この記事の要点
- 日本の公式統計では性的虐待の報告件数は少なく見えますが、世界的なデータからは、これが「氷山の一角」であり、報告されていない被害が広範に存在することが示唆されています1727。
- 性的虐待は、身体的な暴行だけでなく、言葉による強要や信頼関係の悪用(グルーミング)、デジタル空間での搾取など、個人の尊厳を侵害するあらゆる非同意の性的行為を含みます113。
- 被害の経験は、PTSD、うつ病、不安障害といった深刻な精神的影響だけでなく、脳機能の変化や原因不明の身体症状など、長期的な心身の健康問題を引き起こす可能性があります711。
- 被害に気づいた時、最も重要な最初の支援は、無条件に「信じる」こと、「あなたのせいではない」と伝えることです。これにより、さらなる傷つき(二次被害)を防ぎます2312。
- 日本には、医療・心理・法的支援をワンストップで提供する全国的な支援ネットワークがあります。全国共通短縮ダイヤル「#8891」に電話することで、最寄りの専門機関につながります24。
1. はじめに:見過ごされている危機 – 日本における性的虐待の真実
公式の統計データだけを見ると、日本における性的虐待は、他の国々と比べて稀な出来事のように思えるかもしれません。しかし、その数字の裏には、声なき被害の深刻な現実が隠されています。中心的な論点は、公式統計は低く見えるものの、性的虐待は日本において広範に存在する隠れた危機であり、被害者が助けを求めることを妨げる深刻な社会的・文化的障壁が存在する、ということです。
こども家庭庁の最新の報告によれば、2023年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待相談のうち、性的虐待に該当するものは2,473件でした17。これは、報告されたすべての児童虐待相談件数225,509件の約1.1%に過ぎません19。しかし、この数字は、国際的な研究結果とは著しい乖離を見せています。例えば、権威ある医学雑誌『The Lancet』に掲載された2025年の研究では、世界的に女性の約19%(約5人に1人)、男性の約15%(約7人に1人)が子ども時代に性的暴力を経験していると推定されています27。ユニセフ(UNICEF)のデータも同様の傾向を示しており、性的虐待が世界共通の深刻な問題であることを明らかにしています28。
なぜ、日本の公式な数字と世界的な実態との間にこれほど大きな「報告の乖離」が生まれるのでしょうか。その答えは、被害者が声を上げることの難しさにあります。内閣府が実施した調査では、性犯罪被害者のうち67.5%もの人々が、被害についてどこにも相談していなかったことが明らかになりました9。相談しなかった最大の理由は「恥ずかしかったから」(38.0%)であり、警察に相談したのは、被害者全体のわずか4.3%に留まっています9。さらに、加害者は見知らぬ他人ではなく、家族や知人など、被害者が知っている人物であるケースが圧倒的に多いという事実が、告発に対する計り知れない心理的・社会的障壁を生み出しているのです9。
この事実は、日本の公式統計の低さが、問題の発生率が低いことを意味するのではなく、報告に対する深刻な社会的・文化的障壁が存在することの証拠であることを示しています。この記事の目的は、この見過ごされがちな危機を白日の下にさらし、被害に苦しむ人々、そして彼らを支えたいと願うすべての人々のために、安全と回復への完全なロードマップを提供することです。
2. 性的虐待の定義:それは「魂の殺人」です
性的虐待は、しばしば「魂の殺人」と表現されるように、単なる身体的暴力に留まらない、個人の尊厳、自己肯定感、そして他者への信頼を根底から破壊する行為です。その本質は、同意なく行われるあらゆる性的な行為であり、個人の自律性を侵害する行為の広範なスペクトラムを指します。
2.1. 法的定義と医学的定義
日本の法律では、性的虐待は主に児童や障害者など、特に保護を必要とする人々に対する文脈で定義されています。例えば、「児童福祉法」では、子どもに対するわいせつな行為などが性的虐待と定められています21。一方で、世界保健機関(WHO)のような国際機関は、より広範な医学的定義を提唱しています。WHOの定義には、実際に完遂された行為だけでなく、性的行為の試み、望まない性的なコメントや誘いかけ、個人の性を搾取する目的で行われる人身売買なども含まれます11。これは、被害者が受ける心理的苦痛や尊厳の侵害が、物理的な接触の有無に限定されないことを明確に示しています。
