この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、参照された実際の情報源とその医学的指導との直接的な関連性を示します。
- 厚生労働省 血液凝固異常症に関する調査研究班: 本記事における日本のITP治療の標準的なアプローチ、特にヘリコバクター・ピロリ菌除菌療法の位置づけやステロイド療法の指針は、同研究班が発表した「ITP治療の参照ガイド」に基づいています9。
- 日本小児血液・がん学会(JSPHO): 小児ITPの治療方針、特に「無治療経過観察」の重要性や治療介入の基準に関する記述は、同学会が発行した「小児免疫性血小板減少症 診療ガイドライン 2022年版」に準拠しています5。
- 米国血液学会(ASH): 第二選択治療の選択における考え方やステロイドの短期使用推奨など、国際的な治療の潮流に関する記述は、同学会が2019年に発表したガイドラインを参考にしています18。
- 難病情報センター: ITPが日本の「指定難病」であること、および関連する公的医療費助成制度に関する具体的な情報は、同センターが提供する公式情報に基づいています6。
要点まとめ
- 免疫性血小板減少症(ITP)は、免疫系が自身の血小板を破壊する自己免疫疾患であり、日本では公的医療費助成の対象となる「指定難病」です16。
- 治療の主目的は、血小板数を正常値に戻すことではなく、生命を脅かすような重篤な出血を防ぎ、安全な日常生活を送れるようにすることです9。
- 日本の成人ITP治療では、ヘリコバクター・ピロリ菌の検査と除菌が第一選択治療として独自に推奨されています。その後、ステロイド療法や第二選択治療(TPO受容体作動薬、リツキシマブ、脾臓摘出術など)が検討されます920。
- 小児のITPは多くが自然に治癒するため、重い出血症状がなければ、薬物治療を行わずに注意深く経過を観察する「無治療経過観察」が基本方針です5。
- 治療法の選択は、患者一人ひとりの症状、年齢、ライフスタイル、そして治療の利点と危険性を医師と十分に話し合って決定すること(共同意思決定)が極めて重要です18。
免疫性血小板減少症(ITP)とは?— 基礎知識と日本の現状
ITPを正しく理解することは、病気と向き合うための第一歩です。ここでは、ITPの定義、主な症状、そして成人型と小児型の違いについて解説します。
ITPの定義
免疫性血小板減少症(ITP)は、自己の免疫システムが異常をきたし、血小板に対する自己抗体を作り出してしまう後天性の自己免疫疾患です。この自己抗体は血小板の表面に結合し、「異物」としての目印となります。その結果、主に脾臓で血小板が早期に破壊されてしまいます1。さらに、この自己抗体は骨髄にある血小板の産生工場である巨核球をも攻撃し、新しい血小板の産生を抑制することがあり、病状をさらに悪化させる一因となります1。
血液学的には、ITPは他の明らかな原因や基礎疾患がないにもかかわらず、血液中の血小板数が10万/μL未満に減少した状態と定義されます3。重要な点は、この減少が血小板のみに限定され、赤血球や白血球といった他の血液細胞は正常範囲内にあることです2。かつては「特発性血小板減少性紫斑病」と呼ばれ、「特発性」という言葉は原因が不明であることを意味していました。しかし、その後の医学の進歩により免疫メカニズムが根本的な原因であることが明らかになり、病気の本質をより正確に反映するため、国内外の医学界で「免疫性血小板減少症」へと名称が変更されました5。
主な症状
血小板は血液を固めて出血を止める重要な役割を担っているため、その数が減少すると出血のリスクが高まります。ITPの臨床症状は多岐にわたりますが、最も一般的なのは皮下での出血で、小さな点状の出血(点状出血)や、より大きな青あざ(紫斑)が、明らかな原因なく、あるいは軽い打撲で生じます1。
その他の出血症状には以下のようなものがあります。
留意すべき点として、出血症状の重症度は必ずしも血小板数と直接相関するわけではありません。血小板数が非常に低くても目立った症状がない患者さんもいれば、それほど低くないにもかかわらず出血傾向が強い方もいます7。まれではありますが、最も危険な合併症は脳内に出血する脳出血であり、生命を脅かす可能性があります。この危険性は、高齢者や頭部に外傷を負った場合に高まります9。
