この記事の要点まとめ
- カフェインのリスクは実在:妊娠中のカフェイン摂取は、低出生体重児、流産、死産のリスクを増加させる可能性があることが科学的に示されています12。カフェインは胎盤を容易に通過し、胎児の体内で分解されにくいためです3。
- 国際的な推奨量は「1日200mg未満」:欧州食品安全機関(EFSA)や米国産科婦人科学会(ACOG)など、世界の主要な保健機関は、全ての食品・飲料からの総カフェイン摂取量を1日200mg未満にすることを推奨しています45。
- 「安全な量はない」という議論:最新の研究では、1日200mg未満の摂取でも、特に器官形成期である妊娠初期には胎児の発育へのリスクが指摘されており、「安全な閾値は存在しない」という専門家の見解もあります67。
- タンニンの貧血リスク:紅茶に含まれるタンニンは、食事からの鉄分(特に植物性の非ヘム鉄)の吸収を阻害し、妊娠中に起こりやすい鉄欠乏性貧血を悪化させる可能性があります8。食事と時間を空けて飲む工夫が重要です。
- 賢い代替飲料の選択:最も安全な選択肢は、カフェインを全く含まない麦茶です9。ルイボスティーやデカフェ紅茶も良い選択肢ですが、過剰摂取は避け、適量を心がけることが推奨されます1011。
カフェインの胎児への影響:最新研究が示すリスクの全貌
妊娠中にカフェイン摂取の注意が喚起される背景には、非妊娠時とは全く異なる母体と胎児の生理学的特性があります。カフェインが母体に取り込まれた後、胎児に到達し、影響を及ぼすまでのメカニズムを理解することは、リスクを正しく評価する上で極めて重要です。
カフェインの体内動態:なぜ妊婦は注意が必要か
胎盤通過性
カフェインは、分子量が小さく脂溶性の高い物質であるため、母体の血流に入ると極めて容易に胎盤を通過します3。その結果、胎児の血中カフェイン濃度は、母体の血中濃度とほぼ同レベルにまで達することが確認されています5。これは、母親が摂取したカフェインに、胎児が直接的に、かつ同程度の濃度で曝露されることを意味します。
胎児における代謝能力の欠如
最大の問題点は、胎児自身がカフェインを代謝・分解する能力をほとんど持たないことです。カフェインの代謝には、主に肝臓に存在するシトクロムP450 1A2(CYP1A2)という酵素が中心的な役割を果たします。しかし、胎児および胎盤にはこのCYP1A2酵素が欠如しているか、あるいはその活性が極めて低いのです12。そのため、胎児は自らの力でカフェインを無毒化し、体外へ排出することができません13。
妊婦における代謝能力の低下
さらに、妊娠は母体自身のカフェイン代謝能力にも劇的な変化をもたらします。妊娠中に増加するホルモンの影響で、母体自身のCYP1A2酵素の働きが抑制されます。その結果、カフェインの代謝半減期(体内の物質が半分に減少するまでにかかる時間)が著しく延長します。非妊娠時の成人では約5時間である半減期が、妊娠後期には最大で18時間にまで延びることが報告されています7。これは、一度摂取したカフェインが、通常よりも3〜4倍長く母体と胎児の体内を循環し続けることを意味します。
有害作用のメカニズム
このように胎児の体内に蓄積したカフェインは、一連の生理学的な連鎖反応を引き起こします。高濃度のカフェインは、細胞内の情報伝達物質であるcAMP(サイクリックAMP)濃度を上昇させ、交感神経を刺激するエピネフリン(アドレナリン)の分泌を促します7。これにより、胎盤の血管が収縮する胎盤血管収縮が引き起こされる可能性があります3。胎盤血管の収縮は、胎児への血流を減少させ、成長に不可欠な酸素や栄養素の供給を阻害する恐れがあります。また、胎児の心拍数を増加させ、不整脈を誘発する可能性も指摘されています5。この一連の作用機序が、次に述べる様々な健康リスクの生物学的な基盤となっています。
主要な健康リスクの科学的根拠
