嗅覚障害の原因3タイプと治し方|嗅覚刺激療法の効果とやり方
この記事でわかること
目次
嗅覚障害は「気導性」「嗅神経性」「中枢性」の3タイプに分かれ、においが経路のどこで止まるかでタイプと治りやすさが変わります[1]。鼻づまりが原因の気導性は治療法がほぼ確立していますが、感冒後や新型コロナ後に多い嗅神経性、頭部外傷や神経変性疾患による中枢性は、まだ確立した治療がありません[1]。
この症状、いつ受診すべきか確認しますか?
回答に合わせて必要な質問だけを表示します。診断は行いません。
症状はいつから続いていますか?
回答により質問数が変わります・途中でいつでも記事に戻れます
感冒後と外傷性には、嗅素を使った「嗅覚刺激療法(スメルトレーニング)」に強い推奨のエビデンスがありますが、新型コロナウイルス感染症によるものや、認知症・パーキンソン病にともなうものでは、まだオプション扱いにとどまります[1]。原因によって「効くと言い切れる根拠の強さ」が違う、というのがこの記事でいちばん伝えたいことです。
要点まとめ
編集方針: JHO編集部がAIツールの支援を受け、日本鼻科学会「嗅覚障害診療ガイドライン」第2版や日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会・日本神経学会などの公的情報源と照合して作成しました。最終確認は人の目によって行っています。医師による個別診断の代わりにはなりません。数値・推奨度はガイドライン改定により変わることがあります(2026年7月時点)。
この記事の使い方: まず次の「状況別セルフチェック表」で自分がどのタイプに近いかを確認し、次に「嗅覚刺激療法のエビデンスレベル一覧」で、自分の原因に対してこの治療にどれくらいの根拠があるのかを確認してください。多くのサイトは「嗅覚トレーニングは効果的」とひとまとめに書きますが、日本鼻科学会のガイドラインは原因ごとに推奨度を分けています[1]。この違いを正直に開示するのが、この記事の役割です。
嗅覚障害とは?においが脳に届くまでの経路と3タイプの仕組み
嗅覚は、腐った食品やガス漏れ、煙などの体に有害なものを察知したり、味の感じ方や好きなものを楽しんだりするうえで、日常生活の安全とQOL(生活の質)を支える感覚です[1]。この嗅覚に異常が起きた状態が嗅覚障害で、日本鼻科学会のガイドラインでは、嗅覚が伝わる経路のどこに障害があるかによって、気導性・嗅神経性・中枢性の3タイプに分類されています[1]。
吸い込まれたにおい分子は、鼻腔の奥にある「嗅裂」という部分の嗅粘膜に届き、そこから嗅神経を通って嗅球に入り、脳の嗅覚中枢で「におい」として認識されます[1]。気導性は、鼻づまりや鼻ポリープなどでこの入り口が塞がれ、におい分子そのものが嗅粘膜に届かなくなるタイプです[1]。嗅神経性は、感冒(かぜ)や新型コロナウイルス感染後などに嗅神経や嗅粘膜そのものが傷つくタイプ、中枢性は頭部外傷や神経変性疾患などで脳側のにおいに関わる部分が障害されるタイプです[1]。
この3つは、鼻副鼻腔炎(慢性副鼻腔炎)・感冒・頭部外傷とあわせて「嗅覚障害の3大原因疾患」と呼ばれています[1]。ガイドラインの序文では、副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎による気導性は治療法がほぼ確立している一方、感冒後嗅覚障害のような嗅神経性にはまだエビデンスの高い確立した治療がないと率直に述べられています[1]。クリニックの宣伝サイトでは、どんな原因でも同じように治ると言い切ってしまう例もありますが、原因によって治りやすさが大きく違うという前提を最初に共有しておくことが、遠回りのようで実はいちばん早い理解につながると考えられます。
| タイプ | 障害が起きる場所 | 代表的な原因 | 治療の見通し |
|---|---|---|---|
| ①気導性 | 鼻腔・嗅裂(におい分子の通り道) | 慢性副鼻腔炎、鼻ポリープ、アレルギー性鼻炎 | ほぼ確立[1] |
