妊娠中のセックスは早産につながる?医学的根拠と最新研究からわかる注意点を専門家が徹底解説
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妊娠中のセックスは早産につながる?医学的根拠と最新研究からわかる注意点を専門家が徹底解説

妊娠という特別な期間において、パートナーとの性生活について不安を感じるのはごく自然なことです。「お腹の赤ちゃんに影響はないだろうか」「性行為が引き金で早産になってしまわないだろうか」といった疑問は、多くの妊婦さんとそのパートナーが抱える共通の悩みです1

この記事の要点まとめ

  • 原則として安全:妊娠経過が順調な「低リスク」の妊婦さんでは、性行為が早産の直接的な原因になることは極めて稀です2
  • リスクの正体:早産につながる主な医学的メカニズムは「子宮収縮」「感染症」「物理的刺激」の3つです3
  • 日本人特有のリスク:最新の国内研究で、「細菌性腟症」を持つ妊婦さんの性行為は早産リスクを著しく高める可能性が示されました4
  • 絶対禁止ケース:前置胎盤や切迫早産など、医学的に性行為が厳禁となる状態があります。自己判断は決してしないでください2
  • 安全な実践法:医師の許可があれば、コンドームの使用、お腹を圧迫しない体位、清潔の維持といったルールを守ることが重要です1
  • 最良の相談相手:あなたの状況を最もよく知る主治医が、一番のパートナーです。具体的なアドバイスを求めましょう5

結論から:正常な妊娠経過であれば、性行為が早産の直接的な原因になることは稀です

まず最も重要な結論からお伝えすると、妊娠経過が順調で、特に医師から注意を受けていない「低リスク」の妊婦さんにおいては、性行為が早産や流産の直接的な原因となることは極めて稀である、というのが現代の医学における一般的な見解です2。この見解は、米国産科婦人科学会(ACOG)のような国際的に権威のある医療機関からも支持されています6
その理由は、母体が持つ精巧な保護機能にあります。子宮内の胎児は、羊水というクッションに満たされた羊膜嚢によって守られています。さらに、子宮自体も厚く強い筋肉でできており、外部からの物理的な衝撃を和らげます。加えて、妊娠中は子宮の入り口である子宮頸管が「頸管粘液栓」と呼ばれる粘液の塊で固く閉じられており、これが細菌などの侵入を防ぐバリアとして機能します7。したがって、通常の性行為でペニスが子宮内の胎児に直接触れたり、危害を加えたりすることは物理的に不可能です。
特に妊娠初期に多い「流産」への不安についても、明確にしておく必要があります。妊娠初期(特に12週まで)の流産の約80%は、胎児自身の染色体異常など、受精卵の段階で生じた偶発的な問題が原因です1。これは母体の行動とは無関係に起こるものであり、性行為が原因で流産に至るという考えは医学的には正しくありません。この事実を理解することは、万が一悲しい結果に至った場合に、ご自身やパートナーを不必要に責めることから守るためにも非常に重要です。
しかし、医学的に安全であるとされていても、「もしも」を考えてしまい、性行為そのものが精神的なストレスになることも十分にあり得ます7。妊婦さんの心の平穏は、お腹の赤ちゃんの健やかな発育にとっても不可欠です。もし少しでも不安や恐怖を感じるようであれば、無理に性行為を行う必要は全くありません。パートナーとしっかりと話し合い、ハグやキス、マッサージなど、他の方法で愛情を確かめ合うことも素晴らしい選択肢の一つです。
この記事では、まずこの「原則として安全」という大きな安心材料を提示した上で、ではなぜ「早産リスク」という言葉が聞かれるのか、その医学的な背景、そして特に日本人女性にとって注意すべき最新の研究結果、さらには具体的な安全策までを、段階的に詳しく解説していきます。読者の皆様が抱える漠然とした不安を、確かな知識に基づく冷静な判断力へと変える一助となることを目指します。

