この記事の科学的根拠
この記事は、引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本記事で提示される医学的指導の根拠となった主要な情報源とその役割です。
- 日本版敗血症診療ガイドライン2024 (J-SSCG2024): この記事の診断、治療、管理に関する記述は、日本集中治療医学会 (JSICM) と日本救急医学会 (JAAM) が発行したこの最新ガイドラインに基づいています。これは、日本の臨床現場における標準治療の根幹をなすものです8。
- Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines 2021: 国際的な治療基準(Hour-1 Bundleなど)を解説するために参照しており、日本のガイドラインが世界標準に準拠していることを示しています6。
- 日本敗血症アライアンス (JaSA) の疫学研究: 日本における敗血症性ショックの死亡率や発生率など、国内の具体的な現状を示すために、中田孝明教授らが発表した研究データを引用しています10。
- 敗血症.com (JaSA運営サイト): 治療後の後遺症である集中治療後症候群 (PICS) の具体的な症状を解説するにあたり、患者や家族に向けたこの信頼性の高い情報源を参考にしています7。
要点まとめ
- 敗血症性ショックの定義: 感染症に対する体の免疫反応が制御不能になり、自らの臓器を傷害することで生命を脅かす状態です。
- 高い死亡率: 日本国内の研究によると、敗血症性ショックの院内死亡率は約33.2%(およそ3人に1人)と極めて高く、依然として危険な病気です10。
- 時間との戦い: 診断と治療の開始が1時間遅れるごとに救命率が著しく低下するため、「Hour-1 Bundle」と呼ばれる初期治療を迅速に行うことが極めて重要です6。
- 危険なサイン: 「呼吸が速い」「意識がおかしい」「血圧が低い」などの症状は危険な兆候であり、ためらわずに救急要請や医療機関の受診が必要です2。
- 後遺症(PICS): 命が助かった後も、集中治療後症候群(PICS)と呼ばれる身体的・精神的な後遺症が長期にわたって続く可能性があり、退院後のケアも重要です7。
日本における敗血症性ショックの現状:無視できない統計データ
敗血症性ショックがどれほど深刻な問題であるかを理解するために、まず日本国内の現状を示すデータを見てみましょう。日本敗血症アライアンス(JaSA)が主導した2025年発表の研究によると、衝撃的な事実が明らかになっています10。
- 院内死亡率: 日本の医療機関における敗血症性ショック患者の院内死亡率は33.2%(2020年時点)です。これは、集中治療が進歩した現代においても、この病気と診断された患者のおよそ3人に1人が命を落としていることを意味します。
- 発生率の増加: 敗血症の発生率は年々増加傾向にあります。これは、日本の社会が直面する超高齢社会と密接に関係しており、今後さらに社会的な脅威が増す可能性が示唆されています11。
- 特に危険な年齢層: 85歳以上の高齢者では、死亡率が40%を超え、高止まりしています10。世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本にとって、これは極めて深刻な課題です。
これらのデータは、敗血症性ショックが決して他人事ではなく、特に高齢の家族を持つ私たち一人ひとりにとって、正しく理解し備えるべき喫緊の課題であることを物語っています。
なぜ起こるのか?敗血症性ショックの原因と危険性が高い人
敗血症性ショックは、体内のあらゆる感染症が引き金となり得ますが、特に原因となりやすいものが存在します。
主な原因となる感染症
最も一般的な原因は以下の3つです1。
- 肺炎: 肺における細菌やウイルスなどの感染症。
- 尿路感染症: 腎臓、膀胱、尿管などにおける感染症。
- 腹腔内感染症: 胆管炎、腹膜炎、腸管穿孔など、お腹の中の臓器の感染症。
このほか、皮膚の感染症やカテーテル関連の感染症なども原因となり得ます。また、インフルエンザやRSウイルス18などのウイルス感染がきっかけとなり、二次的に細菌性肺炎を引き起こして敗血症に至るケースも注意が必要です。
危険性を高める要因
以下のような条件に当てはまる方は、感染症が敗血症性ショックへと進行する危険性が高いと考えられています1。
- 年齢: 65歳以上の高齢者、および乳幼児。
- 持病: 糖尿病、がん、肝臓や腎臓の慢性疾患、心不全などの持病を持つ方。
- 免疫力の低下: ステロイド薬や免疫抑制剤を使用している方、抗がん剤治療を受けている方。
- その他: 大きな手術を受けた後や、長期入院中の患者、栄養状態が悪い方。
これらの危険因子を持つ方が感染症にかかった場合は、特に注意深い観察が求められます。
