妊娠

妊娠中のヘルペスウイルス感染症:包括的ガイド—早期発見と適切な管理で安心なマタニティライフを

妊娠という特別な時期に、ご自身の健康や赤ちゃんの安全について不安を感じるのはごく自然なことです。特に「ヘルペス」という言葉を聞くと、多くの妊婦さんが心配になることでしょう。このレポートは、そうした不安を、科学的根拠に基づいた正確な知識と、日本の医療現場における具体的な管理方法への理解に変えることを目的としています。このガイドでは、妊娠中に注意が必要となる単純ヘルペスウイルス(HSV)と水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)について、症状の見分け方から安全な治療法、出産計画に至るまで、国内外の最新の臨床ガイドラインに基づいた包括的な情報を提供します。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の診療ガイドライン: 日本産科婦人科学会による公式な指針は、国内の臨床現場における診断・治療の基盤となります。7
  • 国際的な専門機関の見解: 米国産科婦人科学会(ACOG)などのガイドラインは、世界標準の医療アプローチを示し、日本の治療方針を補完します。5

要点まとめ

  • 性器ヘルペスのリスク評価では、「初めての感染(初発)」か「再発」かの区別が最も重要です。再発の場合、赤ちゃんへの感染リスクは極めて低い(3%未満)とされています。14
  • 新生児ヘルペスの最も高いリスクは、母親が妊娠後期にパートナーから新たに感染することです。そのため、妊娠中の新たな感染予防が何よりも大切です。1
  • 性器ヘルペスの既往歴がある場合、妊娠36週からの抗ウイルス薬による再発抑制療法で、出産時の安全性をさらに高めることができます。6
  • 母親の「帯状疱疹」は、胎児に先天性の異常を引き起こすことはありません。注意すべきなのは、免疫のない妊婦が「水ぼうそう」に初めてかかることです。8

第I部:単純ヘルペスウイルス(HSV)と妊娠:詳細ガイド

性器ヘルペスと診断され、出産時に赤ちゃんに感染させてしまうのではないかと、強い不安を感じていらっしゃるかもしれません。ご自身の体の変化だけでなく、お腹の赤ちゃんのことを考えると心配になるのは当然のことです。特に「ヘルペス」という言葉は、多くの誤解と結びついているため、なおさらでしょう。

その不安の背景には、「ウイルスの振る舞い」という少し複雑な仕組みがあります。科学的には、母親の免疫システムは国の防衛システムのように機能します。初めてウイルスが侵入する「初発感染」は、準備のない状態での奇襲攻撃に似ており、防衛体制が整うまで時間がかかるためリスクが高まります。一方で、一度感染を経験した後の「再発」は、既に配備された熟練の軍隊(抗体)が小さな反乱をすぐに鎮圧するようなものです。この防衛情報(抗体)は胎盤を通じて赤ちゃんにも共有されるため、再発時のリスクは非常に低く抑えられます。だからこそ、日本の産婦人科診療ガイドラインでは7、これが「初発」か「再発」かを見極めることが、安全管理の第一歩となるのです。

1.1 性器ヘルペスの症状を見分ける:初発と再発の違い

性器ヘルペスの管理において最も重要なのは、「初発感染」か「再発」かを区別することです。この区別が、分娩時の赤ちゃんへの感染リスクの大きさを決定づける最も重要な要因となります1。初発感染は、性的接触後2~10日の潜伏期間を経て、38℃以上の発熱、倦怠感、鼠径リンパ節の腫れと痛みといった強い全身症状を伴うことが特徴です2。外陰部には痛みを伴う多数の水疱や潰瘍が出現し、排尿や歩行が困難になることもあります。一方で再発感染では、症状が現れる前に「ピリピリ」「チクチク」といった前駆症状が見られることが多く、症状は初発よりはるかに軽く、局所的で、治癒までの期間も短く、全身症状は稀であると、海老根ウィメンズクリニックなどの医療機関も解説しています34

