低血圧症の危険性とは?最新エビデンスに基づくリスク評価、原因、そして包括的な対処法のすべて
心血管疾患

低血圧症の危険性とは?最新エビデンスに基づくリスク評価、原因、そして包括的な対処法のすべて

低血圧は、高血圧に比べてその危険性が社会的に広く認識されておらず、しばしば「病気ではない」「遺伝的な体質である」と軽視されがちです1。多くの人々は、健康診断で血圧が低いと指摘されても、特に自覚症状がなければ放置してしまう傾向にあります1。しかし、この一般的な認識と臨床現場における実態との間には、看過できない大きなギャップが存在します。本稿では、国内外の権威ある医学的見解と最新の科学的根拠に基づき、低血圧に潜む真のリスクを徹底的に解明し、ご自身の状態を正しく評価し、適切な行動をとるための包括的な指針を提供します。

本稿の科学的根拠

本稿は、以下に示す国内外の主要な医学的権威が示すガイドラインや医学的見解、学術論文から得られる科学的根拠に厳格に基づき作成されています。読者の皆様に信頼性の高い情報を提供することをお約束します。

  • 世界保健機関(WHO)およびMayo Clinic: 本稿における低血圧の国際的な定義(収縮期血圧90mmHg未満または拡張期血圧60mmHg未満)は、これらの機関が採用する基準に基づいています2
  • 日本循環器学会・日本老年医学会: 高齢者における血圧管理、特に降圧薬治療と転倒リスクに関する記述は、これらの学会が発行するガイドラインを参照しています3
  • 日本神経治療学会・日本自律神経学会: 起立性低血圧の診断基準や、ミドドリン塩酸塩の使用、生活習慣改善(運動療法、水分・塩分摂取など)に関する具体的な推奨事項は、これらの学会の診療ガイドラインに基づいています45
  • 各種メタアナリシス論文: 低血圧、特に起立性低血圧と認知機能低下や認知症、脳卒中リスクとの関連性については、複数の縦断研究を統合解析した最新のメタアナリシスの結果を引用しています67
  • MSDマニュアル: 低血圧の分類、原因、症状に関する多くの医学的解説は、世界中の医師や薬剤師に利用されている信頼性の高い医学情報源であるMSDマニュアル家庭版およびプロフェッショナル版に基づいています8

要点まとめ

  • 低血圧は、日本の臨床現場では一般に収縮期血圧100mmHg未満、国際的には90/60mmHg未満が目安とされますが、明確な定義はありません92。最も重要なのは、症状の有無です。
  • 低血圧は、原因不明の「本態性」、他の病気や薬が原因の「症候性」、立ち上がった時に起こる「起立性低血圧」、食後に起こる「食事性低血圧」などに分類されます9
  • 特に高齢者の起立性低血圧は、めまいや失神による転倒・骨折の直接的な原因となり、健康寿命を脅かす深刻なリスクです108
  • 最新の研究では、起立性低血圧を繰り返すことが脳への血流不足を招き、将来的に認知症や脳卒中のリスクを有意に高めることが強く示唆されています67
  • 治療の基本は、水分(1.5〜2.5L/日)と適度な塩分の摂取、少量頻回の食事、下半身を鍛える運動といった生活習慣の改善です。症状が重い場合は薬物療法も検討されます511

第1章:「単なる体質」から「警戒すべきシグナル」へのパラダイムシフト

低血圧に対する社会的な「過小評価」そのものが、潜在的な健康リスクを増大させる一因となっています。問題の本質は、低血圧という状態そのものではなく、「症状やリスクを伴う危険な低血圧」と「無症状の体質的な低血圧」が混同され、一括りに扱われている点にあります。本稿の役割は、この二つを明確に切り分け、読者が自身の状態を正しく評価するための羅針盤を提供することにあります。

第2章:低血圧症の医学的定義と国際比較

2.1. 日本における診断基準の現状

日本国内の主要な医学ガイドラインにおいて、低血圧症を定義する明確な数値基準は、実は確立されていません9。これは、血圧値が個人の体質、年齢、性別、生活習慣など多様な要因によって変動するため、単一の基準値で「病気」と断定することが難しいという臨床的判断を反映しています。しかし、臨床現場における一般的な目安は存在し、多くの医療機関では、診察室血圧で収縮期血圧(最高血圧)が100mmHg未満の状態を「低血圧」とみなすことが多いです2

