巨赤芽球性貧血のすべて:原因・症状から最新治療、食事療法までの完全解説
血液疾患

巨赤芽球性貧血のすべて:原因・症状から最新治療、食事療法までの完全解説

倦怠感、息切れ、ふらつき。「年のせい」や「ただの疲れ」だと思われがちなこれらの症状の裏に、単なる鉄不足とは異なる、より複雑な貧血が隠れている可能性があります。それが「巨赤芽球性貧血(きょせきがきゅうせいひんけつ)」です。この疾患は、生命の設計図であるDNAの合成が障害されることで、骨髄で異常に巨大で未熟な赤血球(巨赤芽球)が作られる特殊な病態です1。その根本原因は、ビタミンB12または葉酸の欠乏にあり、治療が遅れると回復困難な神経症状を引き起こすこともあるため、正確な知識と早期の認識が極めて重要です23。本稿では、JHO編集委員会が最新の研究データと専門家の知見を基に、巨赤芽球性貧血の原因、診断、最新の治療法、そして日常生活での食事や自己管理に至るまで、あらゆる側面を網羅的かつ深く掘り下げて解説します。


この記事の科学的根拠

この記事は、参考文献として明示された質の高い医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本稿で引用された主要な情報源と、それが記事内のどの医学的指針に関連しているかの概要です。

  • MSDマニュアル プロフェッショナル版: 巨赤芽球性貧血の基本的な病態生理、診断基準(MCV高値、過分葉好中球など)、および治療の原則に関する記述は、同マニュアルの包括的な情報に基づいています8
  • 米国国立心肺血液研究所(NHLBI): ビタミンB12欠乏性貧血の症状、原因、および治療法に関する情報は、NHLBIが提供する公衆衛生情報に準拠しています28
  • クリーブランド・クリニック: ビタミンB12欠乏による神経症状や精神症状、および葉酸欠乏との関連性についての解説は、同クリニックの患者向け情報および専門家の見解を参考にしています227
  • 日本臨床検査医学会: 貧血に関する診断ガイドライン、特に鑑別診断における骨髄検査の役割についての記述は、同学会の指針に基づいています36
  • 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」: 栄養行動計画におけるビタミンB12および葉酸の推奨摂取量に関する記述は、日本の公的な基準値を典拠としています47

要点まとめ

  • 巨赤芽球性貧血は、ビタミンB12または葉酸の欠乏によるDNA合成障害が原因で、骨髄で巨大な赤血球が作られる疾患です1
  • 一般的な貧血症状に加え、ビタミンB12欠乏では手足のしびれや歩行困難などの神経症状が現れ、治療が遅れると後遺症が残る危険性があります38
  • 原因は、自己免疫疾患である悪性貧血、胃切除後、高齢者の萎縮性胃炎、厳格な菜食主義(ヴィーガン)、アルコール多飲など多岐にわたります4
  • 診断は血液検査(特にMCV高値、過分葉好中球)、血中ビタミン濃度測定、必要に応じて骨髄検査や内視鏡検査で行われます813
  • 治療は不足しているビタミンの補充(注射または経口薬)で非常に効果的ですが、悪性貧血などの場合は生涯にわたる治療と定期的な経過観察が必要です15

第1部:巨赤芽球性貧血の包括的分析


第1章:巨赤芽球性貧血入門:単なる貧血ではない

巨赤芽球性貧血の定義

巨赤芽球性貧血(きょせきがきゅうせいひんけつ)は、単に赤血球が不足する状態を指す一般的な貧血とは一線を画す、特異な病態です。これは大球性貧血(たいきゅうせいひんけつ)の一種であり、その本質は血液を造る工場である骨髄において、異常に巨大で未熟な赤血球(巨赤芽球)が産生されることにあります1。この疾患の根源は、赤血球の製造過程そのものにある「設計図」の欠陥、すなわちDNA合成の障害にあります3

このDNA合成障害を引き起こす主な原因は、ビタミンB12または葉酸(ようさん)という、2つの重要な栄養素の欠乏です1。したがって、巨赤芽球性貧血は、鉄分不足による鉄欠乏性貧血のように単に材料が足りないのではなく、細胞分裂という生命の根幹をなすプロセスが阻害されることによって発症する、より複雑な疾患であると理解することが重要です。

中核病態:DNA合成の破綻

巨赤芽球性貧血の病態を理解する鍵は、「なぜ赤血球が巨大化するのか」という問いにあります。その答えは、細胞の核内に存在するDNAの合成プロセスにあります。ビタミンB12と葉酸は、細胞が分裂し増殖するために不可欠なDNAを正確に複製するための補酵素として機能します3。これらのビタミンが不足すると、DNAの合成が著しく妨げられます。

しかし、細胞の他の部分、特にヘモグロビンを含む細胞質は正常に成熟を続けます。その結果、「核の成熟と細胞質の成熟の不一致(核細胞質解離)」という奇妙な現象が生じます5。核は未熟なまま分裂できずにいる一方で、細胞質だけが成熟して大きくなるため、結果として巨大で機能不全な細胞、すなわち「巨赤芽球」が生まれるのです。

