この記事では、お子さんが急性下痢症にかかった際のケアに関する、科学的根拠に基づいた柱を解説します。最も重要な介入である水分補給から、現代的な栄養に関する理解、そしてサプリメントや医薬品の慎重な使用に至るまで、「何を」の背後にある「なぜ」を説明することで、保護者の皆様の自信を育むことを目的としています。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
第1部:下痢のお子さんのケアにおける基本原則
お子さんが突然下痢を始めると、どうすればよいか戸惑い、不安になるのは当然のことです。特にたくさんの情報が溢れている現代では、何が正しい対処法なのか分からなくなってしまうかもしれません。そのお気持ち、とてもよく分かります。科学的には、下痢そのものよりも、それによって引き起こされる「脱水症」が最も警戒すべき状態だとされています。これは、体内の水分と重要なミネラル(電解質)が失われてしまう状態で、車のエンジンから燃料だけでなくエンジンオイルも漏れ出してしまうようなものです。1 だからこそ、最初のステップとして最も重要なのは、この失われた水分と電解質を正しく補給することなのです。
この目的のために最も効果的なのが、経口補水療法(Oral Rehydration Therapy – ORT)です。3 これは、水分、塩分、糖分が最適なバランスで配合された経口補水液(ORS)を用いる方法で、世界保健機関(WHO)も推奨する治療の基本です。1 日本の小児急性胃腸炎診療ガイドラインでも、ドラッグストアなどで市販されているOS-1のような経口補水液の使用が強く推奨されています。24 軽度から中等度の脱水であれば、この経口補水液が主な治療となりますが、ぐったりして水分が全く摂れないなど、重度の脱水が疑われる場合は、点滴が必要になるため、すぐに医療機関を受診してください。3
ここで注意したいのは、ただの水やお茶、あるいはジュースやスポーツドリンクを与えることです。水やお茶には、失われたナトリウムやカリウムといった電解質が含まれていません。2 一方で、糖分が多すぎる飲み物は、浸透圧という科学的な原理によって、腸の中にさらに水分を引き込んでしまい、かえって下痢を悪化させる可能性があります。4
かつては「下痢の時は腸を休ませるために食事を止めるべき」と考えられていましたが、このアプローチは現在では推奨されていません。現代の医学的コンセンサスでは、脱水症状が改善し次第、できるだけ早く年齢に応じた食事を再開することが、腸の粘膜細胞の回復を助け、栄養失調との悪循環を防ぐために極めて重要だとされています。41 そして、最も重要な注意点として、自己判断で市販の下痢止め(止瀉薬)、特にロペラミド成分を含む医薬品を乳幼児に使用することは絶対に避けてください。下痢は、体がウイルスや細菌を外に排出しようとする防御反応です。それを無理に止めると、病原体が体内に留まり、腸閉塞や呼吸抑制といった、命に関わる重篤な副作用を引き起こす危険性があります。45
このセクションの要点
- 下痢の治療の核は、水分と電解質の両方を補給できる経口補水液(ORS)による脱水対策です。
- 腸の回復を促すため、脱水が改善したら早期に食事を再開することが重要です。
- 自己判断での下痢止め薬の使用は、乳幼児にとって非常に危険なため避けるべきです。
第2部:回復期の食事療法:お子さんの栄養のための段階的ガイド
お子さんがようやく水分を受け付けてくれるようになると、次に頭を悩ませるのが「何を食べさせたら良いのか」という問題でしょう。「また下痢をさせてしまったらどうしよう」と、食べ物を与えることに慎重になるのは、ごく自然なことです。ここでの目標は、嵐が過ぎ去った後の荒れた庭を、そっと手入れするように、回復途中のデリケートな腸に負担をかけずに、エネルギーと修復のための栄養素を届けることです。科学的には、消化しやすく、腸の粘膜を修復する助けとなる食品を段階的に取り入れていくことが推奨されています。例えば、かつて推奨されたBRAT食(バナナ、米、アップルソース、トースト)は、回復を支えるタンパク質や脂質が不足しているため、現代の小児科ガイドラインではこれだけに限定することは不十分だと考えられています。6 そのため、これらの食品を土台としながら、より栄養価の高い食事へと進めていくことが大切です。
