医学監修:
南学 正臣 先生(東京大学大学院医学系研究科長・医学部長、日本腎臓学会 理事長)
この記事の科学的根拠
本記事は、提供された研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したリストです。
- 協和キリン株式会社「慢性腎臓病(CKD)って?」: この記事における慢性腎臓病(CKD)の基本的な定義、症状、およびその危険性に関する記述は、協和キリンが提供する患者向け情報に基づいています1。
- 厚生労働省「腎疾患対策の取組について」: 日本におけるCKD患者数や透析導入の現状に関するデータは、厚生労働省の公式報告書を典拠としています2。
- 日本腎臓学会「CKD診療ガイドライン」等: CKDの定義、重症度分類(ヒートマップ)、治療目標(特に食事療法、薬物療法)、専門医への紹介基準に関する記述は、日本腎臓学会が発行する診療ガイドラインに準拠しています462526。
- 沢井製薬株式会社「健康推進室」: CKD患者における運動療法の重要性とその具体的な方法(腎臓リハビリテーション)に関する解説は、同社が提供する健康情報に基づいています4。
要点まとめ
- 一般的に「初期の腎不全」と懸念される状態は、医学的には「慢性腎臓病(CKD)」と呼ばれ、日本の成人8人に1人が該当する国民病です3。
- 腎機能は一度失われると基本的に回復しないため、CKDは早期発見と進行抑制が極めて重要です1。末期腎不全だけでなく、心筋梗塞や脳卒中の危険性を著しく高めます。
- 初期は自覚症状がほとんどありませんが、「夜間尿」や「尿の色の変化」は注意すべきサインです110。進行すると「むくみ」「尿の泡立ち」「貧血」「倦怠感」などが現れます。
- 健康診断の「尿たんぱく検査」と「eGFR(推算糸球体ろ過量)」が早期発見の鍵となります6。
- 治療の柱は「減塩」「たんぱく質制限」などの食事療法、常識を覆した「運動療法」、そして「降圧薬」や「SGLT2阻害薬」などの薬物療法です4212526。
第1章:「初期の腎不全」の正体は「慢性腎臓病(CKD)」
1-1. 慢性腎臓病(CKD)とは?
一般的に「腎不全」という言葉は、腎臓の機能が著しく低下した状態を指しますが、「初期の腎不全」として多くの方が懸念されているのは、医学的には「慢性腎臓病(CKD)」という病気の概念に含まれます。CKDの定義は、日本腎臓学会のガイドラインによって明確に定められています。以下の2つのうち、いずれか一方、または両方が3ヶ月以上続いている状態を指します4。
- 腎障害の存在:尿検査でわかる「たんぱく尿」や、画像診断、血液検査などで腎臓に何らかの障害があることが明らかである状態。
- 腎機能の低下:腎臓の働きを示す指標である「eGFR(推算糸球体ろ過量)」が60mL/分/1.73m²未満である状態。
腎臓は、血液をろ過して老廃物や余分な水分を尿として排泄する、体内の精巧なフィルターです。CKDとは、このフィルター機能が数ヶ月から数年という長い年月をかけて、ゆっくりと失われていく状態の総称なのです。ここで、よく混同される「急性腎障害(AKI)」との違いを明確にしておきましょう。急性腎障害は、脱水や薬剤、感染症などが原因で、数時間から数日の単位で急激に腎機能が悪化する病態です7。原因を取り除き、適切な治療を行えば腎機能が回復する可能性がある点が、慢性的に進行し回復が難しいCKDとの大きな違いです9。
1-2. なぜCKDは危険なのか?一度悪くなると元に戻らない腎臓の機能
CKDが本当に恐ろしいとされる最大の理由は、一度あるレベルまで悪化してしまった腎機能は、自然に治ることも、元の状態に回復することも極めて難しいという点にあります1。腎機能は、一度失われると取り戻すことができない、非常に貴重な資源なのです。この事実が、CKDの早期発見と早期対策が何よりも重要である理由です。
CKDが進行することの危険性は、主に2つあります。
- 末期腎不全への進行:
