急性骨髄性白血病(AML)は、骨髄の中で造血幹細胞から白血球へと成長する過程の若い細胞(骨髄芽球)ががん化し、無制限に増殖する進行の速い血液のがんです。がん細胞が骨髄を埋め尽くすことで、正常な赤血球、白血球、血小板が作れなくなり、貧血、感染症、出血といった様々な症状を引き起こします1。現代の診断と治療は、病気の原因となっている遺伝子の異常を特定することから始まります。欧州白血病ネットワーク(ELN)が2022年に発表した国際的な診断基準では、この遺伝子情報が治療方針を決定する上で最も重要な鍵となります2。本稿では、日本の診療ガイドラインと最新の研究結果に基づき、AMLの診断から治療、そして患者さんの生活を支える制度までを包括的に解説します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 急性骨髄性白血病(AML)の診断と治療は、現在、遺伝子変異の種類に基づいて個別化されています。この遺伝子リスク分類(良好・中間・不良)が、治療の強さや移植の必要性を判断する上で最も重要です2。
- 治療は、年齢や持病などを考慮した「体力(フィットネス)」に応じて大きく二分されます。体力がある方には治癒を目指す強力な化学療法が、そうでない方には毒性を抑えた新しい分子標的薬(ベネトクラクス等)と低メチル化剤の併用療法が標準治療です78。
- 治療後にごく微量に残るがん細胞「微小残存病変(MRD)」の有無を調べることは、再発リスクを予測し、その後の治療方針(地固め療法の強化や移植の検討)を決める上で極めて重要です4。
- 治療費は高額になりますが、日本の「高額療養費制度」を利用することで、所得に応じた上限額以上の自己負担が免除され、経済的負担を大幅に軽減できます1。
定義と疫学
ある日突然、体の不調が続き、それが「白血病」という重い病名に結びつくかもしれないという不安は、計り知れないものです。特に急性骨髄性白血病(AML)は、成人に最も多い急性の白血病であり、多くの場合、高齢になってから診断されます。その気持ち、とてもよく分かります。病気の正体を正確に知ることは、不安を和らげ、治療へと向かうための大切な第一歩です。
科学的には、AMLは骨髄という血液の工場で起こる異常事態です。科学的な説明をすると、骨髄で若い血液細胞(骨髄芽球)ががん化し、ブレーキが壊れた車のように無秩序に増え続けます1。このプロセスは、まるで工場の生産ラインが不良品で埋め尽くされ、正常な製品(赤血球、白血球、血小板)が出荷できなくなるようなものです。だからこそ、貧血や感染症、出血といった症状が現れるのです。日本では年間10万人に数人が発症し、診断時の中央年齢は約68歳と報告されています2。
このセクションの要点
- 急性骨髄性白血病(AML)は、骨髄で骨髄芽球が異常増殖し、正常な血液細胞の産生を阻害するがんです。
- 主なリスク因子は高齢、過去のがん治療歴、先行する血液疾患などであり、診断時の中央年齢は約68歳です。
診断と分類
「どうしてこんなにあざができやすいのだろう」「最近、ちょっと動いただけでも息切れがする」。そんな日常の些細な変化が、実は体からの重要なサインであることがあります。これらの症状がAMLによるものなのか、それとも他の原因なのか、はっきりしない状況は非常に不安なものです。それは自然な反応です。
医学の世界では、この「なぜ?」を解明するために、血液検査から骨髄検査へと進み、パズルのピースを一つずつ集めていくようなプロセスで診断を確定させます。貧血による倦怠感、白血球減少による感染症、血小板減少による出血傾向は、AMLの典型的な初期症状です3。診断を確定するためには骨髄検査が必須で、骨髄の中のがん細胞(芽球)が20%以上あることが基準となります2。さらに重要なのは、そこから遺伝子レベルでの詳細な分類を行うことです。かつては細胞の形(FAB分類)で大まかに分けていましたが、現在は遺伝子の異常(ELN 2022分類)という「設計図」の違いで分類し、治療方針を決定します5。
受診の目安と注意すべきサイン
