この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下に示すのは、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性を含むリストです。
- MSDマニュアル: 本記事における多形妊娠疹(PUPPP)の定義、疫学、および一般的な予後に関する記述は、世界的に信頼されている医学情報源であるMSDマニュアルの情報を基にしています2。
- 米国家庭医学会 (AAFP): 妊娠中のステロイド外用薬やその他の薬剤の安全性に関する推奨事項は、米国家庭医学会が発行するガイドラインとエビデンスに基づいています3。
- DermNet: PUPPPの臨床的特徴、特に妊娠線からの発症や臍周囲の回避といった典型的な症状の記述は、皮膚科学の権威あるデータベースであるDermNetの情報を参照しています4。
- PubMed Central (PMC): 妊娠性類天疱瘡(PG)や妊娠性肝内胆汁うっ滞症(ICP)との鑑別診断、胎児マイクロキメリズム仮説などの高度な科学的考察は、米国国立医学図書館のデータベースに収載されている査読済み学術論文に基づいています56。
要点まとめ
「多形妊娠疹(PUPPP)」とは?妊娠中に起こる最も一般的な皮膚トラブル
多形妊娠疹(PUPPP)は、妊娠中に特異的に発生する皮膚疾患の中で最も頻度が高いものとして知られています11。この疾患を理解するためには、まずその多様な名称と疫学について知ることが重要です。
定義とさまざまな呼び名
この状態は、世界的には「PUPPP(パップ)」という略称で広く知られています。これは英語の「Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy」の頭文字をとったものです12。直訳すると「妊娠性掻痒性蕁麻疹様丘疹・局面」となり、その名の通り、かゆみを伴い(Pruritic)、じんましんのような(Urticarial)赤いブツブツ(丘疹、Papules)や盛り上がった局面(Plaques)が特徴です。日本の医学界では、「多形妊娠疹(たけいにんしんしん)」という名称も同義で用いられます。これは英語の「Polymorphic Eruption of Pregnancy (PEP)」に相当する言葉です2。さらに、症状を詳細に記述した「妊娠性掻痒性蕁麻疹様丘疹(にんしんせいそうようせいじんましんようきゅうしん)」という正式名称も存在しますが、これらはすべて同じ状態を指す言葉です13。この記事では、読者の皆様に最も馴染みのあるPUPPPおよび多形妊娠疹という用語を主に使用します。
発生頻度(疫学)とリスク要因
多形妊娠疹は、決して珍しい病気ではありません。研究報告によれば、その発生頻度は妊婦のおよそ160人から300人に1人とされています2。いくつかの特定の要因が、この状態を発症するリスクを高めることが知られています。これらのリスク要因を理解することは、ご自身の状況と照らし合わせ、不安を軽減する一助となります。
- 初めての妊娠(初産婦): これは最も強力なリスク要因です。PUPPPを発症する女性の多くが初産婦であり、2回目以降の妊娠で再発することは非常に稀です1。
- 多胎妊娠: 双子や三つ子など、複数の赤ちゃんを同時に妊娠している場合、PUPPPの発症リスクは著しく上昇します4。これは、単胎妊娠に比べて子宮がより大きく、腹部の皮膚がより強く引き伸ばされるためと考えられます。
- 妊娠中の急激な体重増加: 妊娠中に体重が大幅に、かつ急激に増加した場合も、皮膚への物理的な負担が大きくなるため、リスク要因の一つとされています1。
- 男児の妊娠: いくつかの観察研究では、男の子の赤ちゃんを妊娠している女性の方が、女の子の赤ちゃんを妊娠している女性に比べてPUPPPを発症する割合が高いことが報告されています4。この興味深い関連性については、後の「原因」のセクションで詳しく解説します。
- 人種: 報告によると、白色人種の女性でより一般的に見られる傾向があるとされています4。
もしあなたが「初産婦で、男の子を妊娠中」といった状況であれば、まさにリスクグループに当てはまります。しかし、それは決して異常なことではなく、多くの妊婦さんが経験する可能性がある自然な現象の一部であることをご理解ください。
PUPPPの症状:お腹の妊娠線から始まる特徴的なかゆみ
PUPPPの症状は非常に特徴的であり、その現れ方を知ることは、ご自身の状態を正しく理解する上で非常に役立ちます。症状は、発症時期、発疹の見た目と広がり方、そしてかゆみの強さという3つの側面から詳細に説明することができます。
