はじめに
妊娠初期に多くの妊婦さんが体験する「つわり」は、ごく軽度で済む場合から非常に強い症状に悩まされる場合までさまざまです。特に初めて妊娠される方にとっては、想像以上につらい悪心や嘔吐などが続くことで精神的にも大きな負担となることがあります。一方、妊娠期間中のホルモン変化や身体の代謝の変化が原因で引き起こされる生理的現象ともされ、通常は妊娠16~20週頃になると軽減しやすいともいわれています。しかし、症状の重さには個人差があり、ごく稀に医療介入が必要になるケースも存在します。本記事では、代表的なつわりのタイプや注意点、さらにつわりを和らげるための工夫について、専門的な視点を交えながら詳しく解説していきます。妊娠の喜びと不安が混在する日々を送る方々に向け、つわりの理解を深め、少しでも快適に過ごせるようサポートすることが目的です。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
本記事の内容は、産婦人科領域に携わる専門家の見解や信頼性の高い医学情報に基づき作成されています。特に下記で紹介する対策や注意点は、あくまで一般的な情報としてまとめられたものであり、個々の状況によって適切なケアは異なる場合があります。そのため、妊娠中に強いつわりが長期間続いたり、体重減少や脱水などが深刻化したりするような場合は、必ず主治医や産婦人科医に相談することが大切です。また、本記事の内容を監修する上で、Thạc sĩ – Bác sĩ Huỳnh Kim Dung(Sản – Phụ khoa, Bệnh Viện Quốc Tế Phương Châu)から提供された専門的意見も参考としています。つわりの症状やケアの方法に関して、疑問点や不安があれば遠慮せず医療機関に尋ねるようにしましょう。
妊娠中のつわりとは?なぜ起こるのか
一般的に「つわり」とは、妊娠初期に生じやすい悪心・嘔吐・食欲不振・倦怠感などの総称です。統計によると、妊婦の約半数から2/3程度がなんらかのつわりを経験するといわれています。頻度が比較的高い一方、症状の出方や強度、持続期間などは個人差が非常に大きいことでも知られます。
妊娠初期には、胎盤や胎児の形成を支えるためにヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)などのホルモン量が増加し、血液量も変化し始めます。こうした急激なホルモン変動や血行動態の変化が、つわりの主な要因と考えられています。ただし、「ホルモン量が増える=必ずつわりが重い」というわけではなく、妊婦さんの体質や自律神経系の影響も複雑に関連するため、個人ごとのばらつきが大きいのが実情です。
つわりが出やすい時期
多くの場合、妊娠5~6週頃からつわりを感じ始め、妊娠16~20週頃になると徐々に落ち着く方が多いといわれています。症状が比較的軽い人もいれば、妊娠後期まで悪心・嘔吐が続く人もおり、まったく経験しない人もいます。つまり、つわりの有無や程度だけで妊娠の正常・異常を判断することはできません。あくまで妊婦さん個々の体質やホルモン動態による違いです。ただし、つわりがあまりにつらく、日常生活に支障をきたすようであれば、医師の診察を受けましょう。
代表的なつわりのタイプ
妊婦さんが感じるつわりの症状は、多様な形で現れます。以下では、特に多く報告される主なタイプと、その特徴を解説します。
1. 軽度のつわり
最も一般的なパターンとして、多くの妊婦さんは軽度のつわりを経験します。具体的には以下のような症状が中心です。
- 朝起きたときに少しだけ吐き気を感じる
- 食欲不振だが、少量ずつ食べられる
- においに敏感になり、特定の匂いで吐き気が増す
- 疲れやすく、軽い倦怠感を覚える
軽度のつわりの場合、しっかり休息を取り、食事の量や種類を工夫することで症状をコントロールできることが多いです。多少の吐き気や嘔吐はありつつも、水分や栄養をある程度確保できているなら、胎児の発育に大きな影響を与える可能性は低いと考えられています。
2. 重度のつわり(妊娠悪阻)
「Hyperemesis Gravidarum(HG)」と呼ばれる重度のつわりは、全妊婦のおよそ0.1~0.5%程度とされ、比較的稀な症状ですが決して他人事ではありません。具体的には、以下のような徴候が見られます。
- 吐き気・嘔吐が極端に頻回で、食べ物や水分をまったく受け付けない
- 体重が急激に減少する(妊娠前の体重から5%以上の減少など)
- 脱水症状や電解質バランスの乱れがみられる
- 仕事や家事はもちろん、日常生活が立ち行かない
- 強い不安感、気分の落ち込み、または抑うつ状態に近いメンタルの変調がある
