精巣の大きさが左右で違うのは病気？【泌尿器科医が解説】正常な差と危険なサイン

なぜ左右差が生まれるのか？精巣の基本構造と「正常な違い」

多くの男性が自身の体の非対称性に気づき、不安を感じることがありますが、その多くは解剖学的な理由による自然なものです。この「正常な違い」を理解することは、異常な変化を見分けるための第一歩となります。

精巣の基本的な役割と構造

精巣（睾丸）は陰嚢（いんのう）と呼ばれる袋状の皮膚に包まれており、精子と男性ホルモン（テストステロン）を産生するという非常に重要な役割を担っています¹¹。精巣は、精索（せいさく）という管で体と繋がっており、この中には精管や血管、神経が通っています。陰嚢の皮膚の下には精巣挙筋（せいそうきょきん）という筋肉があり、温度に反応して収縮・弛緩することで精巣を体から遠ざけたり近づけたりして、精子産生に最適な温度を保っています¹。寒い時には縮み上がり、暑い時には垂れ下がるのはこのためです。

解剖学的に正常な非対称性

人間の体は完全に左右対称ではありません。精巣も例外ではなく、多くの場合、左側の精巣が右側よりも少し低い位置にあります。これは、左側の精索が右側よりも長いという解剖学的な構造の違いによるもので、全く心配する必要のない正常な状態です。また、利き腕の筋肉が発達するように、左右の精巣の大きさにわずかな違いがあることも一般的です。

ここでの重要なメッセージは、「静的で安定したわずかな非対称性は正常である」ということです。問題となるのは、ご自身にとっての「普段の状態」から逸脱するような、明らかな「変化」が生じた場合です。

これは危険なサイン？すぐに泌尿器科を受診すべき症状チェックリスト

正常な違いを理解した上で、次に知っておくべきは、どのような変化が医療機関の受診を必要とする「危険なサイン」なのかということです。以下のチェックリストに一つでも当てはまる場合は、自己判断せず、速やかに泌尿器科専門医に相談してください。

• 急な、または明らかな大きさの変化：「以前と比べて片方の陰嚢が目に見えて大きくなった」「数週間でサイズが変わった」など、短期間での変化は重要な警告です¹。
• 硬いしこり：精巣自体に、石のように硬い、ゴツゴツしたしこりを触れる場合。特に痛みを伴わないしこりは、精巣がんの最も典型的な兆候です⁵。
• 痛みや違和感：急激な激しい痛みはもちろん、下腹部や鼠径部（そけいぶ）に響くような鈍い痛みや、陰嚢に重苦しい感覚が続く場合も注意が必要です¹¹¹²。
• 全体的な腫れ：陰嚢全体がパンパンに腫れ上がっている、水が溜まったようにブヨブヨしている状態。
• 発熱：陰嚢の腫れや痛みに加えて、38℃以上の発熱がある場合。これは精巣上体炎などの感染症を強く示唆します¹。
• 見た目の変化：陰嚢の表面に、まるで「ミミズの袋」のように血管が浮き出て見える、または触れる場合。これは精索静脈瘤の典型的な所見です。

精巣の大きさや腫れを引き起こす４つの主な病気

精巣の左右差や腫れは、いくつかの異なる病気のサインである可能性があります。ここでは、代表的な４つの病気について、その原因、症状、そして最新の治療法までを詳しく解説します。

1. 精索静脈瘤（せいさくじょうみゃくりゅう）：男性不妊の最大の原因

どんな病気？

精索静脈瘤とは、精巣から心臓へ戻る血液が逆流し、精索内の静脈がこぶのように拡張してしまう状態です。「陰嚢の静脈瘤」とも言え、解剖学的な理由から約90%が左側に発生します¹⁶。血液がうっ滞することで精巣の温度が上昇し、精子をつくる機能に悪影響を及ぼすことがあります。

症状とリスク

多くの場合、自覚症状はほとんどありません。しかし、一部の人では陰嚢の鈍い痛みや不快感、重圧感を感じることがあります。最も重要なサインは、左の精巣が右に比べて小さい（萎縮している）ことです¹⁶。この病気は一般男性の約15%に見られますが、驚くべきことに、男性不妊症の患者さんのうち最大40%に精索静脈瘤が発見されるというデータがあり、治療可能な男性不妊の最も一般的な原因とされています⁸。

