この記事の科学的根拠
この記事は、明示的に引用された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本文中で参照される実際の情報源と、提示される医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 日本皮膚科学会「皮脂欠乏症診療の手引き 2021」: 本記事における乾燥肌(皮脂欠乏症)の定義、診断基準、治療の基本方針(保湿剤、生活指導、抗炎症)、特にヘパリン類似物質や尿素といった具体的な推奨成分に関する指導は、日本皮膚科学会が作成したこの公式な診療指針に基づいています1。この記事の根幹をなす情報源です。
- 米国皮膚科学会(AAD): 日常的な肌の手入れ、特に効果的な入浴方法(5〜10分程度の入浴、ローションよりもクリームや軟膏を推奨)や、刺激の少ない製品の選び方に関する具体的な助言は、米国における最高権威の皮膚科専門組織である米国皮膚科学会の公開情報に基づいています2。
- 順天堂大学かゆみ研究センター(髙森 建二 教授): 乾燥肌に伴う「かゆみ」の科学的機序や、掻きむしりを防ぐための非薬物的な対策に関する専門的な解説は、日本のかゆみ研究の第一人者である髙森建二教授の研究と見解に基づいています3。
- メイヨー・クリニック: 保湿剤に含まれる尿素、セラミド、グリセリンといった具体的な成分の役割や効果に関する補足情報は、世界的に著名な医療機関であるメイヨー・クリニックの医学情報に基づいています4。
- 国内の調査データ(PR TIMES掲載): 日本における乾燥肌の有病率や、特定の年齢層(例:30代女性)が抱える肌の悩み(乾燥と老化の関連性など)に関する具体的な統計データは、信頼できる調査会社の公開報告に基づき、記事の文脈を日本の実情に合わせています56。
要点まとめ
第1章:乾燥肌と「皮脂欠乏症」の医学的理解
多くの人が日常的に口にする「乾燥肌」。しかし、その言葉が指し示す状態は、実は一様ではありません。ここでは、ご自身の肌の状態を正確に把握するために、医学的な視点から乾燥肌の症状と、その専門的な定義である「皮脂欠乏症」について掘り下げていきます。
1.1. 乾燥肌の症状:セルフチェックリスト
乾燥肌は、皮膚の水分が不足し、柔軟性が失われた状態です。ご自身の肌が乾燥しているかどうか、以下の症状に当てはまるものがないか確認してみましょう。これらは、乾燥の初期段階から進行した状態までを示しています。
- 軽度の乾燥: 肌に触れるとカサカサ、ゴワゴワした感触がある。洗顔後や入浴後に肌がつっぱる感じがする。
- 中等度の乾燥: 皮膚の表面が粉をふいたように白っぽく見える(落屑)。細かいひび割れ(亀裂)が見られる。かゆみを感じることがある。
- 重度の乾燥: かゆみが強く、日常生活に支障をきたすことがある。皮膚の亀裂が深くなり、赤みや痛みを伴うことがある。場合によっては、亀裂からじくじくとした滲出液が出たり、出血したりすることもある。
これらの症状は、特に空気が乾燥する冬場や、エアコンの効いた室内で長時間過ごした後に悪化しやすい傾向があります。
1.2. 医学用語「皮脂欠乏症」とは?
