妊娠中の緑色の便、大丈夫？産婦人科医が原因と対策を徹底解説

便の色が決まる仕組み：なぜ通常は茶色なのか？

緑色の便について理解するためには、まず、なぜ私たちの便が普段は茶色なのかを知ることが重要です。便の色は、単に食べたものの色がそのまま出ているわけではなく、体内の精巧な化学プロセスを経て決まります。食べ物は胃で消化された後、小腸へと送られます。ここで重要な役割を果たすのが、肝臓で作られる「胆汁（たんじゅう）」という黄緑色の消化液です³。胆汁は肝臓の下にある胆嚢（たんのう）に一時的に蓄えられ、食事の刺激に応じて小腸に分泌されます。この胆汁には、「ビリルビン」という黄色い色素が含まれています³。ビリルビンは、古くなった赤血球が脾臓や肝臓で分解される際に作られる老廃物です。小腸に分泌されたビリルビンは、食べ物と混ざり合いながら大腸へと進みます。そして大腸にいる腸内細菌の働きによって化学変化を受け、最終的に「ステルコビリン」という茶色の物質に変わります³。このステルコビリンこそが、便に特有の茶色を与えている正体です。つまり、便の茶色は「肝臓（胆汁の生成）」「胆道（胆汁の通り道）」「腸内細菌（ビリルビンの分解）」という一連の消化プロセスが正常に機能している証と言えます。このプロセスのどこかに変化が生じると、便の色も変わる可能性があるのです。例えば、食べ物が腸内を通過するスピードが速すぎると、ビリルビンが茶色のステルコビリンに変化する十分な時間がなく、胆汁本来の緑がかった色のまま排出されることがあります。この「通過時間の変化」が、緑色の便を理解する上で非常に重要な鍵となります。

妊娠中の緑色の便：心配のいらない一般的な原因

妊娠中に見られる緑色の便の多くは、病的なものではなく、食事やサプリメント、妊娠に伴う生理的な変化によるものです。ここでは、心配のいらない一般的な原因を3つのカテゴリーに分けて詳しく解説します。

A. 食事の影響

食べたものが便の色に影響を与えることはよく知られています。特に緑色の便に関しては、以下の2点が主な要因です。

葉緑素（クロロフィル）

ほうれん草や小松菜、ケール、ブロッコリーといった緑黄色野菜や、明日葉、海藻類（わかめなど）には、葉緑素（クロロフィル）という緑色の色素が豊富に含まれています⁴。クロロフィルは体内でほとんど吸収されずに便として排出されるため、これらの食品をたくさん食べると、便が緑色を帯びることがあります¹。健康のためにグリーンスムージーや青汁を飲んでいる場合も同様です⁵。これは食べたものの色がそのまま出ているだけであり、全く心配する必要はありません。

食品着色料

ケーキのアイシング、キャンディー、清涼飲料水などに使われる緑色の食品着色料も、消化されずに排出されることで便を緑色にすることがあります¹。また、青色や紫色の着色料も、消化の過程で部分的に分解されることで、結果的に緑色の便になることがあります²。特定の食品を食べた後に一時的に便の色が変わった場合は、この可能性が高いと考えられます。

B. 鉄剤・サプリメントの影響

妊娠中の緑色の便で、おそらく最も一般的な原因が、貧血の予防や治療のために処方される鉄剤です¹。多くの妊婦さんは、妊娠中期以降、血液の量が増える一方で血液自体は薄まりやすくなるため（生理的希釈）、鉄欠乏性貧血になりやすく、鉄剤の服用が必要になります⁶。

鉄剤で便の色が変わるメカニズム

鉄剤を服用すると、便が暗緑色から黒っぽくなることがよくあります⁷。これには複数の理由が考えられます。

• 未吸収の鉄: 経口で摂取した鉄分は、そのすべてが体内に吸収されるわけではありません⁸。吸収されなかった鉄分が大腸まで運ばれ、そこで酸化されたり、腸内細菌が作り出す硫化水素と反応して黒い硫化鉄になったりすることで、便の色が黒っぽくなります⁹。
• 胆汁との相互作用: 吸収されなかった鉄分が、腸内で黄緑色の胆汁と混ざり合うことで、便が暗緑色になることもあります¹⁰。

