はじめに
人間の体内には多種多様なホルモンが存在しており、それらが協調し合うことで代謝やエネルギー産生、体温調節、免疫機能などさまざまな生命活動がスムーズに行われます。そのなかでも、とくに重要な役割を担っているのが「甲状腺」と呼ばれる器官です。甲状腺は首の前面にある蝶のような形をした小さな臓器ですが、この甲状腺から分泌されるホルモン(甲状腺ホルモン)は、私たちの体温維持、エネルギー消費、神経機能の調整、精神状態の安定など、多岐にわたる機能に深くかかわっています。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
ところが、何らかの原因で甲状腺が炎症を起こすと、体内のホルモンバランスが乱れ、健康や日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。甲状腺が炎症を起こす状態を総称して「甲状腺炎」と呼びますが、その中には複数のタイプが存在し、それぞれが異なる症状や経過をたどります。そのうち、比較的まれではあるものの、非常に強い痛みや不快感を伴うことで知られているのが「亜急性甲状腺炎(de Quervain)」です。
本記事では、亜急性甲状腺炎とはどのような疾患なのか、また原因や症状、診断方法、治療法、そして日常生活で気をつけるべきポイントについて、詳しく解説していきます。さらに、甲状腺の病気に関する基礎知識として、甲状腺ホルモンの働きや甲状腺の健康維持をサポートする食事・生活習慣についても言及します。首の痛みや不快感、ホルモンバランスの乱れによる様々な症状に悩む方はもちろん、甲状腺のケアに興味がある方にも役立つ情報をまとめました。
この記事は医療機関で正式に診断や治療を受けるための「きっかけ」としての情報提供を目的としています。のちほど改めて述べますが、自己判断のみで放置すると、まれに永久的な甲状腺機能低下を残す可能性も否定できません。なるべく早い段階で症状に気づき、適切な医療機関で相談することが大切です。
専門家への相談
亜急性甲状腺炎に関しては、甲状腺内分泌領域に精通した専門家の診察や検査が重要です。たとえば、内科、内分泌科などで甲状腺を専門とする医師にかかると、ホルモン検査や超音波検査などの適切な検査を受けられます。なお、本記事の内容は、医療機関での診察・検査・治療のいずれかを代替するものではなく、あくまで参考資料です。実際の治療方針や薬剤の使用などは必ず専門医による診断・指示に従ってください。
ここでは、原文中に登場する専門家として、Bác sĩ Lê Văn Thuận(Sản – Phụ khoa · Bệnh viện Đồng Nai – 2)という医師の名前が挙げられていますが、これはベトナムの医療現場で産科・婦人科領域の経験をもつ方です。本記事では甲状腺に関する一般的な情報を補足しているため、最終的に甲状腺専門医への受診も推奨されることをあらかじめご承知ください。
亜急性甲状腺炎(de Quervain)とは?
亜急性甲状腺炎は、甲状腺が炎症を起こして強い痛みや甲状腺機能の変動を引き起こす疾患の一種です。一般的に「de Quervain(ド・ケルバン)甲状腺炎」とも呼ばれ、とくに首の前面(甲状腺が存在するあたり)が非常に痛む、あるいは圧痛を伴うのが特徴です。炎症によって甲状腺ホルモンが乱れ、一時的に甲状腺機能亢進状態(いわゆる「バセドウ病」に似た状態)になったあと、徐々にホルモン不足(機能低下症)に至るという経過をたどりやすい点が特徴的でもあります。
甲状腺は体内のエネルギー生成をはじめ、心拍や体温調整、精神状態にまで関わる非常に重要な臓器です。そのため炎症が起きている時期にホルモンバランスが崩れると、動悸や疲労感、体重変動、気分の落ち込みなど、生活の質に影響を及ぼす症状が一気に現れることがあります。
なぜ亜急性甲状腺炎が起こるのか?
