妊娠中のつわり対策:生姜の安全な使い方と科学的根拠を専門家が徹底解説
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妊娠中のつわり対策:生姜の安全な使い方と科学的根拠を専門家が徹底解説

妊娠初期のつらい「つわり」。多くの妊婦さんが経験するこの不快な症状を和らげるため、古くから伝わる「生姜(しょうが)」に注目が集まっています1。しかし、「本当に効果があるの?」「赤ちゃんに影響はない?」といった疑問や不安を感じる方も少なくないでしょう。特に、海外の情報と日本の医療機関での説明に温度差があることも、混乱の一因かもしれません2。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、国内外の最新の科学的根拠と、日本の厚生労働省や日本産科婦人科学会の見解を基に、妊娠中の生姜の利用について、その効果、安全性、適切な使い方、そして注意すべき点を徹底的に解説します。妊婦さんが正しい知識を得て、安心して医師と相談しながら、この大切な時期を少しでも快適に過ごすための一助となることを目指します。

要点まとめ

  • つわりの吐き気に有効: 多くの質の高い研究で、生姜は妊娠中の吐き気を和らげる効果があることが示されていますが、嘔吐の頻度に対する効果はそれよりも穏やかです3, 4
  • 安全性: 1日あたり約1グラム(1000mg)までの摂取であれば、短期間の使用において母体や胎児への重大な悪影響は報告されておらず、一般的に安全と考えられています3, 4
  • 注意すべき点: 出血リスクを高める可能性があるため、出産予定日が近い時期(37週以降など)の使用は避けるべきです5, 6。また、出血性疾患のある方や、特定の血液をサラサラにする薬などを服用中の方は使用に注意が必要です5, 7
  • 日本の専門機関の見解: 日本の厚生労働省や日本産科婦人科学会は、海外での推奨を認識しつつも、より慎重な立場を取っています2, 8。そのため、使用を検討する際は、自己判断せず必ずかかりつけの医師に相談することが極めて重要です。

1. 妊娠中のつわり:なぜ起こるの?簡単に解説

妊娠中のつわり(医学的には妊娠悪阻:NVP)は、多くの妊婦さんが経験する自然な生理現象です。主な原因は完全には解明されていませんが、妊娠によって急激に増加するhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)などのホルモンバランスの変化が、脳の嘔吐中枢を刺激することが大きな要因と考えられています7。また、消化管の機能変化やビタミン不足、ストレスなども関連しているとされます。ほとんどのつわりは妊娠12〜16週頃に落ち着きますが、症状が極端に重く、水分や食事が全く摂れなくなり、体重減少などをきたす場合は「妊娠悪阻(にんしんおそ)」と呼ばれ、医学的な治療が必要になります3

2. 生姜の抗つわり効果:科学的研究は何を示しているか

生姜がなぜつわりに効果的とされるのか、その背景には科学的な根拠があります。世界中の多くの研究が、生姜の有効性、特に吐き気(悪心)の軽減効果を支持しています。

2.1. 科学的根拠のまとめ

複数の信頼性の高い研究を統合・分析した「メタアナリシス」や「システマティックレビュー」によると、生姜はプラセボ(偽薬)と比較して、つわりの症状を有意に改善することが示されています3, 4。特に、吐き気の重症度を軽減する効果が顕著であり、嘔吐の回数を減らす効果も認められています4。例えば、あるメタアナリシスでは、重いつわりである妊娠悪阻(HG)の症状を軽減する効果が統計学的に示されました3。また、コクラン・レビューという質の高いレビューでは、ある研究で生姜を摂取したグループは偽薬グループに比べて吐き気スコアが有意に改善したと報告されています5。しかし、ビタミンB6などの他の治療法と比較した場合、必ずしも優れているとは限らないという報告もあり、効果には個人差があることも分かっています5

2.2. 作用のメカニズム

生姜に含まれるジンゲロールやショウガオールといった有効成分が、吐き気に関与する脳内のセロトニン受容体に作用したり、胃腸の運動を調整したりすることで、抗嘔吐作用を発揮すると考えられています7。これは、生姜が単なる気休めではなく、薬理学的なメカニズムを持っていることを示唆しています。

表1:生姜のつわりに対する有効性:主な研究の概要
研究の種類 用いられた生姜の量 主な結果 情報源
メタアナリシス 様々な形態(カプセル、粉末など) 妊娠悪阻(重いつわり)の症状を軽減する有意な効果が示された (オッズ比 0.41)。 3
システマティックレビュー 1g/日、3〜4日間 吐き気を大幅に軽減し、嘔吐を中程度に軽減。 4
コクラン・レビュー 研究により異なる ある研究では、偽薬と比較して吐き気スコアが有意に改善。別の研究では、嘔吐した人の割合が偽薬群の80%に対し、生姜群では33%に減少。 5
ランダム化比較試験 (Ozgoliら) カプセル 偽薬群の56%に対し、生姜群では85%で症状が改善。嘔吐回数が50%減少。 4