- 原因不明の倦怠感、息切れ、動悸が続く場合。
- 治りにくい感染症や、原因不明の発熱が続く場合。
- 身に覚えのないあざができたり、鼻血や歯ぐきからの出血が止まりにくい場合。
リスク分類と予後因子
「あなたの病気はどのタイプですか?」と医師から告げられる時、その言葉が今後の人生をどう左右するのか、大きな不安を感じるのは当然のことです。同じAMLという病名でも、患者さん一人ひとりのがん細胞が持つ「個性」は全く異なり、それが治療の効きやすさや再発のリスクを大きく左右します。
その「個性」を明らかにするのが、遺伝子に基づくリスク分類です。2022年に改訂された欧州白血病ネットワーク(ELN)の基準では、見つかった遺伝子変異の種類によって、病気を「良好群」「中間群」「不良群」の3つに分類します25。これは、いわばカーナビが目的地までの道のりを「走りやすい道」「普通の道」「険しい道」と示すようなものです。どの道を通るかによって、運転の仕方(治療の強さ)を変える必要があります。さらに、治療後には微小残存病変(MRD)という、目に見えないほど小さながん細胞が残っていないかを高感度の検査で調べます4。これは、火事の後の「残り火」を確認するようなもので、完全な鎮火を確認するために極めて重要です。
このセクションの要点
- AMLは遺伝子異常に基づき「良好」「中間」「不良」のリスク群に分類され、これが治療方針(例:移植の要否)を決定する最も重要な指標となります。
- 治療後にごく微量のがん細胞が残る「微小残存病変(MRD)」を測定することは、再発リスクを正確に予測し、その後の治療を調整するために不可欠です。
標準治療と新しい治療法
「自分にはどんな治療が行われるのだろうか」「体力的に耐えられるだろうか」。治療法について考えるとき、期待と同時に大きな不安がよぎることでしょう。特にAMLの治療は、患者さんの年齢や持病の有無を考慮した「フィットネス(治療への適格性)」によって、大きく2つの道に分かれます。
これは、登山に例えることができます。体力十分な登山者(フィットな患者)は、険しいけれど頂上(治癒)を目指せるルート(強力な化学療法)に挑みます。一方、経験豊富なガイドと一緒でも、ゆっくりとしたペースで安全なルートを選ぶ登山者(アンフィットな患者)もいます。AML治療も同様で、どちらの道が最適かは一人ひとり異なります。フィットな患者さんには、シタラビンとアントラサイクリン系薬剤を組み合わせた「7+3療法」という強力な化学療法が標準です3。一方、アンフィットな患者さんには、近年登場したベネトクラクスというBCL-2阻害薬とアザシチジンを併用する、毒性を抑えた治療法が新たな標準となり、高い効果を上げています68。また、特定の遺伝子変異を持つ場合には、その変異を狙い撃ちする分子標的薬(FLT3阻害薬など)も重要な選択肢です。最終的に、リスクの高い方には同種造血幹細胞移植が治癒を目指すための強力な治療となります10。
自分に合った選択をするために
強力な化学療法が適格(フィット)な方: 治癒を目指し、寛解導入療法と地固め療法を組み合わせた治療を行います。遺伝的リスクに応じて、その後に造血幹細胞移植を検討します。
強力な化学療法が非適格(アンフィット)な方: 体への負担が少ないベネトクラクスとアザシチジンの併用療法などが標準治療となります。病状のコントロールと生活の質の維持を目指します。
日本におけるケアの現状
いざ治療を始めるとなると、どこで治療を受ければよいのか、そして何より、高額な治療費をどうすればよいのかという現実的な問題に直面します。病気と闘うだけでも大変な中で、こうした心配事が重なるのは大きなストレスです。
幸い、日本には質の高い医療と、それを支える手厚い公的制度があります。AMLのような専門的な治療は、日本血液学会(JSH)などのガイドラインに基づき6、設備と専門スタッフが整った「がん診療連携拠点病院」などで受けるのが一般的です。そして経済的な負担については、「高額療養費制度」という非常に重要な制度があります1。これは、1ヶ月の医療費の自己負担が、収入に応じて決まった上限額を超えないようにする仕組みです。この制度があるからこそ、多くの患者さんが安心して治療に専念できるのです。さらに、闘病中の孤独や不安を分かち合うための患者会や支援団体も、大きな心の支えとなります11。