カフェインの過剰摂取が胎児に及ぼす影響については、長年にわたり数多くの研究が行われており、特に以下のリスクとの関連が強く示唆されています。
低出生体重児(LBW)とSGA(Small for Gestational Age)
妊娠中のカフェイン摂取と最も一貫して関連が報告されているリスクが、胎児の発育遅延、すなわち低出生体重(出生時の体重が2500g未満)およびSGA(在胎週数に対して小さい)です14。米国国立衛生研究所(NIH)が支援した研究では、妊娠中の「多くはない(moderate)」量のカフェイン摂取でさえ、出生時のサイズの減少と関連していることが示されました15。フィンランドで行われた近年の大規模コホート研究(KuBiCo)では、母体のカフェイン摂取量が多いほど、胎児の身長が小さくなる傾向が見られました16。このメカニズムは、前述したカフェインによる胎盤血管の収縮が、胎児への栄養・酸素供給を慢性的に低下させることで、胎児の健全な発育が妨げられるためと考えられています3。
流産と死産
高用量のカフェイン摂取は、妊娠の継続そのものを脅かす深刻なリスクと関連しています。1日あたり300mgを超えるカフェイン摂取が、妊娠初期の流産リスクを2倍以上に高めるとの報告があります1。あるメタアナリシス(複数の研究を統合して分析する手法)では、カフェイン摂取量が1日150mg増加するごとに、流産リスクが19%上昇したと結論付けられています13。さらに、英国の研究では、1日に摂取するカフェインが100mg増えるごとに死産のリスクが有意に増加し、特に1日350mgを超える摂取は妊娠損失(流産および死産)と明確に関連していることが明らかにされました2。同研究では、カフェイン源の中でもエナジードリンクが1杯あたりの影響が最も大きいことも指摘されています2。
早産
早産のリスクについては、研究結果に一貫性が見られません。一部の研究ではリスクとして挙げられていますが1、米国産科婦人科学会(ACOG)やいくつかのメタアナリシスでは、特に中程度の摂取量(1日200mg未満)においては、早産との明確な関連性は確認できない、あるいは「未確定」と結論付けられています17。したがって、現時点では低出生体重や流産ほど確固たるリスクとは言えないものの、可能性は否定できないという段階です。
その他のリスク
上記の主要なリスクに加え、いくつかの懸念すべき可能性が指摘されています。
- 発達の遅れ: 1日300mgを超えるカフェインを摂取していた母親から生まれた子どもは、生後12ヶ月時点での粗大運動発達(ハイハイや歩行など)の遅延リスクが1.11倍に増加したという研究報告があります16。
- 小児白血病: 母親のカフェイン摂取と、子どもの急性リンパ性白血病との間に関連がある可能性を示唆する研究も存在しますが、これはまだ確立された知見ではなく、さらなる研究が待たれる分野です6。
- 出生後の離脱症状: 母親が高いレベルのカフェインを摂取し続けていた場合、生まれた赤ちゃんがカフェイン依存の状態にあり、出生後にイライラしやすくなったり、寝つきが悪くなったりといった離脱症状を示すことがあります5。
世界の公的機関による摂取推奨量:比較と考察
これらの科学的根拠に基づき、世界各国の保健機関は妊婦向けのカフェイン摂取ガイドラインを公表しています。日本の公的機関はこれらの国際的な指針を参考にしており、その内容を比較検討することは、自身の摂取目標を設定する上で非常に有益です。
「200mg」という国際的コンセンサス
現在、最も広く採用され、かつ最も保守的な基準となっているのが「1日200mgまで」という上限値です。欧州食品安全機関(EFSA)、英国国民保健サービス(NHS)、そして米国産科婦人科学会(ACOG)は、いずれも食品、飲料、医薬品など全ての摂取源からの総カフェイン量を1日あたり200mg未満に制限するよう勧告しています4185。これは、このレベルまでの摂取であれば、流産や早産のリスクを著しく増加させることはないという研究結果に基づいています17。