前述のような乾燥肌の症状が、単なる一時的な状態ではなく、医学的な治療を考慮すべきレベルに達したものを「皮脂欠乏症(ひしけつぼうしょう)」または「乾皮症(かんぴしょう)」と呼びます。日本皮膚科学会が作成した「皮脂欠乏症診療の手引き 2021」によると、皮脂欠乏症は「角層水分量の低下を伴う乾燥を主座とし、鱗屑や落屑、角層の肥厚などを伴う状態」と定義されています1。
簡単に言えば、皮膚の表面にある角層から水分が過剰に蒸発し、皮膚のうるおいを保つための天然の保湿成分(皮脂や角質細胞間脂質など)が減少することで、皮膚のバリア機能が著しく低下した状態を指します。これは、美容上の問題だけでなく、さまざまな皮膚トラブルの入り口となりうる医学的な疾患なのです。
1.3. なぜ重要か?放置するリスク
皮脂欠乏症を「ただの乾燥肌」と軽視し、適切な手入れを怠ると、様々な危険性が高まります。皮膚の専門機関である米国皮膚科学会(AAD)も、乾燥肌の適切な管理の重要性を指摘しています7。
- アレルギー性接触皮膚炎: バリア機能が低下した皮膚は、外部からの刺激物やアレルゲン(アレルギーの原因物質)が容易に侵入できる状態になります。これにより、普段は何でもない化粧品や金属、植物などにかぶれやすくなることがあります。
- 皮脂欠乏性皮膚炎(湿疹): 乾燥がさらに進行し、炎症を伴うようになると、赤み、強いかゆみ、ブツブツとした湿疹が現れます。これを皮脂欠乏性皮膚炎と呼び、治療にはステロイド外用薬などが必要になる場合があります。
- 二次感染: 皮膚の表面にできた細かい亀裂は、黄色ブドウ球菌などの細菌の侵入口となります。細菌が繁殖すると、とびひ(伝染性膿痂疹)などの二次感染を引き起こし、治療がより複雑になります8。
- かゆみによる生活の質の低下: 持続的なかゆみは、集中力の低下や睡眠障害を引き起こし、日常生活の質(QOL)を著しく損なう可能性があります。特に夜間の強いかゆみは、深刻な悩みとなり得ます。
このように、乾燥肌は様々な皮膚疾患への扉を開く可能性のある重要なサインです。早期にその原因を理解し、正しい対策を講じることが、健やかな肌を維持するために不可欠です。
第2章:乾燥肌の根本原因:なぜ「バリア機能」が低下するのか?
乾燥肌を根本的に改善するためには、なぜ肌が乾燥するのか、そのメカニズムを理解することが不可欠です。その鍵を握るのが、皮膚の「バリア機能」です。ここでは、バリア機能の仕組みと、それを低下させてしまう内外の要因について科学的に解説します。
2.1. 皮膚の「バリア機能」の仕組み
私たちの皮膚の一番外側にある「角層(かくそう)」は、厚さわずか0.02ミリメートルほどですが、外部の刺激から体を守り、内部の水分が蒸発するのを防ぐという、非常に重要な役割を担っています。この働きが「バリア機能」です。この機能は、主に三つの要素によって支えられています。
- 皮脂膜: 皮膚の表面を覆う薄い油分の膜で、汗と皮脂が混ざり合って作られます。天然のクリームのように、水分の蒸発を防ぎ、皮膚をなめらかに保ちます。
- 角質細胞間脂質: 角層の細胞と細胞の間を埋める脂質で、その主成分は「セラミド」です。レンガ(角層細胞)を固めるセメントのように、細胞同士をしっかりとつなぎとめ、水分の蒸発を防ぐ最も重要な役割を果たしています4。
- 天然保湿因子(NMF): 角層細胞の内部に存在し、水分をがっちりと掴み取る働きを持つ成分です。アミノ酸などが主成分で、肌のうるおいを内部から支えています。
乾燥肌(皮脂欠乏症)は、これらの要素が何らかの原因で減少し、バリア機能が正常に働かなくなった状態なのです。
2.2. 外的要因:環境と生活習慣
日常生活に潜む様々な要因が、皮膚のバリア機能をじわじわと蝕んでいきます。
- 季節と湿度: 日本の気候は、乾燥肌に大きな影響を与えます。ある調査によると、日本人が最も肌の乾燥を感じる季節は冬(12月、1月、2月)であることが示されています9。冬の冷たく乾燥した空気は、容赦なく肌から水分を奪います。また、夏でも冷房の効いた室内は空気が乾燥しており、肌にとっては過酷な環境です。
- 紫外線: 紫外線は、シミやしわの原因となるだけでなく、皮膚のバリア機能を直接的に損傷させ、水分保持能力を低下させることが知られています10。一年を通しての紫外線対策は、乾燥予防にも繋がります。
