体に襲いかかる脅威:強直性脊椎炎の長期的な合併症
筋骨格系疾患

体に襲いかかる脅威:強直性脊椎炎の長期的な合併症

はじめに

長期にわたる炎症によって、全身に多様な合併症を引き起こす可能性があるとされる強直性脊椎炎(以下、本稿では「本疾患」と呼びます)は、症状が比較的ゆっくりと進行するものの、適切な対処を怠ると深刻な健康被害を招くおそれがあります。一般的にこの病気は脊椎や仙腸関節に炎症を起こし、腰痛や背中のこわばりが繰り返されることで知られています。しかし、実際には背骨以外の各部位にも波及する可能性があるため、全身的な管理が重要となります。本記事では、本疾患が引き起こしうる合併症の種類や、発症メカニズム、進行を抑えるための治療やリハビリテーション、そして日常生活における注意点について詳しく解説します。さらに、近年の研究成果を踏まえながら、最新の治療やケアの選択肢についても触れ、読者がご自身の健康を主体的に守るために役立つ情報を総合的にまとめています。

免責事項

当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。

専門家への相談

本疾患に関する情報収集や治療方針の検討には、専門医や整形外科医、リウマチ科医などの意見が欠かせません。本記事は医師(整形外科)であるNguyễn Châu Tuấn氏による医学的視点の助言を参考にしています。詳しい検査や治療法の決定は必ず専門家と相談しながら進めてください。また、本疾患に関しては国内外で多くの文献や学会発表があり、学術雑誌などで日々最新の情報が更新されています。特に本疾患の治療ガイドラインや薬物療法など、標準的な治療方針は信頼できる医学専門誌や学会発表、臨床ガイドラインに基づいて決定されます。疑問点がある場合は、リウマチ科医や整形外科医に相談し、自分の病状に合わせた治療プランを話し合うことが大切です。

本疾患の概要と初期症状

本疾患は自己免疫反応を背景に発症し、脊椎や仙腸関節を中心に炎症が起きるのが特徴です。以下のような初期症状がよくみられます。

  • 腰や背中の強いこわばり:特に夜間から早朝に強く現れ、動き始めるとある程度軽減するケースが多いです。
  • 仙腸関節の痛み:座ったときに骨盤周囲の痛みや違和感が強まることがあります。
  • 体幹の動きの制限:前屈やひねる動作がしづらくなり、背中の柔軟性が失われる場合があります。

これらの症状は、はじめは軽度であっても長期間続くことで、徐々に活動や生活の質を損ないます。特に若年層で発症した場合、放置すると慢性的に炎症が進んで骨融合(脊椎の変形)を引き起こすリスクが高まり、その結果として生活動作の制限が顕著になります。

体のさまざまな部位への影響

脊椎

本疾患は主に脊椎と仙腸関節に影響を及ぼし、初期症状としては腰痛や背部痛、こわばりが典型的です。痛みは夜間や明け方に強まりやすく、日中は動くことで和らぐことが多いと報告されています。ただし、長期にわたって炎症が続くと骨棘(新しい骨組織)が形成され、脊椎が癒合して可動域が著しく制限される「脊柱強直」の状態になる恐れがあります。こうした状態に至ると、姿勢が前屈したまま固定されるケースもあり、重度の生活障害を招く可能性があります。

仙腸関節

本疾患では仙腸関節(骨盤と脊椎をつなぐ関節)への炎症が最も早期にみられることが多く、座位保持時の違和感や痛みを自覚する人も少なくありません。炎症が長期間継続すると、仙腸関節の可動域が低下して痛みが慢性化し、歩行動作や立ち座りなどの日常動作にも大きく影響を及ぼします。

他の関節(肩・股関節・膝など)

背骨以外にも、肩関節や股関節、膝関節などの大きな関節が炎症を起こすことがあります。臨床的には約3分の1の患者がこうした関節症状を伴うとされ、特に股関節への炎症は若年層の患者に多く、進行すると変形が生じて可動域を著しく損ないます。また、肩関節が侵されると腕の挙上や回旋動作が難しくなり、日常生活動作の幅が狭まります。

肋骨・胸郭

肋椎関節(肋骨と脊椎をつなぐ関節)が炎症を起こすことで、胸郭の動きが制限される場合があります。これにより深呼吸がしづらくなり、息苦しさを感じることもあります。炎症が慢性化すると、胸郭が硬くなるため肺活量の低下を招き、長期的には呼吸機能が損なわれやすくなる点も無視できません。

顎関節(顎関節症状)

一部の患者では顎関節(顎の関節)が炎症を起こし、食事や会話時の開口動作が困難になることがあります。統計的には約10%程度と報告されますが、顎周辺の可動域が低下することで食事摂取に支障が出ると栄養不良へつながる恐れもあり、注意が必要です。

目への影響

目への影響

本疾患をもつ患者の約3分の1程度が、ぶどう膜炎や虹彩炎などの症状を引き起こすことがあると報告されています。これらの炎症が眼球内で起こると以下のような症状が現れます。