2.2. 性的虐待と性的暴行の違い
「性的虐待」と「性的暴行」という言葉はしばしば同義で使われますが、ニュアンスに違いがあります。「性的暴行」は通常、物理的な力や明確な脅迫を伴う性的な攻撃行為を指します。一方、「性的虐待」はより広範な概念であり、暴行のような物理的な行為に加え、心理的な操作、強要、搾取といった非物理的な行為も包含します。例えば、信頼関係や力関係を利用して性的な行為を強いることは、明確な暴力がなくとも深刻な性的虐待です。
2.3. グルーミングとは? – 信頼関係の悪用
グルーミングは、加害者が被害者、特に子どもや若者の信頼を得て、感情的なつながりを築き、徐々に警戒心を解いていくことで、性的虐待を行いやすくする巧妙かつ悪質な手口です23。加害者は、親切で理解ある人物を装い、プレゼントを与えたり、秘密を共有したりすることで、被害者を巧みに孤立させ、支配下に置きます。このプロセスを通じて、被害者は何が起きているのかを正常に判断することが困難になり、虐待を「特別な関係」や「愛情表現」であるかのように誤解させられてしまうことがあります。グルーミングは、信頼という最も人間的な感情を悪用する、計画的で卑劣な虐待の準備段階です。
2.4. デジタル時代の性的虐待
スマートフォンの普及とSNSの日常化に伴い、性的虐待はデジタル空間という新たな領域へと拡大しています1618。NPO法人ぱっぷすの代表である金尻カズナ氏などの専門家は、この「デジタル性暴力」の危険性を強く警告しています3。具体的な形態には、以下のようなものがあります。
- 非同意での画像共有(リベンジポルノ): 元交際相手などが、同意なく撮影・保持していた私的な性的画像をオンラインで拡散する行為。
- セクストーション(性的脅迫): 性的画像や動画をネタに金銭を要求したり、さらなる性的行為を強要したりする脅迫行為。
- オンライングルーミング: SNSやオンラインゲームなどを通じて子どもに接近し、信頼関係を築いた上で、わいせつな画像の送信を要求したり、実際に会って性的な危害を加えたりする行為。
デジタル性暴力は、一度拡散されると完全に削除することが極めて困難であり、被害者に永続的な精神的苦痛と社会生活への恐怖を与え続けます。2021年には、SNSを介して犯罪被害に遭った児童が1812人にものぼり、その多くが自身の投稿をきっかけとしていました16。これは、デジタルリテラシー教育の重要性を示すと同時に、社会全体で取り組むべき喫緊の課題であることを示しています。
3. 性的虐待が心と身体に与える深刻な影響
性的虐待がもたらすトラウマは、単なる「嫌な記憶」ではありません。それは、サバイバーの心理的、神経学的、そして身体的健康の全般にわたり、科学的に証明された深刻かつ長期的な害を及ぼす可能性があります。その影響は、人生の様々な側面に影を落とし続けます。
3.1. 魂の傷:心理的・精神的影響
性的虐待による最も顕著な影響は、精神面に現れます。権威ある医学雑誌『The Lancet Psychiatry』に掲載された大規模なアンブレラレビュー(複数の系統的レビューを統合した研究)では、子ども時代の性的虐待の経験が、その後の人生における様々な精神疾患のリスクを著しく高めることが示されています7。
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD): 虐待の記憶がフラッシュバックとして蘇ったり、悪夢を見たり、虐待を連想させるものを極度に避けたりする状態。日本トラウマティック・ストレス学会も、PTSD治療の重要性を強調しています1415。
- うつ病: 持続的な気分の落ち込み、興味や喜びの喪失、無価値観、自殺念慮などを特徴とします。
- 不安障害: 全般的な不安、パニック発作、社交不安など、過剰な恐怖や心配に苛まれる状態。
- 境界性パーソナリティ障害: 対人関係、自己像、感情の不安定さや、衝動的な行動を特徴とします。