2.2. WHOおよび欧米の診断基準との比較

一方で、世界保健機関(WHO)や米国の権威ある医療機関であるMayo Clinicなどは、収縮期血圧が90mmHg未満、または拡張期血圧(最低血圧)が60mmHg未満の状態を低血圧の一つの目安として採用しています2。この日本と欧米における定義の差異は、それぞれの地域における臨床的アプローチや疫学研究の背景の違いを反映している可能性があり、海外の研究論文を解釈する際には念頭に置くべき重要な点です。

2.3. 症状の有無が臨床的意義を決定する重要性

診断基準の数値を巡る議論以上に、臨床的に最も重要視されるのは「症状の有無」です12。血圧の絶対値が基準を下回っていても、全くの無症状で健康的な日常生活を送っている人々は数多く存在し、これは「体質性低血圧」と呼ばれ、多くの場合、治療の対象とはなりません13。臨床的に問題となる「低血圧症」とは、めまい、ふらつき、失神、強い倦怠感といった症状が出現するほどに血圧が低下した状態を指します8。したがって、ご自身の状態を評価する際には、「その血圧値によって、生活に支障をきたす症状が出ているか否か」を最も重要な判断基準とすべきです。

第3章:低血圧症の病態生理と詳細分類

低血圧症は、その原因や発症機序によっていくつかのタイプに分類されます。それぞれのタイプは特徴や対処法が異なるため、自身の症状がどの分類に当てはまる可能性が高いかを理解することは、適切な管理への第一歩となります。

3.1. 本態性(一次性)低血圧症

明らかな基礎疾患や原因薬剤が存在せず、主に体質的あるいは遺伝的要因によって慢性的に血圧が低い状態を指します9。低血圧と診断されるケースの中で最も多いタイプであり、特に思春期から30代までの痩せ型の若い女性に多く見られます92。多くは無症状ですが、一部の人では朝の不調、倦怠感、頭痛、めまいといったQOLを低下させる症状を伴うことがあります14

3.2. 症候性(二次性)低血圧症

何らかの特定の疾患や服用中の薬剤が原因となり、二次的に血圧が低下する状態です9。原因となっている疾患の治療や薬剤の見直しが治療の基本となります15。原因は多岐にわたり、心筋梗塞や心不全などの心血管疾患、アジソン病や甲状腺機能低下症などの内分泌疾患、出血や脱水による血液量の減少、重症感染症(敗血症)、降圧薬などの薬剤、ビタミンB12や鉄分の欠乏による栄養不足、そして妊娠などが挙げられます129148

3.3. 起立性低血圧症 (OH)

横になったり座ったりした状態から立ち上がった際に、自律神経系の調節不全により脳への血流が一時的に不足し、血圧が低下する状態です16。国際的な診断基準は明確に定められており、「起立後3分以内に、収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下すること」と定義されています17。加齢、糖尿病、パーキンソン病患者で特に頻度が高く、立ちくらみ、めまい、失神といった症状を引き起こします178。発症タイミングにより、古典的OH、遅延性OH、初期OHなどの亜分類も存在します18

3.4. 食事性低血圧症 (PPH)

食事を摂取した後、通常30分から2時間以内に発生する血圧低下で、高齢者、特に高血圧、パーキンソン病、糖尿病を基礎疾患として持つ人で多く見られます1920。食後の倦怠感、眠気、めまい、時には失神の原因となります。そのメカニズムには、消化管への血流集中、インスリンによる血管拡張作用、そして自律神経の応答不全などが関与しています162122

【表1】低血圧症の分類と特徴
分類名 定義・特徴 主な原因 典型的な症状 好発者
本態性(一次性)低血圧症 明らかな原因がなく、慢性的に血圧が低い状態。低血圧の中で最も多いタイプ9 体質、遺伝的要因 無症状の場合も多いが、倦怠感、頭痛、めまい、朝の目覚めの悪さなどを伴うことがある14 若年~中年の女性、痩せ型の人2
症候性(二次性)低血圧症 他の疾患や薬剤が原因で二次的に血圧が低下する状態9 心疾患、内分泌疾患、脱水、出血、重症感染症、薬剤(降圧薬など)12 低血圧による症状に加え、原因疾患に由来する多様な症状(例:発熱、胸痛、多尿など)。 様々な基礎疾患を持つ患者、特定の薬剤を服用中の患者
起立性低血圧症 (OH) 臥位・座位から立位への体位変換後3分以内に、収縮期血圧が20mmHg以上または拡張期血圧が10mmHg以上低下する状態17 自律神経機能の障害(加齢、糖尿病、パーキンソン病など)、脱水、薬剤17 立ちくらみ、めまい、ふらつき、眼前暗黒感(目の前が暗くなる)、失神8 高齢者、糖尿病患者、神経変性疾患患者17
食事性低血圧症 (PPH) 食後1~2時間以内に発生する血圧低下19 消化管への血流集中、インスリンの血管拡張作用、自律神経の応答不全16 食後の強い倦怠感、眠気、めまい、胃もたれ、吐き気、失神9 高齢者、高血圧患者、糖尿病患者、パーキンソン病患者20