「300mg」というガイドライン
一方で、世界保健機関(WHO)やカナダ保健省(HC)は、やや緩やかな「1日300mgまで」という基準を提示しています1920。ただし、WHOは特に、1日300mgを超える高用量のカフェインを摂取している妊婦に対しては、低出生体重や流産のリスクを低減するために摂取量を減らすよう明確に勧告しています19。
日本の状況
日本には、国として統一された明確な摂取基準値は定められていません。厚生労働省、農林水産省、食品安全委員会といった機関は、ウェブサイトなどでこれらの国際的なガイドラインを紹介し、結果として「1日あたり200〜300mg」が一般的な目安として提示されています2120。日本産科婦人科学会や日本助産学会なども、個別の見解としてこれらの国際基準を参考に、コーヒーであれば1日1〜2杯程度に留めるよう推奨しています22。
機関名 | 1日の推奨上限量 (mg/日) | 飲料での目安 | 主な注記 |
---|---|---|---|
欧州食品安全機関 (EFSA) | 200 mg | – | 胎児への安全性を考慮した習慣的摂取量4 |
英国国民保健サービス (NHS) | 200 mg | マグカップでインスタントコーヒー約2杯 | 低出生体重や流産のリスク増加の可能性18 |
米国産科婦人科学会 (ACOG) | 200 mg | 12オンス(約350ml)のコーヒー1杯 | 流産や早産の主要因ではないとされる量5 |
世界保健機関 (WHO) | 300 mg | コーヒー3〜4杯 | 300mg超の摂取者には削減を推奨19 |
カナダ保健省 (HC) | 300 mg | マグカップ(約237ml)でコーヒー約2杯 | 影響を受けやすい妊婦・授乳婦向けの上限20 |
科学的議論の最前線:「安全な摂取量」は存在するのか?
「1日200mgまで」というガイドラインは、多くの妊婦にとって一つの安心材料となっています。しかし、科学の世界は常に進歩しており、より詳細な研究によって、この「安全な閾値」という考え方そのものに疑問を投げかける知見も現れています。この議論の背景には、確立されたガイドラインが多くの研究の平均的な結果に基づいている一方で、最新の研究がより特定の条件下でのリスクを浮き彫りにしているという事実があります。これは、科学が不確かなものになったのではなく、より精密なリスク評価が可能になってきたことを意味します。この最先端の議論を理解することは、より慎重で安全な選択をする上で極めて重要です。
「安全な摂取レベルは存在しない」という見解
2020年に医学雑誌『BMJ Evidence Based Medicine』に掲載されたシステマティック・レビューは、この分野に大きな一石を投じました。アイスランド大学のJack James教授は、過去に発表された1,200以上の論文を統合的に分析した結果、「妊娠中のカフェイン摂取に安全なレベルは存在しない」と結論付けました6。このレビューによれば、たとえガイドラインで安全とされる低用量の摂取であっても、流産、死産、低出生体重といった有害な結果との関連性が認められると指摘しています。これは新たな実験研究ではありませんが、既存の膨大なデータを網羅的に分析した結果であり、その結論は重く受け止める必要があります。
妊娠初期における脆弱性