では、なぜ「早産リスクがある」と言われるのか?医学的な3つのメカニズム

「正常な妊娠経過であれば安全」という原則がある一方で、なぜ妊娠中の性行為に早産のリスクが関連付けられることがあるのでしょうか。それは、性行為に伴ういくつかの生理現象が、理論上、早産を引き起こす可能性のあるメカニズムと関連しているためです。これらのメカニズムを理解することは、リスクを正しく評価し、適切な予防策を講じる上で非常に重要です。リスクは主に「子宮収縮」「感染症」「物理的な刺激」の3つの経路で説明されます。

メカニズム1: 子宮収縮(Uterine Contractions)

子宮が収縮すること、つまり「お腹が張る」状態は、陣痛の始まりです。性行為に関連する二つの物質が、この子宮収縮を誘発する可能性が指摘されています。

  • プロスタグランジン (Prostaglandins): 精液には「プロスタグランジン」という生理活性物質が含まれています2。この物質は、医療現場において、出産予定日を過ぎた妊婦さんの頸管を熟化(柔らかく)させ、陣痛を誘発するために使用される薬剤の成分でもあります。そのため、精液が腟内に射精されると、プロスタグランジンが子宮頸管や子宮に作用し、収縮を引き起こす可能性が理論上は存在します。
  • オキシトシン (Oxytocin): 女性がオーガズムに達した際や、乳頭が強く刺激された際に、脳下垂体から「オキシトシン」というホルモンが分泌されます8。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれますが、分娩時には子宮を強く収縮させて陣痛を促進する重要な役割を果たします。したがって、オーガズムや過度な乳頭刺激によってオキシトシンが分泌されると、子宮収縮が誘発される可能性があります。

ただし、ここで極めて重要なのは、これらの反応が必ずしも早産に直結するわけではないという点です。多くの研究では、低リスクの正常な妊娠において、オーガズムによるオキシトシンの分泌や、精液中のプロスタグランジンが早産の誘因となることには否定的です8。健康な妊婦さんの子宮は、妊娠後期(臨月)になるまで、これらの刺激に対して陣痛につながるほどの強い反応を示さないことがほとんどです。起こる収縮は一時的で軽度な「ブラクストン・ヒックス収縮(前駆陣痛)」の範囲内であることが多く、通常は自然に治まります。

メカニズム2: 感染症(Infection)

妊娠中の性行為における、より現実的で重要なリスクが感染症です。性行為は、腟内に細菌を持ち込む経路となり得ます7。妊娠中は、ホルモンの影響や免疫機能の変化により、普段よりも感染症にかかりやすい状態にあります2
特に注意が必要なのが、絨毛膜羊膜炎(じゅうもうまくようまくえん)です。これは、赤ちゃんを包んでいる卵膜に細菌が感染し、炎症が起きる病気で、前期破水(陣痛が来る前に破水すること)や早産の非常に大きな原因となります9。精液自体が細菌を含んでいる場合があるほか、精子が細菌を子宮頸管の奥へと運び込むのを助長する可能性も指摘されています9
また、クラミジアや淋菌、梅毒といった性感染症(STI)は、母体だけでなく胎児にも深刻な影響を及ぼす可能性があり、早産のリスクを高めることが知られています。この感染症のリスクは、後述するコンドームの使用によって大幅に低減させることができます。

メカニズム3: 物理的な刺激(Physical Stimulation)

ペニスの深い挿入や激しいピストン運動は、腟や子宮頸管に直接的な物理的刺激を与える可能性があります9。子宮頸管は妊娠中、非常にデリケートで血流が豊富になっています。この部分への強い刺激は、頸管の熟化(柔らかくなること)を促したり、微小な出血を引き起こしたりすることがあります。
特に、もともと子宮頸管が短い(頸管長短縮)など、早産のリスクが高いと指摘されている妊婦さんの場合、このような物理的刺激が子宮収縮を誘発し、早産への引き金となる可能性が懸念されます。
これらの3つのメカニズムは、あくまで理論上のリスク経路です。次のセクションでは、これらのリスクが、特に日本人女性においてどのような意味を持つのか、最新の国内研究に基づいてさらに深く掘り下げていきます。

