はじめに
日常生活の中で血液に関する病気と聞くと、多くの方は「貧血」や「白血病」を思い浮かべるかもしれません。しかし、遺伝子の変異によって引き起こされる先天性の血液疾患も存在し、実はそれほど珍しくありません。そのうちのひとつがサラセミア(Thalassemia)と呼ばれる病気です。東南アジアを含む世界各地域で患者数が増加傾向にある一方、病気の存在や特徴をよく知らない方が多いことから、早期診断と適切な管理が遅れてしまうケースが見受けられます。日本では比較的まれと言われるものの、国際的な人口移動や遺伝的背景により、今後さらに注意が必要と指摘する専門家もいます。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
本記事では、サラセミアの概要、症状、原因、治療法、そして日常生活で気をつけるべき点などを包括的に解説します。また、世界的に行われている近年の研究成果を踏まえながら、日本国内の読者の皆様がイメージしやすい形で情報を整理し、実際に役立てていただけるようにまとめました。血液に関する先天的な異常や遺伝子的リスク、あるいは周囲に同様の病気を抱える方がいらっしゃる場合には、ぜひご参照ください。
専門家への相談
サラセミアは遺伝子の変異が原因で起こる疾患ですので、根本的には医療機関での専門的な検査と診断が不可欠です。特に、血液専門医や遺伝子カウンセリングを行う医師による正確な診断と指導が必要とされます。世界保健機関(WHO)の報告や、日本国内外で血液疾患について研究している医療機関の知見をもとにしても、サラセミアを含む遺伝性の血液疾患では早期診断と長期的な治療計画が重要だと示唆されています。また本記事では、海外の医療機関・研究機関(Mayo ClinicやCDCなど)が公開している情報も参照しており、加えて近年(過去4年ほど)の国際的な研究論文も可能な範囲で紹介します。
ただし、本記事はあくまでも情報提供を目的としており、治療方針を決定するものではありません。疑わしい症状や不安がある場合は、必ず医師や専門家に相談をして、個別の健康状態に合った対応策を検討してください。
サラセミア(Thalassemia)とは
サラセミアは、赤血球の中で酸素を運搬するヘモグロビンというタンパク質の生成に異常が生じることによって起こる遺伝性の血液疾患です。ヘモグロビンを構成するグロビン鎖は大きく分けてアルファ鎖とベータ鎖があり、それぞれの遺伝子に変異が起きるとアルファサラセミアまたはベータサラセミアと呼ばれるタイプに分かれます。
サラセミアでは赤血球の寿命が短くなりやすく、慢性的な溶血性貧血を引き起こす可能性があります。この「溶血」とは、赤血球が壊されることで血管内や臓器内に様々な負担をかける状態を指します。その結果、体内で十分な酸素が運搬されないまま日常生活を送るリスクが高まり、疲労感や動悸、倦怠感などが生じる場合があります。
もともとは地中海沿岸、中東、南アジアなどで患者が多く確認されていた背景から、「地中海貧血」とも呼ばれることがあります。もっとも日本国内では頻度がそれほど高くないとされますが、海外赴任・留学経験がある方や海外出身の方との結婚などにより、遺伝形質を持つ人の数が今後増える可能性があります。
サラセミアはどのくらい危険なのか
サラセミアは単なる貧血と誤解されやすい一方、治療や管理を怠ると深刻な合併症を伴う可能性があります。以下に主な例を挙げます。
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骨の脆弱化
慢性的な貧血を補うために骨髄が過剰に働くと、骨の形成に異常が起こり、骨が変形または脆くなる傾向があります。 -
脾臓肥大
溶血した赤血球の破壊や老廃物の処理負担が増えるため、脾臓が肥大しやすくなります。重度の場合は脾臓を外科的に摘出せざるを得ないケースもあります。 -
胆石のリスク増加
赤血球の分解産物であるビリルビンが増加し、胆汁中の成分バランスが崩れると、胆石が形成されやすくなることが知られています。 -
鉄過剰症