腎機能の低下がさらに進むと、体内に老廃物や毒素が溜まり、尿毒症と呼ばれる危険な状態になります。こうなると、自分の腎臓だけでは生命を維持できなくなり、「透析療法」や「腎移植」といった、腎臓の働きを代替する治療(腎代替療法)が必要になります1。厚生労働省の報告によると、透析療法は週に数回、病院に通い、1回数時間かけて血液を浄化する治療であり、患者さんの生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼします2。 - 心血管疾患(心筋梗塞・脳卒中)のリスク増大:
CKDは、単に腎臓だけの問題ではありません。腎機能が低下すると、動脈硬化が進行しやすくなり、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気を発症するリスクが、たとえ初期の段階であっても健常な人に比べて著しく高まることがわかっています。CKD患者さんは、末期腎不全に至る前に、心血管疾患で亡くなるケースも少なくありません。
したがって、CKDの治療目標は「完治」ではなく、「残された腎機能を最大限に守り、進行を可能な限り遅らせること」になります。病気の進行を食い止め、透析への移行や心血管疾患の発症を防ぐために、早期からの積極的な対策が求められるのです。
第2章:これって腎不全の初期症状?自分で気づけるサインと症状チェックリスト
2-1. なぜ症状が出にくいのか?「沈黙の臓器」と呼ばれる理由
CKDが「沈黙の臓器」と呼ばれるのは、腎臓が非常に高い予備能力を持っているためです。腎臓には、血液をろ過する「糸球体(しきゅうたい)」というフィルターが両腎で約200万個ありますが、機能が半分程度に低下しても、残りの部分が懸命に働くため、体はすぐに悲鳴を上げません1。そのため、多くの人が自覚症状のないまま病気を進行させてしまうのです。症状を自覚した時には、すでにCKDがかなり進行している場合が多いと言われています1。
2-2. 注意すべき初期サイン
症状が出にくいとはいえ、腎機能の低下に伴い、注意深く観察すれば気づけるサインも存在します。特に、腎臓の「尿を濃縮する力」が落ちてくることで現れる変化が、初期のサインとして重要です。
- 夜間尿(やかんによりょう):以前は朝までぐっすり眠れていたのに、夜中に1回以上トイレに起きるようになった状態です。尿を濃縮できないため、夜間にも尿が作られてしまうことが原因です1。
- 頻尿(ひんにょう):日中のトイレの回数が増えることもサインの一つです12。
- 尿の色の変化:特に朝一番の尿が、以前のように濃い黄色ではなく、水のように薄い色になった場合、尿の濃縮力が低下している可能性があります10。
これらのサインは、加齢や他の原因でも起こりうるため、見過ごされがちです。しかし、CKDの可能性を示す重要な手がかりとなり得ます。
2-3. 病気が進行したときの症状
CKDがさらに進行すると、体内の水分や老廃物のバランスが崩れ、より明確な症状が現れてきます。これらの症状に気づいた場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。
- むくみ(浮腫):腎臓から余分な塩分と水分を排泄できなくなり、体内に溜まることで生じます。特に、顔やまぶた、足のすねなどがむくみやすくなります。指で強く10秒ほど押したときに、へこんだ跡が残るのが特徴です1。
- 尿の泡立ち:尿にたんぱく質(アルブミン)が漏れ出ているサインです(たんぱく尿)。ビールの泡のように、細かい泡がなかなか消えない場合は注意が必要です4。
- 倦怠感・疲れやすさ:腎機能の低下により、老廃物が体に溜まることや、後述する「腎性貧血」が原因で、体がだるく、疲れやすくなります1。
- 貧血・めまい:腎臓は、赤血球を作るように指令を出すホルモン(エリスロポエチン)を分泌しています。腎機能が低下するとこのホルモンの分泌が減り、貧血(腎性貧血)になります。動悸や息切れ、めまいの原因となります1。
- 高血圧:CKDは高血圧を引き起こし、また高血圧はCKDを悪化させるという悪循環に陥ります。血圧の上昇も重要なサインです4。
- かゆみ:尿として排泄されるべき老廃物が皮膚に溜まることで、全身に強いかゆみが生じることがあります15。