いつ始まるか?(発症時期)
PUPPPの症状は、一般的に妊娠の後半、特に「妊娠後期(第3三半期)」に現れるのが典型的です14。具体的には、出産予定日前の最後の数週間で発症することが最も多いとされています。しかし、妊娠24週以降であれば、それより早い時期に始まることもあります。また、少数例ではありますが、約15%のケースでは出産直後に初めて症状が現れることも報告されています2。
どのような発疹か?(臨床的特徴)
発疹の見た目と広がり方には、PUPPPを他の皮膚疾患と見分けるための重要な手がかりが隠されています。
- 始まりの場所: 疾患は通常、腹部にできた妊娠線(ストレッチマーク、医学用語ではstriae gravidarum)の内部から始まります11。これは非常に特徴的な初発症状です。最初は、かゆみを伴う小さなピンク色のブツブツ(丘疹、papules)として現れます。
- 発疹の進行: これらの小さな丘疹は、時間とともに融合し、より大きな盛り上がった局面(局面、plaques)を形成します。その見た目は、じんましん(urticaria)によく似ています12。時には、局面の表面に非常に小さな水ぶくれ(小水疱、vesicles)が見られることもありますが、他の重篤な皮膚疾患で見られるような大きな水疱(bullae)が形成されることはありません15。
- 広がる範囲: 腹部から始まった発疹は、次第に太もも、お尻、そして時には胸や腕へと広がっていきます。しかし、顔や手のひら、足の裏にまで発疹が及ぶことは通常ありません12。
PUPPPには、診断上非常に重要な臨床的特徴があります。それは、発疹がへそのすぐ周りの皮膚には現れない傾向があることです。これを「臍囲の回避(さいいのかいひ)」と呼びます7。この「へそ周りを避ける」というサインは、後述する妊娠性類天疱瘡(PG)という、より注意深い管理を要する可能性のある別の皮膚疾患とPUPPPを区別するための、重要な臨床的ヒントとなります。
かゆみの程度
PUPPPに伴うかゆみは、単なる不快感にとどまりません。多くの経験者が「耐え難いほどの激しいかゆみ(intensely pruritic)」と表現するように、そのかゆみは日常生活に深刻な影響を及ぼすことがあります2。特に夜間に強くなる傾向があり、睡眠を妨げ、妊娠最後の数週間における女性のQOL(生活の質)を著しく低下させる原因となります。
PUPPPと間違えやすい他の皮膚疾患
妊娠中のかゆみを伴う発疹は、すべてがPUPPPとは限りません。中には、胎児への影響を考慮し、より慎重な診断と管理が必要な疾患もあります。正確な診断は、適切な治療法を選択し、不必要な不安を取り除くために不可欠です。ここでは、PUPPPと特に鑑別が重要な3つの皮膚疾患について解説します。
妊娠性類天疱瘡(Pemphigoid Gestationis, PG)
これは、PUPPPとの鑑別において最も重要な疾患です。PGは稀な自己免疫疾患ですが、早産や低出生体重児のリスクと関連することが報告されているため、正確な診断が求められます6。
- 発症部位の違い: PGは、PUPPPが「避ける」傾向にあるへその周りから始まることが多いのが特徴です16。
- 皮疹の形態: PGは、PUPPPのような丘疹や局面から始まることもありますが、進行すると緊満した大きな水疱(tense bullae)を形成することが特徴的です17。
- 確定診断: 最終的な診断は、皮膚生検と直接免疫蛍光法(DIF)という特殊な検査によって行われます。PG患者の皮膚では、基底膜部に沿って補体C3というタンパク質の線状沈着が見られますが、PUPPPではこの所見は陰性です18。
妊娠性アトピー様皮疹(Atopic Eruption of Pregnancy, AEP)
これは、妊娠中にアトピー性皮膚炎(湿疹)が悪化したり、初めて発症したりする状態を包括的に指す言葉です19。
- 発症時期: AEPはPUPPPよりも早い時期、典型的には妊娠中期(第2三半期)に発症することが多いです。
- 皮疹の部位と性状: 顔、首、肘や膝の裏などの屈曲部に、乾燥してカサカサした湿疹様の病変として現れるのが典型的です20。
妊娠性肝内胆汁うっ滞症(Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy, ICP)
この状態も激しいかゆみを引き起こしますが、決定的な違いがあります。
- 一次的な発疹がない: ICPの最大の特徴は、PUPPPのような一次的な発疹がないことです。皮膚に見られる引っかき傷は、あくまで激しいかゆみの結果生じた二次的なものです。
