妊娠中の寿司：安全な楽しみ方と知っておくべきリスク – 産婦人科医による完全ガイド

妊娠中にお寿司を食べる際の主なリスク

妊娠中にお寿司を食べる際には、いくつかの重要なリスクを理解しておく必要があります。これらのリスクは、妊娠していない時には大きな問題とならない場合でも、妊娠中の母体や胎児には深刻な影響を及ぼす可能性があります。

食中毒のリスク

妊娠中は、ホルモンバランスの変化などにより免疫機能が一時的に低下するため、食中毒を引き起こす細菌やウイルスに感染しやすくなります³。普段よりも少量の病原体でも発症したり、重症化したりする可能性があるため、特に生の食材を扱うお寿司には注意が必要です。

リステリア菌 (Listeria monocytogenes)

感染源: リステリア菌は、生の魚介類（特に生のイカが指摘されることがあります³）、加熱殺菌されていないナチュラルチーズ、生ハム、肉や魚のパテ、そして十分に加熱されていないスモークサーモンなど、加熱せずに食べる調理済み食品に潜んでいることがあります⁸。
母体と胎児へのリスク: 妊婦がリステリア菌に感染すると、インフルエンザ様の症状（発熱、頭痛、嘔吐など）が現れることがあります。重症化すると、流産、早産、死産、あるいは新生児髄膜炎や敗血症（胎児敗血症性肉芽腫症）といった深刻な状態を引き起こす可能性があります³。
特徴: リステリア菌の厄介な特徴は、冷蔵庫内の低温（4℃以下）でも増殖できる点です⁸。そのため、冷蔵保存していても安心とは限りません。
日本での状況: 厚生労働省の食中毒統計では、リステリア菌による食中毒の報告例はこれまでないとされていますが、食品安全委員会の評価書では、国内の推定患者数を年間200人（平成23年）としています⁹。この数値は、リステリア症が必ずしも顕在化していない「隠れたリスク」である可能性を示唆しており、特に妊婦さんは注意が必要です。海外の保健機関（例：米国産科婦人科学会ACOG、英国国民保健サービスNHS）は、妊婦に対するリステリア菌のリスクを強く警告しています¹⁰。

アニサキス (Anisakis)

感染源: アニサキスは、サバ、イワシ、カツオ、サケ、イカ、サンマ、アジなど、非常に広範囲の魚介類に寄生する線虫の一種です³。これらの魚介類を生で、あるいは加熱が不十分な状態で食べると感染のリスクがあります。
症状: アニサキスが胃や腸の壁に侵入すると、数時間から十数時間後に激しい腹痛、吐き気、嘔吐、下痢などの症状（アニサキス症）を引き起こします³。アレルギー反応を伴うこともあります。アニサキス自体が胎児に直接感染することはありませんが、母体が激しい症状に見舞われることで、間接的に妊娠の継続に影響が出る可能性は否定できません。
予防法: アニサキスは、十分な加熱（中心温度70℃以上、または60℃で1分以上）または冷凍（-20℃で24時間以上）によって死滅します¹¹。日本の厚生労働省もこの冷凍処理を推奨しており、これは日本の食文化において実用的な予防策と言えます。一方で、一般的な料理で使う食酢、塩漬け、醤油やわさびを付けてもアニサキスは死滅しないため、これらの調味料に頼ることはできません¹²。

ノロウイルス (Norovirus)

感染源: ノロウイルスは、主にカキなどの二枚貝の生食や、ウイルスに汚染された食品や水を介して感染します³。感染力が非常に強く、調理者を介して食品が汚染されることもあります。
症状: 感染すると、24～48時間の潜伏期間を経て、突発的な吐き気、激しい嘔吐、下痢、腹痛、発熱などの症状が現れます⁶。妊娠中に下痢や嘔吐が続くと、脱水症状や子宮収縮を引き起こし、早産のリスクを高める可能性があります³。

その他の細菌 (Other Bacteria)

腸炎ビブリオ (Vibrio parahaemolyticus): 海水中に生息する細菌で、生の魚介類やその加工品、あるいは調理器具を介した二次汚染によって食中毒を引き起こします⁶。特に夏場に注意が必要です。塩分を好み、3%前後の塩分濃度で急激に増殖します。
トキソプラズマ (Toxoplasma): 主な感染源は、生の肉や加熱不十分な肉、猫の糞などですが、生の魚介類を扱う調理場での二次汚染も理論的には考えられます³。妊娠中の初感染は、胎児に水頭症や視力障害などの深刻な影響を与える可能性があります。お寿司との直接的な関連は低いものの、妊娠中の食事全般における注意点として知られています。
食中毒のリスクを考える上で非常に重要なのは、二次汚染・交差汚染です。たとえ妊婦さんが加熱済みの「安全な」ネタを選んだとしても、生の魚を扱った包丁やまな板、あるいは調理者の手を介して、これらの安全なはずのネタが汚染されてしまう可能性があります⁶。寿司店でも家庭でも、この交差汚染の防止は極めて重要です。