- 間違ったスキンケア: 良かれと思って行っている手入れが、かえって肌を乾燥させているケースは少なくありません。
- 熱すぎるお湯での入浴・洗顔: 40℃を超える熱いお湯は、皮膚のバリア機能に不可欠な皮脂や角質細胞間脂質を溶かし出してしまいます11。日本特有の湯船に浸かる文化は素晴らしいものですが、お湯の温度には注意が必要です。
- 過度な洗浄・摩擦: ナイロンタオルなどでゴシゴシと体を洗う行為は、角層を物理的に傷つけ、バリア機能を破壊します。洗浄力の強すぎる石鹸や洗顔料も同様に、必要な皮脂まで奪ってしまいます。
2.3. 内的要因:加齢と体質
外部環境だけでなく、私たちの体内部の変化も乾燥肌の大きな原因となります。
- 加齢: 残念ながら、年齢を重ねるとともに、皮膚の保湿機能は自然と低下します。特に、バリア機能の要であるセラミドや、皮脂の分泌量は20代をピークに減少し始め、50代以降では著しく低下することが分かっています12。ある調査では、日本の30代女性の約8割が自身を乾燥肌または混合肌だと認識しており、その多くが乾燥やそれに伴う毛穴、シミを悩みに挙げています5。これは、加齢によるバリア機能の低下が、多くの女性にとって現実的な問題であることを示唆しています。
- 体質と疾患:
- アトピー性皮膚炎: もともと皮膚のバリア機能が弱い体質的な素因があり、非常に乾燥しやすく、炎症を繰り返しやすい疾患です13。
- 全身性の病気: 甲状腺機能低下症、糖尿病、腎臓の病気、一部のがん治療薬の副作用など、体の病気が原因で皮膚が乾燥することもあります。
これらの外的・内的要因が複雑に絡み合い、皮膚のバリア機能が低下することで、乾燥肌(皮脂欠乏症)は引き起こされるのです。次の章では、この低下したバリア機能を回復させるための、医学的に推奨される具体的な治療法について解説します。
第3章:日本皮膚科学会の公式推奨ケア:治療のゴールドスタンダード
乾燥肌、特に皮脂欠乏症の治療においては、自己流の手入れではなく、科学的根拠に基づいたアプローチが不可欠です。その最も信頼できる指針となるのが、日本皮膚科学会が多くの専門家の知見を結集して作成した「皮脂欠乏症診療の手引き 2021」です1。この章では、同学会が推奨する「治療の標準」、すなわちゴールドスタンダードについて詳しく解説します。
3.1. 治療の三本柱:保湿・生活指導・抗炎症
日本皮膚科学会の指針では、皮脂欠乏症の治療戦略を以下の三つの柱で構成しています1。これらは単独ではなく、総合的に行うことで最大の効果を発揮します。
- 保湿剤による薬物療法(保湿): 低下した皮膚のバリア機能を補い、水分保持能力を高めるための最も重要な治療です。
- スキンケア指導(生活指導): 日常生活の中でバリア機能を損なう要因を取り除き、皮膚への負担を軽減するための指導です。
- 抗炎症療法(抗炎症): かゆみや赤みなどの炎症症状が強い場合に、それを抑えるための治療です。主にステロイド外用薬が用いられます。
本章では、特に重要となる「保湿」と「生活指導」に焦点を当てます。
3.2. 保湿剤の選び方と使い方【最重要】
保湿剤は、皮脂欠乏症治療の根幹をなします。同学会の指針では、その効果が科学的に確認されている特定の成分の使用を推奨しています。
推奨される成分
指針の中で特に重要視されているのが、以下の二つの成分です1。
- ヘパリン類似物質(Heparin-like substances): 高い保湿効果を持つだけでなく、皮膚の血行を促進したり、軽度の抗炎症作用を持っていたりするなど、多面的な効果が特徴です。水分を保持する能力に優れ、乾燥した皮膚にうるおいを与え、その状態を維持します。
- 尿素(Urea): 角層の水分を増やす働きがあります。特に、濃度が10%以下の製品は保湿効果を主目的とし、20%など高濃度の製品は、硬くなった角質を柔らかくする作用(角質融解作用)が加わります。ただし、皮膚に傷や炎症があると、ピリピリとした刺激を感じることがあるため注意が必要です。
この他に、ワセリン(Petrolatum)も非常に有効な選択肢です。ワセリンは皮膚表面に強力な油膜(閉塞膜)を形成し、角層からの水分蒸発(経皮水分蒸散)を物理的に防ぐことで、皮膚の水分を閉じ込めます。これは「閉塞(occlusive)」効果と呼ばれ、乾燥防止において極めて高い効果を発揮します。
皮膚科医からのアドバイス:保湿剤は「治療薬」