- かゆみの部位: かゆみは、特に手のひらや足の裏から始まることが多いです。
- 胎児へのリスク: ICPは胎児仮死のリスクを増加させる可能性があるため、血液検査による正確な診断と慎重な周産期管理が必要です6。
これらの疾患の特徴をまとめた比較表は、ご自身の症状を客観的に評価する上で役立ちます。
特徴 | 多形妊娠疹 (PUPPP) | 妊娠性類天疱瘡 (PG) | 妊娠性アトピー様皮疹 (AEP) |
---|---|---|---|
発症時期 | 第3三半期(最も一般的)2 | 第2または第3三半期21 | 第2三半期(最も一般的)19 |
初発部位 | 腹部の妊娠線8 | へその周り16 | 肘・膝の裏、顔、首20 |
へそ周りの状態 | 通常、病変なし(回避)7 | 通常、病変あり( betrokken)22 | 非特異的 |
皮疹の形態 | 丘疹、じんましん様局面12 | 緊満した大きな水疱17 | 湿疹様の病変20 |
直接免疫蛍光法 (DIF) | 陰性18 | 陽性(C3の線状沈着)17 | 陰性 |
胎児へのリスク | なし12 | あり(早産、低出生体重児)6 | なし6 |
PUPPPの原因:最新医学でどこまでわかっているか
「なぜ私だけこんな目に?」と感じるかもしれませんが、PUPPPの原因については、世界中の研究者によっていくつかの有力な仮説が提唱されています。まず重要なこととして、PUPPPの正確な原因はまだ完全には解明されていない、というのが現在の医学界での共通認識です8。しかし、いくつかの仮説は、この病態を非常によく説明しています。
主要仮説:皮膚の機械的な伸展(引き伸ばし)
現在、最も広く受け入れられているのがこの「機械的伸展説」です。妊娠後期になると、赤ちゃんの成長に伴い、お腹の皮膚は急速かつ大幅に引き伸ばされます。この物理的なストレスが、皮膚の結合組織、特にコラーゲン繊維に微細な損傷を引き起こすと考えられています8。この損傷によって、通常は免疫システムから隠されている自己の抗原(体の成分)が露出し、これを免疫システムが異物と誤認して攻撃を始めることで、局所的な炎症反応、すなわち発疹とかゆみが引き起こされるという理論です23。この仮説は、なぜPUPPPが皮膚の伸展が最も著しい初産婦や多胎妊娠の女性に多いのかを合理的に説明します。
免疫学的・内分泌学的仮説
妊娠中は、母体が胎児を「異物」として拒絶しないように、免疫システムが劇的に変化する特殊な状態です24。この免疫バランスの変化や、プロゲステロンやエストロゲンといった女性ホルモンの急激な変動が、皮膚の反応性を変え、炎症を引き起こしやすくする一因となっている可能性があります8。また、アトピー性皮膚炎などでかゆみの主役とされるサイトカイン(情報伝達物質)であるインターロイキン31(IL-31)が、PUPPPのかゆみにも関与している可能性が指摘されていますが、直接的な証明にはさらなる研究が必要です25。
最先端の仮説:胎児マイクロキメリズム
これは非常に興味深く、PUPPPの謎を解き明かす可能性を秘めた先進的な仮説です。「マイクロキメリズム」とは、一つの個体内に、遺伝的に異なる他個体の細胞が少数ながら存在している状態を指します。この仮説をPUPPPに当てはめると、以下のようになります。
- 妊娠中、ごく少量の胎児の細胞やDNAが胎盤を通過して母体の血流に入り込みます。これは「胎児マイクロキメリズム」と呼ばれる現象です4。
- これらの胎児細胞は、出産後も長年にわたり、母親の皮膚を含む様々な組織に定着し、生存し続けることがあります4。
- 母親の免疫システムが、この皮膚に潜む胎児由来の細胞(特に父親由来の遺伝子、例えば男児のY染色体DNAなどを持つ細胞)を「非自己(異物)」と認識し、攻撃を始めることがあります。
この、皮膚の伸展によるダメージを受けた部位で起こる、胎児細胞に対する母親の免疫反応こそが、PUPPPの炎症を引き起こす引き金になるのではないか、と考えられています4。この説は、PUPPPが男児を妊娠している女性に多いという観察結果を、科学的にエレガントに説明することができます。
診断と受診のタイミング:いつ、どの科へ行くべきか
特徴的な症状に気づいたとき、次にとるべき行動について具体的な指針を持つことは、不安を和らげる上で重要です。
診断は主に臨床所見から
ほとんどのPUPPPのケースでは、診断は特別な検査を必要とせず、医師による視診と問診、すなわち臨床診断によって下されます8。医師は、発疹の典型的な見た目(妊娠線から始まる、へそ周りを避けるなど)、発症時期(妊娠後期)、そして患者の背景(初産婦であるかなど)を総合的に評価して診断に至ります。
いつ病院に行くべきか?
