【科学的根拠に基づく】肝臓がんの初期症状:気づきにくい9つの警告サインとリスク要因の完全ガイド|科学的根拠に基づく早期発見のすべて
がん・腫瘍疾患

【科学的根拠に基づく】肝臓がんの初期症状:気づきにくい9つの警告サインとリスク要因の完全ガイド|科学的根拠に基づく早期発見のすべて

肝臓は「沈黙の臓器」として知られ、そのがんは初期段階ではほとんど症状を示しません。そのため、何らかの自覚症状が現れたときには、すでに病状が進行しているケースが少なくありません。この事実は、肝臓がんの予後を改善する上で「早期発見」がいかに重要であるかを物語っています1。しかし、具体的にどのようなサインに注意し、どのようなリスクを理解し、どう行動すれば早期発見に繋がるのでしょうか?本記事は、一般社団法人日本肝臓学会が発行する『肝癌診療ガイドライン』2や、国立がん研究センターが提供する最新の科学的データ3など、国内外の最高権威の情報源のみに完全準拠して作成されています。私たちの目的は、単に症状をリストアップすることではありません。その症状がなぜ起こるのかという医学的メカニズムから、時代と共に変化するリスク要因、そして科学的根拠に基づく具体的な早期発見戦略までを網羅的かつ深く解説することで、読者の皆様が抱える漠然とした不安を解消し、ご自身の健康を守るための確かな知識と具体的な行動を支援することです。

この記事の科学的根拠

本記事は、入力された調査報告書で明確に引用されている最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下に、本記事で提示される医学的指針の根拠となる主要な情報源とその役割を示します。

  • 一般社団法人 日本肝臓学会 (JSH): 本記事における日本の標準的なサーベイランス(監視)方法、診断、治療に関する推奨事項は、同学会が発行する『肝癌診療ガイドライン』2および『肝がん白書』4に基づいています。
  • 国立研究開発法人 国立がん研究センター (NCC): 日本国内の最新の罹患数、死亡数、生存率といった統計データ、および各症状や治療法に関する患者向けの解説は、同センターの「がん情報サービス」3で公開されている情報を典拠としています。
  • 世界保健機関 (WHO) / 国際がん研究機関 (IARC): 肝臓がんに関する世界的な動向や国際比較データは、WHOの専門機関であるIARCが提供する疫学データベース(GLOBOCAN)5に基づいています。
  • 査読済み国際学術論文: 各症状の病態生理学的なメカニズムや、最新のリスク要因に関する解説は、NCBI(米国国立生物工学情報センター)のデータベースで公開されているStatPearls6や、The Lancet、Journal of Hepatologyといったトップジャーナルに掲載されたレビュー論文78を根拠としています。

要点まとめ

  • 肝臓がんは「沈黙の臓器」のがんと呼ばれ、初期症状がほとんどないため、自覚症状が出たときには進行している可能性が高いです。
  • 日本における肝臓がんの最大の原因は、かつてのウイルス性肝炎から、肥満や糖尿病などを背景とする「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)」へと大きく変化しています。
  • B型・C型肝炎ウイルス感染者や肝硬変の患者様など、リスクが高い方は症状がなくても定期的な「サーベイランス(腹部超音波検査と腫瘍マーカー)」を受けることが、早期発見と予後改善の鍵です。
  • 右上腹部の痛み、黄疸、原因不明の体重減少などは進行を示す重要なサインであり、これらの症状の背景にある医学的メカニズムを理解することが重要です。

1. 肝臓がんとは:専門医が解説する「沈黙の臓器」の脅威

肝臓がんに関する基本的な知識を、医学的に正確かつ一般の読者にも理解しやすい言葉で提供します。

1.1. 肝臓の機能と重要性

肝臓はしばしば「人体の化学工場」と称されます。その理由は、生命維持に不可欠な極めて多様な役割を担っているためです。具体的には、食事から摂取した栄養素を体内で利用しやすい形に変えて貯蔵する「代謝機能」、アルコールや薬物など体にとって有害な物質を分解し無害化する「解毒機能」、そして脂肪の消化吸収を助ける「胆汁の生成・分泌機能」などが挙げられます6。肝臓がんによってこれらの重要な機能が損なわれることが、後に詳述する様々な症状の根本的な原因となります。