これらの症状が続き、栄養不足や脱水状態に陥る場合は妊娠悪阻と診断されることが多く、入院して輸液治療や投薬管理が必要になります。放置してしまうと母体だけでなく胎児にも悪影響が及ぶ可能性があり、早めの医療介入が望ましいのが特徴です。
3. 食べ物の好みが大きく変化する「味覚・嗅覚異常」
妊娠中、ある特定の食べ物に強く惹かれたり、反対にまったく食べられなくなったりすることがあります。例えば、「急に酸味の強い果物や飲み物が欲しくなる」「甘いものを見るだけでも吐き気がする」「辛いものを異常に欲する」など、味覚・嗅覚の変化が顕著になるケースです。これも広い意味で「つわりの一種」といえます。
- 酸味を好む(いわゆる“酸っぱいもの”)
- 甘味を好む(ケーキやチョコなど)
- 辛味を好む(刺激物ばかり求める)
こうした嗜好の変化が起こるのは、妊娠によるホルモンや自律神経の変調が大きく関わっていると推測されます。実際には栄養不足や特定のミネラル不足を直接的に示唆しているわけではなく、「今まで好きだった食べ物が急に食べられなくなる」あるいは「まったく興味のなかった食べ物に強い欲求を感じる」という心理的・生理的現象と捉えられます。
4. 夫が「つわり」を感じる「共感妊娠」
珍しいようで、意外と聞かれるのが「夫もつわりのような症状を感じる」というエピソードです。たとえば、奥様がつらそうにしているのを見ているうちに、自分も吐き気や倦怠感、イライラを覚えるようになったなどのケースです。これは「クーバード症候群(Couvade Syndrome)」とも呼ばれ、医学的にははっきりとした原因がまだ解明されていませんが、「強い共感や不安からくる心理的影響」として理解されています。実際に夫側のホルモンが変化するという報告もありますが、いずれにせよ医学的病態というよりは一種の心理的現象と考えられます。
つわりを軽減するためのヒント
つわりは妊娠中の生理的現象であるため、完全に「ゼロ」にするのは難しい場合がほとんどです。しかし、日常生活の工夫によってある程度楽にすることが可能です。ここでは、比較的軽度のつわりから中等度の症状を対象に、症状を和らげるための具体策をまとめます。重度の場合や自己判断が難しい場合は、必ず医療機関で診察を受けましょう。
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なるべく薬を自己判断で使用しない
一般的な胃薬や吐き気止めなどは、市販薬でも手軽に購入できるものが多くあります。しかし、妊娠中は薬の成分が胎児に影響を及ぼす可能性があるため、必ず担当の産婦人科医や薬剤師に相談してから使用するようにしてください。 -
朝起きたらすぐに炭水化物を少量摂る
朝目覚めたとき、胃が空っぽの状態だと吐き気が強まることがあります。ベッド脇にビスケットやクラッカー、飴などを用意し、目が覚めたらまず口に含むことで吐き気を和らげる場合があります。 -
小分けで頻回に食事をとる
1日3食をしっかりというよりも、1回あたりの食事量を減らし、小まめに食事を摂ることがポイントです。空腹時間が長くなると、胃酸の分泌も増え、吐き気が強まることがあります。 -
水分補給を忘れずに行う
脱水は吐き気を助長するだけでなく、体のだるさや便秘の原因にもなるため、こまめな水分補給が大切です。水や麦茶のほか、脱水予防の経口補水液や、レモン汁など酸味のある飲み物を少し加えた水なども試してみてください。 -
ビタミンB6のサプリメント利用
いくつかの研究で「ビタミンB6(ピリドキシン)は軽度から中等度のつわりを緩和する可能性がある」と示唆されています。ただし、サプリメントの使用量が過剰になると神経障害を引き起こすリスクがあるため、医師に相談の上で服用量を決めることが大切です。 -
におい対策をする
料理中の油や香辛料、魚などの強いにおいが苦手になりやすい方は、窓を開けたり換気扇を強めに回したりして空気を循環させるといった工夫が有効です。また、食事の温度を調節(冷ますなど)してにおいを抑える方法もあります。 -
無理せず休む・ストレスを溜めない
つわりの症状は精神的ストレスとも深く関係しています。仕事や家事の負担が大きく、疲れや睡眠不足が続くと吐き気や嘔吐が増す傾向があります。家族や周囲の協力を得ながら可能な範囲で休みをとる、あるいはリラックスできる時間を確保することが大切です。 -
ツボ押し・鍼灸など代替療法の活用
手首内側にある「内関(ないかん)」のツボを刺激すると、吐き気が和らぐとされることがあります。近年の研究では、妊娠初期のつわり軽減を目的にした鍼灸治療の有効性を示唆する報告も見られます。例えば、あるランダム化比較試験のメタ解析において、鍼や指圧による悪心軽減効果が一定数示唆されたという報告があります。ただし、どの施術者にかかるか、どの程度の頻度で施術するかなどにより効果は変わるため、信頼できる医療機関または鍼灸院を選ぶようにしましょう。
