡が見えることがあります。これは滲出性中耳炎の直接的な証拠となります。
  • 補助的な検査:
    • ティンパノメトリー: 耳の穴に栓をして、鼓膜に陽圧と陰圧をかけることで動きやすさを測定する検査です。中耳に液体が溜まっていると鼓膜の動きが悪くなるため、客観的な評価が可能で、特に滲出性中耳炎の診断に極めて有用です。
    • 細菌検査: 耳だれが出ている場合や、鼓膜切開を行った際に膿を採取し、原因となっている菌を特定することがあります。これにより、最も効果が期待できる抗菌薬を選択するための重要な情報を得られます。日本の研究では、鼻の奥(上咽頭)の菌と中耳の菌は94%以上一致することが示されており、鼻から菌を採取して推定することもあります(9)。

【最重要】急性中耳炎の治療 – 2024年版最新ガイドラインに基づく全知識

急性中耳炎の治療方針は、近年で大きく変化しました。かつては診断後すぐに抗菌薬(抗生物質)が処方されるのが一般的でしたが、薬が効きにくい薬剤耐性菌の増加が世界的な公衆衛生上の問題となり、現在はより慎重なアプローチが標準となっています。ここでは、日本の専門学会が策定した『小児急性中耳炎診療ガイドライン 2024年版』(2)に完全に準拠した、最新かつ最も信頼性の高い治療法をステップごとに詳しく解説します。

ステップ1:治療方針を決める「重症度スコア」

現在の日本の標準的な診療では、医師の主観だけに頼るのではなく、「鼓膜所見」や「臨床症状」などを点数化する「急性中耳炎診療スコアシート」を用いて、重症度を客観的に評価します。このスコアリングは、不要な抗菌薬の使用を避け、本当に必要な患者さんにのみ適切な薬剤を投与するために極めて重要です。その背景には、日本の髄液由来肺炎球菌の約6割(2021年時点)がペニシリンに耐性を持つという、深刻な薬剤耐性問題があります(10)。

小児急性中耳炎診療スコアシート(ガイドライン2024年版に基づく簡易版)
評価項目 0点 1点 2点
鼓膜の発赤 なし/軽度 中等度 高度
鼓膜の膨隆 なし あり 著明
耳痛 なし あり 激しい
発熱(38.5℃以上) なし あり
機嫌 良い 悪い

合計点数による重症度分類: 0-5点: 軽症 / 6-8点: 中等症 / 9点以上: 重症

ステップ2:重症度に応じた治療法の選択

スコアリングの結果に基づき、以下のように治療方針が決定されます。

軽症の場合:抗菌薬を”使わない”「経過観察」という選択肢

合計スコアが5点以下の「軽症」と判断された場合、多くのケースで抗菌薬を使用しなくても自然に治癒することが期待できます。そのため、ガイドラインでは原則として、最初の2〜3日間は解熱鎮痛剤で痛みなどの症状を和らげながら注意深く様子を見る「待機的経過観察(Watchful Waiting)」が強く推奨されます(2)。

これは、安易な抗菌薬の使用を避けるための世界的な標準治療であり、米国小児科学会(AAP)のガイドラインでも同様のアプローチが推奨されています(4)。3日が経過しても症状が改善しない場合や、途中で悪化した場合には、抗菌薬による治療へ移行します。

中等症・重症の場合:抗菌薬による治療

スコアが6点以上の「中等症」または「重症」と判断された場合、あるいは2歳未満で両耳が中等症以上の場合など、特定の条件下では抗菌薬による治療が開始されます。

  • 第一選択薬 (アモキシシリン): 急性中耳炎の二大起炎菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌に対し高い効果を示し、安全性の実績も豊富なペニシリン系の抗菌薬「アモキシシリン」が第一選択となります。これは厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き」でも推奨されています(19)。ガイドラインでは、耐性菌にも効果が期待できるよう、十分な量(高用量)を投与することが推奨されています。
  • 第二選択薬 (アモキシシリン・クラブラン酸など): 2歳未満である、集団保育に通っている、最近抗菌薬を使用したことがあるなど、薬剤耐性菌のリスクが高いと判断される場合には、より効果の範囲が広い「アモキシシリン・クラブラン酸(商品名:クラバモックスなど)」が最初から、あるいは第一選択薬の効果が不十分な場合に選択されます(11)。
  • 治療期間 (原則5日間): 抗菌薬は、現在の日本の実地臨床では原則として5日間服用します。途中で症状が改善したからといって自己判断で服用を中止すると、生き残った菌が再び増殖して再発したり、その薬が効かない「耐性菌」を生み出す原因となったりします。必ず処方された日数分を最後まで飲み切ることが極めて重要です。

