愛の探求:「5つの言語」の理解、実践、そして科学的真実
精神・心理疾患

愛の探求:「5つの言語」の理解、実践、そして科学的真実

人間関係、特に恋愛や夫婦関係において、「愛情を注いでいるつもりなのに、相手に伝わらない」「パートナーから愛されている実感がない」という悩みは、時代や文化を超えて普遍的なものです1。互いに善意を持っているにもかかわらず、まるで日本語しか話せない人とドイツ語しか話せない人が対話しようとするかのように、コミュニケーションの断絶が生じることがあります2。この根源的な問題に対し、シンプルかつ強力な解決策を提示したのが、ゲーリー・チャップマン博士の「愛の5つの言語」という概念です。チャップマン博士は、結婚カウンセラーおよび牧師としての長年の経験からこの理論を構築しました3。特筆すべきは、この理論が伝統的な学術研究の産物ではなく、1980年代後半から1990年代初頭にかけて、何千組ものカップルとのカウンセリングという臨床現場での観察から生まれた点です3。1992年に出版された彼の著書『The Five Love Languages』は、世界中で2000万部以上を売り上げ、50以上の言語に翻訳されるという驚異的な成功を収めました4。この理論の中核をなすのが、「感情のラブ・タンク」というメタファーです1。これは、人の心には愛情を貯めておくタンクがあり、そのタンクがパートナーからの「正しい言語」による愛情で満たされて初めて、人は愛されていると感じ、精神的な安定を得られるという考え方です。この理論の絶大な人気は、その科学的妥当性よりも、むしろそのシンプルさと分かりやすさに起因すると考えられます。人間関係の悩みという複雑で痛みを伴う問題に対し、「5つのカテゴリー」と「ラブ・タンク」という直感的に理解しやすいフレームワークは、多くの人々にとって希望の光となりました5。この理論は、関係改善のための具体的な行動指針を求める人々にとって、非常に魅力的な「処方箋」として機能したのです。本稿では、まずこの影響力のある理論を深く解説し、次にその科学的妥当性を多角的に検証し、最終的に現代の心理学の知見と統合することで、より豊かで持続可能なパートナーシップを築くための知恵を探求します。

この記事の科学的根拠

この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的ガイダンスとの直接的な関連性を示したリストです。

  • ゲーリー・チャップマン博士の著書『The Five Love Languages』: この記事における「5つの愛の言語」の基本的な定義、具体例、および「ラブ・タンク」の概念に関する記述は、チャップマン博士の原著に基づいています6
  • インペット、パーク、ムイスらの研究: 「愛の言語」理論の3つの核となる前提(第一言語の存在、5つの明確なカテゴリー、マッチング仮説)に対する科学的批判、および代替モデルとしての「バランスの取れた食事」に関する分析は、これらの研究者の論文に基づいています5
  • ボウルビィの愛着理論に関する文献: 人が特定の「愛の言語」を好む背景を説明するための愛着理論(安定型、不安型、回避型)との関連性についての考察は、この分野の確立された研究に基づいています7

要点まとめ

  • 「愛の5つの言語」とは、ゲーリー・チャップマン博士が提唱した、人が愛情を表現し受け取る5つの主要な方法(肯定的な言葉、クオリティ・タイム、贈り物、サービス行為、身体的なタッチ)です。
  • この理論は、パートナーとのコミュニケーション不全を解決する「ツール」として世界的に人気を博しましたが、その科学的根拠には疑問が呈されています。
  • 近年の研究では、多くの人は1つの「第一言語」を持つのではなく、すべての愛情表現を重要視する傾向があり、「マッチング仮説」も支持されていません。
  • より現実的なモデルとして、様々な「感情の栄養素」をバランス良く必要とする「愛のバランスの取れた食事」という考え方が提案されています。
  • この理論の真の価値は、診断の正確さではなく、パートナーのニーズを理解し、共感に基づいた行動を促す「視点の転換」にあります。

「愛の5つの言語」徹底解説

「愛の5つの言語」は、人々がどのように愛情を表現し、受け取るかを5つの基本的なカテゴリーに分類したものです。それぞれの言語を理解することは、パートナーとのすれ違いを防ぎ、効果的に愛情を伝えるための第一歩となります。

1. 肯定的な言葉 (Words of Affirmation)

定義: 口頭または書面による感謝、賞賛、励まし、愛情の言葉を通して愛を感じるタイプです1。言葉の力でパートナーを元気づけ、価値を認めることが中核となります。
具体例:

  • 直接的な褒め言葉:「スーツ姿、かっこいいね」8、「今日のご飯、すごく美味しい」8
  • 日常の行動への感謝:「お皿を洗ってくれてありがとう」8
  • 励ましの言葉:「君なら絶対にできるよ」8
  • 愛情の直接的な表現:「愛しているよ」という言葉や、特別な愛称で呼び合うこと1
  • 文字による表現:感謝や愛情を綴った手紙やメモ、テキストメッセージも非常に効果的です1

傷つくこと: このタイプの人にとって、厳しい批判や非難、あるいは感謝や賞賛の言葉が全くない状態は、自分の存在価値を否定されたかのように感じられ、深く傷つく原因となります1
文化的ニュアンス: 日本文化においては、直接的な賞賛の言葉に対して「照れくささ」を感じることがあります9。そのため、行動に対する感謝の言葉や、テキストメッセージのような文字を通じた表現は、より受け入れられやすい効果的な方法となる場合があります。

2. クオリティ・タイム (Quality Time)

定義: パートナーが自分だけに注意を集中し、意味のある時間を共有することを通して愛を感じるタイプです1。単に同じ空間にいる(物理的近接性)だけでなく、時間の「質」が最も重要視されます。
具体例:

  • 邪魔の入らない会話:スマートフォンを置き、テレビを消して、お互いに向き合って話す時間10
  • 共通の活動:趣味やイベントを一緒に楽しむ、散歩に出かけるなど、注意散漫になることなく共有される体験10
  • 積極的な傾聴:相手の話に深く耳を傾け、共感し、自己開示を行うこと3

傷つくこと: デートの約束をキャンセルされること、一緒にいるのにスマートフォンばかり見ているなど、相手が心ここにあらずの状態であることは、自分が大切にされていないというメッセージとして受け取られ、大きな苦痛となります11

3. 贈り物 (Receiving Gifts)

定義: 愛情の目に見える象徴として、具体的な贈り物を受け取ることで愛を感じるタイプです。これは物質主義とは異なり、贈り物の金額ではなく、その背後にある「相手を思う気持ち」や「選ぶために費やされた時間と労力」を価値あるものと見なします1
具体例:

  • 誕生日や記念日の心のこもったプレゼント10
  • 特別な理由のない、ふとした瞬間のサプライズギフト。
  • 旅行先で見つけたお土産や、手作りの品物10
  • 困難な時にそばにいて支えるという行為自体も、このタイプにとっては最高の「贈り物」となり得ます8

傷つくこと: 記念日を忘れられること、心のこもっていない、間に合わせのような贈り物、あるいは特別な機会に何ももらえないことは、愛情の欠如として解釈されがちです。

4. サービス行為 (Acts of Service)

定義: 「言葉よりも行動」を重視し、パートナーが自分のために何かをしてくれること、負担を軽くしてくれる具体的な行動によって愛を感じるタイプです1
具体例:

  • 家事の手伝い:料理や掃除、ゴミ出しなど、相手の負担を軽減する行動8
  • 責任の分担:疲れているパートナーに代わって子どもの世話をする、重い荷物を持つなど10
  • ニーズの先読み:頼まれる前に、相手が何を必要としているかを察して行動すること10

傷つくこと: 約束を破ること、怠惰な態度、あるいはパートナーの負担を増やすような行動は、自分が軽んじられていると感じさせ、愛情のタンクを空にしてしまいます。

5. 身体的なタッチ (Physical Touch)

定義: ハグやキス、手をつなぐといった身体的な接触を通じて、温かさ、安心感、そして愛されているという実感を得るタイプです1
具体例:

  • 日常的なスキンシップ:手をつなぐ、抱きしめる、キスをする1
  • 会話中のさりげない接触:肩や背中にそっと触れる10
  • ソファで寄り添ってくつろぐこと12
  • 性的な親密さも、この言語の重要な「方言」の一つです1