結論から言えば、「症状が現れ、不快に感じ始めたらすぐに」受診することをお勧めします。激しいかゆみを我慢することは、QOLを低下させるだけでなく、掻き壊しによる二次的な細菌感染や、治りにくい色素沈着(シミ)のリスクを高めます26。早期に医療相談を行うことで、これらのリスクを避け、より快適なマタニティライフを送ることができます。
何科を受診すればよいか?
受診先としては、皮膚科または、妊婦健診で通院している産婦人科のいずれでも構いません。理想的には、両方の科が連携して診療にあたることです27。産婦人科医は妊娠全体の安全性を管理し、皮膚科医は皮膚疾患の診断と治療に関する深い専門知識を持っています。まずはかかりつけの産婦人科医に相談し、必要に応じて皮膚科を紹介してもらうのがスムーズな流れでしょう。
必要になる可能性のある検査
典型的なPUPPPの場合、診断のための特別な検査は通常不要です4。しかし、前述した他の疾患を除外するために、医師はいくつかの検査を指示することがあります。例えば、肝機能障害を伴うICPを否定するために、基本的な血液検査が行われることがあります12。また、水疱の出現やへそ周りの病変など、非典型的な症状が見られる場合には、PGとの鑑別が極めて重要になります。その際は、病変周囲の皮膚を少量採取する「皮膚生検」と、それを用いた「直接免疫蛍光法(DIF)」が診断のゴールドスタンダード(最も確実な方法)となります17。この検査により、PUPPP(陰性)とPG(陽性)を明確に区別することができます。
PUPPPの治療法とセルフケア:つらいかゆみを和らげる安全な方法
PUPPPの治療は、病気自体を「完治」させることではなく(出産後には自然に治るため)、つらいかゆみをコントロールし、妊娠期間中のQOLを向上させることを最大の目的とします1。治療は、自宅でできるセルフケアから、医師の処方が必要な医療的介入まで、段階的に行われます。ここでは常に「胎児への安全性」を最優先に考えた選択肢を解説します。
ステップ1:自宅でできるセルフケア
医療機関を受診する前や、薬物療法と並行して行うことで、症状を和らげる効果が期待できます。
- 冷やす (Cooling): かゆみを感じる神経の興奮を鎮める最も手軽で効果的な方法です。冷たいシャワーを浴びる、濡れタオルや保冷剤をタオルで包んで患部を冷やす、オートミール(カラスムギ)を入れたぬるま湯に浸かる(オートミールバス)などが推奨されます10。熱いお湯は皮膚を乾燥させ、かゆみを悪化させるため避けるべきです。
- 保湿する (Moisturizing): 乾燥した肌は、外部からの刺激に敏感になり、かゆみを増幅させます。無香料・低刺激性の保湿剤を、特にシャワーや入浴後にこまめに塗布し、皮膚のバリア機能を保つことが非常に重要です。科学的な観点からは、皮膚の天然保湿成分である「セラミド」を含有する保湿剤が特に有効です。セラミドは、伸展や掻き壊しによって損なわれた皮膚のバリア機能を修復し、水分の蒸発を防ぐことで、かゆみを軽減する助けとなります28。
- 掻かない努力: 掻く行為は一時的な快感をもたらすかもしれませんが、皮膚をさらに傷つけ、ヒスタミンなどの化学物質を放出させ、「かゆい→掻く→さらにかゆくなる」という悪循環を生み出します10。爪を短く切り、夜間無意識に掻いてしまう場合は、綿の手袋をして寝るなどの工夫も有効です。
- 衣類の選択: 肌への刺激を最小限にするため、ゆったりとした通気性の良い綿(コットン)素材の衣類を選びましょう23。
- 日本で利用可能な代替療法: 日本では、伝統的に「よもぎローション」などがかゆみ止めとして用いられてきました29。また、漢方薬の「当帰飲子(とうきいんし)」がかゆみに有効であったという報告もあります30。ただし、これらの製品を使用する前には、必ずかかりつけの医師や薬剤師に相談することが不可欠です。
ステップ2:医師の指導のもとで行う薬物療法
セルフケアだけではかゆみがコントロールできない場合、医師は胎児への安全性を十分に考慮した上で、薬物療法を提案します。