痛みを和らげる対症療法:鎮痛剤の正しい使い方

急性中耳炎の治療において、抗菌薬以上に重要とも言えるのが「痛みのコントロール」です。特に夜間に起こる激しい痛みは、お子さんにとっても保護者の方にとっても大きな苦痛となります。AAPのガイドラインでも、痛みの評価と管理が強く推奨されています(12)。市販もされている以下の解熱鎮痛剤を、体重に合わせて適切に使用することが推奨されます。

子供に使用が推奨される主な解熱鎮痛剤
成分名 特徴 注意点
アセトアミノフェン 作用が比較的穏やかで、乳幼児にも安全に使用できる第一選択の薬剤です。 過剰に摂取すると肝臓に負担をかける可能性があるため、用量と投与間隔を厳守することが重要です。
イブプロフェン アセトアミノフェンよりも解熱・鎮痛作用が強いとされています。 インフルエンザや水痘の疑いがある場合は使用を避けるべきとされることがあります。空腹時を避けて使用するのが望ましいです。

注意: 必ず製品の用法・用量を守り、不明な点があれば医師または薬剤師にご相談ください。アセトアミノフェンとイブプロフェンを定期的に交互に投与する方法(定時交互投与)は、その有効性や安全性が確立されておらず、推奨されていません(18)。

鼓膜切開:どのような時に必要か?

鼓膜切開は、中耳に溜まった膿を排出させる目的で、鼓膜に小さな切開を入れる処置です。現在は以前ほど頻繁には行われませんが、以下のような特定の状況で慎重に検討されます(13)。

  • 痛みが非常に激しく、解熱鎮痛剤ではコントロールが困難な場合
  • 高熱が続き、全身状態が良くない場合
  • 重症例で、抗菌薬の効果が乏しいと予測される場合や、反応が悪い場合
  • 乳突洞炎や顔面神経麻痺など、合併症が疑われる場合

切開によって中耳の内圧が下がるため、痛みの改善が期待できます。切開した穴は、通常は数日から1週間程度で自然に閉鎖します。

滲出性中耳炎の治療 – 「待つこと」と「見守ること」が基本

急性中耳炎とは対照的に、痛みや熱を伴わない滲出性中耳炎の治療では、「焦らず、正しく見守る」ことが基本戦略となります。多くの場合、自然に治癒することがわかっているため、過剰な治療は避けるべきだと考えられています。

基本方針:3ヶ月の「経過観察」

滲出性中耳炎と診断された場合、日本および米国のガイドライン(3)(5)では、他に特別な問題がなければ、まず3ヶ月間、定期的に通院しながら注意深く様子を見る「待機的経過観察(Watchful Waiting)」が推奨されています。これは、多くの子供たちがこの期間内に自然に治癒するためです。この間、保護者の方には、お子さんの聞こえの状態に注意を払い、言葉の発達などに変化がないかを見守っていただくことが大切になります。特に、学校の健康診断における聴力検査で異常を指摘されて受診するケースは非常に多く、その後の適切なフォローアップが重要です(14)。

薬物療法:効果が限定的な理由

滲出性中耳炎に対して、抗菌薬、ステロイド薬、抗ヒスタミン薬などは、長期的な有効性が証明されておらず、副作用のリスクが利益を上回る可能性があるため、治療目的での使用は推奨されていません(5)。唯一、粘液調整薬である「カルボシステイン」が選択肢となることがありますが、その効果も限定的であると考えられています(15)。

鼓膜換気チューブ留置術:長期化した場合の最終手段

経過観察を続けても改善が見られない場合や、難聴の程度が重い場合には、手術的治療が検討されます。鼓膜換気チューブ留置術は、鼓膜に小さなチューブを留置することで、中耳の換気を強制的に行い、滲出液が溜まらないようにする治療法です。日本のガイドラインでは、以下のような場合に適応が考慮されます(3)(13)。

  • 3ヶ月以上、滲出性中耳炎が改善しない場合
  • 聴力検査で30デシベル(dB)以上の難聴(ささやき声が聞こえにくいレベル)が認められる場合
  • 鼓膜が著しく内側に引き込まれるなど、病的変化が見られる場合
  • 難聴が原因で、言語発達の遅れが懸念される場合

チューブは通常、半年から2年程度留置された後、自然に脱落します。チューブ留置中の生活については、以前は水泳などが厳しく制限されていましたが、現在の国際的なガイドラインでは、汚水でなければ耳栓の常時使用は必ずしも必要ではないとされています(21)。ただし、主治医の指示に従うことが最も重要です。

