この記事の要点まとめ
- 乳児の肛門周囲膿瘍は、肛門の周りの皮膚の下に膿が溜まる感染症で、特に生後数ヶ月から1歳頃の男の子に多く見られます。保護者の育て方が原因ではありません。
- 主な症状は、肛門の横の「赤み・腫れ・しこり」と、おむつ交換時などに泣く「痛み」です。発熱を伴うこともあります。
- 原因は、下痢便などが肛門の小さなくぼみ(肛門陰窩)に入り込むことで細菌感染を起こすことです。乳児期特有の未熟な免疫力や、男性ホルモンの影響が関係していると考えられています。
- 治療の基本は、おしりを清潔に保つことです。日本では、赤ちゃんに負担の少ない漢方薬(排膿散及湯など)による治療が主流ですが、症状に応じて切開排膿が行われることもあります。
- 再発を繰り返すこともありますが、ほとんどは免疫力が発達する1〜2歳頃までに自然に治癒します。高熱やぐったりしている様子が見られる場合は、すぐに医療機関を受診してください。
赤ちゃんのおしりのトラブル、「肛門周囲膿瘍」とは?
乳児の肛門周囲膿瘍とは、その名の通り、肛門の周りの皮膚の下に細菌が感染し、膿(うみ)が溜まってしまう病気です2。最初は硬い「しこり」のように触れ、次第にその部分が赤く腫れあがってきます。ここで大切なのは、よくある「おむつかぶれ」との違いを理解することです。おむつかぶれは、おむつの中の湿気や摩擦、便や尿の刺激によって起こる皮膚表面の「炎症」です。一方で、肛門周囲膿瘍は皮膚のさらに奥深くで起こる「感染症」であり、膿の袋(膿瘍)を形成する点で根本的に異なります3。おむつかぶれが悪化して肛門周囲膿瘍のリスクを高めることはありますが、この二つは別の状態です。この病気は、生後数ヶ月から1歳頃までの男の子の赤ちゃんに特に多く見られます1。この事実は、ご両親の育て方や衛生管理だけが原因ではないことを示唆しています。まずは落ち着いて、赤ちゃんの状態を正しく理解することが、適切な対応への第一歩となります。
これって肛門周囲膿瘍?見分けるための主な症状
ご家庭で赤ちゃんの様子を観察する際に、以下の症状に気づいたら肛門周囲膿瘍の可能性があります。一つだけでなく、複数の症状が見られることもあります。
- 肛門の周りの赤みと腫れ: 最もわかりやすいサインです。肛門のすぐ脇に、赤く腫れたおできや、硬いしこりができます3。しこりは一つだけのこともあれば、複数個できる場合もあります3。
- 痛み: 赤ちゃんは言葉で痛みを伝えられません。そのため、「いつもより機嫌が悪い(不機嫌)」「おむつを替えるときに激しく泣く」「おしりを触られるのを嫌がる」といった行動で痛みを表現します3。排便時に痛そうな様子を見せることもあります6。
- 膿の排出: 腫れがピークに達すると、皮膚が自然に破れて、中から膿が出てくることがあります3。膿が出ると、一時的に腫れや痛みが和らぐことがあります。
- 発熱: 感染症の兆候として、熱が出ることがあります3。ただし、必ずしも高熱になるとは限りません。食欲が落ちる赤ちゃんもいます。
これらの症状は、赤ちゃんからの大切なサインです。一つでも当てはまる場合は、自己判断で様子を見続けず、早めに小児科または小児外科を受診してください。
なぜ?肛門周囲膿瘍の原因とリスク因子
「どうしてうちの子が?」と原因を知りたいと思うのは自然なことです。乳児の肛門周囲膿瘍は、単一の原因ではなく、いくつかの要因が重なって発症すると考えられています。その背景には、赤ちゃんならではの体の特徴が関係しています。
主な原因:下痢、おむつ環境、未熟な免疫力
肛門周囲膿瘍の直接的な引き金は、細菌感染です。その感染が起こるメカニズムには、赤ちゃんの消化管と免疫系の未熟さが深く関わっています。
病態生理の解説:肛門陰窩(こうもんいんか)への細菌侵入
直腸と肛門の境目には、「肛門陰窩」と呼ばれる小さなくぼみがいくつか存在します1。このくぼみの奥には、便の通りをスムーズにするための粘液を分泌する「肛門腺」という組織があります2。乳児期、特に下痢をしているときや便の回数が多いときは、ゆるい便がこの肛門陰窩に入り込みやすくなります1。便に含まれる大腸菌などの細菌が肛門腺に侵入し、そこで感染を起こすと、炎症が始まります。この炎症が皮膚の下まで広がり、膿のたまり(膿瘍)を形成するのです9。この基本的なメカニズムに加えて、以下の要因が発症を後押しします。
