妊娠中の性交後出血:原因、緊急時の見分け方、対処法の完全ガイド
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妊娠中の性交後出血:原因、緊急時の見分け方、対処法の完全ガイド

妊娠という喜びに満ちた期間中、予期せぬ出血、特に性交の後に出血を見つけると、心臓が凍りつくような思いがするものです。「赤ちゃんは大丈夫だろうか?」「何か悪いことをしてしまったのではないだろうか?」と、不安と自己嫌悪でいっぱいになるのは、お母さんとして当然の感情です1。まず、最もお伝えしたいことは、妊娠中の性交後出血は、必ずしも危険な兆候ではないということです。しかし、同時に自己判断で「大丈夫」と決めつけることは絶対に避けるべきサインでもあります。
この記事の目的は、この不安な状況に直面したあなたが、医学的に正確な情報に基づいて冷静に行動できるよう、包括的なガイドを提供することです。なぜ出血が起こるのか、その原因が心配のないものか、あるいは緊急を要する危険なサインなのかを見分ける方法、そして、次に何をすべきかを具体的にお伝えします。
この記事を読み進める上で、一つ重要な視点があります。それは、性交という行為が、必ずしも問題の「原因」ではなく、すでに存在していた医学的な状態を明らかにする「きっかけ」になることが多い、という点です。例えば、妊娠によって敏感になった子宮の入り口(子宮頸部)からの少量の出血かもしれませんし、あるいは注意が必要な胎盤の位置異常(前置胎盤など)の最初のサインかもしれません2。この視点を持つことで、不必要な罪悪感から解放され、ご自身の体を守るための適切な行動に集中することができます。
この記事は以下の構成で、あなたの疑問と不安に一つひとつお答えしていきます。


この記事の科学的根拠

この記事は、日本産科婦人科学会(JSOG)の診療ガイドライン、国内外の医学研究論文、および信頼性の高い医療情報機関から提供される、最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいて作成されています。本文中で引用されている情報源は、すべて記事末尾の参考文献リストでご確認いただけます。

  • 日本産科婦人科学会 (JSOG): 本記事における切迫流産、前置胎盤、常位胎盤早期剝離などの診断・管理に関する記述は、同学会の「産婦人科診療ガイドライン―産科編2023」に準拠しています3
  • NetCE, Patient.info, AAFP: 妊娠中の出血に関する一般的な情報、原因、および対処法については、これらの国際的な医療教育・情報提供機関のデータを参照しています145
  • NCBI (米国国立生物工学情報センター): 統計データや、子宮腟部びらん、各種産科疾患に関する詳細な医学的知見は、NCBI内の学術論文データベース(PubMed, StatPearls)に基づいています678

要点まとめ

  • 妊娠中の性交後出血は、ホルモンの影響で子宮頸部が敏感になることで起こる心配のないケースが多いですが、自己判断は禁物です。
  • 出血の色(鮮血か茶色か)、量(少量か多量か)、腹痛やお腹の張り、胎動の変化、めまいなどの全身症状を冷静に確認することが重要です。
  • 「生理2日目以上の多量の出血」「我慢できないほどの強い腹痛」「お腹が板のように硬い」「めまいや動悸」などの症状は、流産や胎盤の異常といった危険なサインの可能性があり、直ちに救急車を要請する必要があります。
  • 出血の原因が何であれ、罪悪感を感じる必要はありません。出血は体からの重要な「信号」と捉え、速やかに医療専門家に相談することが、あなたと赤ちゃんを守る最善の行動です。
  • 不安や恐怖を一人で抱え込まず、パートナーや家族、かかりつけの産院、地域の保健センターなど、利用できるサポート資源に助けを求めましょう。

第1章:なぜ妊娠中に性交後出血が起こるのか?