成人ITPと小児ITPの違い
ITPは、成人で発症する場合と小児で発症する場合とで、病気の経過や治療法が大きく異なります。
- 小児ITP: 多くの場合、病気は急性型で経過します。風邪などのウイルス感染後や、予防接種後などに突然発症することが多いのが特徴です7。小児ITPの最も顕著で幸いな点は、自然に治癒する割合が非常に高いことです。約70~90%の小児患者は、特別な治療をしなくても6ヶ月以内に血小板数が正常に戻ります12。
- 成人ITP: 一方、成人の場合は慢性型に移行する傾向が強く、病状が6~12ヶ月以上持続します。成人で自然に寛解する割合は10%未満と非常に低いです1。そのため、多くの成人患者は病気を管理するために長期的な治療計画と経過観察が必要となります。特に20代から50代の女性に多く見られます14。
日本における「指定難病」としてのITP
日本の患者さんにとって最も重要かつ実用的な情報の一つは、ITPが日本の厚生労働省によって「指定難病」(指定難病63)として認定されていることです6。この認定は、国の医療費助成制度を利用できる道を開くものであり、非常に大きな意味を持ちます。
この情報を記事の早い段階で提供することは、医学的知識を提供するだけでなく、患者さんとそのご家族が抱える最も切実な懸念の一つである経済的負担という問題に直接応えるものです。これにより、本記事は単なる医学解説にとどまらず、日本の医療制度の背景と患者さんの現実的な悩みに寄り添う、信頼性の高い情報源であることを示します。規定によると、病状が一定の重症度基準(例:ステージII以上)を満たす患者さんが助成の対象となります15。さらに、「軽症者特例」と呼ばれる制度があり、重症度基準を満たさない場合でも、高額な医療の継続が必要な患者さんは助成の対象となる可能性があります15。
ITPの診断と治療目標 — 何を目指すのか
ITPの診断はどのように行われ、治療では何を目指すのでしょうか。正しい理解は、いたずらに不安になることを防ぎ、前向きに治療に取り組む助けとなります。
診断プロセス
ITPの診断は、基本的に「除外診断」というプロセスで行われます3。これは、血小板減少を引き起こす可能性のある他の全ての病気や原因を一つずつ否定していき、最終的にITPであると結論付ける方法です。
診断プロセスには通常、以下のステップが含まれます。
- 病歴聴取と身体診察: 医師は、これまでの病歴、出血症状の有無、そして現在使用している薬剤について詳しく尋ねます。一部の薬剤は血小板減少を引き起こす可能性があるためです7。
- 血液検査: 全血球計算(CBC)は、血小板だけが単独で減少していること(他の赤血球や白血球の数・形態は正常であること)を確認するための最も基本的な検査です3。末梢血塗抹標本検査も行われ、血液細胞の形態を観察し、他の原因を除外します。
- 他の疾患の除外: 全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患、HIVやC型肝炎などのウイルス感染症、肝疾患、血液凝固障害、白血病などの血液悪性腫瘍といった、二次的に血小板減少を引き起こす可能性のある病気を除外する必要があります7。
- 骨髄検査: 骨髄穿刺や骨髄生検は、特に典型的な症状を示す小児や若年成人では必ずしも必須ではありません。しかし、60歳以上の患者さん、非典型的な所見がある場合、あるいは初期治療に反応しない場合には、骨髄異形成症候群(MDS)などの他の骨髄疾患を除外する目的で実施されることがあります3。
近年、より侵襲性の低い診断法が模索されています。血漿中のトロンボポイエチン(TPO)濃度や未熟血小板分画(IPF)の割合を測定することを含む新しい診断基準が研究されています。これらの指標は、ITPと他の産生低下による血小板減少症をより明確に区別するのに役立ち、将来的には不要な骨髄検査を避けることにつながる可能性があります16。
治療の核心的な目標
治療目標について現実的な期待を持つことは、患者さんの不安を和らげ、治療への積極的な参加を促す上で非常に重要です。明確に強調すべき点は、ITP治療の主目的は血小板数を完全に正常値に戻すことではなく、重篤な出血を予防し、患者さんが安全な生活の質を維持することにあります9。