- おむつ環境: おむつの中は高温多湿で、細菌が繁殖しやすい環境です。また、おむつかぶれで皮膚のバリア機能が低下していると、感染のリスクがさらに高まります3。
- 未熟な免疫力: 乳児期は、感染に対する抵抗力(免疫)がまだ十分に発達していません4。そのため、大人であれば問題にならないようなわずかな細菌の侵入でも、感染症として成立しやすいのです。
なぜ男の子に多いの?男性ホルモンとの関係
乳児の肛門周囲膿瘍が、男女比9対1とも言われるほど圧倒的に男の子に多いという事実は、この病気の非常に特徴的な点です7。この謎を解く鍵として、現在最も有力視されているのが「男性ホルモン(アンドロゲン)」の影響です。生後数ヶ月の男の赤ちゃんは、一時的に男性ホルモンの分泌が活発になる時期があります5。この男性ホルモンが、前述した肛門腺の発達や分泌活動を過剰に刺激するのではないかと考えられています12。活発になった肛門腺は、分泌物が詰まりやすく、細菌感染の温床となりやすいのです。つまり、男の子の赤ちゃんは、ホルモンの影響で一時的に肛門周囲膿瘍になりやすい体質になっている、と理解することができます。このように、乳児の肛門周囲膿瘍は、「肛門陰窩という解剖学的な構造」、「男性ホルモンによる生理的な影響」、そして「下痢や便の性状といった環境的な要因」という3つの要素が重なり合って発症する、乳児期特有の疾患であると言えます。これは、ご両親の育て方に問題があるわけではないことを強く示唆しています。
病院での診察:診断と鑑別
「病院に行ったら、どんなことをされるのだろう?」という不安を和らげるために、ここからは実際の診察の流れと、専門医が何を考えているのかを解説します。
肛門周囲膿瘍の診断方法:基本は「見て、触る」診察
乳児の肛門周囲膿瘍の診断は、ほとんどの場合、特別な検査を必要としません。ご両親を安心させるべき点として、診断は通常、痛みを伴うものではないということです。医師はまず、おしりの状態を注意深く観察します(視診)。肛門の周りのどこが、どのくらい赤く腫れているか、膿が出ているかなどを確認します。次に、手袋をした指でそっと腫れている部分に触れ(触診)、その硬さや大きさ、熱感、そして膿が溜まっている感触(波動)があるかどうかを確かめます3。この「視診」と「触診」によって、典型的な肛門周囲膿瘍であれば、ほぼ診断が確定します。そのため、赤ちゃんに負担のかかる画像検査(超音波やCTなど)は、通常行われません5。血液検査で炎症の程度を確認したり、膿を採取して原因菌を特定する(培養検査)こともありますが、これらも全てのケースで必須ではありません3。
【専門医の視点】単なるおできではない可能性:鑑別診断の重要性
ほとんどの乳児肛門周囲膿瘍は前述した通りの良性の経過をたどりますが、小児科医や小児外科医は、診察の際に「他に隠れた病気はないか」という視点を常に持っています。特に、膿瘍が何度も繰り返す、治りが非常に悪い、あるいは2歳を過ぎてから発症するなど、非典型的な経過をたどる場合には、背景に別の疾患が隠れている可能性を考えます。これを「鑑別診断」と呼びます。ご両親を不必要に心配させる意図はありませんが、質の高い医療を提供する上で、専門医がどのような可能性を念頭に置いているかを知っておくことは、医師との信頼関係を築く上で助けになります。
- 慢性肉芽腫症(まんせいにくげしゅしょう, CGD): まれな病気ですが、生まれつき白血球の殺菌能力が低い「原発性免疫不全症」の一つです13。この病気のお子さんは、ブドウ球菌やカビなどの特定の病原体に対して抵抗力が弱く、肺炎やリンパ節炎、そして治りにくい肛門周囲膿瘍を繰り返すことがあります9。BCGワクチンを接種した跡がいつまでもジクジクして治らない、といった症状も一つのサインになることがあります13。
- クローン病: 口から肛門までの消化管のあらゆる場所に炎症や潰瘍ができる、原因不明の「炎症性腸疾患」です15。乳児期の発症は非常にまれですが、肛門周囲の病変(裂肛、痔瘻、膿瘍など)が最初の症状となることがあります2。2歳以降に発症した場合や、下痢、体重増加不良、原因不明の発熱などを伴う場合には、この病気の可能性も考慮されます9。