ヘパリン類似物質や尿素を含む保湿剤は、日本では医療用医薬品として処方されます。これは、これらの成分が単なる化粧品ではなく、明確な薬理作用を持つ「治療薬」として認められていることを意味します。医師は患者さんの肌の状態(乾燥の程度、炎症の有無、刺激への感受性など)を診断し、最も適した保湿剤を選択します。
正しい塗り方
どんなに良い保湿剤も、使い方が間違っていては十分な効果は得られません。日本皮膚科学会の指針では、以下の点が強調されています。
- 頻度: 保湿剤は、少なくとも1日2回(例:朝と入浴後)塗布することが、1日1回の塗布よりも有意に高い改善効果を示すことが分かっています1。
- タイミング: 最も効果的なタイミングは、入浴やシャワーの直後です。皮膚が水分を含んで柔らかくなっているうちに、5分以内を目安に塗布することで、水分を効率的に閉じ込めることができます2。
- 量: 「少し多いかな」と感じるくらいの量を、摩擦を避けるように優しく、皮膚のしわの方向に沿って塗り広げることが推奨されます。
3.3. 生活指導:入浴と環境
日常生活の見直しも、保湿剤による治療効果を高める上で不可欠です。
- 入浴法: 日本の入浴文化を考慮した上で、以下の点に注意することが推奨されています。
- 環境整備:
- 湿度管理: 特に空気が乾燥する冬場は、加湿器を使用して室内の湿度を50〜60%程度に保つことが理想的です10。
- 衣類: 肌に直接触れる衣類は、チクチクするウールなどを避け、吸湿性の良い木綿などの柔らかい素材を選びましょう。
これらの科学的根拠に基づいた「治療の標準」を粘り強く実践することが、つらい乾燥肌から抜け出すための最も確実な道筋となります。
第4章:効果を最大化するスキンケア実践法
前章で解説した医学的な治療の原則を踏まえ、ここでは日常生活に落とし込んだ、より具体的なスキンケアの実践方法を解説します。「洗顔」「保湿」「紫外線対策」という日々の手入れの質を高めることが、乾燥肌改善の鍵となります。
4.1. 洗顔:汚れを落とし、うるおいは守る
洗顔の目的は、汗やほこり、古い角質などの汚れを落とすことですが、同時に肌に必要なうるおい成分を奪いすぎないことが極めて重要です。
- 洗浄料の選び方: 刺激の少ない、アミノ酸系などのマイルドな洗浄成分を主とした製品を選びましょう。可能であれば、アルコールや香料、着色料を含まない「低刺激性」と表示されたものが望ましいです15。
- 洗い方:
- 洗浄料は手で直接肌にこすりつけるのではなく、まず手のひらでしっかりと泡立てます。
- たっぷりの泡をクッションにして、肌の上を転がすように優しく洗います。日本では「泡で洗う」という考え方が広く浸透しており、これは物理的な摩擦を最小限に抑えるための非常に合理的な方法です10。
- すすぎは、ぬるま湯(32〜34℃程度)で、洗浄料が残らないように十分に行います。熱いお湯やすすぎ残しは、刺激の原因となります。
- 拭き方: 清潔で柔らかいタオルを使い、肌をこするのではなく、優しく押さえるようにして水分を吸い取ります。
4.2. 保湿:化粧水・乳液・クリームの役割
日本のスキンケアでは、「化粧水→乳液・美容液→クリーム」という段階的な保湿が一般的です。それぞれの役割を理解し、肌の状態に合わせて使い分けることが効果的です。
- 化粧水(ローション): 主な役割は、洗顔後の肌に水分を補給し、角層を柔らかくして、次に使う保湿剤の浸透を助けることです。ヒアルロン酸や天然保湿因子(NMF)などが配合されたものが良いでしょう。
- 乳液(エマルジョン)・美容液(セラム): 水分と油分の両方をバランス良く含み、肌にうるおいと柔軟性を与えます。セラミドやナイアシンアミドなど、バリア機能サポート成分が配合された製品は特に有効です。
- クリーム・軟膏(クリーム・オイントメント): 油分を多く含み、化粧水や乳液で与えた水分の蒸発を防ぐ「フタ」の役割を果たします。特に乾燥が気になる場合は、この最後のステップが非常に重要です。米国皮膚科学会(AAD)も、乾燥肌にはローションタイプよりも油分を多く含むクリームや軟膏(オイントメント)が効果的であると推奨しています2。
入浴後や洗顔後、肌がまだ湿っているうちに、これらの手入れを速やかに行うことが、保湿効果を最大限に引き出すための秘訣です。
4.3. 紫外線対策:一年中必須の防御策