この治療哲学を効果的に伝えることで、患者さんの意識は「検査結果の数値を治す」という強迫観念から、「出血の危険性を主体的に管理する」という前向きな姿勢へと変わります。これは、患者さん中心の現代医療アプローチを体現するものであり、患者さんの精神的負担を軽減する助けとなります。
治療方針を決定するための血小板数の目安は以下の通りです。
- 一般的な目標: 安全な血小板レベル、通常は30,000/μL以上を維持することです17。より理想的には50,000/μL以上とされ、このレベルでは日常生活における自然出血の危険性が大幅に低下します9。
- 経過観察: 血小板数が50,000/μL以上で、出血症状がないか、軽い皮下出血のみの患者さんは、多くの場合、すぐに治療を開始せず、定期的な経過観察を行います9。
- 治療介入: 血小板数が20,000~30,000/μL未満に低下した場合、またはこの数値より高くても鼻血や歯ぐきの出血といった粘膜出血などの顕著な症状がある場合には、治療が検討されます9。
成人ITPの治療選択肢 — 日本のガイドラインに基づくアプローチ
成人ITPの治療は、血小板数、症状の程度、併存疾患、そして患者さんのライフスタイルに基づいて個別化されます。日本のガイドラインでは、ヘリコバクター・ピロリ菌に関する独自のステップから治療が開始されるのが特徴です。
第一選択治療(ファーストライン治療)
診断後、最初に適用される治療法です。
ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌療法
日本では、ITP治療計画におけるユニークかつ最優先のステップとして、ヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)の検査と除菌が位置づけられています9。新たにITPと診断された全ての患者さんは、まずこの菌の感染の有無を調べられます。もし陽性であれば、血小板数や出血状況にかかわらず、直ちに抗生物質による除菌療法が開始されます20。
このアプローチの背景には、H. pylori感染とITPの間に有意な関連性があることを示す研究結果があります。H. pyloriに感染しているITP患者さんの約50~70%が、除菌に成功した後、血小板数の有意な増加を示します20。これは、強力な免疫抑制剤を使用することなく、副作用が少なく、長期的な寛解をもたらす可能性のある効果的な治療法と考えられています9。
副腎皮質ステロイド療法
H. pylori検査が陰性であった患者さん、または除菌療法に反応しなかった患者さんに対しては、副腎皮質ステロイド(一般的にステロイドと呼ばれる)が標準的な第一選択治療となります17。
- 作用機序: ステロイドは強力な免疫抑制作用を持ちます。血小板に対する自己抗体の産生を減少させるとともに、脾臓のマクロファージが抗体の付着した血小板を破壊するのを防ぎます1。
- 薬剤と用量: プレドニゾン(通常、体重1kgあたり0.5~1.0mgを1日量として)や、デキサメタゾン高用量療法(通常、40mgを4日間)が一般的に用いられます9。
- 副作用と管理: ステロイドは効果的である一方、特に長期にわたる使用は、体重増加、高血糖(糖尿病の危険性)、骨粗しょう症、高血圧、気分の変動、感染症のリスク増加など、多くの副作用を引き起こす可能性があります13。そのため、治療効果が得られた後は、慎重にステロイドの量を減らしていきます。2019年の米国血液学会(ASH)のガイドラインでは、これらの副作用を最小限に抑えるため、減量期間を含めて6週間未満の短期間コースでの使用が推奨されています18。
第二選択治療(セカンドライン治療)
第一選択治療が効果不十分(ステロイド抵抗性)であったり、副作用のために高用量のステロイド維持が必要(ステロイド依存性)になったりした場合、第二選択治療が検討されます。どの治療法を選択するかは複雑なプロセスであり、効果、副作用、費用、そして個々の患者さんのライフスタイルや希望を考慮して、医師と患者が十分に話し合って決定すること(共同意思決定)が求められます18。
トロンボポイエチン受容体作動薬(TPO-RAs)
- 作用機序: 免疫抑制療法とは異なり、TPO-RAsは骨髄にある巨核球のトロンボポイエチン受容体を直接刺激し、新しい血小板の産生を促進することで作用します20。
