要点まとめ
- 中耳炎は単一の病気ではなく、急性の痛みと発熱を伴う「急性中耳炎(AOM)」、聞こえにくさが主症状の「滲出性中耳炎(OME)」、慢性的な耳だれが続く「慢性化膿性中耳炎(CSOM)」、これらを繰り返す「反復性中耳炎(RAOM)」などに分類され、それぞれ治療法が異なります2。
- 急性中耳炎の治療では、抗菌薬の適正使用が世界的な潮流です。年齢や重症度に応じて、すぐに抗菌薬を使わず鎮痛薬で様子を見る「経過観察」が推奨される場合があります10。痛みの管理が治療の重要な柱となります1。
- 滲出性中耳炎は多くが自然に治癒しますが、長引く場合や難聴が顕著な場合は、聴力や言語発達への影響を考慮し、鼓膜にチューブを入れる手術(鼓膜換気チューブ留置術)が必要になることがあります310。
- 慢性化膿性中耳炎や反復性中耳炎の管理には、根本的な原因へのアプローチが重要です。耳の処置や点耳薬による感染制御のほか、聴力改善や再発防止のために鼓室形成術などの外科的治療が検討されます8。
- 肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種は、中耳炎の主要な原因となる感染症を予防し、結果的に中耳炎の発症リスクを減らす上で非常に有効です9。また、受動喫煙の回避や適切な鼻水ケアといった生活習慣の見直しも重要な予防策です2425。
1. 中耳炎の包括的理解
中耳炎は、鼓膜の奥に位置する中耳腔に細菌またはウイルスが感染し、炎症を引き起こす疾患の総称です1。この炎症は、耳の痛み、発熱、聴力低下など、多様な症状を呈します。中耳炎は、その臨床経過や病態に基づき、いくつかの主要な病型に分類されます。これらの分類を正確に理解することは、適切な診断と治療戦略を選択する上で極めて重要となります。なぜなら、各病型はそれぞれ異なる病態生理、臨床的特徴、そして治療アプローチを必要とするからである。
1.1. 中耳炎の定義と分類
主要な病型としては、急性中耳炎 (Acute Otitis Media: AOM)、滲出性中耳炎 (Otitis Media with Effusion: OME)、慢性化膿性中耳炎 (Chronic Suppurative Otitis Media: CSOM)、そして反復性中耳炎 (Recurrent Acute Otitis Media: RAOM) が挙げられます2。
- 急性中耳炎 (AOM): 中耳の急激な炎症を特徴とし、多くの場合、急性の耳痛、発熱、倦怠感などの全身症状を伴います1。特に乳幼児では、症状を明確に訴えられないため、不機嫌、食欲不振、耳を頻繁に触るなどの行動変化として現れることがあります1。
- 滲出性中耳炎 (OME): 中耳腔に滲出液が貯留する状態ですが、AOMのような急性の炎症所見(発熱や強い耳痛など)に乏しいのが特徴です3。しばしばAOMの治癒過程で滲出液が残り、OMEに移行することがあります3。主な症状は難聴や耳閉感であり、小児では言葉の発達に影響を及ぼす可能性も指摘されています。
- 慢性化膿性中耳炎 (CSOM): 鼓膜に穿孔が持続し、そこから6週間以上にわたり慢性的に膿性の耳漏(耳だれ)が認められる状態を指します8。伝音難聴を伴うことが一般的です。
- 反復性中耳炎 (RAOM): 一定期間内にAOMのエピソードを繰り返す状態を指します。具体的な定義としては、例えば過去6ヶ月間に3回以上、または1年間に4回以上のAOM罹患が挙げられます9。
これらの病型は独立しているわけではなく、相互に関連し移行しうる点に留意が必要です。例えば、AOMが完全に治癒せず中耳腔に滲出液が残存するとOMEへ移行することがあり3、また、RAOMや遷延するOMEは中耳の慢性的な変化や鼓膜穿孔を引き起こし、CSOMや真珠腫といったより複雑な病態へと進展するリスクを高める可能性があります2。このため、AOMの完全な治癒を確認するためのフォローアップや、OMEの適切な時期での管理は、長期的な合併症を予防する上で重要となります。日本耳科学会などが発行する診療ガイドラインは、これらの病型分類をさらに詳細に規定し、診療の標準化に貢献しています11。
1.2. 疫学
中耳炎は、特に小児期において極めて頻度の高い疾患の一つです2。欧米諸国の報告によれば、1歳までに約62%、3歳までには約83%の小児が少なくとも一度はAOMに罹患するとされています12。この高い罹患率は、小児の医療機関受診理由の上位を占める要因ともなっています。日本国内におけるAOMの正確な罹患頻度に関する大規模な疫学データは限定的ですが、厚生労働省の患者調査によると、中耳炎全体の患者数は時代とともに増減を繰り返していることが示されています13。
小児における中耳炎の罹患率の高さは、単に医学的な問題に留まらず、社会経済的な側面からも重要な課題であることを示唆しています。例えば、患児の医療費負担、保護者の就労機会の損失(看病のための休暇取得など)、さらには繰り返す中耳炎によるQOL(生活の質)の低下などが挙げられます。これらの背景から、効果的な予防策の確立と早期介入の重要性が一層強調されます。
1.3. 発症機序と主要な危険因子
中耳炎の発症には、主に感染経路と耳管の機能が深く関与しています。
- 感染経路: 中耳炎の最も一般的な発症機序は、上気道感染(風邪やインフルエンザなど)に伴うものです1。鼻や咽頭に存在する細菌やウイルスが、中耳と鼻咽腔(鼻の奥)を繋ぐ耳管(じかん)を経由して中耳腔に侵入し、そこで増殖・炎症を引き起こします3。耳の外から直接病原体が侵入することは稀です。
