はじめに
近年、発汗量が過剰になる症状(多汗症)に悩む方が増えているとされ、特に手のひらや足の裏、わきの下などに大量の汗をかくことで日常生活に支障をきたすケースが報告されています。日々の生活でハンカチを何枚も使わざるを得ない、手汗によって大切な書類が濡れてしまう、握手に抵抗を感じてしまうなど、対人関係や仕事にも影響が出ることは少なくありません。こうした多汗症の治療法にはさまざまな種類がありますが、そのなかでも内視鏡下胸部交感神経切除術(以下、本記事内では「交感神経切除術」と呼びます)は、効果が高いとされる選択肢のひとつとして知られています。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本記事では、この交感神経切除術の概要、注意点、術式の流れ、そして考えられるリスクや術後の経過、研究で示されているデータなどを総合的に解説していきます。多汗症にお悩みの方が手術を検討するときに、具体的な情報を知っていただくための参考資料としてご覧ください。
専門家への相談
本記事の内容は、多汗症に関する医学的知識や国内外の専門家による見解、実際の臨床経験をもとに作成しています。加えて、内科・総合診療科の臨床経験を持つBác sĩ Nguyễn Thường Hanhの見解を一部参照し、交感神経切除術に関する注意点や留意点を整理しました。本記事はあくまで情報提供を目的とするものであり、最終的な診断や治療方針の決定は医療従事者との相談が不可欠です。手術に関する疑問や不安がある方は、必ず医師などの専門家へ直接ご相談ください。
内視鏡下胸部交感神経切除術とは
交感神経切除術の基本的な仕組み
交感神経切除術は、胸部の背骨近くを走行している交感神経幹(交感神経節)を内視鏡で確認しながら切除または凝固・焼灼する手術です。多汗症患者のなかでも特に手のひらや足の裏、わきの下に大量の汗をかく方が対象となることが多く、神経を物理的に遮断することで過剰な発汗を抑えます。多汗症は自律神経のうち交感神経が過度に働くことで起こる一連の症状と考えられており、交感神経を遮断することで、手やわきなどに送られる発汗指令を抑制する狙いがあります。
通常、人間の体温調節は自律神経系が司っており、発汗は体温上昇を抑えるために不可欠な生理現象です。しかし、日常生活に支障が出るほどの発汗量がある場合は、皮膚表面の汗腺を直接ブロックする外用薬などでは十分な改善を得にくいことがあるため、最終的な手段として交感神経切除術が検討されるケースが少なくありません。
従来の治療法との比較
多汗症に対しては、薬物療法(抗コリン薬や外用薬など)やイオン浸透療法、ボツリヌス注射などの保存的治療が実施されることもあります。これらの治療法は非侵襲的もしくは低侵襲というメリットがある一方、効果が限定的な場合や、効果が持続しにくい場合もあります。たとえば外用の制汗剤やボツリヌス注射は、一時的に汗腺の機能を抑えられる可能性がある反面、定期的な施術や塗布を要し、長期的にみるとコストがかかることもあるでしょう。
一方、交感神経切除術は局所麻酔ではなく全身麻酔を用いて行われる外科的治療であるため、入院や術後管理などが必要になる点でハードルが高い面は否めません。しかし、手掌多汗症(手のひらの過度な発汗)や腋窩多汗症(わきの下の過度な発汗)では、ほかの療法で効果が得られなかったケースに対して良好な治療効果を示すとされ、再発リスクも比較的低いことが報告されています。
近年の研究データ
多汗症に対する交感神経切除術は、国内外で数多くの研究が行われています。特に近年の研究として、
- Chang YCら(2022年) がJournal of Thoracic and Cardiovascular Surgeryにて報告した調査(DOI: 10.1016/j.jtcvs.2021.10.143)では、原発性多汗症の患者に対し胸腔鏡下の交感神経切除を実施した結果、長期的な発汗量の減少と生活の質(QOL)の向上が確認されています。この研究は100名を超える被験者を4年以上追跡した前向きデータで、症状再発率も低めに抑えられたことが示唆されています。
- Kang MCら(2022年) はMedicine (Baltimore)誌に一連の手術データ(DOI: 10.1097/MD.0000000000029930)を掲載し、1,274名の手掌多汗症患者を対象にした単一施設での成績を分析しました。T2~T3レベルを中心に交感神経を切除したところ、大多数の症例で手掌の発汗が大幅に改善され、術後合併症も軽微であったとの報告です。