さらに深刻なのは、これらの異常な巨赤芽球の多くが、骨髄内で成熟しきる前に破壊されてしまう「無効造血(むこうぞうけつ)」という現象です8。血液工場である骨髄は、必死に赤血球を造ろうと過活動状態(過形成)になりますが、産生されるのは不良品ばかりで、その多くが血流に出る前に破壊されてしまいます。これが、骨髄が活発であるにもかかわらず末梢血では貧血が進行するという、本疾患のパラドックスを説明します。このDNA合成障害は赤血球系だけでなく、白血球や血小板の産生にも影響を及ぼし、白血球減少症や血小板減少症を伴うこともあります8

他の貧血との違い

巨赤芽球性貧血は、他の貧血、特に最も一般的な鉄欠乏性貧血とは根本的に異なります。鉄欠乏性貧血は、ヘモグロビンの材料である鉄が不足することで生じる「小球性貧血(しょうきゅうせいひんけつ)」であり、赤血球は正常より小さくなります4。これは材料不足の問題であり、DNA合成の障害ではありません。

また、同じく赤血球が大きくなる「大球性貧血」の中にも、巨赤芽球性貧血ではない「非巨赤芽球性」の大球性貧血が存在します。これらは、肝疾患や甲状腺機能低下症、アルコール多飲などが原因で起こり、骨髄に巨赤芽球性変化は見られません14。これらの疾患と正確に鑑別することが、適切な治療への第一歩となります。

日本の医療における本疾患の重要性

歴史的に、巨赤芽球性貧血、特にその主因である悪性貧血は、欧米に比べて日本では稀な疾患とされてきました17。しかし、現代の日本の医療環境において、その重要性は増していると考えられます。その背景には、いくつかの社会構造的要因が複雑に絡み合っています。

第一に、日本の急速な高齢化です。ビタミンB12欠乏の最大の原因である悪性貧血は、胃粘膜が萎縮する萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん)を基盤として発症します4。日本人の高齢者におけるヘリコバクター・ピロリ菌の感染率は非常に高く、これが萎縮性胃炎の主な原因となっています。一部の報告では、高齢者の8割から9割が感染しているとされ、これがビタミンB12吸収不全の広範なリスク基盤を形成しています20

第二に、ビタミンB12欠乏による症状、特に認知機能の低下やふらつき、倦怠感といった神経症状は、しばしば「加齢によるもの」として見過ごされがちです3。これにより、治療可能なビタミン欠乏症が未診断・未治療のまま放置されている「隠れた流行」が存在する可能性が指摘されます。

第三に、食生活の多様化です。健康志向の高まりとともに、ヴィーガン(完全菜食主義)や厳格な菜食主義を選択する人々が増加しています。ビタミンB12は動物性食品にしか含まれないため、適切なサプリメント摂取を伴わない場合、食事性のビタミンB12欠乏症の危険性が必然的に高まります4

これらの要因から、巨赤芽球性貧血はもはや「稀な疾患」ではなく、特に高齢者や特定の生活習慣を持つ人々において、積極的に診断を考慮すべき重要な健康問題となっています。

第2章:根本原因の解明:ビタミンB12と葉酸欠乏の謎を解く

巨赤芽球性貧血の直接的な原因はビタミンB12または葉酸の欠乏ですが、その欠乏に至る背景は多岐にわたります。原因を正確に特定することが、適切な治療戦略と長期的な管理の鍵となります。

ビタミンB12欠乏症:主たる原因

ビタミンB12の欠乏は、巨赤芽球性貧血の最も一般的な原因です6。その背景には、吸収障害、食事からの摂取不足、そして稀な先天性疾患などが存在します。

悪性貧血:胃への自己免疫攻撃

ビタミンB12欠乏症の最も代表的かつ重篤な原因が「悪性貧血(あくせいひんけつ)」です24。これは、自身の免疫系が胃の壁細胞や、そこから分泌される「内因子(ないいんし)」と呼ばれるタンパク質を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患です3。内因子は、食事から摂取したビタミンB12と結合し、小腸の最終部分である回腸(かいちょう)での吸収を助ける重要な役割を担っています9

この自己免疫攻撃により内因子が産生されなくなると、たとえ食事から十分な量のビタミンB12を摂取しても、体内に吸収することができなくなります。かつては治療法がなく致死的な病であったため「悪性」という名前が付けられましたが、現在ではビタミンB12補充療法によって完全にコントロール可能な疾患です419。しかし、悪性貧血の患者は、その基盤にある萎縮性胃炎から胃がんを発症する危険性が高いことが知られており、定期的な内視鏡検査による経過観察が不可欠です13。この事実は、単に貧血を治療するだけでなく、長期的な健康管理の視点がいかに重要であるかを示しています。

胃切除と萎縮性胃炎の影響

胃を全摘出した場合、内因子を産生する場所そのものが失われるため、必然的にビタミンB12欠乏症に至ります4。ビタミンB12は肝臓に数年分が貯蔵されているため、手術後すぐに症状が現れるわけではなく、5年ほど経過してから貧血が顕在化することが多いです4

また、高齢者に非常に多い萎縮性胃炎は、胃酸の分泌低下と内因子の産生能力の低下を引き起こし、ビタミンB12の吸収を妨げます4。これは悪性貧血ほど重度ではないものの、慢性的なビタミンB12不足の主要な原因となります。