- 耳管機能不全: 耳管は、中耳腔の換気、排泄、圧調整という重要な役割を担っています。小児、特に乳幼児では、成人と比較して耳管が短く、太く、また走行が水平に近い形態的特徴を持ちます4。このため、鼻咽腔の病原体が中耳に到達しやすく、また中耳腔に貯留した滲出液や膿の排出も滞りやすいのです。さらに、アデノイド(鼻の奥にあるリンパ組織)の肥大も、耳管の開口部を物理的に圧迫したり、感染の温床となったりすることで耳管機能を障害し、中耳炎のリスクを高める要因となります14。
これらの基本的な発症機序に加え、中耳炎の罹患しやすさにはいくつかの危険因子が関連していることが知られています。
- 年齢: 生後6ヶ月から2歳頃が最も好発年齢であり、この時期の罹患率が特に高いです4。これは前述の耳管の未熟性に加え、免疫機能が十分に発達していないことも一因と考えられます。
- 集団保育: 保育園や幼稚園など、多くの子どもたちが集団で生活する環境では、上気道感染症の伝播リスクが高まり、結果として中耳炎の罹患機会も増加します4。
- 家族歴・兄弟関係: 兄弟がいる場合や、家族内に中耳炎を繰り返す人がいる場合、遺伝的素因や生活環境の共有によりリスクが高まる可能性があります9。
- 受動喫煙: 家庭内での受動喫煙は、気道粘膜の防御機能を低下させ、耳管機能にも悪影響を及ぼすため、中耳炎の重要な危険因子です9。これは三次喫煙(タバコの煙の成分が衣類やカーテンに付着し、それを吸い込むこと)も含む概念です15。
- おしゃぶりの使用: 長時間のおしゃぶり使用は、耳管機能に影響を与える可能性が指摘されています9。
- 栄養法: 人工栄養児は母乳栄養児に比べて中耳炎に罹患しやすいとの報告があります9。母乳に含まれる免疫物質の関与が示唆されます。
- アレルギー性鼻炎: アレルギー性鼻炎による鼻粘膜の腫脹や鼻汁の増加は、耳管機能を低下させ、中耳炎を誘発または遷延させる要因となりうります14。
これらの発症機序と危険因子の理解は、治療法の選択だけでなく、予防戦略を策定する上で極めて重要です。特に、受動喫煙の回避、適切なおしゃぶりの使用指導、アレルギー性鼻炎の管理といった修正可能な危険因子への介入は、中耳炎の発症率低下に貢献しうるのです。
1.4. 各病型に特徴的な臨床症状
中耳炎の症状は、病型や患者の年齢によって多様性を示します。
- 急性中耳炎 (AOM): 最も特徴的な症状は、急激に発症する耳痛(otalgia)です1。この痛みはしばしば強く、夜間に増悪して睡眠を妨げることもあります6。発熱も一般的な症状であり、時に高熱となります1。乳幼児では、痛みを言葉で訴えられないため、理由なく不機嫌になったり、泣き止まなかったり、耳をしきりに触ったり、頭を振ったりするなどの行動で不快感を示すことがあります1。食欲不振、嘔吐、下痢といった消化器症状を伴うことも少なくありません1。炎症が進行し、中耳腔に膿が多量に貯留すると、鼓膜が自壊して耳漏(耳だれ)が流れ出ることがあります。耳漏が始まると、内圧が下がるため一時的に耳痛が軽減することもあります3。難聴や耳閉感も伴いますが、乳幼児では気づかれにくいです。
- 滲出性中耳炎 (OME): OMEの主な症状は、痛みや発熱を伴わない難聴と耳閉感です3。難聴の程度は軽度から中等度であることが多いですが、両側性の場合や長期化する場合には、小児の言語発達や学習能力に影響を与える可能性があります3。しかし、小児は難聴に順応しやすく、自ら症状を訴えることが少ないため、周囲の大人(保護者や保育者)が「呼びかけへの反応が悪い」「テレビの音を大きくする」といった行動の変化に気づくことが診断のきっかけとなる場合もあります3。成人では、耳閉感や自声強聴(自分の声が大きく響く感じ)を自覚しやすいです。
- 慢性化膿性中耳炎 (CSOM): CSOMの主症状は、持続的な無痛性の耳漏と伝音難聴です8。耳漏は粘膿性で、時に悪臭を伴うことがあります。難聴の程度は、鼓膜穿孔の大きさと位置、耳小骨(音を伝える小さな骨)の障害の程度によって異なります。めまいや耳鳴を伴うこともあります16。CSOMに真珠腫(鼓膜の一部が中耳腔に陥凹し、そこに角化物などが蓄積して周囲の骨を破壊しながら増殖する病変)を合併している場合は、耳痛、回転性のめまい、顔面神経麻痺、さらには頭蓋内合併症などを引き起こすリスクがあり、より慎重な対応が必要となります8。
これらの症状を正確に把握することは、早期診断と適切な治療法の選択、さらには病型間の鑑別診断を行う上で不可欠です。特に小児のOMEのように症状が潜在化しやすい病態では、保護者や教育関係者による注意深い観察が、早期発見と適切な介入に繋がる鍵となります。
2. 中耳炎診断の最新アプローチ
中耳炎の診断は、詳細な病歴聴取と身体所見、特に耳鏡による鼓膜所見の評価を基本とし、必要に応じて補助診断法を組み合わせて行われます。
2.1. 診断の基本:問診と身体所見
診断プロセスの第一歩は、患者または保護者からの丁寧な病歴聴取です。症状の具体的な内容(耳痛、発熱、耳漏、難聴、耳閉感など)、発症時期と経過、症状の程度、先行する上気道感染症の有無、既往歴(特に過去の中耳炎罹患歴やアレルギー疾患)、家族歴、生活環境(集団保育の有無、受動喫煙の状況など)について詳細に聴取します16。
