妊娠初期の腹痛【産婦人科医監修】原因と危険なサイン、症状別チェックリスト

この痛みは大丈夫？症状チェックリスト

ご自身の症状を客観的に判断するため、以下のチェックリストをご活用ください。これはあくまで目安であり、少しでも不安があれば医療機関に相談することが最も安全です。

第1章：心配のいらない腹痛：体が変化している正常なサイン

妊娠が成立すると、女性の体は赤ちゃんを育むために劇的な変化を遂げます。この変化の過程で生じる痛みの多くは、心配する必要のない生理的なものです。その原因を正しく理解することで、不要な不安を和らげることができます。

1.1. 子宮の成長と靭帯の伸展による痛み

妊娠前は鶏の卵ほどの大きさだった子宮は、赤ちゃんの成長に合わせて急速に拡大していきます。このダイナミックな変化が、痛みの主な原因の一つです。⁸

• 痛みの特徴：下腹部の片側または両側が「チクチク」と痛む、足の付け根あたりが「ズキッ」と痛む、または「引きつるような」感覚があります。³
• メカニズム：子宮が大きくなるにつれて、子宮を骨盤内で支えている「円靭帯（えんじんたい）」という2本の靭帯が引き伸ばされます。この靭帯が急に引っ張られることで、鋭い痛みとして感じられるのです。⁸
• 起こりやすい状況：立ち上がる、咳をする、寝返りを打つなど、急に体勢を変えたときに痛みが誘発されやすいのが特徴です。痛みは通常、数秒から数分で自然に治まります。¹

1.2. ホルモン変化による痛み

妊娠を維持するために不可欠なホルモンもまた、腹痛の原因となります。特に重要な役割を果たすのが「プロゲステロン（黄体ホルモン）」です。

• プロゲステロンの影響：このホルモンには、子宮の筋肉を弛緩させて妊娠を維持する働きがありますが、同時に腸の筋肉（平滑筋）の動きも鈍くしてしまいます。その結果、便秘やガスが溜まりやすくなり、「お腹が張って苦しい」「ギュッとしぼるような」腹痛を引き起こすことがあります。⁷⁹
• その他のホルモン：エストロゲン（卵胞ホルモン）やhCG（ヒト絨毛性ゴナドトロピン）といった他のホルモンの影響で、生理痛に似た子宮の軽い収縮が起こり、鈍痛として感じられることもあります。³

1.3. つわりと消化器系の問題による痛み

多くの妊婦さんが経験する「つわり」も、間接的に腹痛の原因となることがあります。

• 嘔吐による影響：頻繁な嘔吐は胃や食道に負担をかけ、胃痛や胸やけのような不快感を引き起こす可能性があります。また、嘔吐の際に腹筋が強く収縮することで、腹部に痛みを感じることもあります。⁷
• 下痢：ホルモンバランスの変化や、つわりによる食生活の変化、精神的なストレスなどが原因で下痢になることがあります。下痢に伴う腸の過剰な動きが、腹痛を引き起こします。¹⁰

1.4. 着床痛（ちゃくしょうつう）

これは、妊娠ごく初期（妊娠4週頃）に受精卵が子宮内膜にもぐり込んで「着床」する際に起こるとされる痛みです。⁸

• 特徴：もし感じるとしても、非常に軽い下腹部のチクチク感や違和感程度です。この時期に「着床出血」と呼ばれるごく少量のピンク色や茶色のおりものがみられることもありますが、全ての女性が経験するわけではなく、医学的に確証のあるサインではありません。

第2章：危険な腹痛のサイン：直ちに医師への連絡が必要なとき

ここからは、母体と赤ちゃんの安全のために絶対に見逃してはならない「危険な腹痛」のサインについて解説します。これらの症状は、産科的な緊急事態の可能性を示唆しています。ためらわずに医療機関に連絡してください。

2.1. ⚠️ 腹痛と出血の組み合わせ

「腹痛」と「性器からの出血」が同時に起こることは、最も警戒すべきサインです。¹ これは流産や異所性妊娠（子宮外妊娠）といった深刻な状態の可能性を強く示唆します。出血の量（少量、点状、大量）、色（鮮やかな赤、茶色、ピンク色）にかかわらず、腹痛を伴う場合は自己判断せず、必ず医療機関に連絡してください。³

