日本において、大腸がんは公衆衛生上の極めて重要な課題であり続けています。最新の統計データはこの疾患の深刻さを示しており、2021年には154,585人が新たに診断され、2023年には53,131人もの命が失われました1。しかし、大腸がんの大部分は、良性の前駆病変である「ポリープ」から10年から20年という長い年月をかけて進行するため、予防可能な疾患です54。本ガイドでは、科学的根拠に基づき、大腸ポリープのリスク、早期発見のための検診、最新の治療法、そして切除後のフォローアップまでを体系的に解説し、大腸がんという脅威から自身と大切な人を守るための知識を提供します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
第1部 挑戦の規模:日本における大腸がんの現状
「日本人の10人に1人が生涯で大腸がんにかかる」という事実に、ご自身の健康や将来について不安を感じるのは当然のことです2。その気持ち、とてもよく分かります。しかし、大腸がんは突然発生するわけではなく、その多くが予防可能な段階を経ることを知れば、冷静に対処する道筋が見えてきます。科学的には、大腸がんの多くは「腺腫-がん連関」と呼ばれる、時間をかけたプロセスをたどります4。このプロセスは、庭に植えた苗木がゆっくりと根を張り、何年もかけて大木に育つのに似ています。初期の小さな「ポリープ」という苗木のうちに発見し、取り除くことができれば、がんという大木に成長するのを防げるのです。だからこそ、まずはこのがん化のメカニズムを正しく理解し、予防の第一歩を踏み出しましょう。
1.1. 国家的な状況:統計的概観
日本において、大腸がんは公衆衛生上の極めて重要な課題です。国立がん研究センターの最新データによると、2021年に日本で新たに大腸がんと診断された症例数は154,585例に上り、これは国内で最も頻度の高いがんの一つです1。死亡数も深刻で、2023年には53,131人が大腸がんによって命を落としており、特に日本人女性におけるがん死因の第1位となっています2。生涯で大腸がんと診断される確率は、男性で10.3%(約10人に1人)、女性で8.1%(約12人に1人)と推定されており、決して無視できません2。しかし、この厳しい状況の中にも希望はあります。ステージIで早期発見された場合、5年相対生存率は93%にまで達し、早期発見がいかに重要であるかを物語っています1。
一見矛盾するようですが、日本の高齢化に伴い大腸がんの総死亡数は増加傾向にある一方で、人口構成を補正した年齢調整死亡率は近年、緩やかな減少を示しています2。これは、食生活の欧米化などで罹患者数は増えているものの、医療介入、特に検診の普及が死亡率の上昇を抑制していることを強く示唆しています。その効果は絶大で、2024年に発表された大規模なメタアナリシスでは、内視鏡検診が死亡率を26%も減少させることが科学的に証明されました3。
1.2. ポリープからがんへ:腺腫-がん連関(Adenoma-Carcinoma Sequence)の理解
大腸がんの大部分は、正常な粘膜から良性の前駆病変である「ポリープ」を経て、長い年月をかけてゆっくりと進行します。この中心的な理論が「腺腫-がん連関」です。これは、正常な大腸粘膜が、APC遺伝子の異常といった一連の遺伝子変異を段階的に蓄積することで、まず良性の「腺腫性ポリープ」を形成し、さらに変異が加わることで最終的に悪性のがんへと至る過程を説明するものです4。このプロセスには多くの場合、約10年から20年という長い期間を要します5。この長い潜伏期間こそが、がんの発生そのものを未然に防ぐ最大の「機会の窓」であり、内視鏡によるポリープ切除という予防介入を可能にしているのです。
このセクションの要点
- 大腸がんは日本の主要ながんの一つで、特に女性の死因第1位ですが、ステージIでの生存率は93%と早期発見が鍵となります。
- がんの多くは「腺腫-がん連関」という10~20年かかるプロセスを経て発生するため、前段階のポリープを切除することで予防が可能です。
第2部 リスクの解剖学:ポリープの分類と癌化の可能性
「ポリープが見つかった」と聞くと、すぐに「がんになるのでは?」と過度に心配になってしまうかもしれません。それは自然な反応です。しかし、全てのポリープが危険なわけではなく、そのリスクには大きな差があることを理解すれば、冷静に対処できます。科学的には、ポリープは「腫瘍性」と「非腫瘍性」に大別され、がんになる可能性があるのは主に「腫瘍性ポリープ」です8。この違いを理解することは、天気予報で「曇り」と「台風警報」を見分けるようなものです。どちらも空がすっきりしない状態ですが、その意味と備えるべき対策は全く異なります。ご自身のポリープのリスク(サイズ、組織型、形態)を専門医と共に正しく評価し、適切な次のステップを判断することが重要です。