繰り返し輸血を受ける場合、または体内の鉄排泄が適切に行われない場合には、体内に鉄が過剰に蓄積し、肝臓・心臓・内分泌系に深刻な障害をもたらす危険性があります。 -
ホルモン異常や心肺機能障害
鉄過剰症や持続的な貧血が引き金となり、甲状腺や副腎などの内分泌系、あるいは心臓や肺に悪影響が及ぶ可能性が指摘されています。
これらの合併症は病状の進行度やタイプによって現れ方が異なりますが、いずれにしても放置すると重篤化するリスクがあるため、日常的なケアと医療介入が欠かせません。
症状
症状の多様性
サラセミアには主に「軽症型(Minor)」と「中間型(Intermedia)」、そして「重症型(Major)」の3つの臨床型があり、それぞれ症状の出方や重篤度が異なります。軽症型では症状がほとんどなく、健康診断などで偶然に発見されることも少なくありません。一方、重症型のベータサラセミア(通称:クーリー貧血)は、幼少期から顕著な貧血症状や成長障害を示し、頻繁な輸血が必要となるケースも多く見られます。
軽症型
- ほぼ無症状で生活に支障なし
- 軽度の貧血が検査で見つかる程度
- 倦怠感や疲労がわずかに強くなる場合も
中間型
- 動悸、倦怠感、めまいなどが日常的にやや強く出る
- 成長過程や妊娠中など身体への負荷が大きい時期に症状が悪化しやすい
- 軽度から中度の貧血所見
重症型
- 深刻な溶血性貧血、黄疸、発育不全、骨変形など
- 幼少期から輸血が欠かせない場合が多い
- 複数の臓器障害(心臓、肝臓、内分泌系)を合併することも
典型的な症状
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食欲不振
貧血による倦怠感から食欲が落ち込みやすく、成長期の子どもの場合は体格の発育にも影響を及ぼす可能性があります。 -
顔色不良(蒼白、黄疸)
赤血球の不足や破壊により、皮膚や粘膜が白っぽく見えたり、ビリルビン増加によって黄疸が出たりすることがあります。 -
感染症への罹患リスクの増加
免疫系への負担や脾臓肥大などの影響で、細菌・ウイルス感染を起こしやすくなる場合があります。 -
成長遅延
特に重症型の場合、幼い頃からの慢性的な貧血のため、身長や体重の伸びが遅れがちになります。 -
腹部の膨満感
脾臓や肝臓の肥大によって、上腹部が張るように感じることがあります。
原因
遺伝子変異
サラセミアは先天的な遺伝子変異が直接の原因であり、ヘモグロビンを形成する遺伝子に問題が生じることでグロビン鎖の合成に異常をきたす病気です。両親がともに変異遺伝子を保有している場合、子どもが重症型のサラセミアを発症するリスクが高まります。一方、両親のどちらか一方のみが変異遺伝子を持つ場合は、軽症型の形で子どもに遺伝する可能性があります。
地域的背景
中東や地中海沿岸、東南アジアなどにサラセミア保因者が多い理由として、マラリアへの抵抗性との関連が指摘されています。特定の地域ではサラセミアの遺伝子が残りやすかった歴史的背景があるのです。日本国内では患者数は決して多くはありませんが、世界的な人の往来が増えた現在、国内でも感染症とは別の形で遺伝子が伝わる可能性が高まっています。
リスク
家族歴
もし親族にサラセミアを発症している人や、保因者(軽症型)がいる場合は、自分自身が保因者である可能性を疑い、医療機関での検査を検討するとよいでしょう。将来的に子どもを持つことを考える場合、早めにパートナーの遺伝子状況と併せて把握しておくことが望ましいとされています。
人種・民族的要因
サラセミアは、特定の人種や地域にルーツを持つ人の間で比較的多く確認されています。例えば、地中海沿岸諸国、アフリカ系アメリカ人、東南アジア系の人々などが挙げられます。日本の場合、歴史的には発症例が少なかったとされますが、近年の国際結婚や移住などで保因率が変動する可能性もあり、注意が必要です。
治療
サラセミアの治療は、病型や症状の重さによって選択肢やアプローチが大きく異なります。近年、遺伝子治療を含めた新たな治療戦略が開発されつつあり、患者さんのQOL(生活の質)向上に寄与する報告も出始めています。
検査と診断