身体所見の中心は、耳鏡(オトスコープ)を用いた鼓膜の視診です1。鼓膜の色調、透明度、光錐(鼓膜に光を当てた際に見える反射)、膨隆や陥凹の有無、穿孔の有無、滲出液の貯留を示唆する所見(液面形成、気泡など)、鼓膜表面の血管拡張などを詳細に観察します。
- 急性中耳炎 (AOM) の診断基準: AOMの診断には、以下の3つの要素が重要となります。
典型的なAOMでは、鼓膜は混濁し、著明に発赤・膨隆し、正常な光錐は消失または変形します1。鼓膜の膨隆は、中耳腔の内圧上昇と滲出液貯留を示唆する重要な所見です。
- 滲出性中耳炎 (OME) の診断: OMEでは、AOMのような急性の炎症所見は乏しいです。診断は、中耳滲出液の存在を示唆する鼓膜所見に基づいて行われます。具体的には、鼓膜の混濁、色調の変化(琥珀色や青みがかった色調)、気泡や液面(air-fluid level)の透見、鼓膜の陥凹や可動性の低下などが認められます3。
- 慢性化膿性中耳炎 (CSOM) の診断: CSOMの診断は、鼓膜の持続的な穿孔と、そこからの慢性的な膿性耳漏の確認によってなされます8。耳鏡検査では、穿孔の部位や大きさ、耳漏の性状、中耳粘膜の状態(腫脹、発赤、肉芽形成、ポリープの有無など)を評価します8。真珠腫の合併が疑われる所見(白色の塊状物、骨破壊像など)にも注意します。
正確な視診による鼓膜所見の評価は、中耳炎の診断と病型分類の根幹を成します。特にAOMの診断においては、鼓膜の膨隆の程度が重症度判断の一つの指標となり、治療方針の決定にも影響を与えます。
2.2. 補助診断法
問診と耳鏡検査に加え、診断の精度を高めたり、病態をより客観的に評価したりするために、いくつかの補助診断法が用いられます。
- 気密耳鏡検査 (Pneumatic Otoscopy): 耳鏡に送気球を取り付け、外耳道に陽圧および陰圧をかけることで鼓膜の可動性を評価する検査法です1。中耳腔に滲出液が貯留している場合や、中耳腔が陰圧になっている場合には、鼓膜の可動性が低下または消失します。AOMやOMEにおける中耳滲出液の存在を非侵襲的に確認する上で非常に有用であり、特に小児の診断において重要な役割を果たします。
- ティンパノメトリー (Tympanometry): 外耳道にプローブを挿入し、外耳道圧を変化させながら音の反射率を測定することで、中耳腔の圧、コンプライアンス(鼓膜や耳小骨の動きやすさ)、および耳管機能を間接的に評価する客観的な検査法です3。OMEの診断では、滲出液貯留を示唆する平坦な波形(B型)や、中耳腔の陰圧を示す波形(C型)が特徴的です。AOMの経過観察やOMEの診断確定、治療効果判定に広く用いられます。
- 聴力検査 (Audiometry): 難聴の有無、程度、および種類(伝音難聴、感音難聴、混合性難聴)を評価するための標準的な検査です2。OMEやCSOMでは、滲出液の貯留や鼓膜穿孔、耳小骨の障害により伝音難聴を呈することが多いです。聴力検査の結果は、特にOMEの管理方針(経過観察か、鼓膜換気チューブ留置術などの外科的介入か)を決定する上で重要な判断材料となります3。慢性中耳炎においては、鼓膜穿孔部に人工の膜を貼付して一時的に穿孔を閉鎖し、聴力改善の有無を調べるパッチテストが行われることがあります16。
- 細菌培養検査 (Bacterial Culture): 耳漏が認められる場合や、鼓膜切開術施行時に中耳貯留液を採取し、起炎菌を同定するとともに、薬剤感受性試験を行います1。治療抵抗性の症例、反復性の症例、重症例、新生児や免疫不全患者の症例などでは、適切な抗菌薬を選択する上で極めて有用な情報を提供します9。特に近年問題となっている薬剤耐性菌の関与を明らかにし、的確な治療薬を選択するためには、細菌培養検査の戦略的な活用がますます重要となっています。
2.3. 画像診断(CT等)の適応と限界
通常の中耳炎の診断において、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像法)といった画像診断がルーチンで行われることはありません。しかし、合併症(乳様突起炎、顔面神経麻痺、脳膿瘍など)が疑われる場合8、真珠腫性中耳炎の評価2、または慢性中耳炎の手術計画を立てる際には、病変の範囲を詳細に評価するために不可欠となることがあります。ただし、放射線被曝やコストの問題、小児では鎮静が必要となる場合があるといった限界も存在するため、その適応は慎重に判断されるべきです。
3. 急性中耳炎(AOM)の最新治療戦略
急性中耳炎(AOM)の治療目標は、疼痛の緩和、感染の制御、合併症の予防、そして中耳機能の回復です。近年の治療戦略は、抗菌薬の適正使用を重視し、患者の年齢、重症度、併存疾患などを考慮した個別化アプローチへと移行しています。
3.1. 疼痛管理:第一選択薬と投与法
AOMに伴う耳痛は、特に小児において強い苦痛をもたらし、QOLを著しく低下させます。したがって、AOM管理における疼痛コントロールは極めて重要です1。第一選択薬としては、アセトアミノフェンまたはイブプロフェンが推奨されます1。日本の小児急性中耳炎診療ガイドラインにおいても、耳痛や発熱(38.5℃以上)に対して、アセトアミノフェンの1回10-15mg/kgの頓用が推奨されています17。これらの鎮痛薬は、特に夜間の睡眠障害を軽減するために、就寝前に投与することが推奨される場合もあります18。保護者に対しては、鎮痛薬を必要に応じて積極的に使用するよう指導することが重要です。
3.2. 抗菌薬治療の指針
3.2.1. 国内外のガイドラインに基づく適応
