消化器疾患

憎き病、憩室炎:原因、治療、再発予防の包括的解説

憩室炎は、痛みを伴い再発の可能性がある消化器疾患であり、生活の質に大きな影響を与えます。効果的に対処するためには、腸壁の静かな小嚢から急性の炎症発作に至るまで、この病気の本質を理解することが最も重要かつ最初のステップです。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の診療ガイドライン: 日本消化器病学会などが策定した「大腸憩室症(憩室出血・憩室炎)ガイドライン」は、国内の臨床現場における診断と治療の標準的なアプローチを提供しています。5
  • 国際的なエビデンス: 薬物と合併症リスクの関係を調査した大規模なメタアナリシスは、特定の薬剤が憩室炎の重症化にどう影響するかについての強力な科学的根拠を示しています。7

要点まとめ

  • 憩室炎は、大腸の壁にできた憩室という袋が炎症を起こす病気です。症状のない「憩室症」とは区別されます。1
  • 日本では若年者で右側、高齢者で左側の結腸に憩室が多いという特徴があり、特に若者の場合は虫垂炎と間違われやすいことがあります。56
  • 合併症のない軽症の憩室炎では、必ずしも抗生物質は必要なく、安静と食事療法による治療が安全かつ効果的であることが近年の研究で示されています。16
  • 日本の公的医療保険には「高額療養費制度」があり、入院や手術で医療費が高額になっても、自己負担額には上限が設けられているため、経済的な不安を軽減できます。20

第I部 敵を知る:憩室炎とは?

「憩室症」と「憩室炎」、この二つの言葉の違いがよくわからず、自分がどの状態で、何が危険なのか不安に感じる方も少なくありません。その気持ち、とてもよく分かります。似たような言葉が使われるため混乱するのは当然ですが、ご自身の状態を正しく理解することが、安心への第一歩となります。

科学的には、この二つは明確に区別されます。まず、症状のない「憩室症」と、実際に炎症が起きて痛みを生じる「憩室炎」の違いを知り、ご自身の状況に合わせた適切な対処法を学んでいきましょう。

基本的な違い:憩室症と憩室炎

憩室症とは、大腸の壁に憩室(けいしつ)という小さな袋状の突出が存在する状態そのものを指します。これは、車のタイヤの一部が古くなって弱り、内側から圧力がかかってポコッと膨らむのに似ています。この袋が存在するだけでは、多くの場合、何の症状も引き起こしません。American College of Gastroenterologyによると、多くの人は自分が憩室症であることすら知らずに生活しています。1

一方で憩室炎は、これらの憩室の1つ以上が炎症または感染を起こした状態です。横浜内視鏡クリニックの説明では、この袋の中に便などが詰まることで細菌が繁殖し、激しい腹痛、発熱、吐き気などの症状を引き起こすとされています。2 この区別は、管理戦略が全く異なるため非常に重要です。

憩室はどのように形成されるか:腸壁の弱点

憩室は、大腸の壁にある、血管が筋肉層を貫通する「自然な弱点」で形成されます。便が硬くなり腸内をゆっくりと移動すると、それを押し出すために腸はより強く収縮しなければならず、内部の圧力が高まります。2011年の系統的レビューでは、この持続的な高い圧力が、内側の粘膜を筋肉層の弱点から外側へ押し出し、憩室を形成する主な要因であると結論付けています。3

日本の状況:疫学と特異性

近年、日本でも食生活の欧米化や高齢化に伴い、憩室症を持つ人の割合が増加しています。特に注目すべきは、日本特有の疫学的特徴です。

日本消化器病学会の報告によると、50歳未満の比較的若い日本人では、憩室の約75%が右側結腸(上行結腸)に見られますが、高齢者では左側(S状結腸)に多くなります。45 この年齢による部位の変化は、診断において非常に重要です。なぜなら、なかたに内科が指摘するように、若年者の右側憩室炎は右下腹部に痛みを引き起こすため、虫垂炎と誤診される可能性があるからです。6

さらに、日本では憩室出血という合併症が著しく増加しています。これは高齢化に伴い、心血管疾患予防などで抗血栓薬(アスピリンなど)や、痛み止めとして非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を服用する人が増えていることと強く関連しています。2014年に発表されたある系統的レビューおよびメタアナリシスでは、これらの薬剤が出血や穿孔(腸に穴が開くこと)のリスクを有意に高めることが科学的に確認されています。7

このセクションの要点

  • 憩室症は無症状の袋の存在、憩室炎はその袋の炎症であり、両者は明確に区別される必要があります。
  • 日本では若年者は右側、高齢者は左側に憩室ができやすく、特に若年者の右側憩室炎は虫垂炎との鑑別が重要です。