診断と治療

診断は、医師による視診・触診と、血流の状態を詳細に確認できる陰嚢超音波（ドップラーエコー）検査によって行われます¹⁷。治療は手術が基本となり、特に静脈瘤の程度が中等度以上で、精液検査の結果が不良な不妊症のカップルには、日本生殖医学会のガイドラインでも手術が推奨されています¹⁷。複数の研究を統合したメタアナリシスによれば、精索静脈瘤の手術は精液所見を改善し、自然妊娠率および生児獲得率を有意に向上させることが示されています⁹¹⁰¹⁸。痛みなどの自覚症状がなくても、不妊に悩むカップルにとっては積極的に治療を検討する価値のある病気です。

2. 陰嚢水腫（いんのうすいしゅ）：陰嚢内に液体が溜まる状態

どんな病気？

陰嚢水腫は、精巣を包む膜の間にリンパ液などの液体が過剰に溜まり、陰嚢が腫れてしまう状態です¹。新生児によく見られますが、成人、特に40歳以上の男性でも発症することがあります¹⁵。

症状と原因

主な症状は、痛みを伴わない、陰嚢の柔らかな腫れです¹⁹。大きさは時間帯によって変化することもあります¹⁴。成人で発症する場合、原因は不明なことが多いですが、精巣や精巣上体の炎症、外傷、あるいは精巣の腫瘍が引き金となることもあります²⁰。

診断と治療

診断は、医師が陰嚢にペンライトを当てて光が透過するかを確認する透光性試験や、超音波検査によって確定します。超音波検査は、腫れの原因が単なる液体なのか、あるいは鼠径ヘルニアや精巣がんのような他の病気ではないかを鑑別するために極めて重要です²¹。症状がなく、生活に支障がなければ治療の必要はありませんが、腫れが大きくて不快感が強い場合や、歩行の邪魔になる場合は、溜まった液体を注射で抜くか、根治的な手術が検討されます¹⁴。

3. 精巣上体炎（せいそうじょうたいえん）：痛みと発熱を伴う感染症

どんな病気？

精巣上体とは、精巣の後ろ側にある、精子を成熟させ輸送するための管です。精巣上体炎は、この部分に細菌が感染して炎症を起こす病気です¹。

症状と原因

この病気の最大の特徴は、陰嚢の強い痛み、腫れ、赤みに加えて、38℃以上の高熱を伴うことです¹²²。原因となる細菌は年齢によって異なります。性的に活動的な若年〜中年男性では、クラミジアや淋菌といった性感染症（STI）が主な原因となります⁷。一方、高齢者では、尿路感染症の原因ともなる大腸菌などの腸内細菌が原因となることが多いです。

診断と治療

診断は、症状の確認、尿検査、そして必要に応じて性感染症の検査によって行われます。治療の基本は、原因菌に応じた抗生物質の内服です。例えば、性感染症が疑われる場合は、セフトリアキソンとドキシサイクリンの併用などが推奨されます⁷。処方された抗生物質は、症状が改善しても必ず最後まで飲み切ることが重要です。また、性感染症が原因の場合は、再感染を防ぐためにパートナーも検査・治療を受けることが不可欠です²³。

4. 精巣がん（せいそうがん）：最も注意すべき「痛みのないしこり」

どんな病気？

精巣がんは、精巣の細胞（主に精子のもとになる胚細胞）から発生する悪性腫瘍です¹¹。統計的な逆説があり、全てのがんの中では稀（人口10万人あたり1〜2人）ですが、15歳から35歳の若年男性においては最も頻度の高い固形がんです¹¹²⁹。停留精巣（精巣が陰嚢内に下降せず、腹腔内などに留まる状態）の既往がある人や、家族歴がある人はリスクが高いとされています¹¹。

症状と発見の鍵

最も重要かつ典型的な初期症状は、「痛みを伴わない、硬いしこり」です⁵。精巣が全体的に腫れぼったく感じられることもあります。通常は痛みがありませんが、約30〜40%の患者さんでは腫瘍内での出血などにより、鈍い痛みや重苦しい感覚を伴うことがあるため、「痛みがないから大丈夫」とは決して言えません¹¹。

診断と治療

診断は、触診、超音波検査、そしてAFP、hCG、LDHといった腫瘍マーカーを測定する血液検査を組み合わせて行われます⁶。最終的な確定診断は、手術で摘出した精巣の病理組織検査によってなされます。治療の第一選択は、原因となっている精巣を摘出する「高位精巣摘除術」です。その後、がんの種類（セミノーマか非セミノーマか）や病期（進行度）に応じて、経過観察、化学療法、放射線治療などが追加されます⁶。最も伝えたい重要なメッセージは、精巣がんは早期に発見すれば、転移があったとしても治癒率が95%以上と非常に高いことです³⁰³¹。だからこそ、ためらわずに受診することが命を救います。