メチル水銀のリスク

メチル水銀は、自然界に存在する水銀が微生物によって変換された有機水銀の一種で、食物連鎖を通じて魚介類に蓄積されます。特に、マグロ、カジキ、キンメダイといった大型の捕食魚は、メチル水銀の濃度が高い傾向にあります¹。
胎児への影響: 妊娠中に母親がメチル水銀を多く含む魚介類を摂取すると、メチル水銀は胎盤を通過して胎児に移行し、胎児の脳や神経系の発達に悪影響を及ぼす可能性があります¹。この影響は、出生直後には明らかでなくても、成長の過程で発達の遅れなどとして現れることがあります。
日本の厚生労働省の指針: 厚生労働省は、妊婦が摂取する魚介類の種類と量について、具体的な目安を示しています³。例えば、キンメダイやメカジキは週に1回（約80g）まで、ミナミマグロやマカジキは週に2回（1回約80gを2人分）まで、といった具体的な魚種名と量が提示されています。
マグロの種類による違いも重要です。クロマグロ（本マグロ）、メバチマグロ、ミナミマグロは水銀含有量が高めですが、キハダマグロ、ビンナガマグロ、ツナ缶（主にキハダやカツオが原料）は比較的含有量が少ないとされています¹。このため、「マグロは一切ダメ」というわけではなく、種類と量を守ることが肝心です。
摂取量の考え方: 水銀のリスクは、一度の食事で大量に摂取することよりも、長期間にわたって継続的に摂取することによる蓄積が問題となります³。したがって、お寿司を食べる時だけでなく、一週間を通じた魚介類の総摂取量を意識することが大切です。もし特定の週に目安量を超えて食べてしまった場合は、翌週の摂取量を調整するなどの工夫が推奨されています¹³。

その他の注意点

ビタミンA過剰 (Excess Vitamin A): 動物性ビタミンA（レチノール）は、妊娠初期に過剰摂取すると、胎児の奇形のリスクを高めることが知られています¹。ビタミンAを多く含む食品としては、レバーのほか、寿司ネタではうなぎや穴子が挙げられます。これらのネタを食べる際は、量に注意し、頻繁な摂取は避けるようにしましょう。
塩分・糖分 (Salt and Sugar): 寿司飯（シャリ）には酢の他に砂糖や塩分が含まれており、醤油の使用はさらに塩分摂取量を増やします。また、箸休めのガリにも酢、砂糖、塩分が使われています¹。これらの過剰な摂取は、体重増加、むくみ（浮腫）、妊娠高血圧症候群のリスクを高める可能性があります⁶。個々の寿司は小さくても、一食全体で考えると、意外と多くの塩分や糖分を摂取していることがあるため、注意が必要です。

妊娠中でも比較的安全に楽しめる寿司ネタ

妊娠中にお寿司を完全に諦める必要はありません。リスクを理解した上で、適切なネタを選び、調理法や衛生状態に注意すれば、比較的安全に楽しむことができます。ただし、「比較的安全」とはリスクを最小限に抑えるという意味であり、特に外食の場合は絶対的な安全を保証するものではないことを心に留めておきましょう。

加熱された魚介類のネタ

生の魚介類に伴う食中毒のリスクを避けるためには、中心部までしっかりと火が通ったネタを選ぶのが基本です。

• エビ (Ebi – Shrimp): 茹でたり蒸したりしたエビは、リステリア菌やその他の細菌のリスクが低く、比較的安心して食べられます¹。
• アナゴ・うなぎ (Anago/Unagi – Eel): 蒲焼きや煮付けなど、十分に加熱調理されたアナゴやうなぎは安全な選択肢です¹。ただし、前述の通りビタミンAの含有量が多いため、食べる量や頻度には注意が必要です¹。
• カニ (Kani – Crab): 加熱調理されたカニの身や、かに風味かまぼこ（かにかま）は、一般的に安全です¹。
• タコ (Tako – Octopus): 茹でダコや蒸しダコは、生食のリスクを避けられます¹。
• ツナ缶 (Canned Tuna): キハダマグロやカツオなどを原料とするツナ缶は、水銀含有量が比較的少なく、加熱加工されているため安全性が高いとされています¹。軍艦巻きなどで使われる場合、マヨネーズの鮮度や原材料（卵が生でないかなど）も確認できるとより安心です。
• その他加熱された白身魚など: 鯛の塩焼きをほぐしたものなど、完全に火が通っていれば選択肢に入ります。