専門医がこれらのまれな病気の可能性を考慮し、慎重に診察を行うことは、万が一の事態を見逃さず、赤ちゃんにとって最善の治療方針を立てるために不可欠です。もし医師から追加の検査を提案された場合は、それは質の高い医療を提供するための標準的なプロセスの一環であるとご理解ください。
治療法のすべて:選択肢とそれぞれの考え方
乳児の肛門周囲膿瘍の治療には、いくつかの選択肢があります。どの治療法を選択するかは、赤ちゃんの症状の強さや、医療機関の方針によって異なります。興味深いことに、その治療アプローチには、日本で主流となっている考え方と、国際的な潮流との間に少し違いが見られます。ここでは、それぞれの治療法を公平に解説し、ご両親が医師と相談する際の参考にしていただけるよう情報を提供します。
すべての治療の基本:おしりを清潔に保つ「保存的治療」
どの治療法を選択するにせよ、すべての基本となるのが、おしりを清潔に保つことです。これは「保存的治療」の根幹であり、ご家庭での日々のケアが非常に重要になります。
- 頻繁なおむつ交換: 便や尿が長時間皮膚に触れないように、こまめにおむつを替えて、おしりを常に清潔で乾燥した状態に保ちます3。
- 洗浄(洗い流し): 排便後は、おしり拭きでゴシゴシこするのではなく、シャワーや、お湯を入れたペットボトルなどを使って、ぬるま湯で優しく洗い流すことが推奨されます1。刺激を最小限に抑えることが目的です。
- 坐浴(ざよく): 洗面器などにぬるま湯を張り、赤ちゃんのおしりをつけてあげる「坐浴」も効果的です。血行を良くして痛みを和らげ、患部を清潔に保つ効果が期待できます5。
これらの基本的なケアは、膿瘍の悪化を防ぎ、治癒を促進するための土台となります。
日本の医療現場で主流の「漢方薬」による治療
日本の小児医療、特に小児外科の現場で、乳児の肛門周囲膿瘍に対して広く用いられているのが「漢方薬」による治療です1。その最大の目的は、赤ちゃんに痛みや恐怖を与える「切開」という処置をできるだけ避け、体の内側から炎症を鎮めて自然な排膿と治癒を促すことにあります1。主に使われる漢方薬は、病状の時期によって使い分けられます。2020年の日本大腸肛門病学会のガイドラインでも、これらの漢方薬の使用が言及されています22。
漢方薬名 | 主な目的・作用 | 使われる時期 | 補足 |
---|---|---|---|
排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう) | 炎症を抑え、膿を出す(鎮痛・排膿作用) | 赤みや腫れ、痛みが強い急性期 | 膿瘍が硬く腫れあがっている段階で、自然に膿が出るのを助けます1。複数の臨床研究でその有効性が報告されています23。 |
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう) | 腸管の免疫力を高め、再発を防ぐ | 腫れが引いた後の回復期・再発予防期 | 根本的な体質改善を目指し、繰り返しを予防する目的で長期的に使われることがあります1。再発予防効果を示唆する研究も存在します24。 |
医療機関によっては、これら2種類の漢方薬を併用して、より高い治療効果を目指すこともあります11。漢方薬治療は、日本の医療における特徴的なアプローチであり、多くの臨床経験が報告されています2226。
抗菌薬(抗生物質)の役割:本当に必要?
抗菌薬(抗生物質)の使用については、専門家の間でも意見が分かれるところです。国際的な専門家のための情報源であるStatPearlsによると、一度膿瘍が形成されてしまうと、抗菌薬の飲み薬だけでは膿のたまりの中心部まで十分に届かず、効果は限定的であると考えられています28。ただし、膿瘍の周りの皮膚にまで感染が広がっている場合(蜂窩織炎)や、発熱など全身的な症状を伴う場合には、感染の拡大を防ぐために使用されます5。日本の臨床現場でも、抗菌薬の塗り薬や飲み薬が処方されることはありますが3、漢方治療を優先し、抗菌薬は不要と考える専門家もいます20。一方で、日本大腸肛門病学会の2014年のガイドラインでは、切開排膿の後に抗菌薬を投与すると、その後の痔瘻への移行率が低くなるという報告が紹介されており30、一貫した見解はまだ確立されていません。抗菌薬を使用するかどうかは、赤ちゃんの状態を総合的に判断して決定されます。
「切開排膿」はどんな時に行う?
