医学的監修者について:
この記事は、群馬大学大学院医学系研究科小児科学分野の滝沢琢己教授をはじめとする、日本の小児呼吸器疾患の診療ガイドライン作成に関わる専門家たちの公表された研究や見解に基づいて構成されています34。JAPANESEHEALTH.ORGの編集委員会は、これらの専門知識を、ご家庭で役立つ、正確で理解しやすい情報として提供することに努めています。
この記事の科学的根拠
この記事で提供される医学的指導は、入力された研究報告書で明示的に引用された、最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源の一部とその関連性です。
- 日本小児呼吸器学会・日本小児アレルギー学会: 本記事における咳の診断、治療、および管理に関する推奨事項の大部分は、「小児の咳嗽診療ガイドライン」1および「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン」2に準拠しています。これらは日本国内の小児呼吸器診療における基盤となるものです。
- 厚生労働省 (MHLW): 咳エチケットや百日咳などの感染症に関する公衆衛生上の指導は、厚生労働省の公式発表に基づいています56。
- 国際的なガイドライン (ERS, CHEST, NICE): 遷延性細菌性気管支炎(PBB)7や慢性咳嗽8に関する最新の知見を取り入れるため、欧州呼吸器学会(ERS)や米国胸部疾患学会(CHEST)、英国国立医療技術評価機構(NICE)などの国際的な権威ある機関のガイドラインも参考にしています9。
この記事のポイント
救急受診が必要な危険な咳のサイン
わが子の咳の「探偵」になろう:観察のポイント
医師は、保護者の方から提供される「咳の様子」に関する詳細な情報をもとに診断を下します。正確な情報を提供することが、適切な治療への最も早い道筋となります11。言葉で説明するよりも、咳をしている様子をスマートフォンで録画・録音しておくと、多くの場合、より多くの情報が伝わります12。
お子さんの咳 観察チェックリスト
このチェックリストは、お子さんの咳の特徴を整理し、医師に正確に伝えるためのツールです。印刷して受診時に持参することもできます。
観察項目 | チェックポイント & メモ |
---|---|
咳の音 (可能であれば、それぞれの音を録音してみてください) |
☐ 乾いた咳「コンコン」11 ☐ 痰が絡んだ湿った咳「ゴホンゴホン」「ゼロゼロ」11 ☐ 犬やオットセイの鳴き声のような咳「ケンケン」(クループ特有)11 ☐ 息を吸う時/吐く時の「ゼーゼー」「ヒューヒュー」(喘鳴)14 メモ: |
咳が出る時間帯・状況 | ☐ 夜中~明け方にかけて11 ☐ 横になったとき15 ☐ 運動中や運動後14 ☐ 日中もずっと メモ: |
その他の症状 | ☐ 鼻水・鼻づまり11 ☐ 嘔吐11 ☐ 食欲不振16 メモ: |
保護者のための行動フローチャート:次に何をすべき?