- 薬剤の種類: 日本で利用可能な主な薬剤には、週1回の皮下注射で投与するロミプロスチム(商品名:ロミプレート®)と、毎日経口投与するエルトロンボパグ(商品名:レボレード®)の2種類があります11。
- 有効性と安全性: TPO-RAsは非常に高い有効性を示し、80~90%の患者さんで治療反応が見られ、その効果は治療を継続している限り維持されることが多いです22。あるメタ解析では、TPO-RAsが他の第二選択治療と比較して、短期的な有効性と重篤な副作用のリスクとのバランスが最も優れていることが示唆されました23。ただし、血栓症のリスク増加や、まれに骨髄の線維化(通常は薬剤中止により回復可能)といった潜在的なリスクについては注意深いモニタリングが必要です17。
リツキシマブ(抗CD20モノクローナル抗体)
- 作用機序: リツキシマブは、Bリンパ球の表面にあるCD20というタンパク質を標的とするモノクローナル抗体です。このB細胞を破壊することで、病気の原因となる自己抗体の産生源を減らします20。
- 有効性と欠点: この治療法は、一定の割合の患者さんにおいて、薬剤を使用しない長期的な寛解をもたらす可能性があります23。リツキシマブとステロイドを組み合わせた治療法が最も高い持続的奏効率をもたらしたというメタ解析もあります24。しかし、薬剤の注入に伴う反応や、長期的な免疫抑制による感染症のリスク増加といった副作用があります24。
脾臓摘出術(脾摘)
- 作用機序: 脾臓は、抗体が結合した血小板が捕捉・破壊される主要な臓器であり、同時に抗体産生の場でもあります。脾臓を外科的に摘出することで、血小板が破壊される主要な場所を取り除き、血小板数を増加させます8。
- 有効性と欠点: 脾摘は、薬剤を使用しない持続的な寛解が得られる確率が最も高い選択肢で、約60%の患者さんが術後に長期的な安定を得ます6。しかし、これは元に戻すことのできない侵襲的な介入であり、生涯にわたって重篤な感染症(特に肺炎球菌などの被膜を持つ細菌による)のリスクが伴います。そのため、術前に必要なワクチンを十分に接種しておく必要があります1。
これらの選択肢を視覚的な比較表で提示することは、複雑な情報を体系化し、異なる治療法間のトレードオフを明確にする上で非常に有効です。この表は、患者さんが自身の健康に関する意思決定に深く関与するのを助け、現代医療における信頼性と専門性の高い情報提供の証となります。
治療法 | 作用機序 | 利点 | 欠点・主な副作用 | このような患者さんに適している |
---|---|---|---|---|
TPO受容体作動薬 | 骨髄を刺激して血小板産生を促進20。 | 高い有効率(80-90%)、免疫抑制なし、経口/注射で利便性が良い22。 | 継続的な治療が必要、血栓症リスク、骨髄線維化(まれ)、高コスト17。 | 手術や免疫抑制を避けたい、長期的な治療を受け入れられる方。 |
リツキシマブ | 抗体を産生するB細胞を破壊20。 | 服薬なしでの持続的寛解の可能性、手術を回避できる23。 | 効果が不確実、長期の免疫抑制、感染症リスク、注入反応24。 | 完全な服薬中止の機会を望み、免疫抑制関連のリスクを受け入れられる方。 |
脾臓摘出術 | 血小板破壊と抗体産生の主要な場を除去8。 | 服薬なしでの持続的寛解率が最も高い(約60%)6。 | 侵襲的な手術、不可逆的、生涯続く重症感染症リスク、血栓症リスク1。 | 服薬なしでの持続的寛解を最優先し、手術のリスクを受け入れられる方。 |
小児ITPの治療 — 「待つ」ことの重要性
小児ITPの治療アプローチは成人とは大きく異なり、「できるだけ介入は少なく」という哲学が中心にあり、血小板の数値だけを見るのではなく、生活の質(HRQoL)を重視します。
治療の基本方針
自然治癒率が非常に高いため、小児ITP患者の大多数、特に無症状または軽い皮下出血のみの子供に対する標準的なアプローチは、治療を行わずに注意深く経過を観察する「無治療経過観察(watchful waiting)」です5。治療介入の決定は、単に血小板数が低いことだけではなく、主に出血症状の重症度(特に粘膜出血)や、病気が子供の日常生活や生活の質に与える影響に基づいて行われます5。