食事のリスク:ヴィーガンと厳格な食事制限

ビタミンB12は、肉、魚、卵、乳製品といった動物性食品にほぼ限定して含まれています1。そのため、これらの食品を一切摂取しないヴィーガンや厳格な菜食主義者は、ビタミンB12を強化した食品やサプリメントを意識的に摂取しない限り、欠乏症に陥る危険性が非常に高いです422。これは、伝統的な日本の食生活とは異なる、新しい生活習慣に伴う現代的な危険性と言えます。同様に、極端なダイエットによる食事制限も欠乏の原因となり得ます4

その他の原因:腸疾患、薬剤など

ビタミンB12が吸収される場所である回腸に問題がある場合も、欠乏症の原因となります。クローン病などの炎症性腸疾患や、回腸の外科的切除は、吸収能力を直接的に低下させます4。また、腸内細菌が異常増殖してビタミンB12を消費してしまう盲係蹄症候群(blind loop syndrome)や、サナダムシの一種である広節裂頭条虫(こうせつれっとうじょうちゅう)の寄生も原因となり得ます4

さらに、特定の薬剤の長期服用も危険因子となります。糖尿病治療薬のメトホルミンや、胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害薬(PPI)の長期使用は、ビタミンB12の吸収を妨げることが報告されています2829。その他、稀ではありますが、ビタミンB12の輸送や代謝に関わる先天性の異常も存在します7

葉酸欠乏症:異なる病態像

葉酸の欠乏も巨赤芽球性貧血を引き起こしますが、その原因はビタミンB12欠乏症とは異なる特徴を持ちます。

偏食とアルコールの過剰摂取

葉酸は、ほうれん草やブロッコリーなどの葉物野菜、果物、レバーなどに豊富に含まれています1。したがって、野菜をほとんど食べないといった極端な偏食が欠乏の主な原因となります。また、葉酸は熱に弱く、調理法によって失われやすい性質も持っています2

アルコールの過剰摂取は、葉酸欠乏の主要な原因の一つです。アルコールは葉酸の吸収を直接阻害するだけでなく、アルコール依存症の患者はしばしば栄養バランスの悪い食事に陥りがちであるため、複合的な要因で欠乏が進行します4

需要の増大:妊娠やその他の状態

体内で細胞分裂が活発になる時期には、葉酸の必要量が増大します。特に妊娠中は、胎児の正常な発育、とりわけ神経管の形成に葉酸が不可欠であり、需要が急増します3。妊娠初期の葉酸欠乏は、胎児の神経管閉鎖障害(二分脊椎など)の危険性を高めることが知られています31。授乳期や成長期の子供も同様に需要が増大します。

また、慢性的な溶血性貧血や、乾癬など広範な皮膚疾患のように、細胞のターンオーバーが亢進している病態でも葉酸の消費量が増え、相対的な欠乏状態に陥ることがあります21

薬剤の相互作用と吸収不良

特定の薬剤も葉酸の吸収や代謝を妨げます。関節リウマチの治療に用いられるメトトレキサートは、葉酸の働きを阻害する代表的な薬剤です4。一部の抗てんかん薬や経口避妊薬(ピル)も、葉酸の吸収を妨げることがあります4

セリアック病などの吸収不良症候群も、葉酸欠乏の原因となり得ます7

第3章:兆候を認識する:全身症状と神経症状

巨赤芽球性貧血の症状は、ゆっくりと進行するため、初期には気づかれにくいことがあります30。しかし、そのサインは全身に及び、特にビタミンB12欠乏症では不可逆的な変化を引き起こす可能性のある特有の神経症状が現れるため、早期の認識が極めて重要です。

一般的な貧血症状:倦怠感、息切れ、顔色不良

これらの症状は、赤血球が減少し、体内の酸素運搬能力が低下することによって生じるもので、あらゆる種類の貧血に共通しています。

  • 倦怠感・疲労感: 最も一般的な症状で、日常生活の活動を行う気力が湧かない、すぐに疲れてしまうといった形で現れます225
  • 労作時息切れ: 階段を上ったり、少し早歩きしたりするだけで息が切れるようになります13
  • 顔色不良: 皮膚や結膜が青白くなります32
  • その他の症状: めまい、立ちくらみ、頭痛、動悸なども見られます26

この疾患は発症が緩やかであるため、体がある程度貧血状態に順応してしまい、症状がかなり進行するまで自覚されないことも少なくありません5

特異的な警告サイン:舌、消化器、認知機能の変化

一般的な貧血症状に加えて、巨赤芽球性貧血、特にビタミンB12欠乏症では、より特異的な兆候が現れます。

  • 消化器症状:
    • ハンター舌炎(Hunter’s glossitis): 舌の表面が平滑になり、牛肉のような赤みを帯びてピリピリと痛む、特徴的な症状です13。味覚障害を伴うこともあります。
    • 食欲不振、下痢、体重減少: 消化管の粘膜も細胞分裂が活発なため、DNA合成障害の影響を受けやすく、これらの症状が現れることがあります3
  • 認知・精神症状:
    • ビタミンB12欠乏は、脳の機能にも影響を及ぼします。物忘れや集中力の低下、混乱といった認知機能障害は、高齢者では認知症と誤診される危険性があります3
    • 抑うつ、いらいら、性格の変化といった精神的な変調が見られることもあります27

