日本人特有の心臓病リスク|過労、ストレス、食生活の落とし穴と今日からできる対策
心血管疾患

日本人特有の心臓病リスク|過労、ストレス、食生活の落とし穴と今日からできる対策

心血管疾患は、日本および世界において、依然として深刻な公衆衛生上の課題です。厚生労働省の統計によれば、心疾患はがんに次ぐ日本人の死因第2位であり1、2023年の調査では約358万人もの人々が心臓関連の病気で治療を受けていると報告されています2。世界保健機関(WHO)も、心血管疾患が世界的な主要死因であることを確認しており、その影響の大きさを物語っています3。しかし、これらの疾患の大部分は、リスク要因を正しく理解し、適切に管理することで予防可能であるという希望の光もあります。本記事では、最新の科学的根拠に基づき、世界的に認められた主要なリスク要因から、日本の社会や生活習慣に根差した特有のリスクまでを包括的に解説し、皆様が今日から実践できる具体的な行動計画を提示します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 世界循環器リスク共同研究(The Global Cardiovascular Risk Consortium): この記事における5つの主要な修正可能なリスク要因(高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、肥満)に関する指針は、同コンソーシアムが発表した研究に基づいています4
  • 日本循環器学会(JCS): 日本人における血圧、脂質、血糖値の管理目標や生活習慣の改善に関する具体的な推奨事項は、同学会が発行した「冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン」に基づいています5
  • 厚生労働省(MHLW): 過労(カロウシ)と心血管イベントとの関連性に関する議論は、同省が発行する「過労死等防止対策白書」のデータに基づいています6
  • 多目的コホート研究(JPHC研究): 日本の食事パターンが心血管疾患のリスクに与える影響(利点と注意点)に関する分析は、国立がん研究センターなどが実施したこの大規模研究の成果に基づいています7

要点まとめ

  • 心疾患は日本人の死因第2位であり、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、肥満の5つが世界共通の主要リスク要因です。
  • 日本人特有のリスクとして、長時間労働や精神的ストレスから生じる「過労(カロウシ)」が心臓に深刻な影響を与えることが指摘されています。
  • 伝統的な「和食」は心臓に良い面が多い一方、漬物や醤油による塩分過多という落とし穴があり、注意が必要です。
  • 睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群も、血圧上昇や不整脈を引き起こす見過ごされがちな現代型リスクです。
  • 「特定健診」の結果を正しく理解し、医師と相談することが、個々のリスクを把握し、具体的な予防行動を開始するための第一歩となります。

第1部:誰もが知るべき5大リスク要因(グローバルスタンダード)

近年の医学研究は、心血管疾患のリスク管理において大きな進歩を遂げました。特に、権威ある医学雑誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された世界規模の研究では、修正可能な5つのリスク要因が、全世界の心血管疾患の負担の半数以上を占めることが明らかにされました4。これらの要因を効果的に管理することは、あらゆる予防戦略の根幹をなすものです。

1.1 高血圧

「沈黙の殺人者」とも呼ばれる高血圧は、心血管の健康に対して単独で最も大きな影響を与えるリスク要因です。血圧が高い状態が続くと、動脈の壁が傷つき、心臓はより多くの力で血液を送り出さなければならなくなります。これが動脈硬化を促進し、心不全や心筋梗塞のリスクを高めます。日本循環器学会(JCS)が2023年に発表した「冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン」では、個々のリスクレベルに応じた具体的な降圧目標値が示されており、定期的な血圧測定と目標値の達成が極めて重要です5

1.2 脂質異常症(悪玉コレステロール)

血液中の過剰なLDL(低比重リポ蛋白)コレステロール、いわゆる「悪玉コレステロール」は、動脈硬化を引き起こすプラーク(粥腫)の主成分です。このプラークが血管壁に蓄積すると、動脈が狭くなり、最終的には閉塞して心筋梗塞や狭心症を引き起こす可能性があります。JCSのガイドラインでは、LDLコレステロール(LDL-C)の管理目標値がリスクに応じて細かく設定されており、食事療法や運動療法、必要に応じた薬物療法による管理が推奨されています5