保護者に対してこのアプローチを説明することは非常に重要です。数値に焦点を当てるのではなく、病気のリスク(出血)と治療のリスク(薬剤の副作用)とのバランスについて話し合うべきです。例えば、非常に活発でスポーツが好きな子供は、出血症状がそれほど重くなくても、安全に活動に参加できるようにするために治療が必要になるかもしれません。逆に、よりおとなしい子供であれば、薬剤を使わずに安全に経過観察できる可能性があります。このようなきめ細やかなアプローチは、個々の子供と家族の生活状況を尊重する、共感的な医療の実践です。
治療が推奨される場合
日本小児血液・がん学会(JSPHO)の2022年の診療ガイドラインによると、以下のような子供には治療が推奨されます5。
- 長引く鼻血、血尿、痛みを伴う口腔内血腫など、粘膜出血(出血スコアでグレード3以上と分類)がある場合。
- 病気そのもの、あるいは病気による活動制限によって生活の質(HRQoL)が著しく損なわれている場合。
治療が必要な場合、第一選択の治療法には以下が含まれます。
- 短期間の副腎皮質ステロイド療法: 副作用を抑えるため、通常は7日以内の短期間で使用されます5。
- 免疫グロブリン静注療法(IVIG): IVIGは、迅速に血小板数を増加させる必要がある場合(緊急手術前や重篤な出血時など)や、ステロイドの使用が禁忌である場合に優先されることが多いです5。
持続性・慢性小児ITPの治療
血小板減少が出血症状のために継続的な治療を必要とし、3~6ヶ月以上続く「持続性ITP」や12ヶ月以上続く「慢性ITP」の少数の子供たちに対しては、第二選択治療が検討されます。成人同様、選択肢にはTPO-RAs、リツキシマブ、脾臓摘出術が含まれます。しかし、ASHとJSPHOの両方の小児科ガイドラインでは、脾臓摘出術よりも薬物療法(TPO-RAsまたはリツキシマブ)を優先することが推奨されています5。脾臓摘出術が子供に行われることは非常にまれで、通常は他のすべての治療法が失敗し、病気が長期間続いた後の最終手段と見なされます5。
緊急時の治療と特殊な状況
リスクの高い状況に対して明確で実行可能な情報を提供することは、患者さんとご家族が備え、混乱を軽減するために不可欠です。
重篤な出血への対応
脳出血や重度の消化管出血といった重篤な出血は、入院と即時の介入を必要とする医学的な緊急事態です21。目標は、出血をコントロールするために可能な限り迅速に血小板数を増加させることです。通常、以下の治療法が組み合わせて用いられます。
- 免疫グロブリン大量療法(IVIG): これは即効性のある治療法で、通常2~3日以内に血小板数を増加させます。IVIGは免疫系を「かく乱」し、血小板の破壊を阻止することで作用します12。
- ステロイドパルス療法: 免疫反応を迅速に抑制するため、非常に高用量の副腎皮質ステロイドを3日間連続で静脈内投与します20。
- 血小板輸血: ITPでは、輸血された新しい血小板も自己抗体によってすぐに破壊されてしまうため、単独での血小板輸血は通常効果がありません12。しかし、生命を脅かす出血状況では、IVIG投与の直後などに血小板輸血が行われます。IVIGは輸血された血小板の寿命を延ばし、それらが止血効果を発揮するための「時間稼ぎ」をするのに役立ちます13。
妊娠とITP
妊娠中のITP管理は、血液内科医と産科医の緊密な連携を必要とする挑戦的な課題です。主な目標は、母体の血小板数を、母子ともに安全なレベル、特に陣痛・分娩時の出血合併症を避けるのに十分なレベルに維持することです9。
妊娠中に安全とされ、一般的に使用される治療法には、副腎皮質ステロイドとIVIGがあります9。懸念事項の一つは、母親のIgG自己抗体が胎盤を通過し、新生児に一時的な血小板減少を引き起こす可能性があることです。そのため、ITPの母親から生まれた新生児は、出生直後に血小板数を確認し、注意深く経過を観察する必要があります。新生児に重度の血小板減少が見られる場合は、IVIGなどの治療が行われることがあります5。
手術や分娩前の管理
分娩を含む、いかなる外科手術や侵襲的な処置の前にも、ITP患者さんは出血リスクを最小限に抑えるために慎重な管理が必要です。目標は、血小板数を一時的に安全なレベル、通常は50,000/μL以上に引き上げることです21。緊急時と同様、主にIVIGやステロイドが用いられ、処置の数日前に計画的に実施して、必要なタイミングで血小板数がピークに達するように調整します21。
