子どもの貧血【2025年最新ガイドライン】原因・症状から食事・治療法まで小児科医が徹底解説
小児科

子どもの貧血【2025年最新ガイドライン】原因・症状から食事・治療法まで小児科医が徹底解説

お子様の顔色が悪い、疲れやすい、集中力がない…それは「貧血」のサインかもしれません。小児貧血は、特に乳幼児期と思春期に多く見られ、放置すると脳の発達や学習能力にも影響を及ぼす可能性があります1。この記事は、2024年7月に日本鉄バイオサイエンス学会によって発行された最新の『鉄欠乏性貧血の診療指針』2、および日本新生児成育医学会のガイドライン3、世界保健機関(WHO)4、米国小児科学会(AAP)5などの国内外の権威ある情報源に基づき、小児科専門医の視点から作成されています。保護者の皆様が抱える不安を解消し、お子様の健やかな成長をサポートするための、最も信頼できる情報源となることを目指します。

要点まとめ

  • 小児貧血は非常にありふれた疾患で、特に生後6ヶ月以降の乳児期と思春期が最もリスクの高い時期です。最新の国内調査では、1〜5歳の子どもの約20人に1人が貧血の疑いがあると報告されています6
  • 原因のほとんどは、成長に必要な鉄分が食事から十分に摂取できていない「鉄欠乏」です。放置すると、乳幼児期では脳の発達に不可逆的な影響を与える可能性があり、学童期以降では集中力や学業成績の低下につながることがあります7
  • 「顔色が悪い」「疲れやすい」といった一般的な症状に加え、「氷を異常に食べたがる(氷食症)」は鉄欠乏の特異なサインです8。気になる症状があれば、自己判断せず、まずは小児科を受診することが重要です。
  • 治療の基本は、医師が処方する鉄剤の服用です。血液検査で貧血が改善しても、体内の貯蔵鉄を完全に満たすために、医師の指示通りに数ヶ月間服用を続ける必要があります9。食事療法も重要で、鉄分豊富な食品(特にレバーや赤身肉)と、その吸収を高めるビタミンCを一緒に摂ることが推奨されます。

1. 子どもの貧血とは?まず知っておきたい基本

このセクションでは、貧血の医学的な定義と、なぜ鉄分が子どもの成長に不可欠なのかを、最新のデータを交えて解説します。

1.1. 貧血の医学的定義:赤血球とヘモグロビンの役割

私たちの血液が赤いのは、血液中の大部分を占める「赤血球」という細胞の色に由来します。赤血球の中には「ヘモグロビン(Hb)」と呼ばれるタンパク質が大量に含まれており、これが肺から取り込んだ酸素と結合し、全身の細胞の隅々まで酸素を届ける「運搬役」を担っています4。貧血とは、このヘモグロビンの濃度が年齢や性別の基準値を下回った状態を指し、全身の細胞が酸素不足に陥ることを意味します。これにより、様々な身体の不調が引き起こされるのです。年齢・性別ごとのヘモグロビン基準値は以下の通りです。

年齢 ヘモグロビン基準値 (g/dL)
生後6ヶ月~5歳未満 11.0 g/dL 未満
5歳~12歳未満 11.5 g/dL 未満
12歳~15歳未満 12.0 g/dL 未満
15歳以上の女性 12.0 g/dL 未満
15歳以上の男性 13.0 g/dL 未満
– 米国小児科学会(AAP)および世界保健機関(WHO)の基準に基づく45

日本における現状として、2024年に発表された日本の大規模調査の結果では、「日本の1歳から5歳の子どものうち、約20人に1人(5.2%)が貧血の疑いがある」という具体的な数字が提示されました6。これにより、貧血が決して稀な病気ではなく、非常に身近な健康問題であることがわかります。