3. 生姜は妊婦と胎児に安全?最新の安全性データ

つわり対策として生姜を考える上で、最も重要なのが安全性です。結論から言うと、推奨される摂取量を守れば、多くの妊婦さんにとって安全と考えられていますが、いくつかの重要な注意点があります。

3.1. 全体的な安全性

多くの研究で、1日あたり1グラム程度の生姜を短期間使用した場合、母体や胎児に重大な悪影響(先天異常、死産、早産など)のリスク増加は見られなかったと報告されています3, 4, 5。副作用があったとしても、胸やけや胃の不快感など軽微なものがほとんどです2。しかし、日本の厚生労働省(MHLW)の関連情報サイトでは、「一部の研究では、安全性が示唆されていますが、決定的なエビデンスはありません」と、より慎重な立場を示しています2。これは「危険だ」という意味ではなく、「国として安全性を保証するにはまだ情報が十分ではない」という、規制当局としての慎重な姿勢の表れと理解するのが適切です。

3.2. 特別に注意が必要なケース:出血リスク

生姜には血液を固まりにくくする作用(抗血小板作用)がわずかにあるとされています4。このため、特に出血のリスクが高まる出産予定日が近い時期(一般的に37週以降)の使用は避けるべきとされています5, 6。ある研究では、妊娠17週以降に生姜を摂取したグループで、軽い性器出血や少量の出血(spotting)がわずかに増加したとの報告もあります(ただし、大量出血のリスク増加ではありませんでした)5。したがって、出血性の疾患がある方や、過去に流産や性器出血の経験がある方は、生姜の使用を避けるべきです5

4. 妊娠中の生姜:推奨される摂取量と摂取方法

生姜を安全かつ効果的に利用するためには、適切な摂取量と方法を知ることが大切です。

4.1. 推奨される摂取量

多くの臨床研究で用いられている量は、1日あたり合計で約1グラム(1000mg)の乾燥生姜です4, 5, 9。これは一度に摂取するのではなく、例えば250mgを1日4回のように、数回に分けて摂るのが一般的です9

4.2. 様々な摂取方法

  • サプリメント: 研究でよく使われるのは、成分量が標準化されたカプセルや粉末のサプリメントです。製品によって含有量が異なるため、品質が信頼できるメーカーのものを選び、成分表示をよく確認することが重要です4
  • 生の生姜(お茶や料理): 生の生姜は、通常の食事の範囲で摂取する分には特に問題ないとされています10。ティースプーン1杯(約5g)のすりおろし生姜をお湯に溶かして飲むことで、約1000mgのサプリメントに相当する量が得られるという目安もあります6。お茶として飲む場合は、ゆっくりと少しずつ飲むのが良いでしょう6
  • その他の食品: 生姜糖やジンジャーエールなどもありますが、糖分の摂りすぎには注意が必要です。

効果を実感するまでには、3〜4日間の継続的な摂取が必要な場合があります4

5. 医師への相談が必須:注意すべき副作用と薬との飲み合わせ

「天然のものだから安心」と考えるのは早計です。生姜にも副作用や禁忌、薬との相互作用のリスクがあります。必ず医師に相談することが前提です。

5.1. 副作用と使用を避けるべき人

前述の通り、胸やけや胃の不快感、下痢などが起こることがあります2
【特に注意】以下に該当する方は、原則として使用を避けるべきです:

  • 出血性の疾患がある方5
  • 過去に流産や性器出血の既往がある方5
  • 出産予定日が近い方(37週以降など)5, 6

どのような方でも、使用を検討する際はまず医師に相談することが重要です2, 11

5.2. 薬との相互作用(飲み合わせ)

生姜は特定の薬の効果に影響を与える可能性があります。特に以下の薬を服用中の方は注意が必要です。

  • 血液をサラサラにする薬(抗凝固薬、抗血小板薬): ヘパリンや低用量アスピリンなど。生姜の作用と相まって出血しやすくなる可能性があります4, 7
  • 血糖値を下げる薬: インスリンなど7
  • 血圧を下げる薬: カルシウム拮抗薬など7

サプリメントを含め、何か薬を服用している場合は、生姜の摂取を始める前に必ず医師または薬剤師に相談してください。

表2:妊娠中の生姜摂取:推奨と注意点のまとめ
項目 推奨・情報 関連する根拠・ガイドライン
推奨摂取量 1日あたり約1g、数回に分けて摂取。 4
摂取方法 サプリメント、お茶(すりおろし生姜小さじ1杯 ≈ 1g)、通常の食事の範囲での利用。 6
主な副作用 胸やけ、胃の不快感、下痢(特に高用量で)。 2
重要な禁忌・注意 出血性疾患、流産・性器出血の既往がある場合。出産間近(37週以降など)は避ける。 5
薬との相互作用 抗凝固薬(アスピリンなど)、血糖降下薬、降圧薬などと相互作用の可能性あり。 7
最重要事項 使用を検討する際は、必ず事前にかかりつけの医師に相談する。 2