実際に、鉄剤の副作用として「緑色またはタールのような黒色の便」と明記されているものもあり、暗緑色になるのは非常に典型的な変化です¹¹。

安心のためのポイント

鉄剤による便の色の変化は、薬がきちんと体を通っている証拠であり、病的なものではありません⁹。消化管からの出血によって起こる黒色便（タール便）とは異なり、特有の強い悪臭や、コールタールのような粘り気はありません⁹。医師から処方された鉄剤を服用中に便が暗緑色や黒色になっても、自己判断で中断せず、指示通りに服用を続けてください。

C. 妊娠に伴う消化機能の変化

妊娠は、ホルモンバランスの劇的な変化を通じて、消化器系に様々な影響を及ぼします。

ホルモンの影響と腸の動き

妊娠を維持するために重要な役割を果たす黄体ホルモン（プロゲステロン）には、全身の平滑筋を緩める作用があります¹²。これにより、子宮の筋肉が緩んで赤ちゃんが育ちやすい環境が作られるのですが、同時に腸の筋肉（平滑筋）も緩んでしまいます。その結果、便を送り出す蠕動（ぜんどう）運動が弱まり、便秘になりやすくなります¹³。

「速すぎる」消化と緑色の便

一方で、便秘とは逆に、食べ物が腸内を速く通過してしまうこともあります。これは、ホルモンの変動や、つわり後の食生活の変化などがきっかけで起こり得ます¹⁴。前述の通り、便の茶色は、胆汁の色素であるビリルビンが腸内細菌によって時間をかけて分解されることで生まれます。しかし、下痢などで腸の動きが活発になりすぎると、食べ物が速いスピードで大腸を通過してしまいます²。すると、ビリルビンが茶色のステルコビリンに変化するための十分な時間がなくなり、胆汁の元々の色である黄緑色のまま便として排出されるのです¹⁵。つまり、この場合の緑色の便は、「消化不良」というよりは「速すぎる消化」のサインと言えます。妊娠中のホルモンバランスの変化による一過性の下痢であれば、他に症状がなければ特に心配はいりません。

注意が必要な緑色の便：病気のサインとなる可能性

ほとんどの緑色の便は心配いりませんが、中には治療が必要な病気のサインである可能性もゼロではありません。ただし、その場合は緑色の便「だけ」が症状として現れることは稀で、必ず他の特徴的な症状を伴います。

A. 胃腸炎（感染症）

サルモネラ菌や大腸菌などの細菌、あるいはノロウイルスやロタウイルスといったウイルスに感染すると、急性胃腸炎を発症します⁴。腸の粘膜が炎症を起こして刺激されると、腸の動きが過剰に活発になり、激しい下痢を引き起こします⁴。このメカニズムは、第2章で説明した「速すぎる消化」と同じです。腸の通過時間が極端に短くなるため、胆汁が分解されずに緑色の水様便として排出されます²。

見分けるための重要なサイン

感染性胃腸炎の場合、緑色の下痢に加えて、以下のような症状が伴います¹。

• 持続する、あるいは悪化する下痢
• 腹痛、けいれん
• 吐き気、嘔吐
• 発熱

これらの症状がある場合は、脱水症状や感染の悪化を防ぐため、自己判断で市販の下痢止めなどを服用せず、速やかにかかりつけの産婦人科に相談してください¹⁶。

B. 基礎にある腸の病気

もともと過敏性腸症候群（IBS）や潰瘍性大腸炎、クローン病といった腸の病気をお持ちの場合、妊娠によるホルモンバランスの変化やストレスがきっかけで、症状が悪化（再燃）することがあります¹⁴。これらの病気でも、症状の一つとして下痢が起こり、緑色の便が出ることがあります。ご自身の持病について心当たりがある場合は、便の色の変化とともに他の症状（腹痛、血便など）にも注意し、早めに主治医（消化器内科および産婦人科）に相談することが重要です。

妊娠中の肝臓と胆嚢の健康：特別な注意点

妊娠中は、肝臓や胆嚢の働きに特有の変化が起こることがあります。その中で、便の色が重要なサインとなる「妊娠肝内胆汁うっ滞症（ICP）」という病気について、正しく理解しておくことが非常に重要です。

A. 妊娠肝内胆汁うっ滞症（ICP）：詳細ガイド

妊娠肝内胆汁うっ滞症（Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy, ICP）は、主に妊娠後期に発症する肝臓の病気で、肝臓で作られた胆汁の流れが悪くなる（うっ滞する）状態を指します¹⁷。これは胆石のような物理的な詰まりが原因ではなく、機能的な問題です。