1.2. なぜ鉄分が重要なのか?鉄欠乏が貧血を引き起こすメカニズム

貧血の大部分を占めるのが「鉄欠乏性貧血」です。鉄は、酸素を運ぶヘモグロビンの中心的な構成要素であるため、鉄が不足するとヘモグロビンを正常に作ることができなくなり、貧血に至ります10。さらに、鉄の役割はそれだけではありません。脳内で精神の安定や学習意欲に関わる神経伝達物質(ドーパミンやセロトニンなど)を合成する際にも、補酵素として不可欠な役割を果たしています7。子どもの心と体の両方の健全な発達にとって、鉄分は極めて重要な栄養素なのです。
体内の鉄が不足していく過程は段階的に進行します。まず、肝臓などに蓄えられている「貯蔵鉄(フェリチン)」が消費されます。この段階ではヘモグロビン値は正常ですが、体内の鉄のストックは枯渇し始めており、「かくれ貧血(潜在性鉄欠乏)」とも呼ばれます。この貯蔵鉄が底をつくと、次に血液中を流れる「血清鉄」が減少し、最終段階としてヘモグロビンが十分に作れなくなり、医学的な「貧血」と診断される状態に至るのです11

2. 子どもの貧血、考えられる原因は?

このセクションでは、小児貧血の最も一般的な原因である鉄欠乏を中心に、リスクが高まる特定の時期や状況について深掘りします。

2.1. 最大の原因:鉄欠乏性貧血

乳児期(生後6ヶ月〜2歳):最初のハイリスク期

乳児期は、子どもの生涯で最も貧血になりやすい時期の一つです。その最大の原因は、急激な成長による鉄需要の増大と、食事からの供給が追いつかない「需要と供給のギャップ」にあります12。赤ちゃんは母親の胎内で鉄を蓄えて生まれてきますが、この「貯蔵鉄」は生後6ヶ月頃にはほとんど使い果たされてしまいます。そのため、離乳食が始まるこの時期から、意識的に鉄分を摂取させていくことが非常に重要です。
特に注意が必要なのが母乳栄養児です。母乳は乳児にとって最高の栄養源ですが、鉄分の含有量が少ないため、離乳食でしっかりと鉄分を補う必要があります3。また、「牛乳貧血」にも警鐘が鳴らされています。1歳未満で牛乳を飲ませると、牛乳に含まれるカルシウムなどが鉄の吸収を妨げるほか、消化管に微量の出血を引き起こす可能性があり、推奨されていません。1歳を過ぎても、牛乳を1日に500ml以上(コップ約2〜3杯)飲むと、それだけで満腹になってしまい、鉄分が豊富な他の食品が食べられなくなるため、貧血のリスクが高まります13

思春期(10歳〜18歳):2番目のハイリスク期

思春期は、乳児期に次ぐ貧血のハイリスク期です14。第二次性徴に伴う急激な身体の成長で、筋肉量や血液量が著しく増加し、鉄の需要が急増します。さらに、部活動などの激しいスポーツは、汗からの鉄の損失や、後述する「スポーツ貧血」によって需要をさらに高めます。女子の場合は、月経の開始によって毎月定期的に鉄が失われるため、男子よりもさらにリスクが高くなります。これらの要因が複合的に絡み合い、思春期の子どもは非常に鉄欠乏に陥りやすい状態にあるのです。

食事からの摂取不足:日本の食生活との関連

食品に含まれる鉄には、肉や魚などの動物性食品に含まれ吸収率が高い「ヘム鉄」と、野菜や豆類、海藻などの植物性食品に含まれ吸収率が低い「非ヘム鉄」の2種類があります15。日本の伝統的な食生活は、健康的なイメージがある一方で、白米が主食であり、欧米に比べて赤身肉の摂取量が少ない傾向があるため、意識しないとヘム鉄が不足しがちになる可能性があります。吸収率の異なる2種類の鉄をバランス良く摂取することが重要です。

2.2. 特殊な状況で起こる貧血

スポーツ貧血(溶血性貧血):頑張る子どもほど要注意

激しい運動を行う子ども、特に陸上長距離、バレーボール、バスケットボール、サッカーなど、ランニングやジャンプを繰り返す競技の選手に見られるのが「スポーツ貧血」です16。これは、足の裏に繰り返し強い衝撃が加わることで、足裏の毛細血管を流れる赤血球が物理的に破壊されてしまう(溶血)ために起こります。かつては兵士の行軍後に見られたことから「行軍ヘモグロビン尿症」とも呼ばれていました。汗とともに鉄が失われることも一因となり、スポーツを頑張る子どもほど注意が必要です。