つわりが重度の場合に考慮すべきこと
前述のように、妊娠悪阻(Hyperemesis Gravidarum)と診断されるほど重度のつわりは、身体の栄養バランスや水分補給を自力で行うことが難しくなるケースがあります。そのため以下の点に該当する場合は、自己ケアにこだわらず、早めに医療機関を受診することが大切です。
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脱水症状が疑われる
口の渇き、尿量の大幅な減少、めまい、ふらつきなどが見られ、水分を取ろうとしても嘔吐してしまう場合は要注意です。 -
体重が急激に減少する
短期間で妊娠前の体重比5%以上減る場合は、胎児の発育にも影響を及ぼすリスクがあります。 -
尿ケトン体が陽性になる
健康診断や妊婦検診で検査を受けた際に、ケトン体が高値であると指摘される場合は、栄養やカロリーが十分に摂取できていない可能性があります。 -
精神的ストレスが限界に達している
吐き気や嘔吐の度に憂うつ感が高まり、不眠や抑うつが続くような状態は早期受診が必要です。
このようなケースでは、入院や点滴治療などの医療的サポートが有効となります。短期入院で電解質バランスや水分・栄養を補正し、必要に応じて薬による吐き気止めを使うことで症状をコントロールし、母体と胎児の安全を確保できます。
日常生活で気をつけるポイントと心のケア
つわり中は身体面だけでなく精神面にも大きな負担がかかります。特に、食事が思うように取れないことや頻繁な嘔吐により、「赤ちゃんに十分な栄養を届けられているのか」という不安を感じる妊婦さんが多いでしょう。ここでは、日々の生活で留意すべきポイントをまとめます。
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無理をしない、周囲に助けを求める
つわり中は想像以上に体力が奪われやすくなります。家事や仕事を普段通りにこなそうとしても、途中で吐き気に襲われたり疲労が激しく出たりすることも少なくありません。パートナーや家族、友人の協力を仰ぎ、可能な範囲で負担を減らしましょう。 -
十分な睡眠と休息を確保する
体調が良い日はどうしても頑張りすぎてしまいがちですが、その反動で翌日に疲労を引きずる方もいます。夜間の睡眠や昼間の短い休息をバランスよく取り入れることで、体力の温存につながります。 -
メンタルサポートを活用する
長く続く嘔吐や食欲不振は精神的につらいものです。妊娠中はホルモンバランスの乱れにより気持ちが不安定になりやすく、意図せず悲観的になってしまう方も少なくありません。助産師や産婦人科医に悩みを相談したり、必要に応じてメンタルクリニック等を受診したりすることも有効です。 -
口当たりが良い食べ物を探す
たとえば、冷やしたフルーツやゼリー、ヨーグルトなどは口の中でさっぱりと食べられる場合があります。温かいものよりは冷たいもののほうが匂いが立ちにくく、吐き気が抑えられることもあります。ただし、妊娠中は体を冷やしすぎないよう注意も必要です。 -
少しでも食べやすいタイミングを狙う
朝は気分が悪いが昼頃にはやや落ち着く、夜になるとむしろ食欲が出る、という方もいます。体調が比較的良い時間帯を見極めて、その時間に少量でもバランスの良い食事を摂るようにすると、栄養の確保につながります。
妊娠中の「つわり」と赤ちゃんへの影響
軽度から中等度のつわりであれば、胎児への影響は通常それほど心配ないとされています。実際、少し食べられないくらいで胎児が栄養不足になるとは考えにくく、多くの妊婦さんは無事に妊娠後期へ進んでいきます。ただし、以下のような症状が見られる場合は、早急に対応が必要です。
- 体重が著しく減少する
- 常に脱水症状がある
- 検診で胎児の発育が不良と指摘される
これらの状態が続く場合、妊娠悪阻や他の合併症の可能性もあるため、早めに医師の診察を受け、適切な処置や指導を受けましょう。
現在の研究・ガイドラインのアップデート
近年は、つわり(特に妊娠悪阻)に対する治療法やケアのガイドラインが少しずつ更新されています。たとえば、海外では妊娠初期から利用可能な制吐薬についての安全性や効果を検証した大規模な臨床研究が進められており、ビタミンB6とドキシラミンの併用療法が一定の効果を示すと報告されています。日本国内でも同様の結果が確認されており、重度のつわり患者に対する治療指針の一部として取り入れられてきています。ただし、これらの薬剤使用は原則として医師の管理下で行われるべきであり、自己判断での服用は厳禁です。