大人のための中耳炎ガイド

中耳炎は子供の病気というイメージが強いかもしれませんが、大人も罹患します。大人の場合、子供に比べて重症化しやすかったり、背景に別の病気が隠れていたりすることがあるため、より注意が必要です。大人の耳管は子供よりも細菌が侵入しにくい構造をしていますが、過労、ストレス、飲酒、喫煙などが引き金となり、体の抵抗力が低下した時に発症しやすくなる傾向があります(11)。また、慢性的な鼻や副鼻腔の病気(副鼻腔炎など)、稀には鼻の奥(上咽頭)の腫瘍などが原因となっている可能性も否定できません。症状が長引く場合は、必ず耳鼻咽喉科専門医の診察を受けるようにしてください。

中耳炎の合併症と後遺症 – 見過ごしてはいけないリスク

適切に治療されれば、ほとんどの中耳炎は問題なく治癒します。しかし、治療が不十分であったり、放置してしまったりすると、稀に以下のような合併症や後遺症を引き起こす可能性があります。

  • 難聴と言語発達への影響: 特に滲出性中耳炎による持続的な難聴は、お子さんの言葉の聞き取りや発音に影響を及ぼし、学習の遅れにつながる可能性があります(8)。
  • 慢性化: 急性中耳炎を繰り返したり、治療が不十分だったりした場合、鼓膜に穴が開いたままになる慢性中耳炎に移行することがあります。
  • 頭蓋内合併症: 極めて稀ですが、中耳の感染が周囲の骨(乳突蜂巣)や、さらに奥の脳を包む膜(髄膜)にまで広がり、乳突洞炎や髄膜炎といった重篤な状態を引き起こすことがあります。激しい頭痛、嘔吐、意識障害などの兆候が見られた場合は、直ちに救急医療機関を受診する必要があります。

家庭でできる中耳炎の予防法 – 科学的根拠に基づくアプローチ

中耳炎を完全に防ぐことは困難ですが、そのリスクを減らすために家庭で実践できる、科学的根拠に基づいたアプローチがあります。

  • 感染症対策: 中耳炎の最大の誘因は風邪などの上気道感染症です。手洗いやうがい、人混みを避けるといった基本的な感染対策が、結果的に中耳炎の予防に繋がります(8)。
  • 鼻のケア: 鼻水は中耳炎の直接的な原因となり得ます。鼻を強くすすらず、片方ずつ優しくかむように指導しましょう。まだ自分で鼻をかめない乳幼児の場合は、市販の鼻水吸引器を用いてこまめに吸引してあげることが非常に有効です。
  • 予防接種: 小児用肺炎球菌ワクチン(PCV)とインフルエンザワクチンの接種は、それぞれの病原体による重篤な感染症を防ぐだけでなく、中耳炎の発症率を低下させる効果があることが証明されています(2)(16)。特にPCVの定期接種化により、重症化しやすいタイプの肺炎球菌による中耳炎は大きく減少したと報告されています(17)。
  • 生活環境の見直し: 受動喫煙は中耳炎の明確なリスク因子です。ご家族の禁煙は、お子さんの健康を守る上で非常に重要な意味を持ちます。

健康に関する注意事項

この記事で解説した症状の中には、緊急の対応を要するものがあります。特に、激しい耳の痛みや頭痛、高熱が続く、耳の後ろが赤く腫れて痛む、めまいや顔の動きの異常、意識がおかしいなどの症状が見られる場合は、夜間や休日であっても直ちに医療機関を受診してください。

受診の目安(判断フレームワーク)

  • すぐに救急受診を: 激しい頭痛、嘔吐、けいれん、意識がおかしいなど、頭蓋内合併症を疑う神経症状がある場合。
  • 24-48時間以内に受診を: 2歳未満で急性中耳炎が疑われる場合。激しい耳の痛みや高熱がある場合。
  • 経過観察と計画的な受診: 軽症の急性中耳炎(2歳以上で症状が軽い)。滲出性中耳炎で急な症状がない場合(ただし、定期的な診察は必須)。

よくある質問 (FAQ)

Q1: 中耳炎は自然に治りますか?

A1: はい、多くのケースで自然治癒が期待できます。特に、日本のガイドラインで「軽症」と判断された急性中耳炎や、多くの滲出性中耳炎は、抗菌薬なしで治ることが多いです(2)(3)。ただし、重症度やタイプによって治療方針が全く異なるため、自然に治るかどうかを自己判断せず、必ず専門医の診断を受けることが不可欠です。

Q2: プールやお風呂は入ってもいいですか?

A2: 状況によります。急性中耳炎で痛みや熱がある急性期は、体力を消耗させるため避けるべきです。熱や痛みがなく、鼓膜に穴が開いていない状態であれば、お風呂は通常問題ありません。滲出性中耳炎の場合も同様です。鼓膜換気チューブを留置している場合、以前は水泳時の耳栓が必須とされていましたが、現在の国際的なガイドラインでは、清潔なプールであれば必ずしも必要ではないとされています(21)。ただし、これはあくまで一般的な見解であり、最終的には主治医の指示に必ず従ってください。

Q3: 処方された抗菌薬(抗生物質)は、症状が良くなったらやめてもいいですか?

