はじめに
女性の避妊方法にはさまざまな選択肢がありますが、その中でも特に「半永久的」「長期間にわたって避妊効果が続く」という特徴をもつのが、いわゆる卵管結紮(いわんかんけっさつ)と呼ばれる方法です。日本国内でも、出産後にこれ以上の妊娠を望まない方などが検討することがあります。しかし「もし将来的に状況が変わって子どもを望むようになったらどうするのか」「卵管結紮は解除(元に戻す)できるのか」など、実際に手術を受ける前に疑問や不安を抱える方は決して少なくありません。本記事では、とある読者の方から寄せられた「卵管結紮をしても、後から元に戻せるのか」という質問を中心に、医師の解説や注意点を詳しく取り上げ、さらに最新の知見や研究結果を交えながら解説します。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
今回の内容には、医療現場での指導や実績を多くもつ産婦人科領域の専門医である Tạ Trung Kiên 先生(Bệnh viện Phụ sản Âu Cơ – Đồng Nai における協力医)からの見解が含まれています。卵管結紮に関する不安点や疑問点を、実際の臨床現場で多く受けてきた背景をもとに回答してくださいました。なお、本記事はあくまで情報提供を目的としたものであり、個々のケースに応じた最適な医療は専門家との直接的な相談によって決定されるべきです。必ず医師や医療機関とご相談ください。
読者からの質問
30歳の女性(健康状態は良好)である Minh Hằng さん(TP.HCM 在住)が、将来的に妊娠を望まなくなったタイミングで検討される避妊法として「卵管結紮」に興味を持っているという背景があります。しかし一方で、「いつか事情が変わってもう一度妊娠を望む場合に、卵管結紮は解除して元に戻せるのだろうか?」という心配もあるということです。そこで、卵管結紮の手術が本当に “元に戻せる” のかどうか、どのような方法が存在するのか、率直な疑問を Tạ Trung Kiên 先生に投げかけました。
卵管結紮とは何か
まず、卵管結紮(らんかんけっさつ)は、女性の避妊法としては「永久避妊」に分類される手術的処置です。英語で “tubal ligation” と呼ばれることもありますが、日本語では「卵管結紮」「卵管結さつ術」あるいは「女性の不妊手術」として知られています。一般的には以下のような手順を経て行います。
- お腹(多くは下腹部)に小さな切開を加え、卵管に到達する。
- 卵管をクリップやバンドで縛る、切断し両端を縛る、または焼灼などによって物理的につなげない状態にする。
この結果、卵巣から出た卵子が子宮へ向かわなくなったり、精子が卵管にたどり着いて卵子と受精することが阻止されたりするため、妊娠が起こりにくい状態となります。日本国内でも長年にわたって実施されており、効果も高いとされますが、手術である以上は一定のリスクが伴うこと、また原則として「一度行えば元に戻すことは難しい」という性質があります。
手術直後から避妊効果が期待できる
卵管結紮は、手術が完了したその時点から避妊効果が期待できます。低容量ピルや注射による避妊のようにしばらく待つ必要がなく、非常に高い成功率が特徴です。また月経周期(生理)に影響を与えるわけではないため、生理不順になったり、更年期障害が早まったりする可能性は基本的に少ないといわれています。
ホルモンバランスや女性らしさへの影響
よくある誤解として、「卵管結紮を行うと女性らしさが失われるのではないか」「体型が変化するのではないか」という心配がありますが、卵管はホルモン分泌を司る卵巣とは異なる器官です。女性ホルモンそのものの産生や分泌への直接的な影響は少ないため、性欲や性ホルモンのバランスが激変する可能性は低いとされています。医師の間でも「施術後の女性ホルモンの分泌はほぼ変化がなく、太りやすくなるわけでもない」といった意見が一般的です。
卵巣がんリスクへの影響
一部の報告では、卵管結紮が卵巣がんのリスクを若干減少させるかもしれないという議論があります。これは、卵管を結紮することで卵管由来の病変が卵巣に波及する可能性が下がるのではないか、という仮説に基づきます。ただし、この点についてはまだ研究段階の情報も多く、個人差や研究デザインによるばらつきもあるため、一律に「卵管結紮をすれば卵巣がんリスクが確実に下がる」とは断言しにくい面があります。