AOMに対する抗菌薬投与の是非は、画一的に決定されるものではなく、患者の年齢、症状の重症度、両側性か片側性かなどを総合的に評価し、国内外の診療ガイドラインに基づいて慎重に判断されます10。抗菌薬の適正使用は、薬剤耐性菌の出現を抑制する上で極めて重要です。
直ちに抗菌薬投与が推奨される場合:
- 生後6ヶ月未満の乳児10
- 生後6ヶ月から23ヶ月の乳幼児で、両側性AOMの場合10
- 年齢を問わず、重症のAOM(中等度から重度の持続する耳痛、または39℃以上の高熱)と判断される場合10
- 耳漏を伴うAOM10
日本においても、「小児急性中耳炎診療ガイドライン」に基づき、中等症以上の症例では抗菌薬による治療が原則として行われます5。
3.2.2. 薬剤選択と投与期間(耐性菌問題への配慮を含む)
抗菌薬を選択する際には、AOMの主要な起炎菌(肺炎球菌、インフルエンザ菌など)の薬剤感受性パターンと、地域の耐性菌の動向を考慮する必要があります9。
- 第一選択薬: ペニシリンアレルギーがない患者には、高用量のアモキシシリン(例:80-90 mg/kg/日)が国際的に広く推奨されています10。
- 第二選択薬: 過去30日以内のアモキシシリン投与歴がある場合や、治療に反応しない場合は、アモキシシリン・クラブラン酸カリウム(β-ラクタマーゼ阻害薬配合剤)が選択肢となります10。
- ペニシリンアレルギーがある場合: セフェム系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬が考慮されますが、耐性率には注意が必要です10。
- 投与期間: 重症例や2歳未満では10日間、2歳以上の非重症例では5-7日間の投与が一般的です10。日本のガイドラインでは通常5日から10日間が目安とされます9。
近年のAOM治療における大きな潮流は、単に抗菌薬を処方するのではなく、より厳密な診断基準を適用し、疼痛管理を治療の柱と位置づけ、そして「経過観察(Watchful Waiting)」という選択肢を戦略的に活用することにあります。この変化の背景には、世界的に深刻化する薬剤耐性(AMR)の問題があり、抗菌薬の適正使用を通じて耐性菌の拡大を抑制しようという国際的なコンセンサスが存在します10。
3.3. 経過観察(Watchful Waiting)の導入基準と実践
経過観察とは、特定の条件を満たすAOM患者に対し、直ちに抗菌薬を投与せず、適切な疼痛管理を行いながら48-72時間症状の自然軽快を待つという治療戦略です10。このアプローチは、不必要な抗菌薬の使用を減らすことを目的としています。
経過観察の適応となりうる主なケース:
日本においても、軽症と判断されるAOMでは、抗菌薬を使用せずに経過観察を行うことが診療ガイドラインで示唆されています5。経過観察を安全に行うには、十分な疼痛管理、保護者への丁寧な説明と合意形成(Shared Decision-Making)、そして症状が悪化した場合に速やかに再受診できる確実なフォローアップ体制が不可欠です10。
3.4. 鼓膜切開術の適応と手技
鼓膜切開術(Myringotomy)は、鼓膜に小さな切開を加え、中耳腔に貯留した膿や滲出液を排出させる処置です。薬物療法で症状の改善が乏しい場合や、特定の状況下で考慮されます。
鼓膜切開術の主な適応:
- 抗菌薬治療に反応しない、激しい耳痛や高熱を伴う重症のAOM1
- 乳様突起炎や顔面神経麻痺などの合併症が切迫している、または既に発症している場合
- 免疫不全状態の患者などで、起炎菌同定のための検体採取が必要な場合
鼓膜切開により中耳腔の膿を排出することで、内圧が低下し、耳痛や発熱などの症状が速やかに軽減されることが期待できます3。また、排出された膿を細菌培養検査に提出することで、起炎菌を特定し、より適切な抗菌薬を選択することが可能となります。手技は通常、局所麻酔下で外来にて行われます5。
年齢区分 | 重症度 | 鼓膜所見例 | 推奨される初期管理 | 第一選択抗菌薬 (例) | 第二選択抗菌薬 (例) | 抗菌薬投与期間 (目安) | 疼痛管理 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
6ヶ月未満 | (重症度問わず) | 膨隆、発赤著明 | 直ちに抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 10日間 | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
6-23ヶ月 | 非重症・片側性 | 軽度膨隆、発赤 | 経過観察 または 抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 5-7日間 (抗菌薬投与時) | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
6-23ヶ月 | 非重症・両側性 | 軽度膨隆、発赤 | 直ちに抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 10日間 | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
6-23ヶ月 | 重症 | 著明な膨隆、強い耳痛、高熱 | 直ちに抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 10日間 | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
