妊娠中のレモングラス摂取は、つわり緩和などへの期待から関心が高い一方、科学的研究は胎児の安全性に重大な懸念を示しています。特に子宮への影響以上に、動物実験で先天異常を引き起こす「催奇形性」のリスクがメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター1などの専門機関から指摘されています。本報告書は「予防原則」に基づき、妊娠期間中のレモングラス経口摂取(ハーブティー等)を避け、医療専門家へ相談することを強く推奨します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 妊娠中のレモングラス経口摂取(ハーブティー等)における最大のリスクは、一般に言われる子宮収縮作用よりも、胎児に先天異常を引き起こす可能性のある「催奇形性」です。12
- 安全性を示す根拠とされる2016年のブラジル研究は、安全を証明したものではなく、地域の既存リストに含まれていなかったことを報告したに過ぎません。9
- ハーブティーやサプリメントでの経口摂取は明確に避けるべきですが、料理の風味付けとしての微量使用や、芳香浴(アロマ)は比較的リスクが低いと考えられます。1213
- 「天然由来=安全」とは限りません。安全とされるルイボスティーでさえ、妊娠後期の過剰摂取は胎児へのリスクが指摘されており、ハーブ利用は必ず専門家への相談が必要です。17
第2章 レモングラスの魅力:期待される効果の検証
つわりや妊娠中のストレスを、何か自然なものですっきりさせたい——。そのお気持ちは、とてもよく分かります。妊娠中の不快な症状が続く中で、レモングラスの爽やかな香りが心と体を癒す選択肢のように感じられるのは自然なことです。科学的には、その魅力の背景に、レモングラスが持つ多様な植物化学物質(フィトケミカル)があります。これは、植物が自身を守るために作り出す、いわば「自然の薬箱」のようなもの。その中には、抗炎症作用や抗菌作用を持つ成分が含まれていることが、Frontiers in Pharmacology誌が2022年に発表した総説で示されています20。だからこそ、私たちはその効果を期待するのです。
しかし、ここで注意したいのは、期待される効果の多くが、ハーブティーとして「飲む」ことではなく、エッセンシャルオイルの香りを「吸う」(芳香浴)研究に基づいている点です。例えば、不安を和らげる効果や分娩時の痛みを軽減する可能性は主に芳香浴で示唆されています。一方で、妊婦さんが最も期待する「つわり緩和」を目的とした飲用については、その有効性と安全性を直接的に証明した質の高い臨床試験が不足しているのが現状です。そのため、飲むことのリスクとベネフィットを慎重に天秤にかける必要があります。
このセクションの要点
- レモングラスには抗炎症・抗菌・抗不安作用が期待される成分が含まれていますが、その多くは飲用ではなく芳香浴での研究に基づいています。
- 妊娠中の「つわり緩和」を目的としたハーブティー飲用の有効性・安全性を裏付ける質の高い科学的根拠は、現時点では不足しています。
第3章 リスクの徹底評価:母体と胎児の安全を最優先に
「レモングラスは妊婦によくない」と聞いたけれど、具体的な理由が分からず不安になる、という方は少なくありません。漠然とした情報だけでは、どう判断すればよいか迷いますよね。その不安の背景には、主に二つの科学的な懸念点が存在します。一つは広く知られている「子宮への影響」、そしてもう一つが、より深刻でありながらあまり知られていない「催奇形性」のリスクです。
まず、レモングラスが子宮を収縮させ、流産や早産のリスクを高めるという説は広く流布しています45。しかしその一方で、2021年に発表されたラットを用いた研究では、主成分のシトラールが逆に子宮の収縮を抑制したという、正反対の結果も報告されています7。科学的には、この「予測不能な作用」自体が、妊娠中のデリケートな体にとっては重大なリスクと考えられます。そして、それ以上に深刻な懸念が、胎児に先天異常を引き起こす可能性、すなわち「催奇形性」です。これは、まるで成長中の赤ちゃんの体の設計図に、予期せぬ指示が紛れ込むようなもの。体の重要な部分が作られている最も繊細な時期に、外部からの化学物質が影響を与え、本来とは違う形に組み立てられてしまう可能性があります。米国の著名な研究機関であるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターは、レモングラスの主成分シトラールとミルセンが動物実験で先天異常を引き起こしたことを明確に警告しています1。この科学的根拠こそが、専門家が経口摂取を避けるべきだと結論付ける最大の理由なのです。
受診の目安と注意すべきサイン
- もし妊娠中にレモングラスティーを飲んでしまった場合は、過度に心配せず、次回の健診などでかかりつけ医にその旨を伝え、相談してください。
- ハーブ製品を利用して体調に何らかの変化を感じた場合は、すぐに使用を中止し、速やかに医師の診察を受けてください。
第4章 科学的根拠の解体:二つの研究タイプの物語
「でも、安全だという研究もあると聞きました」——そのように思われるのは当然です。特に、2016年にブラジルで行われた研究6は、しばしば安全性の根拠として引用されます。しかし、その内容を詳しく見てみると、科学的な解釈には注意が必要です。この研究は、参加した妊婦さんたちが摂取していたハーブを、地域の保健当局が作成した既存の「有害ハーブリスト」と照らし合わせたものでした。その結果、「レモングラスだけがリストに含まれていなかった」という事実を報告したのであり、レモングラス自体の安全性を積極的に検証し、証明したわけではないのです。これは、いわば「指名手配リストに載っていなかった」というだけで、「無実が証明された」のとは意味が異なります。