妊娠中の性交後出血を理解するためには、まず妊娠によって母体がどれほど劇的に変化するのかを知ることが重要です。出血しやすくなるのには、明確な医学的理由があります。

妊娠による母体の生理的変化

妊娠が成立すると、女性の体は赤ちゃんを育むために、女性ホルモンであるエストロゲンとプロゲステロンの分泌量が急激に増加します。これらのホルモンは、母体に以下のような変化を引き起こします。

  • 循環血液量の増加: 妊娠32~34週頃をピークに、体内の血液の液体成分である血漿(けっしょう)が非妊娠時より約40%も増加します9。これは、子宮や胎盤に十分な栄養と酸素を届けるためですが、体全体が「血液が豊富」な状態になります。
  • 子宮頸部の脆弱化(ぜいじゃくか): 子宮への血流が著しく増加することに伴い、子宮の入り口である「子宮頸部(しきゅうけいぶ)」も充血し、非常に柔らかくなります。また、表面の血管は拡張し、脆(もろ)くなるため、性交時の物理的な接触や、妊婦健shinでの内診、子宮頸がん検診の器具によるわずかな刺激でも、簡単に出血しやすくなるのです2。この場合の出血は、胎児からの出血ではなく、母体由来のものです2

「心配のいらない出血」と「危険なサインの出血」

これらの生理的変化を背景として起こる性交後出血は、その出血源によって大きく二つのカテゴリーに分けられます。

  • 心配のいらない出血: 多くは、前述したように充血し敏感になった「子宮頸部」からの出血です。特徴としては、出血量が少なく(茶色やピンク色のおりもの、点状の出血など)、痛みもほとんどなく、短時間で自然に止まることが多いです1011
  • 危険なサインの出血: こちらは、出血源が子宮頸部ではなく、「胎盤」や「子宮体部」など、妊娠の維持に直接関わる場所である可能性があります。出血量が多かったり、鮮やかな赤い血(鮮血)であったり、腹痛やけいれん、胎動の変化などを伴ったりする場合は、流産や早産、胎盤の異常など、赤ちゃんと母体の両方に危険が及ぶ可能性を示唆しています12

統計的に、妊婦さんの約25%が妊娠中に何らかの性器出血を経験すると報告されています12。しかし、その出血が早産や低出生体重児といった好ましくない結果に繋がる可能性もあるため、すべての出血は注意深く観察し、適切に対応する必要があります1。次の章からは、それぞれの原因について詳しく見ていきましょう。

第2章:心配のいらない性交後出血の主な原因

性交後に出血があったとしても、その多くは妊娠の経過に直接影響しない、心配のいらないケースです。これらは主に、ホルモンの影響で変化した子宮頸部が原因で起こります。

子宮腟部びらん(しきゅうちつぶびらん)

どのような状態か: 「びらん」という言葉から「ただれている」という病的なイメージを持つかもしれませんが、これは病気ではありません。子宮腟部びらんは、本来は子宮頸管の内側にある、粘液を分泌する柔らかい「腺上皮(せんじょうひ)」という組織が、外側の硬い「扁平上皮(へんぺいじょうひ)」の部分まで広がってきている状態を指します。エストロゲンの影響が強い時期、特に妊娠中や若い女性によく見られる生理的な変化です7
頻度: これは非常に一般的な婦人科所見で、女性の17%から50%に見られるとされています7。特に妊娠中は多くの妊婦さんに見られるため、珍しいことではありません。
症状: 柔らかく血管が豊富な腺上皮が表面に出ているため、性交などの物理的な刺激で簡単に出血します。通常、出血はごく少量で、ピンク色や茶褐色のおりものとして認識されることが多く、痛みは伴いません11

子宮頸管ポリープ(しきゅうけいかんポリープ)

どのような状態か: 子宮頸部にできる、キノコ状の良性(がんではない)の腫瘍(できもの)です。これも非常に柔らかく血管に富んでいるため、接触による刺激で出血しやすい性質があります2
症状: 子宮腟部びらんと同様に、性交や内診などをきっかけに、痛みを伴わない少量の出血を起こします。