第II部 急性期の診断と管理

急に激しい腹痛が起きたとき、ただの腹痛なのか、それとも憩室炎の再発なのか判断できず、病院に行くべきか迷ってしまう。その不安は、一度でも憩室炎を経験した方なら誰しもが抱えるものです。痛みのたびに再発の恐怖を感じるのは、精神的にも大きな負担ですよね。どのような場合に専門家の助けが必要か、明確な基準を知っておくことが安心につながります。

幸い、現代の医学では診断技術が大きく進歩しています。持続する痛みや発熱など、憩室炎を疑うべき具体的な「危険信号」を学び、適切なタイミングで消化器内科を受診するための準備をしましょう。特に、診断の要となるCT検査の役割を理解することが重要です。

発作を認識する:症状と診断

急性憩室炎の典型的な症状には、持続的でしばしば激しい腹痛が含まれます。前述の通り、日本では若年者で右下腹部、高齢者では左下腹部に痛みが現れることが多いです。6 その他、MSDマニュアル家庭版によれば、発熱、悪寒、吐き気、お腹の張りなども一般的な症状です。14

診断において、身体診察だけでは不十分であり、最も正確な方法は造影剤を使用したCTスキャンです。その感度と特異度は95%に達すると報告されており、診断を確定するだけでなく、膿瘍(膿のたまり)や穿孔といった合併症の有無を評価し、がんなどの他の病気ではないことを確認するためにも不可欠です。米国消化器病学会(AGA)は、2021年の診療アップデートで、診断を確定するために少なくとも一度はCT検査を受けることを推奨しています。1215

治療の枠組み:急性発作の管理

合併症のない軽症の憩室炎に対する治療法は、ここ数年で大きく変化しました。かつては全ての憩室炎に抗生物質が処方されていましたが、現在はその使用がより選択的になっています。これは、憩室炎が純粋な感染症というよりは、むしろ炎症プロセスが主体であるという理解が深まったためです。

2019年にJAMA Surgery誌に掲載された大規模なメタアナリシスでは、免疫機能が正常な患者における合併症のない軽症の憩室炎に対して、抗生物質を使用しない治療法が、使用する治療法と比較して安全かつ効果的であることが示されました。驚くべきことに、抗生物質を省略することで、合併症や再発率を増加させることなく、入院期間が短縮される可能性も示唆されています。16 もちろん、症状が重い場合、免疫力が低下している場合、あるいは血液検査で重度の炎症を示す所見がある場合には、依然として抗生物質による治療が強く推奨されます。12

発作後の大腸内視鏡検査の役割

急性発作が治まり、体調が回復した後、通常6~8週間が経過した時点での大腸内視鏡検査(大腸カメラ)が推奨されます。その主な目的は、大腸がんを除外することです。憩室炎の症状やCT検査の画像所見が、時に大腸がんと非常によく似ていることがあるため、この確認作業は非常に重要です。2014年の系統的レビューによると、特に膿瘍や穿孔などの合併症を伴った憩室炎の場合、後に大腸がんが発見されるリスクが6%から11%近くと、有意に高くなることが報告されています。17

受診の目安と注意すべきサイン

  • 我慢できないほどの激しい腹痛が続く場合
  • 38℃以上の高熱を伴う腹痛
  • 腹痛に加えて、吐き気や嘔吐で水分が摂れない場合

第III部 高度な介入と長期的な予防

再発を繰り返さないために食事に細心の注意を払っているのに、また痛みが起きてしまい、「一体何が間違っているのだろう」と落ち込んでしまう。真面目に予防に取り組んでいるにもかかわらず再発を経験すると、無力感に苛まれるのは当然のことです。しかし、科学的には、食事だけで完全にコントロールできない要因があることもわかってきています。

重要なのは、完璧を目指すのではなく、ご自身に合った持続可能な予防策を見つけることです。外科手術という選択肢も含め、最新のエビデンスに基づいた様々なアプローチを理解し、生活の質(QOL)を最優先に考えた長期的な計画を立てていきましょう。

外科的治療:根治的介入

憩室炎に対する外科手術(患部の大腸を切除する手術)の考え方は、時代と共に変化しています。かつては「2回再発したら手術」といった画一的な基準がありましたが、現在ではそのような単純なルールは用いられません。米国消化器病学会(AGA)の専門家レビューでは、手術の決定は、再発の頻度や重症度、慢性的な症状の有無、そして何よりも「患者さん自身の生活の質にどれだけ影響が出ているか」を基に、医師と患者が共同で決定すべきだと強調されています。12 興味深いことに、重篤な合併症のリスクは、実は最初の発作時に最も高く、その後の合併症のない再発ではむしろ減少する傾向があることも指摘されています。6

