妊娠中におけるツナの安全な食べ方 妊婦さんが知っておくべきポイント

結論から：妊娠中のマグロ・ツナは「種類」と「量」を守れば安全。むしろ胎児のために推奨されます

多くの妊婦さんが最も知りたいであろう結論から先にお伝えします。答えは「はい、条件付きで安全であり、むしろ赤ちゃんの健やかな発育のために推奨される」です。その理由は、マグロやカツオといった魚に含まれるDHA（ドコサヘキサエン酸）やEPA（エイコサペンタエン酸）などのオメガ3系脂肪酸が、胎児の脳や神経、視力の発達に極めて重要な役割を果たすからです³⁸。また、良質なタンパク質や鉄分も豊富で、これらは母体と赤ちゃんの体を作る上で欠かせない栄養素です¹。しかし、魚の種類によっては注意が必要なのも事実です。その「条件」こそが、この記事でお伝えしたい最も重要な知識、「安全な魚の選び方」と「適切な量の管理」なのです。

【最重要】日本の公式基準：厚生労働省のガイドラインを徹底解説

日本に住む私たちがまず従うべき最も重要な基準は、厚生労働省が発表しているガイドラインです。厚生労働省は、魚介類に含まれる水銀が胎児に与える影響を考慮し、妊婦さん向けに詳細な注意喚起を行っています⁵。このガイドラインを理解することが、安全な魚食生活の第一歩となります。
厚生労働省は、特に注意が必要な魚種とその摂取量の目安を具体的に示しています。以下の表は、複数の公的な資料から情報を集約し、一目で理解できるようにまとめたものです。

【朗報】特に注意の必要がない魚たち

上記のリストを見ると不安になるかもしれませんが、ご安心ください。私たちが日常的によく口にする魚の多くは、水銀含有量が少ないため、特に摂取量を気にする必要がないとされています¹⁴。これには、スーパーで手軽に購入できるツナ缶の主な原材料であるキハダマグロ、ビンナガマグロ、メジマグロ（クロマグロの若魚）、そしてカツオが含まれます。さらに、サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、タラなども安心して食べられる魚です。これらの魚をバランス良く食事に取り入れることで、リスクを抑えながら必要な栄養をしっかりと摂取することができます。

なぜ魚の種類で注意が必要？「メチル水銀」のリスクを正しく理解する

メチル水銀とは？ なぜ胎児に影響するのか

「水銀」という言葉に不安を感じる方は多いでしょう。魚に含まれる水銀のほとんどは「メチル水銀」という有機水銀です。これは、環境中の無機水銀が水中の微生物によって変換されたもので、食物連鎖を通じて魚の体内に蓄積されていきます¹⁹。具体的には、「プランクトンを小さな魚が食べ、その小さな魚を中くらいの魚が食べ、さらにそれを大きな魚が食べる」という連鎖の過程で、メチル水銀はどんどん濃縮されていきます。そのため、クロマグロのような大きく、寿命の長い捕食魚ほど、体内に含まれるメチル水銀の濃度が高くなる傾向があります。
妊娠中にメチル水銀の摂取に注意が必要な理由は、メチル水銀が胎盤を容易に通過し、発達の最も重要な段階にある胎児の中枢神経系（脳や脊髄）に影響を及ぼす可能性があるためです⁸。複数の研究を統合・分析したシステマティックレビューでは、妊娠中の母親のメチル水銀への曝露が、出生児の体重や神経心理学的テストのスコアに影響を与えうることが一貫して報告されています⁸¹¹。ただし、これは非常に高濃度の水銀に曝露された場合の話であり、日本の一般的な食生活で健康被害が起こることはないと考えられています。厚生労働省の指針は、あくまでも赤ちゃんへのごくわずかな影響のリスクさえも最小限に抑えるための「予防的措置」なのです。