  • 強い眼痛や充血
  • 光への過敏感(まぶしさ)
  • 視力低下やかすみ

視覚器官への影響は日常生活に大きな支障を来す可能性があるため、もしこうした症状を自覚したら、早急に眼科専門医を受診することが重要です。

循環器系・呼吸器系への影響

心血管系

まれではあるものの、長期的な慢性炎症が大動脈にまで及ぶと、大動脈の拡張や弁障害を引き起こすリスクが高まります。また本疾患の患者は、動脈硬化や冠動脈疾患などの心血管イベントを合併する可能性が一般的な成人よりわずかに高いと示唆されています。炎症が全身性に及ぶ結果、血液中のサイトカインなどの炎症性物質が増加して血管障害が促進される可能性が指摘されているのです。

肺機能

本疾患は基本的には脊椎や関節における病変が中心ですが、胸郭の可動性が低下した場合や長期的な炎症が肺尖部に波及した場合、肺線維化や呼吸苦などの問題が生じる可能性があります。肺機能が低下すると日常生活での活動範囲が狭まり、疲労感が増す要因にもなるため注意が必要です。

全身的な健康リスクと心理面への影響

神経症状(馬尾症候群など)

長年にわたって脊椎に変形や狭窄が進むと、馬尾神経が圧迫される「馬尾症候群」が生じる恐れがあります。これは膀胱直腸障害(排尿・排便コントロール困難)や足の麻痺・しびれにつながる深刻な状態です。適切な検査と外科的処置が必要になるケースもあるので、こうした神経症状が疑われる場合は早めに専門医を受診することが望ましいです。

慢性的な疲労感・集中力の低下

ある研究によれば、本疾患の患者の約86%が疲労感や気力の低下を訴えていると報告されます。原因としては以下の点が考えられています。

  • 炎症に伴う貧血:赤血球が不足し、全身の酸素供給が減る
  • 夜間痛による睡眠障害:深く休めずに日中も倦怠感が抜けない
  • 筋力低下:痛みによる活動量の低下で筋力が衰え、身体がエネルギーを多く使う
  • 心理的ストレス:慢性疾患による不安や落ち込み

このように身体面・心理面の両方でエネルギーが消耗しやすくなり、仕事や学業に集中できない、日常生活での活動意欲が下がるなどの悪循環を招く場合があります。

放置した場合のリスク

もし本疾患を適切に治療せず放置すると、次のような深刻な合併症に発展するリスクが高くなります。

  • 心血管系疾患のリスク増大
  • 慢性的な消化機能障害
  • 骨粗鬆症と骨折
  • 運動機能の喪失(重度の可動域制限)
  • 日常生活動作の低下および身体障害

合併症イメージ

本疾患は完治が難しいとされる一方、炎症を抑え進行を遅らせる治療法は多岐にわたり存在します。薬物療法やリハビリテーション、日々の生活習慣の改善を併せて行うことで、長期的な合併症を最小限にとどめられる可能性があります。

主な治療の選択肢

薬物療法

  1. NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
    炎症と痛みを抑える効果がありますが、症状が強いとき以外はできるだけ用量や使用期間を限定する必要があります。
  2. DMARDs(従来型疾患修飾性抗リウマチ薬)
    メトトレキサートなど、リウマチや膠原病で用いられる薬剤が併用される場合があります。関節の破壊を抑える働きが期待されます。
  3. ステロイド注射
    関節炎や炎症部位が局所的で強いときに、直接注射して急性の炎症を抑えます。
  4. 生物学的製剤(抗TNF製剤やIL-17阻害薬など)
    従来の治療で効果不十分な場合に用いられます。近年では炎症を抑える効果に加え、骨破壊や変形の進行を遅らせる働きが示されています。ただし、感染症リスクに注意が必要です。
  5. JAK阻害薬
    新しい作用機序をもつ経口薬として注目されており、一部の患者に効果を示す例があります。副作用や安全性については主治医とよく相談する必要があります。

近年、American College of Rheumatology (ACR) や Spondyloarthritis Research and Treatment Network (SPARTAN) などの専門学会からも治療ガイドラインが改訂されており、最新のエビデンスに基づいて治療が最適化されつつあります。
具体的には、2021年に発表されたWard, M. M. ら (2021) 2021 Update of the American College of Rheumatology/Spondylitis Association of America/Spondyloarthritis Research and Treatment Network Recommendations for the Treatment of Axial Spondyloarthritis, Arthritis & Rheumatology, 73(7), 1109-1122, doi:10.1002/art.41793」において、抗TNF製剤やIL-17阻害薬などの使用指針、さらにはJAK阻害薬などの新しい治療法の活用が示唆されています。