1.2. 肝細胞がん(HCC)の定義と特徴

日本で発生する「原発性肝がん(肝臓自体から発生するがん)」の約95%は、「肝細胞がん(Hepatocellular Carcinoma, HCC)」と呼ばれる種類です3。これは肝臓の大部分を構成する肝細胞ががん化するものであり、肝臓内の胆管から発生する「肝内胆管がん」とは、原因や性質、治療法が異なります9。本記事では、特に断りのない限り、この肝細胞がんについて解説を進めます。

1.3. 日本および世界の最新動向:統計データから見る現状

世界の状況: 世界保健機関(WHO)の専門組織である国際がん研究機関(IARC)が発表した最新の推計によると、肝臓がんは2022年時点で世界で6番目に多く診断されたがんであり、死亡原因としては肺がん、大腸がんに次いで3番目に多い、極めて致死率の高い疾患です5

日本の状況: 国立がん研究センターが公表している最新の全国がん登録データによると、2021年に日本で新たに肝臓がんと診断された方は34,675例でした。また、2023年には22,908人が肝臓がんにより亡くなっています10。C型肝炎に対する効果的な治療薬の普及などにより、日本の罹患数・死亡数は長期的に減少傾向にありますが、依然として年間2万人以上もの尊い命が失われている深刻な疾患であることに変わりはありません4

日本の国際的位置づけ: 国際的なデータを比較すると、日本の肝がん罹患率は欧米諸国と比較して依然として高く、年齢調整罹患率では約2倍に達するという報告があります11。この背景には、過去の輸血などを原因とするB型およびC型肝炎ウイルスの蔓延という、日本特有の歴史的経緯が存在します。

2. なぜ気づきにくいのか?肝臓がんのサイレントな進行メカニズム

肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるには、明確な科学的根拠が存在します。このメカニズムを理解することは、なぜ症状に頼った発見が危険であるかを認識する上で極めて重要です。

  • 理由1(感覚神経の不在): 肝臓の内部、すなわち実質には、痛みを感じるための知覚神経がほとんど分布していません。そのため、がんが発生し、ある程度の大きさに増殖しても、初期段階では痛みとして体に知らされることがないのです。
  • 理由2(高い予備能力): 肝臓は非常に高い再生能力と代償能力、すなわち「予備能力」を持っています。一部の機能が損なわれても、残りの正常な部分がその働きをカバーするため、全体の70~80%が障害されるまで、倦怠感などの全身症状として現れにくいのです1

これらの理由から、何らかの自覚症状が出現した時点では、がんがかなり進行して肝機能が著しく低下している、あるいは腫瘍が大きくなって周囲の臓器や神経を圧迫している可能性が高いと言えます。だからこそ、症状の有無に頼るのではなく、後述するリスク要因に応じて定期的な検査(サーベイランス)を受けることが、命を守る上で絶対的に重要なのです。

3. 【要注意】肝臓がんの初期症状・警告サインの完全解説

ここでは、肝臓がんが進行した場合に現れる可能性のある代表的な症状を、単にリストアップするだけでなく、「なぜその症状が起こるのか」という病態生理学的なメカニズムと共に、医学的根拠6に基づいて詳細に解説します。この「なぜ」を理解することが、ご自身の体のサインを深く解釈する助けとなります。

3.1. 右上腹部の痛みやしこり(腹部膨満感)

メカニズム解説: 肝臓の内部には痛覚神経がありませんが、肝臓の表面は「被膜」という薄い膜で覆われており、ここには知覚神経が豊富に存在します。がんが増大し、この被膜を内側から圧迫したり、引き伸ばしたりすることで、右上腹部に鈍い痛みや圧迫感、張ったような感覚が生じます6。がんがさらに大きくなると、体の表面から硬い「しこり」として触れることができる場合もあります。これは、がんが相当な大きさになっていることを示すサインです。

3.2. 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)