1.3 糖尿病

高血糖状態が持続する糖尿病は、それ自体が独立した疾患であるだけでなく、動脈硬化を強力に促進する要因でもあります。高血糖は血管の内皮細胞を傷つけ、炎症反応を引き起こし、血管の機能を低下させます。これにより、高血圧や脂質異常症と相まって、心血管疾患のリスクを著しく増大させます。JCSは、血糖コントロールの指標であるヘモグロビンA1c(HbA1c)の管理目標値を定めており、厳格な血糖管理の重要性を強調しています5

1.4 喫煙

喫煙は、予防可能なリスク要因の中で最も強力なものの一つです。タバコに含まれるニコチンは心拍数と血圧を上昇させ、一酸化炭素は血液の酸素運搬能力を低下させます。これらの作用が複合的に心臓に負担をかけ、血管を傷つけます。JCSのガイドラインは、喫煙者にとって禁煙が最も効果的な介入策であり、必須の要件であると断言しています5

1.5 肥満と体重管理

過体重、特に腹部肥満(内臓脂肪型肥満)は、心臓への物理的な負担を増やすだけでなく、高血圧、脂質異常症、糖尿病といった他のリスク要因を併発しやすい状態です。体重を管理し、適正な体重を維持することは、これらのリスクを包括的に低減させる上で不可欠です。JCSのガイドラインでは、体格指数(BMI)と腹囲の目標値が示されており、健康的な体重管理の指針となっています5


第2部:見過ごされがちな「現代型」と「日本特有」のリスク要因

世界共通の5大リスク要因に加え、現代日本の生活習慣や社会環境に起因する特有の要因も、心血管の健康に深刻な影響を及ぼします。これらの見過ごされがちなリスクを認識することが、包括的な予防への鍵となります。

2.1 仕事のプレッシャーと「過労死」:日本社会に潜む心臓リスク

慢性的な仕事のストレスや長時間労働は、精神的な健康を損なうだけでなく、心血管疾患の確立されたリスク要因であり、特に日本社会においてその影響は無視できません。厚生労働省が発行する「過労死等防止対策白書」では、長時間労働と心筋梗塞や脳卒中といった循環器疾患との関連性が繰り返し指摘されています6。生理学的には、持続的なストレスは「コルチゾール」などのストレスホルモンの分泌を促し、血圧の上昇、体内の炎症、代謝異常を引き起こします。これらはすべて、動脈硬化の進行に直接的に寄与します。さらに、過度の仕事のプレッシャーは、睡眠不足、不規則な食事、運動不足といった他の不健康な行動にもつながりやすいです。

2.2 「和食」の真実:日本食パターンのメリットと注意点

伝統的な日本の食事パターン、いわゆる「和食」は、心臓の健康に良い影響をもたらすことで国際的に知られています。しかし、その本質を正しく理解し、潜在的な「落とし穴」に注意することが重要です。国立がん研究センターなどが主導する大規模な追跡調査「JPHC研究」では、魚、大豆製品、野菜、緑茶などを多く含む日本食パターンが、心血管疾患による死亡リスクを低下させることが示されています7。一方で、味噌汁、漬物、醤油といった伝統的な食品に含まれる高い塩分(ナトリウム)は、高血圧の主要な原因となるため、重大な注意点です。健康的な伝統食と、近年増加している肉類や加工食品の多い「欧米型食事パターン」とを明確に区別し、「減塩」を意識した賢い和食の実践が求められます。

2.3 睡眠不足と睡眠時無呼吸症候群

睡眠は単なる休息ではなく、心血管系の修復と維持に不可欠な生物学的プロセスです。慢性的な睡眠不足や、睡眠中に呼吸が繰り返し止まる「睡眠時無呼吸症候群」は、夜間の血圧を上昇させ、体内の炎症を悪化させ、心房細動などの不整脈のリスクを高めることが知られています。日本循環器学会のガイドラインでも、睡眠呼吸障害の診断と治療の重要性が強調されています16

