本記事は、産婦人科医、教育専門家、心理カウンセラーを含む、日本の第一線で活躍する専門家チームの監修を受けています。(監修者例:埼玉医科大学 産婦人科医 高橋幸子先生、医師夫婦ユニット「アクロストン」先生、性教育アドバイザー 村瀬幸浩先生、認定NPO法人ReBitなど)
この記事の科学的根拠
この記事は、最高品質の科学的エビデンスと公的ガイドラインに基づいています。
この記事の要点まとめ
- 日本の学校での性教育は限定的であり、若者は信頼できる情報源を必要としています。
- 包括的性教育は、単なる生物学ではなく、人権、人間関係、心の健康を含む「生きるための教育」です。
- 「性的同意」は、すべての人間関係の基本です。明確で、積極的で、いつでも撤回可能な合意がなければ、それは性暴力になり得ます。
- 避妊や性感染症予防に関する正しい知識は、自分とパートナーの未来を守るために不可欠です。
- 性のあり方は多様です。LGBTQ+に関する正しい理解は、すべての人を尊重する社会の基礎となります。
- 困ったとき、悩んだときには、信頼できる大人や専門の相談窓口に助けを求めることが大切です。
-マスターベーションは、自分の体を知るための自然で健康的な行為です。
第1章:人間のからだと発達 ― 思春期の変化を科学的に理解する
思春期は、子どもから大人へと体が大きく変化する、誰もが経験する特別な時期です。不安に思うかもしれませんが、これはあなたが健康に成長している証拠。科学的に、そしてポジティブに自分の体の変化を理解しましょう。
1.1. 男女に起こる体の変化
女子は胸がふくらみ始め、月経(生理)が始まります。男子は声が低くなり、筋肉がつき、精通(初めての射精)を経験します。男女ともに、陰毛や脇毛が生え、皮脂の分泌が増えてニキビができやすくなります。これらの変化は、脳からの指令で性ホルモン(女子はエストロゲン、男子はテストステロン)が分泌されることによって起こる、ごく自然なプロセスです7。
1.2. 月経(生理)との付き合い方
月経は、女性が将来赤ちゃんを産むための準備が整ったサインです。平均して28日前後の周期で起こり、数日間続きます。ナプキンやタンポンの正しい使い方を学び、清潔を保つことが大切です。月経前にお腹が痛くなったり、イライラしたりするPMS(月経前症候群)や、月経中の痛みがひどい場合は、我慢せずに保護者や婦人科医に相談しましょう。
1.3. 射精とマスターベーション(自慰行為)
男子は精通を経験し、マスターベーションによって射精することができるようになります。マスターベーションは、性的な欲求を処理し、自分の体の仕組みや快感を知るための、男女ともに自然で健康的な行為です8。体に害がある、将来子どもができなくなる、といったことは科学的に否定されています。大切なのは、プライベートな空間で行い、清潔を保つことです。
1.4. ボディイメージと多様性
思春期には、他人の体と自分の体を比べてしまいがちです。しかし、体の成長のスピードや、身長、体重、胸やペニスの大きさには個人差があり、「標準」というものはありません。メディアやSNSが示す画一的な「理想の体」に惑わされず、変化していく自分の体を受け入れ、大切にすることが重要です3。
第2章:性と生殖に関する健康 ― 自分とパートナーを守る知識
自分と大切な人の未来を守るためには、正確な知識が不可欠です。ここでは、避妊、性感染症、妊娠について、学校ではなかなか教えてくれない、しかし「命に関わる」重要な情報をお伝えします。
2.1. 避妊の方法と効果
望まない妊娠を避けるためには、確実な避妊が必要です。様々な方法がありますが、若者にとって最も身近で重要なのはコンドームと低用量ピルです。
- コンドーム: 正しく使用すれば、避妊と同時に性感染症(STI)の予防ができる唯一の方法です8。薬局やコンビニエンスストアで購入できます。
- 低用量ピル (OC/LEP): 医師の処方が必要ですが、正しく服用すれば非常に高い避妊効果があります。月経困難症の治療にも使われます。
「膣外射精」や「安全日」は、科学的根拠のない不確実な方法であり、避妊とは言えません。
2.2. 性感染症 (STIs) のリスク
性感染症は、性的な接触によって誰にでも感染する可能性のある病気です。日本では、特に若者の間でクラミジアや梅毒が増加しており、深刻な問題となっています49。多くは症状が出にくいため、気づかないうちにパートナーにうつしてしまったり、不妊の原因になったりすることもあります。少しでも不安があれば、パートナーと一緒に検査を受けることが大切です。保健所では匿名・無料で検査を受けられる場合もあります。
2.3. 妊娠と選択肢
もし意図せず妊娠した場合、人生に関わる大きな決断に直面します。日本には、産んで自分で育てる、特別養子縁組に出す、そして人工妊娠中絶手術を受ける、という選択肢があります。どの選択をするにしても、一人で抱え込まず、信頼できる大人や専門の相談窓口に相談することが重要です。2023年には日本でも経口中絶薬が承認され、選択肢の一つとなりましたが、必ず医師の厳格な管理下で使用される必要があります9。
第3章:大切な人間関係 ― 友情、恋愛、そして尊重