いずれの研究も海外での症例を含んでおり、日本国内での生活習慣と全く同一の環境ではありませんが、交感神経切除術が多汗症の長期管理に有用であることを示す傾向は共通しています。ただし、研究デザインや手術の適応範囲、患者背景などによって結果に差異が生じる場合があるため、実際に手術を検討する際は主治医の判断やカウンセリングを十分に行う必要があります。
手術の適応と判断基準
どのような場合に検討するか
多汗症の症状は個人差が大きく、軽度の人から重度の人までさまざまです。交感神経切除術は以下のような状況で検討されるケースが多いとされています。
- 症状が強度で、保存的治療では十分な効果がみられない
抗コリン薬やボツリヌス注射、イオントフォレーシスなどを試しても効果が限定的だった場合、あるいは日常生活に支障をきたすほどの発汗が長期にわたって続く場合は外科的アプローチを選択肢に入れることがあります。 - 症状が1日2回以上はっきりと認められ、かつ長期間継続している
一時的・季節的な多汗とは異なり、一年を通して手やわきの大量発汗が見られ、6か月以上継続している場合は、より積極的に検討される可能性があります。 - 遺伝的要素がある
多汗症には遺伝的要素が関与するケースがあると指摘されており、家族にも同様の症状を持つ方がいるときは、重症化しやすいという報告もあります。
手術適応を決定する際の注意点
手術の適応を判断する際には、患者の全身状態や既往歴、将来的に想定されるリスクとベネフィットを総合的に考慮する必要があります。具体的には、以下のような点が医療機関で評価されることが多いです。
- 他の治療法との比較検討
まだ薬物療法やイオン浸透療法、ボツリヌス注射を十分に試していない場合は、まずはこれらの保存療法を優先することが一般的です。 - 患者の生活スタイルや職業
たとえば、デスクワーク中心の方と接客業やスポーツ関連の職種では、汗の影響度や求められる改善度が異なるかもしれません。手術によるダウンタイムや術後経過を考慮しつつ判断します。 - リスクと期待される効果のバランス
手術には必ず麻酔や術後合併症などのリスクが伴いますが、一方で発汗を大きく改善できるという利点があります。どの程度の改善を目指し、どのリスクまで許容できるかは人によって異なります。
手術の流れと術中・術後の注意
手術前の準備
交感神経切除術を受ける前には、術前検査や全身状態の評価が行われます。具体的には以下のような検査が想定されます。
- 胸部レントゲン・CT検査
胸部の解剖学的構造や肺の状態を確認するために必須とされます。とくに胸部に異常所見がないかを精査します。 - 血液検査
術中・術後の出血リスクや感染症リスクを評価するために必要です。 - 心電図検査・心臓超音波
全身麻酔をかけるにあたって、心疾患の有無をあらかじめ把握する目的があります。 - 既往症や薬剤アレルギーの確認
抗凝固薬や血栓予防薬を服用している場合、術前に一定期間休薬が必要なことがあるため、必ず医師へ伝えます。アレルギーについても、麻酔薬や抗生物質に対する反応を事前にチェックしておく必要があります。
また、喫煙者は術後の回復に悪影響が及ぶといわれています。可能であれば手術前に禁煙することが望ましく、主治医の指導のもと禁煙外来を受診することも検討されます。
手術当日の流れ
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全身麻酔の導入
交感神経切除術は侵襲性のある手術であり、基本的には全身麻酔下で行われます。マスクもしくは気管挿管による麻酔管理が行われるため、手術中の痛みや不快感はほとんど感じません。 -
体位の調整
通常は仰臥位(あおむけ)または半座位に近い体位で行われますが、施設の方針によっては側臥位などが採用されることもあります。 -
内視鏡と手術器具の挿入
脇の下あたり(前腋窩線付近)に5~10mm程度の小さな切開を行い、そこから内視鏡カメラを挿入します。さらに、もう一か所小さな切開を設けて手術器具を挿入する場合が多いです。内視鏡カメラに映し出されるモニターを見ながら胸郭内の交感神経節を探します。 -
肺の虚脱(一時的に肺をしぼませる)
視野を確保するため、手術側の肺を一時的に虚脱させます。こうすることで胸部内のスペースが広がり、交感神経節を探しやすくなります。 -
神経節の特定と切除・凝固
目標とする神経節(通常は第2~第3肋間のレベル、もしくは第2~第4肋間レベル)を同定し、電気メスやクリップなどで切離または焼灼していきます。手掌多汗症の場合、T2~T3のレベルを重点的に行うことが多く、腋窩多汗症を併発している場合はT4レベルまで広げることがあります。 -
肺の再膨張とドレーン留置
切除が完了したら、再度肺を膨らませて気胸や出血がないかを確認します。必要に応じてドレーン(胸腔内にたまった空気や液体を排出する管)を挿入し、術創を縫合して完了となります。 -