| ②嗅神経性 | 嗅神経・嗅粘膜 | 感冒後嗅覚障害、新型コロナウイルス感染後 | 確立した治療なし。嗅覚刺激療法に一定のエビデンス[1] |
| ③中枢性 | 嗅球より脳側(前頭葉、嗅覚中枢など) | 頭部外傷、神経変性疾患(パーキンソン病など) | 確立した治療なし。原因疾患ごとの対応が中心[1] |
出典:日本鼻科学会「嗅覚障害診療ガイドライン」第2版(2025年)[1]
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これは診断ではありません。入力された数値を日本高血圧学会の血圧値の分類(高血圧の基準は診察室 140/90mmHg以上・家庭 135/85mmHg以上)に当てはめて「受診の目安」を機械的に示すもので、医師の診察に代わるものではありません。日本高血圧学会「高血圧管理・治療ガイドライン2025」では、降圧目標は年齢によらず診察室 130/80mmHg未満・家庭 125/75mmHg未満とされています。脈拍の目安は学会の分類ではなく一般的な参考範囲です。
どんな時に疑う?状況別に考えられる原因のセルフチェック
「いつから」「どんな出来事の後に」始まったかによって、疑うべきタイプがある程度しぼり込めます。日本鼻科学会のガイドラインが示す問診の考え方でも、発症のきっかけ・時期・罹病期間・他の鼻症状の有無・薬物使用歴などを順番に確認することが、原因の推定に役立つとされています[1]。以下はあくまで目安であり、実際の診断には耳鼻咽喉科での鼻内視鏡検査や嗅覚検査が必要です[1]。
| こんな時 | 考えられるタイプ | 備考 |
|---|---|---|
| 鼻づまりが何年も続いている、黄色い鼻水が出る | 気導性(慢性副鼻腔炎など) | 耳鼻咽喉科での内視鏡検査が有効[1] |
| 両側の鼻づまりに加え、においが早い段階から分かりにくい | 気導性(好酸球性鼻副鼻腔炎の可能性) | 気管支喘息の合併が多いタイプ[1] |
| 風邪をひいた後、鼻づまりが治ったのに匂いだけ戻らない | 嗅神経性(感冒後嗅覚障害) | 3大原因疾患の1つ[1] |
| 新型コロナウイルス感染をきっかけに匂いがしなくなった | 嗅神経性(COVID-19関連) | 多くは1か月ほどで改善する傾向[1] |
| 頭を強くぶつけた後から匂いが分からない | 嗅神経性〜中枢性(外傷性) | 3大原因疾患の中でもっとも改善しにくいとされる[1] |
| 数年かけてゆっくり匂いが分かりにくくなってきた(高齢者) | 加齢性、あるいは中枢性の可能性 | 加齢でも嗅覚は低下する傾向がある[2] |
これはあくまで「受診前に頭を整理するための」目安表であり、確定診断ではありません。とくに好酸球性鼻副鼻腔炎は、両側性の鼻ポリープや粘り気のある鼻汁が特徴で、通常の副鼻腔炎(蓄膿症)とは治療の考え方が異なることがあるため、鼻症状が長引く場合は自己判断せず耳鼻咽喉科を受診することをおすすめします。好酸球性鼻副鼻腔炎は、鼻茸組織の中に好酸球が著しく多く見られる再発しやすいタイプで、両側性の多発性鼻茸や気管支喘息の合併が多いといった特徴があり、2015年7月から厚生労働省の指定難病になっています[1]。「指定難病」という言葉に身構えてしまうかもしれませんが、行政上の分類の話であり、必ずしも治療の見通しが立たないことを意味するわけではありません。好酸球性鼻副鼻腔炎で内視鏡下鼻副鼻腔手術を受けた患者を追跡した研究では、術後に経口ステロイドを2〜3週間かけて減らしていく治療とあわせて、術後3か月の時点で治癒41.7%・軽快34.5%(改善は合計76.2%)、別の研究では治癒53.3%・軽快20.0%(改善は合計73.3%)という結果が報告されています[1]。一方で、術後にステロイドを使っても改善しない例が25%程度は残るともされ、慢性副鼻腔炎による症状全体の改善率はおおむね70%とされています[1]。