命を救うための知識:見逃してはいけない初期症状と「時間との戦い」
敗血症性ショックの治療は、まさに「時間との戦い」です。治療の開始が早ければ早いほど救命の可能性は高まります。そのためには、家族や周囲の人が危険なサインを早期に察知することが不可欠です。
危険なサイン(初期症状)
以下の症状のうち、複数が当てはまる場合は敗血症の可能性を疑い、直ちに医療機関に相談する必要があります。特に高齢者では、典型的な高熱が出ないこともあるため注意が必要です123。
- 体温の異常: 悪寒を伴う震えと高熱(38℃以上)、あるいは逆に36℃以下の低体温。
- 呼吸の変化: 呼吸が速い、浅い(1分間に22回以上)、息苦しさを感じる。
- 循環の変化: 脈が速い(1分間に90回以上)。血圧が低下し(収縮期血圧が100mmHg以下)、めまいやふらつき、皮膚が冷たく湿っぽくなる。
- 意識の変化: 混乱している、呼びかけへの反応が鈍い、辻褄の合わないことを言う、異常に眠そうにしている。
これらのバイタルサインの評価は、医療現場で敗血症を迅速に発見するための重要な指標(qSOFAスコアなど)として用いられています9。
Hour-1 Bundle:時間との戦い
敗血症を疑った場合、国際的なガイドラインでは「Hour-1 Bundle」と呼ばれる、1時間以内に完了すべき一連の初期治療が強く推奨されています612。日本のJ-SSCG 2024でも、この考え方を基にした「初期治療とケアバンドル」が示されており8、その重要性は世界共通の認識です。具体的には、以下の対応が迅速に行われます。
- 乳酸値の測定: 臓器障害の程度を示す指標を調べます。
- 血液培養の採取: 抗菌薬を投与する前に、原因菌を特定するための血液検査を行います。
- 広域抗菌薬の投与: 原因菌が特定される前でも、幅広い細菌に効果のある抗菌薬を直ちに開始します。
- 急速輸液の開始: 血圧低下に対して、大量の点滴(晶質液)を開始します。
- 昇圧薬の使用: 点滴をしても血圧が十分に上がらない場合に、血圧を上昇させる薬を使用します。
「敗血症を疑ったら1時間以内に治療を開始すること」。この迅速な対応が、文字通り生死を分けるのです。
病院での専門的治療:J-SSCG 2024に基づく最新のアプローチ
初期治療に続き、病院、特に集中治療室(ICU)では、ガイドラインに基づいた専門的な治療が行われます。
① 循環の安定化(ショックからの離脱)
- 輸液療法: J-SSCG 2024では、ショックを伴う場合に体重1kgあたり30mLの晶質液を初期に投与することが推奨されています8。これは、血管の透過性が亢進して体液が血管外に漏れ出している状態を補うためです。
- 昇圧薬: 輸液を行っても血圧が十分に維持できない場合、昇圧薬が使用されます。具体的な治療目標は、平均動脈圧(MAP)を65mmHg以上に保つことです。第一選択薬としてはノルアドレナリンが推奨されています8。
② 感染源のコントロール
- 抗菌薬の適正使用: 1時間以内の投与開始が重要であることは前述の通りですが、その後は血液培養などの検査結果に基づき、原因菌に効果的な抗菌薬に変更(デエスカレーション)していくことが重要です。これにより、不要な薬剤の使用を減らし、薬剤耐性(AMR)菌の出現を防ぎます817。
- 感染巣の除去: 膿瘍(膿のたまり)ができている場合は、手術やカテーテルで体外に排出(ドレナージ)するなど、物理的に感染源を取り除く処置が必要になることがあります。
③ 臓器不全への対応
敗血症性ショックでは、様々な臓器が機能不全に陥ります。そのため、ICUではそれぞれの臓器を補助する高度な治療が行われます。
- 呼吸管理: 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を合併した場合は、人工呼吸器による呼吸補助が行われます。
- 腎臓補助: 急性腎障害が起きた場合は、血液浄化療法(透析)によって腎臓の機能を代行します。
- ステロイド療法: 輸液や昇圧薬に反応しない難治性のショックの場合に、少量(ヒドロコルチゾン200mg/日など)のステロイド投与が考慮されます8。
- 血糖管理: 高血糖は感染を悪化させるため、血糖値を厳格に管理します。J-SSCG 2024では、目標値を144-180mg/dLの範囲に保つことが推奨されています8。
予後と退院後の生活:後遺症と「PICS」を乗り越えるために
過酷な治療を乗り越え、命が助かったとしても、戦いは終わりではありません。多くの患者さんが、退院後の生活で様々な困難に直面します。
生存率と予後を左右する因子
予後は、治療開始の速さが最も重要ですが、その他にも原因となった菌の種類や毒性、患者さん自身の元々の健康状態(持病の有無や栄養状態など)も大きく影響します2。
集中治療後症候群(PICS)とは何か?