この議論をさらに後押しするのが、2024年5月に発表されたフィンランドの最新の前向きコホート研究の結果です。この研究では、多くのガイドラインで「安全」とされる範囲内である中程度のカフェイン摂取(1日51〜200mg)でさえ、妊娠第一トリメスター(妊娠初期)に摂取した場合、SGA(在胎週数に比べて小さい赤ちゃん)を出産するリスクが約1.87倍に増加するという衝撃的な結果が示されました7。興味深いことに、この関連性は妊娠第三トリメスター(妊娠後期)の摂取では有意ではありませんでした。この研究が示唆するのは、胎盤の形成や胎児の主要な器官が発生する極めて重要な時期である妊娠初期は、カフェインの影響に対して特に脆弱である可能性です。「1日200mg」という画一的な推奨値が、この最もデリケートな時期の安全性を十分に保証するものではないかもしれない、という重要な警鐘と言えます。これは、妊娠が判明したばかりの女性にとって、非常に実践的で重要な知見です。
日本における状況:曖昧な指針と平均摂取量の現実
このような科学的議論の中で、日本の妊婦が置かれている状況には特有の課題があります。
知識のギャップを生む曖昧な指針
前述の通り、日本には国が定めた単一の明確なカフェイン摂取基準が存在しません22。公的機関は様々な国際ガイドラインを並べて紹介するに留まっており、200mgと300mgという二つの異なる数値が混在して提示されることが少なくありません21。この状況は、どの数値を信じれば良いのかという混乱を生み、最終的な判断を個々の妊婦に委ねる形となっています。この知識のギャップを埋めるためには、最も保守的、つまり最も厳しい基準である「1日200mg未満」を自らの目標とすることが、最も賢明なアプローチと言えるでしょう。
平均摂取量という現実の問題
この曖昧な指針に追い打ちをかけるのが、日本人女性の平均的なカフェイン摂取量の実態です。ある調査では、日本の30〜39歳の女性の1日あたりの平均カフェイン摂取量は213mgであることが示されています22。これは、多くの女性が妊娠に気づく前の段階で、すでに最も厳しい国際ガイドライン(200mg/日)を超え、前述のフィンランドの研究で妊娠初期のリスク増加が指摘された「中程度の摂取量」の範囲に入っている可能性があることを意味します。この事実は、妊娠を計画している段階からカフェイン摂取について意識することの重要性を示唆しています。
もう一つの懸念「タンニン」:妊娠中の貧血と鉄分吸収阻害
紅茶のリスクを語る上で、カフェインは最も注目される成分ですが、見過ごされがちな「隠れたリスク」としてタンニンの存在が挙げられます。タンニンは胎児に直接的な毒性をもたらすわけではありませんが、妊娠中に極めて重要となる栄養素、鉄分の吸収を妨げることで、間接的に母体と胎児の健康に影響を及ぼす可能性があります。
鉄分の重要性と妊娠中の貧血
妊娠中は、胎児の成長、胎盤の形成、そして母体の血液量増加(循環血液量が約50%増加する)に対応するため、鉄分の需要が劇的に増加します23。特に妊娠後半期には、1日に6〜7mgもの鉄分が必要になるとされ、これは非妊娠時の数倍に相当します24。この急激な需要増に供給が追いつかないと、鉄欠乏性貧血(IDA)を発症します。これは妊娠中に最も頻繁に見られる栄養欠乏症です24。母体の貧血は、疲労感、息切れ、集中力の低下といった自覚症状だけでなく、産後の回復遅延、産後うつ、さらには分娩時の出血量が増加する産後出血のリスクを高めることが知られています23。胎児にとっても、母親の貧血は低出生体重や早産のリスク因子となり得ます8。
タンニンの作用機序:非ヘム鉄吸収の阻害
紅茶の渋みの主成分であるタンニンは、この重要な鉄分の吸収を強力に阻害する作用を持っています8。そのメカニズムを理解する上で重要なのは、食事に含まれる鉄分には二つの種類があるという点です。
- ヘム鉄: 肉や魚などの動物性食品に含まれる。吸収率が高い。
- 非ヘム鉄: ほうれん草や小松菜、豆類、海藻、そして栄養強化されたシリアルなど、植物性食品に含まれる。吸収率が低い。