複雑に見える状況でも、日本の「小児の咳嗽診療ガイドライン」17や国際的なコンセンサス9に基づいた簡単なステップを踏むことで、次に取るべき行動が明確になります。以下のフローチャートを参考にしてください。
熱のない夜の咳:考えられる主な原因
熱のない夜咳の原因を理解することは、適切な対応への第一歩です。原因は、自然に治るものから、医師の診断と治療が必要なものまで多岐にわたります。
A群: よくある原因と自然な経過
感染後咳嗽 (Post-infectious cough)
これは風邪などのウイルス感染の後、咳だけが数週間続く状態です。感染自体は治癒しているものの、気道が一時的に過敏になっている(気道過敏性)ために、わずかな刺激で咳が出やすくなります。これは最も一般的な原因の一つであり、通常は時間とともに自然に改善します14。
上気道咳嗽症候群 (UACS) / 後鼻漏 (Post-nasal drip)
鼻水が喉の後ろに流れ落ちること(後鼻漏)で咳の神経が刺激され、咳が誘発される状態です。特に横になると症状が悪化しやすいため、夜間の咳の一般的な原因となります。アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、風邪に伴って起こります11。
B群: 医師の診断と治療が必要な病気
遷延性細菌性気管支炎 (Protracted Bacterial Bronchitis – PBB)
これは本記事の重要な差別化要因です。PBBは、健康な子供における4週間以上続く湿った咳(痰がらみの咳)の非常に一般的な原因ですが、多くの保護者向け情報サイトでは見過ごされています。発熱を伴わない軽度の細菌感染が気管支に持続している状態で、診断は臨床症状(4週間以上続く湿性咳嗽)と、2〜4週間の適切な抗菌薬治療によって咳が著しく改善することに基づいて行われます。この情報を知っておくことは、長引く咳の原因究明に非常に役立ちます718。
気管支喘息 (Bronchial Asthma) および 咳喘息 (Cough-variant Asthma)
喘息は、気道が慢性的に炎症を起こしている状態で、アレルギー反応や刺激によって気道が狭くなり、咳や喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)を引き起こします。典型的な誘因としては、夜間から早朝、冷たい空気、運動、アレルゲン(ダニ、ペットなど)への曝露が挙げられます2。特に重要なのは「咳喘息」で、これは喘鳴を伴わず、唯一の症状が乾いた咳(特に夜間や早朝)であるタイプの喘息です。喘鳴がないからといって喘息ではないとは限らない、という点は保護者が理解すべき重要な概念です11。
クループ症候群 (Croup)
主に生後6ヶ月から3歳の乳幼児に見られ、ウイルスの感染によって喉頭(のどの奥)が腫れることで発症します。犬やオットセイの鳴き声に似た特徴的な「ケンケン」という咳が特徴で、夜間に悪化する傾向があります。呼吸困難を伴うことがあり、緊急の治療が必要になる場合があります11。
百日咳 (Pertussis)
百日咳菌による深刻な細菌感染症です。顔を真っ赤にして激しく咳き込む発作(痙咳発作)が特徴で、発作の終わりには息を吸う際に「ヒューッ」という笛のような音(whoop)が聞こえたり、嘔吐を伴ったりすることがあります。予防接種済みの子供や乳児では非典型的な症状(乳児では咳の代わりに無呼吸発作)をとることがあるため注意が必要です6。
副鼻腔炎 (Sinusitis)
鼻の周りにある副鼻腔という空洞に感染や炎症が起こる病気です。これにより粘り気のある鼻水が作られ、後鼻漏を引き起こし、持続的な咳の原因となります。特に、風邪の後に長引く湿った咳や鼻水がある場合に疑われます11。
胃食道逆流症 (Gastroesophageal Reflux Disease – GERD)
胃酸や胃の内容物が食道に逆流することで、喉や気道が刺激され、乾いた咳を引き起こすことがあります。特に食後や横になった後に咳が悪化する場合に考えられます13。
C群: まれだが重要な原因
気道異物 (Foreign Body Aspiration)
突然発症した慢性的な咳は、小さなおもちゃの部品や食べ物などを気道に吸い込んでしまったことが原因である可能性があります。特に幼児で注意が必要です14。
心因性咳嗽 (Psychogenic/Habit Cough)
これは「癖」のような咳で、特徴的な咳払いや短い乾いた咳が日中に頻繁に見られます。子供が何かに集中しているときや、眠っている間は完全に消失するのが大きな特徴です11。