亜急性甲状腺炎の発症メカニズムとしてよく指摘されているのは、ウイルス感染との関連です。風邪やインフルエンザなどの呼吸器系ウイルスによる感染後、あるいはおたふくかぜなど特定のウイルス感染後に免疫反応が強く働くことで、甲状腺が炎症を起こしてしまうケースがあると考えられています。実際に、ウイルス感染が下火になった数週間後に首の痛みといった甲状腺の症状が出始める方も少なくありません。
なお、すべての亜急性甲状腺炎がウイルスを直接原因とするのか、あるいは自己免疫反応が主体なのかについては、完全には解明されていませんが、多くの臨床現場で「ウイルス性感染後に発症」というシナリオがしばしば確認されています。また、性差や年齢差については、40~50代の女性に多い傾向が報告されていますが、男性やその他の年代層でも発症は起こり得ます。
亜急性甲状腺炎の原因
先述のように、亜急性甲状腺炎はウイルス性感染が原因の一つとして考えられています。具体的には、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、インフルエンザ、風邪症候群を引き起こすウイルスなど、多種多様な病原体が発症のきっかけとなり得ると考えられています。ただし、明確に「どのウイルスが亜急性甲状腺炎を強く引き起こすか」を特定するのは難しいとされており、複数のウイルスが関わる可能性があります。
ウイルスとの関連を示す研究
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Stasiak M, Michalak R, Stasiak B, Lewiński A.(2022)
「Clinical Characteristics of Subacute Thyroiditis Is Different Depending on Triggering Factors.」International Journal of Environmental Research and Public Health 19(24):16647. doi: 10.3390/ijerph192416647
この研究はポーランドの研究チームが行ったもので、亜急性甲状腺炎の臨床的特徴が、発症のきっかけとなる要因(ウイルス感染など)によって異なる場合があることを指摘しています。また、喉の痛みや発熱などウイルス感染症に典型的な症状が先行したあとに甲状腺の腫脹や疼痛が出現する例も含まれ、ウイルスと亜急性甲状腺炎の関連性を示唆する一例として注目されています。この研究結果は日本を含むさまざまな地域にも一定の参考になると考えられています。 -
Sia J, Tan H, Han X, Chan SP, Liew H.(2021)
「Clinical Presentation and Management of Subacute Thyroiditis.」Endocrine Practice 27(10): 998–1004. doi: 10.1016/j.eprac.2021.06.004
シンガポールを拠点とする研究者らによる論文で、比較的近年の報告です。この研究では亜急性甲状腺炎の臨床像や治療方針についてまとめられ、ウイルス感染後に甲状腺炎が生じるメカニズムに関する知見を整理しています。東南アジア地域の症例が中心ですが、亜急性甲状腺炎に普遍的に当てはまる知見として、ウイルス感染に伴う炎症が甲状腺の細胞破壊を引き起こし、一時的なホルモン放出をもたらすことが記されています。日本でもインフルエンザシーズンなどに呼吸器系ウイルスに感染しやすい環境があるため、同様の経過をたどる可能性は十分に考えられます。
上記のように、近年の研究でもウイルスとの関連や、免疫の過剰反応が亜急性甲状腺炎の発症に深く関わっている可能性が繰り返し示されています。ただし、個々人の体質や免疫状態によって、同じウイルスに感染しても亜急性甲状腺炎を発症しないケースが大半であるのも事実です。したがって、「ウイルスを絶対に防げば亜急性甲状腺炎を防げる」というわけではなく、あくまでも感染リスクを下げる、あるいは早期発見・早期受診が重要といえます。
亜急性甲状腺炎の症状
亜急性甲状腺炎でもっとも目立つ症状は「首の痛み」です。具体的には首の前面、甲状腺がある部分が強く痛むことが多く、触れたり圧迫したりすると敏感に痛みが走る(圧痛)場合があります。痛みがあまりに強いと、首を動かすだけでつらかったり、話す・飲み込むなどの日常動作が困難になることもあります。痛みが耳やあごに放散するケースも少なくありません。
代表的な症状の流れ
多くの場合、亜急性甲状腺炎の過程は以下のような流れをとります。
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初期~ウイルス感染後の潜伏期
- 風邪やインフルエンザなどにかかったあと、数週間ほど経ってから首の痛みや軽度の発熱が出始める場合があります。
- 全身の倦怠感や微熱が続くこともあり、風邪の延長と思って見過ごしてしまうこともある時期です。