アレルギー性鼻炎が原因の場合は、鼻噴霧用ステロイドや舌下免疫療法で嗅力が改善したとする報告があり、ガイドラインは「推奨」(エビデンスの質B、投票合意率85%)としています[1]。ただし研究によっては、炎症は抑えられてもにおいのスコア自体は有意に改善しなかったという逆の結果も報告されており、鼻噴霧用ステロイドはこの症状そのものへの保険適用が認められているわけではありません[1]。同じ「気導性」というタイプの中でも、原因になっている病気によって効き方にばらつきがある、という点は知っておいて損はないでしょう。
ここまでに挙げた原因以外にも、頻度は高くないものの知っておきたいものがあります。MSDマニュアルは、薬剤の影響、鼻の中の腫瘍、副鼻腔の重い感染症、副鼻腔がんへの放射線治療などを、あまり一般的でない原因として挙げています[2]。これらによってにおいを感じる部分そのものが損なわれると、数か月にわたって、あるいは永続的ににおいが失われることもあるとされています[2]。なお、たばこがどの程度関係しているかについては、はっきりしたことは分かっていません[2]。ごくまれに、生まれつきにおいを感じない人もいます[2]。いずれも珍しいケースではありますが、思い当たる出来事がある場合は、その経緯も含めて受診時に伝えることが原因の絞り込みに役立ちます。
受診の目安 — すぐに受診が必要な危険なサイン
MSDマニュアルは、次のような場合を「警戒すべき徴候」として挙げています[2]。
- 最近の頭部外傷の後ににおいが分からなくなった
- 筋力低下、平衡感覚の異常、ものが二重に見える、話したり飲み込んだりしにくいなど、神経系の症状をともなう
- においが分からなくなる症状が突然始まった
- 新型コロナウイルス感染者との接触が分かっている、またはワクチン接種を受けていない状態での急な発症
MSDマニュアルによれば、これらに当てはまる場合は可能な限り早く医師の診察を受ける必要があります[2]。当てはまらない場合でも、この状態が続くようであれば、都合のつくときに耳鼻咽喉科を受診することがすすめられます[2]。
新型コロナウイルス感染症による嗅覚障害 — 回復率と、残りやすさの実際の数字
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では発症の早い段階で嗅覚障害や味覚障害が起こることが知られています[3]。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会と金沢医科大学の研究グループが厚生労働科学特別研究として行った調査(20〜59歳のCOVID-19患者251名が対象)では、回答者の57%に嗅覚障害、40%に味覚障害がみられ、37%は両方の障害をともなっていました[3]。同じ研究グループによる論文をもとに日本鼻科学会のガイドラインが引用している数字では、対象251例のうち58%がこれに該当したと報告されています[1]。数字にわずかな差があるのは調査時点や集計方法の違いによるものと考えられ、いずれにせよCOVID-19患者の半数以上ににおいの異常が出ていたことは共通しています。
この調査では、嗅覚障害ありと答えた患者のうち60%が、味覚障害ありと答えた患者のうち84%が、1か月後の追跡調査で改善を示しました[3]。COVID-19によるこの症状は、発症当初は高度でも比較的速やかに改善する傾向があり、これはウイルスが嗅神経細胞そのものではなく、その周囲を支える支持細胞に感染して炎症を起こすためではないかと考えられています[1]。
ただし、全員が早期に治るわけではありません。厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」別冊(罹患後症状のマネジメント)によると、この症状は3か月後・6か月後・1年後の時点でも、それぞれ10%・8%・5%の人に残っていると報告されています[1]。さらに、この状態が残っている患者では、本来と違うにおいに感じる「異嗅症」を合併する割合が、6か月時点で75%、1年後で80%と高くなることが分かっています[1]。