傷つくこと: パートナーからの身体的な接触が欠如すること、愛情のこもらない触れ方、あるいは身体的虐待は、このタイプにとって最も破壊的な影響を及ぼします。

愛の5つの言語の概要
愛の言語 (Love Language) 核となる意味 (Core Meaning) 具体的な表現 (Concrete Expressions)
肯定的な言葉 言葉による承認と励ましを通して愛を感じる ・褒め言葉や感謝を伝える
・励ましの言葉をかける
・愛情を言葉で表現する手紙やメール
クオリティ・タイム 相手が自分だけに注意を向け、質の高い時間を共有することで愛を感じる ・邪魔の入らない会話
・共通の趣味や活動を共有する
・二人きりのデートや散歩
贈り物 目に見える愛情の象徴を受け取ることで愛を感じる ・心のこもったプレゼント
・記念日や誕生日の贈り物
・サプライズギフト
サービス行為 相手が自分のために行動し、負担を軽くしてくれることで愛を感じる ・家事の手伝い
・頼まれる前にニーズを察して行動する
・相手の責任を分担する
身体的なタッチ 身体的な接触を通じて、温かさや安心感、親密さを感じる ・手をつなぐ、ハグ、キス
・肩や背中に優しく触れる
・性的な親密さ

あなたの「愛の言語」を見つけるために

自分とパートナーの主要な愛の言語を理解することは、関係を深める上で不可欠です。公式の診断テストも存在しますが、まずはチャップマン博士自身が提唱する内省的なアプローチを通じて、自分と向き合うことが有効です8

自己発見のための内省

以下の3つの質問に答えることで、自分の主要な愛の言語の手がかりを得ることができます。

  1. パートナーがすること(または、しないこと)で、最も深く傷つくのは何ですか?
    人が最も傷つくことの裏返しに、その人が最も求めている愛情表現、つまり主要な愛の言語が隠されていることが多いです。例えば、批判的な言葉にひどく落ち込むなら「肯定的な言葉」、約束を破られることに耐えられないなら「クオリティ・タイム」や「サービス行為」があなたの言語かもしれません。
  2. パートナーに最も頻繁にお願いしていることは何ですか?
    あなたがパートナーに対して繰り返し求めていることは、あなたの「ラブ・タンク」を満たすために不可欠なものを直接的に示しています。「もっと一緒に過ごしたい」と願うなら「クオリティ・タイム」、「もっとハグしてほしい」と頼むなら「身体的なタッチ」が重要である可能性が高いです。
  3. あなたは普段、どのようにパートナーに愛情を表現しますか?
    人は自分が愛されたい方法で、無意識に相手に愛情を表現する傾向があります。あなたが頻繁にプレゼントを贈るなら「贈り物」、パートナーのために何かと尽くすタイプなら「サービス行為」が、あなた自身の主要な言語であると考えられます。

これらの質問に加え、パートナーが他の人にどのように愛情を示しているか、あるいは何について最も不満を口にするかを観察することも、相手の言語を理解する上で有効な手がかりとなります12

公式テストとその方法論的な問題点

チャップマンの公式サイトでは、個人の愛の言語を特定するための診断テストが提供されています4。しかし、このテストの構造自体が、近年の科学的な批判の的となっています。このテストは、「パートナーが手をつないでくれる」と「パートナーがプレゼントをくれる」といった2つの肯定的な選択肢から、どちらか一方を選ばせる「強制選択法」を採用しています5

この方法論には重大な欠陥がある可能性が指摘されています。現実の人間関係において、人は手をつないでほしいと同時に、プレゼントも嬉しいと感じることができます。これらは二者択一の関係ではありません。実際に、強制選択法を用いずに各愛情表現の重要度を個別に評価させた研究では、ほとんどの人が5つの言語すべてを「非常に重要だ」と評価する結果となりました13。このことから、特定の「第一言語」が存在するという考え方自体が、現実の心理を反映したものではなく、テストの形式によって人為的に作り出された「アーティファクト(作為)」である可能性が示唆されます。この視点は、単なる自己診断から、理論そのものの科学的妥当性を問う次章への橋渡しとなります。

心理学の視点から見た「愛の言語」― 科学的検証と批判

「愛の5つの言語」は、その人気の高さとは裏腹に、科学的な実証研究による裏付けが乏しいという厳しい評価に直面しています。エミリー・インペット、ギデオン・パーク、エイミー・ムイスといった関係科学の研究者たちは、この理論が依拠する3つの中心的な前提に、実証的根拠が欠けていることを明らかにしました5