最初のステップは、おかゆや柔らかく煮込んだうどん、パン、じゃがいもなど、消化の良い炭水化物から始めることです。これらは、疲れた体に優しい形でエネルギーを供給します。お子さんがこれらを問題なく食べられるようになったら、次のステップとして、腸の壁を修復するための材料となる、脂肪の少ないタンパク質を加えていきましょう。鶏のささみや白身魚、豆腐、よく火を通した卵などが適しています。また、バナナやりんご(すりおろしか加熱したもの)、加熱した人参なども、失われたカリウムを補給したり、ペクチンという水溶性食物繊維が便を固めるのを助けたりするため、回復期の食事に役立ちます。
下痢の際にしばしば問題となるのが乳製品の扱いです。急性胃腸炎によって腸の粘膜がダメージを受けると、乳糖(ラクトース)を分解する酵素が一時的に不足し、乳糖不耐症の状態になることがあります。7 母乳育児の場合は、そのまま継続して問題ありません。粉ミルクを飲んでいるお子さんの場合、ほとんどの軽症例では通常のミルクを続けて大丈夫ですが、下痢が長引く、または重症の場合は、一時的に無乳糖ミルク(ノンラクトミルク)に切り替えることが回復を早める可能性があると、コクラン・レビューなどの質の高い研究で示唆されています。789 ただし、ミルクの変更については、必ずかかりつけの医師に相談してください。
今日から始められること
- まずはおかゆや柔らかく煮たうどんなど、消化しやすい炭水化物から食事を再開しましょう。
- お子さんの様子を見ながら、鶏ささみや豆腐などの低脂肪タンパク質、加熱したりんごや人参などを少しずつ加えていきましょう。
第3部:避けるべき食品と飲料に関する明確なガイダンス
お子さんの回復を願うあまり、良かれと思って与えたものが、かえって症状を長引かせてしまうことがあります。その状況は、保護者にとって非常につらいものです。特に、甘いジュースは「エネルギー補給になる」と考えがちですが、科学的には避けるべき飲み物の代表格です。ジュースに含まれる高い濃度の糖分は、「浸透圧」という作用で腸の中に水分を引き寄せてしまいます。これは、塩を振った野菜から水分が出てくるのと同じ原理で、結果的に便をさらに緩くしてしまいます。24 そのため、何を避けるべきかを明確に知っておくことは、お子さんを早く回復に導くための重要なステップです。
以下の表は、回復期に推奨される食品と、避けるべき食品をまとめたものです。これを参考に、日々の食事を選んでみてください。
推奨される食品(お勧めの食べ物) |
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穀物: おかゆ、うどん、パン、じゃがいも タンパク質: 鶏ささみ、白身魚、豆腐、よく火を通した卵 果物: バナナ、すりおろし/加熱したりんご 野菜: 加熱した人参、かぼちゃ 乳製品: ヨーグルト、母乳/(状況に応じた)粉ミルク 飲み物: 経口補水液、麦茶 |
避けるべき食品(避けるべき食べ物) |
糖分の多いもの: ジュース、スポーツドリンク、炭酸飲料 脂肪の多いもの: 揚げ物、脂肪の多い肉 食物繊維の多いもの: 生野菜、きのこ、海藻 刺激物: 香辛料の多い食品 |
このセクションの要点
- 糖分の多い飲み物(ジュース、スポーツドリンク等)は、浸透圧により下痢を悪化させるため避けるべきです。
- 脂肪分の多い食品や、食物繊維が豊富な食品は、回復期の弱った腸には負担が大きいため、回復が進むまでは控えましょう。
第4部:回復のためのキッチン:栄養価が高く安全な5つのレシピ
理論は分かっていても、看病で疲れている中で「具体的に何を作ればいいの?」と途方に暮れてしまうこともあるでしょう。お子さんのために何かしてあげたいけれど、複雑な料理を作る気力も時間もない、というのが正直なところかもしれません。ご安心ください。最高の回復食は、シンプルで、愛情がこもっていて、そして科学的根拠に基づいているものです。例えば、おかゆに人参を加えるという簡単な工夫一つで、エネルギー補給と同時に、便を固めるのを助けるペクチンを摂取することができます。ここでは、日本の家庭で手に入りやすい食材を使った、簡単で栄養価の高い5つのレシピをご紹介します。