2.4 その他の隠れたリスク:大気汚染、自己免疫疾患など

私たちの心臓の健康は、想像以上に多くの要因に影響されています。米国の国立心肺血液研究所(NHLBI)などの権威ある機関は、大気汚染物質への曝露、慢性腎臓病、関節リウマチや全身性エリテマトーデスといった自己免疫疾患や慢性炎症性疾患なども、心血管疾患のリスクを高める可能性があると指摘しています8


第3部:今日から始める!心臓を守るための具体的なアクションプラン

心臓病の予防は、受動的に待つものではなく、主体的に取り組むことで十分に可能です。自分自身の健康指標を把握し、目標を定めて生活習慣を改善することで、リスクの大部分は自らの手でコントロールできます。

3.1 ステップ1:自分のリスクを知る〜「特定健診」の活用法

定期的な健康診断、特に40歳から74歳までの方を対象とした「特定健康診査(特定健診)」は、リスク要因を早期に発見するための最も重要で基本的なステップです。特定健診は、心血管疾患の強力な危険因子であるメタボリックシンドロームの発見に重点を置いています9。健診結果を受け取ったら、それを放置せず、血圧、血糖値(HbA1c)、脂質(LDL-C, HDL-C, 中性脂肪)、腹囲といった主要な指標の意味を理解しましょう。そして、その結果を必ずかかりつけ医に持参し、個々の状況に合わせた予防計画について相談することが、賢明な第一歩です。

3.2 ステップ2:生活習慣を最適化する

日々の生活における小さな、しかし持続可能な変化が、心血管の健康に長期的で大きな効果をもたらします。日本循環器学会のガイドラインに基づいた、具体的な行動目標は以下の通りです5

  • 食事: 味噌汁の具を増やす、麺類の汁は飲まない、漬物や加工食品を控えるなど、「減塩」を心がけましょう。魚、特に青魚の摂取を増やし、野菜、果物、未精製の穀物を積極的に摂ることが推奨されます。
  • 運動: ウォーキングやサイクリングなど、ややきついと感じる程度の中等度の有酸素運動を、週に合計150分以上行うことを目指しましょう。
  • 禁煙: 喫煙は「百害あって一利なし」です。禁煙は、心臓の健康のためにできる最も確実で効果的な投資です。必要であれば、禁煙外来などの専門的なサポートを活用しましょう。
  • ストレス管理: 仕事や日常生活のストレスと上手に付き合う方法を見つけることが重要です。公園を散歩する(森林浴)、趣味のサークルに参加する、瞑想を試すなど、自分に合ったリラックス法を実践しましょう。

3.3 ステップ3:医療機関との連携

医師や医療専門家は、あなたの心臓を守る旅における最も重要なパートナーです。定期的に受診し、自身の懸念や生活状況について率直に話し、信頼関係を築きましょう。もし薬物治療が必要と判断された場合は、処方された計画を厳格に守り、自己判断で薬を中断したり変更したりすることは絶対におやめください。


結論:未来の自分のために、賢い選択を

心疾患のリスクは、高血圧や喫煙といった世界共通の要因から、過労や食生活の特性といった日本特有の課題まで、多岐にわたります。しかし、最も重要なメッセージは、これらのリスクの大部分は予防可能であり、その鍵は私たち一人ひとりの日々の選択にあるということです。特定健診で自身の状態を把握し、生活習慣を見直し、必要であれば専門家の助けを借りる。今日始める一つの小さな行動が、未来のあなたの健康で活力に満ちた生活へとつながっていきます。「健康寿命の延伸」という国の目標に貢献するためにも、今日から賢い選択を始めましょう。


よくある質問

和食は塩分が多いと聞きますが、本当に心臓に良いのですか?