3つの核となる前提の検証

  • 前提1:誰にでも「第一の愛の言語」がある
    批判: 前述の通り、研究によれば人々は特定の1つの言語だけでなく、すべての形の愛情表現を等しく重要視する傾向があります13。特定の「第一言語」という概念は、テストの強制選択法によって生み出された幻想である可能性が高いです5
  • 前提2:「5つの明確に区別された愛の言語」が存在する
    批判: チャップマンが提示した5つのカテゴリーは、互いに重なり合う部分が多く、明確に独立しているとは言えません14。この分類は、チャップマン博士が自身のカウンセリング経験(主に白人で信仰心のある伝統的な異性カップルが対象)からトップダウン式に導き出したものであり、普遍性に欠ける可能性があります15。他の文化や、より平等主義的な価値観を持つカップルにとって重要な愛情表現(例:パートナー個人の目標を支持すること)が見落とされている可能性も指摘されています15。実際、他の研究では7つのカテゴリーが見出されるなど、異なる分類も提唱されています13
  • 前提3:「マッチング仮説」― 愛の言語が一致するカップルは満足度が高い
    批判: これは理論の最も重要な主張ですが、複数の研究において、愛の言語が「一致」しているカップルが「不一致」のカップルよりも幸福であるという一貫した証拠は見つかっていません15。関係満足度を予測する上では、「ビッグファイブ」と呼ばれる個人の性格特性(外向性、協調性など)の方が、愛の言語の一致度よりもはるかに強力な指標であることが示されています16

代替メタファーの提案:愛の「バランスの取れた食事」

これらの批判を踏まえ、インペットらの研究チームは、より現実的で科学的な知見に基づいた新しいメタファーを提案しています。それが、愛を「バランスの取れた食事(Balanced Diet)」として捉える考え方です5

  • 説明: 健康な体を維持するためには、炭水化物、タンパク質、ビタミンといった多様な栄養素が必要であるように、健全な関係を育むためには、チャップマンの5つの言語に加え、友情、感情的サポートといった様々な「感情の栄養素」がバランス良く必要だというモデルです。
  • 利点: このモデルは、人のニーズが時間や状況によって変化することを認め、人々を固定的な箱に押し込めることを避けます5。時には特定の栄養素(例えば、困難な時期には「サービス行為」)が多めに必要になるかもしれませんが、長期的に見れば、すべての愛情表現が「メニューにある」状態が理想的だと考えます。

興味深いのは、科学的な欠点にもかかわらず、なぜこの理論が臨床現場で依然として有効に機能することがあるのかという点です。その答えは、この理論が診断ツールとしてではなく、ある種の「行動介入」として機能する点にあります。ベテランのセラピストが指摘するように、この理論の真の価値は、カップルに「パートナーは自分とは違う存在であり、そのニーズは正当なものである」というシンプルで強力な気づきを与える点にあります17。自分の望む方法ではなく、相手が理解できる方法で愛を「与える」ことを学ぶプロセス、すなわち共感に基づいた行動を促すことこそが、この理論がもたらす最大の恩恵なのです。診断の正確さではなく、相手への視点の転換を促す力に、その永続的な価値が見出せます。

愛を育むための統合的アプローチ ― 「愛の言語」を超えて

「愛の5つの言語」をより深く理解するためには、この概念をより広範で確立された心理学の枠組みの中に位置づける必要があります。特に、ジョン・ボウルビィによって提唱された「愛着理論(Attachment Theory)」は、なぜ人によって特定の愛情表現を好むのかを説明する上で、強力な視座を提供します。

愛の言語と愛着理論の結びつき

愛着理論は、幼少期の養育者との関係が、その後の対人関係における個人の行動パターンや感情のあり方を形成する「内的ワーキングモデル」を構築すると考えます7。このモデルに基づき、人々は「安定型」「不安型」「回避型」といった異なる愛着スタイルを持つようになります18

この観点から見ると、人が好む「愛の言語」は、単なる好みではなく、自身の根底にある愛着欲求を満たすための行動戦略であると解釈できます。

  • 不安型愛着: 見捨てられることへの強い不安を抱えているため、パートナーからの安心感を常に求める傾向があります。そのため、愛情を明確に確認できる「肯定的な言葉」や、自分だけに注意が向けられていると感じられる「クオリティ・タイム」を強く好む可能性があります。
  • 回避型愛着: 他者との情緒的な親密さに脅威を感じ、距離を置こうとする傾向があります。そのため、感情的なやり取りが少ない「サービス行為」や「贈り物」を好むかもしれません。これらは、「身体的なタッチ」や深い「クオリティ・タイム」が要求するような、強すぎる親密さを避けられるからです。
  • 安定型愛着: 他者との関係において安心感を持ち、柔軟に愛情をやり取りすることができます。そのため、特定の言語に固執せず、すべての言語を柔軟に評価し、与えたり受け取ったりすることができるでしょう。このスタイルは、「バランスの取れた食事」モデルと非常に親和性が高いと言えます7