メカニズム解説: 黄疸は、血液中の「ビリルビン」という黄色い色素の濃度が上昇することによって起こります。ビリルビンは、古くなった赤血球が分解される際に作られる物質で、通常は肝臓で処理されて胆汁とともに便へ排泄されます。しかし、肝機能が低下したり、がんによって胆汁の通り道である胆管が圧迫・閉塞されたりすると、ビリルビンが正常に排泄されなくなります。その結果、行き場を失ったビリルビンが血液中に逆流・蓄積し、皮膚や眼球結膜(白目の部分)が黄色く染まってしまうのです6。これに伴い、過剰なビリルビンが尿中に排泄されるため尿の色が濃い茶色(褐色尿)になる一方、便への排泄が滞るため便の色が白っぽく(灰白色便)なるという特徴的な症状も現れます。

3.3. 原因不明の体重減少・食欲不振

メカニズム解説: がん細胞は正常な細胞と比べて増殖が非常に活発で、そのエネルギー源として大量のブドウ糖などを消費します。そのため、食事の量は変わらないのに、体がエネルギー不足状態となり体重が減少していきます。また、がん細胞が放出する特殊な物質(サイトカインなど)が脳の食欲中枢に作用して食欲を直接低下させることがあります。さらに、肝機能の低下による消化不良や、後述する腹水によって胃が圧迫されることも食欲不振の原因となります6

3.4. 全身の倦怠感・疲労感

メカニズム解説: 体のエネルギー源であるグリコーゲンの産生と貯蔵は、肝臓の重要な役割の一つです。肝機能が低下するとこの能力が落ち、体がエネルギー不足に陥りやすくなります。また、栄養素の代謝異常や、体内のアンモニアなどの有害物質の解毒が不十分になることも、強い疲労感に繋がります。がん細胞自体が産生する炎症性サイトカインも、倦怠感の直接的な原因となることが知られています6

3.5. 腹水(お腹の張り)と下肢のむくみ

メカニズム解説: これらの症状は、主に2つのメカニズムによって引き起こされます6

  1. アルブミン産生低下: アルブミンは肝臓で作られる主要なタンパク質で、血管内に水分を保持する「接着剤」のような役割を果たしています。肝機能が著しく低下すると、このアルブミンの産生量が減少し、血管内の水分が外に漏れ出しやすくなります。この漏れ出た水分がお腹(腹腔)に溜まった状態が「腹水」、足に溜まった状態が「むくみ(浮腫)」です。
  2. 門脈圧亢進: 肝硬変などで肝臓が硬くなると、腸などのお腹の臓器から血液を集めて肝臓に注ぎ込む「門脈」という血管の流れが滞り、圧力が異常に高まります(門脈圧亢進)。この高い圧力によっても、血管から水分が漏れ出し、腹水やむくみの原因となります。

3.6. 皮膚のかゆみ

メカニズム解説: 黄疸と同様に、胆汁の流れが滞る「胆汁うっ滞」が原因です。本来、胆汁中に排泄されるべき胆汁酸などの物質が血液中に逆流し、それらが皮膚の末梢神経を刺激することで、全身に非常に強いかゆみを引き起こすことがあります12

3.7. 原因不明の発熱

メカニズム解説: がん組織の一部が血流不足で壊死したり、がん細胞自体がサイトカインなどの発熱物質を産生したりすることによって引き起こされる発熱で、「腫瘍熱(Tumor Fever)」と呼ばれます6。感染症による発熱とは異なり、一般的な解熱剤が効きにくいという特徴があります。

3.8. 右肩の痛み

メカニズム解説: これは「関連痛」と呼ばれる現象です。肝臓の上にある横隔膜を支配している神経(横隔神経)は、首の付け根あたりから出ており、右肩周辺の皮膚の感覚も支配しています。そのため、肝臓の腫瘍が大きくなって横隔膜を刺激すると、その刺激情報が脳に伝わる際に、同じ神経が支配する右肩の痛みとして誤って認識されることがあるのです6

3.9. 消化器系の問題(吐き気、膨満感)

メカニズム解説: 肝臓の腫瘍が物理的に胃を圧迫することで、少量の食事でも満腹感を感じたり(早期飽満感)、吐き気をもよおしたりすることがあります。また、腹水による腹腔内圧の上昇も、胃腸の正常な動きを妨げ、お腹の張りの原因となります6