ITP治療の未来と新しい選択肢
ITPの治療分野は、病気の多様な病態生理に働きかける新しい薬剤の登場により、目覚ましい進歩を遂げています。これらの進歩を紹介することは、最新情報を提供するだけでなく、患者さんに希望を与え、本情報源が医学の最新動向を常に追っている信頼できるチャネルであることを示します。
研究開発中のこれらの新しい治療法は、現在の画一的なアプローチではなく、個々の患者さんで病気を引き起こしている特定の免疫メカニズムに基づいて治療法を選択する「個別化医療」の未来を約束するものです26。
有望な新しい治療アプローチには以下のようなものがあります。
- 胎児性Fc受容体(FcRn)阻害薬: これは最も新しく画期的な薬剤群の一つです。FcRn受容体は、ITPの主な原因であるIgG抗体が分解されるのを防ぎ、血中での寿命を延ばす役割を担っています。FcRn阻害薬はこのプロセスをブロックし、自己抗体であるIgGをより速く分解させることで血中濃度を下げ、血小板の破壊を減少させます20。
- ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬: BTKはB細胞のシグナル伝達経路における重要な酵素です。この酵素を阻害することで、これらの薬剤はB細胞の成熟と活性化を妨げ、自己抗体の産生を抑制することができます27。
- 補体阻害薬: 補体系は自然免疫の一部であり、一部のITP患者さんではこの系が血小板破壊に関与している可能性が示唆されています。補体阻害薬は、この破壊経路をブロックできるかどうかについて研究されています27。
- その他の新しい治療法: B細胞活性化因子(BAFF)を標的とする薬剤や、抗体産生の工場である形質細胞を直接標的とする薬剤など、他の研究も進められています27。
これらの新しい治療法の開発は、既存の治療法に反応しない、あるいは耐えられない患者さんにとっての希望となり、今後数年でITP治療の風景を大きく変えることが期待されています。
ITP患者さんの日常生活と公的支援
ITPの管理は薬物療法だけでなく、ライフスタイルを調整し、利用可能な支援資源を活用して、病気と安全かつ効果的に共存していくことも含まれます。
日常生活での注意点
以下の実践的なアドバイスは、患者さんが出血のリスクを最小限に抑え、病気をより良く管理するのに役立ちます。
- 運動: 血小板数が低いときは、サッカー、柔道、剣道など、対人接触が多く、打撲や怪我のリスクが高いスポーツは避けるべきです6。代わりに、ウォーキング、水泳、ヨガなど、より穏やかな運動を選択することが推奨されます。自身の状態に合った安全な運動レベルを決定するために、主治医と相談することが重要です5。
- 薬剤: 市販薬、特にイブプロフェンやアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、血小板の機能を弱め、出血リスクを高める可能性があります。漢方薬やサプリメントを含め、新しい薬剤を使用する前には、必ず医師または薬剤師に相談してください6。
- 自己観察: 皮膚の点状出血の増加、新しいあざ、口の中の血腫など、新たな出血の兆候を早期に発見するために、毎日自分の体をチェックする習慣を持つことが推奨されます6。これらの変化に早く気づくことは、病状の経過を評価し、適時な対応をとる上で助けとなります。
公的支援制度の活用
前述の通り、ITPは日本の「指定難病」であり、患者さんは国の支援プログラムを利用できます。この支援を活用するためには、申請手続きが必要です。
- 申請手続き: 患者さんは専門医による診断を受け、政府指定の様式である臨床調査個人票を記入してもらう必要があります。その後、患者さんまたはご家族が、この書類とその他必要な書類を、お住まいの地域の保健所に提出します。
- 助成基準: 支援の承認は、通常、病気の重症度分類に基づいて行われます。ステージII以上に分類される患者さんは通常、対象となります15。また、軽症であっても高額な治療(例:TPO-RAs)が必要な場合は、「軽症者特例」によって支援の対象となることがあります15。承認されると、患者さんには医療受給者証が交付され、ITP関連の医療サービスに対する自己負担額が大幅に軽減されます。
よくある質問
ITPはがんの一種ですか?