アレルギー疾患との関連:アトピー性皮膚炎など

近年の研究で、アレルギー疾患と貧血の関連が注目されています。日本の大規模な出生コホート研究(JECS)によると、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーを持つ子どもは、持たない子どもに比べて貧血を発症するリスクが約2倍高いことが報告されました17。この理由として、アトピー性皮膚炎などによる慢性的な皮膚の炎症が体内の鉄の利用を妨げることや、食物アレルギーによる厳しい食事制限が鉄分の摂取不足に繋がっている可能性が考えられています。

その他の原因

子どもの貧血の大部分は鉄欠乏によるものですが、ごく稀に他の病気が隠れている可能性もあります。例えば、潰瘍などによる消化管からの慢性的な出血、白血病や再生不良性貧血といった血液の病気、ヘリコバクター・ピロリ菌感染症、さらには遺伝的に鉄の吸収や利用がうまくできない「鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(IRIDA)」という極めて稀な疾患も存在します1819。これらの鑑別は専門家でなければ困難なため、貧血が疑われる場合は自己判断せず、必ず医師の診察を受けることが極めて重要です。

3. これって貧血?見逃したくない症状のチェックリスト

貧血の症状はゆっくりと進行するため、見過ごされがちです。保護者の方がお子様の変化にいち早く気づくための、具体的で実践的なチェックリストをご紹介します。

3.1. 一般的な症状

  • 顔色が青白い(特にまぶたの裏側である眼瞼結膜が白っぽくなるのが特徴です)
  • 以前より疲れやすい、すぐに「抱っこして」と言う、元気がなくゴロゴロしている
  • 階段を上ったり、少し走ったりするだけで息切れがする
  • 動悸(心臓がドキドキする)を訴える
  • 理由なくイライラしている、不機嫌、怒りっぽい
  • 食欲がない、食事を残すようになった
  • 頭痛やめまいを訴える

3.2. 特徴的なサイン:異食症(Pica)

鉄欠乏性貧血の際に現れる、非常に特徴的なサインが「異食症(いしょくしょう)」です。これは、栄養価のないものを無性に食べたくなる症状を指します。

氷食症(ひょうしょくしょう): 最も有名で特徴的なのが、氷を異常なほど好み、製氷皿の氷をバリバリと食べてしまう「氷食症」です8。鉄欠乏との関連は非常に強いことが知られていますが、なぜ氷を食べたくなるのか、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていません。お子様が頻繁に氷を食べている場合は、貧血を疑う強いサインとなります。

氷以外にも、土、紙、粘土、ガム、生の米などを食べたがる場合も異食症の可能性があり、鉄欠乏が背景にあることが考えられます。

3.3. 乳幼児と学童期・思春期で見られる違い

貧血の症状は、子どもの年齢によって現れ方が異なる場合があります。

  • 乳幼児: まだ自分で症状をうまく訴えられないため、「なんとなく機嫌が悪い」「活気がない」「母乳やミルクの飲みが悪い」「体重がなかなか増えない」といった、非特異的な症状として現れることが多いです12
  • 学童期以降: 身体的な症状に加えて、「授業に集中できない」「注意力が散漫になる」「覚えが悪くなる」「学業成績が落ちる」といった、学習面への影響が顕著になることがあります。これは脳の酸素不足が原因と考えられています。

3.4. 重度の貧血が及ぼす深刻な影響

脳の発達への不可逆的な影響:乳幼児期は特に重要

特に乳幼児期の重度な鉄欠乏は、その後の子どもの発達に深刻な影響を及ぼすことが分かっています。相模女子大学の堤ちはる教授らの研究によると、「乳幼児期の鉄欠乏による脳への影響は、後から鉄剤を補充して治療しても、完全には回復しない可能性がある」と指摘されています720。脳が爆発的に発達するこの時期に鉄が不足することは、将来の認知能力や学習能力に永続的なハンディキャップを残しかねないのです。この事実は、保護者の方々が早期発見・早期治療の重要性を理解する上で、最も心に留めておくべき点です。

4. 病院での診断と検査:何科に行き、何をする?