- ステロイド外用薬 (Topical Corticosteroids): これはPUPPP治療の第一選択であり、最も効果的な方法です8。医師は、症状の重さに応じて中程度から強力なランクのステロイド外用薬(例:トリアムシノロン、モメタゾンフランカルボン酸エステル)を処方し、炎症とかゆみを効果的に抑制します1。
安全性について: 妊婦さんがステロイド使用に不安を感じるのは当然です。しかし、米国家庭医学会(AAFP)などの権威ある機関のガイドラインによれば、限られた範囲の皮膚に中程度以下の強さのステロイド外用薬を使用することは、妊娠中でも安全であると考えられています3。胎児へのリスク(低出生体重など)が懸念されるのは、非常に強力なランクのステロイドを長期間・広範囲に使用した場合に限定され、医師は常に利益とリスクを慎重に評価した上で処方します。
- 抗ヒスタミン薬の内服 (Oral Antihistamines): 全身のかゆみ、特に夜間の睡眠を妨げるかゆみに対して処方されます12。
安全性について: 妊娠中の安全性に関するデータが比較的豊富な、眠気の少ない第二世代の抗ヒスタミン薬、例えばロラタジン(商品名:クラリチン®)やセチリジン(商品名:ジルテック®)が優先的に選択されます9。クロルフェニラミンなどの第一世代の薬も使用可能ですが、眠気を催す副作用があります1。
- ステロイドの内服 (Systemic Corticosteroids): これは、外用薬や抗ヒスタミン薬に反応しない、非常に重症で広範囲にわたるPUPPPの症例に限られた選択肢です15。医師は、プレドニゾロンなどの経口ステロイドを短期間処方することがあります1。妊娠後期における短期間の全身性ステロイド使用は、胎児に重大な悪影響を及ぼさないと考えられています31。
最も大切なこと:PUPPPはママと赤ちゃんに影響しますか?
この記事を通じて、私たちはPUPPPの様々な側面について詳しく見てきましたが、最終的にすべての妊婦さんが最も知りたいであろう問いに、改めて、そして明確にお答えします。このセクションは、あなたの最後の不安を払拭するための、最も重要なメッセージです。
医学的結論:PUPPPは母子ともに安全です
現存するすべての医学的エビデンスに基づき、専門家たちは一致して次のように結論付けています。
- 胎児への影響について: 多形妊娠疹(PUPPP)は、胎児の健康や発育に一切の悪影響を及ぼしません1。早産、低出生体重、胎児機能不全、あるいは何らかの先天異常のリスクを増加させることはありません。PUPPPを経験した母親から生まれた赤ちゃんは、完全に健康です。
- 母親への影響について: 激しいかゆみによる不快感、睡眠不足、精神的ストレスを除けば、PUPPPが母親の長期的な健康に何らかの合併症を引き起こすことはありません1。これはあくまで一過性の皮膚トラブルであり、その影響は妊娠期間中とその直後に限定されます。
病気の経過と予後
- 自己限定的で治癒する: PUPPPは「自己限定的(self-limiting)」な疾患です。つまり、特別な治療をしなくても、いずれは自然に治まります。ほとんどの場合、症状は出産後数日から数週間以内に劇的に改善し、完全に消失します1。
- 後遺症は残らない: 発疹自体が恒久的な傷跡や皮膚の変色を残すことは通常ありません。ただし、激しく掻き壊してしまった場合に、二次的な細菌感染や炎症後色素沈着が残る可能性はあるため、かゆみの管理が重要です10。
- 再発率は非常に低い: 将来的に次の妊娠を考えている方にとって、心強い情報があります。PUPPPがその後の妊娠で再発することは非常に稀です7。もし再発した場合でも、初回の妊娠時よりも症状は軽度である傾向があります。
この最も重要な質問に特化したセクションが、あなたの心を軽くし、安心して残りのマタニティライフを過ごすための一助となることを願っています。
よくある質問
PUPPPのかゆみは、いつまで続くのでしょうか?