なお、2021年に “Contraception” という学術誌に掲載されたレビュー研究(Lathrop E, Hurst S, Pender S, Sabet JS. Female sterilization: a review of the evidence. Contraception. 2021; 104(2): 113-116. doi:10.1016/j.contraception.2021.04.004)では、卵管結紮による卵巣がんリスクの低減効果を示唆する報告が散見されるものの、これを明確に証明するにはさらに大規模な追跡研究が必要という結論が示されています。日本でも同様の研究が検討されていますが、まだ決定的な結果はまとまっていません。
卵管結紮は本当に「解除」できるのか
結紮後に元に戻すことは難しい
大きな疑問である「卵管結紮は解除できるのか」に関しては、結論からいうと「原則的に難しい」とされます。手術時に卵管を縛るだけでなく、一部を切除したり焼灼したりするケースが多いため、仮に再度つなぎ合わせようとしても成功率は十分に高くないのが実情です。特に手術によって切除した部分が大きい場合、卵管の長さが足りず、再吻合が物理的に困難になる例もあります。
一方でどうしても妊娠を望む場合には、「卵管吻合術(再度卵管をつなげる)」が試みられることがあります。これは顕微鏡下で卵管の端を再度縫合する手術ですが、以下のような問題点があります。
- 成功率に限界がある
卵管の状態、患者の年齢、切除範囲によっては卵管をつなぐことができない、あるいはつないでも受精に至らない場合があります。 - 子宮外妊娠のリスク
卵管内の組織が癒着や瘢痕化していると、受精卵がそこで留まってしまう子宮外妊娠が発生しやすいとされています。 - 全身麻酔や再手術のリスク
卵管吻合術も、改めて開腹や腹腔鏡下の手術が必要となり、麻酔などに伴うリスクがゼロではありません。
したがって、結紮後に「簡単に元通りにはならない」と考えておくことが大切です。実際、医療者からは、将来的に妊娠を再度希望する可能性があるならば、卵管結紮ではなく「避妊効果が高いが元に戻すことも比較的容易な避妊法」(たとえばホルモンIUSやIUDの一種など)を勧められる場合があります。
再妊娠を希望する場合の代替手段:体外受精(IVF)
医師によっては、卵管結紮を行った後に妊娠を望む場合、体外受精(IVF)を検討するよう勧めることがあります。卵管が機能しない、もしくはつながっていない状況でも、卵子と精子を試験管内で受精させ、受精卵を子宮に戻すことで妊娠が成立する可能性があります。もちろん、IVF には経済的負担や身体的負担、精神的負担などさまざまな要素があるため、夫婦間や医師と十分に話し合った上で決定する必要があります。
卵管結紮のリスクと注意点
卵管結紮は避妊効果の高さから大変有用な方法ではありますが、以下のようなリスクや注意点も存在します。
- 術中・術後の合併症
腹腔鏡やミニ開腹などで卵管にアプローチするため、腸や膀胱、血管など周辺組織を損傷するリスクがあります。麻酔の副作用が出る可能性もゼロではありません。また、術後の創部感染リスクや出血、痛みなどの合併症が考えられます。 - 子宮外妊娠(異所性妊娠)のリスク
まれに避妊に失敗して妊娠した場合、卵管が完全には閉鎖されていない状態で受精卵が卵管内にとどまってしまうことがあり、子宮外妊娠のリスクが上がります。結紮手術が完全でなかったり、一部が再開通してしまったりすることが原因です。 - 将来的な妊娠の困難
先述のとおり、再び妊娠を望むようになったときに卵管を元に戻すことは難しく、体外受精などの不妊治療を受けざるを得ない場合があります。 - 精神的側面
「これで自分は子どもをつくれなくなるかもしれない」という心理的重圧を感じる女性もいます。これは生殖を断念するという意識的・潜在的な負担として現れることがあり、事前の十分なカウンセリングが大切です。
2019年にアメリカ産婦人科学会(ACOG)から発表されたガイドラインでも、卵管結紮は高度に効果的な永久避妊である一方、本人と医療者との間で将来の妊娠希望の有無を含め十分に話し合う必要があるとされています。さらに、術前カウンセリングやインフォームド・コンセントの重要性が繰り返し強調されています(ACOG Practice Bulletinなどに準拠した見解。日本語訳要約版が日本産科婦人科学会などからも一部公表されています)。
卵管結紮を検討する上でのポイント
1. なぜ卵管結紮を選ぶのか
- 高い避妊効果
一度行えば避妊効果が持続するため、毎日の薬の服用や定期的な通院などが必要なく、精神的に安心できる部分もあります。 - ホルモン剤が使えない人への選択肢
何らかの理由でホルモン剤を使用できない、あるいは使用に抵抗がある場合に有力な手段になることがあります。 - パートナーとの話し合い
男性側がパイプカット(精管切除)を受けるのか、女性側が卵管結紮をするのか、夫婦間でどちらが負担を負うか、どちらの手術がより適切かをしっかり話し合うことが大切です。
2. 実施するタイミング
- 出産時(帝王切開のついで)