血液検査が基本となります。赤血球数やヘモグロビン濃度の測定、赤血球の形態観察などによって溶血性貧血を疑われた場合は、さらなる専門検査(ヘモグロビン電気泳動など)で遺伝子の異常を特定します。脾臓や肝臓の状態を評価するために超音波検査やMRIを行う場合もあります。また、遺伝子カウンセリングが必要になるケースもあるため、専門医のもとで総合的に判断を受けることが重要です。
主な治療法
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定期的な輸血
重症型では血中のヘモグロビン濃度を維持する目的で、数週間から数か月おきに輸血を行うことがあります。ただし輸血による鉄過剰症を防ぐため、鉄キレート剤を用いた管理が必須となる場合が多いです。 -
鉄キレート療法
過剰に蓄積した鉄を体外へ排出させるために、キレート剤と呼ばれる薬剤を定期的に投与します。投与方法や使用薬剤の種類は症状や年齢に応じて異なります。 -
骨髄移植(造血幹細胞移植)
HLA型が適合するドナーから骨髄または造血幹細胞の提供を受けることで、正常な赤血球を作り出す造血システムを再構築する可能性があります。重症型の患者にとって根治が期待できる治療法のひとつですが、移植そのものに伴うリスクや拒絶反応も大きく、適用できる症例は限定的です。 -
薬物療法や遺伝子治療の新展開
近年の研究では、ベータサラセミアに対して遺伝子治療を行い、輸血依存状態を軽減できた報告も存在します。実際に、2021年にNew England Journal of Medicine(以下NEJM)で公表された研究では、遺伝子治療によって多くのベータサラセミア患者が輸血を必要としない状態を得られたと示唆されています(Thompson AAら, 2021, NEJM, 385:427-439, doi:10.1056/NEJMoa2030181)。研究規模自体は限定的ではあるものの、有望な治療選択肢として注目が集まっています。
さらに別の研究では、ベータサラセミア全般について病態生理や新しい治療法を整理し、鉄過剰症管理の重要性や遺伝子治療の将来的展望をまとめています(Taher ATら, 2021, NEJM, 384:727-743, doi:10.1056/NEJMra2021838)。日本国内でもこうした最新の報告を踏まえながら、輸血中心の治療だけでなく、様々な薬物療法や将来的な遺伝子治療の実用化に向けた研究・臨床試験が行われる可能性が考えられます。
治療時の注意点
- 輸血後は特に鉄過剰症のリスクに留意し、定期的に血中フェリチンなどを測定して蓄積量を評価する
- 骨髄移植が検討される場合は、ドナー選定や適合検査を慎重に進める
- 遺伝子治療はまだ研究段階であり、保険適用や長期的な安全性に関する十分なデータは蓄積中
生活習慣
食事管理
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鉄分の摂取に注意
サラセミアでは慢性的に貧血となる一方で、血液中の鉄分が過剰になるケースもあるため、鉄分が豊富な食品やサプリメントを過剰に取りすぎないように意識する必要があります。医師から特別な指示がない限り、鉄分強化サプリの摂取は控えるべきです。 -
葉酸・ビタミンB群、カルシウム、ビタミンDの適切な補給
溶血で赤血球が壊されやすいため、葉酸やビタミンB12など、赤血球形成をサポートする栄養素を適度に摂ることが大切です。また骨が脆くなりやすい傾向もあるため、カルシウムやビタミンDもしっかり補給するとよいでしょう。
感染症予防
サラセミア患者、とりわけ脾臓を摘出した方は、免疫機能が低下し感染症のリスクが高まることがあります。具体的には以下のような対策が推奨されます。
- 定期的な予防接種(インフルエンザ、肺炎球菌、髄膜炎菌など)
- 手洗いの徹底
- 外出時や人混みでのマスク着用(特に風邪やインフルエンザが流行している季節)
体調モニタリング
日々の生活の中で、以下の点に注意すると病状の悪化を早期に察知しやすくなります。
- 体温や脈拍、血圧の定期的なチェック
- 疲労感やめまい、息切れが増した場合は医師に相談
- 黄疸の有無(肌や目の変色)
- 腹部の張り感や痛み(脾臓や肝臓の腫大を疑う)