いいえ、違います。ITPは自己免疫疾患であり、がんではありません。細胞が悪性に増殖する病気とは無関係です。
ITPは遺伝しますか?
ITPは通常、後天的に発症する病気であり、遺伝性はありません。同じ家族内で複数の人が発症することは非常にまれです。
ワクチン(インフルエンザ、新型コロナウイルスなど)を接種できますか?
一般的に、ITPの患者さんはワクチンを接種することができます。ただし、ワクチン接種によって血小板数が一時的に変動することがあります。接種のタイミングが安全で適切であることを確認するために、どのようなワクチンを接種する前でも、必ず主治医の血液内科医と相談することが重要です6。
ストレスはITPを引き起こしたり、悪化させたりしますか?
現在のところ、精神的ストレスがITPを直接引き起こすという明確な科学的証拠はありません。しかし、ストレスは免疫系全体に影響を与える可能性があり、一部の患者さんはストレスを感じると症状が悪化すると感じることがあります。良好なストレス管理は、常に全体的な健康にとって有益です11。
ITPは完治しますか?
小児の場合、大部分は急性で、完全に治癒します。成人の場合、病気は慢性化することが多く、「完治」(治療中止後に二度と再発しないこと)はまれです。しかし、現代の治療法により、多くの患者さんが長期的な寛解を達成し、通常の生活を送ることが可能です11。
ロミプロスチム(ロミプレート®)とエルトロンボパグ(レボレード®)の違いは何ですか?
どちらも同じ作用機序を持つトロンボポイエチン受容体作動薬(TPO-RAs)で、血小板の産生を刺激します。主な違いは投与経路にあり、ロミプロスチムは週1回の皮下注射、エルトロンボパグは毎日の経口薬(錠剤)です11。
食事療法は必要ですか?
ITPを治療することが証明されている特定の食事療法はありません。しかし、バランスの取れた健康的な食事は、全体的な健康と免疫システムをサポートします。ステロイドを服用中の患者さんは、血圧や血糖値への副作用を管理するため、塩分や糖分の摂取を控えるよう注意すると良いでしょう。
結論
免疫性血小板減少症(ITP)は、複雑で生涯にわたる管理を要する可能性がある疾患ですが、医学の進歩により、その理解と治療法は大きく前進しています。重要なのは、治療の目標が必ずしも血小板数の正常化ではなく、重篤な出血を防ぎ、患者さんが安心して質の高い生活を送れるようにすることであると理解することです。成人ではヘリコバクター・ピロリ菌の除菌から始まる日本独自の治療アプローチがあり、小児では自然治癒を期待した慎重な経過観察が基本となります。TPO受容体作動薬や新規薬剤の開発は、将来の治療にさらなる希望をもたらしています。ITPと診断された方は、指定難病としての公的支援制度を積極的に活用し、日常生活での注意点を守りながら、主治医と密に連携して、ご自身に最適な治療法を見つけていくことが何よりも大切です。
参考文献
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