タンニンが主に影響を及ぼすのは、後者の非ヘム鉄です25。食事で摂取された非ヘム鉄と紅茶のタンニンが消化管内で出会うと、両者は固く結合して不溶性の複合体を形成します26。この状態になると、鉄は腸の壁から吸収されることなく、そのまま体外へ排出されてしまいます。妊娠中の食事指導では、ほうれん草やひじきといった鉄分豊富な植物性食品の摂取が推奨されることが多いため、このタンニンによる非ヘム鉄の吸収阻害は、妊婦にとって特に大きな問題となり得ます。
実践的対策:食事と紅茶のタイミング
タンニンの影響を軽減するための最も効果的で実践的な方法は、必ずしも紅茶を完全に断つことではなく、飲むタイミングを工夫することです。鉄分の吸収は主に食後に行われるため、鉄分を多く含む食事と同時に、あるいは食後すぐに紅茶を飲むことは避けるべきです27。専門家は、食事を終えてから少なくとも1時間以上の間隔をあけてから紅茶を飲むことを推奨しています27。このわずかな時間差を設けるだけで、食事から摂取した貴重な非ヘム鉄がタンニンに邪魔されることなく、効率的に体内に吸収されるようになります。これは、妊娠中の貧血予防のために誰でも簡単に実践できる、非常に重要な生活習慣です。
実践ガイド:紅茶を安全に楽しむための知識と技術
妊娠中の紅茶摂取リスクを理解した上で、次に関心が高まるのは「では、どうすれば安全に楽しめるのか」という実践的な方法論です。カフェイン摂取量を正確に管理し、賢い選択をすることが鍵となります。
カフェイン含有量の把握:一杯の紅茶に隠された真実
まず基本となるのは、自分が飲む一杯にどれくらいのカフェインが含まれているかを把握することです。一般的に、紅茶のカフェイン含有量は100mlあたり約30mg、一般的なマグカップ(約250ml)一杯あたりでは約75mgとされています20。しかし、この数値はあくまで平均的な目安であり、実際には様々な要因によって大きく変動します。
- 茶葉の種類: アッサムやセイロンなど、茶葉の品種によって元々のカフェイン含有量は異なります。
- 抽出時間: 蒸らし時間が長ければ長いほど、より多くのカフェインが茶葉から抽出されます28。
- 湯の温度: 高温のお湯ほどカフェインの抽出効率が高まります28。
- 茶葉の等級: 一般的に、芯芽などの若い葉(ファーストフラッシュなど)を多く含む高級な茶葉ほど、カフェイン含有量が高い傾向にあります29。
そして最も重要なのは、1日のカフェイン摂取量を紅茶だけで計算しないことです。カフェインはコーヒーはもちろん、緑茶(特に玉露)、ウーロン茶、コーラ、エナジードリンク、ココア、チョコレート、さらには一部の市販薬(鎮痛剤のエキセドリンなど)にも含まれています13。これらの摂取量をすべて合算した「総カフェイン量」で、1日の上限値(200mg)を超えないように管理する必要があります。
品目 | 一般的な量 | カフェイン含有量の目安 (mg) | 出典・注記 |
---|---|---|---|
紅茶 | カップ1杯 (150ml) | 45 mg | 農林水産省のデータ(30mg/100ml)より換算20 |
ドリップコーヒー | カップ1杯 (150ml) | 90 mg | 農林水産省のデータ(60mg/100ml)より換算20 |
玉露 | 1杯 (60ml) | 96 mg | 農林水産省のデータ(160mg/100ml)より換算20 |
煎茶 | 湯呑1杯 (150ml) | 30 mg | 農林水産省のデータ(20mg/100ml)より換算20 |
コーラ | 缶1本 (350ml) | 約 40 mg | 銘柄により異なる18 |
エナジードリンク | 缶1本 (250ml) | 80 – 150 mg | 銘柄により大きく異なる18 |
ミルクチョコレート | 1枚 (50g) | 約 10 mg | カカオ含有量による30 |