第4章:低血圧症の潜在的危険性:最新エビデンスに基づく徹底分析

低血圧は「高血圧よりは安全」というイメージが根強いですが、特定の条件下ではQOLの低下に留まらず、生命や健康寿命を脅かす深刻な事態を引き起こす可能性があります。

4.1. 生命を脅かすショック状態と臓器障害

血圧が極度に低下すると、全身の臓器や細胞に十分な血液と酸素が供給されなくなる「ショック」と呼ばれる状態に陥ることがあります159。特に脳は血圧低下の影響を最も受けやすく、めまいや失神はその初期症状です8。ショック状態は、迅速かつ適切な治療が行われなければ、不可逆的な臓器損傷や死に至る極めて危険な状態で、大出血や重症感染症などで見られます。

4.2. 転倒・骨折リスク:特に高齢者における深刻な合併症

高齢者にとって、低血圧、特に起立性低血圧は極めて深刻な問題です。起立時のめまいや失神は転倒の直接的な原因となり10、意識のないまま転倒すると頭部外傷や大腿骨頸部骨折といった重篤な怪我につながる危険性が非常に高いです8。大腿骨頸部骨折は、高齢者が要介護状態や寝たきりになる主要な原因の一つです。複数の研究報告から、高齢者における降圧薬の使用が、転倒や骨折のリスクを有意に上昇させる可能性が指摘されており、慎重な血圧管理が求められます233

4.3. 認知機能への影響:認知症発症リスク増加の可能性

近年、低血圧の長期的な影響として最も注目されているのが、認知機能への悪影響です。起立性低血圧を持つ人は、立ち上がるたびに一時的に脳への血流が不足する状態(慢性的な脳虚血)を繰り返しており、これが長年にわたり脳の神経細胞にダメージを蓄積させ、最終的に認知症の発症につながるという仮説が提唱されています6。この仮説を裏付けるエビデンスは急速に蓄積されており、複数の大規模なメタアナリシス研究において、起立性低血圧(OH)を持つ人は、持たない人と比較して将来的に認知症を発症するリスクが有意に高いことが一貫して示されています6724。ある研究ではリスクが30%増加すると報告されています6。さらに、自覚症状がない「無症候性の起立性低血圧」でさえも、認知症リスクの上昇と関連しているとの報告もあり25、「症状がないから安心」とは言えないことが示唆されています。

4.4. 心血管・脳血管イベント

脳への血流不足(脳虚血)は、脳卒中のリスクも高めます。メタアナリシスにおいても、起立性低血圧が脳卒中リスクを有意に高めることが示されています10。特に、動脈に狭窄がある患者が食事性低血圧を起こした場合、一過性脳虚血発作(TIA)や脳梗塞を発症するケースも報告されています26。また、稀ではありますが、重度の低血圧が心臓の冠動脈血流を低下させ、狭心症に似た症状を引き起こす可能性も指摘されています8

4.5. QOL(生活の質)の低下と誤診のリスク

生命を直接脅かさないまでも、慢性的な疲労感、集中力の低下、頭痛といった症状は、仕事や学業のパフォーマンスを低下させ、日常生活の質を著しく損ないます10。特に、起立性調節障害に悩む小児・思春期では、「怠け」と誤解され、学業や友人関係に深刻な影響を及ぼすことがあります27。さらに、これらの非特異的な症状は、線維筋痛症や慢性疲労症候群と合併したり28、高齢者においては認知症やうつ病と誤診されたりする危険性も専門家から指摘されています29

第5章:診断的アプローチ:低血圧症を見極めるための包括的評価

低血圧症を正確に診断するためには、体系的なアプローチが不可欠です。

5.1. 詳細な病歴聴取と身体診察

診断プロセスの出発点は、症状が「いつ、どこで、どのような状況で」起こるのかといった詳細な病歴聴取です30。服用中の全ての薬剤(市販薬やサプリメントを含む)の確認や、心疾患、糖尿病、パーキンソン病などの基礎疾患の有無も重要な情報となります8