もし目安量を超えて食べてしまったら？

「先週、お寿司屋さんで本マグロの中トロを2貫食べてしまった…」「出張先で出てきたキンメダイの煮付けが美味しくて、つい目安量より多く食べてしまったかも…」そんな経験をして不安に思うかもしれません。しかし、安心してください。厚生労働省は、「一度や二度、目安量を超えてしまったとしても、過度に心配する必要はない」との見解を示しています⁵。大切なのは、長期間にわたって継続的に高濃度の水銀を摂取し続けないことです。もしある週に食べ過ぎてしまったら、次の週は摂取を控えるなど、長いスパンでバランスを取るように心がければ問題ありません。

世界の基準はどうなっている？ 米国FDA・英国NHSのガイドラインから学ぶ

日本のガイドラインが、世界的に見てどのような位置づけにあるのかを知ることは、より深い安心感に繋がります。結論から言うと、日本の指針は、米国のFDA（食品医薬品局）や英国のNHS（国民保健サービス）といった海外の主要な保健機関の勧告と、基本的な考え方において一致しています¹⁵。

米国FDAの「3つの選択肢」：ベスト・グッド・避けるべき魚

米国FDAとEPA（環境保護庁）は、魚介類を水銀リスクに基づき、「Best Choices（最良の選択肢）」「Good Choices（良い選択肢）」「Choices to Avoid（避けるべき選択肢）」の3段階に分類する、非常に分かりやすいチャートを公開しています⁷。この分類では、ツナ缶（Canned Light Tuna、主にカツオやキハダマグロ）は「最良の選択肢」に含まれ、週に2〜3食の摂取が推奨されています。一方で、ビンナガマグロ（Albacore/White Tuna）は「良い選択肢」とされ、週に1食までとされています。そして、メバチマグロ（Bigeye Tuna）は日本と同様に「避けるべき選択肢」に分類されています。この詳細な分類は、私たちがツナ缶を選ぶ際の具体的な参考情報として非常に役立ちます。

英国NHSのユニークな視点：ツナは「油の多い魚（Oily Fish）」とは別枠

英国NHSのガイドラインは、少し異なる視点を提供しており、これもまた興味深いです¹⁶。NHSは、DHAやEPAが豊富なサバ、イワシ、サケなどを「油の多い魚（Oily Fish）」として、その摂取上限を週に2切れ（約280g）までと設定しています。一方で、ツナは水銀含有量を考慮し、この「油の多い魚」とは別枠で管理されています。具体的には、生のツナの上限は週2切れまで、ツナ缶（中サイズ）の場合は週4缶までと、独立した摂取目安が設けられています。これは、DHAなどの栄養素と水銀リスクの両方を考慮し、総合的な栄養バランスを考える上で非常に合理的なアプローチと言えるでしょう。

リスクだけではない！妊娠中に魚を食べるべき、これだけの科学的理由

ここまで水銀のリスクについて詳しく解説してきましたが、それは魚食を制限するためではありません。むしろ、リスクを正しく理解した上で、魚が持つ素晴らしい恩恵を安全に享受するためです。魚を食べることは、リスクを上回るほどの大きなベネフィットを母体と胎児にもたらすことが、数多くの科学研究によって証明されています。

胎児の「かしこい脳」と「すこやかな目」を育むDHA・EPA

DHA（ドコサヘキサエン酸）とEPA（エイコサペンタエン酸）は、胎児の脳神経細胞や網膜の発達に不可欠な構成要素です³⁸。特に妊娠後期から生後にかけて、赤ちゃんの脳は急速に発達し、大量のDHAを必要とします。母親が食事から摂取したDHAは、胎盤を通じて優先的に胎児へ送られます。複数の医学研究により、妊娠中の母親のDHA摂取量が多いほど、子どもの認知機能や学習能力、問題解決能力が高くなる傾向があることが示唆されています³⁰。厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準（2020年版）」では、妊婦および授乳婦のn-3系脂肪酸（DHA・EPAなど）の摂取目安量を1日あたり1.8gと定めており、これは意識的に摂取しないと不足しがちな量です⁴⁰。

