はじめに
人によっては、胸の奥で「心臓が一瞬止まったような」「ドキッと鼓動が乱れたような」感覚を覚えることがあります。実は、そのように感じるタイミングで起こっている可能性があるのが、通常のリズムより早めに生じる拍動です。これを「期外収縮」と総称し、なかでも心房(上側のポンプ部分)で早期に起こるものは「心房性期外収縮(PAC: Premature Atrial Contraction)」あるいは「上室性期外収縮」と呼ばれることがあります。本記事では、その中でも「心房性期外収縮(心房の期外収縮)」について、症状や原因、診断・治療方法に加え、国内外の新しい研究知見なども交えながら詳しく解説していきます。
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当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
本記事では、日常的に見られる心房性期外収縮の症状や原因、治療法についてまとめつつ、信頼できる文献や医療機関の情報をもとに執筆しております。ただし、心臓の拍動の乱れには多種多様な原因が存在し、個人差も大きいです。もし類似の症状に悩んでいる場合は、必ず医療機関を受診し、専門家(循環器内科など)の意見を仰ぐようにしてください。
心房性期外収縮(PAC)とは何か
日常生活の中で、不規則な脈や突然の「ドキッ」という拍動を感じることがあります。これは大半の場合、心臓の拍動が1回だけ正常より早く打つ現象であり、医学的には「期外収縮」と呼ばれます。そのうち、心房で早期に生じるものが心房性期外収縮(PAC)です。
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仕組み
通常、心臓の拍動は洞結節という部分から一定のリズムで電気刺激が出て、心房から心室へと伝わり、規則的な収縮をもたらします。しかし心房性期外収縮が生じると、心房内のある箇所で洞結節より先に電気刺激が出てしまい、予定より早いタイミングで拍動が起こります。 -
身体の感じ方
期外収縮の直後は少し間があいたり、あるいは“胸が空振りしたような”感覚を伴ったりすることがあります。大半の方はこの状態を「ドキッ」としたり「拍動が飛んだり乱れたりする」程度で感じています。 -
日常的に起こり得る
期外収縮は健康な人でも起こり得るもので、そのまま様子を見ていても問題にならない場合も数多くあります。例えば一時的な睡眠不足、ストレス、コーヒー・アルコールなどの嗜好品摂取などが一因で増えることも知られています。
実際、「期外収縮」は循環器内科の外来で非常に頻繁に相談されるトピックであり、「心臓に悪い病気なのでは?」と不安になる方が多いものの、実際には重篤な病気と関係のないケースも少なくありません。しかし、場合によっては潜在的な心疾患の一端を示している可能性もあるため、症状が強い場合や高頻度に起こって気になる場合は医師に相談することが重要です。
心房性期外収縮の症状
主な症状
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動悸(ドキドキ、バクバク感)
突然「ドキッ」と感じたり、拍動が飛んだように感じたりします。 -
息切れ・呼吸しづらい感覚
強い動悸や不規則な拍動が連続すると、気分的に息苦しさを覚えることがあります。 -
胸部の違和感や痛み
まれに胸が圧迫される感じやチクチクした痛みを訴える方もいます。 -
疲労感やめまい
心拍リズムが乱れることで血液循環が一時的に低下すると、めまいや疲れやすさを感じることがあります。
ただし、まったく自覚症状がない場合も多く、健康診断などで心電図をとったときにはじめて発覚するケースもあります。もし不安を感じる症状が続く場合には、早めに医師の診察を受けるのが望ましいでしょう。
原因と誘因
多くの場合、心房性期外収縮ははっきりとした原因がわからないまま起こります。とくに心臓自体に大きな異常がない人でも、ストレスや睡眠不足、アルコール、喫煙、カフェインなどの影響により心臓の電気刺激が乱され、期外収縮が増えることが知られています。
よくある誘因
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疲労やストレス
長時間労働や慢性的なストレス状態では交感神経が優位になり、拍動リズムが不安定になりやすいです。 -
睡眠不足
就寝時間が不規則、慢性的に寝不足が続くと、自律神経のバランスが乱れて期外収縮が起こりやすくなります。 -
カフェイン・アルコールの過剰摂取
カフェインやアルコールは心臓の電気刺激を一時的に増強させたり乱したりする可能性があり、期外収縮を増やす一因となり得ます。 -
喫煙
ニコチンも同様に、心拍リズムに影響を与えることが報告されています。 -
電解質異常(カリウムやマグネシウムの不足など)
栄養バランスの乱れや脱水状態があると、電解質が不足して拍動リズムが不安定になりやすいです。
さらに、日本国内において妊娠期の女性が一時的に期外収縮を訴えることもあり、これは妊娠中のホルモン変化や循環血液量の増加に伴う一過性の現象と考えられています。
心臓の基礎疾患がある場合
たとえ軽い期外収縮であっても、その背後に下記のような重篤な疾患が潜んでいる可能性があります。
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僧帽弁閉鎖不全症や大動脈弁狭窄症といった心臓弁膜症