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甲状腺機能亢進期(初期症状)
- 甲状腺の炎症が起き、甲状腺細胞内に蓄積されたホルモンがいっきに血中に放出されます。そのため、一時的に甲状腺ホルモン過剰状態(甲状腺機能亢進症状)となるのが一般的です。
- 具体的には、頻脈や動悸、発汗増加、手の震え、体重減少(食欲があっても痩せる)などが見られることがあります。
- 気持ちが落ち着かずイライラする、眠れないといった精神神経症状が現れることもあります。
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甲状腺機能低下期(後期症状)
- 炎症によって甲状腺のホルモン産生能力が一時的に低下し、今度は甲状腺ホルモンの不足状態(甲状腺機能低下症状)に陥る場合があります。
- 具体的には、寒がり、倦怠感、便秘、肌の乾燥やむくみ、体重増加、脈拍が遅いなどが見られます。
- 気分が落ち込みやすく、集中力や意欲が低下するなどの傾向が出ることも多いです。
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回復期
- 十分な治療や安静により、徐々に炎症が治まり、甲状腺機能が通常レベルに回復していくのが一般的です。
- ただし、まれに回復が不十分なまま甲状腺機能低下が固定化し、終生ホルモン補充が必要になるケースもあります。
このように、最初は甲状腺ホルモンが過剰に放出されて「甲状腺機能亢進の症状」が出現し、後にホルモンが足りなくなる「甲状腺機能低下の症状」を経過する点が、亜急性甲状腺炎の特徴的な流れです。
痛み以外の具体的症状
- 発熱: 高熱というほどではなくても、微熱や37.5~38℃前後の発熱を伴うことがあります。
- 倦怠感・疲労: 全身のだるさ、やる気の低下、疲れやすさが続く傾向があります。
- 飲み込みや発声の困難: 甲状腺が痛んでいると、唾を飲み込んだり声を出したりするだけでも痛む場合があります。
- 関節痛や筋肉痛: ウイルス感染に伴う全身症状として、関節痛や筋肉痛が出る人もいます。
亜急性甲状腺炎は危険か?
亜急性甲状腺炎は、命にかかわるほどの重症化を示すことは通常めったにありません。ただし、甲状腺周辺の炎症が強いため、痛みのために日常生活が著しく制限されるケースがあります。また、ホルモンバランスの乱れによる動悸・疲労感・体重減少・精神的不安定などが加わると、仕事や家事、子育てなどに大きな支障が出る可能性もあります。
さらに、まれな合併症として甲状腺機能低下が恒久的に残ることがあります。このような場合、以後は甲状腺ホルモンを補充する内服治療を継続しなければならないことがあります。いったん炎症が起きても大半は数カ月で回復しますが、次のような点に注意して早めの対処をおこなうことが望ましいでしょう。
- 首の痛みや腫れ、発熱などの症状があるのに放置しない
- 甲状腺ホルモンやTSHなどの血液検査をきちんと受ける
- 症状が長引いたり、別の原因が疑われる場合は専門医に紹介してもらう
米国のCleveland Clinicの報告によると、亜急性甲状腺炎の再発はまれですが、5%程度の患者は甲状腺機能低下症が永久的に残る可能性があるとされています。痛みや不快感だけでなく、将来的な甲状腺機能への影響を考慮しても、早期発見・早期治療が重要といえます。
亜急性甲状腺炎の診断
検査の流れ
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問診・身体診察
- 首の痛みの程度、いつから症状が出現しているか、ウイルス感染症状(咳、鼻水、発熱など)の有無、さらに日常生活に支障が出ているかなどを医師に伝えます。
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血液検査(甲状腺ホルモン関連)
- TSH(甲状腺刺激ホルモン)、T3(トリヨードサイロニン)、T4(サイロキシン)などを測定します。亜急性甲状腺炎の経過中に、機能亢進期と機能低下期があるため、時期によってこれらの数値が変動するのが特徴です。
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炎症マーカー検査
- ESR(赤血球沈降速度)、CRP(C反応性タンパク)など、炎症の程度を把握するために行われる検査です。亜急性甲状腺炎ではこれらの値が高くなる傾向があります。
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甲状腺自己抗体検査
- 橋本病など自己免疫性の甲状腺炎と区別するため、甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)などを測定することがあります。亜急性甲状腺炎では自己抗体は高値を示さないことが多いです。