重要なことは、これらの症状は本人の「弱さ」や「性格の問題」では決してない、ということです。これらは、耐え難いほどの極度なトラウマ体験に対する、脳と心の予測可能な神経生物学的な反応なのです。
3.2. 脳に残る傷跡:神経生物学的な変化
近年の神経科学研究は、深刻なトラウマが脳の構造と機能に物理的な変化をもたらすことを明らかにしています。世界保健機関(WHO)の資料などでも言及されているように、特にストレス反応と記憶を司る脳の領域が影響を受けやすいとされています11。
- 海馬(Hippocampus)の萎縮: 記憶の形成に関わる海馬が萎縮することがあり、これにより記憶障害や学習困難が生じる可能性があります。
- 扁桃体(Amygdala)の過活動: 恐怖や不安といった感情を処理する扁桃体が過敏になり、些細なことにも強い恐怖反応を示すようになります。
- コルチゾールレベルの異常: ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌バランスが崩れ、慢性的なストレス状態に陥りやすくなります。
これらの神経生物学的な変化は、トラウマの影響が単なる「心の問題」ではなく、脳という臓器に刻み込まれた「傷」であることを物語っています。
3.3. 身体に出るサイン:身体的影響と健康リスク
心の傷は、しばしば身体の不調として現れます。これは「身体化」と呼ばれ、精神的な苦痛が身体的な症状として表現される状態です。『The Lancet』に掲載された研究では、小児期の虐待経験が、成人後の様々な身体疾患のリスクを高めることが報告されています27。
- 原因不明の慢性的な痛み: 頭痛、腹痛、骨盤痛、線維筋痛症など、医学的検査では異常が見つからない持続的な痛み。
- 消化器系の問題: 過敏性腸症候群(IBS)などの機能性消化管障害。
- 婦人科系の問題: 月経不順、骨盤内の炎症性疾患など。
- 自己免疫疾患や喘息のような状態のリスク増加。
これらに加え、性感染症(STI)への感染や望まない妊娠といった、虐待行為による直接的な身体的リスクも存在します。これらのリスクへの対応は、緊急医療支援の非常に重要な部分を占めます12。
4. 虐待のサインに気づくために:子どもと大人の変化
性的虐待の被害者は、恐怖、羞恥心、罪悪感、あるいは加害者からの脅迫によって、被害の事実を直接言葉にすることができない場合がほとんどです。しかし、彼らが抱える計り知れない苦痛は、行動、感情、身体における様々な「サイン」として現れることがあります。これらの変化に気づき、正しく理解することは、被害者を早期に発見し、支援につなげるための第一歩です。
以下のチェックリストは、日本小児科学会の手引き6、厚生労働省のマニュアル29、政府の広報資料23など、複数の信頼できる情報源からの知見を統合したものです。これらのサインは、単独で存在するよりも、複数組み合わさって現れることが多いです。
カテゴリ | 子どもに見られるサイン | 思春期/成人に見られるサイン |
---|---|---|
身体的 | 性器や肛門の痛み、かゆみ、出血。歩行や座ることの困難。繰り返す尿路感染症。原因不明の性感染症(STI)。おねしょ(夜尿)の再発。原因不明の腹痛や頭痛。 | 原因不明の怪我やあざ。睡眠障害(不眠、過眠)。食生活の急激な変化(拒食、過食)。原因不明の性感染症(STI)の症状。慢性的な疲労感。 |
感情的 | 特定の大人や場所に対する突然の恐怖や不安。年齢に不相応な強い執着や甘え(赤ちゃん返り)。急にうつ状態になったり、引きこもったりする。感情の起伏が激しくなる、または感情表現が乏しくなる。自己肯定感の極端な低下。 | 持続的なうつ状態や不安感。突然のパニック発作。感情が麻痺したような感覚(解離)。希死念慮や自殺企図。他者への信頼感の喪失。 |
行動的 | 指しゃぶりなどの退行現象。自分を傷つける行為(自傷行為)。年齢に不相応な性的な知識を持っていたり、性的な遊びをしたりする。学業成績の急激な低下。家出や徘徊。高価なプレゼントやお金を持っている。 | アルコールや薬物の乱用。ハイリスクな性的行動(不特定の相手との性交渉など)。急に社会的活動から孤立する。親密な人間関係を築くことへの困難。加害者をかばうような言動。 |
誤解の危険性に関する重要な注意点