4. 肝臓がんのリスク要因:日本の現状に即した徹底分析

肝臓がんの原因は、この数十年で劇的に変化しています。かつての「ウイルス」中心の時代から、現代の「生活習慣」が主役の時代へ。この大きな転換を理解することは、ご自身のリスクを正しく評価し、適切な予防策を講じるための第一歩です。

4.1. 肝がん成因の大きな転換:日本のデータが示す真実

日本肝臓学会が発行する『肝がん白書』のデータは、この変化を明確に示しています4。かつて日本の肝がん原因の約7割を占めていたC型肝炎ウイルス(HCV)は、2014年以降に登場した極めて効果の高い治療薬(直接作用型抗ウイルス薬)の普及により、その割合が劇的に減少しました。その一方で、アルコール性肝障害や、特に注目すべき「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)」を背景とする「非B非C型肝がん」の割合が相対的にも絶対的にも急増しており、現在ではウイルス性を超えて肝がんの主要な原因となりつつあるのです。これは、日本の肝がん対策が新たなフェーズに入ったことを意味します。

4.2. 依然として重要な原因:B型・C型ウイルス性肝炎

B型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)の持続的な感染は、長年にわたって肝臓に慢性的な炎症を引き起こし、やがて肝臓が硬くなる「肝硬変」へと進行させ、最終的に肝がんを発生させる古典的かつ依然として最も強力なリスク要因です9。日本では、国民が一生に一度は肝炎ウイルス検査を受けることが推奨されており、陽性者に対しては治療費の公費助成制度も整備されています。まだ検査を受けたことがない方は、この機会にぜひ検査を受けることをお勧めします。

4.3. 【新たな国民病】急増する非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)

このセクションは、現代日本人にとって最も重要なリスク要因の一つです。

  • 定義と背景: 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD、ナッフルディー)は、過剰な飲酒歴がないにもかかわらず、肝臓に脂肪が蓄積する状態です。これは肥満、2型糖尿病、脂質異常症、高血圧といったメタボリックシンドロームを背景に急増しており、まさに「新たな国民病」と呼べる状況です8
  • 深刻な実態: 日本の成人のおよそ3人に1人がNAFLD(いわゆる脂肪肝)であり、そのうちの約10~20%が、肝臓の炎症や線維化を伴い、肝硬変や肝がんへと進行しうる「非アルコール性脂肪肝炎(NASH、ナッシュ)」であると推定されています4
  • 最大の誤解の否定: 「お酒を飲まないから肝臓は大丈夫」という考えは、もはや通用しません。生活習慣病そのものが、肝臓に慢性的な炎症を引き起こし、直接的に肝がんのリスクとなるという事実を、科学的根拠と共に強く認識する必要があります。

4.4. その他の主要なリスク要因

  • アルコール性肝障害: 長期にわたる過剰な飲酒は、脂肪肝からアルコール性肝炎、そして肝硬変、肝がんへと肝臓を着実に破壊していく、確立されたリスク要因です4
  • その他: 喫煙や、特定のカビが産生する発がん性物質であるアフラトキシン(日本では極めて稀)なども、リスク要因として知られています9

5. 早期発見がすべて:日本の診療ガイドラインに基づく最適戦略

症状がない段階でがんを発見するためには、科学的根拠に基づいた具体的なアプローチ、すなわち「サーベイランス(監視)」が不可欠です。

5.1. なぜ定期検査(サーベイランス)が不可欠なのか?

肝臓がんは、他の多くのがんと異なり、その発生母地となる疾患(慢性肝炎や肝硬変)がはっきりしているという大きな特徴があります。つまり、がんになりやすい「ハイリスク群」をあらかじめ特定することが可能なのです。このハイリスク群に対して、症状が出る前から定期的な監視を行うことが、がんを早期に発見し、予後を劇的に改善するための最も効果的かつ確立された戦略です。

5.2. あなたは対象?『肝癌診療ガイドライン』が定めるサーベイランス対象者

日本肝臓学会が発行する『肝癌診療ガイドライン2021年版』2では、肝がんサーベイランスが強く推奨される対象者が以下のように明確に定義されています。ご自身が該当するかどうか、必ずご確認ください。