集中治療後症候群(Post-Intensive Care Syndrome: PICS)とは、ICUでの治療後に多くの患者さんが経験する、身体的、認知的、精神的な問題の総称です8。これは、病気そのものの影響と、強力な治療や長期の安静によって引き起こされる後遺症です。J-SSCG 2024でも、このPICSの予防とケアの重要性が強調されています。
PICSの具体的な症状には、以下のようなものがあります7。
- 身体的問題: 筋力低下、慢性的な疲労感や倦怠感、関節の痛み、呼吸困難感
- 認知的問題: 物忘れ、集中力や思考力の低下、新しいことを覚えられない
- 精神的問題: 不安、うつ状態、悪夢やフラッシュバック(PTSD:心的外傷後ストレス障害)、パニック発作
回復への道
PICSからの回復には長い時間が必要となる場合があります。早期からのリハビリテーション、バランスの取れた栄養管理、そして何よりも家族や社会の精神的なサポートが不可欠です。ご自身やご家族がこれらの症状で悩んでいる場合は、一人で抱え込まず、かかりつけ医や専門の窓口に相談することが重要です。
よくある質問
Q1: 敗血症と敗血症性ショックはどう違うのですか?
Q2: 敗血症性ショックは予防できますか?
A: 敗血症性ショックそのものを直接予防する特効薬のようなものはありません。しかし、その原因となる感染症にかからないようにすること、そして万が一かかっても重症化させないことが最も効果的な予防策です。具体的には、肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種、こまめな手洗いやうがい、基礎疾患(特に糖尿病など)を良好に管理することが非常に重要です1。
Q3: 一度回復したら、もう安心ですか?
A: 無事に回復された後も、前述のPICS(集中治療後症候群)と呼ばれる様々な後遺症が数ヶ月から数年にわたって続くことがあります7。また、一度敗血症にかかった方は、免疫機能が完全に回復するまでに時間がかかり、再び感染症にかかりやすくなる可能性も指摘されています。退院後も無理をせず、定期的な健康管理を続け、体調の異変を感じたら早期に医療機関に相談することが大切です。
結論
敗血症性ショックは、現代医療をもってしても3人に1人が命を落とす、極めて恐ろしい病態です。しかし、その一方で、早期に発見し、1時間以内に適切な治療を開始できれば、救える命も確実に存在します。この記事を通じて、敗血症性ショックの危険なサイン、原因、そして最新の治療法についてご理解いただけたことと思います。
最終的に最も重要なことは、あなた自身の、そしてあなたの大切な家族の「いつもと何か違う」という直感を信じ、行動することです。この記事で紹介した症状に一つでも当てはまる、あるいは強く違和感を覚える場合は、決してためらわないでください。すぐに救急要請(119番)をするか、最寄りの医療機関の救急外来を受診してください。その勇気ある行動が、命を救うための最も重要で、最も確実な一歩となるのです。
参考文献
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