【日本人女性は特に注意】最新研究が示す「細菌性腟症」との危険な関係

これまで述べてきたように、欧米を中心とする多くの研究では、低リスクの妊婦において性行為と早産リスクの間に明確な関連はないと結論付けられてきました4。この国際的なコンセンサスは、多くの妊婦さんにとって安心材料となってきました。しかし、医学研究においては、人種や生活習慣、体質による差異を考慮することが不可欠です。そして近年、このテーマに関して、日本の妊婦さんを対象とした非常に重要な研究結果が報告され、私たちに新たな視点を提供しています。
この状況を理解する上で重要なのは、日本産科婦人科学会(JSOG)や日本助産師会といった国内の主要な専門機関が、妊娠中の性生活に関する明確で詳細な公式ガイドラインを一般向けには広く公開していないという現状です(2023年時点の産婦人科診療ガイドラインには、このトピックに関する直接的な記載は見当たりません)10。この「ガイドラインの空白」が、多くのカップルがインターネット上の断片的な情報に頼らざるを得ない状況を生み出し、不安を増大させる一因となっています5。このような背景の中、本記事で紹介する日本人を対象とした研究は、その情報格差を埋め、より個別化されたリスク管理を可能にするための鍵となります。

日本の最新研究が投げかける警鐘

2023年に発表された、吉江陽氏らを筆頭とする日本の研究グループによる前向きコホート研究は、この分野における議論に一石を投じました4。この研究は、182人の日本人妊婦を対象に、妊娠中の性行為の頻度と早産との関連を調査したものです。
その結果、これまでの海外の研究とは異なり、妊娠中の性行為が早産率の有意な上昇と関連していることが示されました (p=0.018)。さらに、そのリスクは週に1回以上の性行為を行うグループでより顕著でした (p<0.0001)11

最も重要な発見:「細菌性腟症」との相乗効果

この研究の真に重要な発見は、単に性行為がリスクであると結論付けたことではありません。多変量解析によって、どの要因が独立して早産リスクに影響を与えるかを詳細に分析した結果、驚くべき事実が明らかになりました。それは、「性行為」と「細菌性腟症(Bacterial Vaginosis: BV)」という二つの要因が組み合わさった時の、破壊的な相乗効果です。
具体的には、妊娠中期(第2トリメスター)に細菌性腟症と診断され、かつ性行為を行っていた妊婦さんのグループでは、早産率が実に60%に達したのです4。これは、性行為のみ、あるいは細菌性腟症のみのリスクを単純に足し合わせたものをはるかに上回る数値であり、「1+1」が「2」ではなく「5」にも「10」にもなる「相乗効果」の存在を強く示唆しています。
この発見は、私たちのリスク認識を根本から変えるものです。問題の本質は「性行為という行為そのもの」にあるのではなく、「細菌性腟症という素地(リスク因子)がある状態で、性行為という誘因が加わること」にある可能性が高いのです。つまり、問いは「妊娠中にセックスをしても良いか?」から、「自分は、セックスをすることが危険な引き金となり得るような医学的な状態(特に細菌性腟症)にないか?」へとシフトさせる必要があります。

細菌性腟症(Bacterial Vaginosis: BV)とは?

細菌性腟症とは、病原菌による感染症とは異なり、腟内の常在菌のバランスが崩れ、特定の細菌が異常に増殖した状態を指します12。おりものの軽い変化(量や匂い)が見られることもありますが、自覚症状がほとんどない場合も少なくありません。しかし、このBVは、それ自体が早産や前期破水の強力なリスク因子であることが以前から知られています。日本の研究は、性行為がこのリスクを劇的に増幅させる可能性を初めて具体的に示した点で画期的です。