  • 超高リスク群: B型肝炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者さん
  • 高リスク群:
    • B型肝炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎の患者さん
    • ウイルス性以外の原因(NAFLD/NASH、アルコール性など)による肝硬変の患者さん

5.3. 推奨される検査方法と頻度

上記の対象者に対して、同ガイドライン2は以下の具体的な検査計画を推奨しています。

  • 検査項目: 腹部超音波(エコー)検査と、3種類の腫瘍マーカー(AFP, PIVKA-II, AFP-L3分画)の血液検査を組み合わせることが、日本の標準的なサーベイランス方法です3
  • 検査頻度:
    • 超高リスク群(ウイルス性肝硬変): 3~4ヶ月ごと
    • 高リスク群(慢性肝炎、非ウイルス性肝硬変): 6ヶ月ごと

この具体的で重要な間隔を守ることが、早期発見の確率を大きく高めます。

5.4. NAFLD/NASH患者のための新しいスクリーニング法

ウイルス性肝炎と異なり、誰がハイリスクかが分かりにくいNAFLD/NASHの患者群の中から、特に肝がんのリスクが高い「肝線維化進展例(肝臓が硬くなっている人)」を見つけ出すためのアプローチが重要です。『NAFLD/NASH診療ガイドライン』13では、年齢と血液検査(AST, ALT, 血小板数)の結果から簡単に計算できる「FIB-4 index(フィブフォー・インデックス)」というスコアの使用が推奨されています。このスコアは、かかりつけ医でも容易に評価可能であり、専門医への紹介が必要かどうかを判断するための重要な指標となります。

6. もし「がんの疑い」を指摘されたら:診断と治療の全貌

検査で異常を指摘された際の不安を少しでも和らげ、その後のプロセスに関する正しい知識を提供するため、診断から治療までの流れを体系的に解説します。

6.1. 精密検査:確定診断へのステップ

サーベイランスでがんが疑われた場合、診断を確定するために精密検査が行われます。造影剤を腕から注射しながらCTやMRIを撮影する「ダイナミックCT/MRI検査」が、がんの血流の特徴を詳細に評価し、診断を確定する上で最も重要な検査となります14

6.2. 治療方針を決める2つの柱:「ステージ(病期)」と「肝予備能」

肝がんの治療方針は、がんそのものの進行度だけでなく、背景にある肝臓自体の健康状態(予備能力)によって大きく左右されるという、この疾患に特有の複雑さがあります。

  • 肝予備能 (肝機能の余力): 肝臓が治療(特に手術など)にどれだけ耐えられるかを見るための指標として、「Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類」が広く用いられます。血液検査の数値(ビリルビン、アルブミン)、腹水の有無などに基づいて評価されます14
  • ステージ (病期): がんの進行度を示す日本の標準的なステージ分類(I期~IV期)は、腫瘍の「個数」「大きさ」「脈管(血管)への広がり」の3つの要素に基づいて決定されます14

6.3. ステージと肝機能に応じた治療アルゴリズム

日本肝臓学会の治療アルゴリズム2に基づき、代表的な治療法がどのような患者さんに選択されるのかを解説します。

  • 肝切除(手術): 根治を目指す最も基本的な治療法。肝機能が良好な早期がんが主な対象です。
  • ラジオ波焼灼療法 (RFA): 体の外から特殊な針をがんに刺し、ラジオ波でがんを焼き固める低侵襲治療。腫瘍が比較的小さく(原則3cm・3個以内)、数が少ない場合が良い適応です。
  • 肝動脈化学塞栓療法 (TACE): 足の付け根の動脈からカテーテルを挿入し、がんに栄養を送る肝動脈を抗がん剤と共に詰め、兵糧攻めにする治療。多発しているがんや、手術・RFAが困難な場合に選択されます。
  • 薬物療法(全身療法): 進行してしまったがんに対して用いられる分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などがあります。
  • 肝移植: 肝機能が極めて悪く、かつがんが特定の基準(ミラノ基準など)内に収まっている場合に考慮される選択肢です14