2歳以上 | 非重症 (片側性/両側性) | 軽度膨隆、発赤 | 経過観察 または 抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 5-7日間 (抗菌薬投与時) | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
2歳以上 | 重症 | 著明な膨隆、強い耳痛、高熱 | 直ちに抗菌薬投与 | アモキシシリン 80-90mg/kg/日 | アモキシシリン・クラブラン酸 | 10日間 | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
全年齢 | 耳漏あり | 鼓膜穿孔、排膿 | 直ちに抗菌薬投与 | アモキシシリン・クラブラン酸 (起炎菌考慮) | (感受性に基づく) | 10日間 | アセトアミノフェン/イブプロフェン |
注:本表は一般的な指針であり、実際の治療は個々の患者の状態、地域の薬剤感受性、最新の診療ガイドラインに基づいて医師が判断する。重症度は耳痛の程度・持続時間、体温などを総合的に評価する10。アモキシシリンの用量は高用量が推奨されることが多い。ペニシリンアレルギーの場合は代替薬を選択する。
4. 滲出性中耳炎(OME)の最新管理方針
滲出性中耳炎(OME)は、中耳腔に滲出液が貯留する状態でありながら、急性の炎症症状を伴わない病態です。特に小児に好発し、難聴の原因となることから、言語発達や学習への影響が懸念されます。
4.1. 診断基準と自然経過
OMEの診断は、中耳腔に滲出液が存在することの証明に基づいて行われます3。耳鏡検査、気密耳鏡検査、ティンパノメトリーなどが用いられ、鼓膜の混濁や可動性の低下、ティンパノグラムの平坦な波形(B型)などが特徴的な所見です3。OMEの多くは、特にAOM罹患後の一過性のものを含め、数週間から数ヶ月以内に自然治癒する傾向があります2。日本の診療ガイドラインでは、小児のOMEは、難聴や鼓膜の高度な変化がなければ、発症から3ヶ月程度は薬物療法などを行いながら経過を見ることが推奨される場合があります14。これは「積極的経過観察」と呼ばれ、不必要な外科的介入を避けることを目的としています。
4.2. 保存的治療と経過観察の期間設定
OMEの管理の基本は、一定期間の経過観察です。多くの国際的なガイドラインでは、両側性のOMEが3ヶ月以上持続し、かつ有意な難聴(例:20-30dB以上)や言語発達の遅れなどが認められる場合には、より積極的な介入を考慮することが推奨されています10。経過観察期間中は、定期的な診察と必要に応じた聴力検査が行われ、難聴の程度を客観的に評価することが治療介入の必要性を判断する上で重要です10。
4.3. 薬物療法の有効性と限界
OMEに対する薬物療法の役割は限定的です。抗菌薬、副腎皮質ステロイド、抗ヒスタミン薬などのルーチンな使用は、長期的な有効性が乏しいことや副作用のリスクから、多くのガイドラインで推奨されていません10。日本では、カルボシステインなどの去痰薬が処方されることがありますが14、その有効性については国際的に見解が一致していません。ただし、アレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎が基礎にある場合は、これらの適切な治療がOMEの改善に寄与する可能性があります14。
4.4. 鼓膜換気チューブ留置術:適応基準と長期管理
鼓膜換気チューブ留置術は、鼓膜に小さな切開を加え、そこに換気チューブを留置することで、中耳腔の持続的な換気と排液を促す外科的治療法です。OMEや反復性AOMに対する最も効果的な治療介入の一つと考えられています。
適応基準:
- 遷延性OME: 両側性のOMEが3-4ヶ月以上持続し、かつ30dB以上の有意な伝音難聴が確認される場合や、言語発達の遅れ、鼓膜の構造的異常などが認められる場合10。
- 反復性AOM (RAOM): 過去6ヶ月間に3回以上、または過去12ヶ月間に4回以上のAOMエピソードがあり、かつ診察時に中耳滲出液の貯留が確認される場合9。
チューブ留置により、聴力は改善し、AOMの再発頻度も有意に減少することが期待されます3。チューブは多くの場合、6ヶ月から2年程度で自然に脱落します19。留置後は定期的な診察が必要で、合併症として耳漏、鼓膜硬化症、鼓膜穿孔の残存などが起こり得ます14。
4.5. アデノイド切除術 (Adenoidectomy)
アデノイドの過度な肥大や慢性的な炎症は、耳管機能を妨げ、OMEや反復性AOMの発症・遷延に関与することがあります14。このような場合、特に2回目の鼓膜換気チューブ留置術が必要な症例や、著明な鼻閉などの症状を伴う場合には、チューブ留置術と同時にアデノイド切除術を行うことが推奨されることがあります14。これは、単に中耳の滲出液を排出するだけでなく、その根本的な原因の一つに対処しようとする、より包括的な治療アプローチです。
状態 | 罹病期間の目安 | 聴力レベルの目安 (dB HL) | 関連症状・合併症 | ガイドラインにおける推奨 (例) |
---|---|---|---|---|
両側性OME | 3-4ヶ月以上 | 30dB以上 (持続的) | 言語発達遅延、学習障害、平衡障害、鼓膜の構造的異常 | チューブ留置を強く推奨/考慮10 |