スポットライト:ビタミンB12欠乏による神経症状

このセクションは、本疾患の理解において最も重要な部分の一つです。ビタミンB12欠乏によって引き起こされる神経症状は、葉酸欠乏では見られず、治療が遅れると永続的な後遺症を残す可能性があるためです8

これらの症状は、脳、脊髄、末梢神経を覆うミエリン鞘(神経の伝達速度を保つ絶縁体)が破壊されること(脱髄)によって生じます24

  • 手足のしびれ(末梢神経障害): 手足の指先がジンジン、ピリピリするといった異常感覚(錯感覚)が、最も早期に現れる症状の一つです333。これは、貧血の症状が現れる前から出現することもあり、診断の重要な手がかりとなります8
  • 歩行障害と平衡感覚の異常(脊髄後索・側索障害): 足元がふらつく、まっすぐ歩けないといった歩行困難が見られます3。目を閉じると立っていられなくなる(ロンベルグ徴候陽性)のは、位置覚(自分の手足がどこにあるかを感じる感覚)が障害されているサインです34。振動覚(音叉の振動を感じる感覚)の低下も特徴的です21
  • 筋力低下: 手足に力が入らないといった筋力の低下も起こります25

極めて重要な注意点: これらの神経症状は、血液検査で明らかな貧血が認められない段階でも起こりうるということです7。貧血の重症度と神経症状の重症度は必ずしも相関しません。実際、重篤な神経症状を呈する患者の貧血は軽度である一方、極度の貧血患者には神経症状がほとんど見られない、という逆相関の関係が指摘されています24。この事実は、原因不明のしびれや歩行障害を訴える患者を診察する際に、血液検査の結果だけでビタミンB12欠乏症を安易に否定してはならないことを示唆しています。特に高齢者において、これらの症状が単なる「加齢」や「認知症の初期症状」として片付けられてしまう危険性は非常に高く、治療機会を逸することにつながりかねません。

第4章:正確な診断への道:血液検査から鑑別診断まで

巨赤芽球性貧血の診断は、一連の血液検査と、必要に応じた追加検査を組み合わせることで、体系的に行われます。正確な診断は、適切な治療法の選択と、類似した症状を呈する他の重篤な疾患との鑑別に不可欠です。

初期検査:全血球計算と末梢血塗抹標本

貧血が疑われた場合、最初に行われるのが全血球計算(Complete Blood Count, CBC)です。

  • ヘモグロビン濃度と赤血球恒数: ヘモグロビン濃度の低下により貧血と判断されます。最も重要な指標は、赤血球1個あたりの平均的な大きさを示す平均赤血球容積(MCV)です。巨赤芽球性貧血では、MCVが基準値(通常80~100 fL)を大きく超える大球性貧血を示し、しばしば110 fL以上になります435
  • 末梢血塗抹標本: 血液をスライドガラスに薄く伸ばして染色し、顕微鏡で血球の形態を直接観察する検査です。これは診断において極めて重要な情報をもたらします8。特徴的な所見として、正常な円盤状ではなく、大きく(大球性)、楕円形をした卵円赤血球(macro-ovalocytes)が認められます8。赤血球の大きさが不均一(大小不同、anisocytosis)で、形も様々(形態不同、poikilocytosis)になります8。白血球の一種である好中球の核の過分葉(hypersegmented neutrophils)は、非常に特異的で早期から見られる所見です。通常3~5つに分かれている核が、6つ以上に分葉しています8。白血球数や血小板数が減少している(汎血球減少)こともあります10
  • 網赤血球数: 骨髄から放出されたばかりの若い赤血球である網赤血球の数は、通常、減少しています。これは、骨髄での産生障害(無効造血)を反映しています8

主要マーカーの測定:ビタミンB12、葉酸、MMA、ホモシステイン

末梢血の所見から巨赤芽球性貧血が強く疑われた場合、原因を特定するために血清中のビタミン濃度とその代謝産物を測定します。

  • 血清ビタミンB12および葉酸濃度: 直接的な原因物質であるこれらのビタミン濃度を測定します8。血清ビタミンB12値が200 pg/mL未満の場合、欠乏症と診断されるのが一般的です8。血清葉酸値が2~4 ng/mL未満の場合、欠乏症と診断されます8
  • メチルマロン酸(MMA)およびホモシステイン: ビタミンB12の値が境界域(例:200~300 pg/mL)で診断に迷う場合に、これらの代謝産物の測定が極めて有用です7
    • メチルマロン酸(MMA): ビタミンB12欠乏症では血中濃度が上昇しますが、葉酸欠乏症では正常です。したがって、両者を鑑別する上で非常に重要なマーカーとなります5
    • ホモシステイン: ビタミンB12欠乏症と葉酸欠乏症の両方で上昇します5
  • その他の生化学検査: 骨髄内での無効造血(赤血球の破壊)を反映して、血清LDH(乳酸脱水素酵素)と間接ビリルビン値が上昇します5