7. 予防と予後:科学的根拠に基づく希望

肝臓がんの予防の重要性と、近年の治療成績の向上について、具体的なデータを用いて解説します。

7.1. 肝臓がんを予防するために今日からできること

肝臓がんの一次予防として、科学的根拠のある具体的な行動を以下に示します9

  • ウイルス対策: B型・C型肝炎ウイルスの検査を生涯に一度は受け、もし陽性であれば適切な治療を受けることが最も効果的な予防策です。
  • 生活習慣の改善: 節度ある飲酒(または禁酒)、禁煙、そして適度な運動とバランスの取れた食事による肥満や糖尿病の管理が、非ウイルス性肝がんを防ぐための最も重要な鍵となります。

7.2. 5年相対生存率の最新データとその解釈

国立がん研究センターの最新統計によると、2009年~2011年に肝臓がんと診断された方全体の5年相対生存率(がん以外の原因で亡くなる影響を除いた生存率)は35.8%でした10。この数字は他のがんと比較して低いものですが、重要なのはステージ別のデータです。がんが肝臓に限局している「早期」の段階で発見されれば生存率は大きく向上するという事実が、本記事で繰り返し強調してきた「リスクに応じた定期検査による早期発見」の重要性を、何よりも雄弁に物語っています。

よくある質問(FAQ)

Q1: 健康診断で「肝機能異常(AST/ALT/γ-GTP高値)」と指摘されました。すぐにがんを心配すべきですか?

A: 直ちにがんとは限りませんが、肝臓が何らかのダメージを受けていることを示す重要なサインです。原因として最も多いのは脂肪肝ですが、慢性肝炎なども考えられます。決して放置せず、まずはかかりつけ医や消化器内科・肝臓内科を受診し、原因を特定するための精密検査(腹部超音波検査など)を受けることが極めて重要です。

Q2: 人間ドックでは、どの項目をチェックすれば肝臓がんのリスクが分かりますか?

A: 必須項目として、血液検査での肝機能(AST, ALT, γ-GTP)、血小板数と、腹部超音波(エコー)検査は必ず受けるようにしてください15。ご自身の年齢とこれらの血液検査結果から計算できる「FIB-4 index」は肝臓の線維化(硬さ)を知る良い指標になります。B型・C型肝炎の既往があるなどリスクが高い方は、オプションで腫瘍マーカー(AFP, PIVKA-II)を追加することを推奨します。

Q3: お酒を全く飲みませんが、肝臓がんになりますか?

A: はい、なります。近年、肥満や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病に関連した非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD/NASH)から発生する肝がんが日本で急増しています4。飲酒習慣の有無に関わらず、体重管理や食生活の見直し、定期的な健康診断が重要です。

Q4: C型肝炎の治療でウイルスが消えました。もう肝臓がんの心配はありませんか?

A: いいえ、安心はできません。ウイルスの排除(SVR達成)により肝がんのリスクは大幅に低下しますが、ゼロにはなりません。特に、治療開始前に肝硬変まで進行していた方は、ウイルスが消えた後も依然として発がんリスクが残存するため、日本肝臓学会のガイドラインでは定期的なサーベイランス(腹部超音波検査と腫瘍マーカー)を継続することが強く推奨されています16

結論:あなたとあなたの大切な人を守るために

本記事を通じて、私たちは以下の3つの極めて重要なメッセージを繰り返しお伝えしてきました。

  1. 肝臓がんの初期症状は非常に気づきにくいため、症状を待っていては手遅れになる可能性があります。
  2. 肝がんのリスク要因は、かつてのウイルス性肝炎中心の時代から、現代では肥満や糖尿病といった生活習慣病へと大きく、そして確実に変化しています。
  3. ご自身のリスク(ウイルス感染の有無、生活習慣、肝機能の数値)を正しく把握し、そのリスクに応じた定期的なサーベイランス(検査)を受けることだけが、この「沈黙のがん」から命を救う最も確実な方法です。

この記事が、皆様ご自身の健康状態に深く関心を持つきっかけとなり、少しでも不安を感じた場合には、決してためらうことなく医療機関の扉を叩く、その一歩を踏み出す後押しとなることを心から願っています。

免責事項本記事は、情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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