実際、その後の2023年に発表されたブラジルの研究者たちによる別の論文でも、レモングラスは依然として「催奇形性や堕胎作用の可能性があるにもかかわらず妊婦によって使用されている懸念のあるハーブ」として挙げられています10。このことは、専門家たちが単一の観察研究を安全の証明とは見なしていないことを示しています。一方で、動物実験で示された毒性の警告は、「予防原則」の観点から非常に重要です。ヒトの妊婦で倫理的に試験ができない以上、動物で示されたリスクは、ヒトで安全が証明されるまで避ける、というのが母子の健康を守るための基本的な考え方なのです。
このセクションの要点
- 安全性の根拠とされる2016年ブラジル研究は、安全性を積極的に証明したものではなく、既存の有害リストに含まれていなかったという事実報告に過ぎません。
- 倫理的にヒトでの試験が不可能なため、動物実験で示された催奇形性リスクは、「予防原則」に基づき、妊娠中の摂取を避けるべき強力な根拠となります。
第5章 決定的な要因:摂取形態と摂取量
では、レモングラスとの付き合い方をどうすればよいのでしょうか。その答えは、どのように、そしてどのくらいの量を摂取するかによって大きく変わります。全ての利用法が同じリスクを持つわけではありません。ここでは、生活シーンに合わせて、具体的な選択肢を比較してみましょう。
最も慎重になるべきなのが、ハーブティー、サプリメント、エッセンシャルオイル(精油)の「経口摂取」です。これらは、リスクとなりうる成分を意図的に体内に取り込む行為であり、前述の催奇形性リスクが完全に否定できないため、「明確に避けるべき」選択肢と言えます。一方で、タイ料理などで風味付けとして茎を少量使う場合は、摂取される有効成分の量がごく微量であり、全身への影響は最小限と考えられるため、一般的に「安全」と見なされています。また、リラックス効果を求めるのであれば、ディフューザーで香りを拡散させたり、ハンカチに数滴落として香りを楽しんだりする「芳香浴」は、成分の血中への吸収率が経口摂取に比べて非常に低いため、「リスクの低い利用法」と考えられます1213。
自分に合った選択をするために
経口摂取(ハーブティー、サプリ等): 胎児へのリスクが不明確なため、妊娠期間中は完全に避けるのが最も賢明な選択です。
芳香浴や料理での微量使用: リラックス目的や食事の楽しみとして、リスクを大幅に抑えながらレモングラスの恩恵を受けることができる方法です。
第6章 広範な文脈と最終的な推奨事項
レモングラスに関する議論は、「天然由来のものは体に優しい」という私たちの一般的なイメージに、重要な問いを投げかけます。その考えは、特に妊娠中においては、必ずしも真実ではありません。例えば、ノンカフェインで妊婦さんに人気のあるルイボスティーでさえ、妊娠後期にポリフェノールを過剰摂取すると、胎児の心臓にある動脈管を早期に収縮させてしまうリスクがあることが、日本の周産期医学会誌などで報告されています171819。この事実は、安全と考えられているハーブでさえ、摂取量や時期によっては予期せぬ影響を及ぼす可能性を示しています。
だからこそ、専門家との相談が不可欠なのです。つわりの緩和を求めるのであれば、レモングラスよりも科学的根拠が比較的豊富なジンジャー(生姜)ティーなどを試す方が、より安全な選択肢と言えるでしょう。最終的に、妊娠中の食事やハーブに関するいかなる決定も、自己判断で行うのではなく、必ずかかりつけの産婦人科医や助産師に相談することが、あなたと赤ちゃんの健康を守るための最も確実な一歩となります。
今日から始められること
- ハーブティーを含む、妊娠中に口にするものについて、まずはかかりつけの産婦人科医や助産師に相談する習慣をつけましょう。
- つわりなど具体的な症状に悩んでいる場合は、自己判断でハーブに頼らず、医療機関で安全性が確認された対策についてアドバイスをもらいましょう。
- リラックスしたい時は、リスクのある経口摂取ではなく、芳香浴(アロマテラピー)のようなより安全な方法を検討してみましょう。
よくある質問
料理に少し使うのもダメですか?
タイ料理などで風味付けとして少量使う程度であれば、全身への影響はごく微量と考えられるため、一般的に安全と見なされています。問題となるのは、ハーブティーやサプリメントのように、有効成分を意図的に抽出・濃縮して摂取する場合です。
アロマオイルで香りを楽しむのは安全ですか?
ディフューザーを用いた芳香浴(吸入)は、経口摂取に比べて血中への成分吸収率が非常に低いため、比較的安全な利用法と考えられています。ただし、肌に直接塗布したり、過敏な反応が出たりしないよう注意し、換気を良くして使用してください。
結論
レモングラスの爽やかな香りとリラックス効果は魅力的ですが、妊娠期間中、その恩恵を享受するために経口摂取という不確実なリスクを冒す必要はありません。特に、動物実験で示された「催奇形性」の懸念13は、予防原則の観点から無視することはできません。料理での香りづけや芳香浴といった、より安全性が確立された方法でその魅力を楽しみつつ、ハーブティーなどの経口摂取に関しては、出産後の楽しみに取っておくのが賢明です。最終的に、本報告書は情報提供を目的とするものであり、医学的助言に代わるものではありません。妊娠中にハーブ製品を含むあらゆる食品やサプリメントを摂取する前には、必ずかかりつけの産婦人科医や助産師に相談してください。
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
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