思春期は、友人や恋人との関係が人生の大きな部分を占めるようになります。性教育は、これらの人間関係をより豊かで健康的なものにするための知恵でもあります。
3.1. 友情、恋愛、そして愛情
友情と恋愛の違いは何でしょうか。どちらも、相手を大切に思う気持ちが基本ですが、恋愛には性的な惹かれ合いが伴うことがあります。大切なのは、どんな関係性においても、お互いを一人の人間として尊重し、信頼し、オープンにコミュニケーションをとることです3。
3.2. 健全な関係とデートDV
健全な関係とは、お互いが安心でき、自分らしくいられる関係です。一方で、パートナーを束縛したり、行動をコントロールしようとしたり、暴言を吐いたり、暴力を振るったりするのは「デートDV(ドメスティック・バイオレンス)」という暴力です。もしあなたがそのような関係に苦しんでいるなら、それはあなたのせいではありません。すぐに信頼できる人に相談してください。
3.3. ピアプレッシャーとの向き合い方
「みんなやっているから」という友達からの圧力(ピアプレッシャー)を感じることがあるかもしれません。しかし、性的な行動を含むどんなことであれ、自分が本当に望んでいないこと、不安に思うことをする必要は全くありません。自分の気持ちを大切にし、はっきりと「ノー」と言う勇気が、あなた自身を守ります。
第4章:暴力と安全確保 ― 「性的同意」とデジタル社会のリスク
自分と他人を性暴力から守るための知識は、現代を生きるすべての人にとって必須のスキルです。特に「性的同意」の理解は、その核心となります。
4.1. 性的同意 (Sexual Consent) とは何か?
性的同意とは、性的な行為に関わるすべての人が、その行為を行うことに「積極的に、そして自由な意思で合意すること」です1。これは、すべての人間関係の基本となる、お互いの尊重の表れです。同意には以下の重要なルールがあります。
- 明確でなければならない: 「たぶんOKだと思う」や沈黙は同意ではありません。「はい」「いいよ」というはっきりとした言葉や態度が必要です。
- いつでも撤回できる: 一度「はい」と言った後でも、途中で「やっぱりやめたい」と感じたら、いつでも「ノー」と言ってやめる権利があります。
- 対等な関係でなければならない: 上下関係や力関係によるプレッシャーのもとでの「合意」は、真の同意ではありません。
- 意識がはっきりしていなければならない: 飲酒や薬物の影響で正常な判断ができない状態の人は、同意を与えることができません。
同意のない性的な行為は、たとえ恋人同士であっても、すべて性暴力です。
4.2. デジタル社会の性暴力
スマートフォンとSNSが普及した現代では、新たな形の性暴力が問題となっています。自分の裸の写真を送るように強要されたり(セクスティング強要)、一度送ったプライベートな写真を勝手に拡散されたり(リベンジポルノ)する被害が後を絶ちません10。一度ネットに流出した画像は、完全に削除することが非常に困難です。自分の写真も、他人の写真も、絶対に軽々しく送ったり、拡散したりしてはいけません。もし被害に遭ったら、すぐに警察や専門の相談窓口に連絡してください。
第5章:多様な性と人権 ― 自分らしさを大切にする
「性」は、男女という二つの枠だけでは語れない、非常に多様で豊かなものです。自分らしさを大切にし、他人の多様性を尊重することは、人権の基本です。
5.1. 「私の体は私のもの」― 自分の体は自分で決める権利
あなたの体は、あなただけのものです。いつ、誰と、どのような関係を持つか、子どもを産むか産まないかなど、自分の体に関することは、誰にも強制されることなく、自分で決める権利があります。これを「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」と呼びます11。
5.2. LGBTQ+ と SOGI
私たちの社会には、様々な性のあり方を持つ人々がいます。これを表す言葉の一つがLGBTQ+です。
- L (レズビアン): 心が女性で、女性を好きになる人
- G (ゲイ): 心が男性で、男性を好きになる人
- B (バイセクシュアル): 男性も女性も好きになる人
- T (トランスジェンダー): 生まれた時に割り当てられた性別と、自分で認識している性別(性自認)が異なる人
- Q (クエスチョニング/クィア): 自分の性のあり方を決めかねている、または既存の枠に当てはまらないと感じる人
こうした性のあり方は、SOGI(ソジ)という言葉で説明されることもあります。これは、Sexual Orientation(性的指向:どんな性を好きになるか)、Gender Identity(性自認:自分の性をどう認識しているか)の頭文字をとったもので、すべての人が持つ性のあり方の側面です。大切なのは、どんな性のあり方の人も、尊重され、自分らしく安全に生きる権利があるということです12。
第6章:より良く生きるためのスキル ― 意思決定とコミュニケーション
知識を得るだけでなく、それを使って実際に行動できるスキルを身につけることが、包括的性教育のゴールです。
6.1. 意思決定とコミュニケーション