2.1. 病理学的分類:腫瘍性ポリープと非腫瘍性ポリープ
大腸ポリープは、がん化リスクに基づき大きく二つに分類されます。がんの前駆病変となるのは「腫瘍性ポリープ」で、これには主に「腺腫」と「鋸歯状病変」が含まれます。一方、「非腫瘍性ポリープ」(過形成性ポリープなど)は、通常がん化のリスクが非常に低いか、ないと考えられています8。
2.2. 腺腫:最も一般的な前がん病変
腺腫は最も一般的な前がん病変ですが、その組織学的亜型によってリスクが異なります。大部分を占める「管状腺腫」に対し、「絨毛腺腫」は頻度が低いものの、がん化リスクが著しく高いとされています。絨毛構造を25%以上含むポリープは、高リスクな病変の一つとして定義されます6。
2.3. 鋸歯状病変:もう一つの癌化経路
近年、腺腫とは異なる「鋸歯状病変経路」が、大腸がんの重要な発生母地として認識されるようになりました。特に「無茎性鋸歯状病変(SSL/SSP)」は平坦な形状で見逃されやすく、発見には内視鏡医の高い技術が要求されます。そのため、ガイドラインではこの種の病変に対して特有のサーベイランス間隔が推奨されています87。
2.4. リスクの定量化:サイズ、組織型、形態の重要性
ポリープのがん化リスクは、単一の要素ではなく、複数の特徴を総合的に判断することが不可欠です。サイズ、組織型、そして内視鏡的な形態が、リスクを層別化するための三大要素となります。
- サイズ:直径10mmというサイズが重要な閾値です。10mm以上のポリープは「進行腫瘍」と定義され、がんを含む確率が急激に高まります6。
- 組織型:病理組織学的に「高度異形成」が認められる場合や、前述の「絨毛成分」を多く含む場合は高リスクと判断されます9。
- 形態:平坦な病変、特に中央がへこんだ「陥凹型」の病変は、小さくてもがん化しているリスクが高いとされます。特に、「側方発育型腫瘍(LST)」の中でも「非顆粒状偽陥凹型」と呼ばれるタイプは、粘膜下層までがんが達しているリスクが31.6%と極めて高いことが報告されています9。
受診の目安と注意すべきサイン
- ポリープのサイズが10mm以上と指摘された場合。
- 病理検査の結果、「絨毛腺腫」や「高度異形成」という言葉があった場合。
- 内視鏡で「陥凹型」や「LST-NG型」の疑いがあると説明された場合、これらは専門的な治療が必要なサインです。
第3部 プロアクティブな力の行使:日本における検診と早期発見
「がん検診は面倒」「陽性だったら怖い」と感じ、つい後回しにしてしまう。そのお気持ちはよく分かります。多くの人が同じように感じています。しかし、ここで一つ視点を変えてみませんか。科学的には、便潜血検査陽性は「がんの確定診断」では全くなく、むしろ「がんを予防する絶好の機会を得たシグナル」なのです。これは、家の火災報知器が鳴るのに似ています。うるさくて不安になりますが、それは小さな火種のうちに消し止めるチャンスを教えてくれているのです。大腸内視鏡検査は、その火種を見つけ、安全に消し止めるための最も確実な手段です。2024年の大規模な研究では、この検査が死亡リスクを26%も下げることが示されました3。だからこそ、40歳を過ぎたら定期的に検査を受け、陽性の場合はためらわずに次のステップに進むことが、自分の未来を守る最も確実な行動なのです。
3.1. 日本の対策型がん検診:第一線の防御
日本における大腸がん対策の基盤は、市区町村が主体となって実施する「対策型検診」です。主要な方法は「便潜血検査免疫法(FIT)」の2日法であり、国のガイドラインで科学的根拠に基づき強く推奨されています(推奨グレードA)1112。この検査は進行がんの90%以上、早期がんの約50%を発見できると報告されており13、その普及が大腸がん死亡率の減少に寄与していると考えられています。最も重要なのは、便潜血検査で陽性と判定された場合、必ず精密検査としての大腸内視鏡検査を受けなければならないということです。
3.2. ゴールドスタンダード:診断と治療を兼ねる大腸内視鏡検査