高カカオチョコレート (70%) | 1枚 (50g) | 約 42 mg | 文部科学省のデータ(84mg/100g)より換算31 |
賢い選択:カフェイン摂取量を管理する方法
日々の総カフェイン量を意識しつつ、紅茶そのもののカフェインを減らす工夫も有効です。
- 短い抽出時間: 蒸らし時間を通常の3〜5分から1〜2分に短縮するだけで、カップに含まれるカフェイン量を減らすことができます32。
- 「捨て湯(ウォッシュ)」法: これは「洗茶」とも呼ばれる方法で、まず茶葉に熱湯を注いで20〜30秒ほど経ったら、その最初の一煎目を捨てます。カフェインは水に溶け出しやすい性質があるため、この一煎目に多くのカフェインが含まれています。その後、同じ茶葉に再びお湯を注いで二煎目から飲むことで、カフェインが少ない紅茶を楽しむことができます32。
- 湯の温度を下げる: 沸騰直後の100℃のお湯ではなく、少し冷ました80〜90℃のお湯を使うことでも、カフェインの抽出をわずかに抑えることができます28。
- 意識的な摂取: 予め「今日は紅茶を2杯まで」などと1日の上限を決め、それを守る習慣をつけることが、無意識の過剰摂取を防ぐ上で効果的です22。
代替飲料の選択肢:安心して楽しめる飲み物の科学的評価
紅茶の摂取を控えるとなると、当然「代わりに何を飲めば良いのか」という疑問が湧いてきます。「カフェインフリー」とされる飲料は数多くありますが、それらが全て無条件に安全というわけではありません。紅茶のリスクを評価したのと同様の科学的な視点で、代替飲料を評価することが重要です。
デカフェ(カフェインレス)紅茶の真実
カフェインを控えたいけれど紅茶の風味は楽しみたい、という場合に最も有力な選択肢となるのがデカフェ紅茶です。デカフェ化には、主に超臨界二酸化炭素抽出法、水処理法、有機溶媒抽出法といった技術が用いられます11。ここで絶対に理解しておくべき重要な点は、「デカフェ」は「カフェインゼロ」を意味しないということです。規制上、元のカフェイン含有量の97%以上が除去されていれば「デカフェ」と表示できますが、微量のカフェインは残留しています11。一杯あたりの量はごくわずかですが、一日に何杯も飲むと、その残留カフェインが積み重なって無視できない量になる可能性もあるため、デカフェだからと油断せず、適量を心がけることが大切です。
ハーブティーの選択:ルイボスティーと麦茶の評価
カフェインを全く含まないハーブティーは魅力的な選択肢ですが、種類によっては妊娠中に適さないもの(子宮収縮作用のあるハーブなど)も存在します。ここでは、日本で広く飲まれており、比較的安全とされるルイボスティーと麦茶について、その利点と注意点を科学的に評価します。
ルイボスティー
利点: 南アフリカ原産のルイボスティーは、完全にカフェインフリーである点が最大のメリットです33。また、カルシウム、鉄、マグネシウムといったミネラルや、SOD酵素やフラボノイドなどの抗酸化物質を豊富に含み、リラックス効果も期待できるとされています33。
注意点: 一方で、ルイボスティーはポリフェノールを非常に多く含みます。ごく稀なケースではありますが、サプリメントなどによるポリフェノールの極端な過剰摂取が、妊娠後期において胎児の心臓にある動脈管という血管を早期に収縮させてしまう「動脈管早期収縮」と関連する可能性が症例報告レベルで示唆されています34。これはあくまで極端な摂取の場合であり、通常の飲用でリスクが高まるという確固たる証拠はありません。しかし、この知見は、「安全とされるものでも過剰摂取は避けるべき」という原則を教えてくれます。専門家は、特に妊娠後期においては1日に2〜3杯程度に留めるのが賢明だとしています10。
麦茶