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甲状腺の超音波検査
- 甲状腺の腫れ、内部構造の乱れなどを確認します。亜急性甲状腺炎では腫脹や血流増加が見られることがありますが、所見は個人差があります。
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放射性ヨード摂取率検査
- 甲状腺がどの程度ヨードを取り込んでいるかを測定する検査です。亜急性甲状腺炎では、甲状腺細胞が破壊され、一時的に貯蔵されていたホルモンが放出されるため、放射性ヨードの取り込みは低下する傾向にあります。バセドウ病などの甲状腺機能亢進症と鑑別するうえで参考になります。
これらの検査を総合的に判断し、亜急性甲状腺炎と診断されます。ほかの疾患—たとえば橋本病の急性増悪や甲状腺の化膿性炎症、バセドウ病など—と誤診されないよう、複数の指標を慎重に評価することが重要です。
亜急性甲状腺炎の治療
亜急性甲状腺炎の基本的な治療目標は、「痛みや炎症のコントロール」と「甲状腺ホルモンの過不足による症状緩和」です。以下のような治療が行われることが多いです。
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消炎鎮痛薬(NSAIDs)
- アスピリン、イブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症薬が用いられ、甲状腺の炎症と痛みを軽減する効果が期待されます。
- ただし、これらの薬で十分な効果が出ない場合や、痛みが強い場合には、より強力な処置が必要となることがあります。
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ステロイド療法(副腎皮質ステロイド)
- プレドニゾロン(プレドニゾン)などのステロイド薬を短期間使用することで、炎症を強力に抑え込む方法です。痛みが強い、NSAIDsが効きにくい場合に選択されやすいです。
- ステロイドは効果が高い一方で、副作用のリスクも伴うため、医師の指示に従い投与期間や減量計画を厳守する必要があります。
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甲状腺機能亢進期の症状対策(β遮断薬など)
- 動悸や頻脈、手の震えなど甲状腺機能亢進に伴う症状が辛い場合、β遮断薬(プロプラノロールなど)が使用されることがあります。これにより心拍数や血圧、振戦などを抑制します。
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甲状腺機能低下期の症状対策(レボチロキシン補充)
- 病気の後期に甲状腺機能が低下し、症状(倦怠感、体重増加、寒がりなど)が顕著になる場合は、甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシン)を補充します。
- 大半は数カ月の服用で改善し、中止できるようになりますが、ごく一部の患者では一生補充が必要となるケースがあります。
薬物療法の選択や投与量は症状の強さやホルモン値によって決まります。自己判断で市販薬に頼る、あるいは処方薬を勝手に中断するなどの行為は危険です。必ず定期的に医師の診察を受けながら、段階的に治療を進める必要があります。
亜急性甲状腺炎と食事・栄養管理
亜急性甲状腺炎に限らず、甲状腺疾患全般で「体が回復しやすい栄養環境を整える」ことが大切です。特に、次のポイントを意識するとよいでしょう。
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バランスの良い食事
- ビタミンやミネラル、たんぱく質をバランスよく摂取することが基本です。
- 痛みや喉の不快感が強い場合は、やわらかい食材やスープなどを活用し、食欲や摂取量が落ちないよう工夫しましょう。
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抗酸化物質の豊富な野菜・果物
- 緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー、ケールなど)や果物(オレンジ、キウイフルーツなど)に含まれるビタミンCやビタミンEなどの抗酸化物質は、免疫機能のバランス維持に貢献します。
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良質な脂質(オメガ3系脂肪酸など)
- サーモン、マグロ、サバなど脂肪分の良質な魚にはオメガ3脂肪酸が豊富に含まれ、炎症を抑える効果が期待されることがあります。
- ナッツ類(アーモンド、くるみなど)もビタミンEや良質脂質を含むためおすすめです。
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ミネラル(ヨウ素、亜鉛、セレン、カルシウムなど)