大変良いご質問です。和食の健康効果は、魚、野菜、大豆製品が多く、飽和脂肪酸が少ないという「食事パターン」に由来します。しかし、ご指摘の通り、味噌汁、漬物、醤油などの伝統的な調味料や食品による塩分過多は大きな懸念点です。鍵となるのは「減塩」の実践です。減塩タイプの醤油を選ぶ、麺類の汁は飲まない、漬物は控えめにする、出汁の旨味を活用するなど、塩分を意識した上で和食の利点を活かすことが重要です。

特定健診の結果が「異常なし」でした。もう安心ですか?

結果が「異常なし」であることは素晴らしいニュースですが、それはあくまでその時点でのスナップショットに過ぎません。心血管疾患のリスクは年齢と共に自然に増加しますし、ストレスや家族歴など、特定健診では測定されない要因にも影響されます。これを「良いスタート」と捉え、引き続き健康的な生活習慣を維持し、毎年定期的に健康診断を受けることを強くお勧めします。

家族に心臓病の人がいます。遺伝は避けられないのでしょうか?

家族歴は、変更不可能な重要なリスク要因の一つです10。しかし、これはあなたが必ず病気になるという意味ではありません。よく「遺伝は銃に弾を込めるようなものだが、引き金を引くのは生活習慣だ」と言われます。血圧、コレステロール、体重、禁煙といった変更可能なリスク要因を厳格に管理することで、遺伝的な素因があったとしても、発症のリスクを大幅に下げることが可能です。ご自身の家族歴を医師に伝え、より個別化された追跡・予防計画を立ててもらうことが賢明です。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言、診断、治療に代わるものではありません。健康上の懸念やご自身の健康状態に関する決定を下す前には、必ず資格を有する医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 厚生労働省. 循環器病に係る統計. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000920527.pdf
  2. 日本生活習慣病予防協会. (2025). 心疾患で治療を受けている総患者数は、358万1,000人 令和5年(2023) 「患者調査の概況」より. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2025/010841.php
  3. World Health Organization (WHO). Cardiovascular diseases (CVDs). Available from: https://www.who.int/health-topics/cardiovascular-diseases
  4. The Global Cardiovascular Risk Consortium. Global impact of modifiable risk factors on cardiovascular disease and mortality. N Engl J Med. 2023;389(14):1273-1285. doi:10.1056/NEJMoa2206916. Available from: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2206916
  5. 日本循環器学会. 2023年改訂版 冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン. 2023. Available from: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_fujiyoshi.pdf
  6. 厚生労働省. 過労死等防止対策白書. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/karoushizero/index.html
  7. Zhang S, et al. Association of Japanese Diet With All-Cause and Cause-Specific Mortality. JAMA Intern Med. 2020;180(8):1089-1098. (JPHC Study). Available from: http://www.epi-c.jp/entry/e011_0_0128.html
  8. National Heart, Lung, and Blood Institute (NHLBI). Coronary Heart Disease – Risk Factors. 2024. Available from: https://www.nhlbi.nih.gov/health/coronary-heart-disease/risk-factors
  9. 国立循環器病研究センター. ビッグデータを用いた特定健康診査・保健指導の効果の検証~MetS ACTION-J study. 2018. Available from: https://www.ncvc.go.jp/pr/release/20180126_press/
  10. Keiro. 心臓の健康. Available from: https://www.keiro.org/jp/fact-sheet/heart-health-j
  11. 心臓病予防-危険因子を知り生活習慣を見直そう!. CVI. Available from: https://www.cvi.or.jp/9d/489/
  12. 狭心症・心筋梗塞などの心臓病(虚血性心疾患). e-ヘルスネット. 厚生労働省. Available from: https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-05-005.html
  13. 虚血性心疾患. 国立循環器病研究センター. Available from: https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/disease/ischemic-heart-disease/
  14. 病気について. 国立循環器病研究センター. Available from: https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/disease/
  15. ガイドラインシリーズ. 一般社団法人 日本循環器学会. Available from: https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/
  16. 日本循環器学会. 2024年改訂版 多様性に配慮した循環器診療ガイドライン. Minds. Available from: https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00854/
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