片側性OME | 6ヶ月以上 | 30dB以上 (持続的) | (上記に加え) 反対側の聴力が正常であることを確認 | チューブ留置を考慮 (症例による) |
反復性AOM | 過去6ヶ月に3回以上、または過去12ヶ月に4回以上 (うち1回は直近6ヶ月以内) | (AOMエピソード間のOMEによる難聴の程度を評価) | 中耳滲出液(MEE)の持続的貯留、QOL低下 | チューブ留置を推奨/考慮9 |
OME/RAOM | (上記期間に満たなくても) | (高度難聴の場合) | 顔面神経麻痺、内耳炎などの合併症リスク、頭蓋顔面奇形など基礎疾患あり | 個別判断でチューブ留置を考慮 |
注:本表は一般的な指針であり、実際の適応判断は、個々の患者の年齢、全身状態、合併症の有無、社会的背景、保護者の意向、および最新の診療ガイドラインを総合的に勘案して、担当医が行う。聴力レベルは純音聴力検査または遊戯聴力検査などで評価する。
5. 慢性化膿性中耳炎(CSOM)の最新治療アプローチ
慢性化膿性中耳炎(CSOM)は、鼓膜に永続的な穿孔が存在し、そこから6週間以上にわたり慢性的に膿性の耳漏が持続する状態を指します8。この病態は、難聴や重篤な合併症を引き起こすリスクがあるため、専門的な管理が必要となります。
5.1. 病態と診断のポイント
CSOMの基本的な病態は、鼓膜穿孔を介した中耳腔への持続的な細菌感染と、それに伴う慢性炎症です。診断は、詳細な病歴聴取と、顕微鏡下での鼓膜観察が不可欠であり、鼓膜穿孔、耳漏の性状、中耳粘膜の状態(肉芽、ポリープなど)を詳細に評価します8。特に、真珠腫の合併は治療方針を大きく左右するため、その鑑別は極めて重要です8。補助検査として、聴力検査、細菌培養検査、側頭骨CT検査などが適宜行われます8。
5.2. 保存的治療:耳内処置と点耳薬療法
保存的治療の主目的は、耳漏を停止させて「乾燥耳(dry ear)」の状態を達成し、感染を制御することです。
- 耳内処置(Aural Toilet): 定期的に耳鼻咽喉科を受診し、顕微鏡下で耳漏や膿痂などを丁寧に吸引・除去し、清浄化します8。これにより、点耳薬の浸透性を高めます。
- 点耳薬療法: 耳内処置後に、抗菌薬やステロイドを含有する点耳薬を使用します2。起炎菌(緑膿菌、黄色ブドウ球菌などが一般的)を考慮し、細菌培養検査の結果に基づいて適切な薬剤を選択することが重要です16。フルオロキノロン系抗菌薬点耳薬は、内耳毒性のリスクが比較的低いとされ、広く用いられています。
5.3. 外科的治療:鼓室形成術などの術式選択と目的
保存的治療で耳漏のコントロールが困難な場合や、聴力改善を希望する場合などには、外科的治療が考慮されます8。手術の主な目的は、(1)感染源の除去、(2)鼓膜穿孔の閉鎖、(3)聴力機能の改善、(4)合併症の予防です。手術術式は、病変の範囲や聴力状態に応じて選択され、日本耳科学会が詳細な分類を定めています11。
- 鼓膜形成術 (Myringoplasty / Tympanoplasty Type I): 鼓膜穿孔のみが存在する場合に適応となり、患者自身の筋膜などを用いて穿孔を閉鎖します16。日帰り手術で行われることもあります16。
- 鼓室形成術 (Tympanoplasty with Ossiculoplasty / Mastoidectomy): 耳小骨の破壊や乳突蜂巣への炎症の進展を伴う、より複雑な症例に対して行われます。破壊された耳小骨の再建や、病巣を徹底的に除去するための乳突削開術などが含まれます。
CSOMの治療は、単に耳漏を止めるだけでなく、手術によって聴力を回復させ、さらなる合併症を予防するという、構造的および機能的な完全性の回復を目指す方向へと進化しています。特に、CSOM患者における真珠腫の潜在的な存在は、その局所破壊性と重篤な合併症のリスクから、外科的切除が絶対的に必要となり、治療アプローチを劇的に変化させます。
6. 反復性中耳炎の管理と予防
反復性中耳炎(RAOM)は、特に小児において頻繁に見られる病態であり、患児本人だけでなく家族のQOLにも大きな影響を与えます。
6.1. 定義、危険因子の同定と対策
RAOMの一般的な定義は、過去6ヶ月間に3回以上、または過去12ヶ月間に4回以上のAOMエピソードを経験することです9。危険因子はAOMと共通しており、低年齢、集団保育、兄弟の存在、受動喫煙、おしゃぶりの使用などが挙げられます9。これらの修正可能な危険因子、特に家庭内での禁煙9や適切な鼻水ケア2021を対策することが管理の第一歩となります。また、アレルギー性鼻炎などの基礎疾患の管理も重要です14。
6.2. 予防的抗菌薬投与の是非
かつては、少量の抗菌薬を長期間予防的に投与する方法が試みられましたが、薬剤耐性菌のリスクを高めることなどから、近年の診療ガイドラインでは一般的に推奨されていません9。その適応は極めて限定的かつ慎重に判断されるべきです。
6.3. ワクチン(肺炎球菌ワクチン等)の有効性
RAOMの予防において、ワクチン接種は重要な役割を果たします。
- 肺炎球菌結合型ワクチン (PCV): AOMの主要な起炎菌である肺炎球菌による中耳炎の発症率を減少させる効果が示されています9。日本の小児急性中耳炎診療ガイドライン2024年版でも、PCVが難治化の解消に大きく貢献したと言及されています22。