ここでリストアップされたサイン(例:うつ病、学業問題、薬物乱用)は、それ自体が性的虐待の決定的な証拠ではありません。これらは「非特異的」であり、思春期の悩み、家庭問題、他の精神疾患など、多くの異なる問題の症状としても現れうるからです。一般の人々、特に親や教師は、これらのサインを単なる「悪い行動」や「反抗期」と誤解し、その根底にあるかもしれない虐待という深刻な原因を完全に見逃してしまう危険性があります。
したがって、この記事は明確に警告します。これらのサインは、虐待を断定するためのものではなく、懸念を抱き、注意深く見守り、穏やかな対話のきっかけとするための指標です。もし、あなたの子どもや周りの人にこれらの変化が見られた場合、結論を急いで問い詰めたり、行動を罰したりするのではなく、「何か大変なことを抱えているのではないか」という視点を持ち、虐待の可能性を慎重に考慮し、本人が安心して話せる安全な空間を作ることが何よりも重要です。
5. もし被害に気づいたら:あなたができる最初の、そして最も重要な支援
被害者が勇気を振り絞って被害を打ち明けたとき、あるいはあなたが誰かの被害のサインに気づいたとき、その最初の反応は、その後の被害者の回復過程に決定的な影響を与えます。信頼できる人物による最初の対応は、癒やしのプロセスを開始することもあれば、逆に被害者をさらに深く傷つける「二次被害(セカンドレイプ)」を引き起こすこともあり得ます。政府の広報資料23や日本産科婦人科医会のマニュアル12では、以下のステップが推奨されています。
- ステップ1:信じる (Believe Them)何よりもまず、無条件に相手の話を信じてください。被害者が最も恐れているのは「信じてもらえないこと」です。「話してくれてありがとう」「大変だったね」「あなたは何も悪くない」。これらの言葉は、被害者の罪悪感や孤立感を和らげ、安心感を与えるための最も強力なメッセージです。
- ステップ2:判断せずに聴く (Listen without Judgment)被害者の話を、評価したり、疑ったり、遮ったりせず、ただ耳を傾けてください。あなたの役割は、カウンセラーや捜査官になることではありません。安全な避難場所となり、彼らが自分のペースで感情や経験を表現できる空間を提供することです。被害者の安全を確保し、これ以上害が及ばないようにすることが最優先です。
- ステップ3:根掘り葉掘り聞かない (Do Not Interrogate)詳細を知りたいという気持ちは自然ですが、被害者に「いつ?」「どこで?」「どうして?」といった質問を浴びせるのは避けてください。被害の記憶を何度も語らせることは、トラウマを再体験させ、大きな苦痛を与えます。また、不適切な質問は、後の正式な事情聴取や裁判において「記憶の汚染」23を引き起こす可能性があり、証拠の信憑性を損なうことにもなりかねません。詳細な聞き取りは、専門的な訓練を受けた警察官や臨床心理士に任せるべきです。
- ステップ4:証拠を保全する (Preserve Evidence)もし被害が起きて間もない場合は、証拠を保全することが非常に重要です。性犯罪は、起訴するために客観的な証拠が鍵となることが多いからです。被害者に対し、シャワーを浴びたり、入浴したり、着替えたり、洗濯したりしないよう、優しく助言してください。被害時に身につけていた衣服や、関連する可能性のある物品(ティッシュ、コンドームなど)は、ビニール袋に入れて保管するよう伝えます。これは非常にデリケートな依頼ですので、共感と配慮を持って行う必要があります。
- ステップ5:すぐに専門機関に相談する (Seek Professional Help Immediately)あなた一人で全てを抱え込む必要はありません。むしろ、抱え込むべきではありません。日本には、被害者を支援するための専門機関が整備されています。次のステップは、これらの専門家と連携し、被害者の心と身体の安全を確保することです。これが、あなたができる最も責任ある、そして効果的な支援です。
6. 専門家による支援:命と心を守るための具体的なステップ
性的虐待からの回復と正義の実現のためには、医療、心理、法務の各分野の専門家による連携した支援が不可欠です。被害者は、身体的・精神的なケアと、法的な権利の保護を同時に受ける必要があります。このセクションは、被害者が具体的にどのような専門的支援を受けられるのかを解説する、この記事の実践的な核となる部分です。