カテゴリー | チェック項目 |
---|---|
A: 尿の変化 | □ 尿が泡立ち、なかなか消えない4 |
□ 尿の色が赤褐色や茶褐色、コーラ色をしている4 | |
□ 尿の量が増えた、または減った12 | |
□ トイレの回数が増えた(特に夜間)13 | |
□ 尿のにおいが異常にきつい16 | |
B: 体のサイン | □ 顔や足がむくむ(特に夕方)1 |
□ 体がだるい、疲れやすい1 | |
□ 皮膚のかゆみが続く15 | |
□ 貧血を指摘された、またはめまいや立ちくらみがする1 | |
□ 背中や腰、わき腹に痛みを感じる13 | |
C: 健康診断・生活習慣リスク | □ 糖尿病または高血圧と診断されている16 |
□ 健康診断で「尿たんぱく」や「尿潜血」の異常を指摘された16 | |
□ 尿酸値が高いと言われている16 | |
□ 肉類中心の脂っこい食事が好きだ16 | |
□ 味の濃いもの(塩辛いもの)が好きだ16 | |
□ 普段あまり水分を摂らない16 | |
□ 慢性的な疲労や睡眠不足がある16 |
ご自身の体調や生活習慣を振り返り、当てはまる項目がないか確認してみましょう。一つでも当てはまれば、腎臓がサインを送っている可能性があります。このチェックリストは、医師に相談する際の貴重な情報にもなります。
第3章:あなたの腎臓は大丈夫?CKDの主な原因とリスクが高い人
3-1. CKDの三大原因:生活習慣病との深い関係
かつてCKDの主な原因は慢性糸球体腎炎でしたが、現代の日本では食生活や生活様式の変化に伴い、生活習慣病が原因でCKDになる人が急増しています。
- 糖尿病性腎症(とうにょうびょうせいじんしょう):
現在、新たに透析を始める患者さんの原因として最も多いのが、この糖尿病性腎症です3。長期間にわたって血糖値が高い状態が続くと、腎臓のフィルターである糸球体の細い血管が傷つき、フィルターが目詰まりを起こしたり、逆に目が粗くなってたんぱく質が漏れ出したりします。これにより、腎機能が徐々に低下していきます8。 - 腎硬化症(じんこうかしょう):
高血圧が長期間続くことで、腎臓の血管が動脈硬化を起こし、硬く、狭くなる病気です。血管が狭くなると腎臓への血流が減少し、糸球体がダメージを受けて硬化し、ろ過機能が低下します8。高齢化に伴い、この腎硬化症が原因のCKDも増加傾向にあります。 - 慢性糸球体腎炎(まんせいしきゅうたいじんえん):
免疫システムの異常などが原因で、糸球体に慢性的な炎症が起こる病気の総称です。たんぱく尿や血尿が1年以上続くのが特徴で、IgA腎症などがこれに含まれます8。
この事実は、CKD対策が単なる腎臓の病気の管理にとどまらないことを示しています。糖尿病や高血圧の治療を受けている方は、それ自体がCKDの最も重要な危険群であり、血糖値や血圧の管理は、心臓や脳だけでなく、腎臓を守るためにも不可欠なのです。「血糖値や血圧の管理=腎臓の保護」という意識を持つことが、CKD予防の第一歩となります。
3-2. その他に注意すべき原因
生活習慣病以外にも、以下のような原因でCKDが引き起こされることがあります。
- 多発性のう胞腎(たはつせいのうほうじん):腎臓に「のう胞」と呼ばれる水のたまった袋が多数でき、徐々に大きくなることで腎臓を圧迫し、機能を低下させる遺伝性の病気です8。
- 薬剤性腎障害:一部の痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬:NSAIDs)や抗菌薬などを長期間、あるいは不適切に使用することで腎臓に負担がかかり、機能が低下することがあります4。
- 加齢:年齢とともに腎機能は自然に低下していくため、高齢であること自体がCKDの危険因子となります。
第4章:CKDの診断方法:健康診断の結果を正しく理解する
CKDは自覚症状が出にくいため、その発見には定期的な健康診断、特に「特定健診」が極めて重要です。ここでは、健康診断の結果用紙に書かれているどの項目に注目すればよいのかを解説します。
4-1. 重要な2つの検査:「尿検査」と「血液検査」
CKDの診断の基本は、学校や職場の健康診断でも行われる、ごく一般的な2つの検査です6。