- 甲状腺ホルモンの合成にはヨウ素が必須ですが、亜急性甲状腺炎の経過中は、機能亢進期なのか低下期なのかで身体の必要量が異なるため、サプリメントによる極端な摂取は避け、なるべく自然な食品から適度に摂取することが大切です。
- ヨウ素を豊富に含む昆布やわかめ、ひじきなど海藻類をいきなり大量に摂ると、甲状腺に過度の負担がかかる恐れもあります。医師や栄養士に相談のうえ、状況に応じた摂取を心がけましょう。
- 亜鉛、セレン、カルシウム、ビタミンDなども甲状腺機能や全身の代謝を支えるうえで重要なミネラルです。
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避けたい食品・習慣
- 白砂糖の過剰摂取、飽和脂肪酸の多い肉の脂身、内臓肉、アルコール、刺激物、人工甘味料などは控えめにしましょう。
- 甲状腺周辺の痛みが強い時期は、できるだけ消化にやさしい食事を取ることで不快感が軽減される場合があります。
食事内容は発症期や回復期などのタイミングによって最適なバランスが異なります。とくに甲状腺機能が低下している時期にヨウ素を積極的に取り入れたほうがよいのか、また逆に機能亢進が強い場合は摂取を抑えたほうがよいのかなど、個々の症状と検査結果に応じて判断が求められます。
亜急性甲状腺炎の予防
亜急性甲状腺炎そのものを完全に防ぐ方法は確立されていません。ただし、ウイルス感染後に発症する可能性が指摘されている以上、日常的に感染リスクを下げる工夫が有効と考えられます。具体的には以下のような対策です。
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ウイルス感染予防の徹底
- インフルエンザワクチンや流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)ワクチンなど、必要に応じた予防接種の受診。
- こまめな手洗い・うがい・マスク着用などの基本的な感染症対策。
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規則正しい生活習慣
- バランスのよい食事、適度な運動、十分な睡眠を確保する。
- ストレスをためすぎないようにし、免疫力低下を防ぐ。
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タバコ・アルコール・過度の刺激物の制限
- 免疫機能を損ねないよう、喫煙や過度の飲酒は控えめにする。
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寒冷期の保温
- 首や喉を冷やしすぎないようマフラーやネックウォーマーなどで保温に注意する。特に寒さが厳しい地域・季節には、甲状腺まわりを温かく保つことで体力消耗を防ぐ意味合いもあります。
もちろん、これらの対策を徹底すれば必ず亜急性甲状腺炎を防げるわけではありません。しかし、身体のコンディションが整っていれば、ウイルス感染後に過度の免疫反応が起きにくいと考えられ、結果として亜急性甲状腺炎のリスクを低減できる可能性があります。
総合的な注意点と日常生活の工夫
亜急性甲状腺炎は痛みだけでなく、甲状腺ホルモンの急激な変動によって体調が左右される病気です。自覚症状がある程度落ち着いても、実際にはホルモンバランスが安定しきっていないケースもあるため、一定期間の通院や検査フォローが非常に重要です。以下の点を押さえておきましょう。
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定期的なホルモン検査
- 症状が軽快しても、甲状腺機能が正常に戻っているかどうかは血液検査をしないと正確に分かりません。主治医の指示に応じて定期的に検査を受け、機能低下や再燃の兆候がないかを確認します。
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痛みに対するセルフケア
- 強い痛みに襲われる時期には、なるべく無理せず安静にし、医師から処方された痛み止めを正しく使用します。首周りを冷やさないようにし、可能であれば温めることで血流改善と痛みの軽減に役立つ場合もあります。
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生活リズムと労働・家事の調整
- 亜急性甲状腺炎の急性期には、疲労を溜めすぎると回復が遅れることがあります。必要に応じて、仕事量や家事の負担を減らし、適切な休養を確保しましょう。
- 運動も体調に合わせて軽めのストレッチなどから始め、無理のない範囲で徐々に体を動かすのが望ましいです。
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心身のストレス管理
- ホルモンの変動は精神状態にも影響を及ぼします。イライラしやすい、落ち込みやすいなど精神的な不調を感じた場合、家族や医療者に相談することで早期対処が可能です。