最も注意すべきは、無症状の感染です。新生児ヘルペスの最大のリスクは、妊娠後期に母親がパートナーから新たにHSVに感染することであり、この場合の赤ちゃんへの感染リスクは30~50%にも上ります1。これは、母親の体内で赤ちゃんを守る防御抗体が十分に作られる時間がないためです。対照的に、多くの妊婦さんが心配する既往歴のある母親からの「再発」時のリスクは、抗体が胎盤を通じて赤ちゃんを守るため、3%未満と非常に低いのが現実です。この事実は、米国産科婦人科学会(ACOG)のガイドラインでも強調されています145

1.2 日本における診断と医療機関での相談

少しでも疑わしい症状があれば、ためらわずに、かかりつけの産婦人科医に相談することが最も重要です。確定診断には、病変部から検体を採取してウイルスを検出するウイルス学的検査が最も確実です。現在では、感度が非常に高いPCR法が標準的な検査法とされています57。また、血液検査で抗体の有無を調べることで、症状が本当に「初感染」なのか、あるいは抗体が既にある状態での「再発」なのかを区別でき、これはリスク評価の根幹をなします。

1.4 妊娠中でも安全で効果的な治療法

妊娠中のヘルペス治療には、安全に使用できる抗ウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル)があります。特に重要なのが、出産時の安全を確保するための予防戦略です。性器ヘルペスの既往歴がある全ての妊婦に対し、出産時の再発を予防し帝王切開の必要性を減らす目的で、妊娠36週からアシクロビルまたはバラシクロビルによる再発抑制療法が国際的に推奨されています65。この治療により、分娩時に症状が出てしまうリスクを大幅に下げることができます。

今日から始められること

  • 外陰部に痛みを伴う水ぶくれや潰瘍、原因不明の発熱など、少しでも気になる症状があればすぐにかかりつけ医に相談する。
  • パートナーと感染歴についてオープンに話し合い、妊娠期間中、特に後期はコンドームを使用するか性交渉を控える。
  • 妊娠36週が近づいたら、分娩時の再発を予防するための「再発抑制療法」について医師と具体的に相談する。

第II部:水ぼうそう(水痘)と帯状疱疹と妊娠

妊娠中に、ご家族やお子さんが水ぼうそうにかかり、接触してしまった、という状況に置かれ、ご自身に免疫があるか分からず赤ちゃんへの影響を心配される方もいらっしゃるでしょう。その不安な気持ちは無理もありません。ここでもウイルスの「振る舞い」の理解が重要です。水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は、一度感染すると体内に潜伏します。初めての感染は「水ぼうそう」として全身に症状が出ます。これは防衛システムにとって未知の敵であり、母子共にリスクとなり得ます。しかし一度かかると、免疫という「ウイルスの顔写真を持つ警備隊」が作られます。数十年後、このウイルスが再活性化したものが「帯状疱疹」です。これは潜伏していた犯人がこっそり逃げ出そうとするようなもので、警備隊がすぐに気づいて特定のエリア(神経に沿った範囲)だけで制圧するため、全身には広がりません。そして、この警備隊の情報(抗体)は赤ちゃんにも共有されているため、母親の帯状疱疹が赤ちゃんに影響を及ぼすことはないと、多くの専門機関が報告しています8

2.2 妊娠と胎児への影響

母親が帯状疱疹を発症しても、それはウイルスの再活性化であり、母親は既に赤ちゃんを守る抗体を持っています。そのため、母親の帯状疱疹が胎児に先天性水痘症候群などを引き起こすことはありません8。最も注意が必要なのは、過去に水ぼうそうにかかったことがなく免疫を持たない妊婦が、妊娠中に初めて水ぼうそうに感染することです。特に妊娠20週までに初感染した場合、非常に稀ですが(1~2%程度)、赤ちゃんに先天性水痘症候群(CVS)という異常を引き起こす可能性があります。また、出産直前(出産5日前~産後2日)に母親が発症すると、赤ちゃんが重症の新生児水痘になる危険性が高まります。これらのリスクについては、英国産科婦人科学会(RCOG)のガイドラインで詳しく述べられています9