反対側の同様の手術
多くの場合は左右両側を同日に処置しますが、施設や患者の状態によっては片側ずつ日にちを分けて行うこともあります。両側を同日に行う場合、片側の処置が終わった後に体位を変更してもう一方の側を同じ手順で行います。
術後の管理と退院時の注意
手術後は病室で麻酔から覚めるまで経過観察が行われます。施設によっては術後の痛みや合併症リスクのために1日程度の入院を推奨するケースがあります。
- 痛みのコントロール
術後の創部痛や肩の違和感などには鎮痛薬が処方される場合があります。咳や深呼吸が痛みで制限されると肺に問題が生じるリスクが高まるため、処方薬は指示に従って適切に使用することが重要です。 - 術部のケア
傷口は清潔に保ち、入浴可能なタイミングは医療スタッフの指示を仰ぎます。大きく腫れたり熱をもったりした場合は、ただちに病院に連絡してください。 - 運動制限
退院後すぐの激しい運動は控えるようにするのが一般的です。通常の生活に復帰するまでの期間は個人差がありますが、少なくとも数日は安静を保ち、重い荷物を持ち上げたり過度の運動をしたりするのは避ける必要があります。
手術に伴うリスクと合併症
交感神経切除術は比較的安全性の高い手術とされていますが、侵襲的な手術である以上、一定のリスクが伴います。主な合併症やリスクは以下の通りです。
- 麻酔関連のトラブル
アレルギー反応や呼吸機能の低下など、全身麻酔に伴うリスクが考えられます。 - 気胸や血胸
肺や血管を誤って傷つけることで、気胸や血胸が起こる可能性があります。術中に速やかに対処されるのが通常ですが、まれに胸腔内ドレナージが長引く場合があります。 - 感染症や出血
手術創からの感染や胸腔内への感染が生じるリスクがゼロではありません。出血に関しては術中の止血処理でコントロールされますが、血液を凝固しにくくする薬を服用している場合には注意が必要です。 - Horner症候群
まぶたの下垂(眼瞼下垂)、瞳孔の縮小、顔面の発汗低下などが起こる可能性があります。これは交感神経のうち顔面への神経に影響が及ぶことで発症するもので、ごくまれな合併症とされています。 - 代償性発汗(反射性発汗)
手のひらやわきの発汗が減少する代わりに、背中や太ももなど別の部位で発汗が増加する現象が報告されることがあります。本人が気になるほど増えるケースもあれば、まったく気にならない程度であることもあります。 - 術中・術後の不整脈
稀ではあるものの、交感神経切除により心拍数の変動や不整脈が生じる場合があります。しばしば術後の経過観察や心電図モニタリングが行われる理由でもあります。
術後の長期的な経過と再発リスク
交感神経切除術は、長期的にみても高い有効性を示す治療法のひとつです。ただし、誰しもが完全に発汗がゼロになるわけではなく、手のひらやわきの下の汗は軽減されても、ある程度の湿り気を感じるケースがあります。また、術式や切除範囲、個人差によっては再発(発汗量の再増加)が起こる可能性も否定できません。
術後のQOL向上と残る課題
手術を受けた患者の多くは、対人関係への不安や書類が濡れるなどの日常的なストレスから解放されると報告されています。しかし、代償性発汗が気になるようになると新たな悩みが生じる可能性もあるため、手術前の段階で医師や医療チームと十分にコミュニケーションを取ることが大切です。
近年では、切除する神経の高さを少し下げることで代償性発汗を減らす工夫や、クリップ式にして後から除去する方法など、さまざまな改良が試みられています。選択する術式によって効果や合併症リスクも変わるため、医療機関での説明をよく聞き、自分の状況に合った選択をすることが重要です。
実際の研究・エビデンスから見る手術の効果
海外の大規模研究
交感神経切除術は海外でも長年研究の対象となっています。特に欧米を中心に発表される報告を見ると、多汗症でQOLが顕著に低下している症例に対して、手掌・腋窩ともに高い改善率が示されています。一方で、体質や民族差、生活環境によって代償性発汗の発生率などに差がある可能性が議論されています。
日本国内での現状
日本でも多くの医療機関が胸腔鏡下手術の技術を蓄積しており、微小侵襲かつ安全性を高めた手術が行われています。手術時間の短縮や傷口の小型化なども進歩しており、従来よりも患者の負担が軽くなったという声も聞かれます。ただし、術後にはどうしても数日程度の入院や安静が必要となるほか、代償性発汗への理解やサポート体制も求められています。
術後のセルフケアと日常生活でのポイント
交感神経切除術後は発汗が大きく軽減される一方、体温調節の仕組み自体は維持されます。術後の生活のなかで留意すべきポイントは以下のとおりです。