レシピ1:基本の回復がゆ
材料: 米、水
作り方: 米を洗い、通常より多い水(米1に対して水10の割合)で、柔らかく、とろりとするまで煮ます。
医学的根拠: 消化器官への負担を最小限に抑えながら、体内でエネルギーに変換されやすい炭水化物を補給します。水分補給にもなり、他の優しい食材と組み合わせる基本となります。
レシピ2:鶏ささみと人参のおじや
材料: 米、水、皮なし鶏ささみ、人参
作り方: 基本のおかゆを炊きます。ささみは茹でて細かくほぐし、人参は皮をむいて柔らかく蒸し、すりつぶします。おかゆが出来上がる直前に、鶏ささみと人参を加えて混ぜ、数分間煮込みます。
医学的根拠: 腸の粘膜の修復を助ける低脂肪タンパク質(鶏ささみ)と、余分な水分を吸収して便を固めるのを助けるペクチン(人参)を補給します。
レシピ3:じゃがいもと豆腐のポタージュ
材料: じゃがいも、絹ごし豆腐、だし汁または野菜スープ
作り方: じゃがいもは皮をむいて小さく切り、柔らかくなるまで茹でるか蒸します。豆腐はさっと湯通しします。じゃがいも、豆腐、少のだし汁をブレンダーにかけるか、スプーンで滑らかになるまで潰します。
医学的根拠: じゃがいもは消化の良い炭水化物であり、下痢で失われがちなカリウムが豊富です。豆腐は非常に消化しやすい植物性タンパク質の供給源です。
レシピ4:すりおろしリンゴとバナナのピュレ
材料: りんご、熟したバナナ
作り方: りんごは皮と芯を取り、細かいおろし金ですりおろします。バナナはフォークで滑らかになるまで潰します。両方を混ぜ合わせます。小さいお子さんには、りんごを軽く蒸してからすりおろすと、より柔らかくなります。
医学的根拠: りんごは便を固めるのを助けるペクチンを供給し、バナナは不可欠な電解質であるカリウムを補給します。胃に優しく、効果的な組み合わせです。6
レシピ5:野菜の煮込みうどん
材料: うどん、だし汁、細かく切った人参、かぼちゃ、またはじゃがいも
作り方: だし汁を沸騰させ、野菜を加えて非常に柔らかくなるまで煮込みます。うどんを加え、パッケージの指示に従って、麺が柔らかくなるまで調理します。
医学的根拠: 柔らかく煮込んだうどんは、食べ慣れた心地よい食事であり、優れた単純炭水化物の供給源です。よく煮込んだ野菜は栄養価が高く消化しやすく、温かいスープは水分補給と腸を落ち着かせるのに役立ちます。
今日から始められること
- まずは最もシンプルな「基本の回復がゆ」から試してみましょう。
- お子さんの食欲が戻ってきたら、「鶏ささみと人参のおじや」に挑戦して、タンパク質と栄養素をプラスしましょう。
第5部:臨床的な警告サイン:すぐに医療機関を受診すべき時
自宅でのケアを一生懸命行っていても、「このままで大丈夫だろうか」「病院に行くべきタイミングを逃していないだろうか」と心配になる瞬間があると思います。その不安は、お子さんを深く愛しているからこそ生まれるものです。ほとんどの下痢は家庭でのケアで改善しますが、重度の脱水や他の深刻な病気のサインを見逃さないことが何よりも重要です。例えば、日本の診療ガイドラインでは、6時間以上おしっこが出ない状態は、体が危険なほど水分不足に陥っている明確なサインとして挙げられています。4 保護者としてのあなたの直感を信じ、これから挙げる危険なサインに気づいたら、ためらわずに専門家の助けを求めてください。
以下の表は、脱水の程度を家庭で評価するための一つの目安です。お子さんの状態を注意深く観察してください。
兆候/症状 | 正常 | 軽度〜中等度 | 重度 |
---|---|---|---|
全身状態 | 活気がある | 不穏、いらいら | ぐったり、意識が朦朧 |
目 | 普通 | わずかにくぼむ | 深くくぼむ |
涙 | あり | 減少 | なし |
口/舌 | 湿っている | 乾燥している | 非常に乾燥している |
喉の渇き | 普通に飲む | がぶがぶ飲む | 飲めない、または飲むのがやっと |
排尿 | 正常 | 減少 | 6時間以上なし |
受診の目安と注意すべきサイン