- 尿検査:たんぱく尿(蛋白尿)の有無
健康な腎臓のフィルターは、体に必要な大きなたんぱく質が尿に漏れ出ないように防いでいます。しかし、フィルターが傷つくと、そこからたんぱく質が漏れ出てしまいます。これが「たんぱく尿」です。たんぱく尿の存在は、腎臓がダメージを受けていることを示す直接的なサインであり、CKD診断の重要な手がかりとなります4。特に、より微量なたんぱく質である「アルブミン尿」は、さらに早期の腎障害を発見するのに役立ちます。 - 血液検査:血清クレアチニン(Cr)値
クレアチニンとは、筋肉を動かす際のエネルギー源として使われた後の老廃物です。通常、腎臓でろ過されて尿中に排泄されます。しかし、腎機能が低下してろ過能力が落ちると、排泄しきれなかったクレアチニンが血液中に溜まり、血清クレアチニン値が高くなります18。つまり、この数値が高いほど、腎臓の働きが悪いことを意味します。
4-2. あなたの腎機能は何点?「eGFR」で重症度を知る
血清クレアチニン値は腎機能の指標ですが、筋肉量の影響を受けるという欠点があります。筋肉質な人はクレアチニン値が高く、逆に筋肉の少ない高齢者や女性は低く出る傾向があるため、この数値だけでは正確な腎機能を評価しにくいのです18。そこで登場するのが「eGFR(推算糸球体ろ過量)」です。これは、血清クレアチニン値に年齢と性別を加味して計算される、より正確な腎機能の指標です19。健康な人の腎機能を100点満点とした場合、自分の腎機能が現在何点くらいなのかを推定するスコア、と考えると分かりやすいでしょう。例えば、eGFRが60であれば、腎機能が健康な人の約60%に低下している、と解釈できます。eGFRが60mL/分/1.73m²未満の状態が3ヶ月以上続くと、CKDと診断されます4。健康診断の結果にeGFRの項目があれば、必ずこの数値を確認してください。
たんぱく尿(アルブミン尿)区分 | |||
---|---|---|---|
A1: 正常 | A2: 軽度 | A3: 高度 | |
G1: ≧90 (正常または高値) |
低リスク | 中等度リスク | 高リスク |
G2: 60-89 (軽度低下) |
低リスク | 中等度リスク | 高リスク |
G3a: 45-59 (軽度~中等度低下) |
中等度リスク | 高リスク | 極めて高いリスク |
G3b: 30-44 (中等度~高度低下) |
高リスク | 極めて高いリスク | 極めて高いリスク |
G4: 15-29 (高度低下) |
極めて高いリスク | 極めて高いリスク | 極めて高いリスク |
G5: <15 (末期腎不全) |
極めて高いリスク | 極めて高いリスク | 極めて高いリスク |
(出典:日本腎臓学会「CKD診療ガイドライン」等を参考に作成6)
ご自身のeGFRと尿たんぱくの結果をこの表に当てはめることで、将来の末期腎不全への進行リスクや心血管疾患のリスクがどの程度なのかを視覚的に理解できます。緑色はリスクが低く、色が黄色、オレンジ、赤へと進むにつれてリスクが高くなります。赤色の領域は、腎臓専門医による専門的な治療が急務であることを示しています。
第5章:腎機能の低下を食い止める!今日から始めるCKD対策
CKDは一度失った機能を取り戻すのが難しい病気ですが、適切な対策を継続することで、その進行速度を緩やかにし、透析導入を回避したり、先延ばしにしたりすることは十分に可能です。その柱となるのが、「食事療法」「運動療法」「生活習慣の改善」、そして「薬物療法」です。
5-1. 食事療法:腎臓を守るための最も重要な鍵
食事療法は、腎臓への負担を直接的に軽減するための、CKD管理における最も重要な要素です。病気の進行度によって制限の内容は異なりますが、基本となる考え方は共通しています。