- インフルエンザワクチン: インフルエンザウイルス感染はAOMの重要な誘因となるため、毎年のワクチン接種は、続発するAOMのリスクを間接的に低減する効果が期待できます。
6.4. 鼓膜換気チューブ留置の役割
RAOMの定義を満たし、特にAOMエピソード間に中耳滲出液(OME)の遷延が認められる症例では、鼓膜換気チューブ留置術がAOMの再発予防に有効な選択肢となります3。チューブ留置によりAOMの発生頻度が減少し、結果として抗菌薬の使用量も削減できる可能性があります。
6.5. 生活指導(鼻すすりの禁止、受動喫煙回避など)
日常生活における細やかな配慮も、RAOMの予防には不可欠です。
- 鼻の衛生管理: 鼻すすりは避けるべきです20。鼻をかめない乳幼児では、保護者が鼻吸い器を用いてこまめに鼻汁を吸引することが推奨されます21。吸引のタイミングとしては、起床時、食事前、入浴後、就寝前などが効果的です23。
- 受動喫煙の徹底的な回避: 患児の生活環境からタバコの煙を排除することが極めて重要です9。これには、電子タバコや加熱式タバコも含まれます。
- 哺乳瓶での寝かしつけの回避: 哺乳瓶でミルクなどを飲ませながら寝かしつけると、液体が中耳に逆流しやすくなるため避けるべきです20。
7. 中耳炎診療における今後の展望
中耳炎の診療は、病態生理の理解の深化、診断技術の進歩、そして治療戦略の洗練により、絶えず進化を続けています。特に、薬剤耐性(AMR)という世界的な課題への対応は、近年の診療ガイドラインの方向性を大きく左右しています。
7.1. 最新ガイドラインの国際比較と本邦における意義
日本においては、「小児急性中耳炎診療ガイドライン2024年版」11や「小児滲出性中耳炎診療ガイドライン2022年版」11などが、国内の医療従事者にとって重要な指針となっています。これらのガイドラインは、米国小児科学会(AAP)などが発行する国際的なガイドライン1018と多くの点で軌を一にしています。特に、抗菌薬の適正使用(Antimicrobial Stewardship)という大原則においては強い国際的なコンセンサスが見られ、AOMに対する抗菌薬投与の厳格化や経過観察の推奨、疼痛管理の重要性の強調などは共通しています。薬剤耐性は国境を越える問題であり、この世界的な潮流は、AOMに対するより合理的な抗菌薬使用に向けた国際的に調和の取れた取り組みと言えます。
7.2. 新規治療法や診断技術の研究動向
中耳炎、特に難治性・反復性の症例に対するより効果的で低侵襲な治療法や、迅速かつ正確な診断技術の開発が継続的に進められています。
- 迅速病原体診断: 起炎菌(細菌かウイルスか)や薬剤感受性をベッドサイドで迅速に特定する技術。
- 新規ワクチン開発: 現行ワクチンでカバーされていない肺炎球菌血清型や、非莢膜型インフルエンザ菌(NTHi)、モラクセラ・カタラーリスなどに対する効果的なワクチン。
- バイオフィルム標的治療: 抗菌薬が効きにくい細菌の集合体であるバイオフィルムを破壊・除去する新たな治療法。
- 中耳への薬剤送達システム (DDS) の改良: 薬剤を効率的に中耳腔に送達し、持続的に作用させるための新しいDDSの開発。
- 耳管機能改善治療: 耳管機能を直接的または間接的に改善する新しい治療法(例:耳管バルーン拡張術)。
7.3. 抗菌薬適正使用推進の重要性
中耳炎診療における最大の課題の一つは、依然として薬剤耐性(AMR)問題です。不適切な使用は耐性菌の選択と蔓延を助長します。日本の「小児急性中耳炎診療ガイドライン2024年版」でも、ガイドライン自体が抗菌薬の適正使用を促進し、原因菌の耐性状況の改善に大きな役割を果たしてきたと述べられています22。また、抗菌薬の中途半端な使用は耐性菌を作ってしまう可能性があることも指摘されています9。診断精度の向上、ガイドラインの遵守、経過観察の積極的導入、患者・保護者への啓発、そしてサーベイランス体制の強化を含む抗菌薬適正使用(ASP)の推進は、将来の治療選択肢を確保するために不可欠です。
健康に関する注意事項
- この記事に記載されている情報は、一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- 耳の痛み、発熱、難聴、耳だれなどの症状がある場合は、自己判断せず、必ず耳鼻咽喉科専門医にご相談ください。特に小さなお子様の場合は、速やかな受診が重要です。
よくある質問
子供が中耳炎を繰り返すのですが、どうすればいいですか?
お子様が反復性中耳炎(RAOM)でお困りの場合、まずは専門医による正確な診断と、危険因子の特定が重要です。対策としては、第一に受動喫煙の回避が挙げられます。家庭内の禁煙は極めて重要です9。次に、適切な鼻水ケアが効果的です。鼻すすりをさせず、優しく鼻をかむ習慣をつけさせ、鼻をかめない乳幼児の場合は鼻吸い器でこまめに吸引してあげてください2021。また、アレルギー性鼻炎などの基礎疾患があれば、その治療をしっかり行うことも予防に繋がります14。肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種も、中耳炎の誘因となる感染症を減らす上で有効です9。これらの対策を行っても改善が見られない場合や、AOMエピソードの間に滲出性中耳炎が長引くような場合は、鼓膜換気チューブの留置術が有効な選択肢となることがあります3。かかりつけの医師とよく相談し、お子様に合った管理計画を立てることが大切です。
急性中耳炎の痛みは、どうすれば和らげられますか?