5.2. 血圧測定の標準手技

正確な診断には、症状が起こる状況を再現した上での血圧測定が鍵となります。

  • 起立性低血圧の評価: 国際的な標準手技では、5分間の臥位安静後の血圧と、起立後1分および3分後の血圧を測定・比較します31
  • 食事性低血圧の評価: 食前の血圧を基準とし、食後30分から時間を追って血圧を繰り返し測定し、低下の度合いを評価します32
  • 家庭血圧測定の重要性: 診察室での一度の測定では日常の変動を捉えきれないため、Mayo Clinicでは、朝の臥位・立位や症状が出た時など、家庭での血圧記録を推奨しています33。この記録は、医師が正確な診断を下すための貴重な情報源となります。

5.3. 補助診断

貧血や糖尿病、内分泌疾患の有無を調べるための血液検査や、不整脈や心筋虚血の兆候を捉えるための心電図検査が行われます1234

5.4. 精密検査:チルトテーブル試験

原因不明の失神を繰り返す場合などには、特殊なテーブルで体を傾け、自律神経の血圧調節能力を精密に評価するチルトテーブル試験が行われることがあります18。これにより、血管迷走神経性失神や体位性頻脈症候群(POTS)との鑑別が可能となります。

第6章:包括的マネジメント戦略と詳細な行動計画

低血圧症の管理は、生活習慣の最適化を中心とした非薬物療法が根幹をなします。

6.1. 非薬物療法(生活習慣の最適化)- 治療の根幹

これらは患者自身が主体的に取り組むことができ、多くの場合は症状の有意な改善が期待できます。

  • 水分・塩分摂取: 体内を循環する血液量を増やすため、1日に1.5リットルから2.5リットルの水分摂取が強く推奨されます11。塩分も水分を保持する効果がありますが、過剰摂取は高血圧のリスクを高めるため、必ず医師の指導のもとで行う必要があります33。日本のガイドラインでは1日8g以上などが目安とされます5
  • 食事療法: 一度に大量の食事を摂るのを避け、1日4〜5回に分ける「少量頻回食」が有効です21。炭水化物の多い食事は食後低血圧を誘発しやすいため、摂取量やタイミングを工夫することが推奨されます35。筋肉量を維持するための良質なタンパク質も重要です36。また、食後のコーヒーなどに含まれるカフェインは一時的に血圧を上げる効果が期待できます35
  • 運動療法: ウォーキングなどの有酸素運動は自律神経のバランスを整えます5。特に、ふくらはぎの筋肉(第二の心臓)を鍛えるカーフレイズなどは、下半身から心臓への血液の戻りを助ける「筋ポンプ作用」を強化し、起立時の血圧低下予防に非常に有効です15
  • 物理的・行動的対策: 急に起き上がらず、ベッドの端に一度腰掛けるなどの「段階的体位変換」33、下肢への血液のうっ滞を防ぐ「弾性ストッキング」の着用17、頭を10~20cm高くして眠る「頭部挙上睡眠」5などが有効です。また、立ちくらみが起きた際に脚を交差させて力を入れるなどの「対抗操作(Counter-maneuvers)」も症状緩和に役立ちます33
【表2】低血圧症に対する生活習慣改善策一覧(推奨度・エビデンスレベル付)
対策 具体的な方法 期待される効果(メカニズム) 推奨度 主な引用元(ガイドライン等)
運動療法 ウォーキング、水泳等の有酸素運動。特にふくらはぎを鍛える運動(カーフレイズ等)。 筋ポンプ作用の強化による静脈還流の促進。全体的な血管緊張の改善。 強く推奨 (推奨度1) 日本神経治療学会17, 日本自律神経学会5
水分補給 1日あたり2~2.5リットルの水分をこまめに摂取する。 循環血液量を直接的に増加させ、脱水を予防する。 強く推奨 (Class I) 日本自律神経学会5, Mayo Clinic34
塩分摂取 医師の指導のもと、1日8g以上を目安に適度に摂取する。 ナトリウムによる水分保持作用で循環血液量を増加させる。 強く推奨(医師の指導下) 日本自律神経学会5, Mayo Clinic33
段階的体位変換 起き上がる際に、ベッドサイドで一度座るなど、ゆっくりと動作する。 急激な血圧低下を防ぎ、身体が体位の変化に適応する時間を与える。 強く推奨(一般的指導) Mayo Clinic33, MSDマニュアル37
弾性ストッキング 医療用の弾性ストッキングや腹部バインダーを日中着用する。 下肢への血液のうっ滞を物理的に防ぎ、心臓への静脈還流を助ける。 推奨 (推奨度2) 日本神経治療学会17, Mayo Clinic34
食事の工夫 少量頻回食を心がける。炭水化物の多い食事を一度に摂りすぎない。 食事性低血圧の誘因となる消化管への急激な血流集中やインスリン分泌を緩和する。 推奨 Mayo Clinic33, MSDマニュアル37
頭部挙上睡眠 ベッドの頭側を10~20cm高くして就寝する。 夜間の臥位高血圧を抑制し、朝の起立性低血圧を軽減する。 考慮される (Class IIb) 日本自律神経学会5, Mayo Clinic33
カフェイン摂取 食後にコーヒーや紅茶などを摂取する。 交感神経刺激作用により、一時的に血圧を上昇させる。 考慮される 複数の医療情報サイト11
アルコール制限 飲酒を控える、または完全に避ける。 アルコールの血管拡張作用による血圧低下を防ぐ。 強く推奨(一般的指導) Mayo Clinic33, 日本自律神経学会5