日本の妊婦健診制度とのかかわり

日本の医療制度には、妊婦さんの安心につながる大きな利点があります。それは、妊娠初期に行われる公費負担の子宮頸がん検診を含む、質の高い妊婦健診が普及していることです13。日本の妊婦さんのうち、約86.8%が妊娠中に子宮頸がん検診を受けています14。この検診の際、産婦人科医は子宮頸部を直接観察するため、子宮腟部びらんや子宮頸管ポリープがあれば、その時点で指摘されることがほとんどです。おそらく、あなたの担当医も「びらんがありますね。妊娠中はホルモンの影響でこうなりやすいんですよ。性交後などに少し出血することがあるかもしれませんが、心配いりませんよ」といった説明をしてくれたかもしれません。もし、ご自身の妊婦健診でそのような指摘を受けていた場合、性交後に起きた少量の出血が、その既知の状態に関連している可能性が高いと考えられます。これにより、過度なパニックを避けることができます。

これらの場合の対処法

子宮腟部びらんや子宮頸管ポリープが原因と考えられる出血の場合、以下の点が重要です。

  • 出血がごく少量(おりものに混じる程度)であること。
  • 数時間以内に自然に止まること。
  • 強い腹痛やお腹の張りを伴わないこと。

これらの条件を満たす場合は、緊急性は低いと考えられます。まずは安静にして様子を見ましょう15。ただし、たとえ少量であっても、初めての出血や不安な場合は、自己判断せずに次の章のチェックリストに従って行動してください。そして、次の妊婦健診の際には、いつ、どのような状況で出血があったのかを必ず医師に報告し、情報を共有することが大切です。

第3章:注意すべき危険な性交後出血の原因

ここからは、母体と胎児の安全のために、緊急の対応が必要となる可能性のある危険な出血の原因について解説します。これらの状態では、性交が出血の「きっかけ」となっただけで、背景には治療や慎重な管理を要する医学的な問題が隠れています。日本の産婦人科診療ガイドラインに基づいた、信頼性の高い情報をお伝えします。

流産・切迫流産の兆候

定義: 「切迫流産」とは、妊娠22週未満で出血や腹痛などの症状はあるものの、子宮の出口(内子宮口)は閉じており、超音波検査で胎児の心拍が確認できる状態、つまり流産が差し迫っているが妊娠がまだ継続している状態を指します2。一方で、胎児心拍が確認できなくなったり、子宮内容物が出てきてしまったりすると「稽留(けいりゅう)流産」や「不全流産」と診断されます。
統計と原因: 認識された妊娠のうち、15~25%は残念ながら流産に至ると言われています1。特に妊娠初期の流産の多くは、胎児自身の染色体異常が原因であり、お母さんの行動(性交を含む)や安静によって防ぐことができるものではありません。
症状: 出血は茶色のおりもの程度の少量から、月経のような多量のものまで様々です。下腹部痛や腰痛を伴うことが多くあります2
日本産科婦人科学会(JSOG)のガイドライン: 胎児心拍が確認された後の切迫流産に対して、流産を予防する効果が確立された薬物療法や治療法(安静臥床を含む)は、現在のところ存在しないとされています3。しかし、他の危険な疾患(異所性妊娠など)を除外するための診断は極めて重要です。

前置胎盤(ぜんちたいばん)と低置胎盤(ていちたいばん)

どのような状態か: JSOGの定義によれば、「前置胎盤」とは胎盤が子宮の出口(内子宮口)を完全に、あるいは部分的に覆っている状態です。「低置胎盤」は、胎盤の端が内子宮口から2cm以内に位置している状態を指します3。胎盤が子宮の出口付近にあるため、子宮が大きくなるにつれて、あるいは子宮収縮によって胎盤が剥がれやすく、大量出血のリスクが非常に高い状態です。
症状: 特徴的なのは、痛みを伴わない、突然の鮮血の出血です11。性交の刺激が、この出血の引き金になることがあります。
リスク因子と日本の状況: 前置胎盤のリスク因子には、高齢妊娠、帝王切開の既往、子宮の手術歴などが挙げられます16。日本の現状を見ると、女性の出産年齢は年々上昇しており、35歳以上の出産が全体の約3割を占めるまでになっています17。この社会的な背景から、現代の日本の妊婦さんは、前置胎盤のリスクを持つ方が増えていると言えます。このため、その兆候を正しく知っておくことの重要性は、かつてなく高まっています。
診断と管理(JSOGガイドラインに基づく):