日本鼻科学会のガイドラインでは、COVID-19が原因の場合の嗅覚刺激療法は、エビデンスの質C・推奨度「オプション」にとどまり、感冒後嗅覚障害ほど強い根拠では推奨されていません[1]。同ガイドラインが引用する薬物治療の研究として、134例のCOVID-19患者のうち症状のあった105例を亜鉛投与の有無で2群に分けた研究では、血清亜鉛値そのものには差がなかったものの、自覚的な改善は亜鉛投与群のほうが有意に速かったと報告されています[1]。また、罹病期間1〜2週間の症例を対象に、葛根湯加川芎辛夷や小柴胡湯加桔梗石膏など上気道感染症に使われる医療用漢方製剤を投与した群(52例)とコントロール群(35例)を比較した研究でも、これらの漢方製剤に一定の効果があったと報告されています[1]。いずれも医師の処方にもとづく研究であり、ここでも「医療用製剤の研究」と「市販製品の効果」は分けて考える必要があります。
| 時期 | 残っている割合 | 備考 |
|---|---|---|
| 発症1か月後 | 改善率60%(裏を返すと約40%は未改善) | 味覚障害の改善率は84%[3] |
| 3か月後 | 10%が残存 | 厚生労働省の罹患後症状の手引きより[1] |
| 6か月後 | 8%が残存(うち75%が異嗅症を合併) | 同上[1] |
| 1年後 | 5%が残存(うち80%が異嗅症を合併) | 同上[1] |
「変な匂いがする」異嗅症・自発性異嗅症とは
嗅覚障害というと「匂いが分からない」状態を思い浮かべがちですが、実際には本来と違う不快な匂いに感じてしまう「異嗅症」や、においの原因がないのに匂いを感じる「自発性異嗅症」も、質的なものとしてガイドラインに位置づけられています[1]。異嗅症は、コーヒーや食品が焦げた匂いや下水のような匂いに感じられるなど、日常生活や食事の楽しみに大きく影響することがあります。
先ほど述べたとおり、COVID-19後に症状が長引く患者では異嗅症の合併率が高く、6か月時点で75%、1年後で80%にのぼると報告されています[1]。ガイドラインは、異嗅症は特に食生活に影響し、QOLを下げる一因になっているものの、有効な治療法はまだ確立されていないと率直に認めています[1]。嗅覚刺激療法の効果を調べた研究の中には、識別スコアだけでなく異嗅症のスコアの改善を報告しているものもありますが[1]、異嗅症そのものを狙って治す決め手となる方法が確立しているわけではない、という段階です。この記事では、多くのサイトがぼかしがちなこの「まだ確立していない」という事実をそのまま開示します。
ガイドラインによると、自発性異嗅症があり、けいれん(てんかん)が疑われる場合には脳波検査が行われることがあります[1]。「変な匂いがする」状態が続く、あるいは意識がぼんやりする・体の一部がひきつるといった症状をともなう場合は、自己判断せず耳鼻咽喉科や脳神経内科に相談することがすすめられます。
嗅覚刺激療法(スメルトレーニング)は本当に効くのか — 原因別のエビデンスレベルを正直に開示
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の会報に掲載された総説によると、「嗅覚トレーニング」はSNSや動画で紹介されることが増え、若い世代を中心に関心が高まっています[5]。日本鼻科学会のガイドラインによれば、バラ・ユーカリ・レモン・クローブなど数種類の香りを1日2回、決まった時間嗅ぐことで嗅神経細胞や嗅球のシナプスの働きを促し、機能回復を目指す方法です[1]。同総説は、嗅覚の受容器である嗅細胞は神経でありながら再生能力が高く、活発に入れ替わっているため、嗅覚はリハビリテーションに向いた感覚だと説明しています[5]。
ただし、この治療法への「根拠の強さ」は原因によってはっきり異なります。多くのサイトは「嗅覚トレーニングは効果的」とひとまとめに紹介しますが、日本鼻科学会のガイドラインは原因ごとにエビデンスの質と推奨度を分けて示しており、これをそのまま開示することがこの記事の一次資料としての価値だと考えています。
| 原因 | エビデンスの質 | 推奨度 | 投票合意率 |