大腸内視鏡検査は、大腸がん予防における「ゴールドスタンダード(至適基準)」と位置づけられています。最大の利点は、ポリープを発見する「診断」機能と、発見したポリープをその場で切除する「治療」機能を兼ね備えている点です。この「発見と同時に治療(see and treat)」が可能であることこそが、大腸がんを未然に防ぐ上で最も強力な武器となります。
今日から始められること
- お住まいの市区町村が実施している大腸がん検診(便潜血検査)の案内を確認し、申し込みましょう。
- 40歳以上で一度も検診を受けたことがない方は、かかりつけ医に相談してください。
- 便潜血検査で陽性判定を受け取った場合は、すぐに消化器内科を受診し、大腸内視鏡検査の予約を取ってください。
第4部 介入:ポリープの内視鏡的切除
ポリープ切除と聞くと、「手術は痛いのでは」「合併症が心配」といった不安を感じるかもしれません。現在の内視鏡治療は、開腹手術とは全く異なり、体に傷をつけることなく、非常に低侵襲で安全性が高いものです。専門医があなたのポリープの大きさや形を詳細に評価し、最適な方法を選択します。科学的には、前がん病変である腺腫を切除することにより、将来の大腸がん罹患率および死亡率を約50%以上も減少させることが示されています4。これは、放置すればほぼ確実にがんになるリスクを、小さな介入で大幅に減らせることを意味します。医師と相談の上で、がんの芽を早期に摘み取る決断をしましょう。
4.1. 内視鏡的治療手技ガイド
ポリープの特性に応じて、いくつかの内視鏡的切除術が使い分けられます。
- ポリペクトミー:比較的小さく、茎のあるポリープに用いられる最も基本的な手技です。
- 内視鏡的粘膜切除術(EMR):平坦でやや大きめのポリープ(通常20mm以下)に用いられます。病変の下に液体を注入して浮き上がらせ、安全に切除します15。
- 内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD):20mmを超える大きな病変など、より高度な技術を要する手技です。電気メスで病変を剥ぎ取るように切除します15。
4.2. 安全性と合併症
内視鏡治療は非常に安全ですが、ゼロリスクではありません。国立がん研究センターの報告によると、最も重い合併症である穿孔(腸に穴が開くこと)の発生率は、ポリペクトミーで0.05%、EMRで0.58~0.8%と非常に低く、より困難な病変を対象とするESDでも2~14%です15。これらのリスクは低いものの実在しますが、高リスクのポリープを放置した場合のがん化というリスクと比較すれば、治療を受ける利益がはるかに上回ることがほとんどです。
今日から始められること
- 医師からポリープ切除を提案された場合、どの手技(ポリペクトミー、EMR、ESD)が適切か、その理由を質問しましょう。
- 治療のメリットと合併症のリスクについて十分に説明を受け、納得した上で治療に同意することが大切です。
- 日帰り治療か入院が必要かなど、治療後のスケジュールについても事前に確認しておきましょう。
第5部 長期的視点:ポリープ切除後のサーベイランスガイドライン
「一度ポリープを取ったからもう安心」と考え、その後の検査を怠ってしまうのではないかと心配ですか。その懸念はもっともです。ポリープができやすい体質そのものは、切除後も変わらないことが多いのです。だからこそ、専門家による長期的な見守り、つまり「サーベイランス」が不可欠となります。これは、一度雑草を抜いた庭でも、定期的に手入れをしないとまた新しい芽が出てくるのと同じです。科学的根拠に基づき、2020年に日本のガイドラインも更新され、個々のリスクに応じた最適な間隔での「庭の手入れ」が推奨されるようになりました16。医師が提案するサーベイランス計画を着実に実行することが、長期的な安全を確保する鍵となります。
5.1. リスク層別化サーベイランス:日本の最新ガイドライン(2020年)
2020年に発表された日本消化器内視鏡学会のガイドラインでは、画一的な間隔ではなく、切除したポリープのリスクに応じた個別化されたサーベイランスが推奨されています1617。
- 高リスク所見:「進行腫瘍」(10mm以上の腺腫、絨毛成分を含む、または高度異形成を伴う)や10個以上の腺腫を切除した場合。次回のサーベイランスは1年後に実施することが強く推奨されます。
- 中リスク所見:3~9個の非進行腺腫を切除した場合。次回の間隔は3年後が推奨されます。
- 低リスク所見:1~2個の小さな(10mm未満)低リスク腺腫を切除した場合。次回のサーベイランス内視鏡検査は5年後が推奨されます。