- 減塩:これはCKDのステージに関わらず、最も重要で、最初に始めるべき対策です。塩分を摂りすぎると、体内に水分が溜まり、血圧が上昇します。高血圧は腎臓の血管に大きなダメージを与え、CKDをさらに悪化させる最大の要因の一つです10。日本腎臓学会や厚生労働省は、CKD患者さんに対して1日6g未満の塩分摂取を推奨しています21。和食は健康的と思われがちですが、醤油、味噌、漬物など塩分が高い食品も多いため注意が必要です。ラーメンや味噌汁の汁は残す、だしや香辛料、酢、柑橘類をうまく利用して薄味でも美味しく食べる工夫をする、加工食品や惣菜を避ける、といった心がけが大切です23。
- たんぱく質制限:たんぱく質は体を作る上で不可欠な栄養素ですが、摂取すると体内で分解され、尿素などの老廃物となります。これを排泄するのが腎臓の役目であるため、たんぱく質を摂りすぎると腎臓の仕事量が増え、負担が大きくなります。そのため、CKDがある程度進行した場合(一般的にG3ステージ以降)には、たんぱく質の摂取量を制限することが推奨されます25。日本腎臓学会のガイドラインでは、ステージに応じた具体的な目標量が示されています(例:G3で標準体重1kgあたり0.8~1.0g/日、G4~G5で0.6~0.8g/日)25。ただし、過度な制限は栄養失調や筋肉量の減少(サルコペニア)を招くため、必ず医師や管理栄養士の指導のもとで行う必要があります4。
- カリウム・リンの制限:これらは主にCKDがさらに進行したステージで必要となる制限です。腎機能が低下すると、これらのミネラルを体外に排泄できなくなり、血中に溜まって不整脈(高カリウム血症)や骨のもろさ、血管の石灰化(高リン血症)を引き起こすためです8。カリウムは生野菜や果物、いも類、豆類に、リンは乳製品や加工食品、肉・魚類に多く含まれます21。
栄養素 | 目標量(目安) | 控える食品の例 | 工夫のポイント |
---|---|---|---|
食塩 | 1日 6.0g 未満22 | 漬物、梅干し、干物、練り物、ハム・ソーセージ、インスタント食品、ラーメン・うどんの汁 | ・麺類の汁は飲まない ・醤油やソースは「かける」より「つける」 ・だし、香辛料、香味野菜、酢、レモン汁で風味付け23 |
たんぱく質 | ステージによる(医師の指示に従う)25 | 肉、魚、卵、大豆製品、乳製品の過剰摂取 | ・適量を守る ・エネルギー不足にならないよう、ごはんやパンなどの炭水化物、油を適切に摂る ・低たんぱく質調整食品の活用も有効 |
カリウム | 医師の指示がある場合(例: 2000mg/日未満)22 | 生野菜、果物(特にバナナ、メロン)、いも類、豆類、海藻類 | ・野菜やいもは、茹でこぼしたり、水にさらしたりするとカリウムが減る ・果物の摂りすぎに注意 |
リン | 医師の指示がある場合 | 乳製品、レバー、魚卵、しらす干し、加工食品(食品添加物として含有) | ・加工食品の成分表示を確認する習慣をつける ・リン吸着薬を食直前に服用する(医師の処方) |
5-2. 運動療法:最新の常識「安静」よりも「運動」
かつてCKD患者さんは、運動をすると腎臓に負担がかかるため「安静第一」とされていました。しかし、近年の研究でこの常識は覆され、適度な運動はむしろ腎機能の悪化を防ぎ、生命予後を改善することが明らかになっています4。ウォーキングなどの運動によって、死亡率や透析への移行率が低下したというデータもあります4。この新しいアプローチは「腎臓リハビリテーション」と呼ばれ、積極的に推奨されています。基本は以下の3種類の運動です4。
- 有酸素運動:最も効果が高く、優先して行いたい運動です。ウォーキングが代表的で、少し息が弾む程度の速さで、週に合計150分(例:1回30分を週5回)を目標にします。
- 筋力トレーニング:筋肉量の維持・向上は、基礎代謝を保ち、サルコペニアを防ぐ上で重要です。スクワットなどが効果的で、週に2~3回、毎日連続して行わないようにします。
- ストレッチ:運動前の準備運動や、運動後の整理運動として取り入れ、怪我を防ぎます。
運動を始める前には、必ず主治医に相談し、許可を得てください。心臓病を合併している場合など、病状によっては運動が推奨されないケースもあります。また、たんぱく質制限と運動を両立させるには専門的な指導が必要なため、病院で指導を受けながら行うのが最も安全です4。
5-3. 生活習慣の改善