6. 日本国内外の専門機関の見解

生姜の利用に関しては、国や機関によって見解に若干の違いがあります。この背景を理解することは、医師と相談する上で役立ちます。

  • 米国産科婦人科学会(ACOG): つわりの症状を和らげるための非薬物的選択肢として生姜(例:250mgを1日4回)を挙げており、比較的肯定的な立場です9, 12
  • 日本の厚生労働省(MHLW): 関連サイトでは、海外での有効性や安全性を示唆する研究があることを認めつつも、「決定的なエビデンスはない」とし、医師への相談を強く推奨しています2
  • 日本産科婦人科学会(JSOG): 2023年の診療ガイドラインでは、つわりの解説文中で「欧米ではショウガ粉末が『つわり』症状の軽減に有効として広く推奨されている」と紹介するに留まり、学会として独自に強く推奨する形にはなっていません8
  • コクラン・レビュー: 科学的根拠の評価において世界で最も厳格な機関の一つですが、個々の研究の限界を指摘し、つわりに対する「いかなる介入策についても強力なエビデンスはない」と、全体として非常に慎重な結論を出しています5

このように、海外(特に米国)ではより積極的に選択肢として提示される一方、日本では専門機関がより慎重な姿勢を示していることが分かります。これは、日本の医療が安全性を非常に重視し、確固たる証拠が揃うまでは公式な推奨に慎重である文化を反映していると考えられます。この「温度差」を理解した上で、ご自身の状況を医師に伝え、相談することが賢明な対応と言えるでしょう。

健康に関する注意事項

  • 本記事は医学的情報を提供するものであり、個別の診断や治療に代わるものではありません。妊娠中のサプリメントや食品の摂取については、必ずかかりつけの医師または薬剤師にご相談ください。
  • 出血性の疾患がある方、流産や性器出血の既往がある方、出産予定日が近い方は、生姜の使用を避けてください5
  • 何らかの医薬品を服用中の方は、生姜との相互作用の可能性があるため、使用前に必ず専門家に相談してください7

よくある質問(FAQ)

Q1: 妊娠がわかったばかりの初期から生姜を摂取しても大丈夫ですか?
A1: 多くの研究では、妊娠初期からの使用で安全性に関する大きな問題は報告されていません4。つわりは妊娠初期に最もつらいことが多いため、この時期の使用が検討されます。しかし、流産のリスクが高いとされる時期でもあり、過去に流産経験があるなど、少しでも不安な点がある場合は、自己判断で摂取を開始せず、必ずかかりつけの医師に相談してください5
Q2: 1日にどれくらいの量の生姜までなら安全ですか?
A2: 多くの研究で安全性が確認されているのは、乾燥生姜として1日あたり約1グラム(1000mg)までです4, 9。生のすりおろし生姜であれば、ティースプーン1杯(約5g)がこれに相当します6。これ以上の量を摂取した場合の安全性については十分なデータがないため、推奨量を超えないようにしましょう2
Q3: 生姜サプリメントは、どの製品を選べばいいですか?
A3: サプリメントは医薬品とは異なり、品質にばらつきがある可能性があります4。信頼できるメーカーの製品で、成分含有量が明確に記載されているものを選ぶことが重要です。また、不要な添加物が含まれていないかどうかも確認しましょう。どの製品を選ぶべきか迷う場合は、医師や薬剤師に相談することをお勧めします。
Q4: 生姜を試しても、つわりが全く良くならない場合はどうすれば良いですか?
A4: 生姜の効果には個人差があり、残念ながら全ての人に効くわけではありません5。もし症状が改善しない、あるいは悪化するようであれば、無理に続ける必要はありません。つわり対策には、食事を小分けにする、水分をこまめに摂る、十分な休息をとるなど、他の方法もあります7, 9。症状が非常につらい場合は、我慢せずに再度医師に相談し、ビタミンB6や他の薬物療法など、次の治療選択肢について話し合いましょう。
Q5: 出産直前まで生姜を摂取してもいいですか?
A5: いいえ、推奨されません。前述の通り、生姜には血液を固まりにくくする作用がわずかにあるため、分娩時の出血リスクを増加させる可能性が懸念されています5。そのため、多くの専門家は、出産予定日が近づいたら(例えば妊娠37週以降)、生姜の摂取、特にサプリメントのような高濃度のものの摂取は中止することを推奨しています6

まとめ:医師に相談し、賢く生姜を活用しよう

妊娠中のつわりに対する生姜の使用は、科学的にもその有効性、特に吐き気の軽減効果が支持されており、推奨量を守れば多くの妊婦さんにとって安全な選択肢の一つと言えます3, 4。しかし、その一方で、出血リスクや薬との相互作用といった重要な注意点も存在し、日本の医療機関が慎重な姿勢を示しているのも事実です2, 5, 8
最も大切なことは、この情報を基に自己判断で終わらせるのではなく、必ずかかりつけの医師や助産師に「つわり対策として生姜の利用を考えているのですが」と相談することです。専門家は、あなたの健康状態や妊娠経過、服用中の薬などを総合的に判断し、あなたにとって最適なアドバイスを提供してくれます。本記事が、そのための有益な情報源となり、皆さまが安心して、そして賢明な選択をするための一助となることを心から願っています。

免責事項
この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

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