コンドームに関する考察

興味深いことに、この日本の研究では、コンドームの使用の有無と早産率との間に統計的に有意な差は見られませんでした12。これは、研究のサンプルサイズが比較的小さいことや、他の交絡因子が影響した可能性も考えられます。しかし、この一つの研究結果をもって「コンドームは不要」と結論づけるのは早計です。前述の通り、コンドームは性感染症の予防や、子宮収縮を促すプロスタグランジンの遮断という理論上のメリットがあり、国内外のほぼすべての医療情報源で強く推奨されています1。したがって、安全を期す上での最善策として、コンドームの使用は依然として極めて重要であると言えます。
このセクションの結論として、特に日本の妊婦さんにおいては、妊娠中の性生活を考える上で、細菌性腟症の有無を把握することが極めて重要です。自覚症状がなくても、妊婦健診の際に医師に相談し、必要に応じて検査を受けることが、ご自身と赤ちゃんの安全を守るための最も確実な一歩となります。

あなたは当てはまらない?性行為を絶対に避けるべき医学的な理由

これまでのセクションで、妊娠中の性行為は多くの低リスク妊婦にとっては安全であるものの、特定の条件下ではリスクとなり得ること、特に日本人女性では細菌性腟症との関連が重要であることを解説しました。しかし、中には理論上のリスクではなく、医学的に明白な理由から性行為を絶対に避けなければならない「高リスク」の妊婦さんもいます。
このセクションでは、どのような場合に性行為が「厳禁」となるのかを、明確なチェックリスト形式で示します。ここに挙げられる症状や診断がある場合、それは個人の選択の問題ではなく、母子の安全を守るための絶対的な医療上の指示です。ご自身やパートナーがこれらのいずれかに該当するかどうかを確認し、少しでも懸念があれば、直ちに性生活を中断し、主治医に相談してください。情報の明確性を最大限に高めるため、以下の表にまとめます。

表1: 妊娠中の性行為が「厳禁」となるケース
症状・診断名 (Symptom / Diagnosis) 解説と対応 (Explanation and Action Required) 関連情報源
原因不明の性器出血 (Unexplained Vaginal Bleeding) 妊娠中のいかなる出血も異常のサインである可能性があります。性行為による刺激は出血を悪化させたり、根本的な問題(例:切迫流産、胎盤の問題)を深刻化させる恐れがあります。出血が見られた場合は、量にかかわらず直ちに医師に報告し、その指示に従ってください。 1
前置胎盤・低置胎盤 (Placenta Previa / Low-Lying Placenta) 胎盤が子宮の出口(内子宮口)を覆っている、または非常に近い位置にある状態です。この状態で性行為を行うと、胎盤を直接刺激してしまい、母子ともに生命を脅かすほどの大出血を引き起こす危険性が極めて高いです。診断された場合は、妊娠期間中の性行為は絶対に禁止されます。 2
切迫早産・切迫流産 (Threatened Preterm Labor / Threatened Miscarriage) すでに早産や流産の兆候(持続的なお腹の張り、出血、頸管の短縮など)があり、医師から診断を受けている状態です。多くの場合、安静指示が出ています。子宮収縮や感染を誘発する可能性のあるいかなる刺激も避ける必要があり、性行為は厳禁です。 1
子宮頸管無力症・子宮頸管が短い (Cervical Incompetence / Short Cervix) 陣痛がないにもかかわらず、子宮頸管が自然に開いてきてしまう、または健診で頸管が著しく短いと指摘されている状態です。子宮頸管が構造的に弱いため、わずかな刺激でも早産につながるリスクが非常に高いです。性行為による物理的刺激や感染リスクは絶対に避けなければなりません。 2
破水している(前期破水) (Leaking Amniotic Fluid / PROM) 赤ちゃんを包む卵膜が破れ、羊水が流れ出ている状態です。この時点で腟内のバリア機能は失われており、性行為は子宮内に直接細菌を送り込む行為となり、極めて危険な子宮内感染を引き起こすリスクがあります。破水が疑われる場合は、性行為はもちろん、入浴も避けて直ちに医療機関を受診してください。 6
多胎妊娠(双子など) (Multiple Gestation – Twins, etc.) 双子や三つ子などの多胎妊娠は、単胎妊娠に比べて子宮が過度に伸展されるため、もともと早産のリスクが高いとされています。そのため、多くの医師は予防的な観点から、妊娠中期以降の性行為に慎重な姿勢を示し、控えるよう指導することが一般的です。必ず主治医の方針を確認してください。 2
お腹の張りが頻繁にある (Frequent Abdominal Tightening/Contractions) 時折起こる不規則な張り(ブラクストン・ヒックス収縮)とは異なり、規則的、持続的、または痛みを伴う張りが頻繁に起こる場合は、切迫早産のサインかもしれません。性行為による刺激は、この収縮をさらに強める可能性があるため、控えるべきです。 1
医師から安静の指示がある (When Your Doctor Has Advised Rest) 上記の特定の診断名がなくても、何らかの理由で主治医から「安静にしてください」という指示が出ている場合は、それに従うことが最優先です。この指示には、性生活の制限も含まれていると解釈するべきです。不明な点があれば、具体的に性生活について質問し、許可を得てください。 2