2.3 日本における予防と治療戦略

日本のVZV感染症管理は、治療よりも予防が中心です。もし免疫がない、または不明な妊婦さんが水ぼうそう患者に接触(曝露)してしまった場合でも、パニックになる必要はありません。曝露後できるだけ早く、理想的には96時間以内に医療機関に相談することで、「VZV人免疫グロブリン(VZIG)」という製剤の投与を受けることができます9。これは完成した抗体を直接注射するもので、感染そのものを防いだり、もし発症しても症状を非常に軽くしたりする効果が期待できます。

今日から始められること

  • ご自身の水ぼうそうの既往歴が不確かな場合は、次の妊婦健診で医師に伝え、抗体検査について相談しておく。
  • 水ぼうそうが疑われる人と接触した場合は、パニックにならず、すぐにかかりつけの産婦人科に「電話で」連絡し、状況を説明して指示を仰ぐ。
  • (ご自身に発疹が出た場合)他の妊婦への感染を防ぐため、直接来院せず、必ず事前に電話で医療機関に連絡する。

よくある質問

初めて性器ヘルペスになったかもしれません。どうすればいいですか?

すぐに産婦人科を受診してください。医師が問診、視診を行い、診断を確定するために病変から検体を採取してPCR検査を行ったり、抗体の有無を確認するために血液検査をしたりします。診断が確定すれば、症状を和らげるための抗ウイルス薬が処方されます。

以前の性器ヘルペスが再発しました。どうすればいいですか?

症状が軽ければ様子を見ることも可能ですが、早めに受診すれば症状を短縮する薬が処方されます。特に妊娠36週以降の場合は、分娩計画に関わるため、必ず医師に伝えてください。36週からは出産時の再発を防ぐための抑制療法が推奨されます。6

水ぼうそうの人と接触しましたが、免疫があるか分かりません。

すぐに産婦人科に電話で連絡し、状況を説明してください。他の妊婦さんへの感染を防ぐため、指示があるまで直接の来院は控えるのが一般的です。病院では、免疫の有無を確認するための緊急血液検査が行われ、免疫がなければ予防のためにVZIGの投与が検討されます。9

結論

妊娠中のヘルペスウイルス感染症に対する不安は、正確な知識を持つことで自信に変えることができます。過去に性器ヘルペスの既往歴がある女性の大多数は、適切な管理のもとで健康な赤ちゃんを無事に出産しています。「初発」と「再発」のリスクが全く異なること、そして妊娠中でも安全に使える効果的な予防・治療法が確立されていることを理解することが重要です。最も大切なことは、一人で悩まず、どんな小さな疑問や不安でも早期にかかりつけ医に相談し、オープンに対話することです。現代の周産期医療は、皆様が安全で喜びに満ちた妊娠・出産を迎えられるよう、力強くサポートします。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

  1. Brown Z, et al. Herpes Simplex Virus Infection in Pregnancy. Obstet Gynecol Surv. 2012;67(4):256-69. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  2. 緑井皮フ科クリニック. CQ1-01 性器ヘルペスの診断と治療は?. 2010. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  3. 海老根ウィメンズクリニック. 「ヘルペス=人生終わりではない!」恋愛、人間関係、妊娠出産、日常生活は?正しい知識と対処法を女医が解説。. 2023. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  4. New Zealand Herpes Foundation. GENITAL HERPES IN PREGNANCY – GUIDELINES. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  5. American Academy of Family Physicians (AAFP). ACOG Releases Guidelines on Managing Herpes in Pregnancy. 2008. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  6. Duff P. Managing herpes simplex virus genital infection in pregnancy. OBG Manag. 2021. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  7. 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会. 産婦人科 診療ガイドライン ―婦人科外来編2020. Minds. 2020. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  8. Sadik A, et al. Varicella Zoster Virus Infection and Pregnancy: An Optimal Management. Pathogens (MDPI). 2024;13(2):151. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
  9. Royal College of Obstetricians and Gynaecologists (RCOG). Chickenpox in Pregnancy (Green-top Guideline No. 13). 2018. [インターネット]. リンク. 引用日: 2025年9月23日.
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