|---|---|---|---|
| 感冒後嗅覚障害(コロナ以外の感冒後) | B | 強い推奨 | 100%[1] |
| 外傷性嗅覚障害 | B | 強い推奨 | 92%[1] |
| 新型コロナウイルス感染症によるもの | C | オプション | 85%[1] |
| 神経変性疾患(認知症・パーキンソン病)にともなうもの | C | オプション | 92%[1] |
出典:日本鼻科学会の同ガイドライン CQ2-3-1・CQ2-4-1・CQ2-5-1・CQ3-2[1]
感冒後嗅覚障害を対象にした研究では、12週間にわたり1日2回、数種類の香りを嗅ぐ訓練を行った群で、嗅覚検査のスコアが有意に改善したと報告されています[1]。訓練期間が16週間より56週間と長いほうが改善効果が高かったという報告や、4種類の香りを継続するより3か月ごとに種類を変えて9か月かけて合計12種類の香りを使うほうが効果が高かったという報告もあります[1]。外傷性嗅覚障害を対象にした前向き研究(ランダム化比較試験)では、12週間の嗅覚刺激療法を行った群で嗅覚同定検査の改善率が62%だったのに対し、対照群では38%にとどまったと報告されています[1]。
一方で、アルツハイマー病やパーキンソン病の患者を対象にした研究では、嗅覚刺激療法によって嗅覚機能が有意に改善したという結果は示されていません[1]。軽度認知障害(MCI)の患者では改善する可能性があるとする報告が1本ありますが、それ以外の多くの研究では改善が認められていません[1]。ガイドラインはこの結果を受けて、神経変性疾患にともなうものへの嗅覚刺激療法は「現時点ではオプションとする」と、強く推奨するところまでは踏み込んでいません[1]。
重要なのは、これらの研究のほとんどが「盲検試験」にできないという弱点を抱えていることです。嗅覚刺激療法は本人が香りを嗅いでいると分かってしまうため、思い込みによる改善(プラセボ効果)の影響を完全には除けず、エビデンスレベルが強いとは言い切れないとガイドライン自身が説明しています[1]。それでも、重篤な副作用の報告がなく、使う香りも比較的安価であることから、感冒後や外傷性のケースに対しては「わずかでも改善が得られるなら試す価値がある」という考え方で強い推奨とされています[1]。
市販薬・漢方・亜鉛は効くのか — 保険適用と証拠の実際
「嗅覚障害 市販薬」「嗅覚障害 漢方」という検索が多いことからも分かるとおり、多くの人が自宅で手軽に治せる方法を探しています。ここは正直にお伝えする必要がある部分です。ガイドラインで研究の対象になっている亜鉛製剤や医療用漢方製剤は、いずれも医師の判断のもとで使う医療用の製剤であり、ドラッグストアで買える嗅覚回復サプリメントや点鼻薬とは別物です[1]。
亜鉛製剤について、ガイドラインは「亜鉛製剤に嗅覚障害の適応症はない」としたうえで、有効な可能性があり推奨されるという慎重な書き方をしています[1]。外傷性のケースを対象にした研究では、グルコン酸亜鉛と高用量ステロイドを併用した群で改善率が28.2%、グルコン酸亜鉛のみの群で25.7%だったのに対し、対照群では2.7%にとどまったと報告されています[1]。医療用漢方製剤の当帰芍薬散についても、感冒後のケースを対象にした比較試験で、ビタミンB12製剤(メコバラミン)とほぼ同程度の改善率(当帰芍薬散56%、メコバラミン59%)が報告されています[1]。これらは保険適用のない使い方や医師の管理下での投与を前提とした研究結果であり、市販のサプリメントの効果を保証するものではない、という点は誤解のないようにしたいところです。
ガイドラインは薬物治療全体についても、「一部の薬剤で有効性が報告されているが研究は少なく、結果にも一部乖離がみられる」としたうえで、医療用漢方製剤以外の薬剤は、保険適用がない、または質の高い臨床試験がないことから現時点では推奨しないとしています[1]。つまり「これを飲めば治る」と断言できる市販薬・サプリメントは、現時点の一次資料からは確認できません。もし店頭で「嗅覚が戻る」とうたう製品を見かけても、それが医師の管理下でのRCT(ランダム化比較試験)にもとづくものかどうかを確かめる姿勢が大切だと考えられます。