先天性の問題・心疾患 (Congenital Anomalies/Cardiac Disease)
非常にまれですが、生まれつきの気道の構造的な問題や心臓の病気が、慢性的な咳の原因となることがあります。咳が長引く場合には、適切な医学的評価が必要であることを裏付けています11。
今夜からできる家庭での安全なケア
医師の診断を受けるまでの間、ご家庭でできる安全で効果的なケアがあります。以下の「推奨されるケア」と「避けるべきこと」を参考にしてください。
推奨されるケア (DOs)
- 水分補給: 温かい飲み物や水を少量ずつ頻繁に与えることで、喉の乾燥を防ぎ、痰を柔らかくする助けになります13。
- 加湿: クールミストタイプの加湿器を使用するか、濡れたタオルを部屋に干すことで、空気の湿度を保ちましょう。湿った空気は気道の刺激を和らげます。火傷のリスクがあるため、スチーム式の加湿器は避けてください13。
- 姿勢の工夫: 年長児の場合は枕を追加したり、マットレスの下にタオルなどを入れて上半身を少し高くしたりすることで、鼻水が喉に流れることや胃酸の逆流を軽減できます13。
- はちみつ(1歳以上): 1歳以上の子供には、ティースプーン1杯のはちみつが咳を和らげるのに効果的であるという研究結果があります15。警告:乳児ボツリヌス症のリスクがあるため、1歳未満の乳児には絶対にはちみつを与えないでください。
- 清潔な環境: 寝室のほこりやペットの毛などのアレルゲンを減らし、清潔に保ちましょう。タバコの煙への曝露は絶対に避けてください13。
避けるべきこと (DON’Ts)
- 市販の咳・風邪薬: 厚生労働省、日本小児科学会、そして米国小児科学会(AAP)などの国際的な機関は、6歳未満(特に4歳未満)の子供への市販の咳・風邪薬の使用を推奨していません1119。これらの薬は効果が証明されていないばかりか、眠気、めまい、呼吸抑制などの深刻な副作用を引き起こす危険性があるためです。
- コデイン含有の薬: 薬用成分であるコデインリン酸塩は、深刻な呼吸抑制のリスクから、日本では12歳未満の小児への使用が禁止(禁忌)されています20。
- 証明されていない民間療法: 玉ねぎを枕元に置くといった民間療法は、科学的根拠が乏しく、場合によっては刺激となる可能性もあります21。安全性が確認された方法を優先しましょう。
小児科受診の準備
小児科を受診する際は、事前に情報を整理しておくことで、より有意義な診察につながります。咳が4週間以上続く場合、特定の兆候(湿った咳、食事中の咳など)がある場合、または単に保護者として心配な場合は、迷わず受診してください14。以下の「お医者さんへの質問&伝達事項リスト」をご活用ください。
お医者さんへの質問&伝達事項リスト
パート1: 私が観察したこと(観察チェックリストの要約)
- いつから咳が始まりましたか?(例:約○週間前)
- 咳はどんな音ですか?(例:コンコン、ゴホンゴホン)
- どんな時に咳がひどくなりますか?(例:夜寝ているとき、運動後)
- 他にどんな症状がありますか?(例:鼻水、嘔吐)
- 家庭で試したケアと、その効果はどうでしたか?
パート2: 医師への質問リスト
- 考えられる原因は何でしょうか?
- どのような検査が必要になる可能性がありますか?
- この治療法(薬)は、どのような効果が期待でき、どのくらいの期間続ける必要がありますか?
- 家庭で気をつけるべきことは何ですか?
- どのような状態になったら、再度受診すべきですか?
専門医が答える!よくある質問
咳で吐いてしまうのは危険ですか?
小さいお子さんは咳の反射が強く、自分で痰をうまく喀出できないため、咳き込んだ勢いで痰と一緒に胃の内容物も吐いてしまうことがよくあります。嘔吐後にお子さんがケロッとしていて、水分が摂れているようであれば、通常は心配いりません。ただし、嘔吐が頻繁で水分を保持できない場合は、脱水のリスクがあるため医師の診察が必要です11。
ゼーゼー言わないのに喘息の可能性はありますか?
はい、あります。これは「咳喘息(せきぜんそく)」と呼ばれる状態で、典型的な喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)がなく、長引く乾いた咳が唯一の症状であることが特徴です。特に夜間や早朝、運動後、冷たい空気を吸った後などに咳が悪化する場合は、咳喘息の可能性を考慮する必要があります。この概念を理解することは非常に重要です11。
なぜ夜や明け方に咳はひどくなるのですか?
咳が長引くのは、うちの子の免疫が弱いからですか?
最近よく聞く「咳過敏症候群」とは何ですか?