「切開排膿(せっかいはいのう)」とは、メスや太い針で皮膚を小さく切り、中に溜まった膿を強制的に外に出す処置です。この処置を行うかどうかは、治療方針における最も大きな分岐点の一つです。
切開を行う場合
- 膿瘍が非常に大きく、皮膚がパンパンに張って、赤ちゃんが強い痛みに苦しんでいる場合3。
- 高熱が出てぐったりするなど、全身状態が悪い場合1。
- 漢方薬などの保存的治療を続けても、一向に改善が見られない場合1。
- 速やかに症状を改善させることが、赤ちゃんにとって最も利益が大きいと判断された場合。切開によって再発率が低下したという国内の臨床検討もあります25。
切開を避ける考え方
このように、治療アプローチには異なる考え方が存在します。日本の多くの小児外科では、まず漢方薬などで穏やかに治療を進め、どうしても必要な場合にのみ切開を行うという方針が取られる傾向にあります1。一方で、早期に切開して確実な治癒を目指すという考え方もあり、どちらが絶対的に正しいというわけではありません。この治療方針の違いが、国際的にも統一されたガイドラインの確立を難しくしている一因であり、最新の系統的レビューでも議論が続いています32。
繰り返す場合:「乳児痔瘻(じろう)」の治療
肛門周囲膿瘍が同じ場所で何度も再発を繰り返す場合、その背景に「乳児痔瘻(にゅうじじろう)」が形成されている可能性があります。痔瘻とは、感染の発生源である肛門陰窩(内部の入り口)と、皮膚の排膿した場所(外部の出口)とを結ぶ、トンネル状の管(瘻管)ができてしまった状態です2。このトンネルが残っていると、そこから再び細菌が侵入し、膿瘍を繰り返す原因となります。ただし、乳児痔瘻の多くは、大人の痔瘻とは異なり、赤ちゃんの成長とともに免疫力がつき、肛門腺の発達が落ち着く1〜2歳頃までに自然に治癒することが知られています2。そのため、痔瘻ができていても、まずは保存的治療を継続して経過を見ることがほとんどです。それでも2歳を過ぎても治らず、膿瘍を繰り返して生活に支障をきたすような場合には、全身麻酔下でトンネル(瘻管)を切り開いて根本的に治療する手術(瘻管切開術)が検討されることがあります4。
ご家庭でできること:親のためのホームケア・アクションプラン
医師の治療と並行して、ご家庭での適切なケアは赤ちゃんの回復を助け、再発を防ぐ上で非常に重要です。ここでは、ご両親がすぐに実践できる具体的なアクションプランをご紹介します。
毎日のおしりケア:具体的な手順
肛門周囲を清潔に保つことが、何よりも大切です。以下の手順を参考に、優しくケアしてあげてください。
- 排便後はすぐにオムツを替える: 便が長時間皮膚に触れていると、刺激になったり細菌が繁殖したりする原因になります。
- 洗い流しを基本に: おしり拭きでこするのではなく、シャワーの弱い水流や、ぬるま湯を入れた洗浄ボトル(100円ショップなどで手に入ります)を使って、優しく洗い流しましょう1。
- 優しく拭く: 洗った後は、ゴシゴシこすらず、柔らかいタオルで押さえるようにして水分を吸い取ります。
- 坐浴(おしり浴)を習慣に: 1日に数回、5〜10分程度、洗面器などにぬるま湯を張っておしりをつけてあげましょう。血行が促進され、痛みが和らぎ、清潔も保てます19。膿が溜まっている場合は、自然な排膿を促す効果も期待できます。
漢方薬や飲み薬のじょうずな飲ませ方
特に漢方薬は独特の風味があり、赤ちゃんに飲ませるのに苦労することがあります。以下の方法を試してみてください1。
- ペースト状にする: ごく少量の水やお湯で薬を練って、耳たぶくらいの硬さのペースト状にします。それを清潔な指先にとり、赤ちゃんの口の中の上あごや頬の内側に塗りつけ、その後すぐに母乳やミルク、白湯などを飲ませて流し込みます。
- 飲み物や食べ物に混ぜる: 服薬を補助するためのゼリーやシロップ(薬局で販売)に混ぜると、味や舌触りがごまかされて飲みやすくなります。離乳食が始まっている赤ちゃんであれば、ヨーグルトやアイスクリーム、味の濃いジャムなどに混ぜるのも一つの方法です。