  • 診断は超音波検査で行われ、経腟超音波が最も正確です16
  • 診断された場合、性交や激しい運動を避ける「骨盤位安静」が指示されます18
  • 緊急時に対応可能な高次医療施設へ、遅くとも妊娠32週までに紹介されることが推奨されます3
  • 分娩は予定帝王切開で行われ、時期はリスクに応じて妊娠36~37週頃が選択されます3

常位胎盤早期剝離(じょういたいばんそうきはくり)

どのような状態か: これは、赤ちゃんが生まれる前に、正常な位置にある胎盤が子宮の壁から剥がれてしまう、産科における最も緊急性の高い疾患の一つです。胎盤が剥がれると、赤ちゃんへの酸素や栄養の供給が途絶え、母体はコントロール不能な大出血を起こす可能性があり、母子ともに命の危険にさらされます19
症状: 典型的な症状は、突然の持続的な激しい腹痛と、お腹が板のように硬くなる(子宮の持続的な収縮)ことです。性器出血は約8割のケースで見られますが、胎盤の裏側で出血が留まり、外に出てこない「隠れた出血(後胎盤血腫)」の場合もあります20。そのため、出血の有無にかかわらず、激しい腹痛とお腹の硬直が最も重要なサインです。
リスク因子: 妊娠高血圧症候群、高齢妊娠、喫煙、腹部への外傷などが知られています19
管理(JSOGガイドラインに基づく): 常位胎盤早期剝離が疑われた場合、診断は臨床症状から下されます。直ちに胎児心拍数モニタリングが行われ、胎児の状態が悪化している場合は、母子の命を救うために、妊娠週数に関わらず一刻も早い分娩(急速遂娩)、通常は緊急帝王切開が必要となります4

異所性妊娠(いしょせいにんしん)(子宮外妊娠)

関連性: 主に妊娠初期(~12週頃)の問題ですが、妊娠初期の性交後出血では、必ず鑑別すべき極めて危険な状態です。
症状: 少量の持続的な出血(多くは茶褐色)と、片側の下腹部痛が特徴です2。着床した卵管が破裂すると、腹腔内で大出血を起こし、母体の命に関わるショック状態に陥ります2
これらの危険なサインを見逃さないために、次の章では、あなたが取るべき具体的な行動をチェックリスト形式で解説します。

第4章:いつ病院に連絡すべきか?自己判断のためのチェックリスト

予期せぬ出血に動揺している中で、冷静に状況を判断するのは難しいものです。この章では、ご自身と赤ちゃんを守るために、どのような点を確認し、どう行動すべきかを、具体的で実践的なステップで解説します。

Step 1: 冷静に状況を確認する

パニックにならず、まずは以下の3点を客観的にチェックし、メモを取りましょう。この情報が、後に医師へ状況を正確に伝えるための最も重要な手がかりとなります。

  • 出血の量: 具体的な比較対象を使いましょう。「ティッシュで拭いたら付く程度」「おりものシートで足りる」「生理用ナプキンが必要」「1時間でナプキンが真っ赤になる」など2。「レバーのような血の塊」が出たかどうかも重要な情報です10
  • 出血の色: 「茶色」や「ピンク色」は、出血してから時間が経っていることを示し、比較的緊急性が低いことが多いです。「鮮やかな赤い血(鮮血)」は、今まさに出血が起きていることを意味し、より注意が必要です10
  • 伴う症状: 腹痛やお腹の張り(どのような痛みか、お腹が硬くなっていないか)、胎動の変化(いつもより少ない、弱い、感じないなど)を確認します21