原因とメカニズム

正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、妊娠後期にピークを迎える女性ホルモン（エストロゲンとプロゲステロン）が、肝細胞から胆汁酸を排泄する輸送体の働きを妨げることが主な要因と考えられています¹⁷。その結果、行き場を失った胆汁酸が血液中に逆流し、様々な症状を引き起こします。この病気は比較的まれで、英国のデータでは妊婦1000人あたり約7人の発生率ですが、遺伝的な素因が強く関与しており、南米や南アジア系の女性で有病率が高いことが知られています¹⁸。

ICPの重要な症状

ICPを疑う上で最も重要な症状は、便の色そのものよりも、以下の特徴的な症状です。

• 激しいかゆみ: ICPの最も代表的な症状は、発疹を伴わない、耐え難いほどの強いかゆみです¹⁹。特に、手のひらや足の裏のかゆみが特徴的で、夜間に悪化して眠れないほどの苦痛を伴うこともあります¹⁷。
• 便と尿の色の変化: ここが決定的に重要なポイントです。ICPでは胆汁が腸に十分に流れ込まないため、便の色素が不足し、便の色は白っぽく（淡黄色、クリーム色、灰色）なります²⁰。脂肪の消化も悪くなるため、脂っぽく悪臭のする脂肪便になることもあります¹⁹。一方で、血液中に溢れたビリルビンが腎臓から排泄されるため、尿の色は濃くなります¹⁷。

この点を明確に理解することが、不要な不安を解消する鍵となります。あなたが経験している「緑色の便」は、胆汁が腸に「存在し、速く通過している」サインです。一方で、ICPでみられる「白っぽい便」は、胆汁が腸に「届いていない」サインです。これは全く正反対の現象であり、もしあなたの便が緑色であるならば、ICPである可能性は極めて低いと言えます。

赤ちゃんへの影響

ICPがなぜ重要視されるかというと、お母さんのかゆみの苦痛だけでなく、お腹の赤ちゃんに深刻な影響を及ぼすリスクがあるためです¹⁹。血液中の胆汁酸濃度が高くなると、早産や、出生後の赤ちゃんに呼吸障害が起こるリスクが高まります¹⁷。また、赤ちゃんが子宮内で苦しいサインとして、本来は出生後に出すはずの最初の便（胎便）をしてしまうことがあります。この胎便は、胆汁の色素によって濃い緑色をしており¹⁷、これを赤ちゃんが吸い込んでしまうと重篤な呼吸障害（胎便吸引症候群）を引き起こす可能性があります¹⁷。さらに、胆汁酸レベルが極端に高い重症例では、残念ながら死産のリスクも上昇することが報告されています¹⁹。そのため、ICPと診断された場合は、慎重な管理と、場合によっては早めの分娩が計画されます²¹。

B. 胆石と胆管の問題

妊娠中はホルモンの影響で胆汁の成分が変化し、胆石ができやすくなることが知られています¹。通常は無症状ですが、もし胆石が胆汁の通り道である総胆管に詰まってしまうと、胆汁の流れが完全に妨げられます。この場合もICPと同様に、黄疸や濃い色の尿、そして白っぽい便といった症状が現れます¹。激しい右上腹部痛を伴うことが多く、緊急の治療が必要です。

あなたのアクションプラン：便の色と症状でわかる対処法

ここまで様々な原因を解説してきましたが、ご自身の状況を判断し、どう行動すればよいのかを具体的にまとめたものがこのアクションプランです。以下のチェックリストを参考に、冷静にご自身の状態を確認してみてください。

妊娠中の快腸生活：消化器系の健康を保つために

妊娠中の便のトラブルは、色の変化だけでなく、多くの妊婦さんが便秘や下痢に悩まされます。ここでは、消化器系の健康を保ち、快適なマタニティライフを送るための具体的なセルフケアをご紹介します。