このリストは、安全なマタニティライフを送るための重要な指針です。自己判断は決してせず、常に専門家である主治医の診断と指導を最優先することが、あなたと未来の赤ちゃんを守るための最も確実な方法です。

医師からOKが出た場合に。安全なセックスのための5つのルール

主治医から特に制限の指示がなく、ご自身の体調も良好で、パートナーとの間で性生活を望む場合、いくつかのルールを守ることで、リスクを最小限に抑え、より安全に親密な時間を楽しむことができます。これらのルールは、前述した「3つの医学的メカニズム(子宮収縮、感染、物理的刺激)」に直接対処するための具体的な行動指針です。これらを「してはいけないこと」のリストとしてではなく、「安全のための前向きなルール」として捉え、パートナーと共有することが大切です。

  1. ルール1: コンドームを必ず使用する (Always Use a Condom)
    これは、安全な性行為のための最も重要かつ基本的なルールです。妊娠中のコンドーム使用には、二重の重要なメリットがあります。

    • 感染予防: 妊娠中は免疫機能が変化し、腟内の細菌バランスも崩れやすくなっています。コンドームは、パートナーから持ち込まれる可能性のある細菌や性感染症(STI)の病原体を物理的にブロックし、腟内や子宮内への感染リスクを大幅に低減します1。特に、日本人女性で早産との強い関連が示された「細菌性腟症」がある場合、新たな細菌の侵入を防ぐことは極めて重要です。
    • 子宮収縮の抑制: 精液に含まれる子宮収縮作用物質「プロスタグランジン」が、腟内に直接触れるのを防ぎます。これにより、プロスタグランジンによる不必要な子宮収縮を誘発するリスクを避けることができます2

    「妊娠しているから避妊は不要」という考えは完全に誤りです。妊娠中のコンドームは「避妊具」ではなく、母子を守るための「感染・刺激予防具」として必須のアイテムであると認識してください。

  2. ルール2: お腹を圧迫しない体位を選ぶ (Choose Positions That Don’t Compress the Abdomen)
    妊娠が進みお腹が大きくなってくると、体位の選択が快適さと安全性に直結します。うつ伏せや、女性が仰向けになって男性が上から覆いかぶさるような正常位は、大きくなった子宮を圧迫し、血流を妨げたり、母体の息苦しさを引き起こしたりする可能性があるため避けるべきです1
    推奨されるのは、お腹への負担が少ない以下のような体位です。

    • 側臥位(横向き): 夫婦が横向きになる体位。お腹が圧迫されず、挿入の深さも調節しやすいため、妊娠期間を通じて最も安全で快適な体位の一つです2
    • 女性上位: 女性が自分で動きや深さをコントロールできるため、負担を調整しやすい体位です1
    • 後背位(後ろから): 椅子に座った男性の上に女性がまたがる座位や、四つん這いの女性に後ろから挿入する体位などがあります。これらもお腹への圧迫が少ないです2

    なお、妊娠後期において、男性上位の体位が前期破水(2.4倍)と早産(1.8倍)のリスクを増加させたという海外の報告も一つ存在します13。多くの体位は安全とされていますが、この点を考慮し、お腹を圧迫しない体位を基本とすることが賢明です。

