思春期における物忘れの症状:原因と対策は?
小児科

思春期における物忘れの症状:原因と対策は?

はじめに

子どもが成長の過程で思春期に差し掛かるころ、以前より物忘れが増えるケースがしばしば見受けられます。多くの場合は一時的かつ自然な現象ですが、いざ自分の子どもが人一倍忘れっぽいと感じると、親としては「何か問題があるのでは」と心配になることもあるでしょう。実際、思春期における物忘れは、脳やホルモンなど多方面の影響が関わっているとされます。なかには医学的な受診が必要な場合もありますが、日常生活の工夫によって改善が期待できるケースも少なくありません。以下では、JHOが示唆する「どのような場合に専門家へ相談すべきか、またどのように家庭で対応や改善を図るか」のポイントも踏まえながら、思春期の子どもによくある物忘れの原因と対処法について詳しく解説していきます。

専門家への相談

思春期の物忘れに関しては多くの場合、ホルモン分泌の変化やライフスタイルの乱れなどによる一時的な影響であることが少なくありません。しかし、物忘れの頻度や内容によっては、専門の医師やカウンセラー、学校のスクールカウンセラーなどに相談することが望ましい場合もあります。たとえば、学業に支障をきたしているほど忘れ物や課題の失念が多発する、繰り返し同じことを尋ねる、本人が極度のストレスを訴えている――といった際には早めに専門家へ相談することで、必要な検査や適切なアドバイスを受けられます。また、記憶の問題が何らかの疾患の初期症状である可能性も否定できないため、「ただの思春期だから大丈夫」と放置しすぎないことが大切です。

思春期における物忘れとは?

思春期の子どもが物忘れをしやすくなるのは、ごく一般的な現象と考えられます。日常的には「物をどこに置いたか忘れる」「最近の出来事を思い出せない」といった軽度の症状が多く見られ、こうしたケースは時間の経過とともに自然と改善することも少なくありません。

一方で、下記のようなパターンに該当する場合は、医師や専門家に相談するきっかけになります。

  • 同じ質問を何度も繰り返す
  • 最近の出来事や重要な情報を頻繁に忘れる
  • 宿題や提出物を極端に忘れがちで、成績の著しい低下がみられる
  • 忘れ物が原因で学校生活に支障をきたすほど頻繁に物をなくす

このように、単に「思春期だから忘れっぽい」で済ませられないレベルの症状が続くようであれば、早めに受診し、必要に応じて検査や支援を受けることが推奨されます。

思春期の物忘れの8つの原因

思春期の記憶低下や物忘れが起きやすい背景には、さまざまな要因があります。以下では、代表的な8つの原因を挙げ、それぞれについて詳細を解説します。

1. ホルモンバランスの変化

思春期は、テストステロン、エストラジオール、プロゲステロン、成長ホルモンなどが急増する時期にあたります。これらのホルモンレベルの変動は、脳への過剰な刺激をもたらすことが知られており、感情のコントロールが難しくなるだけでなく、集中力や記憶力にも影響を及ぼすとされています。実際、脳機能の発達とホルモンレベルとの関連を調査した研究では、ホルモン変化が思春期の神経回路の再編に大きく寄与し、それに伴い一時的な注意力や記憶機能の揺らぎが生じる可能性が高いと報告されています。

さらに、ホルモンバランスの変動は睡眠の質や時間にも影響を与え、結果的に疲労が蓄積しやすくなることも指摘されています。そのため、ホルモン変化を背景とした物忘れや集中力の低下は、思春期の子どもにとって自然な生理的現象ともいえるでしょう。

2. ビタミンB12の不足

ビタミンB12は、神経系の正常な機能を維持するうえで非常に重要な栄養素の一つです。脳のシナプス形成や神経伝達物質の生成にも深く関わっているため、不足すると認知機能や記憶力に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、母親が妊娠中にビタミンB12不足であった場合、その子どもは早い段階から低ビタミンB12傾向に陥りやすいと考えられています。

また、ビタミンB12が不足すると貧血や疲労感、手足のしびれ、舌の炎症といった症状がみられることもあります。思春期は成長スピードが速く、栄養需要が高まる時期です。偏食が続いたり朝食を抜く習慣が定着したりしている子どもは、ビタミンB12だけでなく複数の栄養素が不足しているケースが多いため、特に注意が必要です。