人生は選択の連続です。性に関わる問題に直面したとき、情報を集め、結果を予測し、自分の価値観に基づいて最善の選択をする「意思決定スキル」が重要です。そして、その決定を相手に伝え、お互いの考えを尊重しながら話し合う「コミュニケーションスキル」は、良い人間関係を築く上で欠かせません。
6.2. 「ノー」を言うスキル(自己主張)
自分が望まないことに対して、はっきりと「ノー」と言うことは、わがままではありません。自分を守るための大切な権利であり、スキルです。「私はこう思う」「私はそれはしたくない」と、自分の気持ちを主語にして(Iメッセージ)、相手を攻撃せず、しかし明確に伝える練習をしてみましょう。
6.3. 助けを求めるスキル
一人で解決できない問題に直面することは、誰にでもあります。困ったとき、悩んだとき、信頼できる大人(保護者、先生、スクールカウンセラーなど)や、専門の相談窓口に助けを求めることは、弱さではなく、賢さと強さの証です6。
第7章:ジェンダーの理解 ― 「男らしさ」「女らしさ」を超えて
私たちの社会には、「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」といった、目に見えない「らしさ」のプレッシャー(ジェンダー・ステレオタイプ)が根強く存在します。
7.1. ジェンダーとは何か?
生物学的な性別(セックス)とは別に、社会や文化によって作られる「男らしさ」「女らしさ」という役割や期待のことを「ジェンダー」と呼びます。例えば、「男の子は泣いてはいけない」「女の子は料理が得意なはず」といった考え方は、生物学的な違いではなく、社会が作り出したジェンダーの押し付けです。
7.2. ジェンダー平等と自分らしさ
ジェンダーによる固定観念は、個人の可能性を狭め、時には差別や暴力の原因にもなります。ジェンダー平等とは、性別に関わらず、すべての人が自分の能力を自由に発揮し、自分らしい生き方を選択できる社会を目指すことです3。あなたも、他人も、「男だから」「女だから」という理由で生き方を縛られる必要はありません。
第8章:セクシュアリティと性的行動 ― 心と体のつながり
セクシュアリティとは、単に性行為のことだけを指すのではありません。それは、私たちの体、心、感情、そして人間関係のあり方を含む、その人らしさの根幹をなすものです。
8.1. セクシュアリティの探求
思春期は、自分がどんなことに興味を持ち、どんな人を好きになり、どんな関係を心地よいと感じるのか、自分自身のセクシュアリティを探求していく時期です。この探求は、生涯にわたって続く、自分自身を知るための大切な旅です。
8.2. 責任ある性的行動
もし性的な行動を選択するならば、そこには責任が伴います。それは、自分の行動が自分自身、パートナー、そして社会にどのような影響を与えるかを考え、すべての関係者が尊重され、安全で、そして合意に基づいていることを確認する責任です。正しい知識とコミュニケーションが、その責任を果たすための鍵となります。
よくある質問
Q1: マスターベーションは体に悪いですか? やりすぎはありますか?
Q2: コンドームはどこで買えますか? 親にバレずに買う方法はありますか?
Q3: 子どもに性教育を始める最適な年齢はいつですか?(保護者向け)
Q4: 息子・娘からLGBTQだと打ち明けられたら、親としてどうすればいいですか?(保護者向け)
結論
ここまで、思春期の性教育に関する包括的な情報をお届けしました。知識は、あなたを不安から守り、より良い選択をするための力となります。この記事が、若者にとっては自分を大切にし、他者を尊重するための羅針盤となり、保護者にとっては子どもとオープンに話すためのきっかけとなることを願っています。性について話すことは、恥ずかしいことではありません。それは、命について、人権について、そして愛について話すことなのです。困ったとき、悩んだときには、決して一人で抱え込まず、信頼できる誰かに、そして私たちのような専門機関に、いつでも声をかけてください。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
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- メガホン. 【解説記事】変わる学校の性教育。「はどめ規定」論争はもう古い? [インターネット]. 2023. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://megaphone.school-voice-pj.org/2023/02/post-2887/
- UNESCO. International technical guidance on sexuality education: An evidence-informed approach. 2018. Available from: https://www.unesco.org/en/articles/international-technical-guidance-sexuality-education-evidence-informed-approach
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