- スポイトやスプーンを使う: 少量のお湯で溶かした薬を、スポイトやスプーンで頬の内側に沿って少しずつ流し込んであげます。
食事や離乳食で気をつけること
肛門周囲膿瘍の発症に、特定の食べ物が直接関係することはありません。しかし、便の状態は肛門への負担と密接に関係しているため、食事管理は間接的に重要です4。目標は、硬すぎる便(便秘)や、水様性の便(下痢)を避け、適度に柔らかい便がスムーズに出る状態を保つことです。離乳食を進めている場合は、食物繊維が豊富な野菜や果物、いも類などをバランス良く取り入れ、便通を整えることを心がけましょう19。
こんな時はすぐ病院へ!受診の目安チェックリスト
ほとんどの場合は外来での治療が可能ですが、中には急いで受診すべき状態もあります。以下のチェックリストに一つでも当てはまる場合は、夜間や休日であっても、かかりつけ医や救急外来に連絡・受診してください。
受診・相談すべき「赤信号」の症状
このチェックリストは、緊急性を判断するための目安です。ご両親が「いつもと違う、何かがおかしい」と感じたその直感を大切にし、迷ったときには専門家に相談することが最も安全な選択です。
予後と見通し:希望のメッセージ
治療中は、繰り返す症状に一喜一憂し、終わりが見えないように感じて不安になることもあるかもしれません。しかし、この病気の最も重要な希望のメッセージは、その良好な長期予後にあります。
長期的な見通し:ほとんどは1〜2歳までに自然に治ります
乳児の肛門周囲膿瘍は、発症しやすい時期(生後数ヶ月〜1歳頃)には再発を繰り返すことが珍しくありません1。これは、この時期の赤ちゃんが持つ、未熟な免疫システムやホルモンの影響といった、病気になりやすい素因が続くためです。しかし、この素因は永続的なものではありません。赤ちゃんが成長し、1歳から2歳になるにつれて、体の免疫システムは成熟し、肛門腺の活動も落ち着いてきます。その結果、根本的に膿瘍ができにくい体質へと変化していくのです3。したがって、「再発しやすい」という短期的な特徴と、「自然に治ることが多い」という長期的な見通しは、決して矛盾するものではありません。治療の目標は、この「自然に治る時期」まで、赤ちゃんができるだけ快適に過ごせるように、症状をコントロールしてあげることにある、と考えることができます。
よくある質問
Q. 男の子に多いと聞きましたが、女の子でもなりますか?
Q. 一度治っても、また繰り返しますか?
Q. 漢方薬は赤ちゃんに飲ませても安全ですか?副作用はありますか?
Q. 切開すると、傷跡は残りますか?
Q. この病気は、将来のがんなど、他の深刻な病気につながりますか?
結論:保護者の皆様へ覚えておいてほしいこと
本記事を通して、乳児の肛門周囲膿瘍という病気への理解を深めていただけたことを願います。最後に、JapaneseHealth.org編集委員会から、最も大切なポイントを改めてお伝えします。
- 乳児の肛門周囲膿瘍は、特に男の子の赤ちゃんによく見られる病気です。ご両親のせいではありません。
- すべてのケアの基本は「おしりを清潔に保つこと」です。排便後の洗い流しと坐浴を心がけましょう。
- 治療には、漢方薬を中心とした穏やかな方法から、切開排膿まで選択肢があります。赤ちゃんの状態に合わせて最適な方法を医師と相談しましょう。
- 「高熱」「ぐったりしている」などの赤信号のサインを知っておき、迷わず受診することが重要です。
- 治療が長引くこともありますが、ほとんどの赤ちゃんは1〜2歳頃までに自然に治癒します。焦らず、根気強くケアを続けていきましょう。
この情報が、不安の中にいるご両親にとって、少しでも道しるべとなり、安心して赤ちゃんのケアに取り組むための一助となれば幸いです。
本記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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