今日から始められること
- ご自身が加入している健康保険(保険証に記載)を確認し、高額療養費制度の申請方法について問い合わせてみましょう。「限度額適用認定証」を事前に入手すると、病院窓口での支払いがスムーズになります。
- 病院内に設置されている「がん相談支援センター」や医療ソーシャルワーカーに、治療費や生活に関する不安を相談してみましょう。利用できる公的支援について教えてくれます。
今後の展望と進行中の研究
「この先の治療はどうなるのだろうか」「もっと良い薬は出てこないのだろうか」。治療を受けている中で、未来への希望を探すのは自然なことです。AMLの治療は、この10年で劇的に進歩しましたが、研究者たちは今もなお、より効果的で、より副作用の少ない治療法を目指して研究を続けています。
その最前線が「臨床試験(治験)」です。これは、新しい薬や治療法の効果と安全性を確かめるための研究であり、未来の標準治療への扉を開く鍵となります。現在、国内外で数多くの臨床試験が進行中です。例えば、特定の遺伝子変異を標的とする新しい分子標的薬の開発や、治療効果をより正確に予測するための遺伝子パネル検査の有用性を検証する研究などが行われています121314。これらの研究の一つ一つが、AMLを「治る病気」へと変えていくための、力強い一歩なのです。
このセクションの要点
- AML治療は、新しい分子標的薬や免疫療法の開発により、常に進歩しています。
- 国内外で進行中の臨床試験は、より効果的で副作用の少ない未来の標準治療を生み出すために不可欠なステップです。
よくある質問
高齢で体力に自信がありません。治療は可能でしょうか?
はい、可能です。近年、高齢の方や他の持病をお持ちで、従来の強力な化学療法が難しい患者さん向けに、毒性を抑えた新しい治療法(ベネトクラクスとアザシチジンの併用療法など)が開発され、日本でも承認されています8。患者さん一人ひとりの状態に合わせて最適な治療計画を立てますので、ご安心ください。
治療費が高額になると聞き、支払えるか心配です。
日本には「高額療養費制度」という公的な医療保険制度があります。この制度を利用すると、1ヶ月の医療費の自己負担額が、所得に応じて定められた上限額までとなります1。事前に「限度額適用認定証」を申請しておくことで、窓口での支払いを上限額までに抑えることができますので、経済的な負担を大幅に軽減することが可能です。
治療が終わりましたが、再発しないか不安です。
治療後の再発リスクは、病気の遺伝子変異のタイプや、治療後に微小残存病変(MRD)が検出されるかどうかによって異なります。治療後は定期的に血液検査や骨髄検査を行い、注意深く経過を観察します4。MRDを測定することで、再発の兆候を非常に早い段階で捉え、必要であれば追加の治療を検討することができます。
結論
急性骨髄性白血病(AML)の診療は、遺伝子レベルでの理解の深化により、個別化医療の時代へと大きく舵を切りました。もはや画一的な治療ではなく、患者さん一人ひとりの遺伝的リスクや体力に応じて、治療戦略が緻密に組み立てられます。特に、強力な化学療法が困難な高齢の患者さんに対するベネトクラクス併用療法の登場は、治療の選択肢を大きく広げました。治療後のMRDモニタリングは、再発を早期に察知し、先手を打つための強力な武器となります。病気との闘いは決して容易ではありませんが、日本には高額療養費制度をはじめとする手厚い支援体制があります。正確な情報を力に変え、主治医や医療チームとよく相談しながら、ご自身にとって最善の治療法を選択していくことが何よりも大切です。
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
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