Step 2: 緊急性を判断する

出血の量だけでなく、ご自身の全身状態の変化に最も注意を払うことが、時に何よりも重要になります。産科の現場では、医師は「ショックインデックス(SI)」という指標(心拍数÷収縮期血圧)を用いて、出血の重症度を判断します22。SIが1を超えると危険なサインとされます。妊婦さん自身がこの数値を計算することはできませんが、その兆候を「体感」として捉えることは可能です。
例えば、常位胎盤早期剝離などで、外に出てくる出血は少なくてもお腹の中で大量に出血している「隠れた出血」の場合、見た目の出血量と体内の危険度が一致しません4。しかし、体は正直です。大量の出血が体内で起きていると、血圧が下がり、それを補うために心拍数が上がります。これが、「めまい・立ちくらみ」「動悸(どうき)・胸がドキドキする」「冷や汗」「息切れ」「気が遠くなるような感覚」といった症状として現れるのです2
ですから、出血の量だけでなく、ご自身の体調変化に最も注意を払ってください。特に、これらのショック症状は、体内で重大なことが起きているサインかもしれません。救急隊員や医師には、出血の量と合わせて「心臓がドキドキする」「クラクラする」と必ず伝えてください。

表:受診の緊急度判断ガイド

緊急度レベル 症状の目安 取るべき行動
レベル1:経過観察・次回健診で相談 ・茶色やピンク色のおりもの、ごく少量の出血
・すぐに出血が止まった
・腹痛やお腹の張りがない
まずは安静に過ごしましょう。次回の妊婦健診の際に、いつ、どのような出血があったかを必ず医師に報告してください10
レベル2:診療時間内に病院へ電話 ・生理の始まりや終わりのような少量の出血が続く
・軽い腹痛やお腹の張りを伴う
・出血が止まったり出たりを繰り返す
自己判断せず、かかりつけの産婦人科に電話して指示を仰いでください。出血の量、色、時間、伴う症状を詳しく伝えましょう15
レベル3:すぐに救急車を要請 ・生理2日目以上の多量の出血
・サラサラした鮮血が続く
・レバーのような血の塊が出る
・我慢できないほどの強い腹痛、お腹が板のように硬い
・めまい、動悸、冷や汗、気が遠くなる感じがする(ショック症状)
迷わず119番に電話し、救急車を要請してください。「妊娠〇週です。性交後に出血しています。強い腹痛があります」など、状況を明確に伝えてください2

このガイドを参考に、ご自身の安全を最優先に行動してください。不安な場合は、レベル2以上に該当しなくても、遠慮なくかかりつけ医に電話で相談しましょう。

第5章:産婦人科ではどのような診察と治療が行われるか

病院に連絡し、受診するよう指示された場合、どのような診察が行われるのかを知っておくと、少し落ち着いて対応できるかもしれません。ここでは、一般的な診察の流れと、診断に応じた治療方針について解説します。

病院に到着してからの流れ

病院に到着すると、母体と胎児の状態を迅速かつ正確に評価するため、以下のような診察や検査が順次行われます。

  • 問診(もんしん): 医師や助産師から、出血が始まった時間、量、色、性状、腹痛の有無や程度、胎動の様子など、詳しい状況について質問されます。第4章で確認したメモが役立ちます19
  • バイタルサインの確認: 血圧、脈拍、体温などを測定します。特に血圧の低下や脈拍の上昇は、ショック状態を示唆する重要な兆候です22
  • 内診(ないしん)と経腟超音波(けいちつちょうおんぱ)検査: まず、腟鏡(ちつきょう)という器具を使って、子宮頸部や腟壁からの出血かどうかを直接観察します。次に、経腟超音波検査で、胎児の心拍、胎盤の位置、胎盤の裏に出血の塊がないかなどを詳細に確認します4
  • 胎児心拍数モニタリング(NST): お腹にセンサーをつけ、胎児の心拍数と子宮の収縮(お腹の張り)を記録し、胎児が元気か評価します。特に常位胎盤早期剝離が疑われる場合には不可欠です4
  • 血液検査: 貧血の程度や凝固機能を調べ、万が一の大量出血に備え、すぐに輸血できる準備を整えます4