- 心理的サポートやリラクゼーション法(深呼吸、ヨガ、瞑想など)を取り入れるのも一案です。
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再発に関する注意
- 亜急性甲状腺炎の再発率は低いといわれていますが、万が一、喉の痛みや圧痛、発熱などが再度発生した場合は、できるだけ早く医療機関を受診し、必要に応じた検査を受けましょう。
結論と提言
亜急性甲状腺炎はウイルス感染後の免疫反応が原因で起こると考えられる甲状腺の炎症性疾患です。首の強い痛みや甲状腺ホルモンの急激な変動によって、多岐にわたる症状(動悸、体重減少、発汗過多、便秘、倦怠感など)が見られます。大半の患者は数カ月ほどで改善し、機能も正常範囲に戻りますが、まれに機能低下が恒久化するケースもあります。
ポイントを整理すると、次の通りです。
- 発症のメカニズム: 多くはウイルス感染後、数週間してから甲状腺に炎症が生じると考えられる。
- 症状の流れ: 甲状腺ホルモンが一時的に過剰に放出される“亢進期”と、その後の“低下期”を経て回復に向かう。
- 治療法: 痛みや炎症を抑えるためにNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)、ステロイド薬、ホルモン過剰症状にはβ遮断薬、低下症状には甲状腺ホルモン補充などが必要に応じて使われる。
- 日常生活: 安静と十分な栄養、首を冷やさない工夫などにより回復をサポート。体調に合わせて運動強度を調整し、ストレス管理も重要。
- 合併症リスク: 非常にまれだが、甲状腺機能低下症が永久的に残ることがあるため、医師のフォローアップをしっかり受ける。
- 予防: 完全予防は難しいが、ウイルス感染対策(手洗い・うがい、ワクチン接種など)や免疫力の維持(バランスの良い食事、十分な休養、適度な運動)が間接的なリスク軽減に役立つ可能性がある。
もし首まわりの痛みや甲状腺の異常を疑う症状が出た場合は、放置せずに早めに内科や内分泌科を受診することをおすすめします。適切な検査を受け、亜急性甲状腺炎だと診断されれば、薬物療法や生活指導によって痛みのコントロールやホルモンの安定化を期待できます。逆に放置すると、症状の長期化や甲状腺機能の回復が遅れる恐れがあるため注意が必要です。
参考文献
- Subacute Thyroiditis (NCBI Bookshelf) アクセス日: 21/11/2022
- The management of subacute (DeQuervain’s) thyroiditis (PubMed ID: 8257868) アクセス日: 21/11/2022
- Thyroiditis (American Thyroid Association) アクセス日: 21/11/2022
- Thyroiditis (familydoctor.org) アクセス日: 21/11/2022
- Thyroiditis (NHS) アクセス日: 21/11/2022
- Thyroiditis (Cleveland Clinic) アクセス日: 21/11/2022
- Stasiak M, Michalak R, Stasiak B, Lewiński A. (2022) “Clinical Characteristics of Subacute Thyroiditis Is Different Depending on Triggering Factors.” International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(24):16647. doi: 10.3390/ijerph192416647
- Sia J, Tan H, Han X, Chan SP, Liew H. (2021) “Clinical Presentation and Management of Subacute Thyroiditis.” Endocrine Practice, 27(10), pp. 998–1004. doi: 10.1016/j.eprac.2021.06.004
免責事項(必ずお読みください)
本記事で述べた情報は、甲状腺に関する一般的な知識や研究報告をまとめたものであり、医療行為の提供を目的とするものではありません。実際の診断・治療方針は、患者一人ひとりの症状や検査データ、生活習慣に合わせて専門医によって決定されます。万が一、首の痛みや甲状腺機能の異常を示唆する症状を自覚した場合は、自己判断せずに医療機関で検査を受け、医師の指示に従ってください。ここで紹介した内容は参考情報であり、最終的な治療の可否や薬物の服用方法などは専門家との相談が必須です。
健康について不安がある方は、早めに医師や専門家に相談することを強く推奨いたします。以上の点を踏まえ、この記事が甲状腺の健康や亜急性甲状腺炎への理解を深める一助となれば幸いです。どうぞお大事になさってください。