6.1. 医療的支援:産婦人科・小児科での対応
被害直後の医療的介入は、身体的な健康被害を最小限に抑え、将来の法的手続きのための医学的証拠を保全する上で極めて重要です。日本産科婦人科医会12519や日本小児科学会136は、性犯罪被害者に対応するための詳細な診療ガイドラインを定めています。
- 証拠採取のための診察: 専門的な訓練を受けた医師が、被害者の尊厳に配慮しながら、身体の診察、損傷の記録、および精液やDNAなどの証拠物の採取を行います。この診察は、被害者の同意なしには行われません。
- 緊急避妊(アフターピル): 望まない妊娠を防ぐため、性交後72時間(または120時間)以内に緊急避妊薬を服用することが推奨されます。これはWHOのグローバル基準でも強く推奨されている対応です11。
- 曝露後予防(PEP): HIV(ヒト免疫不全ウイルス)への感染リスクを低減するため、曝露後72時間以内に抗HIV薬の服用を開始する予防内服です。WHOのガイドラインでは、特にリスクが高い場合にPEPが推奨されています11。
- 性感染症(STI)の検査と治療: クラミジア、淋病、梅毒、B型肝炎などのSTIについて検査を行い、WHOや日本のガイドラインに基づき、検査結果を待たずに治療を開始する「推定治療」が行われることがあります1112。
6.2. 心理的支援:トラウマからの回復への道
トラウマからの心理的な回復は、時間がかかるプロセスですが、効果的な治療法が存在します。支援の基本となるのは、被害者の経験を尊重し、安全を確保しながらケアを行う「トラウマインフォームドケア」という考え方です。日本トラウマティック・ストレス学会(JSTSS)のガイドライン15などでは、科学的根拠(エビデンス)に基づいた以下のようないくつかの心理療法が推奨されています。
- 持続エクスポージャー療法(PE): 安全な環境下で、トラウマ記憶にあえて向き合うことで、恐怖反応を徐々に低減させていく治療法。
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法): 眼球運動などの両側性刺激を用いながらトラウマ記憶を再処理し、苦痛を和らげる治療法。
- トラウマフォーカス認知行動療法(TF-CBT): 子どもと思春期の被害者に特に有効とされる治療法で、トラウマに関する思考や感情、行動のパターンを修正していきます。
これらの治療は、専門的な訓練を受けた臨床心理士や精神科医によって提供されます14。
6.3. 法的支援と警察への相談
被害者が法的措置を望む場合、警察への相談と告訴が選択肢となります。近年、日本の刑法は被害者の負担を軽減するために大きく改正されました22。
- 刑法改正: 2017年(および2023年)の改正により、「強制性交等罪」は「不同意性交等罪」と改められ、暴行や脅迫がなくとも、相手の同意がない性交は処罰の対象となることが明確化されました。また、多くの性犯罪が「非親告罪」となり、被害者の告訴がなくても加害者を起訴できるようになりました。
- 警察への相談: 警察には、性犯罪被害に関する相談を受け付ける専門の窓口があります。全国共通の相談電話番号「#8103(ハートさん)」に電話すると、発信場所を管轄する都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながります2325。警察は、被害届の受理、捜査、加害者の検挙といった役割を担います。
7. 日本の公的支援システム:どこに、どのように相談すればよいか
「どこに相談すればいいのか分からない」―これは、被害者やその支援者が直面する最も大きな壁の一つです。しかし、日本には、被害者を包括的に支援するための全国的なネットワークが整備されています。このシステムを知り、アクセスする方法を理解することは、回復への旅路における最も重要で力強い一歩となります。このセクションは、本記事における最も「有用な」要素です。
7.1. ワンストップ支援センター:あなたのための総合窓口