  3. ルール3: 清潔を第一に、優しくソフトに (Prioritize Hygiene, Be Gentle and Soft)
    感染リスクを減らすため、性行為の前にはシャワーを浴びるなど、お互いに体を清潔に保つことが基本です2。また、妊娠中の腟や子宮頸管は非常にデリケートで、血流が豊富になり傷つきやすくなっています。激しい動きや、深く、強い挿入は避け、ゆっくりとソフトな触れ合いを心がけてください1
  4. ルール4: 体の声を聞く (Listen to Your Body)
    これが何よりも優先されるべきルールです。性行為の最中や後に、お腹の強い張り、痛み、出血、不快感などを感じた場合は、直ちに中断してください1。軽いお腹の張り(ブラクストン・ヒックス収縮)が一時的に起こることはありますが、それが痛みを伴ったり、規則的に続いたりする場合は、早めに休んで様子を見るか、かかりつけの医療機関に連絡することが重要です。妊婦さん自身の「何かおかしい」という感覚は、最も信頼できるサインです。
  5. ルール5: 過度な乳頭刺激は控える (Avoid Excessive Nipple Stimulation)
    前述の通り、乳頭への強い刺激は子宮収縮ホルモン「オキシトシン」の分泌を促します1。愛情表現として優しく触れる程度であれば問題ないことがほとんどですが、長時間にわたる強い刺激や、お腹の張りを感じやすい人が集中的に刺激することは、特に妊娠後期には控えた方が賢明です。

これらの5つのルールをパートナーと共有し、お互いを思いやりながら実践することで、妊娠中の親密な時間をより安全で心豊かなものにすることができます。

妊娠時期別の心と体の変化、そして注意点

妊娠期間は約40週間に及びますが、その道のりは決して平坦ではありません。ホルモンバランスの劇的な変化は、女性の心と体に大きな影響を与え、性欲やパートナーシップのあり方も時期によって変化します。画一的なアドバイスではなく、妊娠のステージごとの特徴を理解し、それぞれに適した対応を考えることが、お互いの心身の健康を保つ上で重要です。ここでは、妊娠期間を「初期」「中期」「後期」の3つに分け、それぞれの時期の心身の状態と性生活における注意点を解説します。

妊娠初期 (First Trimester: ~15週)

心と体の状態: この時期は、多くの女性が「つわり」による吐き気や倦怠感、強い眠気といった身体的な不調を経験します2。また、ホルモンバランスの急激な変化や、妊娠が判明したことによる喜びと同時に、「無事に育ってくれるだろうか」という流産への強い不安感に苛まれる時期でもあります。これらの身体的・精神的な要因から、性欲が著しく減退するのはごく自然な反応です。カナダの調査では、半数以上の女性で性欲が減少したと報告されています14
注意点とアドバイス: まず、この時期の性行為が流産の直接的な原因にはならない、という医学的事実を改めて確認しましょう1。しかし、それ以上に大切なのは妊婦さん自身の気持ちです。体調が優れなかったり、気分が乗らなかったりする時に無理をする必要は全くありません。パートナーは、女性の体内で起きている大きな変化を理解し、性行為を求めずに寄り添う姿勢が求められます。手を繋ぐ、抱きしめ合う、言葉で愛情を伝えるなど、挿入を伴わないスキンシップを大切にし、不安な気持ちを共有することが、この時期のパートナーシップを深める鍵となります2

妊娠中期 (Second Trimester: 16~27週)

心と体の状態: 一般的に「安定期」と呼ばれるこの時期は、つわりが治まり、体力が回復し、精神的にも落ち着きを取り戻す妊婦さんが多いです1。流産のリスクも大幅に低下し、マタニティライフを最も楽しめる時期と言えるでしょう。体調の安定に伴い、減退していた性欲が回復したり、以前より増したりすることもあります。
注意点とアドバイス: 身体的には最も性行為に適した時期ですが、ここでこそ注意が必要です。前述した日本人女性を対象とした研究で、性行為と細菌性腟症(BV)の組み合わせによる早産リスクが最も問題となったのが、この妊娠中期でした12。したがって、「安定期だから安心」と考えるのではなく、この時期だからこそ「安全のための5つのルール」(特にコンドームの使用と衛生管理)を徹底することが重要です。また、自覚症状がなくても、この時期に一度、細菌性腟症の可能性について主治医に相談し、必要であれば検査を受けておくことは、非常に賢明なリスク管理と言えます。