診断別の治療方針

これらの検査結果を総合的に判断し、出血の原因に応じた治療方針が決定されます。

  • 切迫流産・切迫早産の場合: 基本は安静です。子宮収縮が強い場合は収縮抑制薬が投与されることがあります23。妊娠34週未満で早産の危険性が高い場合、胎児の肺の成熟を促すステロイド注射を行うこともあります23
  • 前置胎盤・低置胎盤の場合: 出血量と週数によりますが、出血が少量で止まれば入院管理を継続します。出血が多量、または胎児の状態が悪化した場合は、緊急帝王切開となります。安定している場合は、通常、妊娠36~37週頃に予定帝王切開が行われます3
  • 常位胎盤早期剝離の場合: この診断が下された、あるいは強く疑われた時点で、母子の命を救うことが最優先されます。治療法はただ一つ、一刻も早い分娩(通常は緊急帝王切開)です4

産科危機的出血への対応

万が一、出血が大量になり「産科危機的出血」と呼ばれる状態に陥った場合でも、日本の産科医療施設には、日本産科婦人科学会などが定めたガイドラインに基づく明確な対応プロトコルがあります2224。チーム医療による迅速な輸液・輸血、止血処置が行われ、妊婦さんの安全を守る最後の砦となります。

第6章:出血を経験した妊婦さんのための心理的ケアとサポート

妊娠中の出血は、たとえ医学的に「心配ない」と診断されたとしても、妊婦さんの心に大きな衝撃と深い不安を残します。お腹の赤ちゃんの無事が確認された後も、恐怖や罪悪感が消えないのは当然のことです。この章では、そのつらい気持ちとどう向き合い、どこにサポートを求めればよいのかについてお話しします。

出血がもたらす精神的インパクト

出血という出来事は、単なる身体的な症状ではありません。それは、妊娠が決して当たり前ではないという現実を突きつけ、お腹の赤ちゃんを失うかもしれないという根源的な恐怖を呼び覚まします1

  • 強い不安と恐怖: 「また出血するのではないか」という不安が常に頭をよぎり、トイレに行くのが怖くなったりします。
  • 罪悪感: 「あの時、無理をしたから」「性交なんてしなければ」と、自分を責めてしまう気持ち。たとえ医師から「あなたのせいではない」と言われても、この感情から抜け出すのは容易ではありません25
  • 周産期うつ病のリスク: このような強いストレス体験は、妊娠中や産後に発症する「周産期うつ病」のリスク因子の一つとなり得ることが知られています26

これらの感情は、あなたが母親として赤ちゃんを深く愛している証拠でもあります。決して一人で抱え込まないでください。

不安や恐怖との向き合い方

  • 自分の感情を認める: 怖い、悲しい、不安だ、と感じることを自分に許してあげてください。その感情をパートナーや信頼できる友人に話すだけでも、心は少し軽くなります25
  • コントロールできることに集中する: 医師の指示通りに安静を守ること、次の健診に必ず行くこと、自分の体調変化に注意を払うことは、あなた自身がコントロールできることです。
  • 納得できるまで質問する: 医師から「異常ありません」と言われても、不安が拭えないことはよくあります27。その場合は、「どのような理由で異常がないと言えるのでしょうか」「今後、何に気をつければよいですか」など、あなたが納得できるまで質問しましょう。

パートナーや家族とのコミュニケーション

あなたの不安は、パートナーやご家族にとっても大きな心配事です。お互いの気持ちを率直に話し合い、支え合うことが大切です25。もし安静が必要になった場合、家事や上の子のお世話などをどうするか、具体的に相談しましょう。地域の家事代行サービスやファミリー・サポート・センターなどを頼ることも選択肢です27。「みんなに悪いから」と一人で無理をすることが、最も避けるべきことです。

日本で利用できるサポート資源

孤立しないことが、心の健康を保つ上で何よりも重要です。日本には、あなたを支えるための様々な社会資源があります。

  • かかりつけの産院・助産院: 医師だけでなく、助産師や看護師もあなたの心強い味方です。
  • 母親学級・両親学級: 他の妊婦さんやその家族と交流し、同じような不安を抱えている仲間がいると知ることで、心強く感じられるでしょう28
  • 地域の保健センター・役所の福祉課: 各自治体には、保健師や助産師が常駐し、妊娠・出産に関する相談に応じてくれる窓口があります28
  • ピアサポートグループ: 同じような経験をした女性たちの患者会やオンラインコミュニティも存在します。
  • メンタルヘルス専門家: 不安が日常生活に支障をきたすほど強い場合は、周産期メンタルヘルスを専門とするカウンセラーや精神科医に相談することも、大切な選択です。