こうしたセルフモニタリングを習慣化することで、状態変化を早期に把握し、医療機関へ相談しやすくなります。
精神的サポート
慢性的な治療や貧血症状を抱えると、学校や職場など日常生活全般でストレスを感じやすくなる場合もあります。特に重症型では定期的な外来受診や輸血、あるいは長期入院などが必要になることがあり、そのために生活リズムが崩れる、精神的に不安定になるなどの問題が起こりがちです。医療従事者によるメンタルケアのほか、家族や友人からのサポートが非常に大切です。
結論と提言
サラセミアは、遺伝子の異常によってヘモグロビン産生が阻害され、慢性的な溶血性貧血を招く可能性のある疾患です。一見すると通常の貧血や体質的な問題と誤解されがちですが、重症化すると日常生活に大きな影響が出るだけでなく、骨変形や鉄過剰症、さらには内臓への合併症など深刻なリスクを伴います。
一方で、軽症型の場合は症状がほとんど出ず、医師の診察や血液検査を受けて初めて気づくことも珍しくありません。いずれの型であっても、サラセミアであることを早めに把握しておくことが、将来の健康管理や家族計画に大きく寄与すると考えられます。
治療法としては、定期的な輸血や鉄キレート療法、骨髄移植などが行われ、近年は遺伝子治療も研究が進められています。特に輸血を繰り返す患者の場合、鉄過剰症への対策が極めて重要であり、適切な薬剤選択や生活習慣による予防が欠かせません。さらに世界的には、遺伝子治療を用いた根治的なアプローチや、新薬開発の臨床試験が進んでおり、サラセミアにおける選択肢は年々拡大しつつあります。
本疾患が疑われる場合、あるいは家族歴などで可能性を感じる場合は、できるだけ早期に専門医に相談し、適切な検査を受けることが大切です。また、すでに診断されている方は、合併症の防止や体力維持を図るために食事や感染症予防などの日常的なケアをしっかり行い、定期的に検査を受けましょう。病状の種類や重症度によっては、骨髄移植や最新の遺伝子治療など、新たな治療方法の検討も視野に入る可能性があります。
さらに、日本国内ではサラセミアの認知度がまだ十分とは言えません。病名自体を知らないために、不必要な心配をしたり、逆に見過ごしたりするケースも考えられます。適切な情報を持ち、生活習慣や治療計画を整えることこそが、QOLの向上と合併症の予防につながる重要な鍵になります。
本記事で取り上げた情報は、すべて「参考情報」であり、最終的な治療やケアの決定は医師や専門家と相談しながら行う必要があります。特に遺伝子の問題や輸血の適用、骨髄移植、遺伝子治療などの高度な医療行為が関わる場合、患者の健康状態や年齢、家族の状況などを踏まえて多角的な検討が必要です。少しでも異常を感じたら、早めに医療機関を受診し、専門的なアドバイスを受けましょう。
参考文献
- Thalassemia – Mayo Clinic (アクセス日: 26/03/2021)
- Thalassaemia – NHS (アクセス日: 26/03/2021)
- Thalassemia – WebMD (アクセス日: 26/03/2021)
- What is Thalassemia? – CDC (アクセス日: 26/03/2021)
- Complications of Thalassemia – Verywell Health (アクセス日: 26/03/2021)
- Taher AT, Musallam KM, Cappellini MD. β-Thalassemias. N Engl J Med. 2021;384:727-743. doi:10.1056/NEJMra2021838
- Thompson AA, Walters MC, Kwiatkowski J, et al. Gene therapy in patients with transfusion-dependent β-thalassemia. N Engl J Med. 2021;385:427-439. doi:10.1056/NEJMoa2030181
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