妊娠後期 (Third Trimester: 28週~)

心と体の状態: お腹が急激に大きくなり、物理的な制約が増える時期です。少し動くだけで息切れがしたり、大きくなった子宮が胃や肺を圧迫して苦しく感じたりすることがあります1。出産に向けて子宮頸管が徐々に柔らかく、充血してくるため、これまで問題がなかった人でも、性行為後に少量の出血(おしるしとは異なる接触出血)をしやすくなることがあります1。出産への期待と不安が入り混じり、精神的にも不安定になりがちです。
注意点とアドバイス: お腹を圧迫しない体位(側臥位など)の選択が、これまで以上に重要になります1。一部の医療情報では、流産・早産のリスクを考慮し、妊娠32週以降は性行為を控えた方が良いとする意見もあります15。一方で、低リスク妊娠であれば出産直前まで問題ないとする見解も多く、専門家の間でも意見が分かれる部分です。この時期は特に、妊婦健診の際に主治医に「今の自分の状態で、性生活は続けても問題ないか」を具体的に確認し、個別のアドバイスに従うことが最も安全です。お腹の張りや痛み、破水感など、少しでも異常を感じたら、すぐに性行為を中止し、医療機関に連絡してください。
各時期を通じて、最も大切なのは夫婦間のコミュニケーションです。体の変化や気持ちの浮き沈みを正直に伝え合い、お互いを尊重することが、変化の大きい妊娠期間を二人で乗り越えていく力となります。

よくある質問 (FAQ)

「安定期」であれば、何の心配もなくセックスしても大丈夫ですか?
「安定期」は多くの妊婦さんにとって心身ともに落ち着く時期ですが、「絶対安全」という意味ではありません。特に日本の最新研究では、この妊娠中期の「細菌性腟症」と性行為の組み合わせが、早産リスクを著しく高める可能性が示されています4。したがって、安定期であっても、コンドームの使用や清潔の維持といった基本的な安全ルールを守り、ご自身の体調を注意深く観察することが非常に重要です。
オーガズムは子宮収縮を引き起こすので、避けるべきですか?
オーガズムによって子宮収縮ホルモン「オキシトシン」が分泌されるのは事実です8。しかし、正常な妊娠経過の妊婦さんにおいて、この収縮は一時的かつ軽度なものであることが多く、早産に直接結びつくことは稀だと考えられています8。ただし、お腹の張りが頻繁にあるなど、切迫早産のリスクを指摘されている場合は、オーガズムを含む性的刺激全般を避けるべきです。最終的には主治医の判断に従ってください。
コンドームを使えば、感染症のリスクは完全になくなりますか?
コンドームを正しく使用することは、精液に含まれる細菌やプロスタグランジン、性感染症(STI)の病原体が腟内に侵入するのを防ぐ上で、極めて効果的です12。リスクを大幅に低減させる最も重要な手段ですが、100%完全な予防を保証するものではありません。性行為の前後に体を清潔に保つなど、他の衛生対策と組み合わせることが推奨されます。
性行為の後、少量出血しました。大丈夫でしょうか?
妊娠中は子宮頸管が充血しデリケートになっているため、性行為の刺激による少量の接触出血は起こり得ます1。しかし、いかなる出血も自己判断で「大丈夫」と決めつけるのは危険です。出血がすぐに止まらず続いたり、腹痛を伴ったりする場合は、切迫流産や切迫早産、あるいは胎盤の問題など、より深刻な状態のサインかもしれません。出血があった場合は、必ずかかりつけの医療機関に連絡し、指示を仰いでください。
体外射精(腟外射精)なら、コンドームは不要ですか?
いいえ、その考えは危険です。体外射精は、子宮収縮を誘発するプロスタグランジンを含む精液が腟内に直接入るのを防ぐという点では、何もしないよりは良いかもしれません。しかし、射精前に分泌されるカウパー腺液にも細菌やウイルスが含まれている可能性があり、感染症のリスクは残ります。また、性行為そのものによる物理的刺激や細菌の持ち込みリスクも防げません。安全を最優先するならば、コンドームの使用が不可欠です。