ワンストップ支援センターは、性犯罪・性暴力の被害者が、必要な支援を一つの場所でまとめて受けられるように設立された拠点です。内閣府の主導で全国の各都道府県に設置されており、以下の多岐にわたる支援を無料で提供しています24。
- 相談・カウンセリング:専門の相談員が24時間365日電話や面談で対応します。
- 医療的支援:産婦人科での診察や証拠採取、緊急避妊、性感染症の検査・治療の提供または連携。
- 心理的支援:臨床心理士などによるカウンセリングやトラウマケアの提供。
- 法的支援:警察への同行支援、弁護士の紹介、法的手続きに関する情報提供。
どこにいても、まず最初の連絡先として最も重要なのが、全国共通短縮ダイヤル「#8891(はやくワンストップ)」です。この番号に電話をかけると、最寄りのワンストップ支援センターに自動的につながります。例えば、東京ではSARC東京(サークとうきょう)がこの役割を担っており、24時間体制での即時危機対応の先駆者として知られています4。
7.2. 子どものための相談窓口:児童相談所
18歳未満の子どもが被害に遭った場合、中心的な役割を担うのが児童相談所です。児童相談所は、児童福祉法に基づき、子どもの安全を確保するための強い権限を持っています21。主な役割は、安全確認、一時保護、加害者からの分離、家族への指導などです。
子どもへの虐待が疑われる場合や、子ども自身が助けを求めたい場合は、全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」に電話してください。この番号にかけると、お近くの児童相談所につながり、匿名で相談・通告することができます23。
7.3. 民間団体の力:専門NPOによる支援
公的機関に加え、特定の分野に特化した専門性を持つ民間の非営利団体(NPO)も、被害者支援において重要な役割を果たしています。
- NPO法人ぱっぷす (PAPS): 金尻カズナ氏が代表を務め、デジタル性暴力の問題に特化して活動しています。オンライン上の画像の削除支援や、政策提言などを行っています3。
- SARC東京: 前述の通り、東京における24時間対応のワンストップ支援のモデルケースを構築した先駆的な団体です4。
- 認定NPO法人 児童虐待防止協会 (APCA): 1990年に設立された日本で最初の民間児童虐待防止団体であり、啓発活動や専門家の育成に尽力しています。
これらの団体は、公的支援だけではカバーしきれない、きめ細やかなサポートを提供しています。
8. 予防のために社会と家庭ができること
性的虐待を根絶するためには、事後対応だけでなく、そもそも虐待を発生させない「予防」の視点が不可欠です。予防は、子どもたち自身が自分の身を守るための知識を身につける教育と、虐待を容認しない社会全体の文化を創造することから始まります。
- プライベートゾーン教育: 政府も推奨している23ように、幼い頃から子どもたちに「プライベートゾーン」(水着で隠れる部分)の概念を教えることが重要です。「あなたのプライベートゾーンはあなただけのもので、他の人が勝手に見たり触ったりしてはいけない場所だよ」と教えます。これは、自分の身体の所有権を理解させ、不適切な接触に対して「いや」と言う権利があることを教えるための基本です。
- 「同意」についての教育: 相手の「いや」を尊重すること、そして相手がはっきり「いいよ」と言わない限りは、それは「同意ではない」ということを、年齢に応じた形で繰り返し教えることが重要です。これは、将来、加害者にも被害者にもならないために不可欠な人権教育です。
- 沈黙と被害者非難の文化への挑戦: 「恥ずかしいこと」「触れてはいけない話題」という社会の空気が、被害者を沈黙させ、加害者を助長します。「被害者にも隙があったのではないか」といった被害者非難(Victim Blaming)は、二次被害の典型です。私たち一人ひとりが、性的虐待は100%加害者の責任であるという認識を明確に持ち、被害者が安心して声を上げられる社会、そして虐待を決して許さないという強い姿勢を示す文化を築いていく必要があります。
9. よくある質問(FAQ)
このセクションでは、性的虐待に関して最も一般的で、かつ答えるのが難しい質問に対して、本記事で解説してきた証拠に基づき、直接的にお答えします。
Q1: 子どもが性的虐待を受けるリスクは、実際にはどのくらいあるのですか?