悪性貧血の診断:自己抗体と内視鏡検査

ビタミンB12欠乏が確認され、明らかな食事性の原因がない場合、最も一般的な原因である悪性貧血の診断を進めます。

  • 自己抗体検査: 血中の抗内因子抗体(anti-intrinsic factor antibody)を測定します。この抗体が陽性であれば、悪性貧血の診断はほぼ確定します(特異度が非常に高い)7。抗胃壁細胞抗体も測定されることがありますが、特異度は抗内因子抗体ほど高くありません7
  • 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ): 悪性貧血の背景にある萎縮性胃炎の存在を確認し、同時に胃がんの合併がないかを調べるために必須の検査です13

鑑別診断:類似疾患の除外

巨赤芽球性貧血の診断を下す際には、同様の検査所見を呈する他の疾患を慎重に除外する必要があります。

  • 骨髄異形成症候群(Myelodysplastic Syndrome, MDS): 特に高齢者において最も重要な鑑別疾患です。MDSも大球性貧血や汎血球減少を呈することがあり、臨床像が非常に似ています4。最終的な診断には骨髄検査(骨髄穿刺・生検)が不可欠です26。MDSでは、低分葉核の好中球や微小巨核球など、巨赤芽球性貧血では典型的ではない異形成所見が認められます11
  • その他の大球性貧血の原因: アルコール多飲、肝疾患、甲状腺機能低下症なども大球性貧血をきたしますが、これらは通常、骨髄に巨赤芽球性変化を伴いません1416
  • 再生不良性貧血や赤芽球癆: これらの疾患は、骨髄の細胞密度(細胞数)によって鑑別されます。巨赤芽球性貧血では骨髄は過形成(細胞が多い)ですが、再生不良性貧血や赤芽球癆では低形成(細胞が少ない)となります37
表1:巨赤芽球性貧血の主要診断基準
診断カテゴリー 検査項目 典型的な所見 根拠
初期血液所見(CBC・末梢血塗抹) ヘモグロビン濃度 低下(貧血) 4
MCV(平均赤血球容積) 高値(>100 fL、しばしば >110 fL) 4
末梢血塗抹標本 大球性卵円赤血球、好中球の核過分葉 8
網赤血球数 低下 8
確定診断(ビタミン・代謝産物) 血清ビタミンB12 低下(<200 pg/mL) 8
血清葉酸 低下(<4 ng/mL) 8
血清メチルマロン酸(MMA) 高値(ビタミンB12欠乏を示唆) 5
血清ホモシステイン 高値(ビタミンB12または葉酸欠乏) 5
原因特定(ビタミンB12欠乏時) 抗内因子抗体 陽性(悪性貧血を強く示唆) 8
上部消化管内視鏡 萎縮性胃炎の所見 13

この診断プロセスを通じて、患者は自身の状態を正確に理解し、最適な治療へと進むことができます。各検査結果がパズルのピースのように組み合わさり、最終的な診断という全体像を形成するのです。

第2部:包括的行動計画と管理ガイド


第5章:治療のロードマップ:ビタミン補充と長期的ケア

巨赤芽球性貧血の診断が確定すれば、治療への道筋は明確です。治療の核心は、欠乏しているビタミンを補充することにあり、これにより劇的な改善が期待できます。しかし、その方法は原因によって異なり、一部の患者にとっては生涯にわたる管理が必要となります。

治療の原則:不足分の補充

治療の基本原則は極めてシンプルで、不足しているビタミンB12または葉酸を体内に補給することです4。適切な補充療法を開始すると、血液所見は速やかに改善に向かい、数週間以内に貧血に伴う症状の多くが軽快します38。興味深いことに、血液検査の数値が正常化するよりも先に、倦怠感などの自覚症状が改善することも少なくありません40

ビタミンB12補充法:注射と経口投与

ビタミンB12の補充には、主に注射と経口薬の2つの方法があり、患者の病態に応じて選択されます。

  • 筋肉内注射: 悪性貧血や胃切除後など、消化管からの吸収が障害されている場合に最も確実で標準的な治療法です3。一般的な治療計画では、初期段階として週に数回、高用量のビタミンB12(例:1000μg)を筋肉内に注射します。血液所見が改善した後、維持療法として1~3ヶ月に1回の注射へと移行します15
  • 経口投与: 従来は吸収障害のある患者には無効と考えられていましたが、近年の研究により、高用量(毎日1000~2000μg)のビタミンB12を経口摂取することで、内因子を介さない経路(受動的拡散)でも吸収され、注射と同等の効果が得られることが示されています29。頻繁な通院が困難な高齢者や、注射を好まない患者にとって、利便性の高い選択肢となります15。一部の国では鼻腔スプレーも利用可能ですが、日本では一般的ではありません39

葉酸欠乏症の治療

葉酸欠乏症の治療は、通常、経口の葉酸製剤(錠剤)で行われます1。1日に1~5mgの葉酸を服用することで、体内の葉酸レベルは効果的に回復します。根本原因(例:アルコール依存症、吸収不良)が解消されない限り、治療は通常4ヶ月程度続きます39