6.2. 薬物療法

上記の非薬物療法を十分に行っても、失神を繰り返すなど症状が重く、日常生活に大きな支障をきたす場合には、薬物療法が検討されます。日本では、本態性低血圧および起立性低血圧の治療薬として「ミドドリン塩酸塩(商品名:メトリジン®など)」が承認されており、第一選択薬として推奨されています438。この薬は末梢血管を収縮させて血圧を上昇させる作用がありますが、横になると血圧が上がりすぎる「臥位高血圧」という副作用に厳重な注意が必要です39。そのため、就寝前の服用を避けるなどの厳格な指導のもとで使用されます。

第7章:特定集団における低血圧症:高齢者、若年女性、小児への特化したアプローチ

低血圧症の管理戦略は、対象となる集団の特性によって大きく異なります。

7.1. 高齢者:ポリファーマシーと転倒予防の最前線

高齢者では、加齢による自律神経機能の低下や動脈硬化により、起立性・食事性低血圧を極めて合併しやすくなります16。管理目標は症状緩和以上に「転倒予防」が最優先され、特に降圧薬を服用している場合は、意図せず低血圧を誘発・悪化させるジレンマがあるため、慎重な薬剤調整が不可欠です320。複数の薬剤を服用するポリファーマシーの問題も深刻であり、定期的な薬剤の見直しが重要となります40

7.2. 若年女性:本態性低血圧との向き合い方

若年女性は、体質的に血圧が低い本態性低血圧が最も多く見られる集団です。特に痩せ型で筋肉量が少なく、栄養が偏りがちな女性に多い傾向があります2。厚生労働省の国民健康・栄養調査でも、20歳代女性の「やせ」の割合が高いことが示されています41。症状がなければ治療は不要ですが、QOLが低下している場合は、バランスの取れた食事、適正体重の維持、適度な運動といった生活習慣の改善が基本となります36

7.3. 小児・思春期:起立性調節障害(OD)との関連

小児・思春期の低血圧関連症状は、多くの場合、「起立性調節障害(OD)」と関連しています。これは、身体の急激な成長に自律神経系の発達が追いつかないために起こる状態で、中学生の約1割に見られるとの指摘もあります27。朝起きられない、午前中に調子が悪いといった症状が「怠け」と誤解されやすいですが、本人の意欲の問題ではなく、治療が必要な身体疾患であるという正しい理解が、本人、家族、学校関係者の間で共有されることが極めて重要です27。治療の基本は、十分な水分・塩分摂取や運動などの非薬物療法です。

よくある質問

Q1: 血圧が低いのですが、病院に行くべきですか?

A1: 血圧の数値そのものよりも、症状の有無が重要です。血圧が低くても全く症状がなく、元気に日常生活を送れている場合は、必ずしも受診の必要はありません。しかし、めまい、立ちくらみ、失神、強いだるさなど、生活に支障をきたす症状がある場合は、医療機関(内科、循環器内科など)を受診することを強くお勧めします8。特に、失神を経験した場合や、症状が急に現れた場合は、背景に重篤な病気が隠れている可能性もあるため、速やかに受診してください。

Q2: 低血圧を改善するために、自分で塩分をたくさん摂っても良いですか?