お子様に貧血が疑われる場合、保護者の方が次に取るべき行動は医療機関の受診です。ここでは、病院へ行く際の具体的なステップと、行われる検査内容を解説し、不安を軽減します。

4.1. 受診の目安と診療科

受診すべきかどうかの目安は、前述の「3. 見逃したくない症状のチェックリスト」に当てはまる項目が複数ある場合や、一つでも強く気になる症状(例えば明らかな氷食症など)が続く場合です。どの診療科に行けばよいか迷うかもしれませんが、答えは明確です。迷わず「小児科」を受診してください。小児科医は子どもの病気の専門家であり、貧血の診断と治療に精通しています。

4.2. 主な検査方法

小児科では、貧血を診断するために主に血液検査が行われます。

血液検査:

  • 血算(CBC: Complete Blood Count): 少量の採血によって、貧血の診断に不可欠な項目を調べる最も基本的な検査です。具体的には、酸素を運ぶ役割のヘモグロビン(Hb)、血液に占める赤血球の割合であるヘマトクリット(Ht)、赤血球の平均的な大きさを示すMCV(平均赤血球容積)などを測定します21
  • 血清フェリチン: 体内にどれだけの鉄が蓄えられているか(貯蔵鉄)を調べるための、最も重要な検査項目です。ヘモグロビン値がまだ正常でも、このフェリチン値が低い場合は「かくれ貧血(潜在性鉄欠乏)」と診断され、早期の治療介入が必要となります2
  • その他: 必要に応じて、末梢血塗抹標本検査(赤血球の形や色を顕微鏡で詳細に観察する検査)や、網赤血球数(新しく作られている赤血球の数)などが調べられることもあります。

日本の乳幼児健診でのスクリーニング

日本では、自治体が行う公的な「乳幼児健康診査(乳幼児健診)」の制度があります。例えば1歳6か月健診や3歳児健診などにおいて、貧血のスクリーニングが行われます22。ただし、ここで行われるのは主に医師による視診(顔色、眼瞼結膜の色などを確認)であり、すべての乳幼児に血液検査が必須とされているわけではありません。したがって、健診で特に指摘されなくても、保護者の方が気になる症状に気づいた場合は、健診の時期を待たずに自主的に小児科を受診することが非常に重要です。

健康に関する注意事項

  • この記事で提供する情報は、一般的な知識の提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
  • お子様の症状や健康状態に関して不安がある場合は、自己判断で対応せず、必ずかかりつけの小児科医や専門の医療機関にご相談ください。
  • 市販のサプリメントや健康食品を自己判断で与えることは、過剰摂取などのリスクを伴う可能性があります。治療が必要な場合は、必ず医師の診断と処方に基づいて行ってください。

5. 小児貧血の治療法【2024年最新指針準拠】

鉄欠乏性貧血と診断された場合、治療の基本は食事改善だけでは不十分であり、不足した鉄分を速やかに補充するための薬物療法が必要となります。このセクションでは、2024年7月に改訂された日本鉄バイオサイエンス学会の最新の診療指針2に基づいた、標準的な治療法を正確に解説します。

5.1. 治療の基本方針:鉄剤による補充療法

経口鉄剤(飲み薬):治療の第一選択

小児の鉄欠乏性貧血治療において、第一に選択されるのは経口鉄剤(飲み薬)です23。年齢や体重に応じて、適切な薬剤が処方されます。

  • 種類: 乳幼児など錠剤が飲めない子どもには、甘い味付けがされたシロップ剤(例:インクレミンシロップ®)が、学童期以降の子どもには主に錠剤(例:フェロミア®)が処方されます。
  • 用量と期間: 鉄剤の服用量は、お子様の体重に応じて医師が厳密に決定します。ここで最も重要な点は、血液検査でヘモグロビン値が正常に戻っても、自己判断で服用を中断してはいけないということです。貧血が改善した時点では、体内の「貯蔵鉄(フェリチン)」はまだ空っぽの状態です。この重要な鉄のストックを十分に補充するために、貧血が改善してからさらに3〜6ヶ月程度は服用を続ける必要があるとされています9。必ず医師の指示に従って、最後まで治療を完了させることが再発防止の鍵となります。
  • 副作用と対策: 鉄剤を服用すると便が黒くなることがありますが、これは鉄が吸収・排泄されている証拠であり、心配する必要はありません。主な副作用としては、便秘、吐き気、腹痛などが起こることがあります。これらの症状が見られる場合は、食後に服用する、服用回数を調整する、あるいは医師に相談して薬剤の種類を変更する(例:クエン酸第一鉄ナトリウムから溶性ピロリン酸第二鉄へ)といった方法で対処が可能です2