- 水分補給と体温管理
汗の出方が変わるため、脱水を防ぐにはこまめな水分補給が必要です。特に夏場や運動時は、発汗量の変化で体の冷却効率が変化する可能性があるため注意しましょう。 - 代償性発汗への対処
背中や太ももなど、一部の部位で発汗量が増える人もいます。制汗グッズや通気性の良い衣類、こまめな着替えなどを活用して清潔を保つことで不快感を減らすことができます。 - 傷口のケア
手術後しばらくは入浴制限や運動制限があるため、医療スタッフの指示に従いましょう。術創が化膿したり腫れたりする場合は、早めに受診することが大切です。 - 定期的な経過観察
術後数週間から数か月程度は定期的に医療機関を受診し、X線検査や外来での診察を受けるようにします。再発や合併症の早期発見、術後の生活指導を受けるためにも重要です。
推奨されるアフターケアや専門外来
多汗症は体質面だけでなく心理面やライフスタイルにも影響を与えます。そのため、手術後も定期的に医師や看護師と相談しながらアフターケアを行うことが推奨されます。場合によっては皮膚科や精神科と連携してストレスマネジメントを行うケースもあります。
また、最近では多汗症専門外来を設けている医療機関も少なくありません。術後の代償性発汗や再発に対処するだけでなく、患者同士の情報交換の場を提供しているところも存在します。
結論と提言
交感神経切除術は、多汗症の根本的な治療法のひとつとして高い効果を期待できる一方、手術に伴うリスクや代償性発汗の問題なども考慮する必要があります。保存的治療では改善が得られなかった重症例や、長年にわたって多大な負担を感じている方にとっては、QOLの大幅な向上につながる可能性があります。
- 手術の判断は慎重に
自分の症状の程度や生活背景、既往歴を医師と共有し、手術のベネフィットとリスクを丁寧に検討しましょう。 - 代償性発汗について事前に理解を深める
代償性発汗が生じる確率やその程度は個人差があります。適応部位や術式によってリスクを低減する工夫もあるので、担当医との相談が重要です。 - 術後ケアと経過観察
手術後の傷口のケア、水分管理、日常生活での注意事項を守り、定期的に医療機関で経過観察を受けることが望まれます。
最終的な治療選択は患者個人の価値観や生活様式、症状の重症度によって異なるため、「どの治療法が正解」という一律の基準はありません。交感神経切除術の情報を正確に把握し、必要に応じて複数の専門家と相談しながら最適な治療方針を決めることが大切です。
※以下は医学的助言ではなく一般的な情報提供を目的としています。多汗症の診断や治療法の決定は、必ず医師や医療従事者の指示に従ってください。記事の内容は参考としてお役立ていただくためのものであり、個々の症状や背景に応じた専門的評価を代替するものではありません。疑問点や不安がある方は、速やかに医療専門家に相談してください。
参考文献
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- Endoscopic thoracic sympathectomy (ETS). sweathelp.org (アクセス日:2020年2月19日)
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- HYPERHIDROSIS: DIAGNOSIS AND TREATMENT. aad.org (アクセス日:2022年2月16日)
- Chang YC et al. “Long-term outcomes of thoracoscopic sympathectomy in patients with primary hyperhidrosis.” Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery, 2022; 164(3): 823-831. doi: 10.1016/j.jtcvs.2021.10.143
- Kang MC, Kim DW. “One port thoracoscopic sympathectomy for primary hyperhidrosis: A single center experience of 1,274 cases.” Medicine (Baltimore), 2022; 101(34): e29930. doi: 10.1097/MD.0000000000029930
本記事はあくまで一般的な情報を整理したものであり、医療上のアドバイスや診断を提供するものではありません。多汗症の治療や具体的なケアについては、必ず医師などの専門家にご相談ください。