帝王切開で出産するタイミングで同時に行うと、新たにお腹を切る必要がなく、麻酔や術後の回復を一度にまとめられる利点があります。 - ほかの手術のついで
子宮筋腫や卵巣嚢腫などの外科的治療を行う際に併せて卵管結紮をするケースもあります。 - 単独で計画的に
産後しばらく経ってから「これ以上妊娠を望まない」と決断し、別途改めて日程を組んで受ける場合もあります。
3. 術後のケア
- 術後の痛みや不快感
個人差はありますが、小さな傷口でも数日は痛みや不快感が出る場合があります。痛み止めなどを処方されるケースもあります。 - 仕事・家事への影響
術後の経過によっては数日安静が必要になることもあるため、休暇の取得や家事の分担など周囲の理解が大事です。 - 性感・月経への影響
一般的に、卵管結紮は性欲やホルモンバランスを大きく変化させないため、性行為に対する満足度が大きく落ちるリスクは少ないとされます。また、月経のリズムも基本的には変わりません。
卵管結紮解除(卵管再吻合)と妊娠の可能性
すでに述べたように、卵管を再度つなぐ「卵管再吻合術」は成功率にばらつきがあります。例えば、卵管の切除範囲や癒着の程度、手術を受ける患者さんの年齢、全身的な健康状態などが大きく関わってきます。年齢が高いほど妊娠力は自然に低下していくため、再吻合がうまくいっても卵子の質が低下している可能性があります。
さらに、再吻合術が成功して自然妊娠が起きた場合でも、子宮外妊娠(卵管妊娠)のリスクが上昇する点は見逃せません。縫合した部分がきれいにつながっていなかったり、瘢痕ができている部分に受精卵が留まってしまう恐れがあるのです。そのため「解除できるから大丈夫」と安易に考えるのは危険といえます。
実際に解除を希望する患者は多いのか
日本国内では、将来的に子どもを望まないという確信をもって手術を受けるケースが多いため、解除(再吻合)を希望する症例は全体から見るとそれほど多くはありません。しかし、たとえば若い年齢でやむを得ない事情や医療的緊急性があって卵管結紮を行ったあと、「状況が変わってもう一度妊娠したい」という希望を数年後に持つこともゼロではありません。
近年は体外受精(IVF)の技術が発達しており、卵管機能を経由せず妊娠を目指すことが可能になってきました。そのため、再吻合術の適応を慎重に検討し、必要に応じて IVF を最初から選択するケースも増えています。実際、Tạ Trung Kiên 先生の経験でも「卵管の状態や患者さんの年齢・健康状態によっては再吻合より IVF のほうが妊娠率が高く、より安全に希望が叶う可能性がある」と説明することがあるそうです。
卵管結紮を行う前に考慮すべきこと
将来のライフプラン
何より重要なのは、「本当に今後、妊娠を望む予定がないか」を自分だけでなくパートナーともよく話し合うことです。日本では少子化の影響もあり、社会的には出産・子育てへの支援が広がりつつありますが、それでも予測不能なライフイベントは起こり得ます。「現時点では子どもを望まないが、10年先、15年先までその気持ちが変わらないか」といった部分は慎重に考える必要があります。
他の避妊法との比較
卵管結紮は、細かいトラブルが比較的少なく、長期的かつ高い避妊効果が期待できる方法ですが、「永久避妊」という性質上、一度行うと基本的に元に戻せないリスクがあります。ピルや子宮内避妊具(IUD)・子宮内黄体ホルモン放出システム(IUS)、アフターピルなど、他の手段とのメリット・デメリットをあらためて知ったうえで比較検討することが大事です。
術前カウンセリングの必要性
- 本人の意志確認
手術適応かどうかを判断するためにも、医師はしっかりとカウンセリングを行います。本人の意志、パートナーの意見も尊重しながら、すれ違いがないようにコミュニケーションを図る必要があります。 - リスクと副作用
手術による合併症や術後の経過、万が一失敗して妊娠が起こった場合の子宮外妊娠リスクなどを十分理解することが求められます。 - アフターケア体制
術後の痛みや感染症のリスク、術後の経過観察、万一トラブルが起こった際の対応などについて説明を受ける必要があります。疑問点があれば事前に医師へ確認しておきましょう。
卵管結紮をめぐる最新の研究動向
卵管結紮に関しては、日本国内外で多くの研究が行われています。例えば、アメリカの Planned Parenthood による大規模調査では、卵管結紮を選択した女性の大多数が「術後の満足度が高い」と回答しており、とくにこれ以上出産を計画していない層には適した方法の一つだとされています(Planned Parenthood “How safe is tubal ligation?” の情報より)。