静注鉄剤(注射):特別な場合に限る

静注鉄剤(注射)は、効果が速やかに現れますが、副作用のリスクも高いため、その使用は特別な場合に限定されます。具体的には、経口鉄剤の副作用が非常に強く、どうしても内服が続けられない場合、消化管の病気で鉄の吸収が極端に悪い場合、あるいは持続的な出血が多くて経口での補充が追いつかない、といったケースです9。特に、思春期の女子スポーツ選手などに対して、安易に鉄剤の静脈注射を行うことは鉄過剰症のリスクを伴うため、日本医師会なども警鐘を鳴らしており、慎重な判断が求められます。

5.2. 鉄剤が効かない「鉄剤不応性貧血」とは?

処方された経口鉄剤を指示通りに服用しているにもかかわらず、貧血がなかなか改善しない場合があります。これを「鉄剤不応性貧血」と呼び、その背後にはいくつかの原因が考えられます24

  • 服薬コンプライアンス不良: 実際には、これが最も多い原因です。子どもが薬の味を嫌がったり、副作用で気分が悪くなったりして、保護者が処方通りに飲ませられていないケースです。
  • 診断の誤り: そもそも貧血の原因が鉄欠乏ではない可能性があります。例えば、地中海貧血(サラセミア)などの遺伝性の赤血球疾患や、何らかの慢性的な炎症に伴う貧血(炎症性貧血)などが考えられます。
  • 吸収障害: 消化管からの微量の出血が続いている、セリアック病やヘリコバクター・ピロリ菌感染症などによって鉄の吸収が妨げられている、といった可能性も考慮されます。
  • 遺伝性疾患: 極めて稀ですが、遺伝子の異常により、腸からの鉄の吸収や体内での利用が先天的に障害される「鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(IRIDA)」という難治性の疾患も存在します19

このように、鉄剤が効かない場合には、単純な鉄欠乏以外の様々な要因を考慮する必要があるため、血液専門医によるより詳細な検査と診断が不可欠となります。

6. 毎日の食事で予防・改善!鉄分を上手に摂る方法

鉄剤による治療と並行して、また貧血の予防のために、日々の家庭での食事が非常に重要になります。ここでは、日本の食文化に合わせて実践できる、鉄分を上手に摂取するための具体的なポイントを解説します。

6.1. 鉄分の多い食品リスト(ヘム鉄・非ヘム鉄)

効率よく鉄分を摂取するためには、吸収率の高い「ヘム鉄」を多く含む動物性食品を積極的に取り入れ、それを「非ヘム鉄」を多く含む植物性食品で補うのが理想です25。以下に代表的な食品をリストアップします。

種類 食品名(1食あたりの目安) 鉄含有量(約)
ヘム鉄(吸収率が高い) 豚レバー(焼き鳥1本, 約30g) 3.9 mg
牛赤身肉(ヒレ, 80g) 2.2 mg
カツオ(刺身5切れ, 80g) 1.5 mg
あさり(水煮缶, 40g) 11.9 mg
非ヘム鉄(吸収率が低い) 小松菜(おひたし1皿, 80g) 2.2 mg
ほうれん草(おひたし1皿, 80g) 1.6 mg
納豆(1パック, 40g) 1.3 mg
高野豆腐(1個, 20g) 1.4 mg
– 日本食品標準成分表2020年版(八訂)に基づく

6.2. 鉄の吸収率をアップさせる食べ合わせのコツ

特に吸収率の低い非ヘム鉄は、食べ合わせを工夫することで吸収率を大幅に高めることができます26

  • ビタミンCと一緒に: ビタミンCは、非ヘム鉄を体に吸収されやすい形に変える強力な助っ人です。ピーマン、ブロッコリー、パプリカ、じゃがいも、キウイフルーツや柑橘類など、ビタミンCが豊富な野菜や果物と組み合わせましょう。
    例:「ほうれん草のおひたしにレモン汁を数滴かける」「小松菜と豚肉の炒め物に赤パプリカを加える」
  • 動物性たんぱく質と一緒に: 肉や魚に含まれる動物性たんぱく質も、非ヘム鉄の吸収を助ける効果(ミートファクター効果)があります。
    例:「ひじきの煮物に鶏肉やツナを加える」
  • 吸収を妨げるものに注意: 食事中や食後すぐに、緑茶、紅茶、コーヒーなどを飲むのは避けましょう。これらに含まれる「タンニン」という成分が、鉄と結合して吸収を妨げてしまいます。水分補給は、水や麦茶などがおすすめです。