このシステムの信頼性は、初回の内視鏡検査の質に大きく依存します。見逃しがあると、患者が誤って「低リスク」に分類されてしまう危険があるため、経験豊富な専門医を選ぶことが極めて重要です。
今日から始められること
- ポリープ切除後は、ご自身の病理結果がどのリスク(高・中・低)に該当するのかを医師に確認しましょう。
- 推奨された次回検査の時期(1年後、3年後、5年後など)を正確に把握し、カレンダーや手帳に記録しておきましょう。
- 次の検査までの間も、毎年の便潜血検査は継続することが勧められています。
第6部 修正可能なリスク:生活習慣と最新科学
「がんのリスクは遺伝だから仕方ない」と諦めて、生活習慣の改善をためらっていませんか。もちろん遺伝的要因はありますが、日々の小さな積み重ねが、将来の大きなリスクを減らす力になることも科学的に証明されています。国立がん研究センターは、定期的な運動が大腸がんリスクを下げることが「ほぼ確実」であると評価しています2。これは、毎日少しずつ貯金をすることで、将来大きな資産を築くのに似ています。すぐに結果は見えなくても、継続することで確実に未来の健康という資産が積み上がっていくのです。まずは禁煙や節酒、運動など、今日から始められることから取り組み、大腸がんになりにくい体作りを目指しましょう。
6.1. 科学的根拠に基づく生活習慣因子
大腸がんのリスクは、日々の生活習慣と密接に関連していることが科学的に証明されています。国立がん研究センターによると、リスクを増加させる確実な要因として、過度のアルコール摂取、肥満が挙げられます。また、赤肉(牛・豚・羊肉)や加工肉(ハム・ソーセージなど)の過剰摂取もリスクを高める可能性があります10。一方で、定期的な身体活動(運動)は、結腸がんのリスクを下げることが「ほぼ確実」と評価されています2。食物繊維やカルシウムを豊富に含む食事も、リスクを低減させる可能性があるとされています18。
6.2. 腸内細菌叢:新たなフロンティア
近年の研究は、大腸がんの発生と進行に腸内環境が深く関与していることを明らかにしています。2024年8月に大阪大学と国立がん研究センターなどが発表した画期的な研究では、ポリープが悪性度を増すタイミングで、腸内細菌叢の構成が大きく変動(不安定化)していることが突き止められました519。特に、遺伝的に多数のポリープが発生する患者において、健常者ではほとんど見られない大腸菌(Escherichia coli)が著しく増加していることも確認されました19。これらの研究は、食事やプロバイオティクスなどによって腸内環境を整えることが、将来の新しいがん予防戦略につながる可能性を示唆しています。
今日から始められること
- 週に150分程度の中等度の運動(早歩きなど)を目標に、まずは1日10分の散歩から始めてみましょう。
- 赤肉や加工肉を食べる頻度を少し減らし、その分、野菜や海藻、きのこなど食物繊維が豊富な食品を食事に取り入れましょう。
- 禁煙や節酒は、大腸がんだけでなく多くの生活習慣病のリスクを低減する効果的な方法です。
第7部 日本の患者のための実践ガイド
大腸がんの予防について考えるとき、費用やどこで専門医を探せばよいかといった現実的な問題は避けて通れません。幸い、日本には充実した健康保険制度や公的支援があり、これらを活用することで経済的負担を大きく軽減できます。情報を知っているかどうかが、適切な医療へのアクセスを左右することもあります。このセクションでは、具体的な費用、支援制度、そして信頼できる専門医の見つけ方について解説します。
7.1. 費用と健康保険のナビゲーション
日本の健康保険制度下では、検査や治療は保険適用となります。3割負担の場合の自己負担額の目安は以下の通りです。
- 市区町村の検診(便潜血検査):無料または数百円程度。
- 大腸内視鏡検査(観察のみ):約5,000円~10,000円程度。
- 大腸内視鏡検査とポリープ切除:切除するポリープの数や大きさによりますが、おおよそ20,000円~30,000円が目安となります21。
医療費が高額になった場合は、自己負担限度額を超えた分が払い戻される「高額療養費制度」も利用できます。
7.2. 資格を持つ専門医の見つけ方
質の高い内視鏡検査は、大腸がん予防の成否を分ける極めて重要な要素です。信頼できる専門医を探す最も確実な方法は、専門学会の情報を活用することです。日本消化器病学会(JSGE)および日本消化器内視鏡学会(JGES)は、それぞれのウェブサイトで認定専門医の名簿を公開しており、地域で活動する経験豊富な専門医を見つけることができます14。