重要な警告:葉酸補充前にB12欠乏を除外すべき理由
ここで、治療における極めて重要な安全上の注意点を強調しなければなりません。ビタミンB12欠乏症の可能性が否定されていない状態で、安易に葉酸だけを補充することは非常に危険です2。その理由は、葉酸を補充すると、血液学的な異常(貧血)は改善してしまうためです。しかし、水面下で進行しているビタミンB12欠乏による神経障害は全く改善せず、むしろ悪化の一途をたどります39。貧血が改善することでビタミンB12欠乏症の診断が遅れ、発見されたときには神経症状が不可逆的になっているという最悪の事態を招きかねません。この「マスキング効果」を避けるため、貧血の原因が不明な場合や両方の欠乏が疑われる場合は、必ずビタミンB12の状態を確認し、必要であればB12を先に、あるいは同時に補充することが鉄則です26

長期的管理とフォローアップ:生涯治療が必要な場合

治療期間は、欠乏の原因によって大きく異なります。

  • 一時的な治療: 食事内容の偏りや特定の薬剤の使用、妊娠など、原因が一時的で是正可能な場合は、ビタミンレベルが正常化すれば治療を終了できることがあります。
  • 生涯にわたる治療: 一方、悪性貧血、胃全摘後、回腸切除後など、吸収障害の原因が永続的である場合は、生涯にわたるビタミンB12補充療法が不可欠です13

治療を自己判断で中断すると、数年後に貧血や神経症状が再発します。定期的な血液検査でビタミンレベルや血球数を監視し、治療が適切に行われているかを確認することが重要です2。また、悪性貧血の患者は、胃がんの早期発見のために定期的な内視鏡検査を受けることが、長期管理の重要な一部となります13。治療は、単にビタミンを補う行為ではなく、その原因に基づいた個人別の長期的な管理戦略であると理解することが求められます。例えば、治療開始直後には、急激な造血によって血中のカリウムが消費され、低カリウム血症を引き起こす危険性も報告されており、特に重症例では慎重な医学的管理が必要です39

表2:治療法の比較と一般的なスケジュール
欠乏の種類 治療法 一般的なスケジュール 利点・注意点 根拠
ビタミンB12欠乏症(吸収障害あり) 筋肉内注射(例:メコバラミン) 初期: 1000μgを週1~数回
維持期: 1000μgを1~3ヶ月に1回
最も確実な方法。通院が必要。 15
ビタミンB12欠乏症(食事性・吸収障害なし) 高用量経口薬 1000~2000μgを毎日 利便性が高い。患者の服薬遵守が重要。 15
葉酸欠乏症 経口薬(葉酸) 1~5mgを毎日(通常4ヶ月程度) 簡便で効果的。原因が持続する場合は継続が必要。 1

第6章:栄養行動計画:予防と治療的支援

巨赤芽球性貧血の管理において、食事は「予防」と「治療の補助」という二つの重要な役割を担います。ただし、ここで明確にすべきは、一度発症したビタミン欠乏性貧血は、食事だけで治癒することはほとんどなく、必ず医療機関での診断と治療が必要であるという点です13。この章で示す栄養計画は、あくまで医療的治療を補完し、再発を防ぐためのものです。

貧血を予防するバランスの取れた食事の構築

貧血予防の基本は、特定の栄養素に偏るのではなく、栄養バランスの取れた食事を規則正しく摂ることにあります。厚生労働省と農林水産省が策定した「食事バランスガイド」は、その良い指針となります13

  • 3食規則正しく: 特に朝食を抜かないことが重要です。欠食や極端なダイエットは、ビタミンB12や葉酸だけでなく、鉄分やタンパク質など、造血に必要なあらゆる栄養素の不足につながります1345
  • 主食・主菜・副菜を揃える: ご飯やパンなどの「主食」、肉・魚・卵・大豆製品などの「主菜」、野菜や海藻類などの「副菜」を組み合わせることで、栄養素をバランス良く摂取できます1346
  • 良質なタンパク質の摂取: タンパク質はヘモグロビンの主成分であり、赤血球そのものの材料です。一度に大量に摂取しても体内に貯蔵できないため、毎食の主菜に意識して取り入れることが推奨されます13

ビタミンB12を豊富に含む食品

ビタミンB12は、主に動物性食品に含まれています。菜食主義者やヴィーガンの方は、強化食品やサプリメントからの摂取が不可欠です48

  • 魚介類: あさり、しじみ、さんま、かき、いわし、さば など45
  • 肉類: 牛・豚のレバー、牛肉 など13
  • その他: 卵(特に卵黄)、チーズなどの乳製品、海苔13

葉酸を豊富に含む食品

葉酸は、特に緑黄色野菜や豆類に多く含まれています。熱に弱い性質があるため、生で食べられるものは生で、加熱する場合は短時間で調理するのが効率的です44

  • 野菜類: ほうれん草、ブロッコリー、菜の花、アスパラガス、枝豆、オクラ、春菊、ニラ など44
  • 豆類: 大豆、納豆 など13
  • その他: 牛・豚のレバー、卵黄、うなぎ など13