紫外線は夏だけでなく、一年中降り注いでいます。曇りの日でも紫外線(特にUVA)は地表に到達し、肌の奥深くまで侵入してバリア機能を低下させます。したがって、紫外線対策は季節を問わず、毎日の習慣とすることが不可欠です。
- 日焼け止めの選び方:
- SPFとPA: 日常生活ではSPF30、PA+++程度のもの、屋外での活動時間が長い場合はSPF50+、PA++++のものなど、場面に応じて使い分けましょう10。
- タイプ: 紫外線吸収剤が肌に合わない場合は、紫外線散乱剤(ノンケミカル)を主成分とする製品を選ぶと良いでしょう。
- 付加機能: セラミドなどの保湿成分が配合された日焼け止めを選ぶと、紫外線防御と保湿を同時に行え、一石二鳥です。
- 使い方: 十分な量をムラなく塗り、2〜3時間おきに塗り直すことが推奨されます。汗をかいたり、タオルで拭いたりした後は、その都度塗り直しましょう。
第5章:注目の有効成分と最新トレンド
スキンケア技術は日々進化しており、乾燥肌の改善に役立つ新しい成分や考え方が次々と登場しています。この章では、科学的根拠に裏打ちされた注目の保湿成分と、日本のスキンケア市場における最新の動向について解説します。
5.1. バリア機能をサポートする成分
第3章で解説した医療用医薬品成分に加えて、化粧品に配合される成分の中にも、皮膚のバリア機能を強力にサポートするものが数多くあります。世界的な医療機関であるメイヨー・クリニックなども、これらの成分の有効性を指摘しています4。
- セラミド(Ceramides): バリア機能の主役とも言える成分です。角層細胞の間を埋める「セメント」の役割を果たし、水分の蒸発を防ぎ、外部刺激から肌を守ります。加齢とともに減少しやすいため、化粧品で補うことが非常に効果的です。
- ナイアシンアミド(Niacinamide): ビタミンB群の一種で、皮膚が自らセラミドを産生するのを促進する働きがあります。さらに、抗炎症作用や美白効果も期待できる、非常に多機能な成分として注目されています。
- ヒアルロン酸(Hyaluronic Acid): 自身の重量の何倍もの水分を抱え込むことができる、非常に高い保水力を持つ成分です。肌の表面に水分豊かな膜を形成し、しっとりとした感触を与えます。
これらの成分が配合された製品を選ぶことは、日々の手入れでバリア機能を育むための賢い選択と言えるでしょう。
5.2. 日本の「メディカルスキンケア」トレンド
近年の日本のスキンケア市場では、消費者の間で科学的根拠や高い効果を求める傾向が強まっており、「メディカルスキンケア」という概念が大きな潮流となっています。市場調査会社のIMARCグループの報告書も、このトレンドを指摘しています16。
- 医薬部外品(いやくぶがいひん): これは、厚生労働省が効果・効能を認めた有効成分が、一定の濃度で配合されている製品を指します。「肌荒れを防ぐ」「にきびを防ぐ」といった効果を明確に表示することが許可されており、化粧品と医薬品の中間に位置づけられます。ヘパリン類似物質やナイアシンアミドなどが有効成分として配合された医薬部外品は、信頼性を求める消費者に人気です。
- 新しい技術の応用: ヒアルロン酸などを微細な針状に固め、肌に直接貼り付けることで角層への浸透性を高める「マイクロニードル技術」など、最先端の技術を応用した製品も登場しています。
- インナーケア(内側からのケア): スキンケアは外から塗るだけでなく、体の中から整えるという「インナーケア」の考え方も広まっています。肌の健康に役立つとされるサプリメントや食品への関心も高まっています17。
これらのトレンドは、消費者がより専門的で効果的なケアを求めていることの表れであり、乾燥肌対策においても、科学的根拠に基づいた製品選びが今後ますます重要になることを示唆しています。
第6章:かゆみの科学と対策
乾燥肌に伴う症状の中で、最もつらく、生活の質を低下させるのが「かゆみ」です。かいてしまうと一時的に楽になる気がしますが、掻く行為そのものが皮膚のバリア機能をさらに破壊し、炎症を悪化させ、より一層かゆくなるという「かゆみと掻破の悪循環」に陥ってしまいます。この章では、かゆみのメカニズムと、その悪循環を断ち切るための対策について、日本のかゆみ研究の第一人者の見解も交えて解説します。
6.1. なぜ乾燥するとかゆくなるのか?