この分析をさらに一歩進めると、「愛の言語」は、個人の「感情調整戦略」の表出であると見なすことができます。愛着理論によれば、人はストレスを感じると愛着システムが活性化し、感情を調整して安心感を取り戻そうとします18。パートナーが「自分の言語を話してくれない」という状況は、関係性におけるストレス要因となり、愛着システムを刺激します。その結果、「もっと愛していると言ってほしい」といった特定の愛の言語への要求は、そのストレスによって生じた不安を調整し、安全な感覚を取り戻すための行動的な試みと理解できるのです7

コミュニケーションとその他の必須「栄養素」

もちろん、健全な関係は愛の言語だけで成り立つわけではありません。関係満足度は、コミュニケーションの質と密接に結びついており、その因果関係は双方向的です。つまり、良いコミュニケーションが満足度を高め、高い満足度がさらに良いコミュニケーションを促すという好循環が生まれます19
「バランスの取れた食事」のメタファーに立ち返れば、ロバート・スタンバーグの「愛の三角理論」が提唱する「親密性・情熱・コミットメント(責任)」の三要素20、共に笑い合えるユーモア、そして互いの個人的な成長を支え合う姿勢20 なども、関係を豊かにする不可欠な「栄養素」です。

よくある質問

「愛の言語」が一致しないカップルは、もうだめなのでしょうか?

いいえ、決してそのようなことはありません。近年の研究では、「愛の言語」の一致と関係満足度の間に強い関連性は見出されていません15。重要なのは、一致しているかどうかではなく、お互いのニーズを理解し、相手が喜ぶ方法で愛情を表現しようと努力する「姿勢」そのものです。この理論を、相手を理解し、思いやりのある行動をとるための「きっかけ」として活用することが最も有益です。

科学的根拠が弱いのに、なぜこの理論は役に立つのでしょうか?

この理論の価値は、科学的な診断ツールとしての正確さよりも、むしろ「行動介入」としての有効性にあります。多くのカップルは、相手が自分とは違う価値観やニーズを持っているという単純な事実に気づいていません。この理論は、その違いを認識させ、「相手の視点に立って愛情を表現する」という具体的でポジティブな行動を促します。この共感に基づく行動変容こそが、関係改善につながるため、臨床現場で有効に機能することがあるのです17

自分の「愛の言語」を知る最も良い方法は何ですか?

オンラインの診断テストは手軽ですが、その方法論には問題点が指摘されています5。チャップマン博士自身が推奨する内省的なアプローチの方が、より深い自己理解につながる可能性があります。「パートナーのどんな行動に最も傷つくか」「パートナーに何を一番お願いしているか」「自分は普段どうやって愛情を表現しているか」といった質問を自問自答することで、自分の核となるニーズが見えてくるでしょう8

結論

本稿では、「愛の5つの言語」という広く知られた概念の解説から始め、その科学的妥当性を検証し、より広範な心理学の知見と統合する旅を続けてきました。ここから得られる実践的な知恵は、以下の点に集約されます。
まず、この理論は科学的に完璧なものではないものの、人間関係における重要な示唆を含む「有用なツール」であると認識することです。その最大の価値は、人々を厳密に分類することではなく、パートナーとの違いを認識し、共感的な行動を促す点にあります。
次に、固定的な「言語」モデルから、柔軟な「食事」モデルへと視点を移行させることが重要です。目標は、パートナーを特定の「タイプ」に分類することではなく、変化し続けるニーズを注意深く観察し、対話を通じて理解し、応答していく「バランスの取れた食事」を共に作り上げていくことです。
そして最終的に、チャップマンの仕事と、それを支持する臨床経験が示す最も重要な教訓は、「知的な与え方(intelligent giving)」、すなわちパートナーの視点から世界を理解し、その理解に基づいて行動を起こすことの力です17。これこそが、相手の「感情のラブ・タンク」を満たし、深く持続的な絆を築くための真の秘訣と言えるでしょう。
愛を理解し表現する探求は、生涯にわたる旅です。「愛の言語」がもたらす共感の単純さと、愛着理論やコミュニケーション科学が提供する深い洞察を組み合わせることで、私たちはより強く、より回復力があり、心から満たされる関係を築くための、確かな羅針盤を手にすることができるのです。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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