Q2: 被害者は具体的にどのような支援を無料で受けられますか?
A: 全国のワンストップ支援センター(全国共通#8891)に連絡すれば、以下の主要な支援を原則無料で受けることができます24。
1. **医療的支援:** 望まない妊娠を防ぐ緊急避妊(アフターピル)、HIV等を予防する曝露後予防(PEP)、性感染症の検査と治療。
2. **心理的支援:** 専門家によるカウンセリングやトラウマに特化した心理療法(TF-CBT、EMDRなど)。
3. **法的支援:** 警察への付き添い、法的手続きに関する情報提供、弁護士の紹介など。
これらの支援は、被害者が心身の健康を取り戻し、生活を再建するために必要なものであり、一人で抱え込まずに専門家につながることが何よりも大切です。
Q3: 加害者はどのような人が多いのですか?
10. 結論:沈黙を破り、回復への一歩を
性的虐待という暗闇の中で、多くのサバイバーは、自分は一人ぼっちだと感じ、終わりのない苦しみに苛まれています。しかし、この記事を通して私たちが伝えたかった最も重要なメッセージは、「あなたは一人ではない」ということです。回復は可能であり、その長い旅は、助けを求めるという勇気ある、そして決定的に重要な一歩から始まります。
日本には、あなたの声に耳を傾け、心と身体をケアし、あなたの権利を守るために待機している専門家たちによる、強固な支援システムが存在します。ワンストップ支援センター(#8891)、児童相談所(189)、警察(#8103)は、あなたのためにある命綱です。沈黙を破ることは、決して簡単なことではありません。しかし、その一歩を踏み出すことで、あなたは自分自身の尊厳と未来を取り戻すための道を歩み始めることができるのです。
JAPANESEHEALTH.ORGは、あなたの健康の旅における、信頼できるパートナーでありたいと願っています。この情報が、あなたや、あなたの周りにいる大切な誰かにとって、希望の光となることを心から祈っています。
参考文献
- 性暴力について | NHK ハートネット. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://heart-net.nhk.or.jp/heart/theme/7/7_3/
- 【政策解説】立憲民主党は性暴力被害者支援法を制定します. [インターネット]. 2021年9月17日 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://cdp-japan.jp/news/20210917_2122
- NPO法人ぱっぷす. デジタル性暴力・リベンジポルノ・性産業で困っている. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.paps.jp/
- 性暴力救援センター・SARC東京. 性暴力や性犯罪の電話相談を24時間365日受付. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://sarc-tokyo.org/
- 日本産科婦人科学会. CQ6-02 性暴力にあった女性への対応は?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: http://www.midorii-clinic.jp/img/100917_43.pdf
- 日本小児歯科学会. 「子ども虐待防止対応ガイドライン」 はじめに. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.jspd.or.jp/common/pdf/boushi_guide.pdf
- Varese F, Smeets F, Drukker M, et al. Long-term outcomes of childhood sexual abuse: an umbrella review. Lancet Psychiatry. 2019;6(11):924-934. doi:10.1016/S2215-0366(19)30323-9. PMID: 31519507
- 「お父さんに抱かれてる気持ちになる」母親が高2息子を襲い…. 文春オンライン. [インターネット]. 2024年6月5日 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://bunshun.jp/articles/-/76646
- 日本刑事政策研究会. 平成 27年版犯罪白書「特集 性犯罪者の実態と再犯防止(第 1章から第 3章)」を読んで. [インターネット]. 2016年1月 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: http://www.jcps.or.jp/publication/2701.html
- World Health Organization. WHO ethical and safety recommendations for researching, documenting and monitoring sexual violence in emergencies. [インターネット]. 2007 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.girlsnotbrides.org/documents/2023/Safety__ethics_in_research_in_emergency_situations_Notes.pdf
- World Health Organization. Responding to intimate partner violence and sexual violence against women: WHO clinical and policy guidelines. [インターネット]. 2013 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK174251/