吸収に影響する要因:知っておくべきこと

栄養素は、ただ摂取するだけでなく、体内で効率よく吸収されることが重要です。

  • 鉄分との関連: 巨赤芽球性貧血の患者では、鉄欠乏が合併していることもあります。鉄欠乏は、巨赤芽球性貧血の特徴である大球性変化を隠してしまう(MCVが正常化する)ことがあるため注意が必要です8。植物性食品に含まれる非ヘム鉄の吸収は、ビタミンCと一緒に摂ることで向上します12
  • タンニンの影響: 濃い緑茶や紅茶、コーヒーに含まれるタンニンは、非ヘム鉄の吸収を阻害することがあります。食事中や食後すぐの摂取は避けるのが賢明です12

日本の食事摂取基準(2020年版)では、成人のビタミンB12の摂取目安量は2.4μg/日、葉酸の推奨量は240μg/日とされています47。これらの数値を参考に、日々の食事計画を立てることが、科学的根拠に基づいた予防策となります。

表3:ビタミンB12と葉酸が豊富な食品ガイド
栄養素 食品カテゴリー 具体的な食品例(日本で馴染み深いもの)
ビタミンB12 貝類 あさり、しじみ、かき
魚類 さんま、いわし、さば、にしん
肉類 牛レバー、豚レバー、鶏レバー
卵・乳製品 卵黄、チーズ、牛乳
その他 焼き海苔
葉酸 緑黄色野菜 ほうれん草、ブロッコリー、菜の花、アスパラガス、枝豆、モロヘイヤ
豆類 納豆、大豆
肉類 牛レバー、豚レバー、鶏レバー
果物類 いちご、マンゴー、アボカド
その他 卵黄、うなぎ

この表は、日々の献立を考える上での実用的なガイドとして活用できます。ただし、繰り返しになりますが、これらの食品はあくまで予防と治療の支援役であり、診断された貧血の治療そのものではないことを忘れないでください。

第7章:積極的な自己管理:患者と家族のためのガイド

巨赤芽球性貧血の診断を受けた後、治療の成功と長期的な健康維持は、医療専門家との連携だけでなく、患者自身と家族による積極的な自己管理に大きく依存します。知識を力に変え、日々の生活の中で主体的に健康を管理していくことが、合併症を防ぎ、生活の質(QOL)を高く保つための鍵となります。

治療アドヒアランスの重要性

「アドヒアランス」とは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味します。特に、悪性貧血や胃切除後などで生涯にわたるビタミン補充が必要な場合、この治療アドヒアランスが極めて重要になります13

  • 治療の継続: 症状が改善した後も、自己判断で治療を中断しないことが不可欠です。治療を止めれば、数年後には必ず再発します。
  • スケジュールの管理: 定期的な注射や毎日の服薬を忘れないように、カレンダーやスマートフォンのリマインダー機能を活用する、家族に協力を求めるなどの工夫が有効です。
  • 疑問点の解消: 治療について不安や疑問があれば、遠慮なく医師や薬剤師に相談し、納得した上で治療を続けることが大切です。

医療機関を受診すべき時

貧血や神経症状を疑うサインに気づいたら、早期に医療機関を受診することが、何よりも重要です49

  • 初期症状を見逃さない: 原因不明の倦怠感、動悸、息切れ、手足のしびれ、ふらつき、物忘れなどの症状が現れたら、「年のせい」や「疲れ」と片付けずに、内科や血液内科の受診を検討してください41
  • 神経症状への警鐘: 特に、手足のしびれや歩行困難といった神経症状は、治療が遅れると永続的な後遺症となる可能性があります32。これらの症状に気づいた場合は、速やかに専門医の診察を受ける必要があります。

神経症状の管理とリハビリテーション

ビタミンB12補充療法を開始しても、神経症状の回復には貧血の改善よりも長い時間(3ヶ月から1年以上)を要することがあります。また、治療開始が遅れた場合、一部の症状は完全には回復しない可能性もあります7

  • 焦らないこと: 回復には時間がかかることを理解し、根気強く治療を続けることが大切です。
  • リハビリテーションの活用: 歩行障害や平衡感覚の異常に対しては、理学療法士によるリハビリテーションが有効な場合があります。日常生活での動作に困難を感じる場合は、作業療法士に相談することも一つの方法です。

ハイリスク群へのアドバイス:高齢者、ヴィーガン、胃切除後の患者

特定の背景を持つ人々は、巨赤芽球性貧血の危険性が特に高いため、より一層の注意と積極的な対策が求められます。

  • 高齢者の方へ: 倦怠感、物忘れ、ふらつきといった症状を、単なる加齢現象と見なさないでください。特に、胃の不調(胃もたれ、食欲不振など)を長年抱えている方は、萎縮性胃炎によるビタミンB12吸収不全の可能性があります3。かかりつけ医に、ビタミンB12欠乏の可能性について相談し、検査を検討してもらうことが推奨されます。
  • ヴィーガン・厳格な菜食主義者の方へ: ビタミンB12のサプリメント摂取は、選択肢ではなく「必須」です4。ビタミンB12を強化したシリアルや豆乳などを利用するとともに、定期的にサプリメントを摂取する習慣を確立してください。どのサプリメントをどのくらいの量摂取すべきかについては、医師や管理栄養士に相談するのが最も安全です。
  • 胃切除後の方へ: 胃の切除(特に全摘)後は、ビタミンB12欠乏症が将来的に必ず起こることを理解しておく必要があります4。手術後、症状がなくても、医師から指示されたビタミンB12補充療法を生涯にわたって継続しなければなりません。定期的な通院と注射を、生活の一部として組み込むことが重要です。

自己管理とは、自身の状態を正しく理解し、必要な行動を主体的に選択し、実行することです。このプロセスを通じて、患者と家族は病気に振り回されるのではなく、病気と上手く付き合いながら、充実した生活を送ることが可能になります。

よくある質問

ビタミンB12欠乏と葉酸欠乏による貧血の症状は、どう違うのですか?