乾燥した皮膚でかゆみが生じる主な理由は、バリア機能の低下にあります。皮膚のバリアが壊れると、以下の二つのことが起こります。
- かゆみ神経の伸長: 通常、かゆみを感じる知覚神経の末端は、皮膚の表皮と真皮の境界部分にあります。しかし、皮膚が乾燥してバリア機能が低下すると、これらの神経線維がより皮膚の表面近くまで伸びてきてしまいます。これにより、普段なら何でもないような些細な刺激(衣類の摩擦、温度変化など)にも過敏に反応し、かゆみとして感じやすくなるのです。
- 微弱な炎症の発生: バリア機能が低下すると、外部からの刺激物が侵入しやすくなり、皮膚の内部では常に微弱な炎症が起きている状態になります。この炎症が、かゆみを引き起こす様々な化学伝達物質を放出させ、かゆみを増幅させます。
6.2. 悪循環を断ち切る対策
かゆみ対策の基本は、掻かないことと、かゆみの原因である乾燥と炎症を抑えることです。日本のかゆみ研究の権威である順天堂大学の髙森 建二(たかもり けんじ)教授も、掻かないための工夫の重要性を強調しています3。
- 徹底した保湿: 最も基本的かつ重要な対策です。保湿剤を十分に塗布して皮膚のバリア機能を回復させ、乾燥そのものを改善することが、かゆみの根本的な解決に繋がります。
- 冷やす: かゆみが強いときは、掻く代わりに、冷たいシャワーを浴びたり、濡れタオルや保冷剤をタオルで包んだものを患部に当てたりして冷やすと、かゆみが和らぎます。冷やすことで、かゆみ神経の活動が一時的に鈍るためです。
- 刺激を避ける:
- 熱いお風呂やシャワー、アルコール飲料の摂取、香辛料の多い食事は、血行を良くしてかゆみを増強させるため避けましょう。
- 衣類は肌触りの良い木綿製品を選び、締め付けの少ないゆったりとしたものを着用します。
- 爪を短く切る: 就寝中など、無意識に掻いてしまうことによる皮膚へのダメージを最小限に抑えるために、爪は常に短く、滑らかに整えておきましょう。
- 薬物療法: かゆみが非常に強い場合は、抗ヒスタミン薬の内服が有効なことがあります。また、赤みや湿疹を伴う場合は、炎症を抑えるためにステロイド外用薬が必要となるため、自己判断せず皮膚科医に相談してください。
「かゆいから掻く」という反射的な行動を意識的に止め、「かゆいから冷やす・保湿する」という新しい習慣を身につけることが、つらい悪循環から抜け出すための第一歩です。
第7章:いつ皮膚科を受診すべきか?
多くの乾燥肌は、適切なセルフケアで改善が期待できます。しかし、中には専門的な診断と治療が必要なケースもあります。どのタイミングで皮膚科専門医の診察を受けるべきか、その判断基準を明確に示します。
以下のようなサインが見られる場合は、自己判断で手入れを続けるのではなく、速やかに皮膚科を受診することを強く推奨します。
- セルフケアで改善しない: これまで解説してきた保湿や生活習慣の改善を2〜3週間続けても、乾燥やその他の症状が全く改善しない、あるいは悪化する場合は、他の原因が隠れている可能性があります。
- 強いかゆみ: かゆみが非常に強く、夜眠れない、仕事や勉強に集中できないなど、日常生活に支障が出ている場合は、適切な治療で症状をコントロールする必要があります。
- 炎症の兆候: 皮膚が赤くなる、熱を持つ、じくじくとした液体が出る、あるいは円形の湿疹(貨幣状湿疹)が現れるなど、明らかな炎症症状が見られる場合は、ステロイド外用薬などによる治療が必要です18。
- 感染の兆候: 皮膚の亀裂部分が黄色いかさぶたで覆われたり、痛みや腫れが強くなったりした場合は、細菌による二次感染が疑われます。抗生物質による治療が必要になることがあります。
- 全身症状を伴う場合: 皮膚の乾燥に加えて、極端な疲労感、体重の変化、異常な喉の渇きなど、他の体の不調がある場合は、内科的な疾患が原因である可能性も考えられます。
化粧品による皮膚障害について
化粧品や医薬部外品を使用して、重篤な皮膚トラブル(広範囲の発疹、強い痛みや腫れなど)が生じた場合は、使用を中止し、直ちに皮膚科を受診してください。また、日本では医薬品医療機器総合機構(PMDA)が、そのような副作用の報告を受け付けています。専門家への相談と報告は、ご自身の健康を守るだけでなく、製品の安全性を高める上でも重要です19。
皮膚科医は、あなたの肌の状態を正確に診断し、皮脂欠乏症なのか、あるいはアトピー性皮膚炎などの他の疾患なのかを判断します。そして、あなたの肌質や症状の重症度に合わせた、最も適切な治療計画(保湿剤の種類、ステロイド外用薬の強さや使い方、抗ヒスタミン薬の内服など)を提案してくれます。ためらわずに専門家の助けを求めることが、早期回復への近道です。
よくある質問
乾燥肌は遺伝しますか?