この発疹は他の人にうつりますか?
PUPPPと診断されたら、食事で気をつけることはありますか?
次の妊娠でもPUPPPは再発しますか?
結論
本記事では、妊娠中に多くの女性が経験する可能性のある皮膚疾患、多形妊娠疹(PUPPP)について、多角的に詳しく解説しました。激しいかゆみと広がる発疹は、心身ともに大きな負担となり得ますが、この記事を通じて、あなたが抱える不安が少しでも和らいだことを願っています。
最後に、専門家からのメッセージとして、最も重要なポイントを再度強調します。PUPPPは、その見た目や症状の激しさとは裏腹に、あなた自身と、そして何よりも大切な赤ちゃんの健康に害を及ぼすことのない、完全に良性の状態です。そして、その辛いかゆみは、我慢しなければならないものではありません。保湿や冷却といったセルフケアから、医師が処方する安全で効果的な薬まで、症状を和らげるための選択肢は数多く存在します。
あなたが今すべきことは、一人で悩み、耐え忍ぶことではありません。それは、「これは仕方のないこと」と諦めることでもありません。あなたの主治医である産婦人科医、あるいは皮膚科の専門医に、できるだけ早く相談してください。正確な診断を受け、適切な治療を開始することが、不快な症状から解放され、心穏やかに、そして快適に出産の日を迎えるための最も確実な一歩です。あなたのマタニティライフが、より健やかで幸せなものであるよう、心から願っています。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
- Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy | Request PDF – ResearchGate [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.researchgate.net/publication/6593006_Pruritic_Urticarial_Papules_and_Plaques_of_Pregnancy
- 多形妊娠疹(Polymorphic Eruption of Pregnancy:PEP) – 22. 女性の健康上の問題 [インターネット]. MSDマニュアル家庭版. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/22-%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E3%81%AE%E5%90%88%E4%BD%B5%E7%97%87/%E5%A4%9A%E5%BD%A2%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E7%96%B9-polymorphic-eruption-of-pregnancy-pep
- Common Skin Conditions During Pregnancy – AAFP [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2023/0200/skin-conditions-during-pregnancy.html
- Polymorphic eruption of pregnancy. PUPPP – DermNet [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://dermnetnz.org/topics/polymorphic-eruption-of-pregnancy
- Fetal microchimerism and maternal health during and after pregnancy – PMC [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4989712/
- Dermatoses of Pregnancy – Clues to Diagnosis, Fetal Risk and Therapy – PubMed Central [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3162253/
- Pruritus in pregnancy: Treatment of dermatoses unique to pregnancy – PMC [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3860924/
- 【妊娠中のかゆみ】妊娠性痒疹、多形妊娠疹について【皮膚科 … [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://urawa-hifuka.com/pruritic-papules-during-pregnancy/
- 妊娠性掻痒・妊娠性痒疹・妊娠性掻痒性蕁麻疹様 … – 加藤クリニック [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.katocl.jp/glossary/prurigo_pregnancy/
- PUPPP – にしじまクリニックブログ [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2021/08/16/puppp/
- 3.妊娠性痒疹 [インターネット]. 北海道大学大学院医学研究院皮膚科学教室. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.derm-hokudai.jp/wp/wp-content/uploads/2021/12/8-14.pdf
- Pruritic urticarial papules and plaques of pregnancy – Wikipedia [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://en.wikipedia.org/wiki/Pruritic_urticarial_papules_and_plaques_of_pregnancy
- 痒み(かゆみ)・妊娠性掻痒(にんしんせいそうよう)・妊娠性痒疹・妊娠性掻痒性じんま疹様丘疹 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://mihara.com/glossary/kayumi/
- 妊娠中の辛い痒みや発疹の原因は? 〜その種類と対応方法について … [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://journal.obstetrics.jp/2020/07/05/skinich-pregnancy/
- Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy – American Osteopathic College of Dermatology (AOCD) [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.aocd.org/page/PUPPP