魚介類以外のネタ

魚介類を使わないネタは、食中毒や水銀のリスクを気にせずに楽しめます。

• 玉子 (Tamago – Egg): 中心部までしっかりと火が通った卵焼きは、安心して食べられる定番ネタです¹。ただし、軍艦巻きの上に乗っている生のうずらの卵は避けましょう¹⁴。
• 野菜の巻き物・握り (Vegetable Rolls/Nigiri): かっぱ巻き（キュウリ）、かんぴょう巻き、アボカド、しいたけの甘煮などは、安全な選択肢です¹。使用する野菜が新鮮で、よく洗浄されていることが前提です。
• 納豆巻き (Natto Maki): 発酵食品である納豆は加熱されているため、納豆巻きは妊娠中でも安心して食べられるネタの一つです¹。
• いなり寿司 (Inari Sushi): 甘辛く煮た油揚げで酢飯を包んだいなり寿司も、油揚げとご飯が新鮮であれば問題ありません。

「加熱寿司」という新しい選択肢

近年、妊娠中の女性や生ものを控えている方々を対象に、全てのネタを加熱調理した「加熱寿司」という商品が登場しています⁵。これらは産婦人科医の監修のもと開発され、寿司としての美味しさを保ちつつ安全性を高めるため、加熱方法や急速冷凍技術などが工夫されています¹⁵。専門店やオンラインで購入できる場合があり、どうしてもお寿司が食べたいけれどリスクが心配という方にとっては、心強い選択肢となるでしょう。
これらの「比較的安全な」ネタを選ぶ際も、調理環境の衛生状態や、他の食材からの二次汚染には十分注意が必要です。また、玉子焼きやかんぴょう巻き、いなり寿司などは、味付けに砂糖や醤油が多く使われていることがあるため、糖分や塩分の摂りすぎにも気を配りましょう¹。

妊娠中に避けるべき寿司ネタと注意点

妊娠中は、母体と胎児の健康を守るために、特定の寿司ネタを避けることが賢明です。主な理由は、食中毒のリスクとメチル水銀の含有量です。

生の魚介類全般

これは、国内外の多くの保健機関が一貫して推奨している最も重要な注意点です³。生の魚介類には、リステリア菌、アニサキス、ノロウイルス、その他の食中毒菌が付着している可能性があり、妊娠中はこれらの感染症にかかりやすく、また重症化しやすい傾向があります。

• 具体的には、赤身魚（マグロ、カツオなど）、白身魚（タイ、ヒラメなど）、青魚（サバ、アジ、イワシなど）の刺身や生寿司。
• 生の貝類（カキ、ホタテ、アワビ、ツブ貝など）。
• 生のイカ、タコ。
• 生の魚卵（イクラ、トビコ、数の子など）。イクラは特に塩分も多いため、その点でも注意が必要です¹⁴。
• 生のウニも、食中毒のリスクがないとは言えません¹⁴。
• 生卵（軍艦巻きのうずら卵など）もサルモネラ菌のリスクがあるため避けましょう¹⁴。

水銀含有量の特に多い魚

前述の通り、特定の大型魚や深海魚は食物連鎖の過程でメチル水銀を体内に高濃度で蓄積しています。胎児の神経系の発達に影響を与える可能性があるため、厚生労働省や海外の機関が注意喚起を行っています。

• 厚生労働省が特に注意を促している魚種: キンメダイ、メカジキ、クロマグロ（本マグロ）、メバチマグロなど¹。
• 海外の機関も注意を促している魚種 (日本でも流通の可能性あり): サメ（フカヒレなど）、カジキ類（マカジキも含む）、キングマカレル（サワラの大型種）、タイルフィッシュ（アマダイ）、オレンジラフィーなど¹¹。これらの一部は日本の寿司ネタとして一般的ではないかもしれませんが、知識として持っておくと良いでしょう。