弁の変形による血流の乱れが心房内の電気活動を不安定にする場合があります。 -
先天性心疾患
心房中隔欠損や心室中隔欠損などの生まれつきの構造異常により、電気刺激が乱れやすい場合があります。 -
心不全や心筋症
心筋自体に機能低下や障害があると、リズムが乱れやすくなります。 -
虚血性心疾患
動脈硬化などで冠動脈の血流が悪く、心筋への酸素供給が不足する際に不整脈が出やすくなることがあります。
これらの疾患がある場合、単純な期外収縮と放置するのではなく、原因疾患そのものに対する治療が優先されます。
診断方法
心房性期外収縮の診断には、まず患者が感じる自覚症状の頻度や状況を把握し、そのうえで心電図検査を行うことが一般的です。以下のような検査が考慮される場合があります。
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通常の安静時12誘導心電図
受診のタイミングで期外収縮が起こっていれば、一目でわかります。もっとも基本的な検査ですが、期外収縮がたまにしか出ない方では発見できないことも多いです。 -
ホルター心電図(長時間心電図モニタリング)
24時間、もしくはそれ以上の長時間にわたって心電図を記録し、期外収縮の回数やどのタイミングで起こるかを調べます。外来で装着して帰宅・日常生活を送りながら検査できるため、症状が出やすい時間帯や状況を把握しやすいメリットがあります。 -
運動負荷心電図
トレッドミル(ランニングマシン)やエルゴメーター(自転車型の運動負荷装置)に乗って軽く運動しながら心電図を記録します。運動時やその前後に頻繁に期外収縮が出ていないかを調べることができます。 -
心エコー(超音波検査)
心臓の構造的な問題(弁膜症や心筋症などの有無)を確認し、期外収縮の原因となるような解剖学的異常がないかをチェックします。
上記の検査を通じて、期外収縮の種類(心房性・心室性・上室性など)、頻度、重症度、そしてもし心臓自体に別の問題があればそれを見つけることが可能です。
治療と対処法
日常生活の改善・様子観察
大部分の心房性期外収縮は、心臓の基礎疾患がない限り、治療を要さない場合が多いとされます。実際、症状が軽微で日常生活に支障をきたさない場合には「様子観察」が主になることがあります。
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カフェイン、アルコール摂取の制限
コーヒー、緑茶、エナジードリンクなどに含まれるカフェインやアルコールは心臓の電気系に刺激を与え、期外収縮を増やす場合があるため、医師から減量を勧められることがあります。 -
禁煙やストレスケア
タバコは血管や心臓に有害な影響を与え、ストレスも自律神経を乱す要因になるため、できるだけ喫煙を控え、リラックスできる時間を積極的に確保することが望ましいとされます。 -
適度な運動と十分な休養
ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動は、自律神経バランスを整え、心肺機能を強化し、期外収縮の軽減に寄与する可能性があります。ただし、過度の運動は逆に不整脈を誘発することもあるため、症状が強い場合は主治医に相談しましょう。 -
電解質やミネラルの補給
特にカリウムやマグネシウム不足は期外収縮を起こしやすくすると考えられています。バランスの良い食事を心がけること、どうしても不足がある場合は医師に相談の上でサプリメントを検討するのも一つの方法です。
薬物治療
もし検査の結果、基礎疾患が見つかった場合や、期外収縮によって「ひどい動悸が続いて日常生活に支障をきたす」「不安感が強すぎる」といったケースでは、薬物による治療が検討されます。
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β(ベータ)遮断薬
心臓の拍動数や刺激伝導を抑えることで、動悸や不整脈を抑制します。血圧も下がりやすくなるので、高血圧の患者さんなどには一石二鳥の面もありますが、喘息のある方などは要注意です。 -
抗不整脈薬
心房での電気刺激の異常放電を抑えるために使われることがあります。しかし、抗不整脈薬にはさまざまな種類があり、人によって効果のばらつきや副作用があるため、慎重に選択されます。 -
その他の治療
極めてまれな例ですが、心房で頻回に期外収縮が生じて重度な上室性頻拍へ移行する場合など、カテーテルアブレーションが検討されることもあります。ただし、一般的なPAC(心房性期外収縮)単独では大がかりな治療になるため、まずは生活習慣の修正や薬物療法で様子をみることが多いです。
背景疾患の治療
もし虚血性心疾患、弁膜症、心筋症などの診断が下りた場合には、その基礎疾患の治療を優先します。例えば、弁膜症があれば外科的処置を検討したり、心不全の徴候が強い場合には利尿薬や心不全治療薬などを使用したり、個々の病態に応じた対応が必要です。
日本での実情と新しい研究動向
日本では、生活習慣の欧米化に伴い、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの循環器リスクを抱える方が増加傾向にあります。これらが虚血性心疾患や弁膜症のリスクを高め、結果的に不整脈の発症率も上昇していると指摘されています。