- 多形妊娠疹 – 18. 婦人科および産科 – MSDマニュアル プロフェッショナル版 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/18-%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E7%A7%91%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E7%94%A3%E7%A7%91/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E3%81%AE%E7%95%B0%E5%B8%B8/%E5%A4%9A%E5%BD%A2%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E7%96%B9
- 妊娠性類天疱瘡 – 18. 婦人科および産科 – MSDマニュアル プロフェッショナル版 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/18-%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E7%A7%91%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E7%94%A3%E7%A7%91/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E3%81%AE%E7%95%B0%E5%B8%B8/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E6%80%A7%E9%A1%9E%E5%A4%A9%E7%96%B1%E7%98%A1
- A review of pruritus in pregnancy – PMC – PubMed Central [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8646210/
- 妊娠時にかゆみを生じる瘙痒性皮膚疾患|疾患情報【おうち病院】 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://clila.anamne.com/column/pruritus-skin-disease
- 【皮膚科】懷孕媽咪常見的皮膚問題– 其他訊息 – 中山醫學大學附設醫院 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://web.csh.org.tw/web/222010/?p=1819
- Pemphigoid gestationis: current perspectives – PMC [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5685197/
- Pemphigoid gestationis – DermNet [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://dermnetnz.org/topics/pemphigoid-gestationis
- Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy (PUPPP) – SA Health [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.sahealth.sa.gov.au/wps/wcm/connect/ba7960804eeda148b0ecb36a7ac0d6e4/Pruritic+Urticarial+Papules+and+Plaques+of+Pregnancy_PPG_v4_1.pdf
- Th1/Th2 cytokines balance–yin and yang of reproductive immunology – PubMed [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15893871/
- Interleukin-31: The “itchy” cytokine in inflammation and therapy – PubMed [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33629401/
- 色素性痒疹、多形妊娠疹など)は主にどのような薬で治療しますか?副作用はありますか? [インターネット]. ユビー. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/eqxg0afhar
- 豊島区 巣鴨さくらなみき皮膚科 妊娠中の皮膚科 女性医師 [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://sakuranamiki-hifuka.jp/pregnancy.html
- Clinical Efficacy of a New Moisturizer Containing Ceramides and Natural Moisturizing Factors on Subjects with Extra Dry, Itchy Skin – ResearchGate [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.researchgate.net/publication/385908765_Clinical_Efficacy_of_a_New_Moisturizer_Containing_Ceramides_and_Natural_Moisturizing_Factors_on_Subjects_with_Extra_Dry_Itchy_Skin
- 【楽天市場】かゆみ対策 アルテニーニローション 300ml 妊婦 汗疹 よもぎローション あせも 非ステロイド 植物由来 ヨモギエキス ビワ葉エキス 無着色 無香料 妊娠中 しっしん かゆみ ヨモギ 保湿 高齢者 乾燥 アトピー 全身用 送料無料 : 素肌美容専門店 Be Happy! [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://item.rakuten.co.jp/collagen-behappy/art01/
- 【漢方解説】当帰飲子(とうきいんし) – クラシエ [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.kracie.co.jp/ph/k-therapy/prescription/tokiinshi.html
- Polymorphic Eruption of Pregnancy – Gynecology and Obstetrics – MSD Manuals [インターネット]. [引用日: 2025年6月21日]. 入手先: https://www.msdmanuals.com/professional/gynecology-and-obstetrics/antenatal-complications/polymorphic-eruption-of-pregnancy