なお、市販の点鼻薬(血管収縮薬)を自己判断で長期間使い続けると、かえって鼻づまりが悪化する薬剤性鼻炎を招くことがあります。薬剤性鼻炎で鼻づまりそのものが悪化すると、気導性のこの症状を長引かせる原因にもなりかねないため、点鼻薬は用法を守って短期間の使用にとどめることがすすめられます。鼻づまりの症状緩和には、生理食塩水を使った鼻洗浄が薬に頼らないセルフケアとして紹介されることもありますが、この症状そのものへの効果を裏づけた研究をこの記事の調査範囲では確認できませんでした。
パーキンソン病・認知症との関係を、正確な数字で
「嗅覚が落ちるのはパーキンソン病や認知症のサインなのでは」と心配して検索する人も少なくありません。この不安には根拠がある一方、過度に恐れる必要もない、というのがガイドラインや学会情報から読み取れる実際の姿です。
嗅覚の異常はパーキンソン病(PD)、レビー小体型認知症(DLB)、アルツハイマー病(AD)などさまざまな神経変性疾患でみられ、なかでもこの3つは頻度が高く、運動症状が出るより前の段階(前駆期)から発症早期にかけて現れるとされています[1]。日本神経学会によると、パーキンソン病の診断基準(2015年公表)では、静止時振戦やレボドパ誘発性ジスキネジアなどとならび、嗅覚障害とMIBG心筋シンチグラフィの異常が「支持基準」の1つに位置づけられ、臨床的に確定診断とするにはこのうち2つを満たす必要があるとされています[4]。つまり、これだけでパーキンソン病と診断されるわけではなく、あくまで複数ある判断材料の1つという位置づけです。
実際の追跡調査のデータも見てみます。新たにパーキンソン病・多系統萎縮症・進行性核上性麻痺のいずれかと診断された患者(合計155例)を対象に、最大10年間追跡した研究では、診断時点の嗅覚検査(B-SIT)で異常が確認されたのは全体の73%で、このうち46%が追跡中に認知症を発症しました。一方、診断時に嗅覚が正常だった患者で認知症を発症したのは21%でした[1]。また、認知症のない高齢者5,021人を20年間追跡した別の研究では、初回の嗅覚検査で異常があったグループは、なかったグループに比べて軽度認知障害(MCI)の発生率が1.56倍、MCIからアルツハイマー型認知症へ移行する率が1.46倍高かったと報告されています[1]。
これらの数字は嗅覚の異常があるとリスクが上がる傾向があることを示す一方で、そうした人の大多数がそのまま認知症になるわけではないことも同時に示しています。1.56倍・1.46倍という数字も、あくまで集団としての統計であり、個人の未来を確定するものではないと考えられます。年齢を重ねれば嗅覚そのものが自然に低下していく傾向があり、加齢による低下と神経変性疾患の前駆症状としての低下を見分けるのは、専門的な検査でも簡単ではないとガイドラインは述べています[1]。嗅覚の変化が急に気になり始めた場合や、手のふるえ・動作の遅さ・便秘・立ちくらみといった他の症状をともなう場合は、心配しすぎず、まず耳鼻咽喉科または脳神経内科に相談することをおすすめします。
興味深いのは、こうした背景から「嗅覚検査そのものを神経変性疾患の診断に役立てる」研究が進んでいる点です。ガイドラインは、認知症をともなう神経変性疾患(アルツハイマー病・パーキンソン病・レビー小体型認知症)は病気の初期に嗅覚の異常をきたす割合が高く、嗅覚検査は診断に有効だとして強い推奨(エビデンスの質B、投票合意率92%)を示しています[1]。パーキンソン病患者166例に嗅覚同定検査(B-SIT)を行った研究では82%に嗅覚の異常が認められ、レビー小体型認知症でも2017年の臨床診断基準で嗅覚の鈍麻が「支持的特徴」の1つに位置づけられています[1]。ただしこれは、あくまで専門施設で行う検査の話であり、「自分で嗅覚が落ちたと感じること」がそのまま診断につながるわけではない点は、繰り返しお伝えしておきたいところです。