- 重度の脱水症状(6時間以上尿が出ない、涙が出ない、目が深くくぼむ、ぐったりしている)。
- 高熱または持続する熱(特に生後3ヶ月未満の乳児)。
- 便に血や粘液が混じる、またはタール状の黒い便。
- 頻繁に嘔吐し、経口補水液さえも受け付けない。
- 著しく活気がない、またはぐったりして反応が鈍い。
- 数日経っても改善の兆しが見られない。
- 激しい腹痛を訴える。
よくある質問
赤ちゃんのミルクは薄めた方が良いですか?
いいえ、その必要はありません。かつてはそのような指導もありましたが、現代の小児科ガイドラインでは、下痢の際も普段通りの濃さのミルクを与えることが推奨されています。ミルクを薄めると、赤ちゃんが必要なカロリーや栄養素を十分に摂取できなくなる可能性があります。8
水分補給にスポーツドリンクを使っても良いですか?
いいえ、推奨されません。スポーツドリンクは、運動で汗をかいた成人向けに作られており、下痢の乳幼児にとっては糖分が多すぎ、電解質(特にナトリウム)のバランスが不適切です。糖分が多すぎると下痢を悪化させる可能性があるため、必ず経口補水液(ORS)を使用してください。4
下痢はどのくらい続いたら受診すべきですか?
ほとんどのウイルス性胃腸炎による下痢は数日から1週間程度で改善しますが、2〜3日経っても全く改善の兆しが見られない、または悪化しているように見える場合は、かかりつけ医に相談することをお勧めします。特に、この記事の「受診の目安と注意すべきサイン」に当てはまる症状がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。4
結論
お子さんの急性下痢症をケアする上で最も重要なことは、パニックにならず、科学的根拠に基づいた正しい知識で対応することです。治療の柱は、適切な経口補水液による脱水症の予防と治療です。そして、「腸を休ませる」という古い常識にとらわれず、回復を助けるために消化の良い食事を早期に再開することが大切です。自己判断での下痢止めの使用は避け、重篤な症状のサインを見逃さないようにしましょう。この記事が、不安な時期を乗り越えるための信頼できる指針となれば幸いです。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
- World Health Organization (WHO). Diarrhoeal disease. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
- 岐阜市の小児科なだこどもとアレルギーのクリニック. 下痢のときの飲み物・食べ物. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
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- つだ小児科クリニック. 小児急性胃腸炎診療ガイドライン2022のCQ. [インターネット]. 2022. 引用日: 2025年9月16日. リンク
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- UVA School of Medicine. The BRAT Diet for Acute Diarrhea in Children: Should It Be Used?. [インターネット]. 2007. 引用日: 2025年9月16日. リンク
- MacGillivray S, et al. Lactose avoidance for young children with acute diarrhea. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2013. リンク
- 堀こどもクリニック. ガイドラインに基づく小児急性胃腸炎の治療とは?. [インターネット]. 引用日: 2025年9月16日. リンク
- Liem T, et al. Pediatric diarrhea and lactose products. Canadian Family Physician. 2022. リンク