- 日本産婦人科医会. 性犯罪被害者対応マニュアル. [インターネット]. 2008年 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: http://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/manual_2008.pdf
- 日本小児科学会. 子ども虐待診療の手引き. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=25
- 国立精神・神経医療研究センター. PTSDの治療 – CPT. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://cpt.ncnp.go.jp/treatment/treatment-ptsd/
- 日本トラウマティック・ストレス学会. PTSD治療ガイドライン第二版発刊のお知らせ. [インターネット]. 2013年5月28日 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.jstss.org/docs/2013052800115/
- 岡山市. スマートフォンの普及で私たちの身近なところで急増している“デジタル性暴力”を知っていますか?. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.city.okayama.jp/kurashi/cmsfiles/contents/0000036/36370/11.24.pdf
- こども家庭庁. 令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数. [インターネット]. 2025年3月27日 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a176de99-390e-4065-a7fb-fe569ab2450c/5fbbaa2e/20250327_policies_jidougyakutai_32.pdf
- 厚生労働省. 令和5年度福祉行政報告例(児童福祉関係の一部)の概況. [インターネット]. 2024年 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/232/dl/gaikyo.pdf
- 日本産婦人科医会. (1)性的虐待の頻度. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%881%EF%BC%89%E6%80%A7%E7%9A%84%E8%99%90%E5%BE%85%E3%81%AE%E9%A0%BB%E5%BA%A6/
- 文部科学省. 虐待関連法規. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2012/10/01/1280766_6.pdf
- 厚生労働省. 児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号). [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv22/01.html
- 法務省が今年の犯罪白書を公表 不同意性交の認知件数が前年比6割増加(2024年12月20日). [インターネット]. 2024年12月20日 [引用日: 2025年6月18日]. [リンク切れの可能性あり]
- 政府広報オンライン. こどもを性被害から守るために周囲の大人ができること. [インターネット]. 2023年12月 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.gov-online.go.jp/article/202312/entry-5240.html
- 内閣府男女共同参画局. 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html
- 警察庁. 犯罪被害者等施策ホームページ – 政府・地方公共団体が関与する相談先. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/soudan/dantai.html
- EurekAlert!. The Lancet: Nearly half of sexual abuse first happens at age 15 or younger. [インターネット]. 2025年6月5日 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.eurekalert.org/news-releases/1082885
- Institute for Health Metrics and Evaluation. Prevalence of sexual violence against children and age at first exposure, global. [インターネット]. 2025年 [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.healthdata.org/research-analysis/library/prevalence-sexual-violence-against-children-and-age-first-exposure-global
- UNICEF DATA. Sexual violence. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://data.unicef.org/topic/child-protection/violence/sexual-violence/
- 厚生労働省. 性的虐待の防止と対応. [インターネット]. [引用日: 2025年6月18日]. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/content/001141645.pdf