食事や運動と並行して、日々の生活習慣を見直すことも腎臓を守る上で欠かせません。
- 禁煙:喫煙は血管を収縮させ、動脈硬化を促進し、腎臓への血流を悪化させる最大の危険因子の一つです。CKDと診断されたら、ただちに禁煙することが強く推奨されます8。
- 節酒:過度の飲酒は高血圧の原因となり、腎臓に負担をかけます。適量を守ることが大切です10。
- ストレス管理と十分な睡眠:ストレスや睡眠不足は血圧を上昇させ、免疫機能にも影響します。心身を十分に休ませることも、立派な治療の一環です8。
5-4. 薬物療法:医師と共に行う治療
食事療法や生活習慣の改善と並行して、薬物療法も行われます。薬の目的は、CKDの原因となっている病気(高血圧や糖尿病)をコントロールし、腎臓を保護することです。
- 降圧薬:特に「ACE阻害薬」や「ARB」といった種類の薬は、血圧を下げるだけでなく、尿たんぱくを減らし、腎臓を保護する作用があるため、第一選択薬としてよく用いられます。
- SGLT2阻害薬:もともとは糖尿病の治療薬でしたが、その後の大規模な研究で、糖尿病の有無にかかわらず、CKDの進行を抑制し、心血管疾患のリスクを低下させる強力な効果があることが証明されました。2023年の日本腎臓学会ガイドラインでも、特定の条件を満たすCKD患者さんへの使用が強く推奨されており、CKD治療における大きな進歩とされています26。
これらの薬物療法は、CKD治療の希望の光です。かつては進行をただ見守ることが多かったCKDに対して、現在はより積極的に進行を抑制する手段が増えています。自己判断で中断したりせず、医師の指示通りに服用を続けることが重要です。
よくある質問
Q1: 一度悪くなった腎機能は本当に回復しないのですか?
Q2: クレアチニンの数値を下げる食べ物はありますか?
Q3: どのくらいの数値になったら専門医に相談すべきですか?
A: 日本腎臓学会のガイドラインでは、eGFRが60未満の場合や、尿たんぱくが陽性(特に血尿も伴う場合)には、かかりつけ医から腎臓専門医へ紹介することが推奨されています6。第4章の「CKD重症度分類」の表で、ご自身の位置が黄色以上のリスクゾーンに入っている場合は、一度専門医に相談することを検討するのが良いでしょう。
Q4: サプリメントを飲んでも大丈夫ですか?
A: 自己判断でのサプリメント摂取は非常に危険です。健康に良いとされるサプリメントでも、CKD患者さんにとっては有害となる成分(カリウムなど)が高濃度に含まれている場合があります。また、腎機能が低下していると、予期せぬ副作用が起こる可能性もあります。たんぱく質のサプリメント(プロテイン)も腎臓に負担をかける可能性があります。どのようなサプリメントであれ、摂取する前には必ず主治医や薬剤師に相談してください。
結論
この記事では、「初期の腎不全」、すなわち慢性腎臓病(CKD)について、その全体像から最新の対策までを詳しく解説しました。最後に、最も重要なポイントを振り返ります。
- CKDは静かに進行する「国民病」です:自覚症状がないまま進行するため、誰もがリスクを抱えています。
- 失われた腎機能は戻らない:だからこそ、「守る」という意識が何よりも大切です。
- 早期発見の鍵は健康診断:年に一度の尿検査と血液検査(eGFR)が、あなたの腎臓の運命を左右します。
- 対策は一つではない:減塩を中心とした食事療法、常識を覆した運動療法、そして最新の薬物療法を組み合わせた積極的なアプローチが、進行を食い止める力になります。
健康診断の結果を見て見ぬふりをしたり、「症状がないから大丈夫」と自己判断したりしないでください。あなたの体が出している小さなサインや、検査数値に真摯に向き合うこと。そして、かかりつけ医と相談し、今日からできる対策を一つでも始めること。それが、10年後、20年後のあなたの健康な生活を守るための、最も確実な投資です。この記事が、その一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
参考文献
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