今日から始められること
- 日本消化器病学会(JSGE)や日本消化器内視鏡学会(JGES)のウェブサイトで、お近くの認定専門医を検索しましょう。
- 高額な医療費が予想される場合は、事前に加入している健康保険組合に「高額療養費制度」について問い合わせておきましょう。
- 検査や治療に関する疑問や不安はリストアップし、診察時に医師に質問できるように準備しておきましょう。
第8部 地平線の先へ:研究と臨床実践の未来
大腸がんとの闘いは、日進月歩の科学技術によって新たな局面を迎えています。特に、人工知能(AI)の活用は、これまで人間の目だけに頼っていたポリープの発見に革命をもたらす可能性を秘めています。これは、経験豊富なベテランパイロットの隣に、最新鋭のセンサーを備えた副操縦士が座るようなものです。AIは医師の「第二の目」として、人間が見逃しがちな微細な、あるいは平坦な病変を指摘し、検査の精度を飛躍的に高めることが期待されています。まだ研究段階の技術もありますが、これらの進歩は、より確実で、より負担の少ないがん予防が実現する未来を示しています。
8.1. AI支援内視鏡:検出能力の次なる飛躍
人工知能(AI)を活用した「コンピュータ支援検出(CADe)」システムは、内視鏡検査の精度をさらに向上させる技術として急速に開発が進んでいます。これは、検査中にリアルタイムでAIが内視鏡画像を解析し、ポリープの疑いがある領域をモニター上にマーキングして医師に注意を促すシステムです。現在、日本国内の施設も参加する大規模な国際共同臨床試験で、CADeが実際に腺腫発見率を向上させるかどうかが検証されており、その成果が期待されています1822。
このセクションの要点
- AIを用いたコンピュータ支援検出(CADe)は、内視鏡検査におけるポリープの見逃しを減らすための先進技術です。
- 現在、日本も参加する国際的な臨床試験でその有効性が検証されており、将来的に検査の質を標準化し、より多くの命を救うことが期待されます。
よくある質問
ポリープが見つかったら、必ずがんになるのですか?
いいえ、すべてのポリープががんになるわけではありません。多くは良性であり、がん化のリスクはポリープの種類、大きさ、形によって大きく異なります。リスクが高いと判断されたポリープを切除することが、がんの予防につながります8。
大腸内視鏡検査は痛いですか?苦しいですか?
多くの場合、鎮静剤(静脈麻酔)を使用することで、うとうとと眠っているような状態で検査を受けることが可能です。これにより、苦痛は大幅に軽減されます。検査を受ける前に、鎮静剤の使用について医療機関に相談することをお勧めします。
便潜血検査で陽性でしたが、症状は全くありません。それでも精密検査は必要ですか?
はい、必ず必要です。早期の大腸がんやポリープは、自覚症状がほとんどありません。症状がない段階で発見し、治療することこそが、がん検診の最大の目的です。陽性という結果は、症状が出る前にがんを予防する絶好の機会と捉え、必ず大腸内視鏡検査を受けてください11。
ポリープ切除後、食事や生活で気をつけることはありますか?
切除後、数日間から1週間程度は、出血のリスクを避けるために、アルコールや香辛料などの刺激物、激しい運動、長時間の移動などを控えるよう指示されることが一般的です。食事も、消化の良いものから徐々に普段の食事に戻していきます。具体的な注意点については、治療を受けた医師の指示に必ず従ってください。
結論
大腸がんは日本における主要な健康課題ですが、その大部分は予防可能な疾患です。本レポートで詳述したように、大腸がんの多くは「腺腫-がん連関」という10年以上にわたる長いプロセスを経て発生するため、その前駆病変であるポリープの段階で発見し切除することが、最も効果的な予防戦略となります。この戦略の成功は、リスクの正確な理解、プロアクティブな検診の受診、そして専門家による適切な介入とフォローアップという三つの柱にかかっています。科学的根拠に基づいた検診と早期の医療介入という知識を力に変え、主体的に行動することで、大腸がんという脅威から自身と大切な人の未来を守ることが可能なのです。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
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