腹腔鏡手術と開腹手術:エビデンスの比較

手術が必要と判断された場合、現在では腹腔鏡手術が標準的な方法とされています。これは、お腹に数カ所の小さな穴を開けてカメラや器具を挿入して行う、身体への負担が少ない手術です。2016年に発表された複数の系統的レビューとメタアナリシスでは、従来のお腹を大きく切開する開腹手術と比較して、腹腔鏡手術の方が死亡率および術後合併症の発生率が低く、入院期間も短いことが一貫して示されています。1819

再発予防のための最適なガイダンス

急性期を乗り越えた後の食事療法として、高繊維食が広く推奨されています。9 しかし、ここで正直にお伝えすべき重要な事実があります。それは、高繊維食が「再発を予防する」という点に関しては、まだ質の高い科学的エビデンスが不足しているということです。現在の推奨は、主に憩室症の「発症予防」における役割や、一般的な腸の健康への利益に基づいています。3

また、かつて信じられていた「ナッツやトウモロコシ、ゴマなどは憩室に詰まるから避けるべき」という俗説は、American College of Gastroenterologyによって明確に否定されており、現在では食事から排除する必要はないとされています。1

… このように、急性憩室炎の管理は、最新の知見に基づいて個別化されたアプローチが求められます。…

今日から始められること

  • 食物繊維を豊富に含む野菜、果物、全粒穀物を少しずつ食事に取り入れる。急に増やすとお腹が張ることがあるので、徐々に慣らしていくのがポイントです。
  • 食物繊維が効果的に働くよう、1日に1.5リットル程度の水分を意識して摂取する。

第IV部 日本における患者の道のり

もし入院や手術が必要になったら、治療費が一体いくらかかるのか見当もつかず、経済的なことが心配で治療に集中できない。病気の治療だけでも大変なのに、お金の心配まで重なると、本当に心細いものですよね。その気持ち、痛いほど分かります。幸いなことに、日本の医療制度には、皆さんのような状況にある方の負担を大きく軽減するための、非常に優れた仕組みがきちんと備わっています。

だからこそ、まずはその制度について具体的に学び、経済的な見通しを立てることが大切です。それによって、安心して治療に専念できる環境を整えることができるのです。

費用、保険、および一般的な懸念事項への対応

日本に住む私たちにとって最も心強いのは、公的医療保険制度です。憩室炎の診断(CT検査など)、入院治療、そして外科手術に至るまで、すべての標準的な医療行為は保険適用となります。20 これにより、医療費の総額のうち、患者さんが窓口で支払うのは原則として3割(年齢や所得による)となります。

さらに重要なのが、「高額療養費制度」の存在です。これは、1ヶ月の医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合に、その超えた分が後で払い戻される制度です。この上限額は所得によって異なりますが、例えば一般的な所得の方であれば、月々の自己負担額は約8万円程度に抑えられます。ほけんROOMなどの情報サイトによれば、この制度があるおかげで、たとえ高額な手術を受けたとしても、家計への負担を予測可能な範囲に留めることができます。21 この知識は、経済的な不安を和らげるための強力な「お守り」になります。

今日から始められること

  • ご自身が加入している健康保険(国民健康保険、会社の健康保険組合など)に連絡し、「限度額適用認定証」を事前に入手しておく。これを病院の窓口に提示すれば、支払いを自己負担限度額までに抑えられます。
  • 会社の福利厚生やご自身で加入している民間の医療保険の内容を確認し、入院給付金や手術給付金の対象となるかチェックしておく。

よくある質問

憩室炎と診断されたら、ナッツやゴマはもう食べられませんか?

いいえ、その必要はありません。かつては憩室に詰まる可能性があるため避けるべきだと考えられていましたが、近年の研究ではその関連性が否定されています。回復後は、バランスの取れた食事の一部として適量を楽しむことができます。

軽い腹痛がありますが、憩室炎の再発でしょうか?

軽い腹痛だけでは判断が難しいです。しかし、痛みが持続・悪化する場合、38℃以上の発熱を伴う場合、または吐き気がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。自己判断で様子を見すぎないことが重要です。

結論

憩室炎は、確かに painful であり、再発の不安を伴う厄介な病気ですが、決して管理不能なものではありません。鍵となるのは、ご自身の状態を正しく理解し、最新の医学的知見に基づいたアプローチを取ることです。軽症の場合は抗生物質に頼りすぎず、身体の回復力を信じること、そして長期的な視点で、食事や運動といった生活習慣を見直すことが、再発のリスクを減らし、より良い生活の質を維持するために最も重要です。116 日本の充実した医療保険制度を賢く利用し、過度な経済的負担の心配なく、安心して治療と予防に取り組んでいきましょう。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

  1. American College of Gastroenterology. Diverticulosis & Diverticulitis. [インターネット]. [引用日: 2025-09-13]. リンク
  2. 横浜内視鏡クリニック. 憩室炎の症状・原因と治療法. [インターネット]. [引用日: 2025-09-13]. リンク
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