一方で、日本人特有の食文化や生活習慣、遺伝的要因によって、欧米とは異なるパターンの不整脈が起こりやすいと考える専門家もいます。そのため、欧米の研究結果のみで判断するのではなく、日本国内あるいはアジア人を対象とした研究にも注目することが重要です。
なお、2020年に公開され、2021年に欧州心臓病学会誌で正式に発表された「2020 ESC Guidelines for the diagnosis and management of atrial fibrillation」(doi:10.1093/eurheartj/ehaa612)では、上室性不整脈や期外収縮なども含む幅広い不整脈に対して、リスク評価や治療選択についての考え方がまとめられています。欧州のガイドラインですが、頻度の高い期外収縮へのアプローチでも、まずは患者ごとの症状の程度や基礎疾患の有無を確認し、生活習慣の修正を優先することが推奨されている点は、日本での臨床現場とも共通しています。
加えて、頻回の期外収縮が将来的な心房細動のリスク上昇と関連する可能性を指摘する近年の研究結果もあり、国内外で関心が高まっています(たとえば心房細動をテーマとする複数の疫学研究など)。特に日本人のコホートデータを解析したいくつかの研究からも、PACが多発する人は将来的に心房細動や脳卒中を発症しやすい傾向が示唆されています。ただし、こうした結果がすべての人に当てはまるわけではなく、現時点で結論は一定していません。基礎疾患の有無や年齢、生活習慣などの要素を総合的に評価することが大切です。
心房性期外収縮が疑われる場合の心がけ
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症状を記録する
動悸や不整脈を感じた日時、状況(仕事中、寝起き、運動時など)、食事やカフェイン摂取の有無などをメモしておくと診察時に役立ちます。 -
規則正しい生活リズム
ストレスをため込まないライフスタイルや睡眠の確保は、不整脈対策にとっても重要です。 -
定期的な健康診断を受ける
特に心臓病リスクの高い40歳以上の方や、家族に心臓病の既往がある方は意識的に定期検診を受けましょう。 -
症状が顕著なときは早めに受診
強い動悸や胸痛、めまいなどが頻繁に起こる場合には循環器内科を受診し、ホルター心電図などの検査を依頼するのが安心です。
結論と提言
心房性期外収縮(PAC)は、健康な方でも時折起こる比較的軽度な不整脈です。大半は日常生活の中でストレスや睡眠不足、嗜好品などによって誘発され、はっきりした自覚症状がないことも多く、たいていは深刻な問題に発展しません。一方で、基礎疾患が存在するケースや高頻度で期外収縮が起こる場合には、心臓に何らかのトラブルが潜んでいる可能性を否定できません。
そのため、定期的な健康診断や気になる症状が出たときの受診が大切です。カフェイン・アルコール・喫煙などの嗜好品を控えめにし、睡眠時間をしっかり確保し、ストレスをうまく緩和することが最初の対策として有効です。さらに、基礎疾患がある場合にはその治療を優先する必要があります。高血圧や甲状腺機能亢進症などが原因となっている例もあるため、早めに診断し、生活習慣の見直しや必要な薬物治療を行うことが重要です。
特に、最近の研究では頻回の期外収縮が将来の心房細動や脳卒中リスクに関連すると示唆する結果がいくつか報告されています。これらは確定的な結論ではありませんが、日頃から不整脈が多い・動悸を強く感じるなどの方は「念のために検査を受けておく」という姿勢がより大切になってきています。
繰り返し強調すべきことは、期外収縮そのものだけではなく、“その背後に存在し得る病態やリスク” をチェックしておくことが必要だという点です。 自覚症状がそれほど強くなくても、一度は医療機関で検査をしておくと安心でしょう。
参考文献
- What is a practical approach to atrial extrasystole? (アクセス日: 2022年6月6日)
- Premature Atrial Complex (PAC) (アクセス日: 2022年6月6日)
- What are extrasystoles (palpitations)? (アクセス日: 2022年6月6日)
- Extrasystole (アクセス日: 2022年6月6日)
- Ventriculophasic atrial extrasystoles associated with complete atrioventricular block. (アクセス日: 2022年6月6日)
- Extrasystole (アクセス日: 2022年6月6日)
- Hindricks G, Potpara T, Dagres N, ほか. 2020 ESC Guidelines for the diagnosis and management of atrial fibrillation developed in collaboration with the EACTS. European Heart Journal. 2021;42(5):373–498. doi:10.1093/eurheartj/ehaa612
※本記事で紹介している情報は、あくまで参考を目的とした一般的な内容であり、専門家による医療上の指導や診察を代替するものではありません。個々の病状によって対応や治療法は大きく異なる場合があります。ご不安な方や具体的に治療を検討されている方は、必ず医師(循環器専門医など)の診察を受け、直接ご相談ください。