はい、乾燥肌になりやすい体質は遺伝的要因が関与することがあります。特に、皮膚のバリア機能に重要な役割を果たすフィラグリンというタンパク質を作る遺伝子に変異があると、生まれつき皮膚のバリア機能が弱く、乾燥しやすいことが知られています。これはアトピー性皮膚炎の最も重要な素因の一つです13。ただし、遺伝的な素因がなくても、加齢や環境、生活習慣など後天的な要因によって誰でも乾燥肌になる可能性があります。
食生活は乾燥肌に影響しますか?
はい、影響します。健康な皮膚を維持するためには、バランスの取れた食事が不可欠です。特に、皮膚の細胞膜の材料となる必須脂肪酸(青魚に含まれるオメガ3脂肪酸など)、皮膚の新陳代謝を助けるビタミンB群、抗酸化作用があり皮膚の健康を保つビタミンA、C、Eなどを十分に摂取することが重要です。極端なダイエットなどで栄養が偏ると、皮膚の再生能力が落ち、乾燥を招く一因となります。
保湿にオイル(油)を使うのは良いことですか?
オイルは使い方次第で有効な保湿アイテムになります。オイルの主な役割は、皮膚の表面に膜を作って水分の蒸発を防ぐ「フタ」をすることです(閉塞効果)。しかし、オイル自体には水分を補給する能力(吸湿効果)はほとんどありません。したがって、最も効果的な使い方は、化粧水などで肌に水分を与えた後、その水分を閉じ込めるための最後の仕上げとしてオイルを薄く塗ることです。オイル単体で使用すると、肌内部の水分が不足している場合は、乾燥が十分に改善されないことがあります。
保湿剤を塗ると、肌が自ら潤う力が弱まると聞きましたが本当ですか?
これは一般的な誤解です。乾燥してバリア機能が低下した肌は、いわば「穴の空いたバケツ」のような状態で、自力で水分を保つことができません。保湿剤を適切に使用することは、この穴を一時的に塞ぎ、皮膚が本来持つバリア機能を回復させるためのサポートをする行為です。バリア機能が正常に戻れば、皮膚は再び自力で潤いを保つことができるようになります。保湿剤の使用を中止して乾燥状態を放置する方が、むしろ肌本来の力をさらに弱めてしまう結果に繋がります。
結論
乾燥肌は、単なる表面的な不快感にとどまらず、皮膚の健康を守る「バリア機能」の低下を示す重要なサインであり、時には「皮脂欠乏症」という専門的な治療を要する医学的な状態です。その根本的な改善には、加齢や環境といった要因を理解し、科学的根拠に基づいた正しい手入れを粘り強く続けることが不可欠です。
本記事で詳述した通り、その中核をなすのは、日本皮膚科学会も推奨する「保湿」「生活指導」「抗炎症」の三本柱です1。特に、ヘパリン類似物質や尿素、セラミドといった有効成分を含む保湿剤を、入浴後などの適切なタイミングで十分に塗布することは、低下したバリア機能を回復させるための最も重要なステップです。同時に、熱いお湯を避ける、刺激の少ない洗浄料を選ぶといった日々の生活習慣の見直しが、その効果を確実なものにします。
かゆみなどのつらい症状や、セルフケアで改善が見られない場合は、ためらわずに皮膚科専門医に相談してください。専門家による正確な診断と個別化された治療計画こそが、健やかで快適な肌を取り戻すための最も確実な道です。この記事が、あなたの肌との向き合い方を見直し、より良い状態へと導く一助となれば幸いです。
参考文献
- 日本皮膚科学会皮脂欠乏症診療の手引き作成委員会. 皮脂欠乏症診療の手引き 2021. 日皮会誌. 2021;131(10):2255-2270. Available from: https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/131_2255.pdf
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