2.2. ⚠️ 痛みの特徴

痛みの性質そのものも、重要な判断材料となります。

• 我慢できないほどの激しい痛み（激痛）：立っていられない、冷や汗が出る、会話が困難になるほどの痛みは、異常事態のサインです。¹
• 時間とともにどんどん強くなる痛み：痛みが和らぐことなく、むしろ時間経過とともに悪化していく場合は、病状が進行している可能性があります。¹
• 持続的な痛み：一時的ではなく、30分以上も痛みが続く場合や、安静にしても全く改善しない場合は注意が必要です。¹
• 夜も眠れないほどの痛み：痛みのために眠りにつけない、または夜中に痛みで目が覚めてしまうような場合は、正常な範囲を超えていると考えられます。¹

2.3. ⚠️ 伴走する全身症状

腹痛に加えて、以下のような全身症状が見られる場合も危険度が高まります。

• 発熱や悪寒¹
• めまい、立ちくらみ、気が遠くなる感じ⁸
• 通常のつわりとは異なる、激しい吐き気や嘔吐³
• 冷や汗が出る、顔面が蒼白になる³

第3章：緊急性が高い病気とその症状

危険な腹痛の背後には、どのような病気が隠れているのでしょうか。ここでは、代表的な深刻な状態について、医学的知見に基づいて解説します。

3.1. 流産・切迫流産

• 症状：生理痛に似た、またはそれ以上の周期的な下腹部の収縮痛や腰痛が特徴で、性器からの出血を伴います。出血には、鮮血や茶褐色の血液、時に血の塊が混じることもあります。¹
• 重要な補足情報：JHO編集委員会は、このような状況にある女性の心理的負担を深く理解しています。多くの専門機関が指摘するように、妊娠12週未満の早期流産の約80%は、胎児自身の染色体異常が原因で起こる自然淘汰現象です。³ これは母親の行動や健康状態とは無関係であり、ご自身を責める必要は決してありません。臨床的に確認された妊娠のうち約15%が流産に終わるというデータもあり⁸、決して稀なことではありませんが、どのような場合でも医師による診断とケアが不可欠です。

3.2. 異所性妊娠（子宮外妊娠）

これは受精卵が子宮内膜以外の場所（最も多いのは卵管）に着床してしまう状態で、母体の生命を脅かす可能性のある産科的緊急事態です。そのため、極めて明確な説明が必要です。

• 症状：典型的な症状は、片側の下腹部に生じる突き刺すような鋭い痛みです。卵管が破裂した場合には、突然の激痛が腹部全体に広がります。その他のサインとして、不正出血（必ずしもあるわけではなく、少量の場合も多い）、めまい、失神、肩の痛み（腹腔内の出血が横隔膜を刺激することで生じる関連痛）などがあります。¹
• 診断プロセス：異所性妊娠の診断は症状だけではできず、専門的な検査が必要です。米国産科婦人科学会（ACOG）のガイドラインなど、国際的な標準治療では、主に2つの検査を組み合わせて診断します。¹⁵
  1. 経腟超音波検査：腟からプローブを挿入し、子宮内に胎嚢（たいのう）が正常に存在するかを確認します。
  2. 血中hCG濃度の連続測定：妊娠ホルモンであるhCGの血中濃度を48〜72時間おきに測定します。正常な妊娠ではこの期間に濃度がほぼ倍増しますが、異所性妊娠では増加のペースが著しく遅いか、停滞、あるいは減少します。¹⁵²¹
• 重要性：異所性妊娠は、診断と治療の遅れが命に関わります。早期に発見し、適切に介入することが、母体の安全と将来の妊よう性（妊娠する能力）を守るために極めて重要です。¹⁵

3.3. その他の原因

• 尿路感染症・腎盂腎炎：下腹部痛や背中・腰の痛みに加え、高熱、悪寒、排尿時の痛みや頻尿を伴います。放置すると重症化するため、妊娠中でも安全な抗生物質による治療が必要です。¹
• 卵巣のトラブル（卵巣嚢腫の茎捻転など）：卵巣にできた嚢腫（のうしゅ）がねじれる（茎捻転）と、血流が途絶え、突然の激しい下腹部痛を引き起こします。これも緊急手術が必要な状態です。⁸
• 産科以外の病気（虫垂炎など）：妊娠中でも、虫垂炎（盲腸）のような一般的な病気を発症する可能性はあります。注意が必要なのは、妊娠によって子宮が大きくなると、腹部の臓器の位置がずれることです。例えば、虫垂炎の典型的な痛みの場所（右下腹部）が、もっと高い位置に移動することがあり、診断が難しくなる場合があります。²⁹