3. 睡眠不足

ゲーム、SNS、動画配信サービスなどの利用によって夜更かしする習慣がつくと、深刻な睡眠不足を招き、脳の発達にも大きな影響を与える可能性があります。脳は睡眠中に記憶を整理し定着させるため、慢性的な寝不足は学習能力の低下や物忘れにつながることが指摘されています。特に思春期は身体的・精神的に成長が著しい時期であり、必要な睡眠時間は成人よりも長めに確保することが推奨されます。

実際、思春期の睡眠と認知機能の関係を大規模に調査した最近のメタ分析でも、睡眠時間の不足が短期記憶力の低下や注意力の散漫につながると報告されています。たとえば、2022年にJAMA Network Openに掲載された大規模メタ分析研究では、世界各国の思春期の若者数万人を対象に、睡眠不足と認知機能(とくに記憶や集中力)の関連性を検討した結果、睡眠時間が不足しがちな子どもほど学業成績や日常生活での集中力、記憶力などに有意な低下がみられると結論づけられました(Matricciani L ほか, 2022, JAMA Network Open, 5(10), e2231299, doi:10.1001/jamanetworkopen.2022.31299)。

4. 同時に多くの作業をこなす

思春期の子どもは、部活動や習い事、SNS、学習など同時並行で取り組むことが多くなりがちです。一度に多くの作業をこなそうとすると、脳が処理しきれない情報量に圧倒され、やるべきことをうっかり失念してしまう可能性が高まります。特に、テスト勉強をしながらスマートフォンで友達とのやり取りを続ける、音楽を大音量で聞きながら動画を見てしまう――といった「マルチタスク」状態は、脳の負荷を一気に上げる要因の一つです。

さらに、マルチタスク状態が続くと脳内での情報整理が追いつかず、結果として断片的な記憶しか残らないことがあるとも指摘されています。思春期は、自分の興味関心が増えて視野が広がる一方、まだ脳の前頭前野(実行機能を担う部分)が十分に成熟しきっていない時期でもあります。そのため、本来なら同時に処理できるはずの情報量を超えてしまい、物忘れの原因になるのです。

5. 電子機器の使用過多

スマートフォンやタブレット、パソコンを長時間使用することが、短期記憶力にマイナスの影響を及ぼすことも近年の研究で報告されています。SNSやゲーム、動画視聴など、多種多様な刺激が脳を過度に活性化させ、逆に落ち着いて情報を整理する時間が失われるため、集中力や記憶力に悪影響を及ぼしやすいといわれています。

さらに、電子機器を使用している間は視覚や聴覚に多くの情報が流れ込むうえに、アプリの通知やチャットのやりとりなどが頻繁に入り込みます。こうした絶え間ない刺激が、脳に「常に反応し続ける」モードを強要し、必要な情報をしっかりと覚えておく余裕を奪ってしまうのです。

6. 病状の徴候

物忘れが特定の病気や障害の初期症状として現れることもあります。たとえば、発達障害(注意欠陥多動性障害など)では不注意傾向が強く、忘れ物が極端に多くなったり、学校行事の日時をよく間違えたりすることがあります。また、甲状腺機能の異常や抑うつ状態などでも、記憶力や集中力が低下しやすいと報告されています。

非常に稀なケースですが、思春期の段階で脳腫瘍などの疾患が発見されることも皆無ではありません。こうした疾患が疑われる場合には、定期的な検査を受け、専門家の指導のもとで治療を進めることが重要です。

7. 薬物の影響

思春期に使われる薬のなかには、鎮静剤や抗うつ薬の一部など、記憶力や集中力に影響を与える可能性があるものがあります。たとえば、抗うつ薬のパロキセチンをはじめとする一部の薬剤は、脳内の神経伝達物質のバランスを変化させることで、意図せず物忘れを増やす場合があるとされています。もし服用している薬に関連して物忘れが増えていると考えられる場合は、自己判断で服用を中止せず、医師に相談のうえで処方の見直しを図ることが大切です。

8. 長期的なストレス

思春期は学業や友人関係、部活動など、多方面でストレスを受けやすい時期です。慢性的なストレスにさらされると、脳の構造、特に感情や記憶を司る扁桃体や海馬に影響を与える可能性があるといわれています。2021年に発表された思春期のストレス負荷と脳構造変化の関連を調べた研究でも、慢性的なストレスにより海馬の体積が減少傾向にあることや、記憶力・集中力が低下する可能性を示唆しています(Lee KM ほか, 2021, Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, 6(7), 678-689, doi:10.1016/j.bpsc.2021.02.010)。