何科を受診する?検査の流れと、何を聞かれるか
この分野の診療ガイドラインは日本鼻科学会が中心となってまとめており、最初の相談先としてまず想定されているのは耳鼻咽喉科です[1]。問診では、いつからどのように始まったか、感冒や頭部外傷の前後どちらに始まったか、他の鼻症状や味覚障害・異嗅症の有無、薬の使用歴、職業歴、日常生活への支障などが確認されます[1]。そのうえで鼻内視鏡検査で鼻腔内の病変を確認し、必要に応じて基準嗅力検査や静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)で障害の程度を調べ、副鼻腔CTや頭部MRIなどの画像検査が行われることもあります[1]。
ガイドラインが示す流れでは、問診や検査の結果、神経変性疾患や頭蓋内疾患が疑われる場合には、脳神経内科など他科への紹介が検討されます[1]。同じくガイドラインによれば、自発性異嗅症があり、てんかんが疑われる場合には脳波検査が行われることもあります[1]。先天的に嗅覚がない、あるいは幼いころから嗅覚がないと疑われる場合は、ガイドラインが示すとおり、他の合併症の有無を確認するために小児科・内分泌科などとの連携が必要になることもあります[1]。どの科であっても、まず自分の症状を整理したうえで耳鼻咽喉科を受診し、必要な検査や紹介の判断を医師にゆだねるのが、遠回りに見えて実は近道だと考えられます。
ガイドラインの説明によれば、基準嗅力検査は、濃度の異なるにおいを段階的に嗅いでもらい、感じ始める濃度(検知閾値)と何のにおいか分かる濃度(認知閾値)を調べる検査で、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)は、においのする薬剤を静脈注射し、においを感じ始めるまでの時間や持続時間から気導性か嗅神経性かを推定する検査です[1]。どちらも痛みをともなう検査ではありませんが、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の会報に掲載された総説によれば、これらの数値化された検査を行える施設は多くなく、普及率が低いことが今の嗅覚診療の課題の1つに挙げられています[5]。ガイドラインによれば、問診では5段階の自己評価やVAS(視覚アナログ尺度)、日常のにおいアンケートなどを使って、症状の重さを言葉にする工夫も行われます[1]。同総説は、これまで気導性の副鼻腔炎診療が中心だった耳鼻咽喉科が、今後は中枢性の嗅覚障害にも診療の範囲を広げていく必要があると指摘しています[5]。裏を返せば、原因のタイプによって「どの検査で何が分かるか」がまだ発展途上の分野だとも言えます。
診断方法そのものについても、ガイドラインは検査ごとに「エビデンスの質」(A〜Dの4段階)と「推奨度」(強い推奨・推奨・オプション・非推奨の4段階)という2つの物差しで示しています。この評価は、Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020の手法を参考に、作成委員13名によるDelphi法にもとづいて決定されたものです[1]。問診による評価は「強い推奨」(エビデンスの質C、投票合意率92%)、鼻副鼻腔炎が原因の場合の鼻内視鏡検査も同じく「強い推奨」(エビデンスの質C、投票合意率92%)とされています[1]。外傷が原因の場合の画像検査は「強い推奨」(エビデンスの質B、投票合意率100%)で、この4つの診断法の中ではもっとも高いエビデンスの質が示されています[1]。また、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)による予後判定は「推奨」(エビデンスの質C、投票合意率100%)とされており[1]、いずれの検査も一定の根拠にもとづいて位置づけられていることがわかります。
治療を待つ間にできる日常生活の工夫