第4章：自分でできる安全な対処法と絶対にしてはいけないこと

危険なサインがない軽い痛みに対しては、ご自身でできる対処法があります。同時に、絶対に避けるべきことも理解しておきましょう。

4.1. 軽い痛みを和らげる方法

• 安静にする：まずは無理せず、横になって休みましょう。特に、体の左側を下にして寝る「シムスの体位」は、大きな血管への圧迫を減らし、子宮への血流を改善する効果が期待できます。¹⁹
• 体を温める：湯たんぽや温かいタオルなどで腹部を優しく温めると、筋肉の緊張がほぐれ、痛みが和らぐことがあります。ぬるめのお風呂にゆっくり浸かるのも良いでしょう。ただし、熱すぎる温度は避けてください。¹⁹
• 水分を十分に摂る：こまめな水分補給は、腹痛の一般的な原因である便秘の予防・改善に繋がります。⁷
• 食物繊維を摂る：野菜や果物、海藻、きのこ類など、食物繊維が豊富な食品を積極的に食事に取り入れ、腸の動きを活発に保ちましょう。⁷

4.2. 🚫 絶対にしてはいけないこと

• 自己判断での鎮痛薬の服用：これが最も重要な警告です。アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬（NSAIDs）を含む多くの市販薬は、妊娠初期の胎児の器官形成に悪影響を及ぼす可能性があります。⁹ 漢方薬やハーブティーであっても、必ず事前に産婦人科医に相談してください。
• 危険なサインを無視すること：第2章で挙げたような危険な症状があるにもかかわらず、「きっと大丈夫だろう」と様子を見るのは非常に危険です。産科領域では、受診の遅れが深刻な結果を招くことがあります。不安な時は、ためらわずに専門家を頼ってください。

第5章：日本の医療システムにおける受診ガイド

いざという時に慌てず、スムーズに医療機関を受診できるよう、日本の医療システムにおける具体的な行動指針をまとめました。これは、皆様の不安を具体的な行動に変えるための実践的なガイドです。

5.1. いつ、どこに連絡すべきか？

状況に応じて連絡先を判断することが重要です。

• かかりつけの産婦人科に電話：危険なサイン（第2章参照）があるが、意識ははっきりしており、まだ動ける状態の場合の第一選択です。まずは電話で指示を仰ぎましょう。
• 救急相談センター（#7119）に電話：夜間や休日でかかりつけ医と連絡が取れない時、症状が救急車を呼ぶべきか迷う時に利用します。医師や看護師が症状を聞き取り、適切なアドバイス（自分で病院に行く、救急車を呼ぶなど）をしてくれます。¹⁶
• 救急車（119）を要請：我慢できないほどの激痛、大量の出血、失神・意識が朦朧としている、呼吸が苦しいなど、明らかに緊急事態の場合は、ためらわずに119番通報してください。¹⁷

5.2. 受診時に準備するもの

緊急時でも落ち着いて対応できるよう、以下のものをまとめておくと安心です。

• 健康保険証
• 母子健康手帳：これまでの妊娠経過がすべて記録されている非常に重要な書類です。かかりつけ以外の病院に行く場合でも、医師が迅速に状況を把握するのに役立ちます。⁴
• 症状のメモ：いつから痛むか、どこが痛むか、どんな痛みか、出血の有無や色・量、他にどんな症状があるかなどを簡潔にメモしておくと、医師に正確に伝えられます。¹⁰
• 診察券
• 現金やクレジットカード

5.3. 病院では何が行われるか？

一般的な診察の流れを知っておくことで、心の準備ができます。

1. 問診：医師が症状について詳しく質問します。
2. 内診・腹部の診察：子宮の状態や出血の有無、痛みの場所を確認します。
3. 経腟超音波検査：妊娠初期の診断で最も重要な検査です。子宮内の胎嚢の有無、赤ちゃんの心拍、異所性妊娠の可能性などを詳細に調べます。
4. 血液検査：妊娠ホルモン（hCG）の濃度や貧血の有無などを確認するために行われることがあります。

よくある質問 (FAQ)

結論

妊娠初期の腹痛は、未来の母親にとって大きな不安の種ですが、その多くは新しい命を育む過程で起こる自然な現象です。この記事を通じて、皆様が「心配のいらない痛み」と「危険な痛み」を冷静に見分ける知識を身につけ、不必要な心配から解放されることを願っています。最も重要なメッセージは、「一人で悩まないこと」です。あなたの体の中で起きている変化、そしてあなたの不安を最も深く理解してくれるのは、産婦人科の専門家です。少しでも「おかしいな」と感じたら、ためらわずに、かかりつけの医師や地域の医療サポートシステムに助けを求めてください。正しい知識と迅速な行動が、あなたと未来の赤ちゃんの健康を守るための最も確かな鍵となります。