一方、2020年代以降の研究では、結紮後に再度妊娠を希望する割合は少数ながらも一定数いることが報告されており、そうしたケースへの対応として体外受精などの不妊治療技術の進歩が注目されています。再吻合術のマイクロサージャリー技術も進化していますが、成功率には限界があるため、体外受精を選ぶ例が増加傾向にあるという指摘も見られます。
また、2022年以降に議論されているテーマとしては、「卵管摘出(salpingectomy)を含む術式と卵管結紮を単独で行う術式との比較」です。卵管がんや卵巣がんなどのリスク低減策として、いっそ卵管を完全に摘出してしまう手術(両側付属器摘出とは異なる)が効果的ではないかという仮説も存在します。ただし、これはさらに高度な外科的処置を伴うため、望まない合併症を増やす恐れがあり、慎重な検討が必要だとされています。
実際に施術を受けた人の声と医師のコメント
ここでは Tạ Trung Kiên 先生がこれまで出会った患者さんからよく受ける質問やコメントをまとめてみます。
- 「妊娠を完全に避けたいので確実な方法を探していた」
長期的な避妊を強く希望する人には、卵管結紮は合致するケースが多い。 - 「ホルモン剤が使えない体質だが、ほかの避妊法は面倒だった」
たとえば血栓症のリスクがある女性など、ピルを服用できない場合に卵管結紮が選択肢になる。 - 「手術に対する恐怖があったけれど、出産時に一緒に済ませてしまえて助かった」
帝王切開との同時手術なら、追加の入院や麻酔リスクを大きく増やさずに済む。
一方、術後数年経って「やはりもう一人子どもがほしくなった」という相談を受けることもあるとのことです。そうした場合は卵管再吻合が可能かどうか、あるいは体外受精がより適切かを専門家と十分に話し合い、年齢や健康状態、経済的側面なども含めて総合的に判断することが必要です。
結論と提言
-
卵管結紮は永久避妊に分類される
卵管結紮は大変高い避妊効果を持つ方法であり、月経周期に大きな影響を与えない、ホルモンも使用しないなどのメリットが認められます。しかし「元に戻すことが難しい」という性質があるため、長期的視点でのライフプランをじっくり検討した上で決断する必要があります。 -
解除手術(卵管再吻合)の成功率は状況に左右される
たとえ再吻合術が行われても、縫合部分がうまくつながらない場合や癒着による子宮外妊娠リスク増大などの問題があり、元の状態に近づける保証はありません。 -
将来妊娠を希望する可能性が少しでもあるなら慎重に
再度妊娠を望む可能性がある場合は、卵管結紮ではなく、ホルモンIUS(子宮内避妊システム)や IUD(子宮内避妊具)など「取り外し可能な避妊法」を優先的に考える選択肢も重要です。 -
結紮後に妊娠を望む場合は IVF(体外受精)の選択肢
卵管結紮後も、体外受精によって妊娠を目指すことは不可能ではありません。ただし、費用や身体的・精神的負担も大きいため、専門家との相談が不可欠です。 -
医師との十分なカウンセリングが鍵
卵管結紮は外科的処置であり、手術や麻酔に伴うリスクも存在します。術後の感染や出血、疼痛の管理、子宮外妊娠の監視なども考慮しつつ、メリット・デメリットの両面を理解する必要があります。医師との話し合いを重ね、必要に応じてセカンドオピニオンを求めることも大切です。
参考文献
-
Tubal ligation
Mayo Clinic (アクセス日: 14/6/2022) -
Tubal Ligation
Johns Hopkins Medicine (アクセス日: 14/6/2022) - Giáo trình sản phụ khoa Đại học Y Dược TP.Hồ Chí Minh(ホーチミン市医科大学 産婦人科教科書)
-
How safe is tubal ligation?
Planned Parenthood (アクセス日: 14/6/2022) - Lathrop E, Hurst S, Pender S, Sabet JS. Female sterilization: a review of the evidence. Contraception. 2021; 104(2): 113-116. doi:10.1016/j.contraception.2021.04.004
本記事の内容は、各種研究や医療機関の情報を踏まえて作成されたものであり、あくまで一般的な情報提供を目的としています。個々の体質・病状や価値観によって最適な選択肢は異なるため、具体的な治療方針や手術の可否については必ず専門の医師にご相談ください。ここで述べた情報や見解がすべての方に一律に適合するわけではなく、また、新たな研究やガイドラインの改訂によって推奨が変わる可能性もあります。そのため、常に最新の情報を確認し、医療機関と連携した判断をすることが望まれます。