「炙り」寿司の誤解と注意点

「炙り」と聞くと火が通っているように感じられますが、多くの場合、表面を軽く炙るだけで中心部は生のままか、十分に加熱されていないことがあります³。これでは、リステリア菌やアニサキスなどの病原体を完全に死滅させることはできません。
一部の情報源では「炙りサーモン」が比較的安全な選択肢として挙げられることもありますが¹⁴、これはサーモン自体の水銀量が比較的少ないという点と、生よりはリスクが低いという程度の意味合いで捉えるべきです。
安全を期すためには、「炙り」であっても中心部まで完全に火が通っていることを確認するか、完全に加熱されたネタを選ぶ方が無難です。「焼きサバ」は安全でも、「炙りサバ」で表面だけ炙ったものは避けるべき、という具体的な指摘もあります¹⁶。

燻製魚 (Smoked Fish like Smoked Salmon)

冷燻（低温で燻製）されたスモークサーモンは、寿司のロールやトッピングとして人気がありますが、リステリア菌汚染のリスクが高い食品として知られています⁸。食べる場合は、蒸気が上がるまで十分に加熱調理する必要があります。そのまま食べるのは避けましょう。
これらのネタを避けることは、妊娠中のリスク管理において非常に重要です。

専門機関・団体の公式見解と推奨事項

妊娠中の食事、特にお寿司や魚介類の摂取に関しては、国内外の多くの専門機関が注意喚起や推奨事項を発表しています。これらの公式見解を理解することは、安全な食生活を送る上で非常に重要です。

日本の機関

• 厚生労働省 (MHLW): 日本の妊産婦の食生活に関する最も基本的な指針を提供しています。
  • メチル水銀に関して: 魚介類に含まれるメチル水銀が胎児に与える影響を考慮し、妊婦が注意すべき魚介類の種類とその摂取量の目安を具体的に提示しています³。これには、キンメダイ、メカジキ、クロマグロなどの特定の魚種が含まれ、1週間あたりの摂取量の上限が示されています。関連するQ&Aやパンフレットも公開し、情報提供に努めています。
  • アニサキスに関して: 食中毒予防として、魚介類の十分な加熱または冷凍（-20℃で24時間以上）を推奨しています¹²。
  • リステリア菌に関して: 妊婦を含む易感染者へのリスクを認識しており、一般的な食中毒予防策の重要性を強調しています⁹。食中毒統計上での報告は少ないものの、潜在的なリスクについては注意を促しています。
• 食品安全委員会 (Food Safety Commission of Japan): 食品の安全性に関するリスク評価を行う内閣府の機関です。
  • リステリア菌については、生ハムや加熱殺菌されていないナチュラルチーズ、スモークサーモンなどをリスクのある食品として挙げ、十分な加熱を推奨しています⁸。また、日本におけるリステリア症の推定患者数を年間約200人と評価しており、これは厚生労働省の食中毒発生統計には現れにくいリスクを示唆しています⁹。
  • トキソプラズマについても、加熱不十分な食肉からの感染リスクを指摘しています⁸。
• 日本産科婦人科学会 (JSOG – Japan Society of Obstetrics and Gynecology): 日本の産婦人科医療における中心的な学術団体です。
  • 妊娠中の食事に関する一般的な注意として、感染症や食中毒のリスクがあるため、生の肉、加熱が不十分な肉や魚の加工品、ナチュラルチーズ、生卵などを控えるよう推奨しています¹⁸。
  • 魚介類については、水銀含有量に注意し、摂取量が制限されることを指摘しています¹⁸。具体的な魚種や量については、厚生労働省やこども家庭庁の情報を参照するよう促しています。
  • 2023年に改訂された「産婦人科診療ガイドライン 産科編」では、妊娠中の栄養指導の基本方針は示されていますが、寿司や特定の魚介類に関する非常に詳細な記述は含まれておらず、一般的な食品安全の原則とバランスの取れた栄養摂取の重要性が強調されています¹⁹。これは、JSOGが基本的な医学的原則を示し、具体的な食品安全の詳細は厚生労働省などの専門行政機関に委ねるという役割分担を反映していると考えられます。