A3: 絶対にやめてください。これは中耳炎治療において最も重要な注意点の一つです。症状が改善しても、原因となった菌が完全に死滅したわけではありません。自己判断で服用を中止すると、生き残った少数の菌が再び増殖して再発したり、その薬が効かない「薬剤耐性菌」に変異してしまったりする危険性が非常に高くなります(19)。耐性菌を社会に広げないためにも、必ず医師から処方された日数分を最後まで飲み切ってください。

Q4: 子供の耳の痛みに、アセトアミノフェンとイブプロフェンを交互にあげても良いですか?

A4: いいえ、推奨されていません。2種類の解熱鎮痛剤を定期的に交互に投与する方法は、単剤を適切に使用する方法と比べて、解熱効果を高めるという明確な科学的根拠がありません。一方で、保護者の方が混乱し、誤った量を投与してしまうリスクを高める可能性が指摘されています。基本的には1種類の薬剤を適切な用量・間隔で使用し、効果が不十分な場合は医師に相談することが重要です(18)。

Q5: 滲出性中耳炎はいつ手術(チューブ留置)を考えますか?

A5: 原則として、3ヶ月以上の経過観察を経た後で判断します。日本のガイドラインでは、3ヶ月以上滲出性中耳炎が治らず、聴力検査で30dB以上の難聴が確認された場合や、鼓膜の変形が進行する場合などが、手術を検討する主なタイミングとなります(3)。

【研究者向け】急性中耳炎における「待機的経過観察」の推奨グレードは?

A: 日本の『小児急性中耳炎診療ガイドライン 2024年版』および米国のAAPガイドライン2013年版において、軽症例に対する待機的経過観察(Watchful Waiting)の推奨は、中等度から高度(Moderate to High)のエビデンスレベルに基づいています。これは複数のランダム化比較試験(RCT)とそのメタ解析によって支持されています。

結論

中耳炎は非常によくある病気ですが、その背後には「急性」と「滲出性」という異なる病態が存在し、治療戦略も大きく異なります。この記事を通じて、最新の科学的根拠に基づいた中耳炎の全体像をご理解いただけたことと思います。最も重要なメッセージは、①急な痛みを伴う「急性中耳炎」は重症度に応じた慎重な治療が必要であること、②気づきにくい「滲出性中耳炎」は焦らずに専門医と共に経過を見守ることが基本であること、そして③どのような場合でも自己判断で治療方針を決定したり中断したりせず、必ず専門医の診断と指示に従うことです。正しい知識は、あなたとあなたの大切なご家族を不要な不安や不適切な治療から守る最大の力となります。耳に関するご心配な点があれば、ためらわずに耳鼻咽喉科専門医にご相談ください。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイス、診断、治療に代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  15. メディックグループ. 滲出性中耳炎について. [インターネット]. [引用日: 2024年9月4日]. 以下より入手可能: https://www.medic-grp.co.jp/sick/shinshutusei/ ↩︎
  16. 厚生労働省. インフルエンザQ&A. [インターネット]. [引用日: 2024年9月4日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html ↩︎
  17. 厚生労働省. 肺炎球菌感染症(こども). [インターネット]. [引用日: 2024年9月4日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/haienkyukin/index.html ↩︎
  18. Duff E. Acute Otitis Media. Pediatrics in Review. 2025 Mar;46(3):139-150. doi: 10.1542/pir.2023-006322. [注:解熱鎮痛剤の交互投与が非推奨である根拠] ↩︎
  19. 厚生労働省. 抗微生物薬適正使用の手引き 第三版. 2023. [インターネット]. [引用日: 2025年10月3日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/content/001168499.pdf ↩︎
  20. 日本耳科学会, 日本小児耳鼻咽喉科学会, 日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー感染症学会. 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2024年版. 金原出版; 2024. [注:軽症AOMの経過観察の根拠] ↩︎
  21. Rosenfeld RM, Tunkel DE, Schwartz SR, et al. Clinical Practice Guideline: Tympanostomy Tubes in Children (Update). Otolaryngol Head Neck Surg. 2022 Feb;166(1_suppl):S1-S55. doi: 10.1177/01945998211053033. ↩︎

更新履歴 (Update Log)

2025-10-03: 全面改訂。日本の最新診療ガイドライン(小児急性中耳炎2024年版、小児滲出性中耳炎2022年版)、厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第三版」に基づき情報を更新。米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)の鼓膜換気チューブに関する推奨を追記。不適切な引用文献[12]を修正し、全ての引用に双方向リンクを実装。FAQ項目、信頼性に関する記述、受診の目安を追加。

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