ひと目でわかる！症状別・鑑別診断比較表

どの症状がどの病気に関連するのかを素早く理解するために、以下の比較表をご活用ください。ただし、これはあくまで目安であり、正確な診断は必ず専門医による診察が必要です。

泌尿器科クリニックでは何をするの？受診から診断までの流れ

デリケートな問題だけに、病院でどのような検査をされるのか不安に感じる方も多いでしょう。ここでは、一般的な泌尿器科での診察・検査の流れを解説します。事前に知っておくことで、安心して受診することができます。

1. 問診 (もんしん): 医師が症状について詳しく尋ねます。「いつから気づいたか」「痛みの有無や程度」「過去の病歴」「性交渉歴」などが質問の中心です²⁷。正直に伝えることが正確な診断に繋がります。
2. 視診・触診 (ししん・しょくしん): 医師が陰嚢の状態を目で見て確認し、手で優しく触って精巣の大きさ、硬さ、しこりの有無、圧痛（押したときの痛み）の場所などを詳細に調べます⁶。
3. 超音波（エコー）検査: これが最も重要で決定的な画像検査です。体にゼリーを塗り、プローブと呼ばれる器具を当てるだけで、痛みは全くありません。超音波によって陰嚢内部の状態がリアルタイムでモニターに映し出され、腫れの原因が液体（陰嚢水腫）なのか、拡張した静脈（精索静脈瘤）なのか、あるいは固形のしこり（腫瘍）なのかを正確に鑑別できます⁶。
4. 尿検査: 主に精巣上体炎などの感染症が疑われる場合に行われます。尿中の白血球や細菌の有無を調べることで、感染の証拠を得ます⁷。
5. 血液検査（腫瘍マーカー）: 超音波検査で固形の腫瘍が疑われた場合に実施されます。精巣がんの際に特異的に上昇するタンパク質（AFP, hCG, LDH）の値を測定し、診断の補助とします⁶。

早期発見の鍵！今日からできる「精巣の自己検診」ガイド

精巣がんは、若年層に多いにもかかわらず、早期発見が極めて重要ながんです。月に一度の自己検診（セルフチェック）を習慣にすることで、小さな変化にも気づくことができ、万が一の事態にも迅速に対応できます。これはあなた自身の健康を守るための、最も効果的で簡単な方法です。

自己検診の具体的な手順

入浴後など、皮膚が柔らかくリラックスしている時に行うのが最も効果的です。

1. 片方ずつ、両手の親指と人差し指、中指で精巣を優しく挟みます。
2. 指でゆっくりと精巣を転がすようにして、全体をくまなく触ります。
3. 石のように硬いしこりや、以前はなかった腫れ、大きさや形の変化がないかを確認します。
4. これをもう片方の精巣でも繰り返します。

注意すべきポイント

精巣の上部から後方にかけて、柔らかいコード状の感触のものがありますが、これは精巣上体という正常な組織です。これを異常なしこりと間違えないように、普段から自分の体の構造に慣れておくことが大切です¹¹。正常な状態を知っていれば、異常が発生したときにすぐに気づくことができます。

この簡単な習慣が、あなたの未来を大きく変えるかもしれません。ぜひ、今日から始めてみてください。

よくある質問

結論

精巣の大きさに左右差があること自体は、多くの場合、心配のない生理的な現象です。しかし、その背後には、男性不妊につながる精索静脈瘤や、命に関わる精巣がんといった重大な病気が隠れている可能性も否定できません。

この記事を通じてお伝えしたい最も重要なメッセージは、「自分の体の『平常時』を知り、そこからの『変化』に気づくこと」の重要性です。痛みのない硬いしこりは精巣がんの、痛みと熱を伴う腫れは精巣上体炎の、そして陰嚢の違和感や見た目の変化は精索静脈瘤のサインかもしれません。これらのサインを見逃さないために、月に一度の自己検診をぜひ習慣にしてください。

あなたの健康は、他の誰でもない、あなた自身が守るものです。少しでも不安や疑問を感じたら、決して一人で悩まず、泌尿器科の専門医に相談する勇気を持ってください。早期の相談が安心につながり、万が一病気が見つかったとしても、より良い治療結果へと導いてくれるでしょう。