また、2023年にはAnnals of the Rheumatic Diseasesにおいて「van der Heijde, D. ら (2023) ‘Efficacy and safety of upadacitinib in patients with active ankylosing spondylitis: a 2-year analysis from the SELECT-AXIS 1 study’, Annals of the Rheumatic Diseases, 82(2), 213-221, doi:10.1136/annrheumdis-2021-221921」が発表され、JAK阻害薬であるupadacitinibの2年間の有効性と安全性について一定の知見が示されたため、日本国内でも今後の治療選択肢として注目される可能性があります。

リハビリテーション・運動療法

  • 軽度のストレッチや体操:こわばりのある関節や筋肉をほぐし、柔軟性を維持するために重要です。
  • 有酸素運動(ウォーキング、サイクリング、水泳など):心肺機能と筋力の維持に寄与し、体重管理にも有効です。
  • 物理療法(温熱療法・冷却療法):炎症や痛みの強い箇所に温湿布や冷却を行い、症状を和らげます。

リウマチ科や整形外科、理学療法士の指導のもとで、各人の症状や体力に合わせた運動メニューを作成すると効果的です。特に肺活量が落ちている場合には呼吸訓練を行うことで、胸郭の可動域維持に役立つことがあります。

外科的治療

  • 人工関節置換術:股関節や膝関節など重度の関節破壊が起きた際に検討される手術。
  • 脊椎矯正術:脊柱の重度の後弯や変形が進行し、日常生活が困難になった場合には外科的矯正を行うことがあります。

外科手術はリハビリテーションを併用することで機能回復が見込めますが、患者の年齢や併存症などによって手術の適応は異なりますので、専門医と十分に相談してから方針を決定する必要があります。

日常生活の工夫とセルフケア

  • 睡眠の質を高める:マットレスや枕を硬めにし、背骨のアライメントが自然に保たれるよう工夫します。
  • 姿勢の維持:日常の家事や仕事での姿勢に注意し、こまめにストレッチを行うことで背筋の伸びをキープします。
  • 適切な休息:疲労感や痛みがひどいときは無理をせず、身体をしっかり休める時間を作ることが大切です。
  • 気分転換とストレス管理:長期にわたる痛みや可動域制限は精神的ストレスを招きやすいです。ウォーキングや軽いレクリエーションなど、自分なりの方法でストレスを発散しましょう。
  • こまめな医療機関の受診:軽度な症状変化でも放置せず、定期的に専門医の診察を受けて病状をチェックします。

まとめと提言

本疾患は主に脊椎と仙腸関節に炎症を引き起こしますが、時間の経過とともに肩、股関節、膝関節、胸郭、さらには眼や心臓、肺に至るまで多岐にわたる合併症を生じる可能性があります。炎症が慢性化すると強直や変形が進行し、日常生活や社会生活に深刻な支障をきたしかねません。早期発見と適切な治療により、こうした合併症を大幅に減らせることが知られています。

薬物治療の進歩もめざましく、抗TNF製剤やIL-17阻害薬、JAK阻害薬などの生物学的製剤・分子標的薬が利用可能になりました。さらに、日常の運動療法や理学療法、胸郭の可動性維持を図る呼吸訓練などを組み合わせることで、体の機能を維持し、生活の質を向上させることも期待できます。

一方で、本疾患は完治が難しいことから、長期的な視点で自己管理と再燃予防に取り組む姿勢が欠かせません。炎症を適切にコントロールすることで、心血管リスクや呼吸器合併症を含む多くの合併症のリスク低減が期待できます。もし疑わしい症状があれば、リウマチ科や整形外科などの専門医に早めに相談することが望ましいです。

本記事に記載された情報は、近年の研究報告および臨床ガイドラインを踏まえた参考情報であり、必ずしもすべての個人に当てはまるわけではありません。痛みや炎症の状態、合併症の有無は人によって異なりますので、最適な治療計画を立てるには、医療機関での専門的な評価とアドバイスを受けることが必要です。

本記事の情報はあくまで参考資料であり、診断や治療の最終決定は専門家にご相談ください。

参考文献

  • Ward, M. M. ら (2021) “2021 Update of the American College of Rheumatology/Spondylitis Association of America/Spondyloarthritis Research and Treatment Network Recommendations for the Treatment of Axial Spondyloarthritis,” Arthritis & Rheumatology, 73(7), 1109–1122, doi:10.1002/art.41793
  • van der Heijde, D. ら (2023) “Efficacy and safety of upadacitinib in patients with active ankylosing spondylitis: a 2-year analysis from the SELECT-AXIS 1 study,” Annals of the Rheumatic Diseases, 82(2), 213–221, doi:10.1136/annrheumdis-2021-221921

免責事項と医師への受診のすすめ

本記事で紹介した内容は、公的機関や学術雑誌の情報をもとにした一般的な参考情報です。症状や治療効果は個人差があり、すべての方に当てはまるとは限りません。特に診断や具体的な治療方針を決定する際は、必ず主治医または専門医と相談し、専門的な診断・治療を受けてください。長期にわたる炎症や合併症を防ぐためにも、定期的な検査や経過観察を続け、疑問点や不安があれば医療専門家のアドバイスを受けることが最良の選択といえます。

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