結論:一番のパートナーは、あなたの主治医です

この記事を通じて、妊娠中の性行為と早産リスクに関する複雑な問題を、医学的根拠に基づいて多角的に解説してきました。最後に、皆様が安全で安心なマタニティライフを送るために、最も重要なメッセージをお伝えします。
あなたの妊娠における最も重要なパートナーは、この記事の著者でも、インターネット上の情報でもなく、あなたの健康状態と妊娠経過を最も深く理解している、あなたの主治医(産科医または助産師)です5
すべての妊娠は、一人ひとり異なります。あなたの既往歴、現在の体格、今回の妊娠特有の経過、そして超音波検査や内診で得られる客観的な所見。これらすべてを総合的に評価し、あなた個人に最適化されたアドバイスを提供できるのは、主治医だけです。
ですから、この記事を読んだ後、あなたの取るべき最も賢明な行動は、次の妊婦健診の際に、この記事で得た知識を基に、主治医に具体的な質問をすることです。

「先生、私の今の状態で、夫婦生活に何か気をつけることはありますか?」
「細菌性腟症の検査について、私は受けた方が良いでしょうか?」

このように、専門家との対話を通じて、あなただけの「安全なマタニティプラン」を立てていくこと。それこそが、情報に振り回されることなく、自信を持って妊娠期間を過ごすための最も確実な道筋です。
そして、もう一人の大切なパートナーである配偶者とのオープンなコミュニケーションも忘れないでください2。お互いの希望、不安、そして体の変化について正直に話し合うこと。性行為が難しい時期には、他の方法で愛情を育むこと。このプロセス自体が、新しい家族を迎える準備であり、二人の絆をより一層強いものにしてくれるでしょう。
確かな医学的知識と、信頼できる専門家、そして愛情深いパートナーシップ。この3つを羅針盤として、どうか健やかで幸せな妊娠・出産を迎えられますよう、心よりお祈り申し上げます。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  8. 【医師監修】妊娠中の性行為は問題なし?してもいい時期と注意点 – ベビーカレンダー. baby-calendar.jp. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://baby-calendar.jp/knowledge/pregnancy/1268
  9. 妊娠中の性生活 ~性行為はしてもいいの?~ | 大同病院 産婦人科. daidohp.or.jp. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.welcome-baby.daidohp.or.jp/column20231010/
  10. 産婦人科 診療ガイドライン ―産科編 2023. jsog.or.jp. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf
  11. Yoshie Y, et al. The Effect of Sexual Intercourse during Pregnancy on Preterm Birth: Prospective Single-Center Cohort Study in Japan. ResearchGate. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.researchgate.net/publication/371317422_The_Effect_of_Sexual_Intercourse_during_Pregnancy_on_Preterm_Birth_Prospective_Single-Center_Cohort_Study_in_Japan
  12. Yoshie Y, et al. The effect of sexual intercourse during pregnancy on preterm birth; prospective single-centre cohort study in Japan. OUCI. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://ouci.dntb.gov.ua/en/works/9jAENrgl/
  13. 総合周産期母子医療センターだより – 山口県立総合医療センター. ymghp.jp. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.ymghp.jp/syusanki/wp-content/uploads/2021/03/dayori2021.03.pdf
  14. 【助産師執筆】妊娠13週 聞きにくいけれど、大切なこと。 妊娠中の性生活事情を掘り下げ!. akachan.jp. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://www.akachan.jp/topics/midwife/journal_m13/
  15. 妊娠初期に気をつけることはある?食べ物や行動、やってはいけないことを解説 – ムーニー. moony.com. [引用日: 2025年6月15日]. 以下より入手可能: https://jp.moony.com/ja/tips/pregnancy/pregnancy/life/pt0611.html
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