貧血予防とママと赤ちゃんの体作りに：良質なタンパク質と鉄分

ツナ缶は、手軽に利用できる優れたタンパク質源です。タンパク質は、赤ちゃんの筋肉、骨、臓器など、体を作るすべての基本となる栄養素であり、妊婦さん自身の体力維持や産後の回復にも不可欠です。また、魚の種類によっては、妊娠中に特に不足しがちな鉄分も補給できます¹。文部科学省の「日本食品標準成分表2020年版（八訂）」によると、例えば「かつお・油漬けフレーク」100gあたりには19.8gのタンパク質が含まれています²⁶。これは、忙しい時や食欲がない時でも、効率的に重要な栄養素を摂取できることを意味します。

リスク対ベネフィットの最前線：最新研究が示すこと

最も重要なのは、「リスク」と「ベネフィット」を天秤にかける視点です。ハーバード大学などが行った大規模な追跡調査（コホート研究）では、非常に重要な結果が報告されています。その研究によると、妊娠中の母親の魚摂取量と、母親の毛髪に含まれる水銀レベル、そして生まれた赤ちゃんの認知能力スコアを同時に分析したところ、「母親の魚摂取量が多いほど、水銀レベルの影響を統計的に調整した後では、乳児の認知能力スコアが高かった」のです⁹。これは、魚を食べることによるDHAなどの恩恵が、一般的な食事レベルでの水銀のリスクを上回る可能性を強く示唆しています。この科学的根拠は、私たちが魚食に対して抱く漠然とした不安を払拭し、賢い選択という前向きな行動を促すための強力な後押しとなります。

【超実践編】日本のスーパーで安全・安心なツナ缶を選ぶ方法

理論を理解したところで、次は日々の買い物で実践するための具体的な知識です。日本のスーパーの棚に並ぶ多種多様なツナ缶の中から、どれを選べば良いのでしょうか。

「水煮」と「油漬け」、どちらを選ぶべき？ 栄養とカロリーで徹底比較

ツナ缶には大きく分けて「水煮（ノンオイル）」と「油漬け」があります。どちらを選ぶかは、あなたの目的によって異なります¹。

• 水煮（ノンオイルタイプ）: カロリーや脂質を抑えたい方、さっぱりとした味わいを好む方におすすめです。素材そのものの味を活かしたサラダや和え物に適しています。
• 油漬けタイプ: コクやしっとりとした食感を求める場合に適しています。油にはDHAやEPA、ビタミンDなどの栄養素が溶け出しているため、油ごと調理に使う（例えば、炒め物や煮物、パスタソースなど）ことで、これらの栄養素を効率的に摂取できます。ただし、カロリーは水煮タイプよりも高くなります。

主要メーカー別！ツナ缶の原材料（魚種）早わかり表

日本の消費者が最も知りたいのは、「いつも買っているあのツナ缶は、どの魚から作られているの？」という点でしょう。この疑問に答えるため、国内で広く流通している主要なツナ缶ブランドとその主な原材料をまとめた、JAPANESEHEALTH.ORGオリジナルの対応表を作成しました。これは、競合メディアにはない、あなたの買い物を直接サポートする極めて有用な情報です。

この表からわかるように、日本で一般的に販売されている主要なツナ缶は、すべて水銀リスクが低い「カツオ」や「キハダマグロ」「ビンナガマグロ」を原材料としています。したがって、これらの製品は、妊娠中でも安心して日常の食事に取り入れることができます。

【もう一つの注意点】生食のリスク：寿司・刺身と食中毒（リステリア・アニサキス）

水銀のリスクをクリアしても、妊娠中の魚食にはもう一つ重要な注意点があります。それは「食中毒」のリスク、特に生食に伴うものです。

なぜ妊娠中は食中毒に注意が必要なのか

妊娠中は、お腹の赤ちゃんを異物と認識して攻撃しないように、母体の免疫機能が意図的に抑制されています²⁰。これは正常な生理的変化ですが、その結果として、普段なら問題にならないような少量の細菌やウイルスでも、食中毒を発症しやすくなってしまうのです。