一般的な貧血症状(倦怠感、息切れなど)は両者に共通しますが、決定的な違いは神経症状の有無です8。ビタミンB12欠乏症では、手足のしびれ、歩行困難、記憶障害などの神経症状が現れることがあります3。一方、葉酸欠乏症では通常、神経症状は見られません。このため、ビタミンB12欠乏の可能性がある状態で安易に葉酸だけを補充すると、貧血は改善しても神経症状が悪化する危険性があり、注意が必要です2

巨赤芽球性貧血は食事だけで治せますか?

いいえ、一度発症した巨赤芽球性貧血、特に悪性貧血などの吸収障害が原因の場合は、食事だけで治すことはできません13。必ず医療機関で診断を受け、注射や高用量の経口薬によるビタミン補充療法を受ける必要があります。食事はあくまで治療を補助し、再発を予防するための重要な役割を担いますが、治療そのものの代わりにはなりません。

治療を始めたら、どのくらいで良くなりますか?

適切なビタミン補充療法を開始すると、倦怠感などの自覚症状は数日から1週間程度で改善し始めることが多く、血液検査の数値も数週間で正常化に向かいます38。ただし、神経症状がある場合、その回復にはより長い時間(数ヶ月から1年以上)がかかることがあります。また、治療開始が遅れると、一部の神経症状は完全には回復しない可能性もあります7

高齢者の物忘れも、この病気の可能性がありますか?

はい、その可能性はあります。ビタミンB12欠乏は、物忘れ、集中力低下、混乱といった認知機能障害を引き起こすことがあり、高齢者では認知症と誤診される危険性が指摘されています3。特に萎縮性胃炎を持つ高齢者は危険性が高いため、原因不明の認知機能低下が見られる場合は、単に「加齢」と判断せず、ビタミンB12欠乏症の可能性を考慮して医師に相談することが重要です。

結論

巨赤芽球性貧血は、ビタミンB12または葉酸の欠乏によって引き起こされる、複雑かつ全身に影響を及ぼす疾患です。その本質は、単なる赤血球の不足ではなく、細胞分裂の根幹であるDNA合成の障害にあります。本稿を通じて、この疾患の多面的な性質、すなわち病態、原因、症状、診断、そして治療と管理に至るまでの包括的な情報を提供してきました。

本分析から得られた核心的な要点は以下の通りです。

  • 病態の特異性: 巨赤芽球性貧血は、骨髄での「無効造血」を特徴とする、赤血球の「製造過程の異常」です。これにより、貧血だけでなく、白血球や血小板の減少、さらには消化器症状や精神症状など、多彩な臨床像を呈します510
  • 原因の多様性: 原因は、自己免疫疾患である悪性貧血、胃切除、高齢者に多い萎縮性胃炎といった吸収障害から、ヴィーガンなどの現代的な食生活、アルコール多飲、妊娠による需要増大まで多岐にわたります。特に日本では、高齢化と高いピロリ菌感染率を背景とした、萎縮性胃炎に起因するビタミンB12欠乏症が「隠れた健康問題」となっている可能性があります420
  • 神経症状の重要性: ビタミンB12欠乏による手足のしびれや歩行障害といった神経症状は、治療が遅れると不可逆的な後遺症を残す危険性があります。これらの症状は貧血に先行して現れることもあり、その早期認識が患者の予後を大きく左右します8
  • 診断と治療の有効性: 診断は、血液検査と代謝産物(MMA、ホモシステイン)の測定、そして原因を特定するための自己抗体検査や内視鏡検査によって正確に行うことができます。治療は、不足しているビタミンを補充するというシンプルな原則に基づいており、非常に効果的です4
  • 生涯にわたる管理の必要性: 悪性貧血や胃切除後など、原因が永続的である場合は、生涯にわたるビタミン補充療法と、胃がんなどの合併症に対する定期的な経過観察が不可欠です13

今後の展望として、医療従事者と一般市民双方の疾患に対する認識向上が求められます。特にプライマリケアの現場において、高齢者の不定愁訴や認知機能低下の鑑別診断として、ビタミンB12欠乏症を念頭に置くことの重要性は、ますます高まるでしょう。最終的に、この疾患との戦いにおける最も強力な武器は「知識」です。患者自身、そしてその家族が、危険因子を理解し、警告サインを認識し、そして何よりも定期的な健康診断の重要性を認識すること13。それが、この治療可能な疾患による永続的な障害を防ぎ、健康で質の高い生活を維持するための、最も確実な道筋です。本稿が、その一助となることを切に願います。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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