タイプ判定や治療の効果がすぐに出なくても、日常生活の中でできる工夫はあります。MSDマニュアルによれば、嗅覚の一部が残っている人は、食べものに濃いめの香味料を加えると食べる楽しみが増すと感じることがあるとされています[2]。においを頼りに味わう楽しみが減っている場合、見た目や食感、温度の変化で食事の満足感を補う工夫も助けになります。
もう1つ忘れてはならないのが安全面です。ガイドラインも指摘するとおり、嗅覚は腐った食品やガス漏れ、煙といった体に危険なものを察知する役割も担っています[1]。においで異常に気づけない期間は、住宅用の火災警報器やガス警報器が正常に作動するか確認し、食品の消費期限をにおいではなく表示で管理するなど、鼻に頼らない安全対策に切り替えることが実務的な備えになります。においが戻るまでの「待つ工夫」も、治療そのものと同じくらい生活の質を左右すると考えられます。
この記事で扱った研究の多くは海外の小規模な研究や単施設の研究であり、嗅覚刺激療法の具体的な香りの組み合わせ・濃度・期間について、日本人を対象にした大規模な統一プロトコルが確立しているとまでは言えません[1]。異嗅症そのものへの根本的な治療法や、中枢性嗅覚障害全般に対する確立した治療法についても、今回参照した資料には明確な結論が示されていませんでした。どんな原因にも効くと断言できる段階ではない、という不確かさそのものも、正直にお伝えします。
受診の前にメモしておくと役立つこと(印刷してお使いください)
- 嗅覚障害が始まった時期と、そのきっかけ(風邪・頭部外傷・新型コロナ感染など)
- 鼻づまりや鼻水など、他の鼻の症状の有無
- 味の感じ方の変化、変な匂いを感じるかどうか
- 手のふるえ・動作の遅さ・立ちくらみ・便秘など、鼻以外の症状の有無
- 現在使っている薬(市販の点鼻薬・サプリメントを含む)
- 医師に聞きたいこと(タイプの見立て・検査の内容・嗅覚刺激療法を試してよいか など)
更新日:2026年7月26日。この記事の内容は、公開時点で確認できる一次資料にもとづいています。医学的な知見やガイドラインは今後改定される可能性があります。内容に誤りや古い情報があるとお気づきの際は、お知らせください。事実を確認のうえ訂正いたします。
よくある質問
亜鉛不足で匂いがわからなくなることはありますか?
市販の点鼻薬やサプリで治りますか?
コロナにかかっていないのに急に匂いがしなくなりました。何が考えられますか?
参考文献
- 日本鼻科学会「嗅覚障害診療ガイドライン」第2版 2025年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/64/1/64_1/_pdf/-char/ja
- MSDマニュアル家庭版「嗅覚の喪失(嗅覚脱失)」2025年3月完全レビュー https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/嗅覚の喪失
- 一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「新型コロナウイルス感染症による嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明に資する研究成果の発表」2022年11月 https://www.jibika.or.jp/modules/media/index.php?content_id=8
- 一般社団法人日本神経学会「パーキンソン病」(疾患・用語編) https://www.neurology-jp.org/public/disease/parkinson_detail.html
- 奥谷文乃「嗅覚刺激療法および嗅覚診療の今後」日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 127巻2号 2024年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkotokeibu/127/2/127_71/_pdf
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