このように、ストレスホルモン(コルチゾールなど)が長期的に高い状態が続くと、記憶の形成や定着を担う脳部位にダメージを与え、結果として「うっかり忘れてしまう」頻度が増してしまうのです。

物忘れは危険なのか?対策法

多くの場合、思春期の物忘れは一時的なものとされ、適切な対策を継続することで自然に改善することが期待できます。家庭で手軽に実行できる工夫としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 睡眠時間の確保
    思春期は身体も脳もめざましい成長を続けており、十分な睡眠が不可欠です。就寝前のスマートフォンやタブレットの使用を控え、脳を休ませる時間を確保するだけで翌日の集中力や記憶力が向上するとされています。
  • 食生活の見直し
    栄養バランスの整った食事は脳機能の維持に欠かせません。ビタミンB12や葉酸、鉄分など、思春期に不足しがちな栄養素を意識的に摂取することで、記憶力や認知機能をサポートできます。
  • ガムを噛む習慣を取り入れる
    ガムを噛む行為には、脳への血流を増やし集中力を高める効果があるといわれています。勉強や読書中にガムを噛むことで、意識の散漫を防ぎやすくなる可能性があります。
  • ヨガ・瞑想でリラックス
    意識的に深呼吸を行うヨガや瞑想は、副交感神経を優位にし、リラックス効果を得られます。ストレスを軽減し、脳のオーバーワーク状態を緩和することで記憶の定着にも良い影響が期待できます。
  • 電子機器の使用時間を制限
    一日中スマートフォンやタブレットに向き合っていると、脳が刺激過多の状態になります。家庭内でルールを設けて使用時間をコントロールすることで、集中力と記憶力を保ちやすくなります。
  • マルチタスクを減らす
    勉強中は音楽や動画を止める、SNSの通知をオフにするなど、できるだけ同時進行を避けて単一の作業に集中できる環境を整えることが重要です。
  • 必要であれば専門家へ相談
    対策を行っても思うように改善が見られない場合や、学業や日常生活に深刻な支障がある場合には、医療機関での受診やカウンセリングを検討しましょう。

親子のコミュニケーションとサポートの大切さ

物忘れを指摘して子どもを責め立ててしまうと、かえってストレスを増やし、状況を悪化させる可能性があります。大切なのは、親が子どもの現状を理解し、話に耳を傾け、不安や悩みに寄り添う姿勢を示すことです。たとえば、「最近どう?疲れてない?」と問いかけるだけでも、子どもが自分の状態を振り返りやすくなります。

さらに、「なぜ忘れてしまうのか」を子ども自身が考え、対処法を一緒に模索するプロセスは、思春期の自己肯定感や問題解決能力の向上にもつながります。親の一方的な指示ではなく、対話を通じてお互いに理解を深めていくことが重要です。

まとめと今後の展望

思春期の物忘れには、ホルモン変化や栄養不足、睡眠不足、ストレスなど多様な要因が絡み合います。多くの場合は成長過程における一時的な現象で、適切な生活習慣や家庭でのサポートによって改善されることが少なくありません。しかし、物忘れの頻度が過度に高かったり、学業や生活全般に支障をきたすレベルであれば、早めに医療機関やカウンセリング施設を受診することが望ましいです。

近年では、脳科学や栄養学のさらなる発展により、思春期の脳機能やホルモンバランスに関する研究が多く進められています。今後、子どもそれぞれの生活環境や遺伝的背景に応じた、より具体的で個別化されたアプローチが提案される可能性も高まるでしょう。

重要なのは、保護者が適切な情報を得て、子どもの状況を客観的に見極めながら、必要に応じて専門家と連携することです。 そして子ども自身にも自己管理の大切さを伝えつつ、無理のない範囲で日々の習慣を変えていけるように導いてあげることが、思春期の物忘れ対策において大いに役立つはずです。

本記事は健康や医療に関する一般的な情報提供を目的としており、専門家の正式な診断や医療行為を代替するものではありません。気になる症状がある場合や疑問を感じるときは、必ず医師などの専門家にご相談ください。

参考文献

この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