海外の主要機関

国際的な視点を取り入れることで、リスク評価の普遍性や、日本特有の注意点を相対化して理解する助けになります。

• 米国 FDA/EPA (U.S. Food and Drug Administration / Environmental Protection Agency): 共同で、妊婦や授乳婦、幼児向けの魚介類摂取に関する詳細なアドバイスを発表しています。
  • 水銀含有量に基づいて魚介類を「Best Choices（最良の選択）」「Good Choices（良い選択）」「Choices to Avoid（避けるべき選択）」の3つのカテゴリーに分類し、具体的な魚種名をリスト化しています²⁰。
  • 水銀量の少ない魚（Best Choices）を週に8～12オンス（約227～340g）摂取することを推奨しています。
  • 細菌や寄生虫のリスクから、生の魚介類の摂取は避けるよう一般的な注意を促しています²⁰。
• 英国 NHS (U.K. National Health Service): 英国の国民保健サービスは、妊婦向けの食事に関する具体的なガイダンスを提供しています。
  • 寿司については、魚が完全に加熱されていれば食べても良いとしています¹⁰。
  • 生の貝類、メカジキ、カジキ類、サメの摂取は避け、マグロの摂取は制限するよう助言しています。
  • 特に、リステリア菌のリスクから、冷燻または塩漬けの魚（スモークサーモンなど）は、蒸気が上がるまで熱々に加熱しない限り避けるべきであると強調しています¹⁰。この点は、日本の消費者にも重要な情報です。
• ACOG (American College of Obstetricians and Gynecologists): 米国産科婦人科学会は、産婦人科医向けの診療ガイドラインを作成しています。
  • リステリア症予防のため、妊婦は生の魚を使った寿司を避けるよう推奨しています²⁰。
  • 加熱調理した低水銀の魚を週に2サービング程度摂取することを推奨しています²⁰。

これらの国内外の機関の勧告を比較すると、生の魚介類や高水銀魚の摂取に関する基本的なリスク認識は共通していますが、具体的な魚種リストや注意喚起の強調点には若干の違いが見られます。例えば、NHSがスモークサーモンのリステリアリスクを強く打ち出している点や、厚生労働省がアニサキス対策としての冷凍基準を詳細に示している点などです。日本の妊婦さんにとっては、まず厚生労働省の指針を基本としつつ、国際的な情報も参考にすることで、より安全な食生活を送るための知識が深まります。

特に注意が必要でないとされる魚種（厚生労働省参考情報より）：
キハダマグロ、ビンナガマグロ、メジマグロ（クロマグロの幼魚）、カツオ、サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、ツナ缶など。これらは通常の摂食で問題ないとされていますが、バランスの良い食事を心がけましょう¹。

お寿司を安全に楽しむための実践的アドバイス

妊娠中にお寿司を食べる場合、リスクを最小限に抑えるためには、お店選びから家庭での調理、さらには付け合わせに至るまで、いくつかの実践的な点に注意を払う必要があります。

お店選びと注文時のポイント

• 信頼できるお店を選ぶ: 衛生管理が徹底されており、食材の鮮度に定評のあるお店を選びましょう⁷。口コミや評判も参考にしつつ、清潔感のある店舗を選びたいものです。
• 回転寿司の場合: 長時間レーンを回っているものや、乾燥して見えるネタは避け、できるだけタッチパネルや店員さんに直接注文して、握りたてのものを選びましょう¹⁴。一部のチェーン店では、寿司カバー（例：くら寿司の「防菌寿司カバー」²¹）を導入しているところもあります。
• 食材について質問する: ネタが加熱されているか、生の魚かどうかわからない場合や、使用されている魚の種類（特にマグロなど水銀量が気になるもの）について、遠慮なく店員さんに確認しましょう²⁰。
• 妊娠中であることを伝える: 可能であれば、妊娠中であり、完全に火が通ったものを希望していることを伝えましょう。お店によっては配慮してくれる場合があります。
• 調理場の観察: もし見える範囲にあれば、生の食材と加熱済みの食材でまな板や包丁を使い分けているかなど、衛生管理の状況をさりげなく確認するのも一つの方法です。