よくある質問

Q1: 性交後、少し茶色いおりものが出ました。すぐに病院に行くべきですか?
A1: 茶色いおりものがごく少量で、すぐに止まり、強い腹痛やお腹の張りがない場合は、緊急性は低いと考えられます。これは、妊娠中のホルモンの影響で敏感になっている子宮頸部からの出血(子宮腟部びらんなど)の可能性が高いです11。まずは安静にして様子を見て、次回の妊婦健診で必ず医師に報告してください。ただし、出血が続いたり、鮮血に変わったり、腹痛を伴う場合は、診療時間内に病院へ電話で相談しましょう。
Q2: 子宮頸管ポリープがあると診断されています。性交は避けるべきですか?
A2: 子宮頸管ポリープがあると、性交などの刺激で出血しやすくなります2。性交を完全に禁止する必要があるかどうかは、ポリープの大きさや出血の頻度、妊娠週数などによって医師の判断が異なります。自己判断せず、必ずかかりつけの医師に相談し、指示を仰いでください。一般的に、出血が見られる間や、医師から安静の指示が出ている間は、性交を控えることが推奨されます。
Q3: 出血の原因が「自分のせいだ」と感じてしまいます。どうすればいいですか?
A3: 性交後に出血するとご自身を責めてしまう気持ちは、非常によく分かります。しかし、この記事で解説したように、性交は多くの場合、出血の直接的な原因ではなく、すでにあった医学的な状態(子宮頸部の変化や胎盤の位置など)を明らかにする「きっかけ」に過ぎません。特に流産の多くは胎児の染色体異常が原因であり、お母さんの行動とは無関係です1。罪悪感を感じる必要は全くありません。その感情をパートナーや信頼できる医療スタッフに打ち明けてみてください。
Q4: 安定期に入れば、性交後の出血の心配はなくなりますか?
A4: 妊娠中期(いわゆる安定期)は一般的に流産のリスクが低下しますが、出血のリスクが完全になくなるわけではありません。子宮頸部の変化は妊娠期間を通じて続きますし、妊娠中期以降は前置胎盤や常位胎盤早期剝離といった、より注意が必要な出血のリスクが出てきます29。どの時期であっても、出血があった場合は「安定期だから大丈夫」と自己判断せず、必ず医師に相談することが重要です。

結論

妊娠中の性交後出血について、その原因から対処法、そして心のケアまで詳しく解説してきました。最後に、あなたと赤ちゃんの安全のために、最も大切なことを改めてお伝えします。
それは、「妊娠中のいかなる出血も、自己判断せずに必ず医療専門家に相談する」ということです。
この記事で見てきたように、出血の原因は心配のいらない生理的な変化から、一刻を争う産科的緊急事態まで多岐にわたります。その見極めは、専門的な診察と検査なしには不可能です。
性交後に出血すると、多くのお母さんが「自分のせいだ」と感じてしまいます。しかし、思い出してください。性交は多くの場合、問題の「原因」ではなく、体に潜んでいたサインを明らかにする「きっかけ」に過ぎません。その出血は、あなたの体と赤ちゃんが送ってくれた重要な「信号」なのです。
その信号を決して無視しないでください。罪悪感を感じる必要は全くありません。その信号に耳を傾け、専門家の助けを求めることこそが、あなたと赤ちゃんの命を守るための、最も賢明で愛情深い行動です。
妊娠は奇跡の連続ですが、不安もつきものです。正しい知識を身につけ、信頼できる医療専門家と連携することで、あなたはこの困難を乗り越えることができます。一人で抱え込まず、どうか声を上げてください。私たちはいつでも、あなたと赤ちゃんのそばにいます。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、または健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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