利点: 妊娠中の代替飲料として、専門家から最も安全かつ推奨度が高いのが麦茶です。大麦を焙煎して作られる麦茶は、完全にカフェインフリーであり、安心して飲むことができます9。カリウムやカルシウムなどのミネラルを含み、汗をかきやすい夏の水分補給にも適しています35。
注意点: 麦茶に関する注意点は極めて限定的です。東洋医学の考え方で、大麦には体を冷やす作用があるとされるため、冷たい麦茶を一度に大量に飲むことは避けた方が良い、という意見が見られる程度です35。これはカフェインやポリフェノールのような科学的に明確なリスクとは異なり、体感的な注意喚起と言えます。常温や温かい麦茶であれば、特に問題となる点はありません。
飲料 | カフェイン含有量 | 主な利点 | 注意点・推奨摂取量 |
---|---|---|---|
デカフェ紅茶 | 微量 (元の3%以下) | 紅茶の風味を楽しめる | 「ゼロ」ではないため過信は禁物。適量を守る。 |
ルイボスティー | ゼロ | ノンカフェイン、ミネラル・抗酸化物質が豊富 | ポリフェノールが豊富なため、特に妊娠後期は1日2〜3杯程度に留めるのが賢明。 |
麦茶 | ゼロ | ノンカフェイン、ミネラル補給、水分補給に最適 | 最も安全な選択肢の一つ。体を冷やさないよう常温か温めて飲むのが望ましい。 |
よくある質問
結局のところ、紅茶は一日何杯までなら安全に飲めますか?
デカフェ紅茶なら、安心してたくさん飲んでも大丈夫ですか?
ルイボスティーは完全に安全なのでしょうか?
妊娠に気づく前にカフェインを摂りすぎてしまいました。どうすればいいですか?
結論と最終勧告:母親と胎児の健康を最優先するために
本稿では、妊娠中の紅茶摂取について、科学的根拠に基づき多角的な分析を行いました。カフェインのリスクは実在し、国際的な推奨量は「1日200mg未満」ですが、最新の研究では「安全な閾値はない」可能性も示唆されています。また、タンニンによる鉄分吸収阻害という隠れたリスクも無視できません。
これらの科学的知見を踏まえ、JHO編集委員会は妊娠中の母体と胎児の健康を最優先するための最終的な勧告を以下に示します。
- 慎重なアプローチの採用: 最も賢明な選択は、カフェイン摂取を大幅に減らすこと、あるいは可能であれば、特に妊娠第一トリメスター(妊娠初期)においては完全に避けることを検討することです。
- 「カフェイン会計士」になる: 紅茶だけでなく、コーヒー、緑茶、清涼飲料水、チョコレート、医薬品など、口にするもの全てのカフェイン含有量を意識し、1日の総摂取量を管理する習慣を身につけてください。
- 飲むタイミングを計る: もし紅茶を飲む場合は、鉄分豊富な食事との同時摂取を避け、食後1時間以上あけるなど、タンニンの影響を最小限に抑える工夫をしてください27。
- 代替飲料を賢く選ぶ: 日常的な水分補給には、最も安全な選択肢である麦茶を基本とし、気分転換にルイボスティーやデカフェ紅茶を適量楽しむなど、リスクの低い飲料を賢く選択してください。
最後に、最も重要な勧告を記します。本稿は、最新の科学的知見に基づく教育的な情報提供を目的としており、個別の医療アドバイスに代わるものではありません。食生活に関するあらゆる決定、特に紅茶やカフェインを含む飲料の摂取については、必ずご自身の担当産科医、助産師、あるいは管理栄養士に相談してください1。専門家は、あなたの健康状態、既往歴、食生活全体を考慮した上で、あなたと赤ちゃんにとって最も安全で最適な、パーソナライズされた指導を提供してくれます。正しい知識と専門家のサポートを得て、心穏やかで健やかな妊娠期間を過ごされることを心より願っています。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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