また、鍼灸やアロマセラピーなど、代替療法の有効性について近年注目が集まっています。2021年から2023年にかけて欧米で行われた複数の無作為化比較試験では、鍼刺激や指圧が軽度から中等度の吐き気を軽減する可能性を示唆している論文も発表されています。ただし、まだ研究数が限定的であり、さらなる大規模研究が待たれる段階です。
さらに、British Columbia Medical Journalでは2021年に、妊娠悪阻に対する入院基準や輸液療法の手順を明確化する取り組みがまとめられており(Kotaska, A. “Nausea and Vomiting of Pregnancy”, BCMJ, 63(2), 81–84, 2021)、多くの臨床現場で参考にされ始めています。日本の産婦人科領域においても、個人の状態や重症度に応じた治療のプロトコル整備が進むことが期待されています。
妊娠中のつわりと日常生活のバランス
つわりは一過性のものであり、妊娠中期以降に落ち着くことが多い一方、「今まさにつらい時期」をどう乗り切るかが非常に重要です。軽い散歩や無理のない範囲の運動で気分転換を図るのも一つの方法ですし、冷たい飲み物や口当たりの良い食べ物をこまめに摂取する工夫も有効でしょう。パートナーとのコミュニケーションを密にし、お互いの身体やメンタルを気遣うことで、つわり期のストレスを軽減できるケースも多く報告されています。
また、妊娠中はホルモン変動だけでなく、自身の体型変化や周囲の期待(「たくさん食べなきゃいけない」など)によって精神的に圧迫感を抱く方も少なくありません。しかし、本人がつらいときは遠慮なく周囲にシグナルを出し、協力を仰ぐことが大切です。妊娠中の負担は想像以上に大きく、体力や心の余裕を削りやすいため、仕事や家事の分担を見直し、できる限りリラックスできる環境を整えましょう。
結論と提言
妊娠中のつわりは、ホルモン変化や代謝の変化など、生理学的な要因が複雑に絡み合って起こると考えられています。軽度の嘔吐や食欲不振は大多数の妊婦さんにとって一時的な現象であり、安静や食事の工夫によって充分に乗り越えられることが多いでしょう。とはいえ、つわりがあまりに強く、日常生活や精神面に深刻な影響を及ぼすようなら、早めに産婦人科を受診して適切な治療やアドバイスを受けることが大切です。
- 軽度~中等度のつわり: 食事を小分けにする、におい対策をする、ビタミンB6を医師の指示のもと補うなどの対策でコントロール可能な場合が多い
- 重度のつわり(妊娠悪阻): 早急に医療機関を受診し、必要に応じて入院治療や補液、薬物療法を行う
- メンタルケア: つわりは身体だけでなく心にも負担をかけるため、まわりのサポートや休養が欠かせない
- 情報収集と相談: 正確な情報を得るために、必ず専門家や信頼性の高い医療機関の情報を参照し、不安な点は随時相談する
最終的には、妊娠中期以降になると多くの方がつわりから解放され、安定した体調を取り戻すとされています。しかし、症状は個人差が大きく、ときには医療介入が必要になるケースも存在する点を理解しておくことが大切です。少しでも「おかしいかも」と感じた場合や、吐き気や嘔吐が強くなるようであれば、専門家の意見をあおぎ、母子ともに安全な妊娠生活を送れるよう努めましょう。
これはあくまで情報提供を目的とした一般的な参考資料です
本記事でご紹介した対策やケア方法は、あくまで一般的な情報であり、個々の体質や妊娠の状況に応じて必要となる対応は異なります。自己判断での薬やサプリメントの使用は避け、必ず医師や薬剤師に相談してください。万一、症状が重度化し、体重減少や脱水などの兆候が見られる場合には、すみやかに産婦人科を受診しましょう。
参考文献
- Vomiting and morning sickness – NHS (アクセス日:2023年6月19日)
- Pregnancy – morning sickness – Better Health Channel (アクセス日:2023年6月19日)
- Morning sickness | March of Dimes (アクセス日:2023年6月19日)
- Severe Morning Sickness (Hyperemesis Gravidarum) (for Parents) – Nemours KidsHealth (アクセス日:2023年6月19日)
- Food cravings during pregnancy (アクセス日:2023年6月19日)
- Kotaska, A. “Nausea and Vomiting of Pregnancy.” BC Medical Journal, 63(2), 81–84, 2021.