A2: 自己判断で過剰に塩分を摂取することは推奨されません。確かに塩分は体内に水分を保持し血圧を上げる作用がありますが、過剰摂取は高血圧、心不全、腎臓病のリスクを高める可能性があります33。特に高齢者や、心臓・腎臓に持病がある方は危険です。塩分摂取量を増やすべきかどうか、またどの程度まで増やすべきかについては、必ず医師に相談し、その指導のもとで慎重に行ってください。

Q3: 立ちくらみがひどいのですが、すぐにできる対策はありますか?

A3: 立ちくらみの症状が出始めた時に、その場で症状を軽減させるための「対抗操作(カウンターマヌーバー)」が有効です。例えば、脚をハサミのように力強く交差させる、その場でしゃがみ込む、片足を椅子や台の上に乗せて前かがみになる、といった動作です33。これらの動作は下半身の筋肉を収縮させ、心臓へ戻る血液量を一時的に増やして血圧を上げる効果があります。症状が落ち着くまで、安全な場所でこれらの姿勢をとってみてください。

Q4: 高血圧の薬を飲んでいますが、立ちくらみがします。どうすればよいですか?

A4: 降圧薬が効きすぎて、起立性低血圧を引き起こしている可能性があります。これは特に高齢者でよく見られる問題です3。自己判断で薬を中止したり減量したりするのは危険ですので、絶対に行わないでください。まずは、かかりつけの医師に「立ちくらみがする」という症状を具体的に伝え、相談することが重要です。医師は薬の種類や量の調整、他の対策を検討してくれます。

結論

「低血圧症は危険か?」という問いに対する最終的な答えは、「はい、特定の状況下では、明確な健康リスクとなり得ます」です。無症状の体質的な低血圧は必ずしも危険ではありませんが、①生活の質を損なう症状を伴う場合、②転倒や認知症リスクと関連する起立性・食事性低血圧である場合、③特に高齢者である場合、それは放置すべきではない「警戒すべきシグナル」です。低血圧は、血圧計が示す単なる数値ではなく、その背景にある原因、現在および将来への影響を正しく評価し、個別化されたアプローチで対処することが、健康寿命を維持する上で不可欠と言えるでしょう。

免責事項本稿は情報の提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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  26. 食後低血圧による血行力学的機序で一過性脳虚血発作をおこした 1 例 – 日本神経学会, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/054020162.pdf
  27. 起立性調節障害を診る(田中英高) | 2019年 | 記事一覧 | 医学界新聞, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2019/PA03340_02
  28. 本当は怖い低血圧 – 千代田国際クリニック, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.ciclinic.net/%E4%BD%8E%E8%A1%80%E5%9C%A7%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
  29. A systematic review and meta-analysis on the association between orthostatic hypotension and mild cognitive impairment and dementia in Parkinson’s disease – PubMed, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36542202/
  30. 新しい「失神の診断・治療ガイドライン(2012 年改訂版)」 に基づいた失神の診断と治療へのアプローチ, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://square.umin.ac.jp/saspe/archive/41/41th_08.pdf
  31. Measuring Orthostatic Blood Pressure – CDC, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.cdc.gov/steadi/media/pdfs/STEADI-Assessment-MeasuringBP-508.pdf
  32. 3.健康状態の把握, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/kaigosyokuin/dl/text_06.pdf
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  35. 【健康レシピ】〜貧血・低血圧の症状編〜 2023.7月 更新, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://sundrug-online.com/blogs/recipe/reshipi035
  36. 低血圧の人が食べてはいけないものはある? おすすめの食べ物や改善方法 | セラピストプラス | 医療介護・リハビリ・療法士のお役立ち情報 – マイナビコメディカル, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://co-medical.mynavi.jp/contents/therapistplus/lifestyle/beauty/19142/
  37. 起立性低血圧 – 04. 心血管疾患 – MSDマニュアル プロフェッショナル版, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-%E5%BF%83%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%BF%83%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E7%97%87%E7%8A%B6/%E8%B5%B7%E7%AB%8B%E6%80%A7%E4%BD%8E%E8%A1%80%E5%9C%A7
  38. 医療用医薬品 : ミドドリン塩酸塩, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00062915
  39. ミドドリン塩酸塩錠2mg「トーワ」 | くすりのしおり : 患者向け情報, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.rad-ar.or.jp/siori/search/result?n=43558
  40. かかりつけ医のための 適正処方の手引き – 日本老年医学会, truy cập vào tháng 6 24, 2025, https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20211213_02_01.pdf
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