特に警戒すべき2つの病原体：リステリア菌とアニサキス

• リステリア菌 (Listeria monocytogenes): この細菌の最も厄介な特徴は、冷蔵庫のような低温環境でも増殖できることです。妊婦が感染すると、インフルエンザのような症状が出ることがありますが、無症状の場合もあります。しかし、リステリア菌は胎盤を通じて胎児に感染する可能性があり、その場合は流産、早産、死産、あるいは新生児髄膜炎といった非常に重篤な事態を引き起こすことがあります²⁷。リステリア菌は加熱に弱いため、食品を中心部まで十分に加熱することが最も効果的な予防策です。厚生労働省や食品安全委員会は、スモークサーモン、ナチュラルチーズ、生ハムなどを特に注意が必要な食品として挙げています²⁷。また、潜伏期間が平均3週間と非常に長いことも特徴です⁵⁶。
• アニサキス (Anisakis): サバ、アジ、イカ、サンマなどの魚介類に寄生する線虫です。アニサキスが寄生した魚介類を生で食べると、数時間後に激しい腹痛、吐き気、嘔吐などの症状（急性アニサキス症）を引き起こします³⁶。寄生虫そのものが胎児へ直接影響を及ぼすことはありませんが、母体が激しい痛みや嘔吐によって消耗したり、治療のために薬を使用したりすることは、妊娠にとって望ましい状況ではありません。アニサキスは60℃で1分以上の加熱、または-20℃で24時間以上の冷凍で死滅します。

どうしてもお寿司が食べたい！安全なネタ選びのヒント

これらのリスクを考えると、妊娠中は原則として寿司や刺身などの生魚を避けるのが最も安全です。しかし、「どうしてもお寿司が食べたい！」という気持ちになるのも、日本人としては自然なことでしょう。全面的な禁止は大きなストレスになりかねません。そこで、リスクを正しく管理しながら楽しむための、具体的な代替案を提案します³⁴。

• 加熱済みのネタを選ぶ: たまご、うなぎ、煮あなご、えび、カニカマ、ツナマヨ軍艦などは、すべて加熱調理済みのため、安心して食べられます。
• 巻物中心にする: かっぱ巻き、かんぴょう巻き、納豆巻き、梅しそ巻きなど、魚介類を使っていない巻物は安全な選択肢です。
• お店に確認する: 回転寿司チェーンなどでは、アニサキス対策として一度冷凍処理したネタを使用している場合があります。お店の方針を確認してみるのも良いでしょう。

よくあるご質問（FAQ）

結論：正しい知識で魚を選び、赤ちゃんとママの健康な未来を育む

この記事を通じて、妊娠中のマグロ・ツナ摂取に関する様々な情報をお伝えしてきました。最後に、最も重要なポイントをもう一度確認しましょう。

• 日本のスーパーで手に入るツナ缶は、水銀リスクの低い魚種が主原料であり、基本的に安全です。
• クロマグロ（本マグロ）やメバチマグロといった大型のマグロは、週に1回、80g（切り身1切れ）までを目安にしましょう。
• 魚に含まれるDHAやEPAは、水銀のリスクを上回るベネフィットが期待できる、胎児の成長に不可欠な栄養素です。
• リスクを過度に恐れて魚を完全に避けるのではなく、「種類」と「量」という2つのルールを守り、賢く食べることが最も重要です。
• 食中毒を防ぐため、妊娠中は生食を避け、すべての魚介類は中心部まで十分に加熱して食べましょう。

妊娠中は、食生活を含め、あらゆることに気を遣う大変な時期です。しかし、正しい知識を持つことで、不必要な不安から解放され、前向きな気持ちで食事を楽しむことができます。この記事が、あなたの健やかなマタニティライフの一助となることを心から願っています。