6.3. 子ども向け鉄分補給レシピ(和食中心)

管理栄養士監修のもと、子どもが食べやすく、日本の家庭で作りやすい鉄分豊富なレシピを3例ご紹介します。これらのレシピは、鉄分だけでなく、吸収を助けるビタミンCやたんぱく質も同時に摂取できるよう工夫されています27

例1:鶏レバーの甘辛煮

ポイント:下処理で牛乳に浸すことで、レバー特有の臭みが消え、子どもでも食べやすくなります。鉄分、たんぱく質、ビタミンAの宝庫です。

例2:ひじきと豆腐のふわふわハンバーグ(和風あんかけ)

ポイント:鉄分豊富なひじきと、良質なたんぱく質の豆腐を合わせたヘルシーなハンバーグ。鶏ひき肉を混ぜることで、動物性たんぱく質も補給できます。

例3:あさりと小松菜の卵とじ丼

ポイント:鉄分の王様あさりと、非ヘム鉄・ビタミンCが豊富な小松菜を組み合わせた最強コンビ。卵でとじることで、彩りも良く、子どもが好きな味付けになります。

よくある質問(FAQ)

Q1. フォローアップミルクは鉄分補給のために飲ませるべきですか?
これは多くの保護者の方が悩む点です。結論から言うと、日本小児科学会やWHO(世界保健機関)は「離乳が順調に進んでいれば必須ではない」との見解を示しています28。確かにフォローアップミルクは鉄分が強化されていますが、一方で育児用ミルクに比べて糖分が多く、たんぱく質や他の重要なミネラル(亜鉛や銅など)の含有量が少ないという側面もあります29。離乳食が極端に進まず、食事からの鉄分摂取がどうしても不足してしまうなど、特別な場合に「補助的」な選択肢として考えることはできますが、基本は3回の食事から栄養を摂ることを目指すべきです。鉄分不足が心配な場合は、自己判断でフォローアップミルクに頼るのではなく、医師の診断のもとで必要であれば鉄剤を服用することが最も確実かつ安全な方法です。
Q2. 処方された鉄剤は、いつまで飲めばいいですか?
これは治療において非常に重要なポイントです。多くの場合、鉄剤を飲み始めて1〜2ヶ月で血液検査のヘモグロビン値は正常範囲に戻ります。しかし、そこで服用を自己判断で中断してしまうと、高い確率で再発します。なぜなら、その時点では体内の「貯蔵鉄(フェリチン)」がまだ完全に空っぽの状態だからです。この鉄のストックを十分に満たし、再発しにくい体を作るために、貧血が改善してからさらに3〜6ヶ月程度の服用継続が推奨されます9。治療期間は必ず医師の指示に従ってください。
Q3. 市販の鉄分サプリメントで補ってもいいですか?
自己判断でのサプリメント使用は、過剰摂取のリスクがあり非常に危険です。特に小児の場合、鉄の急性中毒は嘔吐、腹痛、ショック症状などを引き起こし、命に関わることもあります。貧血の診断と治療は、必ず医師の管理下で行われるべきです。貧血が疑われる場合は、まず小児科を受診し、血液検査で正確な状態を把握した上で、医師が処方する安全性が確認された医薬品の鉄剤を使用するのが大原則です。食事での工夫を心がけつつ、治療が必要かどうかは必ず専門家である医師に相談してください。

結論

子どもの貧血は、保護者の注意深い観察と正しい知識によって予防・早期発見が可能な疾患です。特に、脳の発達が著しい乳幼児期と、心身が大きく変化する思春期は、鉄分が不足しやすい重要な時期であることを再認識する必要があります。「顔色が悪い」「疲れやすい」「氷を食べる」といったお子様のささいな変化は、体からの重要なサインかもしれません。この記事で解説した症状のチェックリストや食事のポイントを参考にしつつ、少しでも気になることがあれば、決して一人で悩まず、かかりつけの小児科医や地域の保健センターといった専門家を頼ってください。早期に適切な対応をすることが、お子様の健やかな未来を守るための何よりの力となります。

免責事項
この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

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