急性中耳炎(AOM)に伴う耳の痛みは、特にお子様にとって非常につらいものです。痛みを和らげることは治療の最初の、そして最も重要なステップの一つです1。ご家庭でまずできることは、医師の指示に従って鎮痛薬を使用することです。アセトアミノフェンやイブプロフェンは、小児にも安全に使用できる有効な鎮痛薬として推奨されています1。日本のガイドラインでも、アセトアミノフェン(1回10-15mg/kg)の使用が推奨されています17。これらの薬は痛みを和らげるだけでなく、熱を下げる効果もあります。痛みが強い場合や夜間に眠れない場合は、ためらわずに使用してください。痛みが和らぐことで、お子様の体力の消耗を防ぎ、回復を助けることにも繋がります。ただし、用量や使用間隔は必ず守り、不明な点は医師や薬剤師に確認してください。
滲出性中耳炎は手術が必要ですか?
滲出性中耳炎(OME)と診断されても、必ずしもすぐに手術が必要になるわけではありません。OMEの多くは数ヶ月以内に自然に治癒することが知られているため、まずは「積極的経過観察」が基本となります214。しかし、OMEが3~4ヶ月以上長引く場合、特に両耳に及んでおり、聴力検査で30dB以上の難聴が確認されるような場合は、手術(鼓膜換気チューブ留置術)が検討されます10。手術を考慮するもう一つの重要な理由は、難聴が子供の言語発達や学習に影響を与えている、あるいはそのリスクがある場合です10。また、鼓膜が著しくへこんでしまうなどの構造的な変化が見られる場合も、将来的な合併症を防ぐために手術が推奨されることがあります。最終的な判断は、病状の期間、難聴の程度、発達への影響、鼓膜の状態などを総合的に評価し、医師と保護者が相談の上で決定します。
中耳炎の時にプールに入ってもいいですか?
中耳炎の際のプール活動については、病状によって対応が異なります。まず、急性中耳炎(AOM)で耳の痛みや発熱がある場合は、全身状態が良くないため、プールに入るべきではありません。症状が治まった後も、医師の許可を得てから再開するのが安全です。滲出性中耳炎(OME)の場合は、鼓膜に穴が開いていなければ、基本的にはプールに入っても問題ないとされています。ただし、鼻の状態が悪く、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎を合併している場合は、プールの水が刺激となって症状を悪化させる可能性があるため注意が必要です。一方、鼓膜換気チューブが留置されている場合や、慢性化膿性中耳炎で鼓膜に穿孔がある場合は、耳に水が入ると感染(耳だれ)を引き起こすリスクがあります。この場合は、医師の指示に従い、耳栓を使用するなどの対策が必要になることが一般的です14。いずれの場合も、自己判断せず、必ず主治医に確認することが大切です。
抗菌薬(抗生物質)は必ず飲まなければいけませんか?
急性中耳炎(AOM)と診断されたからといって、必ずしも抗菌薬が必要なわけではありません。近年の治療の大きな流れは、抗菌薬を本当に必要とする場合にのみ使用する「抗菌薬適正使用」です。これは、抗菌薬が効かない耐性菌の増加を防ぐため、世界的に重要視されています10。抗菌薬を投与するかどうかの判断は、年齢と重症度に基づいて行われます。例えば、2歳以上で耳の痛みや発熱がひどくない「非重症」のAOMの場合は、直ちに抗菌薬を開始せず、鎮痛薬で症状を和らげながら48~72時間様子を見る「経過観察」が推奨されることがあります10。AOMの多くは自然に治る力があるためです。一方で、生後6ヶ月未満の乳児や、高熱や激しい痛みを伴う重症の場合、耳だれが出ている場合などには、初期からの抗菌薬投与が推奨されます10。抗菌薬が処方された場合は、症状が良くなっても自己判断で中断せず、指示された期間を飲み切ることが重要です。中途半端な使用は耐性菌を生む原因になりえます9。
結論
中耳炎は、特に小児において極めて一般的な疾患であり、その診断と治療は絶えず進歩しています。最新のアプローチは、正確な病型診断に基づき、個々の患者の年齢、重症度、危険因子を考慮した個別化治療を目指す方向にある。急性中耳炎(AOM)の管理においては、適切な疼痛管理を基本としつつ、抗菌薬の適応を厳格化し、経過観察(Watchful Waiting)を戦略的に導入することで、不必要な抗菌薬使用を抑制し、薬剤耐性問題に対応する動きが国際的な潮流となっている。滲出性中耳炎(OME)に対しては、多くが自然治癒することから、積極的な経過観察が中心となり、聴力や言語発達への影響を注意深くモニタリングしながら、外科的介入(鼓膜換気チューブ留置術など)の適応を慎重に判断する。慢性化膿性中耳炎(CSOM)では、保存的治療による感染制御に加え、聴力改善や合併症予防を目的とした外科的治療(鼓室形成術など)が重要な役割を担う。反復性中耳炎(RAOM)の管理は、危険因子の回避、予防接種の励行、そして選択された症例に対する鼓膜換気チューブ留置術など、多角的なアプローチが推奨される。これらの治療戦略の根底には、エビデンスに基づいた診療ガイドラインの普及と、抗菌薬の適正使用という世界共通の課題意識が存在する。今後の展望としては、より迅速かつ正確な診断技術の開発、新規ワクチンの登場、バイオフィルムなど難治化因子への対策、そして個別化医療の進展が期待される。中耳炎の診療は、単に感染を治療するだけでなく、患児の健全な発育を支援し、QOLを向上させ、そして将来にわたって有効な治療選択肢を確保するという、より広範な視点からの取り組みが求められている。医療従事者、患者・保護者、そして社会全体が、中耳炎に関する正しい知識を持ち、最新の知見に基づいた適切な対応を共有していくことが、今後のより良い中耳炎診療の実現に不可欠である。
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