妊娠中の便秘と下痢の予防と対策

妊娠中の便通トラブルの多くは、生活習慣の見直しで改善が期待できます。

• 十分な水分補給: 体内の水分が不足すると便が硬くなり、便秘の原因になります²⁴。こまめに水分を摂ることを心がけ、1日に1.5リットル程度を目安にしましょう。特に、朝起きてすぐにコップ1杯の水か白湯を飲むと、胃腸が刺激されて動き出す「胃・結腸反射」を促す効果があり、便意につながりやすくなります¹²。
• 食物繊維を賢く摂る: 食物繊維は、便の量を増やし、腸の蠕動運動を活発にする働きがあります¹²。食物繊維には2種類あり、バランス良く摂ることが大切です。
  • 不溶性食物繊維: 便のかさを増やして腸を刺激します。野菜、きのこ、豆類、いも類、玄米などに多く含まれます²⁴。
  • 水溶性食物繊維: 便を柔らかくして排出しやすくします。果物（りんごなど）、海藻類（わかめ、こんぶ）、こんにゃくなどに豊富です²⁴。
• 善玉菌を味方につける: 腸内環境を整えることも非常に重要です。ヨーグルト、納豆、味噌などの発酵食品に含まれる乳酸菌などの善玉菌を積極的に摂りましょう²⁴。また、善玉菌のエサとなるオリゴ糖（大豆、玉ねぎ、ごぼうなどに含まれる）や、先述の食物繊維も腸内環境の改善に役立ちます。
• 適度な運動を習慣に: ウォーキングやマタニティヨガ、ストレッチなどの無理のない運動は、血行を促進し、腸に心地よい刺激を与えて働きを活発にします¹²。安静にしすぎず、体調の良い日は積極的に体を動かすことが、健康的な妊娠生活につながります。
• 市販薬には頼らない: 便秘や下痢が辛くても、自己判断で市販薬を使用するのは絶対に避けてください¹²。中には子宮の収縮を促す成分が含まれているものもあり、危険です。辛い場合は必ずかかりつけの産婦人科医に相談し、妊娠中でも安全に使える薬を処方してもらいましょう。

鉄剤の副作用への対処法

貧血予防に欠かせない鉄剤ですが、吐き気や便秘などの消化器症状が出やすいのが難点です。少しでも快適に服用を続けるために、以下の工夫を試してみてください。

• ビタミンCと一緒に摂る: ビタミンCは鉄の吸収率を高める働きがあります⁶。鉄剤をオレンジジュースで飲んだり、食事に果物やブロッコリーなどを取り入れたりするのがおすすめです。
• 食事と一緒に、または食後に服用する: 空腹時に飲むと胃がむかむかしやすい場合は、軽い食事と一緒に、あるいは食後に服用することで症状が和らぐことがあります²⁵。
• 便秘対策を強化する: 鉄剤で便秘になりやすい方は、特に意識して水分と食物繊維を多く摂るようにしましょう²⁶。
• 医師に相談する: どうしても副作用が辛い場合は、薬の種類や剤形を変更することで改善する可能性もあります。我慢せずに医師や薬剤師に相談してください。

ストレス管理と腸の健康

「腸は第二の脳」とも言われるように、腸の働きは自律神経を通じて脳と密接につながっています。妊娠中の不安やストレスは、腸の機能を低下させ、便秘や下痢を引き起こす原因にもなります⁴。リラックスできる時間を作ったり、軽い運動で気分転換をしたりと、ご自身に合った方法でストレスを上手に管理することも、お腹の健康を保つために大切なことです。

結論

妊娠中に緑色の便が出ると、誰もが不安になるものです。しかし、この記事を通じて、その原因の多くは心配のいらないものであること、そして本当に注意すべきサインは何なのかをご理解いただけたことと思います。

最後に、重要なポイントを改めてまとめます。

• 妊娠中の緑色の便は一般的で、多くは無害です。 緑黄色野菜の摂取、鉄剤の服用、妊娠による一過性の消化機能の変化が主な原因です¹。
• 最も重要なのは、便の色だけでなく「随伴症状」に注目することです。 発熱や激しい腹痛、嘔吐などを伴う場合は感染症の可能性があります。そして、最も注意すべき「妊娠肝内胆汁うっ滞症（ICP）」のサインは、緑色の便ではなく、「発疹のない激しいかゆみ」と「白っぽい便」です²⁷。
• 自己判断は禁物です。 不安なとき、迷ったときは、一人で悩まず、かかりつけの産婦人科医に相談することが最も安全で確実な方法です。

妊娠という特別な期間を、心穏やかに過ごしていただくこと。それが私たち産婦人科医の願いです。この記事が、皆さまの不安を和らげ、ご自身の体をより深く理解するための一助となれば幸いです。どんな些細なことでも、どうぞ遠慮なく私たち専門家を頼ってください。

よくある質問 (FAQ)