結論
お子さんの熱のない夜の咳は、保護者にとって大きな心配事ですが、その原因と対処法を正しく理解することで、冷静に対応することができます。この記事で紹介した観察ポイントやフローチャートを活用し、お子さんの状態を注意深く見守ってください。家庭での適切なケアは症状の緩和に役立ちますが、咳が長引く場合や危険なサインが見られる場合には、ためらわずに小児科医に相談することが最も重要です。正確な情報に基づいた行動が、お子さんの健やかな眠りと健康を守るための鍵となります。
参考文献
- 日本小児呼吸器学会. 小児の咳嗽診療ガイドライン2025. 診断と治療社. (https://www.shindan.co.jp/np/isbn/9784787826411/)
- 日本小児アレルギー学会. 小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023. 協和企画. (https://www.kk-kyowa.co.jp/service/publishing/book_list/d20231118/)
- 滝沢 琢己 (Takumi Takizawa) – マイポータル – researchmap. (https://researchmap.jp/read0148954)
- 滝沢 琢己 教授 – 群馬大学大学院 医学系研究科小児科学分野. (https://gunma-pediatrics.jp/staff/%E6%BB%9D%E6%B2%A2-%E7%90%A2%E5%B7%B1/)
- 厚生労働省. 咳エチケット. (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000187997.html)
- 厚生労働省. 百日咳. (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/whooping_cough.html)
- Chang AB, et al. Management of children with chronic wet cough and protracted bacterial bronchitis: CHEST guideline and expert panel report. Chest. 2017. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10299191/)
- ERS guidelines on the diagnosis and treatment of chronic cough in adults and children. Eur Respir J. 2020. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31515408/)
- Cough – Clinical Practice Guidelines – The Royal Children’s Hospital. (https://www.rch.org.au/clinicalguide/guideline_index/cough/)
- Approach to chronic cough in children – PMC. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8804402/)
- 赤ちゃん・子供の夜だけ痰がらみの咳が続く(熱はない)|雪が谷大塚…. (https://www.oishi-family-clinic.com/cough/)
- 子どもの受診が必要な咳・家での対処法 | 山と空こどもアレルギークリニック. (https://www.yamasora-kids.com/cough/)
- 子どもの長引く咳(痰の絡んだ咳、乾いた咳、熱はない咳だけ) – 池上オハナ小児科. (https://www.ikegami-ohana.com/cough/)
- こどもの長引く咳(痰がからむ、熱はない、夜になると咳が出る…. (https://www.kawasaki-kodomo.com/cough/)
- 子供の咳が止まらないのはなぜ?|熱がないのに続く原因と対処法. (https://www.echigoclinic.jp/cough/)
- 子どもの長引く咳が心配。原因と対処について. (https://kokyukinaika-tokyo.jp/1181)
- 小児の咳嗽診療ガイドライン2020 – Mindsガイドラインライブラリ. (https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00599/)
- ERS statement on protracted bacterial bronchitis in children | European Respiratory Society. (https://publications.ersnet.org/content/erj/50/2/1602139)
- At what age does the American Academy of Pediatrics (AAP) recommend administering over-the-counter (OTC) cough and cold medications to children without a prescription?. (https://www.droracle.ai/articles/15265/at-what-age-does-the-american-academy-of-pediatrics-aap-currently-recommend-parents-administer-over-the-counter-cough-and-cold-medications-for-children-without-a-prescription-a-3-years-old-b-4-years-old-c-5-years-old-d-6-years-old)
- 【咳止め】コデイン類を含む薬が2019年より12歳未満の小児は禁忌に。その理由を解説. (https://www.kusurinomadoguchi.com/column/codeine-children-19699/)
- 夜、咳(せき)がつらくなるのはなぜ? 咳を楽にして眠る方法は? – 大正健康ナビ. (https://www.taisho-kenko.com/column/136/)
- Nocturnal Cough – StatPearls – NCBI Bookshelf. (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK532273/)
- Cough-hypersensitivity Syndrome-A New Paradigm in the Evaluation of Chronic Refractory Cough and Its Novel Therapeutic Horizons-A Review – PubMed Central. (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11745195/)
- Cough-hypersensitivity Syndrome-A New Paradigm in the Evaluation of Chronic Refractory Cough and Its Novel Therapeutic Horizons-A Review – PubMed. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39839174/)