テイクアウト・家庭での注意点

• 購入元と保存: 信頼できるお店で購入し、製造年月日や消費期限を確認しましょう。購入後は速やかに冷蔵庫で保存し、長時間持ち歩かないようにします⁷。
• 徹底した衛生管理:
  • 調理前後の手洗いは基本です。石鹸を使い、温水で20秒以上丁寧に洗いましょう²²。
  • 二次汚染・交差汚染の防止: これが「安全なネタ」を選んでもリスクが残る最大の要因の一つです。生の魚や肉を扱うまな板や包丁は、野菜や加熱済みの食品、そのまま食べる食品（酢飯など）を扱うものと必ず分けましょう⁶。
  • 生の魚介類に触れた調理器具は、使用後すぐに熱湯や食器用洗剤で十分に洗浄し、可能であれば塩素系漂白剤などで消毒後、よく乾燥させましょう²³。
  • まな板は、木製よりもプラスチック製やガラス製などの非多孔性のものが洗浄しやすく衛生的です。木製のものを使用する場合は、傷がつきにくく、乾燥しやすいものを選び、手入れをこまめに行いましょう。傷が深くなったり、汚れが落ちにくくなったりしたまな板は交換が必要です²⁴。
• 十分な加熱: 家庭で魚介類を調理する場合は、中心部まで十分に加熱します。アニサキス対策としては70℃以上（または60℃で1分以上）¹²、一般的な食中毒菌対策としては中心温度75℃で1分以上（ノロウイルス対策では85～90℃で90秒以上）が目安です。米国では魚介類の安全な加熱温度として華氏145度（約63℃）が推奨されています²⁰。
• 家族の食事と分ける: もし家族が生の魚介類を食べる場合でも、妊婦さんの食事とは調理器具や食器を完全に分け、取り扱いにも細心の注意を払いましょう。

わさび・ガリの効果と限界

日本では、わさびやガリ（甘酢生姜）に殺菌効果があると信じられている方が多いかもしれません。

• わさび: 主成分であるアリルイソチオシアネートには、ある程度の抗菌作用が確認されています²⁵。しかし、お寿司に添えられる程度の量では、食中毒を引き起こす可能性のある細菌やアニサキスのような寄生虫を完全に死滅させるほどの効果は期待できません。特にアニサキスに対しては、わさびや醤油、酢では死滅しないことが厚生労働省からも注意喚起されています¹²。
• ガリ（甘酢生姜）: 生姜に含まれるジンゲロールなどの成分に殺菌作用があるとされ、伝統的に口直しや食中毒予防として添えられてきました²⁶。しかし、これもわさびと同様に、強力な殺菌効果を期待できるものではありません。

結論: わさびやガリは風味や口直しとしては楽しめますが、これらに頼って生の魚介類を安全だと判断するのは危険です。食中毒予防の基本は、やはり適切な加熱、アニサキス対策としての冷凍、そして徹底した衛生管理です。
大手回転寿司チェーン（例：スシロー²⁷、くら寿司²¹）では、独自の食品安全方針を掲げ、衛生管理に取り組んでいます。これらの情報を参考にしつつも、最終的には個々の店舗の状況や自身の選択が重要となります。

よくある質問

結論

妊娠中のお寿司との付き合い方は、多くの妊婦さんにとって悩ましい問題です。しかし、正しい知識を持ち、適切な注意を払うことで、リスクを最小限に抑えつつ、食の楽しみを完全に諦める必要はありません。
本記事で解説してきた重要なポイントを再度確認しましょう。

• 生の魚介類や加熱が不十分な寿司ネタは、リステリア菌、アニサキス、ノロウイルスなどの食中毒や、メチル水銀の過剰摂取といった、妊娠中に特に避けたいリスクを伴います。
• 加熱されたエビやアナゴ、玉子焼き、野菜巻きといった寿司ネタは、比較的安全な選択肢となります。最近では、妊婦さん向けに開発された「加熱寿司」という便利な商品も登場しています。
• 魚介類に含まれるメチル水銀については、厚生労働省が示している魚種ごとの摂取目安量を参考に、特に大型の捕食魚の摂取には注意が必要です。
• 外食時も家庭での調理時も、食材の鮮度管理、調理器具の衛生管理、そして生の食材と加熱済み食材の交差汚染防止を徹底することが極めて重要です。わさびやガリの殺菌効果に過度な期待は禁物です。

最も大切なのは、提供された情報を鵜呑みにするのではなく、ご自身で理解し、納得した上で食生活を選択することです¹。妊娠中は、お腹の赤ちゃんの健康を第一に考えながらも、過度な食事制限によるストレスを溜め込まないことも重要です。バランスの取れた多様な食品を摂取する中で、安全に配慮したお寿司をたまの楽しみに取り入れることは、心の栄養にも繋がるかもしれません¹。
本記事は産婦人科専門医 [山下 真理], MD, PhD が監修しています。

最終的なアドバイス:
この記事は、妊娠中のお寿司に関する一般的な情報提供を目的としています。個々の健康状態や妊娠経過によっては、より個別化されたアドバイスが必要となる場合があります。疑問や不安な点がある場合は、自己判断せずに、必ずかかりつけの産婦人科医や助産師に相談してください⁷。専門家のアドバイスのもと、安心してマタニティライフを送り、元気な赤ちゃんを迎える準備をしましょう。